四月の詩(Ⅰ)
カニバリキューブ
研究者はキューブ内で共食い菌を培養していた
最初は太古の池からほんの一匹を採取しただけ
顕微鏡で覗いてみると思わず笑いがこみ上げた
まるで鏡を見ているように彼の顔にそっくりだ
それは醜く、尻尾を揺らし悲しく微笑んでいた
冷え冷えした水温を保っていると分裂を始めた
二つになると互いに距離を置いてにらみ合った
四つになると互いに等距離になりにらみ合った
八つになっても同じ間隔を置きけん制し合った
だが増えれば増えるほど互いの距離は縮まった
間隔が三ミクロン以下になると共食いが始まる
しかし三ミクロン以上になると喧嘩は収まった
仲間を食った奴は他の倍ほどの大きさになった
最初は大人しかったが方程式を発見したようだ
仲間を食うことが自分の成長を促すという真実
突然キバをむき出して小さな連中を食い始めた
みるみる食われていって最後は巨菌が三匹残る
お互いに距離を置いて攻撃のチャンスを窺った
だが急激に太ったため細胞壁が持ち堪えられず
パパパンと内部分裂、そして誰もいなくなった
研究者はキューブの中に宇宙の真理を発見した
大きな星が小さな星を飲み込み爆発するように
ばい菌も虫も人間も仲間を食らって死んできた
神、祖国、人民、自由、英雄、自己中、共食い
美辞麗句を纏ったあらゆる勇敢な行為に乾杯だ
響月 光(きょうげつ こう)
詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。
響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎)
定価(本体一一○○円+税)
電子書籍も発売中
○キーワード
「愛しか地球を救えない」
○あらすじ
(時は未来。世界大戦のさ中、世界中から平和を願う者たちが聖火を手に走り出した。聖火台は愛の女神マリリンの丘。聖火台に火を移すと、飢えや戦争、喧嘩のないまったく新しい地球が始まる。聖火ランナーたちは途中で様々な困難に遭いながらも完走し、成し遂げる)
世界同時核戦争による人類滅亡時、一人の天才が五万年後の地球再生プログラムを残した。五万年後の地球では生き残りの動物たちが言葉を獲得し、火山噴火による天候不順の中、人を含めた動物たちの新たな世界戦争が起こっている。ヒト族の平和主義者が天才の住んでいた洞窟から燃える聖火と七本のトーチ、食糧(エサ)、書を発見。書には「聖火をマリリンの丘に点火すれば平和が訪れる」と書かれていた。さっそく平和を願う動物たちが結集し、トーチに点火するとAI化した天才も目覚め、ヒト族の少女で戦争孤児のアチャナを先頭に一斉に走り出した。
平和を願う者なら伴走・随走自由。参加者はみるみる増えて炎の棚引く方向へひたすら走る。サル国との国境では、腹を空かせたヒヒ軍に威嚇されるが、エサを与えて仲間に加え、大きな活火山の洞窟に入った。このときリュックから漏れたエサが勝手に増え始め、火山と戦争で不毛の地となった大地をどんどん緑化していった。洞窟の岩戸を開けると、精神をAI化し、永遠に生きることを選択したかつてのフィアンセ、ヒカリ子に天才が再会。光となってアンドロメダからやってきたアンドラもいて、故郷の森をVRで再現したが故障でフリーズ。一行は仕方なしにその中を進み、森林ドミノ倒しなどの危機に見舞われながらもVR空間を抜け出すと、そこは火山の頂上で、七本の聖火の示す方向がバラバラとなり、各ランナーは分散することになった。ヒト族?の青年サケルとアチャナは聖火の棚引く方向が同じだったので恋が芽生えたが、すぐに方向が分かれ、二人はマリリンの丘での再会を誓った。
アチャナが下った場所はロボット国。ロボットが隣国を攻めるのは、沖合の島が発する妨害電波に耐えられず、民族移動を余儀なくされているためだ。アチャナはトーチをロボットに預け、電波を止めようと仲間と島に向かう。島では妖精たちが出迎え、城の入口を守るヘビ怪物の攻略を手伝う。アチャナは怪物を酒で酔わせて城内に入ることができたが、鏡の間にいたのは幻のマリリンとペットの小豚だった。鏡には電波を止める無数のスイッチが映っていて、そのうちの一つが本物だ。たまたま下に小豚が映った一つを見つけ、それを思い切り切ると城はたちまち崩壊してアチャナは海に投げ出され、海底人の潜水艇に助けられる。
海底人の沈船には海底生活満足組と陸への郷愁組がいて、アチャナは郷愁組の救世主として歓迎され、トーチを手渡される。海底にはアンドロメダからくる聖火が吹き出す所があって、アチャナは点火のために泳いで聖火の中に入ってしまう。そこにはアンドロメダの理想の地球に住む、理想のアチャナと理想の両親、戦争孤児院の理想の仲間たちがいて、アチャナを励ました。アチャナはトーチに火を移し、郷愁組の先頭に立ってマリリンの丘へと急いだ。元気を取り戻したロボット軍団もアチャナの様子を知って、自分たちでトーチをマリリンの丘に運ぶことにした。
アチャナは運悪く、火山が大噴火中のネコ国に上陸。難を逃れるため、ネコ将軍の案内で町の郊外にある秘儀荘に入った。ネコ神ニャッカスが秘儀で救ってくれるという。さっそく壁画のニャッカスが鞭打たれ役にアチャナを指名。岩に縛られて打たれるたびニャッカスのメスネコたちが興奮して杖を片手に回り始め、小さなブラックホールが誕生し、アチャナたちは吸い込まれてどこかへ飛ばされた。
一方サケルはダチョウ国に入ったが、そこはライオン軍が侵攻している最中だった。突然大量の矢が飛んできて、聖火隊全員の首に刺さったが死ぬ者は誰もいない。ライオン軍がやってきて、模擬矢だと説明。矢があれば腹が減っても喉につかえて敵を食えないという。サケルは沙漠に広がるエサを指差して、あれを食えばお腹一杯になるとアドバイス。最初は「草なんか食えるか」とバカにしていたライオンも、あまりに空腹だったので食らいつき、大満足でシマウマとも感動の仲直り。突然鳥の大群がやってきて、首の矢を掴んでサケルたちをマリリンの丘に運んでくれるという。彼らは地球再生の息吹で卵から孵り、エサを食べて急速に成長し、飛び立ったのだ。
アチャナたちが落ちたのは世界武器博覧会の会場。太古からのいろんな武器が展示され、商談にも応じるという。アチャナたちは早く出ようと思ったが、骨董の拡声器を十字に四つ並べただけのチャチな武器に注目。開発者が勝手に動かすと、入場者全員がその場で眠り込み、戦争で死んだ恋人や仲間たちの夢を見た。目覚めるとみんな涙を流し、一斉にマリリンの丘を目指して走り出す。しかしその方向は、原爆シミュレーション会場だった。放射能の不気味な光が飛び交う中、倒壊した街を進んでいくと、地面から幽霊たちが浮き出て伴走者たちを引きずり込んでいく。アチャナはかろうじて逃れたが、キノコ雲のハリボテが上から落ちてきて辺りは暗黒になった。しかし廃屋の壊れた便器の穴に聖火が吸い込まれていくので、仕方無しにそこから下界に下りると、死の灰越しに無数の聖火が見え、その向こうにクリスタルの丘が出現した。愛の女神マリリンの丘だ。世界中の聖火が集まっている。透明なクリスタルの中には小学校があって、校庭にはマリリン先生と小豚、妖精(生徒)たち、若い先生サケルもいて固まっていた。
アチャナの横にサケルが来て、自分は天才が作ったそっくりロボットであることを告白。アチャナはサケルがロボットでも結婚することを決めていた。丘は核戦争で蒸発した家々のガラスが地球を回ってここに落ちたものだ。世界中から来た聖火ランナーが丘に登り一斉に聖火を点火する。丘は溶け出して中の連中は五万年ぶりに解放され、飛び出してきた。小豚が死の灰の上を走り回り、緑のウンコを次々にしていくと大きく広がり、たちまち灰は消えて花園に。子豚の糞がエサのルーツだった。大人も子供も感激して走り回り、争いのない豊かで平和な新星地球の夜が明けた。
「あとがき」より
強いものが弱いものを食べ、さらに強いものが強いものを食べ、その糞を最も弱いものが食べて命を繋いでいく。捕食のサイクルが地球の生態系であるなら、人間を含むあらゆる生物の血に「殺し」の本能が脈打っていることになる。
多くの高等生物は「殺し」イコール満腹の快感と結びついていて、再び腹が減るまでは狩りをしない。仲間どうしの縄張り争い、雌の奪い合いだって、必要以上の殺戮は起きていない。彼らには本能以上の欲がなかった。天変地異などのアクシデントを除けば、この大らかさが生態系の維持に役立ってきたのだ。
ところが人間だけが脳味噌をグロテスクに発達させて、元は大雑把な感覚だった「快感」を細かく分類し始め、「快楽」にまで高めていった。腹が膨らんで満足してきたものに「味覚」という快楽が加わり、グルメが巷にあふれ出した。餌の確保に必要だった縄張りを「支配」という快楽に発展させて、「奴隷」という惨めな仲間を生み出した。異性を引き付けるフェロモンの代わりに数え切れない飾り物を身に付け、「虚栄」という快楽を獲得した。そしてこれらの快楽を得るための手段は残虐かつ無慈悲なもので、勝ち残ったものだけが「文明」という砂上の楼閣を築き上げることができた。
この物語は、支配のための手段によってあらゆる文明がスクラップした後の地球を描いている。人間の特権であった知性を多くの動物たちも獲得し、彼らは自分という存在を意識するようになった。人が地球を支配する時代は終わり、動物たちにつかの間の平和が訪れる。しかし相変わらず弱肉強食の生態系は続いており、ライオンに隣のシマウマ家族が襲われても、ほかの家族は「隣は運が悪かった」と呟くだけで済ましていた。この星では「平和」という言葉の中に、〝見て見ぬ振り〟〝少数者切捨て〟という意味合いが含まれていたのだ。
しかし、天変地異などで多くの者に危機が迫ると、状況は一変する。それまでは結束の緩かった者どもが「見てくれ」や「習慣」などの差別意識を核に急いで固まり、とたんに毛色の違う連中を排斥し始める。あれよあれよという間に世界大戦が勃発。きっと、いままでの戦争と同じパターンだ。
登場する「天才」は、戦争の根本原因を弱肉強食の生態系にあると結論付け、超自然的な食物によるまったく新しい生態系の構築を目論んだ。動物たちの幸せとは、明日のことを考える必要のない楽園、昔西洋の船乗りたちが驚いた南の島の優雅な暮らしぶり、腹が減れば手を伸ばすだけで甘い果物が得られるような環境に置かれることだ。寒い国の人間たちは生き残るために攻撃的になり、狡知を働かせて常夏の楽園を次々に汚していった。「私はかつて地球のどこかにあった楽園を取り戻してあげるのだ」と天才は決心したのだ。それはおとぎ話のようでおとぎ話でない。宇宙のこと、ブラックホールのことも分からない人間が、真実であるかおとぎ話であるかを判断する資格など持てるはずもないだろう。
世の中には日常の中で幸せを感じる人もいれば、夢の中にしか幸せを求められない人もいる。あるいは、幸せな未来を創ろうと模索する人もいるだろう。しかしその幸せは、個人的なものだろうか、あまねく地球的なものだろうか。グローバル化がここまで来ると、楽園も小さな島だけではやっていけない。飢えた人々が押し寄せて、島はたちまち沈んでしまう。この星に生まれたからには、自分の周りだけでなく、あらゆる場所が楽園になることを真剣に考える必要はあるだろう。なんとなれば、地球上には大小いろんな地獄が点在しているのだから……。
新商品が目白押しの菓子売り場で眩暈を感じ、砂塵に霞む朽ちた雑貨屋の商品棚を連想してしまう読者諸氏に、この作品を捧げたいと思う。