詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(十六)& 詩

ロボ・パラダイス(十六)

(十六)

 

 田島は秘密会議に出席するため、放送局に出向いた。会議室はあらゆる電波から遮断されていて、入る前には入念なボディチェックがなされる。公務員三人と、プロデューサ、ディレクタがすでに着席していて、田島を見ると全員が立ち上がった。プロデューサが「先生、こちらの席へ」と彼の横の席を示す。田島が座ったところで、会議が始まった。

「さて、先生のお母さんはアメリカ生まれで、ジミーさんのお母さんの妹さんの娘ということでよろしかったですよね」と検察官僚が尋ねた。

「そうです。つまりジミー伯父さんと私の母親は従兄妹どうしということです。あの水難事故は、幼かった母親にとって大きなショックだったようです」

「そして偶然にも、ポールさんが日本で、先生のお父様の患者であられた」

「父はポールの記憶快復に努めましたが、できませんでした。そのうち、ポールは病院に来なくなりましたが、父が死んでから、ひょっこりやって来たというわけです」

「百歳になってね」とプロデューサ。

「母は九五歳になりますが、まだ健在で、真相の解明を望んでいます」

「あなたはお若いけれど……」

「母が六十のときの子供です」

「で、ロボ・パラダイスの地域移設事業で、資産家たちがお金を出して、あの別荘地が移設されたわけですが、資産家たちは百五十まで生きるつもりなので、まだ空き家が多いということですね」と秘密警察官。

「さあ、私は行ったことがないので……。母は子供の頃、ちょくちょく行っていました。しかし、五歳のときに十歳のジミーが死んで、二度と行かなくなった。母の伯母の別荘で、伯母自身が行かなくなりましたからね」

「で、話は変わりますが、DNA検査の結果はやはり黒です」

 アメリカからやって来た刑事が言った。

「やっぱり……」

 移設のための事前調査でチカの白骨死体が発見され、それからポールのDNAが検出された。さらに付近を調べると、岩の細い割れ目に押し込んだと思われるコンドームの付け根部分のゴムが輪状に残っていて、そこからもポールのDNAが検出されたのだ。

「奇蹟としか思えませんな。八十年もゴムが残っていて、DNAも検出されるなんて」と刑事。

「しかし逮捕すると、あなたも検挙しなければならなくなります。ロボットになった元の人間を生かし続けるのは法律違反ですから。きっと医師免許は剥奪です」

「逮捕に私の承諾が必要ですか?」

 田島は皮肉っぽい眼差しを刑事に向けた。

「そうです、必要ない。しかし現在のところ、ポールの逮捕はいたしません。二人の少年の水難事故という別件がありますからね。泳がせておきましょう」と検事が口を挟んだ。

「それはありがたい。私が知りたいのはなぜジミー伯父さんが死んだのか、いや、なぜ二人の少年が死んだのかです。それが分かった後なら、私を逮捕したって構いません」

「いいえ、逮捕はありません。殺人事件の捜査協力者は立件しないですよ」

「その代わり、これらの内容を外部に漏らしてはいけません」

秘密警察官は細い目を田島に向け、「実はこれからがこの会議の主目的でして……」と付け足した。

「といいますと?」

「ジミー伯父さんがテロリストの一員であることは、分かっていますよね」

「ええ……」

「でも、いまは泳がせておきます」

「そりゃありがたい。子供の頃に月に流された可愛そうな人です」

 田島は少しばかり安堵した。首塚の晒し者にはさせたくなかったのだ。

「その代わり、週に一回はポールの脳データを取っていただきたいのです」

「ずいぶん頻繁ですね」

「最新の脳スキャナーをお貸ししますよ。それを逐次エディの脳回路に送信し、常に地球との一体化を図りたいのです」

「しかし、いったい何の目的で?」

 田島は驚いて問い返した。いったい百歳の老人にどういった役割があるというのだ、と思った。

「そこから後は、秘密事項になってしまいます。我々はエディとエディ・キッドの切り離しを進めたいのです。お分かりのように、エディ・キッドとチカは愛し合うようになった。エディはチカに関心がないようだ。関心の相手がチコだとすれば、二人を一緒にさせると不都合な面も出てくるでしょう。それ以外のことは、聞かないでください」

 秘密警察官はそう言うと、ニヤリと笑って涼しげな眼差しを田島に送った。

「意図は分かりませんが、了解しました、ポールの脳データは逐次お送りします」

 

 

 病院に戻ると、田島はさっそくポールの部屋に出向いて、脳データの採取を申し出た。

「しかし、必要なことなんでしょうか?」

「それは必要です。分離した精神はそれぞれ勝手な方向に離れてしまいますからね。あなたらしさが失われてしまう可能性もあります。分身としての役割を忘れるかもしれない」

 ポールは少しばかり戸惑った。毎日のように見ていた白日夢が、年老いたポールにとって恥ずかしいことのように思えたからだ。この白日夢をエディが知ることになる。しかし、少年期には異性愛の前段階として同性愛があり得るという話は知っていたので、ある意味では自然の成り行きかもしれなかった。最初はチコに恋愛感情を抱き、心身の成長とともにチカに移っていったのかもしれなかった。

「分かりました。それに、また一つ思い出したことがあるんです。私は当時、チコに恋をしていたみたいです。いつもチコのことばかり考えていたんです」

「そうですか……」

 田島は驚いた顔をしてポールを見つめた。ポールがチコに親友以上の感情を抱いていたとすれば、いわゆる色恋沙汰のようなことがあったのかもしれない。感情のもつれが事件に発展する可能性は十分にあった。

「確か四時間かかりましたよね」

「いや、ご安心ください。明日には最新の脳スキャナーがやって来ますから、一時間で完了します。小型化されていますので、機械をこちらに持って来られます。ベッドに横になっていればいいんです。明後日行いましょう」

 

 田島が帰ると、ポールはさっそく月の映像を呼び出した。三つの画面には三人の映像がそれぞれ映し出された。チカとエディ・キッドが叢でセックスをしていた。ピッポの映像には、その様子が遠目で映し出されていた。木陰から覗いているのだ。エディの映像には、自分の部屋の天井が映し出されていた。ベッドに仰向けになり、目を開いて物思いに耽っているようだ。

 ポールはすぐにキッドの映像を3D化させた。再び、ポールの目の前にチカの瞳が現われた。彼女の興奮した吐息音が部屋中に響き渡った。驚いたことに、ポールの性器は何十年振りかに硬直し始めていた。何十年も前に失せてしまった欲望が戻ってきたのだ。チカの興奮が最高潮に達したとき、その美しい顔が快楽で歪んだ。それは異なる世界に飛び込むときの人間の表情に違いなかった。苦痛は快楽の裏側にあった。子宮に守られていた赤ん坊が産道から外界に飛び出るときの、これから苦しい人生を歩まなければならない運命を背負った苦痛の表情。いいや、このような至近距離からポールが見た、あのときのチコの表情だ。死に神に足を引っ張られて海に沈むときに見せた、苦痛の表情だった。ポールは叫び声を上げて失神した。ポールはまた一つ思い出したのだ。チコの恐怖がポールに伝播し、すがり付くチコの腹を何回も膝で蹴って首に絡み付く手から逃れたことを……。そしてポールはチコを見捨て、チコは助けに来たジミーとともに海面に泡を立てながら海の底に沈んでいったことを……。

 

 ポールは心臓発作を起こして集中治療室に移され、脳データの採取は延期されることになった。発作の程度は重篤なものではなく、一週間ほどで自室に戻れると田島は予測した。しかし、月の映像がむやみにポールを興奮させるのであれば、しばらくは見せないことも考えられる。場合によっては人工心臓にしてまでも、すべてが解明されるまでポールを死なせてはならない、と田島は思った。

 (つづく)

 

 

 

初夢

 

俺が第一発見者だ!

黄金の翼を羽ばたかせながら

大きな鳥がやってきて

巨木の枝に止まったが

重い体を支え切れずに枝が折れ

頭から落ちて首の骨を折った

俺たち下卑たハイエナどもは

こいつは春から縁起がいいぜとばかりに

どこからともなしに集まってきて

いつもながらワイワイガヤガヤ

滴る血の匂いに興奮しながら

嘴から尻尾まで食い尽くしていく

新春恒例、芋煮会じゃ!

 

怪鳥は諦め切った眼差しで

まるで神様のように大らかに

自分の食われる有様を見つめていた

気障な野郎だ!

俺はメンタマに噛り付き、すっかり食べてやった

ところがもう片方が見当たらない

俺の了解なしに誰かが食いやがった

仲間とはいえ、ふざけた野郎だ!

 

俺たちは仲間に取られるよりは

自分の胃袋に入れようと

ローマ貴族のように吐き出しては食べ

食べては吐き出しながら

その吐き出した汚物を

力の無いメスや子供が待ち受けていた

俺はあまりに性急ににむさぼったため

急に気分が悪くなって上から下から

すべての戦利品を体の外に放出しちまった

なんてこった、もったいないぜ!

そいつをメスと子供たちがこれ幸いと

キャッキャと奇声を上げて貪り食う愚かな姿を

どこか高いところから眺める奴がいて

俺はふと空を見上げたときに仰天しちまった

探していた眼球が裂けた枝元に刺さっていて

たらりと長い視神経を美味そうに垂らしながら

軽蔑の目つきで見下ろしているのだ

そいつを狙っていたのは木登りの上手い猿どもだ

嗚呼それは不味いぜ、俺のものだ、俺に食わせろ

そいつを食うと祟りが起きるぜ!

おれは叫んだが、猿どもは聞く耳を持たずに噛り付く

突然パンと音がして眼球が破裂し、猿どもは吹っ飛んだ

熱いマントルが俺たちハイエナどもに降りかかる

俺たちは火傷を負いながら、大挙して川に飛び込んだ

ところがそれは怪鳥の心臓から流れ出た溶岩だった

なんてこった、俺たちみんな一瞬で蒸発しちまった…

 

嗚呼、それは俺たちのふるさと、地球だった……

悠久の年月を俺たちのされるままに、弄ばれ

最後の最後には根こそぎ地獄まで運んでくれる

放任主義のビッグ・バードだった……

なんてこった!

俺たちは、俺たちの地球を食べ尽くしてしまったのだ

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

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