詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(十一)& 詩ほか

ロボ・パラダイス(十一)

 

(十一)

 

 明くる日の早朝、エディが寝ている部屋の窓ガラスに小石が当たる音がしたので外を覗くと、ジミーが手招きをしている。二人のエディは足音を立てずにそっと階段を下り、外に出た。ピッポは気付いていたので、少しばかり遅れて家を飛び出し、気付かれないように後を付けた。

 チカの家の前で水着姿のチカが待っていて、二人を庭の木陰に誘い込んだ。口の中から眼球を四つ取り出して、「これに換えてちょうだい」と二人に手渡した。

「これから行く場所は秘密基地なんだ。放映されちゃ困るのさ」とジミー。

 二人はさっそく通信用の眼球を取り出して胃袋に飲み込み、もらった眼球を目にはめ込んだ。エディはニタっと笑って、「これで僕たちもギロチンかな」と呟いた。

「さて、これからあなたたちを思い出の場所にお連れしますわ」

 チカは別荘街の外れの崖を勢いよく海岸通りまで駆け下り、道端の砂に足を取られて一回転した。二人のエディはその無様な姿を見て笑ったが、エディの頭に大切な小鳥を取り逃がしたような寂しい気持ちが過ぎった。彼女はロボットだった。人間の振りをしたロボットが、機械じみたボロをつい出してしまう行為は、貴婦人になり切ったイライザみたいには美しく見えなかった。

「そういえば、僕はたったいま眼球を取り替えたんだっけ……、グロテスクな野郎だ」

ブツブツ言いながらエディがためらっていると、「どうした、君は子供の頃、この崖を駆け下りていたんだぜ」と言って、今度はジミーが崖を下り一回転して立ち上がる。一回転するのは、走った勢いで道を横切り、海に落ちるのを防ぐためだということにエディは気付いた。下で二人が降りてこいと促す。二人のエディはゆっくりと下りていく。五十度近い凸凹の急斜面を下るには、それ相応の慣れが必要だ。彼らもロボットだから、一度下りれば次からは駆け下りることができるだろう。二人が道路に下りると、「ここは記憶を快復させる最初の訓練だったのよ」とチカは言った。

「ここを駆けて下りられるのは、君だけだったんだ」とジミー。

「君たちも駆けていたぜ」

「ロボットだからさ」

 

 四人は道を横切ると、今度は入江の方向に歩き出した。道路の石垣に沿って吹き上がった砂を蹴散らしながら進んだ。遠くに見える砂浜には海水浴客の姿もまばらだ。この場所から砂浜まではまだ百メートルほどの高低差があった。道路わきには、「立入禁止」の看板が立っている。ほぼ垂直に近い断崖の下は、山から崩れた大小さまざまな岩が堆積していた。下の波打ち際は見えなかったが、砂浜でないことだけは確かだった。千メートルぐらいにわたって、岩々が入江の綺麗なカーブを破壊している。エディが道路の反対側を振り向くと、やはり大きな崖崩れの跡があって、道路はそこを貫いて造られていたことが分かった。

「この岩場は誰も入ってはいけないことになっていたの。戻れないのよ。釣り人がたまに迷い込んで、ドローンで救出されたりした。無事帰還できたのはエディ、あなただけよ」

「君はここから行き来ができたんだ。しかし僕たちは、下の海岸側からしか入れない。泳ぐ部分もあるから、海の荒れた日は行けなかったのさ。さあ、僕たちを案内してくれよ」とジミー。

「ハハハ冗談かよ。これはイミテーションだろ?」

量子コンピュータで忠実に再現して、設計データはこっそり消却したわ。で、このルートは二人のあなたしか知らない。奥まで行けるルートが一本だけあるの。パズルのように難しいルート。目的地は秘密の遊び場」

「やめよう。記憶喪失の僕が思い出せるはずもない。キッド、君は?」

「十歳の脳味噌ならきっと覚えていたな。でも、僕の脳味噌は二十歳だ」

「じゃあ、これは憶えているかい? ここは自殺の名所でもあるんだ。君たちエディは、ルートの途中で白骨死体を見たと自慢したじゃないか」とジミー。エディ・キッドは突然、夢のような記憶が蘇ったように思えた。岩の下からヒューヒューと口笛を吹く奴がいたのだ。覗いてみると背広を着た骸骨が仰向けに倒れていて、大きな眼窩がこちらを見つめ、顎は外れて笑っているようだった。

「そうだ、口笛で僕を地獄に誘った骸骨がいたんだ。でも、後になってあれは風の音だと分かった。僕は夢中で逃げたのさ。気がついたときにはここに戻っていた」

「ブラーボ。ルートは小脳にインプットされたんだ。一度覚えた自転車のように、一生忘れることはない。さあ、案内してくれよ」

「じゃあ僕は遠慮しよう。地球のポール旦那が心配するからな。通信用の眼球は下の砂浜に着いたら入れることにしよう」

 エディはそう言って、一人でとぼとぼと坂道を下りていった。エディ・キッドが柵を乗り越えて岩の上に立つと、チカとジミーは手を振ってエディ・キッドに別れを告げた。

「私たちは下のルートから行くわ。あなたの記憶を百パーセント信じないもの」

 二人はエディの後を追った。

 

 

 エディ・キッドはがれ磯の天辺に立って眼下の黒々とした岩肌を眺め、不安に駆られた。途中でルートを外れれば、たちまちヘリコプターの世話になる、といって月にヘリコプターがあるわけもない。まあロボットだから、野垂れ死にすることもないだろう。

崖は山を形成する火成岩が昔の地震で一挙に崩れ落ち、海に流れ込んだもので、波の浸食で足元が痩せながらも複雑に絡み合ったまま、数百年の波風を懐柔しながら昔のままの姿を保っている。岩は月の岩に変わったけれど、まるで歴史的建造物のように精密に再現したのだという。今にも崩れ落ちそうな不安定さは、無数の岩々が一丸となって大波と戦いながらようやく見出したたった一つの絶妙なバランスだった。沖のマドレーヌ島は、地震で山が崩れた際に、巨大な丸岩がコロコロと沖まで転がって止まり、侵食されてあんな奇妙な形になったものだ。

 キッドはまず一メートル離れた右横の小ぶりの岩に飛び乗った。

「そうだ、入口はこの小さな岩だけなんだ」

 それからしばらく、同じ方向に平たい岩を石蹴りでも遊ぶようにひょいひょいと飛び移っていった。それから二十メートルほど進んだところで、軍隊のヘルメットの形をした丸い岩の上にすっと立つと、急に崖下に体を向けた。

「二番目の選択はこのまま横に行きたいところを我慢して、海に向かって下りること。目安はこのカメガシラ岩」

 ここで急傾斜の岩崖を嫌うと、とたんに行き止まりとなる。ここからはサルの時代の遺伝子を頼りに、なかば反射運動的に複雑な岩の形状を利用しながら下っていく。両手両足を使って五歩でこの岩を下り切ると、下にはこの倍ほどもある大岩が現われた。大岩の一番太った部分がキッドのしがみ付く岩と一メートルほど接近していて、思い切ってそいつに跳び移る。

「海に向かって垂直なルートで一気に下っていくんだ。この岩を下ると、さらに大きな岩が現われる。巨人の石段みたいになってるわけだな。岩肌はざらざらしているから、滑ることもない」

 キッドの記憶どおり、四つん這いになって岩を一つ下ると、その下にまた大岩が現われ、その間隔はどれも子供でも渡れるほどのものだが、間のクレパスの底は陽の届かない闇で、落ちれば大変なことになってしまう。キッドがその深い裂け目に耳を当ててみると、ヒューヒューという風の音に混じって、力を失った波がピシャピシャと岩に当たる音が、公園に蟠る主婦たちの話し声にも聞こえてくる。アットランダムな音の強弱が、笑いが起こったり悪口のときの囁きとなったりのリズムに似ていて、本当に岩底に主婦たちがとぐろを巻いているようだ。

 

 キッドはとうとう高さが四・五階建てのビルほどある大岩の天辺に下り立った。見下ろすと、岩は今にも崩れ落ちそうな岩肌をオーバーハング気味に張り出していて、下の波打ち際はまったく見えなかった。岩の天辺は平らになっていて、家が一件建てられる広さがあった。この岩の左の崖寄りに、隣上の岩が庇のように飛び出している所があって、その影の部分にあの白骨死体があることを思い出した。二十歳の脳味噌を持つキッドは、もう大人になっていて、興味本位にそちらに向かって歩き始めた。日陰にはなっていたが、だんだん白い物が見えてくる。されこうべがこちらを見て笑っている姿に、思わず笑い出してしまった。

「こんなものまで再現しやがって……」

 キッドは至近距離でしゃがみ込み、「また会いましたね」と語りかけた。

すると骸骨が「記憶にないなあ」と応えたので、驚いて腰を抜かしてしまった。

「俺は監視ロボットなんだ。不審者はあんたが第一号だ」

「っていうと、誰の命令で?」

「ヨカナーンさ」

「ヨカナーン?」

「まずいな、いまの話は聞かなかったことにしてくれ、っといって俺のカメラは本部に繋がっているからな。で、お前の名前は?」

「エディ・キッドさ」

「安心した。君は登録済みさ。チカの仲間だな。ここからは俺が案内しよう」

 骸骨は立ち上がると、手にしていた長剣を背中の鞘に刺し込み、前を歩き始めた。岩の脇腹をすこし下ってから、次の大岩の脇腹に跳び移った。キッドも骸骨の動作を真似ながらぴったりと後を付いていった。

「この方向にある次の岩は簡単に渡れるけれど、四個目で行き止まりになっちまう。だから多少無理してあの背の低い岩を選ぶ」と言って、骸骨はいきなり下の岩に飛び降りた。二メートル近くのフライングだ。キッドはまるでスキーヤーが五十度の斜面を上から覗き込むような恐怖を感じたので、跳び移るのは諦め、這い這いの恰好で後ずさりしながら下りていった。下で骸骨がケラケラ笑う。

「まるで人並みのロボットだな。で、あそこに二人目の骸骨がいる。そいつは昔、いまいた大岩から落とされたのさ」

「自殺じゃないのかい?」

「本人に聞いてみろよ」

 骸骨が指差す方向に行くと、確かに小ぶりの骸骨が横たわっていた。砕けた部分はなく、腰の骨盤が女性っぽかった。キッドは近付いて話しかけた。

「君も話すのかい?」

「もち、月にここら辺を再現するときにドローンが発見して、現物を運び込んだの。もちろん、地球ではちゃんとDNA鑑定して、誰であるかは分かっているし、首の骨を調べると絞められたことも分かった。私は誰でしょう?」

「そんなこと、僕が分かる?」

「じゃあ、聞き直すわ。誰が私の首を絞めた?」

「…………」

「答えは藪の中。世界中の人間の誰か。もちろん、あなたも含まれている。それに、あなたは私と知り合いだった。さらに、このルートを知っているのはあなたぐらいだった。どう、この綺麗な体を見てよ。私は崖の上から落ちたんじゃない。私は首を絞められて、上の岩から落とされたんだ」

「いったい君は誰なんだ?」

「チカよ。私は殺されたチカよ!」

 キッドは愕然として、へなへなと腰を落とした。しばらく言葉も出なかったが、小さな声で「君を殺した記憶なんかないよ」と反論した。

「それはそうでしょ。あなたの脳味噌は二十歳の誕生日の前日にスキャンされたもの。法律では、成人になったら十年ごとに脳情報をスキャンすることが義務付けられている。悪い思想に染まっていないかチェックするためにね。でも、その期間は、誕生日から一年以内。あなたは期間外猶予制度を利用して誕生日の数日前にスキャンしたの。なぜ、そんな面倒なことをしたの?」

「よくそんなことまで調べたね。でも、いったい何の意味があるっていうんだい?」

「私が消えたのは、あなたの誕生日だったから。きっとあなたは私と無理心中しようと思ったんだわ。自分の誕生日を利用して私をここにおびき出した。でも脳味噌に記憶は残したくなかった。なぜって、死に切れなかった場合は証拠になるからね」

「ハハハ、君の推理はめちゃくちゃだな……」とキッドは一笑に付した。

「どっちにしても、あなたの片割れのゴミ箱には、電子データとしてちゃんと残っているはずだわ。でも、その記憶がポンと出てきたとして……」

「もちろん、明らかにするさ。僕たちはその目的で造られたロボットだもの……。ところで、君の脳はいつスキャンされたんだい?」

「死ぬ一年前かな……。ママの趣味で、毎年誕生日に撮ることにしていたの。ママは私の性格を心配して、私が不良にならないように純だった時代の私を証拠品として見せたかったのね。でも次の誕生日の前に殺されてしまった。あなたのデータにも私のデータにも、悲劇の一部始終は抜け落ちてしまった。エディ兄さんの記憶回復だけが頼りだわ。でも、あなたの脳には、私への殺意は残っているはず」

「僕は君に恋していた? 君は僕を嫌っていた? 僕が君に殺意を?」

「それは私に聞くことじゃない。あなたが思い出すことよ」

 骸骨が近付いてきて、「無線装置が組み込まれているだけなんだ。喋っているのはチカさ。からかわれているんだよ」と言って手を差し伸べた。キッドは骸骨の手を借りずに立ち上がると、チカの死体にお辞儀をして骸骨の後に従った。

 もうほぼ下ってしまい、すぐ下が海になっている。下った分はまた高度を取り戻す必要があるらしく、今度は斜め右上の岩に跳び移ってといったぐあいにジグザグになりながらも、確実に断崖から斜め五度の方角に下っていった。そうして最後の小さな岩の天辺に至ると、その下に百坪ほどの本当に小さな白浜があった。二人は岩の天辺から砂浜に飛び降りた。砂は星砂のように軽くフワフワしていて、二人とも足を取られて一回転し仲良く仰向けになって寝転がった。海以外の方向は切り立った岩々で視界を完全に閉ざし、五百メートルほど先の沖合に、マドレーヌ島が監視塔のようにヌッと立っていた。

「ここでチカを待つんだ。俺は戻って仕事を継続する」

 岩によじ登る骸骨の不気味な姿を見送りながら、キッドはそのまま天空を見つめた。それは空というよりも空色の天井で、そこに監視カメラが設置されているのかも知れなかった。空の中からポール爺さんの顔が浮かび上がった。爺さんは出奔して日本に移り住み、自らの意志でアメリカにいた頃の記憶をすべて消し去ったのだろうか。骨を土に埋めた犬が、後になってその場所を探し回るような間抜けた話だ。僕は主人の汚れた過去を思い出すために、わざわざ月にまで来たのだろうか……。

 

(つづく)

 

 

 

ポンテベッキオの宝石屋

 

赤く染まったアルノの流れを

いくたびも見つめ続けてきた老橋に

客のいない店がある

「宝石屋」の看板に二つの弾痕

 

ショーウィンドウには

フニャフニャに融けたベッコウアメの

創作菓子にしては不味そうな

だが色あせた琥珀色や苺色や水飴色の

エトナから流れ出る溶岩のような不気味なやつも

アメーバみたいな見る者を不安にさせる不定

流れるままに任せて固まった偶然のアートたち

窓越しにからかう者はいようが

入ってまで冷やかす物好きなんかいやしない

 

僕はしかし かび臭い色香に驚いて興味津々

不覚にもドアを開けてしまった

蒼白い顔色の痩せた女主人 

年老いた だが品のある…

ショーケース越しにぎごちなく微笑み

お客様はひと月ぶりですわと…

いや僕は客ではありません グヮルティエル・マルデという貧乏学生です

これらの濁った色に惹かれたのです ピュアでない

偶然を装う自然の必然とでもいうような…

ただただその名前が知りたかっただけ…

 

宝石はみんな神様の御意志で創られるのです

でも宝石の命名権は手に入れた方にありますわ

いえいえ例えば琥珀、瑪瑙、蛋白石など…

女は琥珀色の雫を連ねた首飾りを取り出し

琥珀は不吉な宝石でもあるのです、…と

それはそれは遠い昔 恐竜たちにむしられ剥がされた

木々の涙がさざれ石となって漂着したタイムマシン

触ってごらんなさい 傷口は頑なに熱を閉じ込め

冷えることなく続いてきた怨念の結晶 されるがままの無力感ゆえに…

 

ならば壁にかかった超新星の爆発痕は? 

鮮やかな深紅と漆黒が織りなす瑪瑙は激しい怒り

火がついてしまえばもう止めることはできない

女は流れ落ちる血糊を壁から剥がし歴史的な壁飾りよ、…と

嗚呼黄ばんだ壁紙がくっついている まるで引きずり回された皮膚だ… 

石になるにはあと数万年は必要です きっと人はもぬけの未来への遺産

触ってごらんなさい 憎しみで煮えたぎる血潮が沸々と

冷えることなくくすぶり続くレジスタンスの結晶

負け犬の血糊は壁に走って素敵な宝石になるんです 

 

ならばその半透明で少し黄ばんだ可憐なイヤリングは

女はショーケースからひと雫を手に転がしながらうっとりと…

触ってごらんなさい 残されたものの涙はオパールです

繰り返し繰り返し貯め育てた悲しみの結晶 遅々として…

閉じ込められた虹のかけらは思い出たちに違いない

嗚呼奥さんもったいない 貴重な原液を垂れ流してはいけません

いいのです 私の涙はおおかた水ばかり 味も塩気もない条件反射

虹の出ないオパールなんてただのガラクタよ

もう夫の顔もとっくに忘れてしまいましたから…

 

 

響月 光のファンタジー小説発売中

「マリリンピッグ」(幻冬舎

定価(本体一一〇〇円+税)

電子書籍も発売中

 

 

『マリリンピッグ』と「狭き門」

 

 新約聖書(マタイ伝)に、「狭き門より入れ。滅びに至る門は広く、入る者は多い」というキリストの言葉が書かれている。天国に至る門は狭く、浮世の財産や名声、地位などすべての虚飾を捨てて裸にならなければ入ることはできないと謳っている。天国に行って永遠の命を得るためには、よほどの努力が必要だということだ。

 『マリリンピッグ』は、核による第三次世界大戦を終わらせるために「マリリンの丘」に地球上の生き物たちが集結し、聖火を灯すといった大人の童話だ。主人公の少女が「マリリンの丘」に到達する最終の関門がこの「狭き門」だった。それは原爆で破壊された家の庭にあった汲み取り式便所の穴に入ることだ。この穴を通過すると、地球を救うとされる「マリリンの丘」が忽然と現われる。もちろん、この少女一人だけが救われるという話ではない。

 僕はキリスト教徒でないので文句を言いたいが、聖書が言いたいのは、狭き門を通過できた者だけが天国に行けて、広き門を通過した者は地獄へ落ちるという「ふるい的」選民思想で、それはキリスト教徒が神とともに暮らす天国に行けるか行けないかの問題なので、我々異教徒には関係ないことだ。

 じゃあ現実の世界に「狭き門」を当てはめてみるとどうだろう。いたる所「狭き門」だらけ。その中でもビッグな「地球温暖化」や「核の脅威」は、人類の存続を左右する大きな危機に育ってしまった。それらは宗教や天国とは関係なく、「狭き門」をくぐった人間をも殺してしまう恐るべき問題だ。あとは、各々の所属する宗教によって、それぞれの天国なり地獄なりに行ってもらうのは、どうぞご自由に。

 しかし、死後の世界に期待しない我々は、まずは人類の滅亡を回避する行動に出なければならないだろう。当然立ちはだかるのはこの「狭き門」で、それは聖書の言葉のような「個人的な問題」ではないのだ。ここでは、個人が天国に行けるか行けないかなど関係ない。〝地球上の全員が「狭き門」を通過すること〟を未来の人類が切に望んでいる。

 もちろん金持はいままでどおりの生活水準を維持したいに決まっている。貧乏人はもっと楽な生活ができるようになりたいと願っている。しかし「狭き門」はあまりにも狭くて、誰であろうと身を切るようなことをしなければ通過できない。金持国も貧乏国も、金持も貧乏人も、すべての国や人がスクラム組んで「狭き門」を潜らなければならない時代がやって来たのに、いまだに多くの国々、人々がバラバラになって大きな門を潜ろうとしている。それどころか、近視眼的ポピュリズムや自国優先主義が世界中で台頭し、世の中は前より増して混沌とした状況になってきた。まるで混沌の中から天地は生まれ、混沌の中に消えていくとでも言うように……。

 そろそろ僕もどこかの宗教に入信して、あの世の天国でも目指さなければならないかしらん、…と思う今日この頃です。

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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