詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(最終)& 詩

嗚呼ナガサキ

 

遠くの遠くの彼方から

冷ややかな眼差しが

数え切れないニュートリノに紛れて

殺戮の焦土に降り注ぐ

そうだこの冷たい粒子は

にわか作りの放射能の数百倍も

私たちを侵し続けているのだ

 

操られている 踊り狂わされている

気付いたときが終わったとき 

すべては永遠に消えてしまった

地表にこびり付いていた地衣類は燃え、蒸発し

つかみどころのない虚無の空間に吸い込まれていった

 

冷ややかな眼差しが

数え切れないニュートリノに紛れて

悪たれをついた

そんなもの ほこりのようなものさ

君たちの心にも宇宙は忍び込む

可哀想に身も心も透きだらけ

下を見てごらん これが君たちの狭い宇宙だ

 

私の魂は生まれたばかりの亀の子みたいに

お空のどこかに安住の場所を求め 泳ぎ出した

体を燃やした魂は その道すがら

にわか作りの数万倍も浴び続ける 放射能

冷ややかな眼差しがニュートリノに紛れて

私の魂を勝手に通過しながら 軽くからかうのだ

あきらめなさい 夢は肉体とともに消え去るものだ

ここが宇宙である限り 安住の地などありはしない

宇宙は放射能で満ち溢れている 

どこへ行っても放射能 君はすでに放射能のかたまりだ

君の子孫が黴のようにしぶとく繁茂しても

単なる再生に過ぎないのさ ルネサンス 酷い言葉だ

再生は君 岸に打ち寄せる小波のようなもの

世代の交替に過ぎないのだから…

なんなら君に体を与えて再生させ

地球に送り返してもいいんだよ

 

嗚呼私は魂となって卑劣な宇宙に抵抗する

声なき声を張り上げて 叫び続けよう

私の魂を救ってくれと…

 

 

 

溺れたサカナたちの会話

 

おかあさん

ぼくを殺したのはT君だよ

泳げない僕を沖まで引っ張って

釘で浮き袋に穴をあけたんだ

ぼくは青くなって必死に泳いだよ

十メートルも泳げたよ

でも 砂浜は百メートル先だった

ぼくは青くなって海の底に住んでいるよ

さようならもいえなかったけれど

元気な青魚になったんだ

 

おかあさん

ぼくを殺したのはA君だよ

ぼくはA君が好きだったんだ

だから助けなければならなかったんだ

いつもそんな夢を見ていたんだよ

浮き袋に穴をあけたのは僕さ

助ける自信はあったのさ

でも 蛸みたいにしがみ付いてきたんだよ

あれじゃあ 助けることなんかできないさ

ぼくは赤くなって必死に蹴ってやった

けれどぼくまで沈んじまったのさ

ぼくは赤くなって海の底に住んでいるよ

さようならもいえなかったけれど

元気な赤魚になったんだ

 

 

 

ロボ・パラダイス(二十八)

 

(二十八)

 

 ピッポオアフ島に泳いで渡り、とりあえずワイキキビーチに行ってエディを探し回った。彼はパーソナルロボではなかったので、別の周波数の自爆装置を付けており、首が飛ぶこともなかった。それで、ひとまず最初に与えられた仕事を全うしようと考えたのだ。砂の上に寝転ぶ重症患者や点在する死体を踏まないように注意しながら海岸を歩いていくと、首なしボディがフラフラさまよっている哀れな姿を発見した。それはエディのボディだった。患者たちが次から次に抱き付き、首がもげた部分から飛び出たチューブに食らいついて、薬液を吸ったりしている。側にいた浜の監視員は元気そうだったので、エディの首の行方を尋ねた。監視員は正確に覚えていて「あっちかなあ」と沖を指差す。ピッポが耳にある電波の受信感度を百倍に高めると、その方向から微弱電波が飛んできていた。エディのボディは受信していても、臆病者のボディだから海に入れずオロオロしているに違いなかった。

 ピッポは海に飛び込んで、十分ほど付近の海底を探し、砂に半分埋まったエディの首を発見した。ピッポを見ると、ニタリと笑った。彼は砂浜に運んで首なしボディに付けてやった。ボディはようやく安心して砂浜に腰を下ろした。

「大丈夫か?」

 ピッポが尋ねても、頭の中の回路がすっかり濡れてしまって、快復するまでは一時間ほどかかった。しかし発火装置が濡れたことで、首の爆弾は不発に終わり、命拾いをしたのだ。エディは状態が良くなって、喋り始めた。

「僕は海の底でチコの苦しみを実体験し、ようやくすべてを思い出したんだ。これでポールに伝え、僕の任務は終了さ」

「それは良かった。ということは、僕の仕事も終わりということだな。じゃあ、最後の締めに入るか」

 ピッポは胃から放送局と通信できる眼球を一個吐き出して、右目を交換した。ワイキキ海岸にいるエディの姿が放送局とポールの居室に映し出された。

「ポールさん、おめでとうございます。エディはとうとう、失われたあなたの記憶を回復させることができました。これからエディがすべてを明らかにします」

 ピッポはエディに目配せをした。エディはしゃべり出す。

「ポール、いやエディ、聞こえていますか? これから僕の話す事実は、高齢の君にとって酷かもしれないが、しっかりと聞いて欲しいんだ。君は確かにチコとチカを殺した。しかし、なぜ殺したか。これから僕は、君の疑問に対して答えたいと思う」

 

 エディは海の底で、死んでいくような感覚に襲われながら、チカのことを思い浮かべていた。しかしそれはチカではなく、ずっと昔に固まった石炭みたいな漆黒の塊から剥がれ出し、意識下に流れ出た記憶の断片であることが分かった。その海水パンツ姿は痩せぎすの体であばらも目立ち、明らかに女の子ではない。曖昧さのないリアルな姿から、毎日のように会っていた親しい少年であることも分かった。それはチコだ。あの頃毎日のように見ていた白日夢の主役、チコだった。チコは浮き袋を付けて海に入っていく。エディは人の少ない海岸に、砂を掘った窪みの湿った砂の上に腰を下ろして、波打ち際で遊んでいるチコの姿を見詰めている。エディはちょうど、異性愛に目覚める前の時期にいた。チコに恋をしている切なさがエディの心を支配し、耐え難い孤独がエディを絶望の淵に陥れたのだ。

「まるでベニスの海岸で美少年に恋した大作曲家のような心境さ。二十世紀初頭のことだ。当時はコレラが流行っていたそうだ。老人は少年に恋焦がれたが、愛を告白することなんかできなかった。僕だって、親友に愛を告白するなんてできなかったさ。おかしいよ。おかしな感情だ。けれど僕は老人と違って、ただ見詰めるだけじゃ不満だった。僕を友達以上に愛して欲しいと思っていたんだ」

「君はチコといちゃつきたかったのか?」とピッポが聞くと、エディは怒った顔付きで否定した。

「そんなことは論外さ。そいつはロボットの感性だ。人間の感性はもっと複雑さ。それは海底のウミウシみたいにグロテスクでぐにゃぐにゃで、美しい。僕は恋の手ほどきなんぞまったく知らない子供なんだ。初恋は、訳の分からない切なさが基本さ。老人の稚児愛なんかを想像してもらっちゃ困るぜ。性欲のとば口にある、夢のような淡い欲望だ。仕方なく、僕は絶望の淵から這い上がるために、白日夢を見始めたんだ」

 

 最初は、チコが側にいないときに、チコと一緒に遊んでいるような他愛のない夢想だったが、だんだん夢の内容が固まっていった。それは、泳げないチコが海で溺れ、水泳の得意なエディがチコを助けて、感謝されるというストーリーだった。チコが海で浮き袋を使って遊んでいるとき、エディは砂浜から眺めながら、そんなことを夢想していたのだ。エディは密かに願った。チコのやわな浮き袋がパンクして、チコが溺れることを……。そしたら、駆け出して海に飛び込み、チコを助けられるのに……。しかし、そんなことは起きなかった。いくら願っても、そんなことは起きなかったのだ。

 するとエディは、恐ろしいことを考え始めていた。自分が浮き袋に穴を開ければいいじゃないか。どうせ自分がチコを助けられるんだ。海で大人の男が溺れた若い女を助けるのを見たことがあった。腕を女性の首に巻いて岸に引いていけばいいのだ。エディには自信があった。水泳も体力も普通の子供より上だと思っていた。チコの損失は、安物の浮き袋ぐらいなものだ。そんなもの、後でエディがプレゼントすればいい。しかし、いつも波打ち際で遊んでいるチコは、自力でも助かったと思うかも知れない。どうせやるなら、もっと沖でやったほうがいい。エディは、夢を現実に変えようと、計画を練り始めたのだ。

「そうだ、マドレーヌ島だ。チコはボートでマドレーヌ島に行ったことがある。島に宝物を隠したとみんなに言っていた。みんなで一緒に遠泳して、そいつを取りに行くんだ。僕は水泳パンツのポケットに釘を隠しておくんだ」

 

 「嘘だ! まったくのでたらめだ!」

 ポールは画面を消して椅子から立ち上がり、病室の外に広がるプライベートな庭に出て、杖を持ちながらヨタヨタと歩き始めた。おそらくエディの告白はチカの殺害まで続くだろうが、そんなことまで聞こうとは思わなかった。ポールは惨めな気持ちで胸が一杯になった。こんな話を聞くために、二人のアバターを作ったわけではない。少しはましな過去があると思っていたのだ。

 突然、生垣が破られて、二人の男が庭に闖入した。二人は水に濡れ、頭や肩に海藻が付いていた。どうやら近くの海から上がってきたばかりのようだ。ポールは二人の顔を見て驚き、腰を抜かして尻餅を付いた。エディ・キッドはすぐに分かった。チコは思い出すのに数秒かかったが、思い出してから顎をカクカク震わせた。明らかにチコを恐れていた。どうやら二人は潜水艦のように深海を潜航してきたので、自爆から免れたようだ。

「さて、ポール爺さん。昔のことは思い出した?」とキッドが聞いた。二人ともエディの告白を知らなかった。

「さあな、私にはもうどうでもいいことなんだ」

 ポールは立ち上がると、口を震わせながら小さな声で答えた。

「でも死んだ僕にとっては大事なことだよ」とチコ。

「私は君を殺しはしなかった」

 ポールはキッパリ否定した。

「でも僕ははっきり思い出したんだ。ポール爺さんがチコを殺した。そのことを伝えにここに来たのさ。僕の仕事はこれで終わりだ」

 キッドはキッパリと言った。

「そうかい。じゃあ君は何しにここへ来たんだ?」

「僕は君を殺しに着たんだ。霊界の僕に代わって、僕を殺した仇を打つのさ」とチコ。

「バカな。確たる証拠もないのに、年寄りを殺すなんて……」

 ポールは弱々しい震え声で反論した。

「病院で殺人は困りますな。ここでは、神と医者以外に人を殺す権利はありません」

 いつの間にか、田島院長が庭に入ってきた。彼も自室でエディの告白を見ていたのだ。

「あなたが安楽死を選ばれるなら、お手伝いしましょう。あなたは戸籍上死んだ人間ですからね」

「多額の寄付金をふんだくった医者が言う言葉か!」

 ポールの罵声に、田島は少しばかりうろたえた。

「いずれにしろ、病院の外はまだ混乱した状態ですが、おっつけ収束します。しかしいまなら戸籍が無くても、きっと街中を歩けるでしょう」と言って、田島は苦笑いした。

「ここから出て行けと? やっかい払いか?」

 ポールは田島を罵った。

「どっちにしろ、僕はわざわざ泳いで君を殺しに来たんだ。往生際の悪い爺さんだな」

 チコは腰からレーザー銃を抜くと、ポールの顔に狙いを定めた。引き金を引こうとしたとき、突然チコとキッドの首がポンと十メートル飛び上がり、打ち上げ花火のようにバンと爆発した。金属破片がキラキラと、ポールと田島に降り注いだので、臆病者のポールはキャッと叫んで腰を屈めた。一瞬の出来事だった。自爆信号は津波のように数回発信される。世の中のパーソナルロボのすべてを殺すためだ。このとき同時に、ハワイで告白中のエディの首もポンと刎ねて、空中爆発したのだ。

「ああ助かった。何が原因か知らないが、二人とも自滅してくれた。機械は間々暴走する。これでようやく、私は過去を忘れたまま人生を全うすることができる」

 ポールはしゃがんだまま、ため息混じりに呟いた。

「いいえ、それは法律上不可能です。医師としてすでに死亡扱いした者を生かし続けるわけにはいきません。私が誤診したことになります。世間の笑い者だ」

 ポールは目を剝いて、ニヤニヤ笑う田島を見上げた。

「先生はこの老人をどうなさりたい?」と、おどおどして唇を震わせ、弱々しく尋ねた。恐怖で、一筋の涙がこぼれ落ちた。

「私の親戚の仇を打つのです。ジミーの仇です。死んだ私の母親はジミーとは従兄弟どうしでね」

 ポールは再び腰を抜かして、しゃがんだ姿勢から尻餅を付いた。田島とポールはしばらくの間、見つめ合った。田島の冷ややかな眼差しを見て、ポールの体は激しく震え始めた。

 

 田島は手馴れた手術を行う医者のように、冷静な仕草で落ちている銃を拾い上げ、銃身の土を息でフッと吹き飛ばしてから、ポールの顔面目がけてレーザーを発射した。ポールの頭はパーソナルロボのように粉々に飛び散り、舞い上がった血しぶきが陽の光を浴びて、キラキラ輝きながらゆっくりと落ちていった。

 

                                    (了)

(尚、シェイプアップ後、全文を後日掲載します)

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

響月 光のファンタジー小説発売中

「マリリンピッグ」(幻冬舎

定価(本体一一○○円+税)

電子書籍も発売中

 

 

 

#小説 #詩 #長編小説 #哲学 #連載小説 #ファンタジー #SF #文学 #思想 #エッセー #エレジー

#文芸評論

♯ミステリー