詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(十三)& 詩

ロボ・パラダイス(十三)

(十三)

 

 地球遠征ベースキャンプは月の裏側の某所にあって、ヨカナーンが生まれた地域のヨカナーン崇拝者たちが密かに資材を運び入れて建設している。そこには脳データをコピーする機械も入ったので、すでに幹部の脳データはコピーされ保管していた。チカが月面に廃棄されたときも、仲間たちが月面の廃棄所から適当な頭部と胴体をくすねて、コピーしたチカの脳データを入れ込んだ。取り出した他人の脳データは半壊していたので、かまうことなく潰してしまったらしい。現在月の裏側では、チカの分身が基地の建設を指導していた。

「ベースキャンプには、宇宙船の発着基地も造られている。私たちは地球に出発したら、二度と月に戻ってくることはないわ。戦死した英雄は、コピーした脳データで復活して、何回でも戦地に送り込まれるの」

「地球での最初の作戦は?」と誰かが聞いた。

「テロリスト脳研究所の攻撃・強奪」

「テロリスト脳?」

 テロリスト脳研究所は地球連邦政府が造った最高機密の研究機関で、いままでに殺したり捕まえたりしたテロリストの脳情報を可能な限り保管していて、彼らの精神構造を様々な角度から分析し、根絶したテロリズムの再発防止に貢献している。そこに保管されている脳情報は破壊工作のプロたちのもので、これらを獲得すれば、最強のテロリスト・ロボ集団を瞬時に編成することが可能だった。ロボ・パラダイスに集まっている仲間たちは若い頃に死んだ素人集団なので、まずは味方の陣容を整えることが必要なのだ。

「でもその前に強奪した彼らの頭脳をインプットするロボットが必要なの。けれど月にはパーソナルロボットの生産工場はないわ」

「使役ロボの生産・修理工場はあるぜ」

 トニーという名の青年が言った。

「アンドロイドが必要なの。人間そっくりさんじゃないと民衆は付いてこない。私たちは指導者になるんだからね」

「というと……、そうか!」と叫んでトニーはポンと手を打った。

「そう、廃棄場から廃棄ロボットの首と胴を少なくとも千体以上は持ち去る必要がある」

「少しずつ、バレないように?」

「いいえ、途中でバレてしまったら、残りは徹底的に壊されてしまうわ。一度に全員をゲットするの」

「そりゃ無理だわ。輸送ツールがないもの」とグレースという名の若い女性が言い放った。

「グレース、それを考えるのはシステムエンジニアのあなただわ」

 グレースは目を丸くして、「いったいどんなシステムなのよ」と大袈裟に両手を上げる。

「とっても簡単。まずボディの廃棄場で方向を見失って蠢いているボディたちに誘導信号を発信。彼らを首の廃棄場まで誘導するの。すると首たちは自分のボディが発する微弱電波を感知して、勝手にそれぞれの誘導電波を出し始めるわ。ボディは自動的に自分の首を探して両手で元あった付け根にドッキングするってわけ」

「そんなことしたら、彼らは自分の行きたいところに行ってしまうわ。ロボ・パラダイスに戻る人だっているでしょう」

「ロボ・パラダイスに戻ったら、また首を抜かれることぐらい分かるでしょう。私たちは、彼らにもっと素敵なパラダイスがあることを教えてあげるの。それは地球よ。私たちは地球に帰って生者に紛れて暮らすんだ。石の下や草葉の陰で暮らすことはないけど、草葉の陰だって月よりはましだと誰もが思うでしょう。もちろん、地球に戻れるのは一年後。それまでは月の裏側暮らしね。彼らはグレースを先頭に月の裏側に点在する隠れ家を目指すの。もちろん徒歩で、太陽電池が切れたら日の出るまで待機する。百人単位で散らばれば、見つかることもないわ。裏側は凸凹で、隠れ場所に困ることはない。岩陰でも、隕石は避けられる。一年間は我慢ね。グレース、あなたがすべての隠れ家を把握していればいいわけ。頭のいいあなたには簡単なこと」

「でも、その方たちの脳回路を取り上げて、テロリストの脳回路を入れるわけでしょ」

「レンタルね。ボディ・レンタル。短期的なものよ。私たちが地球を管理すれば、ボディなんかいくらでも生産できるわ。地球に戻るためには、私の体を使ってくださいっていう人は千人以上いるはずだわ」

「わかった、超簡単。データさえあれば、一分で作れる。地球の生産工場では、必ず共通の誘導電波があるはず。首なしたちが自分で集合すれば、出荷も簡単ですからね。でも政府公認のパーソナルロボ製造会社は数社あって、それぞれ共通電波の周波数は異なるわ。私は、首なしたちが首を抱えて整列し、工場の庭を行進する映像を見たことがあるわ」

「各社の周波数はもう分かっている。地球の支援組織が情報を送ってきたの。マミー、ヨカナーンの脳にある電波を、グレースに注入してやって」

 マミーは、グレースの鼻の両穴に人差し指と中指を深く突っ込んで、「注入、注入!」と言いながら、複数の電波をグレースの脳回路に送り込んだ。

「オッケー。もういつでも使えるわ。私がボディ廃棄場に行きさえすれば、この高い鼻から自動的にこれらの電波を発信して、ボディたちは私に付いてくる。私はハーメルンの笛吹き男みたいに、彼らをからかいながら首の廃棄場まで誘導すればいいわけね」

「オッケー、近日中に決行しましょう」

 

 霧の切れないうちに、チカとキッドを除く全員が海に消えていった。すると、たちまち霧が晴れてマドレーヌの形をした島が現われ、キッドは胸をドキンとさせた。

「マドレーヌ島は、その頂上が月面に繋がっていて、彼らの多くはそこから月面に出て近くの岩陰に潜むの。もちろんロボ・パラダイスに暮らしている仲間も少なからずいるわ。地球政府も薄々気付いているから、諜報ロボを続々と送り込んでいる。でもいずれ、私たちが地球政府を牛耳るの。どっちにしても、マドレーヌ島は失われた過去を私たちに取り戻してくれる大切な入口」

 チカはそう言ってキッドの頭を撫でた。

「でも、僕はあの島を見ると心が落ち着かなくなるんだ」

 キッドは叱られた子供のようにうつむきながら呟いた。

「坊や、それはあなたが昔を思い出しつつあるからよ。私は悪いけれど、あなたの治療に係わる時間はないのよ。でも、あなたが記憶を取り戻すことは切に願っているわ。それがどうしてかは、私の骸骨から聞いたでしょ?」

「ショッキングな話をね。君はずっと失跡していたけれど、この崖から飛び降りたことが分かった。ずっとずっと後になって、君の死体が見つかったんだ。でもそれは自殺じゃなく、絞殺死体だった。君は僕に殺されたと主張している」

「けれど私には、機能的に殺されたときの記憶はない。あなたに殺される少し前の脳データでは、あなたと深い関係にあったことは記憶しているの。そして私が、あなたを脅迫していたことも覚えているわ」

 チカは皮肉っぽい目つきでニヤリと笑った。

「いったい何を? 何を脅迫していたんだい?」

「いまは言いたくないわ。だってそれは、あなたの記憶喪失の起源のようなものですもの。そこを思い出さなければ、あなたの治療は失敗なの。だからそこは、あなたが思い出さなければならない。それはあなたのメタルの心臓に突き刺さった釘のようなもの。自分で抜いて、錆を出すのね」

「君はそれが何だか知っているんだね?」

「知っているけれど、確信はないわ」

 チカは嘲笑的な笑みを浮かべて、話題を変えてしまった。

「ところで、もうあなたは、私たちのメンバーになった。エディとは一線を隔する必要があるわ」

「僕がテロリストの一員?」

「そう。もし断ったら、あなたを破壊する。あなたはポールお爺さんの記憶喪失の治療のためにここに来たの。目的を達成するには、私を敵にはできないはずよ」

「そうだね。しかし、僕はポールが殺人者であることを証明しにここへ来たんじゃない」

 チカはいきなりキッドに抱き付き、襟首のピンをつまんだ。キッドは抵抗しようとは思わなかった。このままピンを抜かれても構わないような気がしたからだ。

「私はあなたの恋人だったのよ。あなたは私を愛していたの。あなたは子供じゃない。あなたは私を殺した二十歳のあなたよ。じゃあ、こうして私は生き返ったんですもの、あなたはもう一度、私の恋人になるべきだわ」

「僕はどう見ても子供だよ」

「でも、お爺さん脳のエディを恋人にすることはできないわ。きっとエディの心はすっかり枯れ果てているはずだもの。そんな年寄りと恋愛はできない」

「君は本気で僕を愛していたの? じゃあなぜ、僕を脅迫したの?」

「愛していたから脅迫したのよ。愛していたから、明らかにしたかったことがあったんだわ」

「一体何を?」

「さあ、そこまで言っちゃったら、あなたはきっと頭がおかしくなってしまう」

 チカは両手でキッドの顎をしゃくり上げ、その唇に自分の唇を押し当てた。キッドは口を開けてチカの舌を受け入れた。チカの舌は体液仕立ての潤滑油でサラサラと濡れていた。キッドは忘れていた欲望が蘇ってくるのを感じた。頭の中で、その欲望の対象も一瞬蘇った。それは明らかに女ではなく、男だった。しかもそれは子供だった。キッドは慌ててチカを押し返し、閉まっていた扉の岩に体を預けて震わせた。

「あなたって、昔のままだわ。呆れた。あなたはいつも、途中で自己嫌悪に陥ったの。あなたは私とセックスしているときに、私のエクスタシーの表情を見て、顔を真っ青にして途中で止めたわ」

「それはなぜだ……」

 キッドはチカに背を向けたまま、喘ぐように尋ねた。

「きっとチコが海に沈むのを間近で見ていたからよ。そう。私のその表情が、チコが沈むときの顔にそっくりだったから」

「嘘だ! そんなことは記憶にない!」

「それを思い出すために、ここに来たんでしょ?」

 チカは、キッドの背中に胸を押し付けて抱擁した。

「いまのあなたは本当に十歳だわ。可愛い坊や。忘れてしまった昔の思い出なんて、どうでもいいことなのにね。これは、死に損ないのお爺ちゃんに言っているの」

 チカは、襟首のピンの横に軽く唇を押し付け、わざとらしくチュッと音を立てた。

 

(つづく)

 

 

 

蟻地獄

(怨霊詩集より)

 

誰も気付いてはいないが

美しい花畑の片隅に

一度落ちたら二度と這い上がれない

底なしの縦穴が開いているのだ

脳味噌の軽い私たちは

めったに落ちることはないのだけれど

ときたま不眠が続きすぎて

頭ばかりに血が溜まった男が

夢遊病のようにおぼつかない足取りで

穴の前にある躓きの石に足を取られ

頭からまッ逆さまに落ちてしまえば

尻から引き返すわけにはいかなくなる

しかし男は死ぬことが恐ろしいから

どこかに横穴でもあるものかと

どんどん底に向かって落ちていくのだが

こうゆう男に神は奇蹟を用意してくださらない

底まで行けば諦めはつくもののこの穴には底がない

物事にはどん詰まりがあるということを信じて疑わない御仁には

まるで宇宙のような穴であると説明すれば納得していただけるだろう

しかし物事にはやはりどん詰まりはあるのだ

男はやがて前に落ちた男の屍にぶつかる

この屍は、男と同じに出口を求めて出口から遠ざかり

道半ばにしてとうとう力尽きてしまった

そんなとき男の顔面には必ず 軽蔑の笑みが浮かび上がる

そうだ絶望の極みにおいても軽蔑を忘れることはない猿ども

おれはこいつよりも逞しかったと優越感に浸りながらも

前に進むためには屍を押していかなければならないことを悟るのだ

ところがいくら押しても屍は動かない

男の想像以上に屍は重かったわけだが

その理由を知ることはありえないのだから

これは世の中の仕組みを知らずに生きている人間の宿業であろう

男が遭遇した屍も、前の屍に遭遇し、その重さに耐えかねて力尽きた

その前の屍も前の前の屍に遭遇して力尽きた

そして前の前の屍も、前の前の前の屍に遭遇して力尽きたのだ

穴も道路も血管も、どこかで物が詰まれば機能を果たさなくなる

穴の先は屍どもが延々と大渋滞を起こしていることを

男は知らずにただただ絶望的な力を振り絞りながら力尽きていく

嗚呼なんという悲劇であろう 希望を失わずに足掻いているその姿は

まるで蟻地獄に落ちた蟻のように滑稽ですらある

しかし仮に屍がなかったからといって男の進む先には希望はない

その先は、さらに空恐ろしい無限の虚空があるのみなのだから…

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

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