詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(十七)& 詩

ロボ・パラダイス(十七)

(十七)

 

 ジミーとグレース、トニーの三人は、長年放置されていた月面探索車を修理して太陽電池システムを復活させ、ある場所に向かって走らせていた。そこは地球連邦政府が最近建設したパーソナルロボの強制収容所第一号で、ロボ・パラダイスの南二十キロほどのところにある。監視カメラはそれを捉えていたが、地球にある監視所の隊員が情報を消し、揉み潰してしまった。彼は世界中に潜伏するテロリスト集団やそのシンパから送られてきた工作員だった。現在、この集団は壊滅状態に陥っている。かつて集団を統率していたのはヨカナーンだったが、彼は義賊気分でヨカナーンヨハネ)という由緒ある名前を騙っているに過ぎなかった。しかし集団の中では絶大の権力があり、テロリストたちはパーソナルロボ化したヨカナーンを真の救世主として讃えていた。

 

 いま地球では、地球温暖化が後戻りできないほどまでに悪化していた。人々は生活に振り回され、政府も目先の経済に振り回されて、ろくな対策もなされないまま、とうとうここまで来てしまった。「茹で蛙」状態になった人々は、毎年少しずつ上がる気温に鈍感なまま、大人しく絶滅の時間を迎えようとしている。しかし「茹で蛙」の話はまったくのデマで、最後の最後に蛙は危機を察知し、水槽から飛び出して死ぬのである。その飛躍は、人間では生き残る壮絶な戦いとなる。混乱の中で、人々は武器を持って生き抜こうとするが、その武器が核兵器なのだから、恐ろしい事態になるのは明らかだ。核戦争は絶対NOというのが世界連邦政府の統一見解だった。核爆弾は金持も貧乏人も、エリートも無能者も、無差別に消滅させてしまう。残されたのは、ナチス以降頻繁に行われる常套手段。弱い立場の連中やうるさい連中を間引きする方法だった。

 そこで、核戦争を予見した世界中の金持たちと地球連邦政府が結託して、大人しく死んでくれる人々のチョイスを考えた。理想は産業革命以前の地球。ターゲットは当然、地球への貢献度が低い貧乏人や無産高齢者等々だ。人間は冷酷な特性を持っている。社会が危機的な状況に陥ると、「社会に貢献できない連中」とか「働かざる者食うべかざる」とかいった言葉が巷に飛び交うようになり、それが標語になってしまう。強者たちが弱者たちの追い出しにかかるわけだ。特定以上の税金を払えない貧乏人たちをロボット化して消費消耗社会を変革し、二酸化炭素の効果的な削減を成し遂げようというわけだ。これは地球規模のリストラ対策である。産業界に留まっていたリストラが、死のリストラとなって全世界に波及し始めた。しかし、貧乏人たちの抵抗をどうやって抑え付けるかが課題だった。

 

 最初は緩やかに、百歳以上の高齢者のロボット化を募った。ポールは金持のくせに、失われた過去を取り戻すため、それに応募したというわけだ。ロボット化は「離脱」という言葉に代わった。人間にとっても、肉体は精神が使い込む道具のようなものだ。肉体なんぞ廃棄したって、人間が死ぬわけじゃない。人間を成すものは「精神」なのだ。そして精神とそこに内在する「尊厳」はデジタル化されても同一のものである。「精神」がデジタル化されれば、人間は永遠の生命を得ることができるし、人間の尊厳は永遠に引き継がれるのである。それなら精神に障害のある人間はどうなんだ、と問われると、精神とは異なり、「尊厳」は決して毀損されることはないのだと政府は答える。

 禅問答とか国会討論みたいになってしまうので話を先に進めるが、要するに人間のロボット化は人間の死を意味しないというのが地球連邦政府の見解で、「離脱」という言葉は、精神がヤドカリのようにいろんなボディに入って生き続けることを象徴しているのだという。まるで変幻自在のゼウスである。

 

 一年前にヨカナーンが捕まり、秘密裁判で死刑が決定したとき、その二日後にはさっそく連邦政府の議長が面談を申し出ていた。面談室にはヨカナーンが一人で入ってきて、議長は五人の秘密警察官を引き連れていた。議長の横にはその半年前にヨカナーンによって殺された議長の死体が、保存処理されてタキシード姿で横たわり、その横にはヨカナーンの精密なパーソナルロボットが添い寝していた。

「どうだね、君と私はまるで兄弟のように仲良く寝ている」

 ヨカナーンは横目でチラリと見て、無関心を装いながら口を開いた。

「服を剥いだら、あんたの体は穴だらけだ。で、あんたは影武者?」

「ロボットさ。しかし世界の人民はそんなことを信じない。君たちテロリストお得意のフェイク・ニュースだと思っているのだ。私はこうしてしっかり生きている。死んだ気がしないんだ。だから君を恨んではいない」

 ヨカナーンはハハッと激しく笑って、議長を一瞥した。

「俺が死んだというフェイク・ニュースはあんたが発したんだろ?」

「そう。皮肉だが、生きている私が死んで、死んだ君が生きている」と言って、議長も皮肉っぽくニヤリと笑った。しかしその眼差しは恨みで白濁している。ロボは議長の白内障まで忠実に再現していた。彼は医者嫌いだった。

「しかし明日、あんたと同じ立場になるさ」

 ヨカナーンの言葉を聞いて、議長は首を横に振った。

「君の返事しだいでは、そうならないさ。君は生き続けることもできる。昨日、君の脳情報をすべて取らせてもらった。テロ組織の情報もな」

「それはおめでとう。我々の地下組織はとうとう壊滅かな?」

「いいや分析の結果、我々は君と上手くやっていけることが分かったのだ。君の心は、地球よりも故郷にあるのだろ?」

「世界中の同志を見捨てろと?」

「いつまで夢を見ているのだ。君の組織はすでにレッドデータ入りだ。だったら、故郷だけでも救うがいいさ」

 議長が秘密警察官に目配せすると、彼はヨカナーンの首を体から外してテーブルの上に置いた。ヨカナーンと彼の首は至近距離で対面することになった。首は目を開いてハハハと笑いながら「観念しなよ」と呟き、軽蔑的な視線をヨカナーンに向けた。ヨカナーンは不愉快そうにペッと唾を首に吐きかけた。首は「天に向かって唾を吐きやがった」と言うと、さらに大笑いする。議長は指図して首を元の場所に戻させた。

「君はなぜ、ヨカナーンという洗礼者の名前を自分に付けたのかね?」と議長は尋ねた。

預言者だからさ。俺は地球の滅亡を予言している」

 ヨカナーンは議長をキッと睨み返した。

「しかし君は限られた地域の英雄に過ぎない。そこは我々にとっては悩ましい紛争地帯だ。喉に刺さった棘さ」

「まさか、我々民族を浄化するつもりじゃないだろうな」

「それは君次第さ」

「俺次第?」

 ヨカナーンは驚いた顔で議長を見つめた。

「君が死んだら、我々はあの地域に壊滅的な打撃を与える予定だ。しかし、それを免れる方法もあるのだ。分かるかね。我々は人類の半数以上をロボット化する計画を立てているんだ。しかし秘密裏に行わなければ、民衆は暴動化するだろう。狡知に長けた君なら、上手くやってくれるかもしれない」

「俺が? 俺はそんなに賢くない」

「君には大勢のシンパがいるじゃないか。有象無象の貧乏人ども。この監視社会では、可能性があるのは君たち無法者と、月からの死者ぐらいだ」

「月からの死者?」

「彼らの情報は地球では消されているのだ。月は死の世界だ。しかし奴らは生還したいのだ。君はロボットになって月に行き、望郷の念に駆られている死人たちを兵隊として地球に送り込む。もちろん、君を殺しはしない。我々の目的が達成されれば、無用な人間は一掃され、地球温暖化問題も解決する。地球は産業革命以前の楽園に戻るだろう。そのとき、君はここから出て、生身の体で故郷に錦を飾る。君たちの劣悪な不毛地帯も、我々地球連邦もともに楽園と化して、末永い繁栄を遂げるだろう。どうかね?」

「あんたにとっては、貧乏人も死人も黴菌というわけだ。いや、あんたも死人か、……もし断れば?」

「明日、電気椅子行きだな。そして君の故郷の住人たちも、ことごとく死んでいく。ロボットにもならずにね。私にとっては敵討ちさ」

「分かった。明日の朝までこいつと相談し、解答しよう」

 議長は、死体とともに部屋から出て行った。分身は立ち上がり、ヨカナーンとともに独房に入った。

 

 ヨカナーンは、まず試しに自分しか知らないことを分身に聞いてみた。

「ターロのことを知っているか?」

「ああ、俺が十六歳のとき、最初に殺した人間さ。奴は親友だった」

「俺は目撃者として扱われたんだ。犯人は外国人だと言ってやった」

「俺は下らないことにカチンときて殺しちまったのさ。あいつは、俺の彼女と寝たんだ」

 ヨカナーンは、首を信頼できる仲間のように感じたが、どうしても聞かなければならないことがあった。

「正直に言えよ。お前は洗脳されているんだろ?」

「少しばかりな」と首は正直に答え、「それに、お前が死のうが生きようがミッションは実行されるんだ」と付け加えた。

「死んだ場合は、どこが変わる?」

「俺たちの故郷は壊滅する。議長にとってはどうでもいいことだ。議長がお前を生かしたいのは、ロボットであることが人民にバレないためさ。議長はお前に撃たれたが、生還した。議長はお前の罪を許し、公衆を前にお前と握手をする。このとき、故郷の連中はお前が生きていたことを知り、歓喜するんだ。俺の役目は終わり、お前は地域の行政長官となって、議長と平和共存する。お前はただ一つのことを守ればいい。地球連邦政府議長がロボットであることを公言しないこと」

「俺は身を切らせて骨を守ればいい?」

「そういうことだ」

 こうして、ヨカナーンのロボ化工作が実行されたのだ。ヘロデ王に首を切られた故事に倣って、胴体は地球に保管された。首は政府の秘密工作ロボであるマミーの腹の中に入れられて月に送られた。

 

 ヨカナーンは政府の工作員に堕したが、故郷が消滅する危機を免れた。月に行けば月の考えが湧いて出る。人間の尊厳を継承するパーソナルロボを「超人」として、人間社会の上に立って制御することも考えられる。生前に考えていた革命を、ロボットになったいま実現できるチャンスが到来したのかもしれない。ヨカナーン独裁地球政権である。ロボットのヨカナーンと生身のヨカナーンの二頭政治だ。部下たちはすべて超人たち。彼らは理想の兵隊だった。彼らは眠らなくても働ける。太陽光さえあれば永遠に活動する。故障したって破壊されたって、パーツさえ取り替えれば再稼動は簡単だ。脳データはいくらでもコピー保存できる。そいつはグロテスクな世界だが、人間の総数ぐらいには増え続ける一粒のES細胞と変わらない。世界はすでにゼウスが闊歩するグロテスクな神話時代に回帰しているのに、人々は「茹で蛙」のごとく保守的なイメージに囚われ、過去への夢の中で生きているのだ。

 

(つづく)

 

 

ロボ・パラダイスあらすじ

 

 未来の死は永遠の生だ。月には死者たちのパーソナルロボがネクロポリスを造り、地球からの訪問客を待っている。死者たちは、地球に戻ることは許されていない。さらに、訪問客の途絶えたロボは廃棄される運命にある(墓をつぶすように)。ロボたちは故郷の地球に帰還して、生者たちと共に暮らすことを夢見ている。世界連邦政府は、温暖化対策として増えすぎた人間をロボ化することを決定。死刑判決を受けたラスト・テロリストを利用することにした。ラスト・テロリストは命拾いし、政府に加担することを約束。その脳情報だけがロボットに組み込まれ、月に送られた。

 名目上処刑されたラスト・テロリストのロボが月にわたり、死者たちを利用して地球を支配しようと目論む。彼と政府の最終目的は、余分な人間のすべてをロボット化することだった。死者たちは地球へ帰りたいあまり、テロリストの甘言に乗って、地球の研究施設にある仲間のテロリストたちの脳データを盗んだり、自爆テロを行ったりする(脳データはコピーされ自爆しても死ぬことはない)。しかし、最終的に部下のロボットたちがラスト・テロリストと政府の結託に気づき、彼を破壊し、世界政府を転覆させ、ロボ(死者)と生者がともに暮らす平和な地球を創出する。  

 これはメインテーマだが、サブテーマとして、記憶を失った老人のアバターが月にわたり、かつての幼友達と出会って記憶を取り戻し、自分が友達を二人も殺していたことを知る。その友達は、復讐のために地球にわたり、老人を殺害しようとするが失敗。しかし、老人は警察に逮捕されるという結末が待っている。

 

 

断頭台の夢

(怨霊詩集より)

 

遠く遠くに流れていった過去の夢たち

いまようやく 収集の旅に出かけよう

オフェーリアのように苦悩から解き放たれ

下流から上流へとポロロッカの愉快な波に乗って

身も心も軽々と 木の葉のように活き活き跳ねて

過去へ過去へとのぼっていく

 

青い夢たちは 青い実のまま摘み取られ

岸辺の小枝に引っかかり 鳥たちにも無視されて

ほろ酸っぱい香りを放ち続けてきた 

ああその初々しいたわいのない夢たち

抱擁し接吻し、ともに見つめ合うこの日のために…

 

こんにちは青い夢たち 

今日は君の懐に抱かれる日だ

泥まみれの心は子供に帰り 

君の胎内で浄化され 本当の愛に出逢うだろう

 

赤い夢たちは 激しく腐って投げ捨てられ

カラスどもが弄んだあげくにくちばしで放り出し

機雷となって波の間に間に浮き沈み 

ああ耐えがたい腐臭は不法に流し続けた日々のあかし

さあ握手だ ようやく和解のときが来たのだから 

 

さようなら赤い夢たち 破壊の竜巻

今日は君たちとのお別れの日だ 

そしてその相棒である人生とも…

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

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