詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(十五)& 詩

ロボ・パラダイス(十五)

(十五)

 

 ポールは地球の隠れ部屋で、リアルタイムに送られてくるキッドのカメラ映像を見ていた。キスの後に、エディ・キッドは「僕が誘ったんだ」とチカに告白した。チカは涙目で微笑みながら、もう一度キッドの額にキスをした。

「きっともう少しで、あなたの役割は終わるはずだわ。そうしたら、あなたのすべてが私のものよ。あなたはいつも、私の側にいなければならないの」

 ポールは「そんなバカな!」と叫んで、椅子から飛び上がった。寝室に行ってベッドの上に体を投げ出し、天井を見上げた。天井はゆっくりと回転していた。急に立ち上がり、急に横になったものだから、三半規管が驚いて眩暈を起こしたのだ。ナースコールボタンを押すと看護師がやってきて症状を聞き、田島医師を呼んだ。鼻腔に薬を噴霧され、眩暈は治まって精神も安定してきた。

「何か、進展があったのですね」

 映像を見ていない田島はポールに尋ねた。ポールは先ほどの映像を天井に写した。田島はポールの横に寝そべって映像を見る。見終わるとポールは映像を切り、大きくため息を吐いた。

「何か思い出したんですね?」

「ほんの一つのことをね。彼女が嘘を吐いていることです。私はあの双子の顔をはっきり思い出したし、チコもチカも足の立たないところで泳いでいたこともね」

「二人とも?」

「二人とも」

「泳ぎが上手かった?」

「いいや、二人ともいつも浮き袋が必需品だった。彼らと浮き袋は切っても切れない縁があった。なぜか私はそこだけを思い出したんです。しかも、確信を持って」

「チカはなぜ、嘘を吐く必要があるんでしょう」

「さあ、それは分からない」

「でもそれを思い出したってことは、昔の記憶を覆っていた厚い蓋に一箇所ほころびが出来たということです」

「僕の記憶喪失の完璧性が崩れたってわけか……」

「そのほころびがどんどん広がっていく可能性があります」

「僕にとって、それは喜ばしいことですよね」

「なんと答えたらいいか、私には分かりません。病気や事故による記憶喪失なら、それは喜ばしいことです。しかしあなたの場合は、過去の記憶を自ら封印した可能性があります。あなたが昔、記憶の一切合切を金庫に入れて鍵を掛け、まったくの別人として再出発しようとしたなら、再び開ける意味は薄れてきます。それはパンドラの箱になってしまう。怨霊たちが飛び出してくるんです。このプロジェクトは継続しますが、ここへの送信は今日からでも打ち切ることが可能です。あなたは死んだことになっているんで、私の判断でいかようにもなるんです」

「そうすると、私が生き続ける意義もなくなってしまいます」

「……といいますと?」

「私の人生は、失われた過去を取り戻すことで完結するんです。たとえそれが酷い過去であったとしても、死ぬ前には、相対しなければならない。若い頃は、生き抜くために邪魔になって、無意識のゴミ箱に捨てたかもしれないが、生きる必要のないいまとなっては、それは必要ない」

「そうですかね……。死ぬときは誰でも、心安らかに死にたいものです。あなたはもう、安らぎを必要とする歳なんですから。苦悩は、あなたの心を引き継いだ二人のロボットに任せましょう」

「嗚呼、暖簾分けした私の心たち……、しかも二台も作っちまった。私は罪作りだな。彼らはあと百年は生き続ける」

 田島はハハハと声を立てて笑った。

「その台詞は記憶を全部取り戻してから言ってくださいよ。あなたの過去が、そんなに酷いものだったという証拠はまだ出ていないんですから。チカとチコという双子の死に際にあなたがいたのは証明されたとしても、単なる偶然であったという可能性のほうが高い。チカはあなたの恋人だった。チコはあなたの親友だった。ならば、二人が事故に出合った現場にあなたがいたとしても不思議ではない。目の前で愛する者を二人も失ったのなら、それだけでも記憶喪失の理由には十分でしょう。チカはあなたが自分を殺したというが、証拠を示せるわけじゃない。証拠はあなたの記憶の中だ。あなたはそれを、自らの手で掘り出そうとしているわけです」

「そう、私は探しますよ。私は証拠を探し当てて、私に突きつけるんだ。それが耐えられないほど酷いものであったなら、私は懺悔をしてから、先生に安楽死をお願いします。偽物の骨を入れた私の墓に、主人をこっそり忍び込ませてください」

「あなたの記憶が快復して、無実が実証されたら?」

「そのときも、先生のおやりになる仕事は同じですよ。私は隠れ部屋で生き続けるわけにはいかない。ただ、私は懺悔をする必要はない。私は幸せな気分で天国に昇っていきます」

「ご幸運をお祈りします」

 田島は二コリと愛想笑いして、部屋を出ていった。

 

 ポールはベッドから起き上がると、居間に行っていつもの安楽椅子に腰掛けた。映像のスイッチを切ることは珍しかったので、再び点けた。大きな画面が三つあって、それぞれにエディ、エディ・キッド、ピッポの画像が映し出される。当然のこと、政府にとって都合の悪い部分は瞬時にカットされる。三次元化も可能だったが、ポールはあえてそうしようとは思わなかった。若い頃に馴染んでいた美しい風景の中に入りたい気持ちはあった。しかし、心の奥底にそれを止めようとする恐怖感が存在していた。たぶんそれは「勇気」と対峙する弱々しい性格だったが、「卑怯」なのか「小心」なのかまでは突き詰められなかった。ポールは終末期にある自分を思い返し、後が無いのなら勇気を出してみようと決断した。キッドの目の画像を三次元化してみることにしたのだ。

 

「VR!」と命令すると、ポールの部屋はロボ・パラダイスの海岸に早変わりした。ポールはチカと手を繋いでいて、海岸を歩いている。どうやら別荘地に向かっているらしい。

「坊や、私を愛しているの?」

 チカの顔が目の前に迫ってきた。ポールは慌てたが、とうとうキスをされてしまった。首に巻き付いたチカの細腕と、甘い唇の感触まであったのには、さすがに驚いた。ポールとチカはその場に立ち止まり、濃厚なキスを始めた。舌と舌が絡み合う。ポールは顔を真っ赤にして、チカの執拗なキスに耐えた。突然ポールの両目から大粒の涙が溢れ出した。心臓がバクバクし始める。慌てたポールは「ストップ!」と叫んですべてのスイッチを切ってしまい、タジタジになって現実に引き戻された。静まり返った部屋の中で老人は赤ん坊のように号泣した。

 泣きながら鼻水を垂らし、また一つのことを思い出していたのだ。あの頃、ポールは子供心に、毎日のように白日夢を見ていたことを……。それは愛らしい顔をしたチカを抱擁し、キスを奪う夢だった。

「いいや、そうじゃない! あれは勝気なチカなんかじゃなかった……」

 夢の相手は、いつも大人しく微笑んでいた、ぼうっとした感じのチコだった。

 

 

 

 

金ちゃんのこと

 

科学者の計算によると、第二の衛星は直径五メートルほどの球形で、その組成は純金百パーセントであるという。原始の地球に巨大彗星が衝突したとき、放出された金や銀、白金などの貴金属たちもそれぞれの比重ごとに集って球体を成した。このとき、残されたガラクタが集ってできた衛星は月と命名され、その鉱物資源を巡ってはこの数十年のうちに戦いが始まろうとしているが、実を言えば劣化岩石の塊で期待外れに終わることは明白である。月は地球と太陽との絶妙な距離に位置したため、地球の唯一の衛星となることができたが、金以外はすべて地球の引力から逃れて宇宙の彼方に散逸してしまった。それでは科学者が推定した直径五メートルの純金製衛星は仮に親しみを込めて「金ちゃん」と命名しようが、これは未だに発見されていないために、未確認飛行物体と間違われているとか、とっくに地球に吸収されて溶けてしまったとか、いろいろな学説が飛び交ったが、科学者や占師、いや科学者は占師でもあるわけだから科学者を含めた占師たちの一致する見解としては、存在しないことはないということである。それというのも、近年宇宙物理学が大きく進歩したことにより、地球の引力場の歪みを解明するには直径五メートルの金ちゃんが不可欠になったと高名な理論物理占師が表明し、これまた高名な実証物理学占師にその証明を委ね、二人そろってのノーベル賞が期待されたからである。そこで金ちゃんの捜索に世界中のアマチュア惑星ハンターや預言者、下賎の占師、暇人も動員され、天体望遠鏡の需要が十倍にも増えたが、一向に見つからなかった。ところが相模湾の漁師から警察に届けられた話によると、早朝に漁をしていると大波が小船を襲い一瞬にして転覆し漁師が海に投げ出されたとき、目の前に巨大な金の玉が海面上に踊り出て高さ百メートルほど飛び上がってから再び海の中に消えたという。この小さな新聞記事に高名な実証物理占師が目をつけてちょうど日本の裏側にあるブラジルの過去の新聞を調査したところ、やはり一年前の同じ時期にブラジルの漁師から同一の報告があったことを知り、高名な理論物理占師と二日間にわたって議論をしたすえ導き出した結論は、金ちゃんは地球の第二の衛星として認めるべきであり、その軌道はきわめて直線に近い扁平の楕円で地球内部にあるということ。軌道の鋭角的な部分は相模湾とブラジル沖の海面上に出ていて、それぞれの場所に一年に一回は顔を出していることが分かった。恐らく巨大彗星の衝突から間もないうちに地球に吸収され、地球が柔らかいうちに何回も周回しているうちに通り道が作られて、地球表面では固体、内部では液体へとその形態を変えながら衛星としての機能を保ち続けている。この学説を知った日本、ブラジル両国政府は領域内に顔を出す金ちゃん(ブラジルではオロロッカと命名)の所有権を主張したが、国連では金ちゃんを一国が支配すると世界の金市場が混乱するため、圧倒的な反対票で主張は認められなかった。しかし宇宙に存在しない衛星に関する国際法は策定されていなかったため、今のうちに金ちゃんを我がものにしようと両国は密かに動き始めたのである。もちろん有利な立場にあるのがブラジルである。金ちゃんの顔出しは数日後に迫っていたところでブラジル海軍は艦上ミサイルを装備した軍艦を数隻出現場所に待機させ、飛び上がったところを打ち落とそうと考えた。ところが予定の時刻が来ても一向に金ちゃんは顔を出さず、数キロ離れたところで操業していた漁船から金ちゃん目撃の一報が届く始末。ハメられたと思ったが時すでに遅く、金ちゃんはUターンして日本に向かって潜航を開始した。ザマア見やがれと笑ったのが二人の高名な日本人物理占師と日本政府の面々だ。あらかじめ用心のために、あるいは本当の計算ミスであるかは定かでないが、軌道の計算を数キロずらして世界に報告したことが日本の財産を他国に掠め取られる失態を未然に防いでくれたのである。しかし、真の軌道はもうばれてしまった。日本に残されたチャンスは半年後の某月某日某時某分某秒、東経某某度某分某秒、西緯某某度某分某秒。海上保安庁自衛隊の合同チームが結成され金ちゃんを確保すべく綿密な作戦が開始された。「金ちゃん危うし」と全国で反対運動が沸き起こり、預言者たちも不吉な予言を繰り返す中、金に目のくらんだ政府と御用占師、癒着した産業界の面々は金と力にものを言わせて金ちゃん捕獲法案を強行採決し、いよいよ金ちゃん出現の時を迎えた。

嗚呼これ以上書くことはできない。これまでにあれほど美しい星を見たことがあっただろうか……。人はなぜ金のために美しいものを破壊しようとするのだろうか……。完璧な金の玉がミサイルに射抜かれ、粉々に砕けて海の藻屑となる恐ろしい光景よ……。後になって、金ちゃんが海底下の毒物を海に流出させないタップの役割を果たしていたことが二人の万年大学助教により明らかにされた。そうだ。金ちゃんは希望の星だった。もう、取り返しはつかなかった。栓を失った海底の穴から、最初は破壊された海底油田のごとく石油がドクドクと流れ始め、それが尽きると今度は焼け爛れたマグマが止めどなく流れ始めた。

 

嗚呼神よ許したまえ。人間の罪深さを……

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

響月 光のファンタジー小説発売中

「マリリンピッグ」(幻冬舎

定価(本体一一〇〇円+税)

電子書籍も発売中

 

 

 

#小説 #詩 #長編小説 #哲学 #連載小説 #ファンタジー #SF #文学 #思想 #エッセー #エレジー

#文芸評論

♯ミステリー