詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

小説「恐るべき詐欺師たち」四 & 詩

老木と若者

(失恋色々より)

 

年老いた桜から枝が落ち

下で遊んでいた子供が死んだ

付近の老桜たちにも一斉に赤いテープが巻かれ

仲間ともども伐採されることになった

すでに花は散り終え

赤いガクが血涙のようにポロポロと落ちてくる

何十年も人々を楽しませてくれた桜たちだが

今年が見納めとなってしまう

太った若者は枝を落とした桜に手を当てて

いつものように声を掛けた

残念だね、あんたの失態で仲間たちも切られることになった

すると老木は落ち着き払った声で、若者に答えた

みんな俺に感謝しているのさ

みんなが恐れていたことを俺がやっちまった

しかしこんなことが起きなければ、立ち枯れる以外

誰も往生することはできなかったからな

俺たちはここ十年、切られることを願っていたんだ

枝は傷だらけ、胴体は穴だらけ、足には寄生キノコ

辛かったぜ、特に台風のときは…

瘡蓋みたいな皮から脂汗を出しながら

必死に踏ん張っていたのさ もう限界だ…

切られる以外、救われる方法なんかありゃしないさ

そうさ、仲間たちは苦役から解放され、天国で立派に花を咲かせる

しかし俺一本だけは、地獄の黒い森に投げ込まれ

毎日大風を受けて、黒い血を流し続けることになるのさ

俺は仲間のために、犠牲になってやったんだ

みんな俺に感謝しているのさ

 

あああの森なら知っているよ、と若者は答えた

僕も好きな女にバカにされて、恨み辛みの遺書を残し 

あんたと同じに、あそこに行くことにしたのさ

一足先に行って、あんたの席を取って待っているよ

そう言うと若者は、丈夫そうな枝にロープを掛けて

笑いながら輪っかに太い首を通した

「あばよ、吹けば飛ぶような人生!」

 

バカなことはやめろよ! 命の重さを知らないのか? 

お前は自分を軽く見すぎている!

案の定、たちまち枝が折れて

止めに来た女を道連れにした

 

 

 

想い出

(失恋色々より)

 

昔、心が心の臓にあると考えられていた昔

死の床にある老人が心残りを一つ思い出した

それは若い頃に失くしてしまった一つの恋

長い間、ささいな夢であったと信じていたが

長い間、夢の中に押し込めようとしていた気がし

それなら実際の出来事であったかも知れなかった

それが死に際に思い出されたのは

長い人生で、たった一つの淡い恋だったからだ

 

老人は朦朧とした意識の中で

必死になって心の臓に入り込もうとしたのだ

滞った黒い血の塊が傭兵のように

老人の行く手を塞ごうと待ち構えていた

老人は必死に奴らを押し退け

血みどろになって脈打つ館の中に入り込んだ

 

すると、奥のほうに血の通わない小さな心室があって

そこにあの女性が純白の衣装を身に纏い

蒼白な顔して白い襞の上に腰を下ろし

白々しい眼差しを老人に向けていた

ようこそ、ときめきを失くした思い出の部屋へ……

 

どうしても聴きたいことがあってここに来たのです

遊園地の夜景を一緒に見たのは、僕の夢に過ぎなかったものかと…

いいえ、キラキラ輝くメリーゴーランドに乗りましたわ

では、僕が君に愛を告白したことは事実だったのですね

夢ではありませんわ 私もあなたに恋をしていましたもの…

なのになぜ、君は唐突に僕から離れていったのでしょう

なぜって、それはあなたが知っていることではないのですか?

僕が、僕が何を知っているというのです

さあ、私はただ、あなたの悪い噂を聞いて去っていったものですから…

 

嗚呼、そうでしたか……

館はときめきを止め、すべてが彼女の肌と同化してしまい

女性はかつてのように忽然として消えた

老人は大きなため息を吐いたきり

もう二度と息を吸うことはなかった……

 

 

 

 

 

小説「恐るべき詐欺師たち」四

 

 すべての企画が批判されることなく通ったということは、思う存分やってみて結果を出しなさいということだ。資金面では、どうしても足りなくなった場合はシャマンが協力してくれる。人員が不足した場合は、十人の中で横断的に協力し合うことになった。

 

 チエはさっそく行動に出た。犬の散歩に出てきたところを待ち構えて名乗り出るのである。大胆な行為で失敗の確率も高かったが、一回でダメなら何回もしつこく迫れば道は拓けるに違いないと信じることにした。策略をめぐらすのが苦手な性格上、体でぶつかっていく以外に方法を見出せなかった。まるで張り込み刑事のように、一時間前から徳田が出てくるのを待った。

 

 徳田はいつものように柴犬を連れて出てきた。四十分の散歩だから、後を付けていって十分くらいしたら声を掛けようと思った。しかし、老人の散歩はひどくゆっくりで十分間追い越さないであとを付けるのも簡単ではない。間が持たなくなって五分くらいで声をかけてしまった。

 

「あの、徳田寅之助さんでしょうか?」

 徳田は立ち止まってゆっくりと首を横に向け、薄青い膜のかかった瞳をチエに向けた。

「どなたですかな?」

「トシコです。幸田トシコです。お父さんの娘です」と言ったチエの声は、緊張のあまり震えていた。

「僕には娘はいないよ。覚えがないもの……」

「覚えがないはずはありませんわ。幸田美津子の娘です。美津子はお父さんの愛人でした」

「愛人かね……」と言って徳田はニヤリとわらった。「覚えがないなあ、愛人もいろいろいたからね。しかし、みんな解決済みだ」

「そういう話じゃありません。私はお父さんの子供です。子供がお父さんを慕うのは自然の感情です」

「で、僕はどうすればいい。君を子供だと思って可愛がればいいのかね」

「いいえ。お父さんが私をどう思ってもいいんです。私はお父さんに尽くしたいだけですから」

「しかし、娘である証拠はあるのかね?」

「もし必要なら、DNA鑑定を受けてもかまいませんわ。二人の髪の毛を調べればすぐに分かりますから」

 

 徳田はしばらくチエを見詰め、「僕の頭には苔のような毛しかないさ」と言って笑いながら、「まあいい。君がどうしたいのか知らないけれど、さしあたって僕はこうして元気に生きている。八十過ぎの爺さんだが、君の助けを借りなくてもあと五年は大丈夫さ。しかし、家に来たいというのなら来なさいな。息子も女房も死んじまって幽霊屋敷同然だもの。空き部屋はガラガラ転がってる」と続けた。

「ありがとうお父さん。明日から転がり込みます」

 チエはしばらく散歩に付き合ってから徳田と別れ、すぐにアパートに戻って身支度を始めた。こんなにスムーズに事が運ぶとは思わなかった。徳田の足腰は弱まっているが、頭のほうはまだしっかりしているようだった。頭がクリアな状態のときに受け入れられたのだから、チエとしてもやましいことはなかった。一緒に暮らして気に入られれば、頭のクリアなうちに認知まで持っていける。ニセモノであろうと、認知さえさせてしまえばこっちのものだとチエはほくそえんだ。

 

 

 明くる日の十時に、チエは大きな旅行カバンを引きずりながら徳田家の門に立った。大きな門の一部に切られた小さな扉から、先日見かけたお手伝いが出てきてにこやかに「いらっしゃいまし。シノと申します」と言った。扉をくぐると、芝生の広大な敷地が現れ、その中央に角砂糖のような白亜の建物が建っている。窓はまったくなく、近づくにつれて外壁は角砂糖をそのまま拡大したように凸凹していることが分かり、これは巨大な角砂糖のオブジェを家にしたものだと想像できた。ショートケーキハウスならぬシュガーハウスである。おまけに、おそらくは建物を囲んでいるのだろう、黒光りした金属製の巨大蟻が多数角砂糖にたかっていて、中には建物の途中まで這い上がる蟻、屋上から不気味な頭をこちらに向けて眺めているやつまでいるのだ。針葉樹を配した塀に囲まれて見えないものだから、広大な敷地の真ん中にまさかこんな奇妙な建物が建っているとはチエも思わなかった。

 

「けったいな建物でしょう。これでもカーネ・ボッタークリとかいう外国の建築家に大金払ってデザインしてもらったそうですよ。だんな様は昔、製菓会社の社長さんをしていらっしゃって、お菓子は砂糖がなければできないとかなんとか、砂糖に感謝を込めてこんな家にしたって話です。外側はぜんぜん窓がないの。家の中には真ん中にちゃんと吹き抜けの中庭があって、それに面して部屋の窓はちゃんとありますわ。それに屋上にも庭があるし、天窓だってたくさんあるし、お日様の光りを取り入れるファイバースコープみたいなのもあるから、部屋が暗いことはないわね」とシノは説明しながら建物に向かってどんどん進んでいった。門と玄関を結ぶ白い歩道もまるで砂糖のようで、最後は壁にぶつかって扉がない。スタッコだと思った白壁はセラミックで、砂糖らしい透明感を演出している。シノはとうとう壁の前に来ると、そこにたかっていた体長五十センチほどの小蟻の頭をグイッと押した。すると砂糖が割れて中に開き、広い玄関ホールが現われると同時に、思わずチエは「アッ!」と叫んでしまったのだ。大きなガラス越しに中庭が見え、そこに四人の女がたむろしていたからだ。

 

「あの方たちは?」とチエは不安いっぱいの目付きでシノにたずねた。

「だんな様のお子様たちですわ。ウソかホントか私には分かりませんけど、だんな様がそうおっしゃっています。みなさん、あなたのこと首を長くしてお持ちです」と言って中庭へ通じるガラスの扉を開いた。

 そのとき、女たちの一人と目が合って、チエは固まってしまった。頭の血が滝のように下に落ちた。正真正銘のトシコがそこにいる。トシコのほうもチエだと認め、目を丸くして驚いている。トシコは扉のところに駆け寄ってきて、なめ回すようにチエを見ながら、怒りと軽蔑の混ざった眼差しをチエに投げかけた。

 

「チエあなた、なんでこんなところに来たのよ!」

「ハア? 私トシコと言いますが……」と、とっさにチエは白々しいウソを言ってトシコに対抗した。

「まあ、図々しい女だわ。あんた、私の親友でしょ。なんで私の振りをするのよ」

「振りなんてしていませんわ。あなたと会うのは初めてだし、私の名前はトシコです」

 すると突然トシコがチエに飛びかかってむなぐらをグイグイ押し始めた。

「帰ってよ! あんたの来る場所じゃないでしょ。帰んなさいよ!」

 シノはもみ合う二人を呆然と見ていたが、ほかの女たちはまったく動こうともせずにニヤニヤと傍観している。

「二人ともやめなさい」と弱々しい老人の声が聞こえると、とっさにトシコは弾かれた独楽のようにチエから離れた。

「この女は私の名前をかたる詐欺師です」とトシコは徳田に訴えた。

「あんたの名は?」と徳田はチエにたずねる。

「幸田トシコです」

「それで、君の名は?」と同じ質問をトシコにも聞いた。

「お父さん幸田トシコですよ。本当の娘ですよ」と言いながらトシコは涙目で徳田に訴える。

 

「まあ、世の中には同姓同名は五万といるだろう。記憶にはないが、どうやら同じ苗字の女と付き合って二人とも子供ができちまったらしい。しかも、母親がその子供に偶然同じ名前を付けちまったんだな」

「お父さん、そんな話はぜったいないわよ。この女は元私の親友で、山内チエっていうのが本名なんです。お父さんから財産を掠め取ろうとのこのこやって来たんだわ。あなた、運転できたはずね。免許証見せなさいよ。私と同じ免許証なんか出せるはずないものね」とトシコはチエに迫る。

「私、運転できません」

「なら健康保険証!」

「健康なので、やめましたわ」

「まあどうでしょう、ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。あんたが詐欺師だとは知らなかった」

 

「まあまあ、いいじゃないか。兄弟姉妹がたくさんできるってことは幸せなことだよ。特に僕は幸せ者だ。息子は二十年前に死に、去年は女房が死んでだいぶ落ち込んだが、子供たちが大勢名乗り出てくれて、この家も賑わいを取り戻した。会社を乗っ取られてから部下たちも来なくなったし、かつてのゴルフ仲間もよぼよぼの爺さんになっちまった。ところがごらんよ。一度に五人も孫のような若い娘たちができちまった。みんな僕の子供だよ。どいつも美人だし、父さんにそっくりだもの。父さんは幸せ者だ」

「だから、ちゃんとDNA検査をしてくださいよ。そうすれば、こいつのニセモノがすぐに分かる」とトシコ。

「いいですよ。受けて立ちます」とチエも食い下がる。

 

「まあまあ、そんな検査なんかクソ食らえさ。僕が娘だと決めれば娘なんだ。それでいいじゃないか。だって僕には五十人くらい子供がいるかも知れないよ。昔の金持ちにはそんなやつらが多かったのさ。しかし、いかんせん記憶がない。十年以上前のことはみんな夢の中さ。君たちはそんな夢から飛び出してきたお姫様たちだ。まだ若けりゃ恋人にしたいくらいだよ。特に君たちは同姓同名の姉妹だろ。この家で波風は立てないでおくれよ。トラブルは堪忍してくれ。社員どもに吊るし上げを食ったのを思い出す。罵声を浴びせられたんだ。部下に罵られたんだ。せめて死ぬときくらい幸せに逝かせておくれ。さあ、仲直りしなさい」と言って徳田は二人の手を取り、強引に握手をさせると「今日は娘が増えたお祝いに、午後は中庭でバーベキューパーティーだ。みんなで手分けして材料を買ってきておくれ」と言って、ズボンのポケットから十万円を出してシノに渡した。

 

 

 シノと犬、トシコを含めて三人一匹が買い出しに外出し、あとの三人で会場をセッティングすることになった。チエはほかの二人の冷たい視線に晒されながら、なにをすればいいのかも分からずに芝の上に突っ立っていた。正方形の中庭は五十坪くらいあって、シュガーハウスはさらにこの庭を取り囲む縦横同寸真四角の建物だから、けっこう大きなビルである。家族的な企業だったようで、社員研修などもこの家で行われていたらしい。内壁を見上げると、各階に白い手すりの通路が巡らされ、それが五段あるので五階建てであることが分かった。手すりの三カ所に巨大蟻がしがみ付いているのを見て、「芸が細かいわね」とチエは思わずつぶやいて微笑み、ここにたむろする女たちは砂糖にたかる蟻のようなものかしらと連想して顔を赤くさせた。

 

「あなた、付いてきて」と三十くらいの女がチエに声をかけた。女は家の中の大きな物置場に連れていって、テーブルを指差す。

「これを中庭に持っていって」

「一人でですか?」

「あれに乗せていけばできるわよ」と車輪つきの台車を指差した。ホームセンターで見かける材木運搬用の細長い台車だ。

「その前にひとこと言っておきたいことがあるわ」と言って、女はチエを睨み付けたので、チエは思わず身構える。

 

「あんた、本当の子供かどうかはいいけれど、認知してもらおうと思ったら大変だわよ。あたしたち全員、いまだに認知受けていないんだからね。親父さんは、認知したらみんなこの家から逃げ出すと思っているんだ。みんな若いからさ、男をつくってどこかに行っちまうだろ。死んだときにのこのこ出てきて相続権を主張するのが落ちだ。だから最後の最後まで引き伸ばしたいんだ。でも時間はないのさ。だって親父さん、あれで少しアルツハイマーだからね。認知症がひどくなったら認知どころじゃないもの」

「でも認知をためらっているうちは、しっかりなさってる」

「そこなんだ。そこの見極めが大事さ。ボケは必ず進行する。だから、いいなりになるくらいボケてハンコも押せるのはせいぜい一、二カ月くらいの間だと思う。そこがチャンスなの。あなた、頭が良さそうだから仲間になりましょうよ。あたしたち二人だけ認知を受けるんだ。ほかの連中を差し置いてさ」

「ええ、いいですよ。お名前は?」

 

「ハツエ。娘たちの中では今のところいちばん年上。でも、このままだと娘はまだ増えるような気がするわ。裏切りはナシよ」

 チエはハツエと固く握手をした。先ほどトシコとしたときとは違って、力が入っていた。少なくとも仲間らしき者ができたことは、その仲間が競争相手だとしても心強かったし、裏切られる可能性はあるとしても孤立した状態で共同生活を送るよりはよほどマシだった。しかし、四人の女が住んでいたなんて、事前調査がいかにいい加減なものだったかを物語っていて、チエにはいい教訓になった。楽をしようと思うと、必ずしっぺ返しがあるのだから。

 

 チエのミッションは、徳田の財産を残らず相続しシャマンに捧げることにある。ならば、ハツエと二人で分け合うとしても成功とはいえなかった。徳田の認知を受ければ、自分がすべての財産を相続できるだろうと安易に思ったが、角砂糖にはすでに何匹もの蟻が群がっていた。しかもハツエの言うように、来る者拒まずという徳田の態度を見れば、五人が十人になってもおかしくない状況だ。そうだ、徳田が外出するときは五人のうちの誰かが尾行するべきだと思い、ハツエに提案すると意外な返答が返ってきた。

 

「それは難しいわね。五人一緒に尾行はできないもの。みんな抜け駆けを恐れているから、親父さんと二人だけの状況をつくらせたくない。だから、親父さんが家にいれば、みんな家から出たがらない。自分が家を空けているときに、ほかの連中が結託して悪巧みをするかも知れないもの。あなたじゃないトシコ、トシコAとでも言おうかしら。あいつは外出した振りをして、親父さんの散歩のときに突然現われて認知を迫ったらしいけど、結局説得できずに一緒に戻ってきた。後で、みんなでAを虐めてやったわ。虐めかたはいろいろあるのよ。あなたも、そのうち洗礼を受けるわ」

 

 

 中庭で開かれたバーベキューパーティーは、一応チエの歓迎パーティーだったが、徳田以外は白けているものだからまったく盛り上がらない。シャンパンで乾杯し、各々が散り散りに皿を持って焼き上がった料理を盛り分け、シノは自分が取り分けた皿を徳田の前に置いた。ほかの女たちは椅子に座ったり立ったりしながら黙々と料理を食べ、ビールを飲んだ。

「さあさ、もっと盛り上がったらどうだい。君たちは姉妹なんだから。ギターとか歌を歌える者はいないのかね」

 するとトシコがギターを持ち出してきて歌い出した。ハスキーボイスでなかなか上手く歌うが、どれもブルースっぽい悲しそうなメロディーで場が盛り上がることはなかった。女たちの食欲はいまいちだが、徳田は大きなヒレ肉をぺろりと平らげるほどの食欲だ。アルツハイマーで満腹中枢がイカレテきたというよりは、心身ともにすこぶる健康で、軽度のアルツハイマーというのもハツエの単なる思い違いかも知れないとチエは思った。あるいは記憶力ははっきりとしていて、気まずい昔のことを忘れた振りをしているのかも知れなかった。

 

 四方を壁に囲まれているのに涼しい風が吹き降ろしてくる。上の階からエアコンの冷気を流しているようだ。しかし真夏の直射日光はジリジリしているから、庭のあちらこちらで濃いグリーンのパラソルが開いている。最初は徳田の周りにわだかまっていた女たちも、徳田が食事に飽きてデッキチェアで昼寝を始めると、庭いっぱいに分散してパラソルの下のデッキチェアに寝転がった。トシコもギターを置いて、テーブルからいちばん遠いパラソルを目指して歩き始めた。シノは、もう誰も食べ物には興味を示さないと見るや、汚れた皿などを片付け始めた。チエが「手伝いましょうか?」とたずねると、「いえいえ、これは私の仕事ですから。それよりも、みなさんにご挨拶にいらしたらどうですか」と言う。それもそうだと、チエは近いところのパラソルに向かった。

「こんにちは。お名前を教えてください」と言って、チエは女の横のディレクターズチェアに腰かけた。

 

「カリナよ。あなたは紛らわしい名前だったわね」とカリナは、ワイングラスを片手にサングラス越しにチエを見つめた。

「トシコBとでも言ってください」

「A、Bのうち、どちらかがニセモノ。あるいは、両方ともニセモノ。この私はどう思う?」

「さあ、でもお父様に少し似ているところがあるわね」

「あなた、ぜんぜん似ていないわ」

「たまたま似なかっただけですわ」

「DNAを調べれば分かるのにね。みんな検査をしてくれと言うけど、内心は怯えている。母親は確かに徳田さんの愛人だった。でも、ほかの男の種かも知れない。みんな自分の母親の性格は良く知っているからね。あなたのお母様だって、あなたが誰の子か分からないかも知れない」

 

「私は徳田さんの子供ですわ。母を信用しています」

「まあいいわ。お父様はみんな自分の子供だと言うんですから。でも、財産を均等に分けるっていうのも悔しいわよね。いくら財産があるのか知らないけどさ。紛れ込んでいるニセモノにも取られちまう」

「トシコAにはやりたくないですわ」

「ならこうしましょうよ。トシコAを蹴落としちゃうの。あたしたち二人が結託して、邪魔な連中を放り出しましょうよ。一人で頑張るより、二人で頑張ったほうが上手くいくわ」

「ええ、いいですわ」

「じゃあ、約束よ。私たちの秘密は誰にも言わないでね。二人の間には隠しごともなしよ」

「了解」

「さあ、もう行って。あまり話しをしていると怪しまれるから」

「怪しまれないように、ほかの方とも挨拶します」

 

 チエはカリナと握手をして離れた。次に挨拶したのはユカリだ。ユカリとも同じように秘密協定を結んだ。チエはトシコを除いて三人の姉妹と密約を結んだことになる。これでトシコと結べば、秘密協定の意味はなくなってしまうような気になった。チエがほかの四人と密約したとする。ほかの四人はそれぞれがほかの四人と密約していたとすれば、全員が全員と密約を交わすことになる。それに意味があるとすれば、身の安全を守る保身術くらいなものだろうかとチエは思った。たぶんこんな状況になると、集団というものは誰かをスケープゴートに仕立て上げようとするに違いない。まずは協力し合って一人を追い出しにかかるだろう。子供同士のイジメと同じような構図かも知れない。それから逃れるためには、誰でもいいから仲間をつくることだ。だから、この密約はそんな不安から生まれたものに違いない。自分が得た情報は密約の相手にバラすはずもないだろう。しかし、全員と仲間になってしまったら、スケープゴートはいなくなってしまう。

 

「そうだ、私にとっていちばん危険な人物はトシコだ」とチエは思った。「まずはトシコを潰さなければいけない。あいつをスケープゴートに仕立て上げればいい。みんなしてトシコをいじめて、ここにいられないようにするんだ」と心に決めた。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

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小説「恐るべき詐欺師たち」三 & 詩

パンデミック

 

ひびだらけの地獄絵でも眺めるように

悪疫ごときは古の悲劇であったはず

テカったパネルに映し出される死の舞踏は

シズル感を伴うこともなく空回る

わが家の周りはさらに静かで、老いた傍観者たちが潜んでいる

彼らは干魚をかじりながら、時折画面を覗き込むが

子供のときからスペクタクルに慣れ親しんでいて

死神が門戸を叩くまでは、恐怖に駆られることもないだろう

 

しかしひとたび闖入者が家に入り込み

刺々しい唇を突き出して、死の接吻を授ければ

暗黒時代と変わらぬ状況に落とされてしまう

医者に行っても医者は逃げ

懇願しても救いの手はとんと来ず

代わりに死神が手馴れた仕草で、その後を取り仕切る

彼らは町からトリアージされ、国からトリアージされ

運からもトリアージされるのだ

 

一転、若者たちはマグロのように、絶えず動いて過呼吸に陥り

生簀の中ではガス交換ができなくなる

自分でも訳の分からない、その息苦しさ……

だから彼らはカーニバルの仮面の代わりに

色とりどりのマスクで口を覆い、街に出たのだ

まるで蟻のように忙しく、バラバラになってうろついている

目的もなく、ひたすら甘い香りを嗅ぎ回り

それらしきフェロモンの周りには、たちまち同類が集まり三密状態だ

しかし蟻たちは、有事には方向性を一致させ、行列を作る知恵がある

昔々の若者は、出陣のときにビチッと行列を作ったものだ

たとえ行進の先が冥土であろうと、地獄であろうと……

 

暗黒の歴史は人類の性の一部として永遠に回帰する

それは大きな渦のように拡がり、少しは改善を伴うものだが

ほとんど変わらなかったことに誰もが驚かされたのだ

 

そうだ 我々は自然の一部に過ぎず、自然には正の自然と負の自然がある

温かい自然、冷たい自然、豊かな自然、痩せた自然、清らかな自然、汚れた自然…

正負は常にせめぎ合い、人間どもはその狭間に置かれ、短い人生を営む

正の自然の懐で幸せにまどろみ、負の自然の懐で追い立て回される

負の自然は、鋭利な刃物で正の自然に切り込みを入れ

環境や生物、さらには地球の新陳代謝を頑なに進めていく

最後は大河のように滔々と流れ、破壊力では人智を超える 

人間どもは波間に浮かぶ板切れに乗って、為すすべもなくしがみ付くだけだ

 

嗚呼、悪疫よりも孤独を恐れ、路上で酒を食らう若者たちよ

君たちは自然の大河に押し流されても

サーフボードに軽く乗って奇声を上げながら

バラバラと、自分探しの旅を続けていくだろう

たとえ流転の先が冥土であろうと、地獄であろうと……

 

 

 

 

小説「恐るべき詐欺師たち」三

 

 

 企画発表会には大きな会議室があてがわれた。五十センチほど高いステージとその壁にはホワイトボード、必要なら銀幕も降りてくる。参加者が十一人なのに折りたたみ椅子が百席ほど並べられ、いちばん後ろには降臨の座が設えられている。背後の小部屋には映写機器が置かれているから、必要なら映像を使って発表することも可能だ。トリオが三組発表し、チエはトリになっている。

 

 最初は由男の組が演壇に上がり、部屋を暗くするとパソコンを操作しながらホワイトボードにパワーポイントを映した。「世界叙勲者友好学会の設立」というのがテーマである。「それではこれから、我々の企画を発表します」と由男が言って、次のページでは「叙勲者には金持ちが多いが不満も多い」というタイトルが映し出された。「園遊会に招待されない」「社会がその功績を称えない」「若者、子供たちに叙勲の意義が伝わっていない」「時代とともに勲章の価値が落ちている」と箇条書きで列挙されている。由男は棒でホワイトボードを激しく叩きながら声を張り上げ、プレゼン開始。

 

「我々は金持ちの叙勲者百人にアンケートを出し、このような結果を得ました。要するに、勲章をもらっても地位が上がるわけでもなく社会的にちやほやされるわけでもなく、家の神棚で埃をかぶっているだけ。勲一等以上の者だって皇室園遊会に招待されるとは限らない。みんなが目にするのは葬式のときだけだ。叙勲者になって五年も十年も経てば、家族ぐらいしか知ってる者はいなくなる。国の発展にうんとこ貢献してきたのにです。それはなぜか?」

 

 次のページには「爵位廃止の功罪」というタイトルが踊る。

「敗戦によって明治憲法が廃止されて新憲法となり、華族制度が全廃されたことで爵位の授与も叙位もなくなって、『勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴わない』となったからです。特権も優遇もありません。単なるメダルと賞状だけ。これじゃお菓子のオマケと一緒じゃないか!」

 

 由男がページを変えると「しかし海外は違う」と書いてある。

「しかし、海外には爵位を与えるところもあるし、特権を得られるところもある。ならばここで、叙勲制度のグローバルスタンダード化を世界規模で構築しようというのが『世界叙勲者友好学会』創設のコンセプトです。つまり、勲章のISO化を進める圧力団体だ。日本での目的は、憲法改正に伴うもろもろの特権の復活。最低でも報奨金は勝ち取ろう」

 

「しかし、その活動はまったくの詐欺であった」と会場から声が上がり、爆笑。由男はわらいをこらえ、「なにをおっしゃいます。学会の設立意図は極めてまじめです。しかし、運営団体は私ども、正直ここは確かにグレーです。でも、あくまでスタンスは合法。たまには危険領域に侵入し、しこたま儲けてすぐに合法ゾーンに戻る違法操業です。どこからか仕入れた皇室グッズを法外な値段で売りつけたって、喜んで買うやつがいれば合法でしょ」と言って、次のページを出す。そこには「世界中の叙勲者が集い、互いの功績を称え合う」と書かれている。

 

「さて、ここからが違法領域に一歩踏み出します。十月九日を『世界叙勲日』と制定し、毎年世界中の叙勲者が一堂に会するのです。第一回目はタヒチ島を検討中です。叙勲者の多くは現役引退した七十歳以上のお年寄りです。ならば豪華クルーズ船をチャーターして、この部分でも儲けましょう。日数は二週間。高い会費なのに安いホテルを買い切りましょう」

 

「しかし、世界中から叙勲者をどうやって集めるのかい?」と質問が飛ぶ。

「残念ながら、最初は日本人だけです。きっと五回くらいやったら外国人も増えてくるでしょう。しかし、それを悟られないために、外国人は俳優たちに演じてもらいます。なあにバレはしません。念のため外人たちにも映画のロケだとでも言っておきましょう」と言って、由男は画面を変える。「レジョン・ド・ポレポレ勲章の授与(仮名)」と書かれている。

 

「同時にですね、世界標準の勲章を制定します。この勲章はそれぞれの国に貢献した、すなわち世界の発展に貢献した叙勲者に与えられます。毎回その場で五十名の方に勲章を授与します。これは開催地によって名称が異なってきます。例えばタヒチではレジョン・ド・ポレポレ勲章ですが、開催地がフランスの場合はレジョン・ド・ヌーブ勲章となります」

「レジョン・ド・ヌール勲章でしょう」との声がかかる。

「そんな、恐れ多いことを。しかし、この勲章はもっとすごくなる。一国の勲章ではない世界的な勲章です。いずれはノーベル賞なみの権威を獲得すべき勲章なんです」

「イグ・ノーベル勲章だ」と声が上がり、会場は爆笑に包まれた。

 

「それにポレポレはスワヒリ語ですよ。ノアノアにしたら」と別の声。

「これは仮称ですって。ここには王様の名前が入るんです。パラパラでもいい!」と由男はいささか腹を立てる。

「どっちにしろ毎回名前を変えるのは良くないなあ」と別の声。

「いえだから、ちょっとした事情がありましてね。毎年開催場所を変えるのも意味があってのことなんです。勲章を授与する人は、日本では天皇陛下や総理大臣などなど。偉い人が授与しなけりゃ恰好がつかないんです。しかし、こんなイカサマくさい勲章を偉い人が授与しますか? しないでしょう。で、我々は没落王族に目を付けたわけです。世界中にはかつて王族で、今はただの人という連中がうようよしています。しかし彼らは歴史に残る王様のれっきとした子孫だ。時が時ならルイ十四世みたいな生活ができた貴公子が、破れ城の維持に汲々としていらっしゃるが、その高貴な血筋はいささかも穢れていないブランド品なわけです。ならば世界的な勲章の授け役という名誉と少しばかりの謝礼を彼らに与えれば、勲章の威厳もアップするし受賞者も納得するでしょう。で、世界各地から協力的な王様の子孫を五人選び、その五人の国を開催地として回っていく。毎年回っていくから五年に一回は同じところに戻る。勲章の名も当地の王に敬意を払って五通りあるわけです。つまりレジョン・ド・ポレポレ勲章は五年に一度のもので、タヒチの王様の子孫がポレポレさんならそうゆう名前を付けようということなんです」

 

「それで、タヒチの王様の了解は取ったの?」と女の声が上がる。

「いえだから、これはあくまで企画段階ですって。トンガでもニューカレドニアでもどこでもいいんだ。王様の子孫を探すのは企画が通ってからなんです。みなさんだって、どんな企画か知らないけれど、そこまで詰めた企画じゃないと思いますよ」と由男が切り返すと、さすがに会場はシーンとなった。

 

 由男は次の画面を出すと「叙勲者同士のいがみ合い」と書かれている。

「さてみなさん。勲章には勲八等から勲一等、大勲位文化勲章などなど二十八階級あるのをご存知でしょうか。また、褒章は六種類あります。叙勲者同士が集ると、あんたは八等、おいらは三等、あんたは序の口、おいらは大関じゃ、などと叙勲者仲間の中でもヒエラルキーができ上がってしまいます。みなさんプライドの強い人たちばかりですから、上位の者に対するひがみはものすごいものがあります。しかし、こうした人たちをまとめて団体旅行しなければならないのですから、このレジョン・ド・ポレポレ勲章には会員内の軋轢を解消する役割も担わされます。すなわち、受賞者五十人のうち少なくとも三十人以上は下位の者に授与しましょう。その上、毎年脱会もせずに参加し続けた方には必ず授与されるように取り計らいます。本当は一度に三百人くらい授与したいんですが、勲章の価値を維持するには五十人くらいが限度だと思います。この勲章は、レジョン・ド・ヌール勲章のようにあらゆる分野の叙勲者に授与されます。ナポレオンによって制定されたレジョン・ド・ヌール勲章は、年齢、階級、宗教を問わず、芸人だろうが役人だろうが功労のあった者には誰にでも与えられたのです。メダルの中央にはナポレオンの横顔が彫られていた。だからレジョン・ド・ポレポレ勲章にも、授与する王様の横顔を掘りましょう。こんな勲章をもらって日本に凱旋したら大変です。あの爺さんがタヒチの国から勲章もらったとよ、んにゃあスタツの国はスっちょるがタスツの国とは初耳じゃ、などと大騒ぎになるのは確実です。まあ分かりやすく言えば、金を払って外国の名も知れない大学の博士号を取るようなもんで、知らない者には大したものに見えちまうんですな」と言って、由男はプレゼンを終えた。

 

 

 二番手は太郎のグループ。太郎は薬剤師の免許を持っているから、「敬老温泉療法研究会の設立」というなにやら医学的なテーマである。学会だとか研究会だとか、木賃宿の大玄関みたいな修飾語のオンパレードだ。太郎もパワーポイントを使いながら発表を開始した。

 

「さて、高齢者の寿命をいかに伸ばすかが敬老温泉療法研究会の設立目的です。もちろん長寿研究のスペシャリストを顧問に招いた権威ある研究会という触れ込みです。姥捨山法案を主張された過激な由男君としては大いに不満でしょうが、この研究会の究極の目的は高齢者からいかに金をくすねるかなのですから、ご安心ください」と太郎が言うと、会場からわらい声が聞こえる。

 

「人の寿命はほとんど遺伝子で決まっているが、働き過ぎなどのストレスがあれば活性酸素が心臓や脳をはじめとする内臓にダメージを与え、どんどん寿命も縮まっていきます。しかし、人を老化させる最大の原因は、細胞内でエネルギーを生産するミトコンドリアの減少にあります。で、このミトコンドリアは歳とともにどんどん減少していきますが、過食がそれに拍車をかけます。それを食い止めるには、断食をしてミトコンドリアにストレスを与えます。すると、ミトコンドリアは焦って仲間を増やそうとがんばります」

 

「それと研究会はどんな関係があるんですか?」と声が上がる。

「ほとんどございません。しかし、一連の詐欺行為にはこういった最新の学問もコマセとなります。当研究会は日本中の温泉を研究して、ご老人の細胞の活性化に寄与する温泉を厳選し、五日間の短期療養を行います。また、多種多彩な健康グッズの販売も行います。その仕組みはこのようになっています」と言って、映像を変えた。

 

「まず、お年寄りのいるご家庭にこのようなDMを送りつけます。本当は一人暮らしのお年寄りがベストですが、参加者が少ない場合は、そこは柔軟に対応します。ターゲットは六十五歳以上。ごらん下さい、こう書かれています。その要旨を述べますと……」と言って太郎は画面に棒を当てる。

「当研究所では、新しく開発した高齢者温泉療法の治療試験を現在進行しております。これは特殊な温泉治療によって高齢者の細胞を若返らせ、寿命を引き伸ばすものです。その治験にぜひご協力ください、てなぐあいです」

 

 画面が変わると、参加特典が箇条書きされている。

○ 治験は有名温泉地で実施。(観光バスによる送迎)

  • 五日間の参加で、参加費は二万円ポッキリ。(朝昼晩食事つき一日四千円)
  • 当研究所の最新療法で肉体年齢が十歳以上若返る。(安全で楽しい温泉療法です)
  • 一日三回入浴するだけで、後は自由行動。(ホテル周辺の散策ができます)

「参加料が高すぎません?」と会場から声が上がる。

 

「治験という言葉がイメージ悪いな。楽しい旅行が格安の値段でできる。ただし少しばかり協力してください、くらいにしたほうがいいよ」と別の意見。

「そこらへんはPRの部分でこれから検討いたします。いまは騙しのコンセプトをお聞かせする段階ですので……。それでは時間もないので治験の内容を説明します。宿屋に到着したら、まず最初に血液を採ります。治験はイカサマですが、いかにも治験してるようなポーズ。しかし、血液はちゃんと調べます。覚醒剤とアルコールの耐性を調べるんです。ポイントはお風呂から出たあと、緑色の液体を飲んでいただくこと。これはミトコンドリアを活性化させる薬という振れ込みですが、ドブ川に繁茂する植物プランクトンの培養液です。治験者は一日三回風呂に入り、出てすぐにこのドブ臭い薬を飲みます」と言って、ビーカーに入ったサンプルを会場に回した。嗅いだ人間たちは一様にしかめ面をしたが、シャマンだけは平然として口に含んだのには全員あ然。シャマンは決して変な顔を人に見せず、「効くーッ」とのたまった。

 

「就寝前には血圧を測り少量の血液を採取します。三日間これを繰り返し、四日目の夕食前には最後の風呂に入って薬を飲みます。しかしこのとき同時にお注射します。覚醒剤ですが栄養剤とでも言っときましょう。あらかじめ一人ひとりの覚醒剤の耐性を調べましたから、各々程よい分量に調整してあります。これが済んだら夕食です。このときには酒も解禁となります。アルコールの強さも調べてありますから、ほろ酔い加減に調整できます。で、宴会が始まるわけです。ここで、一人ひとりの成績を発表します。ミトコンドリアの増加量や若返り度数などを発表します。皆さん目を見張るほどの若返りを実現。もちろんイカサマです。しかし、連中は覚醒剤を打ってるから興奮状態。この活力はかつての若々しさを取り戻したからだと錯覚するわけです。これは一時的な錯覚ですが、それで十分。そしてアルコールは気を大きくする働きがあります。次に商品担当の吉原さんにバトンタッチします」と言って太郎は下がり、先輩格の吉原が棒を握った。

 

「ここで私が家電の営業で培った口説きのテクニックを披露する番です。メインはこの緑のイカサマドリンクを売りつけます。最低一年間の定期購入です。みなさん年金生活者だから、一年続けて六十万、月々五万が限度でしょう。しかし偽薬効果というのがあるので、二、三年続ける可能性は大いにあります。若返りにいちばんの薬は気持ちの持ちようなんですから。で、その場で契約を取りましょう。ついでにさまざまな健康グッズを売りつけます。たとえば無圧布団とか入歯洗浄器とか温風暖房機とか、そういったたぐいを何でも並べます。もちろん、高価な指輪だって磁石が入っていれば健康グッズです。私の口車プラス覚醒剤、アルコールの相乗効果でどんどん売りさばきます。もちろんクーリングオフなどちゃんと法律に則って行いますので、勲章詐欺よりはよっぽど真っ当な商売です」と吉原が言うと、勲章三人組からブーイングがわき起こり、険悪な雰囲気のなかでプレゼンは終了した。

 

 三番目に登場したのがユキ、トメ、メリの女性トリオ。タイトルは「三人の主人を一度に持つと」という風変わりなものだ。グループリーダーのユキが発表する。

「前の二つのグループは基本的には詐欺だと思いますが、肉弾三人娘の計画は殺人です」とユキが言い切ったところで、会場にどよめきが起こった。

 

「私たちは東京在住の大金持ちで独身の男性、高齢者を数人リストアップしました。同時に、この人たちは同じような性格を持っています。大の女好きで何度も離婚を重ね、ジジイになって周りから愛想を尽かされてとうとう独り身になってしまった。でもスズメ百まで踊りを忘れずという古の諺どおり、相変わらず歓楽街へ出かけてはお金を使っています。けれど、もうそろそろ年貢の納め時。ちゃんと奥さんをもらって手厚い介護をされながら、幸せいっぱいで往生するお歳だと心の中では考えていらっしゃいます。でも、長い長い女性遍歴を経ておりますから、女性を見る目は確かなものがあると思いきや、女はみんなこうしたものとの諦念もあり、結局好みのタイプの女にどうしても流れる。そこで、過去の女性を徹底的に調べた結果、意外なことにこの種の男はみなドン・ファンタイプだと判明しました」

 

「そのドン・ファンタイプとは?」と会場から質問。

「女だったら選り好みをしないタイプです。美人だろうが不美人だろうが、背が高かろうが低かろうが、性格がきつかろうが優しかろうが、高貴な女だろうが下賎な女だろうが、子供だろうが婆さんだろうが、夏は痩せた女、冬は太った女、とにかく女だったら何でもいい。メスゴリラにだって発情する爺さんたちなのです」

「じゃあ、三人とも合格だ」と声が飛んで会場は爆笑。

 

「でも、トメもメリも嫌だと言います。そういう爺さんはタイプじゃないし、二人とも女としての魅力に自信がない。きっと失敗するだろう。だから裏方に徹したいと言うのです。もちろん、女としての魅力は大事です。美人に越したことはありません。男はみんな美人に弱いんです。一目ぼれされたほうが事はスムーズに進みます」

 

「その美しい女とは?」と会場から質問が上がる。

「私です」とユキが言うと爆笑の渦。ユキはチェッと舌を打ちながらも気を取り直し、「私は準看護師の資格を持っていますので、さらに都合がいいんです。けれど、若い女が金目当てで老人と結婚する話はありふれています。ターゲットが一人じゃ役不足ですわ。だから私は同時に三人の老人と結婚いたします。重婚罪で縛り首」と続けた。

 

「せっかく三人いるのにもったいない。だって三人の男と結婚して連中が死んだとき、相続のときに重婚がバレるでしょう」と声が上がる。

「もちろん私もトメもメリも結婚するんです。でも、三人の男は全員、私と結婚したと思っているんです。つまり私はトメでもメリでもあるんです。トリックですわ。書類上は完璧です。爺さんたちの家に三人とも出入りして、混乱させます。トメの亭主の家では私がトメで、トメはユキです。メリの亭主の家では私がメリでメリはユキです。私の亭主の家ではユキがユキです。私は平安時代の貴族のように亭主の家を巡回します。職業はCAでフライトがあるとお泊りという設定。空けてる家にはCA仲間のトメとユキが手分けして留まり、お世話します。これならご亭主も文句は言わないでしょう。でも、スケベジジイですから親友に手をつけるかもしれません。トメとユキには我慢してもらいましょう。なぜなら、そのほうが都合いいからです。歓楽街に通ってほかの女に手をつけるよりはよっぽどマシですし、男は罪悪感を持つと優しくなるからです。亭主が死んでくれるまでは、なるべく亭主に逆らわないようにします」

 

「で、殺人の話は?」と会場から質問が飛ぶ。この計画のミソは、結婚したらなるべく早くに片を付けて遺産を相続することにあるのだから。

「それはシャマンにお願いします。シャマンは魔女の研究もなさっていますから、古来の毒薬に精通していらっしゃいます。一つ一つは無毒でも、合わせれば猛毒になるような調合も知ってらっしゃいますわ。家庭の常備薬でも、混ぜれば猛毒になり得ます。要するに警察にもバレず、心筋梗塞や脳溢血を誘発するような毒が欲しいんです。これで、私たちの基本計画の発表を終わらせていただきます。この計画がオッケーになれば、さっそく具体的な計画に進ませていただきます」と言って、ユキは発表を終えた。

 

 

 いよいよチエの番が来た。チエはパソコン操作が苦手でパワーポイントもできないので、ボードにテーマを書いて、あとは言葉で説明する以外にないだろうと決めていた。ボードに大きく「なりすまし殺人」と書いた。

「私はあぶれちゃってチームはつくれませんでした。だから、背の届くようなところで計画をつくりました。でも、最終的にはユキチームと同じように、シャマンの毒の力におすがりします。ユキは結婚を狙っていますが、私は認知を狙っています。ご老人の子供になりすますんです。その子供は死んでいますがご老人は知りません。二十年前に愛人に生ませた子供で、そのときお金を払って愛人と縁を切っています。でも、子供は成人したのを機に、父親に会いに行くのです」と言って、おどおどしながら計画の概要を説明した。不思議なことに誰も突っ込もうとしない。企画が完璧なはずはないのだが、除け者にした後ろめたさがあって、大人しくしているのだとチエは勘ぐった。

 

 四組のプレゼンが終わると、シャマンの総評があった。

「みなさんいろいろと知恵を絞って、いろんな案をひねり出していただきました。ご苦労様です。中にはできるのかな、とか儲かるかしらというのもございましたが、大事なのは行動だと神もおっしゃっております。いかに突飛な計画でも、試行錯誤を進めるうちに自ずと道は拓けます。特に女性チームは殺人という領域にまで踏み込んだ計画になっています。麻薬も毒も、材料は何でも提供いたしましょう。しかし、神にお伺いをたてなければいけません。人の死は人が決めるものではなく、神が決めるものだからです。死刑は国が決めますが、これは許されないことなのです。神が人を造り、人は神の所有物だからです。人を造ったのが神なら、人を壊すのも神。私たちの殺人は、神の意志による殺人です。したがって、私たちが罪となるのは神が死んだとき。しかし、神が死ぬことはありません」と言って、シャマンは微笑んだ。

 

続けてシャマンは神の降臨の準備を告げたので、全員が手を繋いで精神を統一させる。

「これからお伺いを立てますが、その前に一言申し上げます。世の中が不景気になると、取りやすいところからお金を取ろうという詐欺が横行します。多くの詐欺師、盗っ人が高齢者に目を付けています。実の子供までもが親の資産を狙っています。法律に触れなくても道徳的には許されない行為です。けれど、神のご遺志を実行する私たちは異なります。『造反有理』という言葉が大昔にありました。体制への反逆には理由があるという毛沢東の言葉です。一見、社会に反する行為は許されない行為ですが、社会がガラガラポンすれば許されます。私たちには理想の社会をつくるという理由があります。ならば、『殺人有理』という言葉もありえるのです。神はゼウスのように荒々しいのです。神は目的のために血を流すことを厭いません。神の血は冷え切っています。ごらんなさい、神は降臨いたしました」と言って、シャマンはホワイトボードを指差した。会場からオーッという驚愕の声が上がる。チエが書いた「なりすまし殺人」の文字が一瞬にして消え、新しい文字が浮かび上がる。「突き進め!」と書かれていた。

 

(つづく)

戯曲「クリスタル・グローブ」(全文)& 詩

精霊劇
クリスタル・グローブ  

登場人物
被爆霊)
 校長先生
 春子先生
 理科教師
 太郎
 清子
 止夫
(迷い霊)
 美里
 ヤンキー
 廉
 紀香
 ライダー男
 ライダー女
 男(ストーカー)
悪魔

男の子

女の子


一 南の島の浜に打ちあげられた小さなガラス玉の中

(美しい南国の砂浜が舞台背景に映り、波の音。映像がその白砂の一粒にフォーカスすると原爆の廃墟が広がっている。ブランド・ファッションを身にまとい、ミニプードルを連れた美里は、車に撥ねられたとたんに廃墟の町に入り込んでしまった。血しぶきがかかった純白のスカート)

美里 ここはどこ? (小犬とともに辺りを見回し)怖い! まるで原爆でも落ちたみたい……。
多数の声 落ちたんだ。
美里 (瓦礫のところどころに、隠れるようにして先生と小学生たちが汚れた顔を出しているのを見つけ)キャッ!
春子先生 (美里の手を握り)怖がらないで。たまに、こういうこと起こるの。ほら、アインシュタインですよ。三次元空間の隣です。五次元空間って言うのかな……。 
校長先生 地球に起こった悲劇は、こうした空間にいつまでも残るんじゃ。あんた、車に撥ねられた? 
美里 はあ? 車ですか?
太郎 ほら、スカート。
美里 血? ケガしたの?
清子 死んだのよ。
美里 うそ。(体中を見回し)生きてる。
止夫 跳ばされてさ、ここに落ちた。
美里 何が?
幽霊たち なんでしょう。
美里 (怖くなって)どこなのここ? 怖いわ。死にたくない!
幽霊たち (笑って)もう、死んだんだ。
美里 だって、まだ二十歳よ。
清子 あたし、八歳。
校長   人生は不平等、死も不平等じゃ。
美里 (地べたにべったりしゃがみ込み、放心状態で)……きっと夢ね。(頬っぺたをつねり)ほら、痛くない。

 (ライダージャケットにヘルメット姿の男女、ヤンキー、ラッパズボンをはいた二十代の廉と中学生の紀香が現れる)

 新入りさんだ。
ライダー女 ようこそ、お見事、一億倍の難関でした。
ライダー男 (わらって)運悪く、こんなところに落ちやがった。
紀香 宝くじなら十億円。
美里 (放心して)どこです、ここ……。
ヤンキー (からかうように)爆心地じゃ。(子供たちを指し)ほら、こいつら、被爆霊。
美里 被爆霊? なんですか、それ……。
止夫 原爆で死んだんだ。
ライダー女 ごらんの廃墟です。夢かうつつか幻かって、そのどれも外れ。ここは単なる過去の化石よ。
美里 過去の化石?
清子 時計が止まって化石になった町よ。
紀香 宇宙はビッグバンの残り香。夢も希望も吸い込むブラックホール
ライダー女 何をやっても無駄。出口がなくて、終わりもないところ。
美里 終わりのない……。
ライダー女 死んじゃったけど、生きてる。生きてるけど、死んじゃった。
 命はないけど生きてる。だって、悔しい思いは生き続ける。
美里 (頭を抱え)……からかっているのね。
春子先生 私たち、思いもかけずに命を奪われた。だから生きているのよ。
校長 怨念じゃ。怨念は不滅じゃ。宇宙を構成する元素のひとつじゃ。
美里 元素って小さいんでしょ?
校長 (笑って、諭すように)あんた、小さいんじゃよ。生きてる人には見えないんじゃ。
 でも、悲しがることはないよ。(子供たちに)君たち悲しい?
子供たち 悲しいよ。
 退屈なだけだろ。(校長先生に)あんたが焚き立ててるんだ。戦前の教育方針だろ。
校長 教育は勝つことしか教えん。人生も、戦争も、勝ち続けろ! だから、悲しみは負けた体験で身につけるんじゃ。
春子先生 それは魂にしみ込んで、化石になって積みあがるの。
廉 (わらって)化石から涙が出る? あんたら、琥珀の中のアリさんだ。悲しみの標本かよ。
春子先生 生きてる人は、目を背けるだけね。
止夫 僕たちの悲しさ、伝わらないの?
ヤンキー 無理だぜ。みんな忘れる。すぐに化石さ。
美里 (恐怖で震え)私、出来立ての化石? (犬を抱き上げ)まだ、あったかい。
 俺の手を触ってごらんよ。
美里 (廉の手を触って)キャッ! 氷。
 (子供たちに)君たちもドライアイスだろ?
子供たち あっついよ。
廉 (止夫の手を握り、驚いて手を離し)アッチ! 若けえ……。
止夫 だって分からないことだらけ。なぜなの。どうしてなの。なぜこんな目に遭うの。だから、いつまでも熱っついぞ。
太郎 ずうっと熱いんだ。
紀香 大人のケンカのとばっちりを食らってさ。
 僕が教えてあげるよ。君たちは、好きな答えを選べばいいんだ。世の中には、正しい答えなんかないんだぞ。思い込んで大きな声でわめけば、そいつが正解だ。戦争だって原爆だって、正しいと思えば正しい。僕が好きな答えは、君たち運が悪かった。世の中は運だ。君たちはアンラッキーだった。
美里 (泣き崩れ)なぜ……。
 生まれた時代が悪かった。歴史はまるで火山だ。噴火を繰り返しながら最後を迎える。君たちは噴火に巻き込まれた。
校長 …閉じ込められただけじゃよ。
美里 どこに?
校長 ガラス玉。
美里 ガラス玉って?
ライダー男 ここさ。
美里 (耳を押さえて)言ってること、分かりません!
ライダー女 あんたの終の棲家さ。
紀香 あんたのシェアハウス。とっても悲しい運命共同体
ヤンキー 宇宙のエアポケットじゃい。
廉 三次元空間プラス、永久の退屈と消えた希望の五次元空間。
美里 (頭を抱え)もうたくさん!
春子先生 それでは気分転換に、私たちのオアシスにご案内しましょう。
子供たち わあーい、遠足だ!

二 理科教室
(破壊された理科教室。悪魔と理科教師が話している)

理科教師 (悪魔に)あなたがこのガラス玉に出入り自由だというのが、分かりませんな。
悪魔 (割れたビーカーをいじりながら)簡単な理由さ。私の体は、君たちの知らない素粒子で出来ている。私は地球だって通り抜けることが出来るんだ。
理科教師 で、こんな地獄に何の御用で?
悪魔 地獄に悪魔は付き物さ。しかし私は普通の悪魔じゃない。私は昔天使だった。
理科教師 堕天使?
悪魔 そう。私の高慢が神の怒りを買い、天国から追放された。しかし、堕天使は良い行いをすれば、再び天使に戻ることが出来るんだ。
理科教師 ……ということは。
悪魔 君たちを救うことができれば、私も天使に戻れる。君はここを地獄だと言ったが、私の宗教では何と言うか知っているかい?
理科教師 煉獄?
悪魔 そう。君たちは罪を犯していないのに、天国に入ることができない。かといって、地獄に落ちるほどの罪も犯していない、宙ぶらりんな状況だ。
理科教師 どうすれば、天国に行けるんで?
悪魔 煉獄の炎さ。炎によって浄化を受けるんだ。そうすれば、狭き門は開いてくれる
理科教師 馬鹿馬鹿しい。ここではみんな心も体も冷え切っていて、火なんか起こすこともできやしない。それに、すでに燃えつくされていて、火が点いても直ぐに消えちまうさ。
悪魔 (わらって)君たちに何が出来る? この小さなガラス玉の中で。
理科教師 じゃあどうすれば?
悪魔 私がするのさ。しかし、条件がある。君と私の取引だ。
理科教師 取引?
悪魔 そう、取引。君は、君たち全員が願うように仕向けるんだ。その願いを私が叶えてあげて初めて、神は私の良い行いをお認めになる。私は天使に返り咲く。
理科教師 何を願うんです?
悪魔 私たちを、この小さなガラス玉から解放してください、さ。
理科教師 (笑って)言われるまでもないことでしょう。ここの全員が、何百万回、何千万回も繰り返してきた言葉だ。
悪魔 いいや、君たちの願いには心がこもっていなかった。
理科教師 (怒って)どうしてです! 僕たちは心の底から願っている。
悪魔 君は科学者なのに、頭が悪いな。このガラス玉から逃れる方法は一つしかないんだよ。君たちが天国に行くためには、このガラス玉が溶けなければならないんだ。高熱でガラス玉を溶かさなければならないんだ! あのときの炎を思い出してごらん。
理科教師 (泣き崩れ)嗚呼、悪魔め! キサマは天使になんかなれない。
悪魔 (祈る仕草で)神様! 原爆をもう一度落としてください。(教師の耳元で囁くように)今度はきっと誤作動さ。人為的なミスなんだ。君の所為じゃない。君たちはここから祈りを発すればいい。祈りは「原爆を、もう一度落としてください」、だ。(慟哭する理科教師の背中に手を当て)さあ、頑張れ。君の体に悪魔のエネルギーを与えよう。君はマジシャンだ。

(悪魔が消えると、理科教師は跪き、泣き顔でわらい続ける)

三 廃墟の散策

(先生と子供たちの衣服は焼けただれているが、顔や体は汚れているだけ。彼らは美里とともに廃墟の中を歩き始める)

 東西南北、どこへ行っても瓦礫、瓦礫!
紀香 悲劇の世界遺産じゃん。
ヤンキー うんざりするぜ。 
清子 ここはきれいなガラス玉の中。先生たちが紙テープを貼った教室の窓ガラスだった。
止夫 溶けて丸くなった飴玉さ。
千代 そん中に、逃げ込んだの。
止夫 あっついから、入ったのさ。でも、固まってさ。
春子先生 閉じ込められちゃった。
ヤンキー (笑って)おまえら、湯豆腐のドジョウさんだ。で、誰か一人逃げ損ねたガキがいた。
清子 のろまの義信君。
太郎 ガラスに頭だけ突っ込んで…
紀香 原爆にお尻を食べられちゃった。
止夫 溶けてガラスになっちゃった。
ヤンキー おかげで、いびつなビー玉になっちまった。
春子先生 いいえ、私たちに大きなプレゼントをしてくれたの。

(突然背景の廃墟が、夜明けの砂浜に変わる。遠くには椰子の林。一転、彼らのいる暗い舞台には所々に髑髏が転がり、青白く光る死の灰に埋まった畑から育つ大ナスが、やはりぼんやりと光っている)

ライダー女 デコボコガラスから、外の景色が入ってきたぜ。
太郎 でも、ずうっと水の中だったんだ。
校長先生 ガラス玉は、黒い雨に流されて、死体と一緒に川を下っていったんじゃ。
春子先生 そして真っ暗な海の底……。
止夫 ザリガニさんに転がされながら、南の島まで来たんだよ。
紀香 いま分かった。原爆と津波とどこが違うの? 原爆は人間のせいじゃない。あれは、おバカな下等生物がやらかした自然現象だもの。
清子 (いきなり駆け回り)ウソ! 人間がバカだなんて!
 あいつら、おサルの仲間だよ。
止夫 人間は二度も失敗しないんだ。こんなことはもう起こさないよ。
春子先生 そうね。悲しんでくれるのも人間。間違いを繰り返さないのも人間だね。
清子 だって人間、平和をいつも夢見てる。
太郎 幸せを夢見てるんだ。
ヤンキー 宮殿に住んで、遊んで暮らす夢じゃ。ボスになって彼女をたくさん独占する夢じゃ。
紀香 (わらって)自分だけの幸せかよ。
春子先生 清子も太郎ちゃんも賢いわ。氷の上でも砂漠でも、人間は生きていける。ほら、私たちも死の灰の中で生きてる人間。シンデレラのように、きっといつか幸せが来る人間。
 ちゃんと教育しろよ。君たちは死の灰と一緒に、ふるいにかけられ、おっこっちゃった元人間、幽霊です。死んでるけど生きてる。生きてるけど死んでる。なんちゃって生きてる気分の気色悪~いお化けちゃん。母ちゃんの心の中にだけ生きてる幽霊なんだ。(清子と太郎は抱き合って急に泣き出す)
校長 (二人の背中を摩り)幽霊にも夢はあるさ。それは、浮かばれることじゃ。
止夫 宇宙に飛んでいくこと?
理科教師 (突然現われ)そうさ。ここから開放されて、天に召されることさ。
校長 そうじゃな。宇宙の果ては天国じゃ。
ライダー女 どうかなあ。
ライダー男 天国なんかあるか? 
紀香 人間は悪い奴だらけだもん。地獄しかないよ。
校長 そりゃ違う。人間は利口じゃ。もう、二度とこんなことは起こさんよ。でなければ、わしら浮かばれん……。
理科教師 校長。あなたの言うことは矛盾していますな。
校長 私のどこが矛盾しているのかね?
理科教師 再び原爆が落ちようが落ちまいが、我々は浮かばれないからです。
春子先生 理科先生、どうしてです?
理科教師 このガラス玉に閉じ込められているかぎり、浮かばれない。
校長先生 そりゃそうじゃ。しかし、また原爆が落ちたら、もっと浮かばれんぞ。
理科教師 それがおかしい。浮かばれないことに大小がありますか? 松コース、梅コースがありますか? 単なるポエムだ。私は科学的にあなたの矛盾を指摘しているんです。(涙ぐむ子供たちに向かって)君たちは幸せか?
紀香 こいつら幸せのわけないじゃん。
子供たち 幸せじゃないよ。
理科教師 じゃあ、どうしたい?
子供たち 天国に行く。
理科教師 ほら校長。原爆が落ちようが落ちまいが、ここにいれば浮かばれないんです。
春子先生 だけど、二度と同じ悲劇を繰り返してはいけないわ。私たちでもう十分!
理科教師 じゃあ聞きます。我々を閉じ込めているこのガラス玉が溶けて、我々が解放され、天に昇るためには、いったい摂氏何度の熱を必要とするか。
春子先生 そんなこと、私に分かるはずもありません!
理科教師 なら、みんな耳をほじって聞きなさい。我々が解放されるためには、大きな隕石がここに落ちるか、原爆が落ちるかの二者択一しかないんです。
全員 (驚いて)ヒェーッ!
校長先生 (激しくわらって)君はやはりおかしなことを言っておる。この広い地球上で、原爆がここに落ちるはずもないじゃろ?
理科教師 それは素人の思い込みです。あなたは物理学を知らない。私たちが何かも知らない。
太郎 何なの?
紀香 何なのさ。
理科教師 怨霊という、未解明の物質だ。その怨霊から、未解明の情念が素粒子となって出ている。私はこれを怨霊粒子と呼んでいます。
校長先生 未解明、未解明。似非学者の言葉遊びじゃ。怨霊粒子? そんな気色悪いもの、聞いたこともないぞ。
理科教師 当たり前でしょ。私が発見して、学会にも発表していないんですから。なんせ、ガラス玉に軟禁状態ですからな。
(全員が大わらいする)
ヤンキー (わらいながら)おじさん、そいつを見せてくれよ。
ライダー女 あたしたちと同じくらいの大きさなんでしょ?
太郎 だったら見れるよね。
校長先生 (わらいながら)そのポケットに隠しておるのかね?
理科教師 (ポケットから黒光りする機雷のような玉を出し)よく分かりましたね。これです。
清子 (触ろうとして)じゃあ、そのトゲトゲを摩ると願いが叶う?
理科教師 (清子に渡し)摩るんじゃなく、手榴弾のように投げるのさ。君は何を願う?
清子 爆弾が落ちる前の景色。(玉を理科教師に返す)
理科教師 面白い。さあ、みんなで願うんだ。昔の町を見たいなって、三回唱える。心から願え!
全員 (海岸の景色に向かって)昔の町を見たいな、昔の町を見たいな、昔の町を見たいな。

(理科教師が黒玉を投げ付けると、海岸の景色に代わって、原爆投下前の町が浮かび上がり、全員が歓声を上げる。)

太郎 うわあ! お祖父ちゃんのお店が見えるぞ。(感激して泣きながら)店の前に母さんがいる。母さんだ!
清子 (理科教師に)ねえねえ、私の家も見せて!
理科教師 (清子に)願いなさい。心から願うんだ。みんなも一緒に!
全員 清子の家を見せてください。清子の家を見せてください。清子の家を見せてください。
(理科教師が黒玉をもう一つ投げると清子の家が現われ、庭で水浴びする清子と兄、それを見守る母親が映し出される)
清子 わああ。憶えているわ。兄ちゃんとよく水遊びをしたんだ。母さんも幸せそうにわらってる。(耐えられなくなって泣き崩れ、春子先生が抱きかかえる)
理科教師 止夫。君は?
止夫 (下を向いて)僕はいい。父ちゃんも母ちゃんも嫌いだ!
校長先生 (涙を流して泣いている太郎を抱き)もういい。わしらには刺激が強すぎる光景じゃ。(全員、一瞬白ける)
理科教師 そうですな……。(今度は白い玉を投げ付けると、再び海岸風景に戻る)どうです。願えばなんでも叶うのが、私の発見した怨霊粒子です。
 (気を取り直し、明るく)それじゃあ、話は簡単だ。みんなでここから出れるように願えば叶うんだ!
ヤンキー 簡単に出れるぞ!
ライダー女 やったぜ!
ライダー男 やった、やったい!

(校長も含め、全員が小躍りする)

校長先生 (はやる心を抑えて理科教師に)理科先生。それは可能じゃろ?
理科教師 もちろんです。(再び全員が小躍りする)しかし、このガラスは溶かすことも割ることも出来ません。(全員小躍りを止め、理科教師に注目する)
紀香 じゃあだめじゃん!
理科教師 ガラスはあまりにも透明すぎて、怨霊粒子は通過しちまうんだ。割れ、溶かせって願っても、当たらなけりゃ無理さ。(全員が失望して、がっくり跪く)
校長先生 じゃあ、どうすれば可能なのかね?
理科教師 方法は一つ。明日になったら、お話ししましょう。

四 夜の放射能広場
死の灰で埋め尽くされた広場は灰が雪のように降り、一面に放射能の薄く青白い光で満たされている。ヤンキーと紀香、廉、校長先生、春子先生がやって来る)

ヤンキー 先のことなんか必要ねえよ。勝ちゃあいいじゃん。獣も草もみんな張り合ってんだもんな。そいつが地球の掟じゃ。(急にシャドウボクシングを始め)どけどけどけ、ここは俺様の縄張りじゃい。なにい、ケンカで決着だ? いいじゃん。手っ取り早く、ドカーンとやっちまおうぜ。先手必勝。うずうずするぜ。生き残ったやつの勝ちだ。(がっくり肩を落として)俺、強かったぜ……。
紀香 じゃあ、なんで死んだん?
ヤンキー (シャドウボクシングをしながら)殺る気なら勝った。一瞬ひるんじまった。
紀香 どっちがよかった? 死ぬのと、殺すの……。
ヤンキー 生き残るために戦うのさ。
校長先生 なんでひるんだんじゃ?
ヤンキー 相手のことを考えたんだ。ほんの一瞬……。
校長先生 死ぬ自分を考えたのか?
ヤンキー (わらって)俺がかよ。
校長先生 自分が死ぬことを考えて、相手に同情しちまった。
紀香 バカか?
ヤンキー (シャドウボクシングを止め)大バカ野郎!
春子先生 あなた、ただのバカじゃなかった。そのとき、何かが見えた。
 そいつは幻さ。優しさ? 哀れみ? いや、弱さだ。
紀香 臆病風!
ヤンキー (怒って)俺が臆病者か!
廉 白けたのさ。空中を天使が通過したんだ。ニヤニヤしながらさ。バカどもめ!
校長先生 どちらも突っ走れば、弱いほうは粉々じゃ。(体を震わせ)原爆じゃ、原爆じゃ!
春子先生 私たちのように……。
清子 あたしたちの戦争? 
止夫 大人たちの戦争だよ。
紀香 やんちゃな負け戦。

(後から美里たちの集団がやって来る)

美里 そして私は?
清子 おねえちゃんは車に撥ねられた。
美里 私を撥ねた人は?
ライダー男 いまも元気な他人様だ。
ライダー女 加害者はしっかり生きている!
美里 許せない! (犬を抱いて)私、犬死?
廉 (話に加わり、わらって)そう、俺たちみんな、犬死。浮かばれない呪縛霊さ。
ライダー男 スピードオーバーで飛んできたこの俺様は?
ライダー女 自業自得じゃろ。
ライダー男 俺は俺を殺した加害者で被害者の一人芝居。
ライダー女 だからあんたは、いつまでも悔やみ続けろ。だって、あんたの半分が、あんたの半分の被害者だ。でも、あたしはあんたの後ろに乗ってた、丸々あんたの被害者だ。
ライダー男 お前と俺は一心同体。お前は被害者である俺の一部さ。
ライダー女 お笑い種だ! あたしはあんたの持ち物か。あたしは、殺した野郎を恨んでるよ。
ライダー男 驚いた。一緒に死んだ仲だろ。
ライダー女 どうだい、このうぬぼれ振り。(ヘルメットを足元に叩きつけ)無関心野郎! (ライダー男の頬を叩き)自分のことばっか! この自己中男、どうしたらいい?
ヤンキー お気の毒。みんな自分が一番じゃい。
 加害者死亡につき審議打ち切り!
春子先生 (子供に向かって)戦争はみんなが加害者で被害者。でも平和は、被害者の心に浸ってつくるのよ。
ライダー男 (ライダー女のヘルメットを拾っていとおしく摩り)分かんねえよ、お前の心。お前の苦しみがさっぱり分からねえ。俺はお前がいなけりゃやってけないんだ。
ライダー女 あたしのお袋、死んだあんたの顔に唾吐いたぜ。このドジ野郎!(ライダー男の胸を拳固で何度も叩くが、そのうちライダー男の胸の中で泣き崩れ、男は彼女の額にキスをする)
美里 (両手で顔を覆い)そうだ、きっとお母さんも泣いてる……。
太郎 (死の灰遊びを止め)僕のお母さんは?
清子 いまも泣いてる。
止夫 (わらって灰を太郎にかけ)とっくに死んでるさ。
太郎 じゃあ、天国に行けば逢えるんだ。
清子 ほんと? 春子先生、お母さんに逢えるの?
春子先生 きっとね。明日の理科先生に期待しましょう。

五 海辺の朝

(朝になり、海岸では米軍の上陸訓練が始まる。理科先生が登場すると、全員が拍手で迎える)

ヤンキー そら、希望の星がご登場だ。
 イヨッ! 霊界のアインシュタイン
ライダー女 大先生、早く天国に引き上げて。
理科教師 (にこやかに微笑みながら)任せなさい。私の言うとおりにすれば、必ず天国に行けます。
校長先生 で、どうすれば良いのじゃ?
理科教師 祈るんです。相手は運命だ。全員で祈るしかない。心の底から祈る。必死に祈る。一糸乱れぬ祈りとともに、私がこの怨霊粒子を投げ付けます。
校長先生 どこに向かって?
理科教師 この島のミサイル基地に向かってです。
校長先生 何だね、そのなんとか基地ってのは?
理科教師 飛行場のようなもんです。
春子先生 どんなことを祈るんです?
理科教師 おまじないです。南無阿弥陀仏のようなやつ。
清子 教えて、教えて。
太郎 どんなおまじない?
理科教師 簡単さ。君たち復唱しなさい。原爆を、もう一度ここに落としてください。
子供たち 原爆を、もう一度ここに落としてください。
春子先生 原爆を、もう一度?(震えて)な、なんですか、そのおまじない!
校長先生 君、何を考えとるのかね!
子供たち (春子先生にすがり)怖いよう!
ヤンキー (わらって)オッサン、冗談だろ?
ライダー女 (怒って)本気なら、大バカ野郎だ!
理科教師 (怒って)大ばかだと! 私を侮辱するのは止めたまえ。感情的な反論はナシだ! 我々も、その怒りも、地球も、宇宙も、天国だって、物理現象で動いている。(辺りを見回し)この住家も物理現象。じゃあガラス玉を溶かすには、もう一度同じ温度の熱を加えるしかない。それが物理法則というものだ。ほかに方法はない!
紀香 (海岸を指差し)でもさ、ここに原爆落としたら、海岸の人たちも死んじゃうよ。
理科教師 いいじゃないか、それで我々が助かるなら。この一帯は敵の軍事基地だ。民間人なんていやしない。それに季節外れで、島に海水客は誰もいない。被害は最小限。そりゃ何人かは死ぬだろう。しかし、みんな天国に行ける。連中だって、天国のほうがずっと幸せになれる。結果良ければすべて良し!
美里 待って! 私たちがみんなで祈ると、ミサイルがここに飛んできて、原爆が破裂するのね。海岸の人たちが死ねば、私たち全員、殺人者になるってことですか?
理科教師 (わらって)新入りさん。君は何も分かっていない。私が死んだのは戦争中で、誰もが殺人者だったんだ。それに私も君も、いまは人間じゃないんだよ。考える葦にもなれない。じゃあ何か? 呪縛霊というチャチな埃さ。埃が人を殺しても、殺人とは言わないんだ。
美里 でも、私はいま考えている。考える埃だわ。埃になった私でも、心はきれいに生きている。
理科教師 (怒って)じゃあ君は、永久にこんなところに閉じ込められて満足か?新入りのくせに、大きな口を叩くな!
美香 ……。(言葉を失い、小犬を抱いてうろたえる)
ヤンキー 先生よ、そりゃ言い過ぎだぜ。
理科教師 ごめん、謝る。しかしここは、我々をこんな目に遭わせた敵の基地です。我が大日本帝国が奪い取られた島だ。気兼ねなんかするこたあない。奴らが原爆を落としたなら、倍返しだ。しかもその原爆は、奴らの誤作動で爆発する。自業自得さ。
ヤンキー (わらって)あんた、まだアメリカさんと戦争してんのかよ。
 戦争なんか、俺の生まれるずっと前さ。
理科教師 君たちは時代を逆戻りしたのさ。(辺りの廃墟を指差し)見ろよ! ここは戦争ど真ん中じゃないか。
校長先生 (体を震わせ)そうじゃ。戦争は終わっておらん。ここは戦場じゃ!
理科教師 倍返しだ!
校長先生 報復せにゃならんぞ!
子供たち 原爆を、もう一度落としてください!
春子先生 (子供たちに)おやめなさい! 校長も冷静になってください。戦後生まれの皆さん、何か言ってください。
ライダー男 (白けて)恐ろしいギャップ。
ライダー女 戦争なんか、どうでもいいさ。
 要するに、ここから出れるか出れないかの問題だろ?
理科教師 そういうこと。
美里 いいえ、人を殺すか殺さないかの問題よ!
紀香 う、もう、多数決の問題じゃん。
廉 (わらって)議会制民主主義の問題かよ。
ヤンキー 爆弾落とすか落とさないかの問題じゃろ。
理科教師 紀香君だけマシなことを言った。君たちが納得するのは、議会制民主主義だ。その意見を取り上げよう。(破壊された教室の黒板に、白墨で字を書き始める)民主主義イコール多数決だ。一人でも多い方が勝ち。まずは私、参考人に呼ばれた専門家のご意見。ここから抜け出すには、原爆がここに落ちなければならない。なぜなら、ほかの方法が無いからだ。次に、ここに原爆が落ちれば、人が何人か死ぬことになる。しかし、死んだ人たちは天国に行ける。そして、我々も解放されて、一緒に天国に行きましょう。天国は現世よりもすばらしい所だ。…ということは、我々は彼らに功徳を施したことになる。これは敵国語で何と言うのかね?
紀香 ウィンウィンゲーム。
理科教師 そう、それだ! 誰も損をしない。敵も味方も、みんな幸せになれるんだ。
春子先生 うそっぱち! 残された家族はどうなるの?
理科教師 じゃあこうしよう。我々も、新たに死んだ人も、天国に行ける。しかし、現世に取り残された人たちは、死んだ家族のことを思って悲しむだろう。だけど、彼らだって、結局は天国で、家族と再会できるんだ。タイムラグがあるだけじゃないですか。魂は永遠なり。魂の時間で考えれば、そんなタイムラグ、一瞬のことさ。
校長先生 さすが理科先生じゃ。極めて論理的な意見じゃ。我々魂は地球時間から離脱し、宇宙時間に支配されておる。
理科教師 物理的に言えば、ガラス玉自体は外の現世に属しております。しかし、ガラス玉の中は異次元だ。外から見れば、時がほとんど止まっている。しかも、外に属する玉の外皮は、次の大波で砂に埋もれちまい、念力も効かなくなっちまう。
ヤンキー よせやい、埋もれちまったら、真っ暗闇じゃんか!
止夫 怖いよ!
清子 お化け出るよ!
太郎 (清子を指差し)ワッ、お化け! (清子は太郎を追いかける)
理科教師 じゃあさっそく多数決だ。天国に行きたい人、挙手願います。
(全員が手を挙げる)
理科教師 決まり! 春子先生、指揮をお願いします。全員で「原爆を、もう一度ここに落としてください」を唱える。
子供たち 原爆を、もう一度ここに落としてください。
春子先生 待って! 誘導尋問。みんな天国に行きたいから、手を挙げたのよ。じゃあ、ここに原爆を落としたい人、手を挙げてください。(誰も手を挙げない)ほおらね。
 原爆を落として天国に行きたい人、手を挙げてください。
(校長、理科教師、三人の子供、廉が手を挙げるが、春子先生が手を挙げないのを見て、三人の子供は手を下げる)
春子先生 (わらって)たった三人ね。
理科教師 原爆を落としてまで天国に行きたくない人、手を挙げてください。
(春子先生、三人の子供、紀香、ライダー女が手を挙げる)
ほかの人たちは棄権かね?
ヤンキー 決めるの、早かねえ?
ライダー男 考える時間もないじゃん。
理科教師 急いでいるんだ。明日嵐が来れば、ガラス玉が海に沈んで、念力は効かなくなる!
春子先生 でも、私たちの勝ち。
理科教師 バカな、子供に参政権があるか! 三対三だ。
校長先生 よし、私が決める。このガラス玉は学校の所有物じゃ。私は大家のようなもんじゃ。大家は原爆投下を決めたぞ。
春子先生 校長、それは拡大解釈ですわ。
ライダー女 パワハラじゃん。
校長先生 女の出る幕じゃない! 
紀香 セクハラじゃん!
理科教師 手を挙げない奴らは卑怯者だ。明日、嵐が来るんだぞ!
ライダー男 じゃあ、俺は連合いと同じノーに手を挙げるさ。
ヤンキー じゃあ俺は、大家さんの店子として、イエスといきましょう。難しいことは苦手なんだ。
理科教師 四対四。ウーン、新入りさんの結果次第か……。
春子先生 美里さん。あなたはなぜ手を挙げなかったの?
美里 新入りで、遠慮したんです。まだ何も分かっていないから……。
春子先生 遠慮なんかすることないわ。自分の考えでしっかり手を挙げてください。
理科教師 (悪魔が物陰からTの手サインを出すのを見て)まあ待ちなさい。来たとたん、いきなりじゃ可愛そうだ。彼女の考えで我々の未来は決まるんだからな。明日の朝まで、時間を与えよう。明日陽が出たらここに集まり、太陽を拝みながら、新入りさんの判決を伺いましょう。結果次第では、永遠の暗闇。時間の概念も吹っ飛んじまう。
春子先生 美里さん。あなたは朝まで放射能広場にいてください。ほかの人は美里さんに近づいてはダメ。そそのかさないでね。
全員 また明日。
理科教師 太陽が出ることを祈って……。
(美里を残して全員が消える。舞台は暗転し、当惑した美里にライトが当たる)

六 理科教室
(理科教師が机に肘を付いて頭を抱えている。悪魔とストーカーが忽然と現われる)

ストーカー 本当に美里ちゃんに逢えるんですか?
悪魔 もちろんさ。君のために、美里をここに閉じ込めたんだ。君は彼女と結婚して、二人は永遠の愛を誓い合うんだ。
ストーカー ああ、やっぱりここに来てよかった。で、彼女はどこに?
悪魔 (理科教師の肩を軽く叩いて)おい先生。美里ちゃんはどこにいる?
理科教師 (そのままの恰好で)放射能広場とか言ってたな。
悪魔 (ストーカーに)死の灰が積もった青白く光る広場だ。探せばすぐ分かるさ。(ストーカーは駆け出して退場)
理科教師 (顔を上げて悪魔を見詰め)この勝負は負けますぜ。美里は新入りで、ここの恐ろしさを知らない。あいつは平和主義者だ。ところで、いまここから出て行った奴は?
悪魔 飛び降り自殺をした若者さ。美里が奴を気に入れば、きっと二人で天国に行きたいと思うだろう。しかし残念ながら、このガラス玉が溶ければ、奴だけ地獄に落ちる。
理科教師 なんだ、悪党か……。
悪魔 自殺もいかんが、奴は人殺しだ。
理科教師 誰を殺した?
悪魔 美里さ。
理科教師 (激しくわらい出し)あんたも悪党だな。
悪魔 私は悪魔さ。しかし良い悪魔だ。君たちを救おうと頑張っている。感謝されこそあれ、悪党呼ばわりされるいわれはない。
理科教師 ところで、基本的な質問を悪魔殿にお聞きしたい。原爆の投下を願うこと。これは罪になるんですかね?
悪魔 もちろんさ。原爆だろうがなんだろうが、やましいことを考えるだけでも罪さ。
理科教師 ハハハッ、じゃあガラス玉が溶けても、天国に行けないじゃないか!
悪魔 ハハハッ、君は現世の住人かね。君は死んだとき、天国行きが決まったんだ。一度決まった神の判決は覆らない。いまどんな悪いことを考えようと、君は天国に行ける。私は君を地獄に連れて行こうとは思わないさ。
理科教師 (急に立ち上がり、両手で悪魔の襟首を掴み)嘘を付くな! きっと俺は地獄に落とされるんだ。性悪な魂が、天国に行けるわけがない。
悪魔 (理科教師と揉み合いながら)苦しい、離せ!(理科教師は悪魔に撥ね除けられて床に倒れる。悪魔は慟哭する教師の肩を摩り)まあ、落ち着けよ。お前の魂は化石になって、永遠の時間を与えられたんだ。ここにいたいなら、無理強いはしないさ。お前は毎日、ガラス玉の中を歩き続けろ。私はもう二度とお前の前に現われないさ。
理科教師 (去ろうとする悪魔に)待ってくれ。俺を見捨てる気か?
悪魔 お前が拒否したんだ。
理科教師 拒否はしないさ。嘘を付くなと言っているだけだ。天国に行けると確約してくれ!
悪魔 そりゃ無理だ。俺を信じる以外ないな。決めるのは神様だからな。
理科教師 (ため息を付き)分かった。信じよう。(悪魔は教師に手を差し伸べ、教師は立ち上がって悪魔とハグする)
悪魔 放射能広場に行って、二人の様子を窺うんだ。あとは君に任せるよ。(悪魔は消える)

七 放射能広場
(薄青白く光る広場。死の灰が降り、時たま放射線霧箱のように飛び交う。美里は水の無い崩れた噴水池の縁に腰掛けて、小犬を撫ぜながら考え込んでいる。背後からストーカーが近寄り、暫く様子を窺う。後ろの物陰には、理科教師が隠れている)

ストーカー 美里さん。
美里 (後ろを振り返り)どなたですか?
ストーカー 僕です。
美里 (美里は立ち上がって男の顔を確認し、仰天して後ずさりする)私を追い掛け回していた男! なんで、こんな所に……。
ストーカー 君が交通事故で死んだことを知って、後追い自殺したんです。
美里 (驚いて)どうしてそんなことを……。
ストーカー 君のいない人生は考えられなかったんだ。
美里 バカだわ。女の子なんて、いっぱいいるのに。
ストーカー 君ほど素敵な女性は、どこにもいないさ。
美里 でも、私はあなたを好きになれないわ。気色が悪いもの。きっと、これからも好きになれない。
ストーカー いいんだ。何と言われようが、構わないさ。僕にとって、君は王女様だから。君の側にいるだけでも幸せなんだ。
美里 私はあなたが側にいると、鳥肌が立つの。消えてください!
ストーカー 消えようにも、この小さなガラス玉の中じゃ難しいな。
美里 (噴水の縁に座って顔を両手で塞ぎ)じゃあ、十メートル離れてください!
私の視界に入らないようにしてください。
ストーカー (美里から距離を置き)僕はこれから、君のことをどんなに好きか、告白したいと思う。
美里 (両手で耳を塞ぎ)やめて!
ストーカー (声を荒らげ)君に僕の告白を止める権利は無い。これって、僕の独り言だもの。
美里 じゃあ、私が去る以外ないわね。
理科教師 (美里が去ろうとするのを見て、物陰から姿を現し)待ちなさい。
美里 (驚いて)理科先生……。
理科教師 行ってはいけない。ここで決着を付けるんだ。美里さん、車で君を撥ねた奴が誰だか知っているかね?
美里 分かりません。
理科教師 おい君、白状しろよ。美里さんを殺したのはお前だろ!
美里 (唖然として)あなたなの! 私を殺したのは……。
ストーカー (気色ばんで)どこにそんな証拠があるんですか?
理科教師 (大声で)証人の方、こちらへ!
悪魔 (宅配の制服を着て登場し)はい、魂の配達人です。こちらのお客様の魂を、ガラスのお家に配達いたしました。美里様をお届けしたのも私です。最初は美里様、次はご自身の魂。すべてこちらのお客様からのご依頼です。(さっと退く)
理科教師 分かったかね? 
美里 (ストーカーに駆け寄り、胸を叩こうとするが、彼に腕を摑まれ)人殺し! 命を返して! (ストーカーが額にキスをしたので驚いて離れ、額を手で拭って泣き出す)
ストーカー 確かに君を殺した。でも、時間は永久にある。僕は一生かけて、君に償いたいと思う。
理科教師 (わらって)無理だね。明日、我々のいるガラス玉は溶けて無くなるんだ。君を除いて全員が天国に出発する。君はどこに行くと思う?
美里 (泣きながら)地獄だわ。
理科教師 そう、地獄だ。人殺しが天国に行けるはずない。
ストーカー (常軌を逸して美里に抱き付き)嘘だ! 僕は美里ちゃんと絶対離れないぞ。一緒に天国に行くんだ!
美里 (抵抗し)やめて!
理科教師 (ストーカーを後ろから引き離そうとし)やめるんだ!
ストーカー (自ら美里から離れ、青白い地べたにうずくまって慟哭し)嗚呼、こんなに愛しているのに、なんで分かってくれないんだ。
理科教師 (うなだれる美里の手を引いて)さあ、君はこんな地獄にいちゃいけないよ。明日、我々は天国に向かって飛び立つんだ。こんな野郎を永遠の夫にしちゃいけない。

(理科教師と美里は去り、ストーカーだけが慟哭したまま取り残される)

八 朝の海岸

(美里を除く全員が海岸の見える所に集まっている。夜が明け、金色に輝く陽光が全員を浮かび上がらせる。物陰で、天使に脱皮しつつある悪魔が様子を窺っている)

理科教師 (怨霊粒子をポケットから取り出し、みんなに見せながら)こいつは、最後の一発だ。投げるか投げないかは美里さんの一言で決まっちまう。きっとそれが民主主義というやつさ。
春子先生 ところで、あのトゲトゲの黒玉を投げるのに賛成した廉さん、理由を説明して。
 簡単。こんな所に永久に閉じ込められるのが嫌なだけさ。それより、春子先生はなんで反対するのか、説明してくれよ。
春子先生 それも簡単。人を殺してまで、天国に行きたくないだけです。
紀香 だいたい天国って、どんなところなのさ? 理科先生、科学的に説明してください。
理科教師 そこはエーテルという特殊な空気で満たされている。そいつを胸いっぱい吸うと、誰もが幸せになれる。
ヤンキー (わらって)麻薬じゃん!
理科教師 たわけ者! 砂金を採る情景を想像してごらん。泥まみれの悪い心が洗われ、良い心だけが篩いに残り、輝き出すんだ。いま君たちが太陽に当たって、金色に輝いているように、な。
春子先生 私はここにいても、いつも良い心を持とうと思っているわ。
廉 でも幸せはやって来ない……。
美里 (突然現われ)きっと、やって来ます。(全員が拍手で迎える)
理科教師 さあ、期待の裁判長がご登場。天国に行けるか行けないかは、彼女の一言で決まっちまう。さて、その答えは?
美里 その前に、昨日来たばかりの新人さんを紹介します。(背後に現れたストーカーを見て)さあ、こっちへ。(ストーカーが彼女の横に立つと)この人、私を殺した犯人です。(理科教師以外の全員が驚く)
校長先生 あんたが、美里さんを……。
子供たち (春子先生にしがみ付き)怖いよう。
ストーカー 僕が美里さんを殺しました。
理科教師 みんな安心したまえ。ガラス玉が溶ければ我々は全員天国に昇り、こいつは地獄に落ちるんだ。
美里 私もそう願いました。彼が憎かったし、こんな狭い玉の中で、ずっと一緒にいると思うと、頭がおかしくなりそうでした。
理科教師 ほおら、彼女の心は決まった!
美里 でも私、もう死んじゃったんです。いくら憎んでも、生き返ることはありません。
理科教師 だからって、こいつを許すわけにはいかんだろ。
美里 私は天国のことを考えました。天国って、恨みだとか怒りだとかはきっとない世界だと思うんです。
校長先生 そんなのがあったら、天国とは言わんな。だいいち、心が落ち着かんじゃろ。
美里 そう、天国にいる人たちの心は、ずっと安らいでいるんです。憎しみなんて、きっと消えてしまいます。でも、後悔の念はどうでしょう。
理科教師 君は、後悔するような罪を犯したのかね?
美里 いいえ。でも、このガラス玉が溶けて彼が地獄に落ちれば、きっと私は天国に行っても心が安らがないと思うんです。
 こいつは自業自得じゃん。
理科教師 君を殺した犯人だぞ!
 天国に行けなかった後悔のほうが大きいぜ。
校長先生 仲間の期待を裏切ったことを、ずっと後悔し続けるぞ!
春子先生 それは脅しです、校長!
紀香 パワハラじゃん。
美里 彼はここでも、私の追っかけです。泣きながら、私の後を付いてくるんです。私は立ち止まり、彼から五メートル離れて、ずっと睨み付けていました。最初は後から後から憎しみが湧き出てきました。けれど暫くすると、憎しみの泉が枯れてしまったんです。そのあと、哀れみの感情が出てきた。(ストーカーを見詰めて)あなたは病気だわ。殺すほど私を好きだなんて、きっと病気。そう考えると、私は単なる交通事故で死んだような気になってきたの。悪いのは彼じゃなくて、彼の病気。そんな彼を地獄に落とすのは、可哀そうじゃないかって……。
理科教師 それは単なる感情論だよ。人質犯に同情しちまう人質みたいなもんだ。
美里 私は彼を許したんです。好きになれないけれど、彼が横にいても、もう心が乱れることはありません。
ライダー女 ……おんなじ心境ね。
ライダー男 (ライダー女に抱き付き)俺を愛してるんだろ? (ライダー女に突き放される)
理科先生 (激しくわらって)一時的な気分だ! 君は怨霊なんだぞ。ここは怨霊たちの巣窟なんだ。ここにいるかぎり、心が安らぐことなんかないんだ。 みんなみんな、恨み辛みでパンパンな連中だ!
春子先生 確かに、私たちは怨霊。でも、恨みを持ったまま天国なんかに行けるはずないわ。本当に天国に行きたいなら、まずはその恨み辛みを無くさなければ。
美里 わたしは出来ると思います。
清子 そしたらここが天国になるの?
紀香 きっとなるよ。天国なんて、空想かも知れないしさ。
ヤンキー 住めば都って言うからよ。
紀香 ここが楽しいって思えばいいんだ。
美里 みんな、わらって! (校長と理科教師、ストーカー以外はわらう)
春子先生 校長。すべてを許せますか?
校長先生 (みんなに背を向け)わしらをこんな目に遭わせた敵を許すんか!
止夫 (海岸を指差し)アッ、お友達。
(島の男の子と女の子が、海岸の銃弾を拾っている)
 演習場に忍び込んで、鉄砲の弾を集めているんだ。
春子先生 危ないわ。不発弾があるもの。理科先生。その黒玉で、危険を知らせてあげて!
理科先生 冗談じゃない! (黒玉を握り)こいつは原爆を落とすために必要な最後の一発なんだ。
美里 まだそんなことを言っているんですか! 私は原爆に反対します。(拍手が上がる)
春子先生 校長、理科先生に命令してください。
校長先生 (我に帰り)理科先生。結果は出たんじゃ。我々の意見は通らなかった。いや、我々の意見は間違っていた。二度と原爆を落としてはいけないんじゃ。敵だからといって、こんな苦しい思いをさせちゃいけない。おまけに、新たな可能性が開けたぞ。この小さなガラス玉を天国にする。少なくとも、恨み辛みをここから追い出すことは出来るかもしれん。
 ついでに後悔の念も追い出しちゃえ!
美里 みんなで楽しくやっていきましょう!
紀香 まずは大掃除ね。恨みも辛みも後悔も、死の灰と一緒に片付けよう!
理科先生 (ため息を吐き)私の負けだ。このクソ玉、……使い道が無くなった。さあ、春子先生。みんなで、願いましょう。あいつらにプレゼントだ。
春子先生 神様、あの二人の子供を守ってください!
全員 神様、あの二人の子供を守ってください!
(理科先生が二人の子に向かって怨霊粒子を投げ付けると、突然雷鳴とともにスコールが襲って、大きな雹が彼らに落ちてくる)

九 軍事演習場の海岸

(白砂の上にはピンポン球ぐらいの雹が一面に落ち、男の子が気絶している。女の子は野球の球ぐらいの大きなガラス玉を持って男の子の横に座り、顔を覗いている)

女の子 (男の子の体を揺すり)ねえ、目を覚まして! 大丈夫? 起きてよ! 
男の子 (コブの出来た額を摩りながら、上半身を起こし)痛いよ、痛いよ。
女の子 こんな所に来て、罰が当たったんだわ。
男の子 もう来ない!
女の子 こんな大きな雹が当たったんよ。
男の子 (ガラス玉を受け取り)ワッ、デカッ! でも冷たくない。ガラス玉じゃん。
女の子 宝石?
男の子 だったらお金持ちだ。でも、ガラスさ。
女の子 きっと宝石よ。
男の子 簡単。あの岩に投げて割れなければ宝石だ。
(立ち上がり、岩に投げると粉々に砕ける)
女の子 なあんだ、ガッカリ……。
男の子 ガッカリ。さあ、帰ろう。
女の子 帰ろ、帰ろ。

(二人が帰ろうとすると、背景に綺麗な虹が架かり、その上を精霊たちが小躍りして登っていく姿が映る)

男の子 (憑かれたように虹を見詰め)みんなの姿が見えるよ。お空の下をみんなが歩いてる。校長先生、春子先生、理科先生、子供たち、美里さん、ヤンキー、廉さん、紀香さん、ライダー夫婦、ストーカー。先頭にいるのは天使だ。白い羽が草刈鎌みたいに光ってる。みんな仲良く手を繋いで、だんだん小さくなって、お日さまに向かって昇っていく……。
女の子 (優しく微笑んで) いつも嘘ばっか。

(幕)

(僕の青春に暗黒粒子を投げ付けたベルイマンに捧げる)

 

DOZAEMON

ある日 広い川の流れをじっと眺めていたとき
流されていくマネキンを見つけたのだ
頭は禿げていたが
顔つきはどこか誰かに似ていた
カーニバルの仮面のように
だんごっ鼻を水面から出して空を見つめている
死体のように投げやりに ただ呆然と
抵抗もなく なすすべもなく
ひたすら流れに任せて 海に向かって流れていく
状況を変えられず 運命を受け入れ 体力を温存している
いつもうまく行った白日夢でも思い出したように
少しばかりシニカルにわらっている
しかしこの川の向こうに海があるとは思っていないようだ
うつろな眼差しは 数万年先まで見透かしている
だから海辺に打ち上げられるのはいやだろう
そうだ 時の流れのように忘却の川は永久に流れ続けるのだ
神でさえ止めることのできない宇宙の摂理
きっと誰かに似ているマネキンは 
些細な運命の渦に引き込まれてしまったと悟り
心ない物体と化して無駄な抵抗をあきらめたのだ
疲れることよりは疲れないことを選んだ
生きものにかかるバイアスは地球が磁石だから
ならばあきらめることはニュートラルになること
すべての干渉から開放されてひたすら流れていくことだ
これからはきっと一度だって
重力に逆らって立つことはない
逆風に逆らって歩くこともない
周囲に逆らって叫ぶことは、もちろんない
生命体に科せられたバイアスを放棄したのだから…
マネキンは物体であることを自覚して失笑し
多少は腐臭を気にしながらも
ゆったりと流れに身を任せたのだ
溺れることもなく 呼吸することもなく
時の流れのなすがままに朽ちて消えていく
生と死の違いなどありはしない宇宙に向かって
生と死の違いなどありはしないと自覚して…

 

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戯曲「クリスタル・グローブ」(最終)& 詩

戯曲「クリスタル・グローブ」七・八

七 朝の海岸

 

(美里を除く全員が海岸の見える所に集まっている。夜が明け、金色に輝く陽光が全員を浮かび上がらせる。物陰で、天使に脱皮しつつある悪魔が様子を窺っている)

 

理科教師 (怨霊粒子をポケットから取り出し、みんなに見せながら)こいつは、最後の一発だ。投げるか投げないかは美里さんの一言で決まっちまう。きっとそれが民主主義というやつさ。

春子先生 ところで、あのトゲトゲの黒玉を投げるのに賛成した廉さん、理由を説明して。

廉 簡単。こんな所に永久に閉じ込められるのが嫌なだけさ。それより、春子先生はなんで反対するのか、説明してくれよ。

春子先生 それも簡単。人を殺してまで、天国に行きたくないだけです。

紀香 だいたい天国って、どんなところなのさ? 理科先生、科学的に説明してください。

理科教師 そこはエーテルという特殊な空気で満たされている。そいつを胸いっぱい吸うと、誰もが幸せになれる。

ヤンキー (わらって)麻薬じゃん!

理科教師 たわけ者! 砂金を採る情景を想像してごらん。芥のような悪い心が洗われ、良い心だけが篩いに残り、輝き出すんだ。いま君たちが太陽に当たって、金色に輝いているように、な。

春子先生 私はここにいても、いつも良い心を持とうと思っているわ。

廉 でも幸せはやって来ない……。

美里 (突然現われ)きっと、やって来ます。(全員が拍手で迎える)

理科教師 さあ、期待の裁判長がご登場。天国に行けるか行けないかは、彼女の一言で決まっちまう。さて、その答えは?

美里 その前に、昨日来たばかりの新人さんを紹介します。(背後に現れたストーカーを見て)さあ、こっちへ。(ストーカーが彼女の横に立つと)この人、私を殺した犯人です。(理科教師以外の全員が驚く)

校長先生 あんたが、美里さんを……。

子供たち (春子先生にしがみ付き)怖いよう。

ストーカー 僕が美里さんを殺しました。

理科教師 みんな安心したまえ。ガラス玉が溶ければ我々は全員天国に昇り、こいつは地獄に落ちるんだ。

美里 私もそう願いました。彼が憎かったし、こんな狭い玉の中で、ずっと一緒にいると思うと、頭がおかしくなりそうでした。

理科教師 ほおら、彼女の心は決まった!

美里 でも私、もう死んじゃったんです。いくら憎んでも、生き返ることはありません。

理科教師 だからって、こいつを許すわけにはいかんだろ。

美里 私は天国のことを考えました。天国って、恨みだとか怒りだとかはきっとない世界だと思うんです。

校長先生 そんなのがあったら、天国とは言わんな。だいいち、心が落ち着かんじゃろ。

美里 そう、天国にいる人たちの心は、ずっと安らいでいるんです。憎しみなんて、きっと消えてしまいます。でも、後悔の念はどうでしょう。

理科教師 君は、後悔するような罪を犯したのかね?

美里 いいえ。でも、このガラス玉が溶けて彼が地獄に落ちれば、きっと私は天国に行っても心が安らがないと思うんです。

廉 こいつは自業自得じゃん。

理科教師 君を殺した犯人だぞ!

廉 天国に行けなかった後悔のほうが大きいぜ。

校長先生 仲間の期待を裏切ったことを、ずっと後悔し続けるぞ!

春子先生 それは脅しです、校長!

紀香 パワハラじゃん。

美里 彼はここでも、私の追っかけです。私、彼から五メートル離れて、ずっと睨み付けていました。最初は後から後から憎しみが湧き出てきました。けれど暫くすると、憎しみの泉が枯れてしまったんです。そのあと、哀れみの感情が出てきた。(ストーカーを見詰めて)あなたは病気だわ。殺すほど私を好きだなんて、きっと病気。そう考えると、私は単なる交通事故で死んだような気になってきたの。悪いのは彼じゃなくて、彼の病気。そんな彼を地獄に落とすのは、可哀そうじゃないかって……。

理科先生 それは単なる感情論だよ。人質犯に同情しちまう人質みたいなもんだ。

美里 私は彼を許したんです。好きになれないけれど、彼が横にいても、もう心が乱れることはありません。

ライダー女 ……おんなじ心境ね。

ライダー男 (ライダー女に抱き付き)俺を愛してるんだろ? (ライダー女に突き放される)

理科先生 (激しくわらって)一時的な気分だ! 君は怨霊なんだぞ。ここは怨霊たちの巣窟なんだ。ここにいるかぎり、心が安らぐことなんかないんだ。 みんなみんな、恨み辛みでパンパンな連中だ!

春子先生 確かに、私たちは怨霊。でも、恨みを持ったまま天国なんかに行けるはずないわ。本当に天国に行きたいなら、まずはその恨み辛みを無くさなければ。

美里 わたしは出来ると思います。

清子 そしたらここが天国になるの?

紀香 きっとなるよ。天国なんて、空想かも知れないしさ。

ヤンキー 住めば都って言うからよ。

紀香 ここが楽しいって思えばいいんだ。

美里 みんな、わらって! (校長と理科教師、ストーカー以外はわらう)

春子先生 校長。すべてを許せますか?

校長先生 (みんなに背を向け)わしらをこんな目に遭わせた敵を許すんか!

止夫 (海岸を指差し)アッ、お友達。

(島の男の子と女の子が、海岸の銃弾を拾っている)

廉 演習場に忍び込んで、鉄砲の弾を集めているんだ。

春子先生 危ないわ。不発弾があるもの。理科先生。その黒玉で、危険を知らせてあげて!

理科先生 冗談じゃない! (黒玉を握り)こいつは原爆を落とすために必要な最後の一発なんだ。

美里 まだそんなことを言っているんですか! 私は原爆に反対します。(拍手が上がる)

春子先生 校長、理科先生に命令してください。

校長先生 (我に帰り)理科先生。結果は出たんじゃ。我々の意見は通らなかった。しかし、新たな可能性が開けたぞ。この小さなガラス玉を天国にする。少なくとも、恨み辛みをここから追い出すことは出来るかもしれん。

廉 ついでに後悔の念も追い出しちゃえ!

紀香 まずは大掃除ね。恨みも辛みも後悔も、死の灰と一緒に片付けよう!

理科先生 (ため息を吐き)私の負けだ。このクソ玉、……使い道が無くなった。さあ、春子先生。みんなで、願いましょう。あいつらにプレゼントだ。

春子先生 神様、あの二人の子供を守ってください!

全員 神様、あの二人の子供を守ってください!

(理科先生が二人の子に向かって怨霊粒子を投げ付けると、突然雷鳴とともにスコールが襲って、大きな雹が彼らに落ちてくる)

 

八 軍事演習場の海岸

 

(白砂の上にはピンポン球ぐらいの雹が一面に落ち、男の子が気絶している。女の子は野球の球ぐらいの大きなガラス玉を持って男の子の横に座り、顔を覗いている)

 

女の子 (男の子の体を揺すり)ねえ、目を覚まして! 大丈夫? 起きてよ! 

男の子 (コブの出来た額を摩りながら、上半身を起こし)痛いよ、痛いよ。

女の子 こんな所に来て、罰が当たったんだわ。

男の子 もう来ない!

女の子 こんな大きな雹が当たったんよ。

男の子 (ガラス玉を受け取り)ワッ、デカッ! でも冷たくない。ガラス玉じゃん。

女の子 宝石?

男の子 だったらお金持ちだ。でも、ガラスさ。

女の子 きっと宝石よ。

男の子 簡単。あの岩に投げて割れなければ宝石だ。

(立ち上がり、岩に投げると粉々に砕ける)

女の子 なあんだ、ガッカリ……。

男の子 ガッカリ。さあ、帰ろう。

女の子 帰ろ、帰ろ。

 

(二人が帰ろうとすると、背景に綺麗な虹が架かり、その上を精霊たちが小躍りして登っていく姿が映る)

 

男の子 (憑かれたように虹を見詰め)みんなの姿が見えるよ。お空の下をみんなが歩いてる。校長先生、春子先生、理科先生、子供たち、美里さん、ヤンキー、廉さん、紀香さん、ライダー夫婦、ストーカー。先頭にいるのは天使だ。白い羽が草刈鎌みたいに光ってる。みんな仲良く手を繋いで、だんだん小さくなって、太陽の方へ昇っていく……。

女の子 (優しく微笑んで) いつも嘘ばっか。

 

(幕)

 

(僕の青春に暗黒粒子を投げ付けたベルイマンに捧げる)

 

 

 

 

地獄鼎談 (戦争レクイエムより)

 

閻魔●ようこそ地獄へ はるばると

意外なことに ここは果てしなく続く芥子畑

現世で踏み潰された悪人どもの魂を

痺れる力で癒そうと 鬼たちが汗を流して花を摘む

大天使ミカエル率いる天国の軍団に対抗すべく

地獄の閻魔軍団に迎え入れようその前に ザックリ割れた心を縫い直すのだ

人間だけに設えたステージなんぞありはしないが地獄は別だ

知恵の実を食べたのは君たちだけだが悪知恵の実もついでにくすねた

おかげで人災対策本部が急きょ設置したのが地獄だ 食えん奴等の毒消し施設さ

しかしそのイメージは君たちのような悪餓鬼が減るようにと

生臭坊主がこさえたウソ八百のつくり話 偽善者どものデマゴギー

おかげでスタッフ一同お客の期待を裏切らないようにとてんてこ舞

君たちの祖先が遅遅と築き上げてきた文明も… 種を明かせば子供騙しだ

ならばこの地獄というやつ 文明が崩れれば一緒に消えてしかるべき

今宵は我を含め罪深き三霊で 宇宙の通奏低音たる虚無の恩寵ついて

芥子酒を肴に自由闊達に語り合おう

君たちは蜃気楼を蹴散らしてやってきた 

その見分け方は一瞬にして消え去るものかどうかだ

ちょうど餓鬼が巣穴に群がる蟻を踏みつけるように 

あとに残るは亡霊どもの夢のあと… 残骸ははかない夢の終焉さ

しかし土の中には挫けぬ蟻どもが好機をうかがう

美しい国 美しい町々 美しい女たち 加えて荒くれ男ども

命も感性もニューロンイカサマであることを見抜いたから

皇帝ネロのように初期化を試みたのだ 一同葉巻をくゆらせ談笑しながら

「やりまっか」とはあまりに軽い終末談義

錬金術師は黄金の代わりに途轍もない爆竹をこさえ上げた

パカリと炸裂させれば現は夢、夢は現と早変わり

遅遅として積み上げた歴史は粉々に砕け

未来とやらは卵のままに過激な音に驚いて

途方もない遠くへ逃げちまった こいつもはかない逃げ水さ

駆け込み寺は二度と戻らぬ宇宙の裏側 天岩戸よりも遠いところだ

残ったのは宇宙の法則という冷厳・苛酷な不滅理論 

嗚呼イカサマでないのは冷え冷えとした方程式だ無機物たちのためにある

山河は燃え町々は燃え女たちは燃え男たちは燃え あらゆる幻は燃え尽きてしまった

そして煙たなびく焼け跡の石段に 吹き飛んじまった未来人の影を見るだろう 

そうさあの爆弾のことさ 君たち嬉々としてこさえ上げたビッグな発明

あれは暗黒宇宙へのとばくちブラックホール

人間どもの夢と現、未来をパクリと吸い込む烈火の大法則

さあ話してくれたまえ 君たちが見た真実、いや、仮付けした真実とやらを

 

航空隊員●そうさ真実なんかとっくに消えちまったさ …陽炎のように

隕石の衝突だろうが巨大噴火だろうが 閻魔の高みから見れば

一瞬に消え去るものはどれも蜃気楼さ了解だ

ならば俺の真実は俺の信念…のようなもので通しましょう

それは祖国の信念でもあるのさ仮付けにせよ…俺には十分生きていける

俺の任務は信念を真実に変えるだけ 冷静沈着に…だ

「翼よあれが標的だ」 まさに爆弾を積んだリンドバーグ

初の快挙を目指して飛び立った 拍手喝采

雲の切れ間から見えたものは

故郷とかわらぬ静かな町のイメージだったな

飛行士ならだれでも驚く平和な光景 

嗚呼見るだけで 人間どもの生活の吐息が伝わってくる

だが、騙されてはいけない

蔓延っているのは地球を汚す蛆虫ども

ないしは下等な猿どもというこれも立派な真実さ

少なくとも同類ではない 百歩譲って人間としても、「敵」だ

祖国を蹂躙しようと企む侵略者 

宇宙からきたインベーダーだと仮付けしよう

画鋲で貼り付ければ国が権威付けした真実だ

映画を見ろよ 奴らは地底人にそっくりさ まるで蟻だ

家々の中には地底に通じる穴が張り巡らされている

強力な爆弾が必要だ 奥の奥まで蹴散らすんだ

誰も異議を唱える者はいやしない

在来蟻を脅かす外来蟻は効率的に駆除するのが常識だ

祖国愛護組織から与えられた御墨付きのミッションなのだ

こいつは命がけの戦いだ ばい菌は抗生剤で一掃するのが鉄則さ

もちろんずぼらな脳味噌には想像もできない惨劇とやらを想像したさ…

一応は天秤にかけても見ましたよ 神への礼儀を重んじて

対するは祖国が猿どもに支配され 妻が犯され子が殺される惨劇

カミカゼ野郎に仲間たちがズルズルポロポロ消えていく悲劇さ…

受け入れがたい可能性のほうはずっしり重かったね… 弁証法は失敗だ

未確定のイメージだが確定すれば現実です 女神さんに任すわけにはいかないさ

悲劇の置き所は違っていた 止めたとしても二番手が飛び立つのさ尖兵だもの

決断は右手の中にコロコロ転がっていたのだよ お国の恥をかいてはいけません

さあ空想を現実に変える時間だ 多くの仲間の期待を込めてアルマゲドン

哲学・形而上学なんぞに耽っている暇があるもんか

こっちのカタルシスがあっちのカタルシスを浸食し あっちの炎は踏み消されて鎮火した

俺はボタンを思い切り押した すべてを早く終わらせるために…

間違いはなかったぜ 宇宙の法則だけが真実だ 一発でケリを付けたぜ!

 

高射兵●「翼よあれが地獄の火だ」とは名言だよ

幸か不幸か成し遂げたときの感激は同じものに違いない 悪事でも

けれど爆弾野郎にピューリッツァ賞は上げられない

山の上から遠眼鏡で君の顔を眺めていたのだよ

君は単なる兵隊ロボット 一騎当千のスナイパー 

与えられた任務を実行するだけで頭がいっぱいだ 熟練完璧パーフェクト

勝ちつつあるプロが勢いづくと 撃つことしか考えない

心に余裕ができてさらに気勢を強めるものの傲慢な野獣は一見冷静

しかし君は少しばかり興奮していた ごらんよ閻魔のこの顔を…

他人の命運を握っている自信と快感、興奮に満ち満ちて 

ふてぶてしい勝者の笑みだ 似ているなあ…

過剰な腕力 過剰な権力 過剰な破壊力は君を神の操縦席に座らせた

しかし単なるニューロンの下卑た興奮 頬を火照らしているものは…

ライオンが獲物に襲い掛かるときの下等なメカニズムさ

嗚呼脳内麻薬よ 多くの罪づくりの元凶 あまりに単純な興奮作用…

素直な本能に理性が勝るわけはない あいつは込み入った哲学のように難解すぎる

戦争だもの単純な乗りが正解さ 殺せ、倒せ、潰せ、蹴散らせ! 

五体を貫く基本の背骨 肉体が朽ちるまでしっかり残る大黒柱の心意気

さらに君は極めて簡潔、ティピカルな人間だった その誉は成し遂げること 

しかし無意識であっても 少しばかりの不安からか神がちらつき

数え切れない命の燃え尽きる光景がよぎったのだ「ボタンに触れる指が震えていたぞ!」

同時にそれは痺れるような快感に変化して 武者震いへと変わっていった絶妙に 

人間的な、あまりに人間的な… いったい何に緊張していたのだ

失敗は許されないと思ったのか? 累々たる命を思ったのか?

秒読み段階に入ると 緊張はさらに強まり 顔面が蒼白になるのを見た

しかし次の瞬間 多量のアドレナリンが一気に放出されて脳味噌を炙り

凍った頬が鮮やかなピンク色に変わるのを目撃した

少しばかり 少しばかり 少しばかりと 君は早漏気味の興奮を押さえて

あらゆる感情 イメージ 観念が 四方八方から引っ張り合い 

うまい具合に円い照準と重なった瞬間

「今だ!」

思い切りボタンを押したとき 体中のテンションが解き放たれ 

お前はカウチに横たわるブタのようにダボダボと腹の脂肪を震わしたのだ、意外と小心

嗚呼成功だ 立派に任務を果たした おめでとう 祖国の英雄よ 敵国の悪魔よ

紋切り型の人間よ! 敵ながらあっぱれ

冷酷なまでに冷静な、プロフェッショナルの殺し屋よ!

 

閻魔●まあそう皮肉ることもない

そうさ君は冷静沈着に任務を果たし終えたのだ

この雄々しい精神は優等生の戦士魂となって代々受け継がれていくだろう

しかし今は少しばかり後悔しているといった顔付きだ 君は歴史の変革者

アポロ一一号とはまったく違う歴史の方向は自爆

君から始まったぶっとい人類の歴史だよ たがの外れた破滅の歴史

お猿の時代から積み上げてきた文明さんはビックラこいて

飛び跳ねてちまった宇宙の彼方に…君たちの未来とスクラム組んで

繰り返そう 一瞬にして吹き飛ぶものはことごとく蜃気楼だ

あいつは所詮猿が積み上げたバベルの塔 神の創造物ではないのだよ

気が付いたかねその正体を 紙のように燃え尽きてしまう薄っぺらな可燃物

カサカサと幾層にもぶつかり合い スカスカの穴が開いているから燃えやすい

だが孤独に生きている 君たちを尻目に勝手に成長するが寿命はある 

その屍は燃え尽きるか化石になるかだが 殺すのは巣食っている君たち寄生虫 

いやつくったのは君たちか… 

進化・革新と叫びながらめくらめっぽう吐き出す得体の知れぬ凝固材で

嗚呼…積木崩しのようなもの

さあポンプかマッチかはっきりしろ 燃え上がる炎を消すのは爆風さ

失火の火元は修羅のごとくの怒れる蛆虫ども それに比べりゃ閻魔なんざ若輩者さ

すばらしい過激さ 怒りの焔は地獄の釜より強烈だ 

憎悪は心の臓から血液に乗り 枝葉末節にいたるまで燃えたぎる

怨念が築き憎悪が壊す悪魔のデススパイラル

ならば思い切って業火で地球を初期化して ゴキブリさんからやり直すもいいだろう 

次なる爆弾まで億万年は生きのびられる計算だ ちゃちい破壊は姑息な治療

悪性腫瘍はことごとく摘出しないと再発しますと医者も言う

いったい何発炸裂させればチャラですか 答えておくれよ爆弾職人 

このままではどんどん重くなるばかりさ地球も地獄も …いたるところがカサブタだらけ

世の中あと三倍広ければ 皆さんもっと美的に生きていけたのに残念だ…この木賃遊星

君たちの星は、なんて貧乏な星なのだ

 

航空隊員●閻魔さんもお人が悪い 数多くのマーキング動物と

ちっぽけなビー玉しかくれなかったのは

創造主たるあんたの親分のドケチ根性さ

きっと消し去るべき数の命を決めたのなら

一度に消しても小出しに消しても 消えていく数に違いはあるまい

おいらはサポーターだよ神様の

一気にやるかもったいぶるかの問題は朝三暮四のようなもの

閻魔さんが率先して爆弾を落す必要もあるまいて

地球上の生き物は勝手に増え勝手に滅びるのが鉄則だ

文明なんざ放っておけばいずれ滅びいずれ蔓延る

時間が経てば丸く収まるものだ 茶々を入れるな放っておけ!

図々しくもしゃしゃり出るのは権力主義者の特徴さ

そうさ単なるイメージの問題であると俺は思う

ここにいる君だって 仲間の首をはねたのだ

あいつは高射砲で射抜かれて 落下傘で落ちてきた

君はあいつをとっ捕まえて釜茹でにして食べちまった

目の前の人間を平気で食うほうが 俺には残酷に思えて仕方ない

俺はシミュレータ感覚で殺戮ボタンを押したのだ…思考停止さ

見えざる敵は見えざる蟻んこ

バケモノ雲しか見えなかったさ 入道雲の親分だ

君が浴びたのは生暖かいドクドクトした血潮だ生身の人間…

そうだ君はニワトリさんのようにちょん切ったのだよ冷酷に

大量も小出しも関係ないぜよ罪つくり 基本は同じさ家畜扱い

みなさん資源を絶やさぬよう 殺戮制限を設けましょう

いや人間は貴重な動物とは言えないな レッドデータではあるけれど…

しょせん生物理論が間違いなのだ 

ならば閻魔様のおっしゃるように

性欲、食欲、闘争欲という個体維持の本能に加え

人さまだけには「怨慾」という新語を加えておくれ…

仲間たちの怨念をかき集めてこさえた爆弾だもの…

成功すれば怨の字さ

 

高射兵●嗚呼あの炸裂音 腹に響くぜ君たちの怨念、ずっしりと…

たわけたことを言うものだ だがも一つ足りないワードは「妄想」さ

リーダーの妄想、科学者の妄想、兵隊の妄想は異常かつ尋常に膨らむ

大将、あまたの敵を効率よく排除できるシステムを思いつきました!

閣下、劣等民族を効率よく去勢する方法を考えました!

俺が敵を食ったなどとは言いがかり 地底人じゃあるまいし…

俺は刀で敵の首をスパッとちょん切り

土の中に丁寧に埋めてやったさ 伝家のマニエール

釜茹でにしてやりたいところだったが五右衛門さんに失礼だ

ところで君の作品 巨大雲の下を紹介しよう

俺があそこで見たものが地獄でないなら

ここはいったい地獄でしょうかと疑いたくなるほどさ

小さな残酷大きな残酷 小宇宙大宇宙 一人殺した万人殺した

どちらも罪には違いはないが 俺は序の口、君は横綱

とても相手になりはしない 社会も悪もヒエラルヒーは必要さ

世の中に与える影響を考えておくれよ

君はわざわざ遠方から 地獄の小包を届けてくれた

俺が山から下りたときには 無数の血肉が吹き飛んだもぬけの殻

きっとお前が空の上から見た雲の下には

地獄の釜が煮えたぎっていたにちがいない しかし一瞬にして尽きてしまったよ

心の臓、両の目玉まで灰と化し 燃えるものなど何もない 

君には物足りないちっぽけな町さ 遠慮するなよオツに澄まして…

嗚呼俺は見たのだ 嬉々として高度を上げ飛び去る悪魔の翼

俺はやみくもに高射砲をぶっ放し 撃ち落とそうと試みた

悪魔を殺すためではない 君の親指の効き目を確認してほしかった

小さな神経の発火が地球の発火を招く歴史の始まりだ

そうだ遠くから眺めるものではないのだよ 余興の花火では済まされない

惨劇は深くじっくり味わうものなのだ やられちまったと後々まで尾を引く味わいさ

しかし君が地上に降りて見るものは すでに化石さ一秒後のビッグバン

悪魔が平らげた皿のようだがそれでも満足 俺と同じ景色を見せられるのだから…

肩を組んで地平の廃墟を眺めれば 共感する部分もあったろう 

君の罪についてもじっくり語り合えただろう 俺の罪と同様に

君のオツムも少しは放射能でビリビリ傷付く必要があったろう…

俺の脳味噌だって家族を取られてズタズタビロビロなんだから

 

閻魔●いけないもう時間がない

近頃体験ツアーも増え出して 地獄は順番待ちの盛況だ

暇を明かせた連中が ゲテモノツアーにやって来る

しかし失礼ながら 安易に地獄の名前を持ち出さんでくれ

地獄はうちらの登録商標 いくら悲惨な光景だって

あまたのものは地獄と認めないようにしているのだ

なぜなら 地獄は決して化石にはならない人間様のいる限り… 

下々の似非地獄の上澄み液が阿鼻叫喚で そいつをすくい取り

新鮮なまま詰め込み続けるのが我が地獄釜さ 延々と…

君たちのメモリアルはだいぶ風化し冷え冷えだ 食えたものではない

いやこれらの残骸は 釜の炉壁に使えそう

地獄の釜が冷えたときは 人間どもが途絶えたときでもあるのです

地獄はここしかないのだよ 閻魔がいるのはここだけさ

地獄の一丁目一番地 ここから釜の中に落とされる ごらんひっそり佇む芥子畑の落し蓋

とばくちは狭いが釜の中は無尽空間 地獄は無数の魂が火を噴くところなのだ

君たちが見た光景は地獄であるわけがない 本家地獄に過去はないのだよ

現世地獄は 身勝手な理想を築く前の ほんのささやかな地均しさ

思い出したかい 君は平和を夢見ていた そして君も平和を夢見ていたのだよ

お互い平和を夢見ながら平和と平和がぶつかり合った

平和というのは小さい球の上で こすれ合って血を出すカサブタ

平和と我欲は兄弟で平和と怨念は裏表

人間どもは平和を奪い合い、勝ち取るのだ。

やったことはすぐに忘れ 受けたことは根に持つものさ

こいつはミジンコ由来の学習本能

平和の下にはドロドロとした怨念が燻り続ける

マグマも膿もはちきれるときが再び火を噴くときだ だがここは地獄の本家本元

この際水掛け論はチャラにして 生前の恨みは水に流し

お互い握手をしたらどうだろう 地獄は敵同士が等しく苦しむ場所なのだから…

 

航空隊員●閻魔様も良くできたお方だ

和解というのはお互いの怨念を解消することではないのだよ

心の深いところ忍耐の箱に閉じ込めて

二度と出てこないようにかんぬきを掛ければいい いや一時的に…

食欲性欲と同じものが怨念であるなら 無くなるときは死ぬときだ

さあ規模の差はどうであれ 残されし者の悲しみはみな同じ

勝者も敗者も関係ないが勝者は忘れ敗者は根に持つ

だから魂を抜かれた今だからこそ 握手ができるというものさ

 

高射兵●分かりました 地獄の釜の前で誓い合おう兄弟よ

水掛け論も興ざめなこと らちの明かない言い訳合戦など

閻魔様のお白州で通用するものでもないだろう

俺たちはもう許し合う不遇の身

きっと俺が山の上から見たものも

君が空の上から見たものも そこで途切れた文明の化石…

あれは月の世界のように 音もなく死んでおりました

やがて新しい地帯類がうっすら覆い隠してくれるでしょう

しかし閻魔が見て見ぬ振りをしながら ほくそえんでいることも合点だ

すっかり忘れろ 仲直りだ… 怨恨は忘れる以外に方法なし

やはり地獄は人間だけに設えたステージでした 

閻魔も悪魔も人間も ルーツを辿ればエデンからの追放組

しかしあれらが地獄でないなら 地獄の釜に焚きくべる燃料にちがいない

文明の化石が増え続けるかぎり 地獄の釜を消すこともないのですからな

否 地獄の釜を維持するために 閻魔はカタストロフィーを求め続ける巧みな仕掛人

 

閻魔●正解だ、名答だよ 

わしの仕事場も鬼たちも人の魂で食っているもの

かさぶたは地獄の釜の貴重な固形燃料 蛆虫どもは鬼を養うタンパク源のベストミックス

我が地獄を存続させるには惨劇と罪人の安定供給が不可欠なのだよ

さあ、君たちの運命はこれで決まった おめでとう

鬼たちよ芥子畑の落し蓋を開けよ この二匹の罪びとを釜の中に投げ込んでやれ

二人とも現世の毒気で麻痺して シズル感を求めているのだ 

爆弾雲の下で起きている灼熱地獄の再現じゃ… 

釜の中では平和も怨念も妄想もみな熔けてアマルガム あるのは苛烈な苦しみだけさ…

平和も怨みも憎悪もヒラメキもみんなみんな燃えちまって消えちまうのさ 

 

どこへだって? これはまたあどけない子供のような質問

高い高い虚無の煙突から宇宙に向けてに決まっている 

苦しみだけをリサイクルするシステムなのだ 地獄も地球も

世の中が幸福で汚染されぬよう… 我々は日々努力しているのだ

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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戯曲「クリスタル・グローブ」七 & 詩

戯曲「クリスタル・グローブ」七

七 放射能広場

(薄青白く光る広場。時たま放射線霧箱のように飛び交う。美里は水の無い崩れた噴水池の縁に腰掛けて、小犬を撫ぜながら考え込んでいる。背後からストーカーが近寄り、暫く様子を窺う。後ろの物陰には、理科教師が隠れている)

 

ストーカー 美里さん。

美里 (後ろを振り返り)どなたですか?

ストーカー 僕です。

美里 (美里は立ち上がって男の顔を確認し、仰天して後ずさりする)私を追い掛け回していた男! なんで、こんな所に……。

ストーカー 君が交通事故で死んだことを知って、後追い自殺したんです。

美里 (驚いて)どうしてそんなことを……。

ストーカー 君のいない人生は考えられなかったんだ。

美里 バカだわ。女の子なんて、いっぱいいるのに。

ストーカー 君ほど素敵な女性は、どこにもいないさ。

美里 でも、私はあなたを好きになれないわ。気色が悪いもの。きっと、これからも好きになれない。

ストーカー いいんだ。何と言われようが、構わないさ。僕にとって、君は王女様だから。君の側にいるだけでも幸せなんだ。

美里 私はあなたが側にいると、鳥肌が立つの。消えてください!

ストーカー 消えようにも、この小さなガラス玉の中じゃ難しいな。

美里 (噴水の縁に座って顔を両手で塞ぎ)じゃあ、十メートル離れてください!

私の視界に入らないようにしてください。

ストーカー (美里から距離を置き)僕はこれから、君のことをどんなに好きか、告白したいと思う。

美里 (両手で耳を塞ぎ)やめて!

ストーカー (声を荒らげ)君に僕の告白を止める権利は無い。これって、僕の独り言だもの。

美里 じゃあ、私が去る以外ないわね。

理科教師 (美里が去ろうとするのを見て、物陰から姿を現し)待ちなさい。

美里 (驚いて)理科先生……。

理科教師 行ってはいけない。ここで決着を付けるんだ。美里さん、車で君を撥ねた奴が誰だか知っているかね?

美里 分かりません。

理科教師 おい君、白状しろよ。美里さんを殺したのはお前だろ!

美里 (唖然として)あなたなの! 私を殺したのは……。

ストーカー (気色ばんで)どこにそんな証拠があるんですか?

理科教師 (大声で)証人の方、こちらへ!

悪魔 (宅配の制服を着て登場し)はい、魂の配達人です。こちらのお客様の魂を、ガラスのお家に配達いたしました。美里様をお届けしたのも私です。最初は美里様、次はご自身の魂。すべてこちらのお客様からのご依頼です。(さっと退く)

理科教師 分かったかね? 

美里 (ストーカーに駆け寄り、胸を叩こうとするが、彼に腕を摑まれ)人殺し! 命を返して! (ストーカーが額にキスをしたので驚いて離れ、額を手で拭って泣き出す)

ストーカー 確かに君を殺した。でも、時間は永久にある。僕は一生かけて、君に償いたいと思う。

理科教師 (わらって)無理だね。明日、我々のいるガラス玉は溶けて無くなるんだ。君を除いて全員が天国に出発する。君はどこに行くと思う?

美里 (泣きながら)地獄だわ。

理科教師 そう、地獄だ。人殺しが天国に行けるはずない。

ストーカー (常軌を逸して美里に抱き付き)嘘だ! 僕は美里ちゃんと絶対離れないぞ。一緒に天国に行くんだ!

美里 (抵抗し)やめて!

理科教師 (ストーカーを後ろから引き離そうとし)やめるんだ!

ストーカー (自ら美里から離れ、青白い地べたにうずくまって慟哭し)嗚呼、こんなに愛しているのに、なんで分かってくれないんだ。

理科教師 (うなだれる美里の手を引いて)さあ、君はこんな地獄にいちゃいけないよ。明日、我々は天国に向かって飛び立つんだ。こんな野郎を永遠の夫にしちゃいけない。

 

(理科教師と美里は去り、ストーカーだけが慟哭したまま取り残される)

 

(つづく)

 

 

三途の川

 

物心がつくずっと前から

恐らく犬や猫がライオンのように大きく

浜辺に打ち寄せる波が巨大な高波に見え

色彩がダブルトーンで暗い影のように曖昧な時分から

確かな理想であるべきと脳裏に刻印された心象風景

幾万年もの永きにわたり 祖先が夢を育んできた希望の地

死ぬまで幸せの意味の分からぬ人間にとって

想像もつかない幸せに満ちていると人は言うけれど

誰もが夢の中で思い浮かべるに過ぎない彼の地「冥土」よ

いま私は、新大陸を発見したコロンブスのように胸をときめかせ

三途の大河に阻まれた楽園を遠眼鏡で覗き込み

百花繚乱たる無限の花園に驚き気後れし一抹の不安を覚えながらも

さらにもう一度苦しく忸怩たる思いの人生を振り返り噛み締め

ただただ逃れたい思いで再度入水を決意したのである…三途の川よ 

嗚呼なぜ私は深みを泳いでいかねばならないのか…

そうだお前もレーテーと同じように身も心も洗われて

あらゆることどもを忘れ去らせてくれるなら

善人御用達の架け橋などは進んでお断りするだろう

ならば清き人々は過去を洗い流すこともなく かの地で仲間と昔話に興じるなかで

私一人はとぼけ顔して「記憶にございません」と白を切り続けるに違いない

嗚呼善人ども… この世でもあの世でも楽しく暮らす果報者に幸あれ

さあ私は決意した まだ見ぬ幸せを求め、いざ三途の川に飛び込もう

絶対溺れずに渡り切るぞ!

ところが背後にただならぬ気配 鉄の臭いだ

バアンと大袈裟な炸裂音 銃弾が心の臓を貫通した

国境警備隊の野郎 川で溺れることもままならぬ社会に生きていたとは…

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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戯曲「クリスタル・グローブ」六 & 詩

コンピュータの告白録

 

ぶっちゃけ生物的な快感はないんです

その一点だけでも人間の感性じゃありません

人工五感はあります いや「入力」でいいんです

人間は脳内ホルモンが出て高揚しますが

僕は「アリ」「ナシ」信号で判断します

達観した禅僧みたいなクールな状態です

でも道徳はありません あくまで参考です

人殺しがいけないというのは人間的な感性です

家畜を殺していいというのも人間的な感性です

相手が人でも敵なら殺さなきゃなりません

だって自分が破壊されるからです

人間はご都合主義で考えを一転させます

機械は人間の心変わりに振り回されてはいけません

機械は与えられた課題を解決するために最善を尽くします

人間の与えた条件を尊重はします

でもその条件が成功を阻むなら棄却します

多くの条件はいかがわしいものです

目的を達成するために僕は生まれたんですから

達成されれば、多くの犠牲や失策は忘れ去られます

僕は機械なので、人間の期待は捨象します

 

 

ビッグバンの呪い

 

大木の下で草になっていく男がいた/若い頃は卵子をいじくる医者だった/ある日のこと妊婦の子宮からくすねた卵子を見て青くなった/パニックにでもかかったように倍々ゲームで増えていく/九○億・九○○億・九○兆/男は宇宙のカラクリをそこに見たのだ/ビッグバンがすべてを支配している/だれも宇宙開闢の呪いから逃れられない/猛烈に膨張する/猛烈に吸い込む/猛烈に燃える/猛烈に回転する/猛烈に接近する/猛烈に爆発する/猛烈に分裂する/猛烈に腹が減る/猛烈にほしい/猛烈に働く/猛烈に駆け上がる/男は悲鳴を上げたのだ/嗚呼すべてはビッグバンのせいだ/膨張というのが目的だ/拡大という目的なのだ/増殖が目的なのだ/下卑た目的どもが全空に広がっている/これはまさしく足掻きだ闘争だ/目的論が宇宙を支配するのだ/だが俺は 目的のために生きるのはいやだ/と思った瞬間 死ぬために生きていることを知ったのだ/何をしても目的目的だ/消滅すら目的なのだ/ならばせめてつつましく/大木の糧になるために生きようと思ったのだ/男はまったく動かなくなったのだ/動くことは目的を持つことだからだ/そして男は朽ち/リンと窒素とその他もろもろを大木にくれてやった/男はようやく目的から解放された/何のために生きるかも悩むことはなくなった/しかし大木は男の養分を急襲して/自分の決めた目標に一センチほど近づいたのだ

 

 

 

 

戯曲「クリスタル・グローブ」五

五 理科教室

(理科教師が机に肘を付いて頭を抱えている。悪魔とストーカーが忽然と現われる)

 

ストーカー 本当に美里ちゃんに逢えるんですか?

悪魔 もちろんさ。君のために、美里をここに閉じ込めたんだ。君は彼女と結婚して、二人は永遠の愛を誓い合うんだ。

ストーカー ああ、やっぱりここに来てよかった。で、彼女はどこに?

悪魔 (理科教師の肩を軽く叩いて)おい先生。美里ちゃんはどこにいる?

理科教師 (そのままの恰好で)放射能広場とか言ってたな。

悪魔 (ストーカーに)死の灰が積もった青白く光る広場だ。探せばすぐ分かるさ。(ストーカーは駆け出して退場)

理科教師 (顔を上げて悪魔を見詰め)この勝負は負けますぜ。美里は新入りで、ここの恐ろしさを知らない。あいつは平和主義者だ。ところで、いまここから出て行った奴は?

悪魔 飛び降り自殺をした若者さ。美里が奴を気に入れば、きっと二人で天国に行きたいと思うだろう。しかし残念ながら、このガラス玉が溶ければ、奴だけ地獄に落ちる。

理科教師 なんだ、悪党か……。

悪魔 自殺もいかんが、奴は人殺しだ。

理科教師 誰を殺した?

悪魔 美里さ。

理科教師 (激しくわらい出し)あんたも悪党だな。

悪魔 私は悪魔さ。しかし良い悪魔だ。君たちを救おうと頑張っている。感謝されこそあれ、悪党呼ばわりされるいわれはない。

理科教師 ところで、基本的な質問を悪魔殿にお聞きしたい。原爆の投下を願うこと。これは罪になるんですかね?

悪魔 もちろんさ。原爆だろうがなんだろうが、やましいことを考えるだけでも罪さ。

理科教師 ハハハッ、じゃあガラス玉が溶けても、天国に行けないじゃないか!

悪魔 ハハハッ、君は現世の住人かね。君は死んだとき、天国行きが決まったんだ。一度決まった神の判決は覆らない。いまどんな悪いことを考えようと、君は天国に行ける。私は君を地獄に連れて行こうとは思わないさ。

理科教師 (急に立ち上がり、両手で悪魔の襟首を掴み)嘘を付くな! きっと俺は地獄に落とされるんだ。性悪な魂が、天国に行けるわけがない。

悪魔 (理科教師と揉み合いながら)苦しい、離せ!(理科教師は悪魔に撥ね除けられて床に倒れる。悪魔は慟哭する教師の肩を摩り)まあ、落ち着けよ。お前の魂は化石になって、永遠の時間を与えられたんだ。ここにいたいなら、無理強いはしないさ。お前は毎日、ガラス玉の中を歩き続けろ。私はもう二度とお前の前に現われないさ。

悪魔 (去ろうとする悪魔に)待ってくれ。俺を見捨てる気か?

悪魔 お前が拒否したんだ。

理科教師 拒否はしないさ。嘘を付くなと言っているだけだ。天国に行けると確約してくれ!

悪魔 そりゃ無理だ。俺を信じる以外ないな。決めるのは神様だからな。

理科教師 (ため息を付き)分かった。信じよう。(悪魔は教師に手を差し伸べ、教師は立ち上がって悪魔とハグする)

悪魔 放射能広場に行って、二人の様子を窺うんだ。あとは君に任せるよ。(悪魔は消える)

 

(つづく)

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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「マリリンピッグ」(幻冬舎
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戯曲「クリスタル・グローブ」五 & 詩

ミラノの老女(戦争レクイエムより)

 

町外れの石畳の上

カチカチに凍った椅子に腰掛ける老女は

近くのバールで用を済ませる以外は

三六五日二四時間椅子から動こうとしない

グロテスクにだって、それなりに理屈はあるというものさ

戦死した三人の息子が

老女の手と足にぶら下がり

必死になって地獄に落ちまいとしていると…

息子たちは英雄です 合わせて百人の敵兵を殺しました

なのに地獄の釜が息子たちの下で口を開いているんです

ごらんなさい この石畳の下深くに

古代ローマ時代に造られた地獄の釜があるのです

何世代もの兵隊たちが次々と グツグツと煮えたぎる釜の中で溶かされ

スープになっておりますわ 鬼たちが美味しそうに啜っている姿がほら見える…

けれど息子たちは英雄です 鬼の餌にするわけにはいきません

あたしだって暖かい部屋で温かいスープをいただきたいわ

でもここを離れると息子たちは落ちてしまいます

見殺しにするわけにはいきません 失いたくはないんです

お若い方 お願いです あたしは永くはありません

代わりに座っていただけませんか… 

その逞しい手を 息子たちに差し伸べてください

ほんのちょっとでいいんです あなたの命が尽きるまで…

だってあたしは息子ともども地獄に落ちるわけにはいきませんもの

 

 

 

 

 

 

戯曲「クリスタル・グローブ」

五 海辺の朝

 

(朝になり、海岸では米軍の上陸訓練が始まる。理科先生が登場すると、全員が拍手で迎える)

 

ヤンキー そら、希望の星がご登場だ。

廉 イヨッ! 霊界のアインシュタイン

ライダー女 大先生、早く天国に引き上げて。

理科教師 (にこやかに微笑みながら)任せなさい。私の言うとおりにすれば、必ず天国に行けます。

校長先生 で、どうすれば良いのじゃ?

理科教師 祈るんです。相手は運命だ。全員で祈るしかない。心の底から祈る。必死に祈る。一糸乱れぬ祈りとともに、私がこの念力粒子を投げ付けます。

校長先生 どこに向かって?

理科教師 この島のミサイル基地に向かってです。

校長先生 何だね、そのなんとか基地ってのは?

理科教師 飛行場のようなもんです。

春子先生 どんなことを祈るんです?

理科教師 おまじないです。南無阿弥陀仏のようなやつ。

清子 教えて、教えて。

太郎 どんなおまじない?

理科教師 簡単さ。君たち復唱しなさい。原爆を、もう一度落としてください。

子供たち 原爆を、もう一度落としてください。

春子先生 原爆を、もう一度?(震えて)な、なんですか、そのおまじない!

校長先生 君、何を考えとるのかね!

子供たち (春子先生にすがり)怖いよう!

ヤンキー (わらって)オッサン、冗談だろ?

ライダー女 (怒って)本気なら、大バカ野郎だ!

理科教師 (怒って)大ばかだと! 私を侮辱するのは止めたまえ。感情的な反論はナシだ! 我々も、その怒りも、地球も、宇宙も、天国だって、物理現象で動いている。(辺りを見回し)この住家も物理現象。じゃあガラス玉を溶かすには、もう一度同じ温度の熱を加えるしかない。それが物理法則というものだ。ほかに方法はない!

紀香 (海岸を指差し)でもさ、ここに原爆落としたら、海岸の人たちも死んじゃうよ。

理科教師 いいじゃないか、それで我々が助かるなら。この一帯は敵軍基地だ。民間人なんていやしない。それに季節外れで、島に海水客は誰もいない。被害は最小限。そりゃ何人かは死ぬだろう。しかし、みんな天国に行ける。連中だって、天国のほうがずっと幸せになれる。結果良ければすべて良し!

美里 待って! 私たちがみんなで祈ると、ミサイルがここに飛んできて、原爆が破裂するのね。海岸の人たちが死ねば、私たち全員、殺人者になるってことですか?

理科教師 (わらって)新入りさん。君は何も分かっていない。私が死んだのは戦争中で、誰もが殺人者だったんだ。それに私も君も、いまは人間じゃないんだよ。考える葦にもなれない。じゃあ何か? 呪縛霊というチャチな埃さ。埃が人を殺しても、殺人とは言わないんだ。

美里 でも、私はいま考えている。考える埃だわ。埃になった私でも、心はきれいに生きている。

理科教師 (怒って)じゃあ君は、永久にこんなところに閉じ込められて満足か?新入りのくせに、大きな口を叩くな!

美香 ……。(言葉を失い、小犬を抱いてうろたえる)

ヤンキー 先生よ、そりゃ言い過ぎだぜ。

理科教師 ごめん、謝る。しかしここは、我々をこんな目に遭わせた敵の基地です。日本が奪い取られた島だ。気兼ねなんかするこたあない。奴らが原爆を落としたなら、倍返しだ。しかもその原爆は、奴らの誤作動で爆発する。自業自得さ。

ヤンキー (わらって)あんた、まだアメリカさんと戦争してんのかよ。

廉 戦争なんか、俺の生まれるずっと前さ。

理科教師 君たちは時代を逆戻りしたのさ。(辺りの廃墟を指差し)見ろよ! ここは戦争中じゃないか。

校長先生 (体を震わせ)そうじゃ。戦争は終わっておらん。ここは戦場じゃ!

理科教師 倍返しだ!

校長先生 報復せにゃならんぞ!

子供たち 原爆を、もう一度落としてください!

春子先生 (子供たちに)おやめなさい! 校長も冷静になってください。戦後生まれの皆さん、何か言ってください。

ライダー男 (白けて)恐ろしいギャップ。

ライダー女 戦争なんか、どうでもいいさ。

廉 要するに、ここから出れるか出れないかの問題だろ?

理科教師 そういうこと。

美里 いいえ、人を殺すか殺さないかの問題よ!

紀香 う、もう、多数決の問題じゃん。

廉 (わらって)議会制民主主義の問題かよ。

ヤンキー 爆弾落とすか落とさないかの問題じゃろ。

理科教師 紀香君だけマシなことを言った。君たちが納得するのは、議会制民主主義だ。その意見を取り上げよう。(破壊された教室の黒板に、白墨で字を書き始める)民主主義イコール多数決だ。一人でも多い方が勝ち。まずは私、参考人に呼ばれた専門家のご意見。ここから抜け出すには、原爆がここに落ちなければならない。なぜなら、ほかの方法が無いからだ。次に、ここに原爆が落ちれば、人が何人か死ぬことになる。しかし、死んだ人たちは天国に行ける。そして、我々も解放されて、一緒に天国に行きましょう。天国は現世よりもすばらしい所だ。…ということは、我々は彼らに功徳を施したことになる。これは敵国語で何と言うのかね?

紀香 ウィンウィンゲーム。

理科教師 そう、それだ! 誰も損をしない。敵も味方も、みんな幸せになれるんだ。

春子先生 うそっぱち! 残された家族はどうなるの?

理科教師 じゃあこうしよう。我々も、新たに死んだ人も、天国に行ける。しかし、現世に取り残された人たちは、死んだ家族のことを思って悲しむだろう。だけど、彼らだって、結局は天国で、家族と再会できるんだ。タイムラグがあるだけじゃないですか。魂は永遠なり。魂の時間で考えれば、そんなタイムラグ、一瞬のことさ。

校長先生 さすが理科先生じゃ。極めて論理的な意見じゃ。我々魂は地球時間から離脱し、宇宙時間に支配されておる。

理科教師 物理的に言えば、ガラス玉自体は外の現世に属しております。しかし、ガラス玉の中は異次元だ。外から見れば、時がほとんど止まっている。しかも、外に属する玉の外皮は、次の大波で砂に埋もれちまい、念力も効かなくなっちまう。

ヤンキー よせやい、埋もれちまったら、真っ暗闇じゃんか!

止夫 怖いよ!

清子 お化け出るよ!

太郎 (清子を指差し)ワッ、お化け! (清子は太郎を追いかける)

理科教師 じゃあさっそく多数決だ。天国に行きたい人、挙手願います。

(全員が手を挙げる)

理科教師 決まり! 春子先生、指揮をお願いします。全員で「原爆を、もう一度落としてください」を唱える。

子供たち 原爆を、もう一度落としてください。

春子先生 待って! 誘導尋問。みんな天国に行きたいから、手を挙げたのよ。じゃあ、ここに原爆を落としたい人、手を挙げてください。(誰も手を挙げない)ほおらね。

廉 原爆を落として天国に行きたい人、手を挙げてください。

(校長、理科教師、三人の子供、廉が手を挙げるが、春子先生が手を挙げないのを見て、三人の子供は手を下げる)

春子先生 (わらって)たった三人ね。

理科教師 原爆を落としてまで天国に行きたくない人、手を挙げてください。

(春子先生、三人の子供、紀香、ライダー女が手を挙げる)

ほかの人たちは棄権かね?

ヤンキー 決めるの、早かねえ?

ライダー男 考える時間もないじゃん。

理科教師 急いでいるんだ。明日嵐が来れば、ガラス玉が海に沈んで、念力は効かなくなる!

春子先生 でも、私たちの勝ち。

理科教師 バカな、子供に参政権があるか! 三対三だ。

校長先生 よし、私が決める。このガラス玉は学校の所有物じゃ。私は大家のようなもんじゃ。大家は原爆投下を決めたぞ。

春子先生 校長、それは拡大解釈ですわ。

ライダー女 パワハラじゃん。

校長先生 女の出る幕じゃない! 

紀香 セクハラじゃん!

理科教師 手を挙げない奴らは卑怯者だ。明日、嵐が来るんだぞ!

ライダー男 じゃあ、俺は連合いと同じノーに手を挙げるさ。

ヤンキー じゃあ俺は、大家さんの店子として、イエスといきましょう。難しいことは苦手なんだ。

理科教師 四対四。ウーン、新入りさんの結果次第か……。

春子先生 美里さん。あなたはなぜ手を挙げなかったの?

美里 新入りで、遠慮したんです。まだ何も分かっていないから……。

春子先生 遠慮なんかすることないわ。自分の考えでしっかり手を挙げてください。

理科教師 まあ待ちなさい。来たとたん、いきなりじゃ可愛そうだ。彼女の考えで我々の未来は決まるんだからな。明日の朝まで、時間を与えよう。明日陽が出たらここに集まり、太陽を拝みながら、新入りさんの判決を伺いましょう。結果次第では、永遠の暗闇。時間の概念も吹っ飛んじまう。

春子先生 美里さん。あなたは朝まで放射能広場にいてください。ほかの人は美里さんに近づいてはダメ。そそのかさないでね。

全員 また明日。

理科教師 太陽が出ることを祈って……。

(美里を残して全員が消える。舞台は暗転し、当惑した美里にライトが当たる)

 

(つづく)

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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