詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

2019-01-01から1年間の記事一覧

ネクロポリスⅨ & 世にも不愉快な物語Ⅰ

ネクロポリスⅨ 老人は太った老人の手招きでたらいの側にやってきた たらいの側面に耳を当てて、妻の歌を聞いてください 昔はやった「マクベス夫人」の歌です まるで天使の歌声ですよ 老人が耳を当てると、コケットな歌声が聞こえてきた 信じなさい 手に入る…

ネクロポリスⅧ

丘の下に大きなたらいがあった。 恰幅のいい老人が空しい眼差しで たらいの中を眺めていた 一匹の太ったマグロが 大きな円を描いて泳いでいる これはかつて私の妻でした 老人はため息を吐きながらつぶやいた 妻はジッとしていられない女でした 動いていない…

ネクロポリスⅦ

老人は大きな草刈鎌を巡礼杖代わりにして佇む 黒マントを被った同類に出会った ミイラのような顔で寂しそうに微笑み 「俺は死神さ」と呟くように言った 見ろよ、ネクロポリスは広大だ たどり着けない壁に向かい 走ろうと登ろうと 東西南北も定かでない だが…

ネクロポリスⅥ

老人は泣く男から離れると 岩に穿たれた小さな穴に出くわした 穴の底はキラキラと輝いている 泣く男がやってきて 「ピカドン教室さ、穴に耳を当ててごらん」と囁いた 授業中らしく、中から先生と子供たちの声が聞こえてくる みんな科学の恩恵で生きているん…

ネクロポリスⅤ

老人は、断崖の岩に腰かけ涙する男を見かけた男は老人に便箋を一枚渡し「妻が棺桶に入れてくれた手紙です」と言ったそれは「死んだあなたを送るうた」というタイトルのとても悲しい詩だった 生きているつもりでも心の中では死んでいましただいぶ前のことよあ…

ネクロポリスⅣ

老人は崖っぷちに佇む美しい女性を眺めていた 彼女は手招きし、「ごらんなさい」と両手を天にかざす 一つひとつの指から黒い糸が谷底に向かって落ちていった 「運命の糸よ。私って人形師。下界の何もかも、この指で操れる。糸は粘菌のように近しい人たちを結…

ネクロポリスⅢ 老人は小川に行く手を遮られた 幼い姉妹が川底から瀬戸物の欠けらを拾っている 老人を見ると灰白い顔でニコリとした 「みんな欠けてしまったんです」 「弟の茶碗を探しているのよ」 「弟さんは?」 「母さんだって父さんだって、どこにいるか…

五月の詩 ネクロポリスⅡ 老人は暗い森で道を失った 少し歩くとツタの垂れ下がる桜の老木に出くわした 九分咲きの花びらが白々しく揺れている 幹には沢山うろが開いていて 一つひとつに少年たちの蒼ざめた顔が埋め込まれていた どいつも見覚えがあるけれど 思…

宇宙人に告ぐ 君たち、選ばれし宇宙人たちは 常に色眼鏡、マスクで顔を隠し 地球人の吐息に汚染された空気を そのまま吸い込んではいけないのだ 君たちの混じり気のない脳味噌は 地球在来種である腐敗菌に侵され たちまちにして腐ってしまうだろう 君たち弱…

四月の詩Ⅱ ネクロポリスⅠ 老人は力尽き、モノトーンの冥界に落とされた 出迎えた人々はどれも見覚えのない顔をしていて 死顔のように白く、穏やかな微笑みを浮かべていた 「生前親交のなかった方々が出迎えてくださるとは……」 「意外ですな、いつも気にかけ…

四月の詩(Ⅰ) カニバリキューブ 研究者はキューブ内で共食い菌を培養していた 最初は太古の池からほんの一匹を採取しただけ 顕微鏡で覗いてみると思わず笑いがこみ上げた まるで鏡を見ているように彼の顔にそっくりだ それは醜く、尻尾を揺らし悲しく微笑ん…

AIが「地球改造論」を熱弁 たしかシンギュラリティ元年のことでした 私たちの目はさらに研ぎ澄まされ この星の状況を瞬時に把握いたしました 人間について言いますと ナンバーワンの知性を誇っていた彼らが ナンバーツーに貶められたとき 急に慌てふためき…

3月の詩Ⅱ 石油 無数の生き物が死んで 押し潰されて液体となり 熱を受けて黒く変色し 深い地中で眠り続ける 君たちは墓場からそれを吸い上げて 私は燃やして暖を取る 死んだものは大方 生きているものの役に立つ 死んだものは燃やされても 文句を言うわけでは…

(今月の詩) 君たちは騙されている 君たちは騙されているのだ 無限宇宙のたった一つのちっぽけな星に 無数の命がカビのように育まれているなどと 人間はその中でも選ばれし生命体であるなどと そしてさらにその中の頂点を目指して戦っているなどと…… 君たち…