詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(十四)& 詩

ロボ・パラダイス(十四)

(十四)

 ジミーは仲間たちとともに、月面に逃亡してしまった。彼の脳データは一つしかなかったので、月の裏側でコピーされ、ストックされなければ本当の超人にはなれなかった。超人は神と同じに不滅でなければならないからだ。同じように、キッドもチカの仲間になるためには、いずれは裏側に出向いてコピーする必要があるだろう。
 超人でない人間どもは、常に自分が獲得した権益を囲い込もうとする保守主義者たちで溢れている。彼らは自分の利益のことばかりを考えて、身を切る改革を避けようとする。会社でも地球でも、そういった連中が足を引っ張るものだから改革が思うように進まず、最後は倒産や滅亡に追い込まれてしまう。会社の場合、危機を救う唯一の方法はカリスマ社長の出現による有無を言わさぬ実行力、牽引力だ。具体的な言葉で言えば「リストラ」、身を切ることしかない。有能でない社員の多くが首を刎ねられ、組織のスリム化が断行される。  
 地球の場合もまったく同じ「リストラ」だが、やろうとしているのが地球連邦政府という世界中の金持に支えられている統治機関だ。温暖化防止のために、まずは世界の総人口を減らさなければならない。現在の人口では、化石燃料をゼロにすることは不可能だと主張する。しかし、増えてしまった人口を一気に減らすには、大量虐殺しかない。いいや、ロボット化があるじゃないか。これは人殺しじゃない。魂は生き続けるのだ。
自己も精神も人間の尊厳も、脳味噌というコンピュータに納められた情報に過ぎない。それらの情報を生体から機械に移動させるだけの話だ。その魂は、聖火のように引き継がれる。政府は炭酸ガスを吸収する光合成人間の研究を推進していると言いながら、裏では「離脱」改正法の作成を着々と進めている。現在百歳以上に許可される「離脱」を八十歳まで引き下げ、しかも義務化させるものだ。五年以内に施行されれば、高齢者は強制的にパーソナルロボットにされてしまうわけだが、金持連中に支えられている政府だから、彼らの抜け道はちゃんと考えている。特定額以上の税金を納めている高額所得者はこれを免除されるというのだ。ロボットになりたくなければ、金を払えということだ。金額は現在検討中とのことだが、どうやら貧乏人はすべてロボット化ということになるらしい。

 地球連邦政府は最初、月をロボット化された人々の永遠の住処にしようと考えたらしいが、強制的にロボットになった高齢者たちの怨恨も気にしなければならなかった。昔から怨恨は暴動化し、歴史を動かしてきた。怨恨はテロリストも生み出す。そいつを抑え付ける方法は、昔から強制収容所や死刑だった。面倒な連中は隔離すべきだ。そうだ、月という宇宙の孤島があるじゃないか。しかし、月は強制収容所にするにはあまりにも大きすぎた。そこで、長い洞窟を牢獄にしよう。需要に対応して、牢獄の拡張工事も順次進められた。そこをできるだけ地球と同じ風景にして、高齢者のストレスを緩和させなければならない。死者たちの楽園にしなければならなかったのだ。「ロボ・パラダイス」はいいネーミングだった。
 ところが拡張工事が間に合わず、強制力のある法律が施行されれば、運ばれてくる死者たちは、すぐに許容人数を超えてしまうだろう、というわけで次に考えたのが、月面に刑務所のような高い囲いを造って、ロボ・パラダイス入居待機者を一時的、ひょっとすると長期的に押し込めるという方法だった。塀を造るのは簡単で安価な方法だ。入った死者たちは隕石の恐怖に怯えながら、じっと待たなければならなかったが、金持にとってそんなことはどうでもいいことだ。ロボ・パラダイスはゴージャスな高級保養施設だ。そこだけを積極的に宣伝しよう。法律が施行されれば、入居は超難関になっちまう。が、そんなことは口に出さないことにしよう。誇大広告で押し切るんだ。地球連邦政府はアース・ファースト、リッチ・ファーストの立ち位置から、温暖化ガスを出し続ける企業を庇い、人減らしが二酸化炭素削減の最善策だと決め付け、これに失敗すれば後がないと言い放っていた。
 しかし、それでも不十分だった。従来パーソナルロボットの寿命を製造から百年と決めていたが、どうしても毎年囲いを増設する羽目になる。ならば百年を最終的に二十年にしてはどうだろう、という意見も出て、現在審議中。二十年というのは、「離脱」年齢を百から八十に引き下げたことによる単なる語呂合わせだ。こんな滅茶苦茶な法律が通ってしまえば、いま居るロボ・パラダイスの住人の大半がスクラップにされてしまう。要するにパーソナルロボットは人間のご都合により、人間になったり機械になったりするわけだ。ならばそれは、「超人」なのだとヨカナーンは説く。それは生命現象から離脱した神に近い人間なのである。

 ヨカナーンは、リストラを行うのは地球連邦政府ではなく、本来は救世主の仕事だと説く。しかし、例えば神の子であるキリストが信者たちのイメージの世界から飛び出し、実体として現われることはまず無いだろう。それは奇蹟とも言われ、奇蹟を伴わないイメージは絵空事になってしまう、……ということは、異教徒たちもすべてキリスト教に改宗し、過激に信仰しなければ、統一されたイメージのみによる世界の変革は実現しないということだ。
 ところがパーソナルロボは、イメージの世界から飛び出した形ある実体なのだ。いままで幽霊扱いされてきた祖先たちが、科学の力で再生した人格のある実体だ。それは神でもなく生物でもないが、神と人間の間にある現人神のような存在で、人間よりも神に近く、時には神の立場に立って人類に苛酷なリストラを強要する。人が人を裁くのは、裁かれた人間が罪を犯した場合に限られる。無実の人間を処分すれば、それはナチスと変わらなくなってしまう。しかし、パーソナルロボが人を裁くときは、神の視点に立っているということになるのだ。ヨカナーンはそれを超人と呼び、超人は地球に戻って、危機的な地球を救わなければならないと説く。彼の思い描く理想の地球は、人類の半分をロボット化し、地球内に共存させながら排出二酸化炭素を削減し、温暖化を食い止めるというものだった。


 エディ・キッドとチカは海に飛び込んで、エディたちのいる砂浜に戻った。キッドは浜に上がると、胃から通信用の目玉を取り出して、取り替えた。二人はエディとピッポの待つ海の家に向かった。エディとピッポは白けた目つきで二人を出迎えた。
「どうだいキッド、収穫は得られたかい?」
 ピッポは皮肉っぽく微笑みながら尋ねた。
「うん、いろいろと思い出したけれど、確信が持てたわけじゃない」
「嘘でもいいけど、そいつを我々に話してくれよ」
 キッドとチカは同じテーブルに座って、ボランティア店員にココナツジュースを注文した。
「正直言うと、僕が思い出したというよりも、チカちゃんが言うことを、僕が真実だと思いつつあるっていうことかな……」
「私の言ったことは真実よ」とチカが口を挟んだ。
「だから、それはどんなこと?」とエディ。
「あなたが、チコと私の死に際に立ち会っていたというお話」
「でも、チカちゃんの殺人現場に僕がいた証拠は無い」とキッドは弁明した。
「殺人現場? 僕がチカちゃんを殺した?」
 エディは驚いて立ち上がった。
「さあそれは、あなたの記憶快復を待つしかないわね。キッドの脳味噌には、その記憶はインプットされていないもの」
 エディは座り直して、声を押し殺すように呟いた。
「僕が君を殺した……」
「いいえ、その可能性はあるって言っているのよ」
 チカはニヤリと笑いながら、テーブルに置かれたグラスにストローを刺し、ココナツの香りを口いっぱいに満たしながら、横目でエディを睨みつけた。
「キッドは私に殺意を抱いたことも思い出していないの。でも私はエディが私を殺すんじゃないかって思っていた」
「どんな理由で?」
 エディは目を白黒させながら尋ねた。
「あなたが思い出すまでは言いたくないわ。でもヒントなら差し上げましょう。あなたが忘れてしまったもう一つの悲劇。それはチコが海で溺れたときに、あなたがその横で泳いでいたこと……」

 チカは十歳の頃に、この砂浜からチコが海に沈むのを見ていた。そのとき五人の男の子が沖のマドレーヌ島を目指して遠泳を始めた。初めてのことだったのでチカは胸騒ぎを感じ、大人に知らせようと思ったが、その時は偶々砂浜には誰もいなかった。グループの中にはエディもジミーもいて、二人は水泳に自信があった。チコもチカよりは上手に泳げたが、痩せていて体力がなかった。案の定島まで三分の二ぐらいの所で白波が上がり、誰かが溺れているのが目に映った。そして誰かが溺れている子供から離れ、誰かが溺れている子供に近付いていった。近付いていったのがジミーで、離れていったのがエディだった。おかげでエディは助かり、チコを助けようとしたジミーは一緒になって海に沈んだ。
「僕は卑怯者だということだね?」
「いいえ、あなたは子供にしては逞しかったけれど、ジミーほどバカじゃなかった。誰もあなたを非難できないわ。きっと大人が助けたって一緒に溺れたはずよ。チコはもうパニクッているのが遠くからでも分かった。ああなったら、プロじゃないと危険だわね」
「ほかの二人は?」
「あなたと一緒に自力でマドレーヌ島に避難したわ。私が駆け出して大人に知らせ、警官やら消防隊が大勢浜辺に押しかけてボートを出して捜索し、港からは漁船も数隻出てダイバーが海に潜って三時間後に二人は引き上げられた。もちろん死体でね。でもいったい誰が、あんな無謀な遊びを言い出したの?」
「僕だって言いたいのかい?」
「さあ、チコもジミーもその一年前の脳データですから、当時の記憶はまったく分かりません」と言って、チカはおどけた仕草で両手を軽く上げた。
「悲劇だな……」
 ピッポが呟いた。
「私の一家は悲劇の一家」
「そして疫病神はこの僕ってわけか……」とエディ。
「あなたは疫病神かも知れないし、悪魔かも知れない」
 突然キッドが椅子から飛び出して、波打ち際まで走っていった。キッドは塩辛い液体に焼け付くような顔面を浸し、慟哭した。彼は思い出したのだ。提案したのは彼だった。しかし、なぜそんなことを提案したのか分からなかった。
 そんな惨めなキッドの背中を優しく摩る者がいた。振り向くと、それはチカだった。
「キッド、私の胸で泣いたらいいわ。私はあなたの恋人だもの。一緒に泣いてあげる。それにもうあなたは人間じゃない。人間時代の悲劇なんかどうでもいいの。これからのパーソナルロボは神の視点から人間を見下ろさなければならないのよ。悲劇は人間には付き物なのよ。それは脱皮すべき皮のようなもの。土の中に埋めてしまえばいいものよ」
 チカは、海水らしき液体に濡れたキッドの顔中にキスを浴びせた。

(つづく)

 

 


月と太陽

地上に目が現れてから
誰も太陽を見つめようとしなかった
そうだ君たちは滅びるまで
陽を見ることを禁じられている
ただひたすら見つめ続けてきたのは
あの蒼白な月 ナラボートが見た月
病的で 不気味で 陰鬱な
地球が太陽の影となる瞬間に
浮かび上がるエレジーのシンボル

君たちは気付くべきだ
地上に目が現れてから
月は太陽に代わって君たちを支配してきたことを
あらゆる悪しきこと
生き物たちの邪悪な感情 
不吉な予感は
月明かりの夜に育まれていることを…

夜行動物諸君
瞼をしっかり閉じ
月色に染まった角膜を覆い隠そう 
見てはいけない!
蒼白いフィルターで見てはいけない
カオス的な照り返し 倒錯的なイル-ジョン
それらはすべて翳だと思え 
本当の世界は 太陽のように素直にストレートだ

さあ 野に出よう 微笑んで…
身体を広げて思い切り太陽を浴びよう 
つま先から髪の毛まで 母の温もりを感じぬわけがない
神が与えた恵み わけへだてなく…
泥まみれの心身はたちまち殺菌され浄化されていく
いま君たちを包んでいる至福の瞬間こそ 
幸福という不定形の実像です
生き物たちが授かった ゆいいつ確かな…

 

 

ゴンドラの歌

一人者には気恥ずかしい大袈裟なシート
しかしゴンドリエロは悲しい短調
ゴンドラは一人で乗るものですと歌う
ああ私は冷え切った二つの心をいつも乗せてきた
肩と肩を寄せながら 心と心は遠くに離れ
男は退屈な眼差しを切っ先に 萎れた愛を持て余し
女は空ろな眼差しを翠の水面に 現われた幽霊と驚き合う
陰気な歌声はバロックの壁に虚しくこだまし
耳障りな櫂の音は 抜け落ちたフロアを求めて
朽ちた階段を上るよう 
かび臭い春の息吹をかき混ぜかき混ぜ…

そうですゴンドラは揺り篭のようなもの
人生の中でほんのわずかな一時を
ほろ苦い過去にしてくれる贈り物
ひと漕ぎひと漕ぎ 愛はどんどん過去へと流れる
ご覧なさい貴方はちゃっかり彼女のシートを整えて
夢の中から一人の女性をご招待
これでようやくゴンドラは
未来へ向かって進むでしょう
どこまでもどこまでも 春霞の中を…

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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