詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(十八)& 詩

ロボ・パラダイス(十八)

 

(十八)

 

 強制収容所とロボ・パラダイスを繋ぐ道路はなかった。それは、この収容所が造られたことに関連していた。ここに収容されているロボたちは、ある支分国家で迫害を受けている民族なのだ。彼らは民族運動を展開したため、地元の収容所に入れられて再教育を受けたが、どうしても教育できなかった連中には年齢に係わりなく「離脱」の措置が取られた。昔風に言えば「処刑」というわけだが、「離脱」が死でないことは地球連邦政府の一貫した見解だ。

 連邦政府は民族運動を極度に恐れていたから、離脱した人間でもロボ・パラダイスに入れるわけにはいかなかった。そういった連中は、月に来ても強制収容所に入るしかない。しかし、きっと彼らは脱獄を試みるに違いないということで、頭部と胴体はやはり分離する必要があった。ロボ・パラダイスの迷惑者たちに行われるスクラップ刑と同じである。これは反抗的な人間を管理する方法として、一番安価なやり方だった。

 ジミーたちが見た収容所は、鉄柵に囲まれた簡易的な造りで、中には数千のボディが陽に照らされながら目的もないままうろついている。衝突防止装置のおかげで、ボディどうしがぶつかることはなかった。それらはすべて裸で男女の区別もなく、マネキン人形のようなチープな規格品だった。右腕には囚人を示す黒い太線が二本引かれている。天井には地球から見られないように、月面色の迷彩シートが張られていた。その一キロほど離れたところにピラミッドのような小高い丘があったが、おそらく頭部が積み上げられていて、上に同じ色のシートで覆い隠されているようだ。シートには微小重力に対応できる重さがあった。

 三人は車を降りると、ジミーとトニーが大きなカッターで金網を切り始めた。幅二メートルほどの金網が倒され、ボディの逃げ道は出来上がった。しかし、意志のないボディたちは、そこに集まることもなく、無益な徘徊を続けている。グレースは発信機器を取り出し、数社ある廉価ロボット製造会社の誘導電波を同時に発信した。するとボディたちは続々と逃げ道に集まってきた。三人は車に乗り込んで首塚に先回りし、電波を流しながら彼らの到着を待った。

 

 十分ほどで、数千の首なし群集が緩慢な動作でふらつきながらやって来た。まるでゾンビだ。三人は恐怖を感じたが、脳なしたちが暴徒と化すことはあり得なかった。破壊願望は脳から発信されるからだ。群集は三人の乗った車を通り過ぎ、次々に迷彩シートの端を掴んで引っ張り始めた。グレースが機器の電波を切ったため、それぞれの首が出す誘導電波に反応したのだ。シートは九九パーセントの遮光性があったが、頭部の太陽電池は残り一パーセントの微光を少しずつ蓄積してきた。太陽電池の変換効率は進化し尽くしていて、パネル面積をいかに小さくできるかで価格が決まる。彼らの頭部には毛がなく、テカテカのパネルで覆い尽くされていた。しかし甲羅みたいな背中のパネルは動き回るボディに対応できず、牢内では常時バッテリー不足に陥っていて、逃げ出したときに急速消耗してしまい、シートが取り払われるまで三十分もかかった。

 首でできた大きなピラミッドが現われた。首たちはどれも同じ顔付きでまったく個性がなかったが、男と女の顔に分かれていた。ケタケタと歯を出して笑っているのは歓喜の表情だろうが、気味が悪い。百年前の民族闘争で一緒に戦死した英雄とその妻の顔を模している。彼らの国では誰でも知っている顔なので、一目で民族を特定することができた。ボディの到着を知った首たちは、一斉に歓喜の雄叫びを上げた。それは電波となって三人の耳アンテナに到達したが、大音響だったので音量の自動調整が働いた。

 首たちは以前から意思疎通を行っていたようで、ピラミッドの頂点に鎮座していた妻顔が首の筋肉を動かして、ゴロゴロと空中に舞いながら落ちてきた。しかし廉価品には自分固有の胴体があるわけではないので、着地点の手近なボディにスポンとはまった。するとすぐ下の段から四個の首が落ち、八個、十六個と次々に落ちてきたので、三人は慌てて車を安全な場所に移動させた。ピラミッドは上部からガラガラと崩れ落ち、首たちは落ちたところの胴体にはまっていく。首を得た胴体はすぐに後ろに下がって、首なし胴体と入れ替わった。こうして七割程度の胴体が首を得た時点で三台の警備用自動装甲車がようやく到着し、一斉にレーザー砲を放った。

 三人は車をハイスピードにして逃走した。首を得たボディたちは蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げるが電力不足で動きは緩慢だった。しかし装甲車が彼らを追うことはなかった。この三台はそれぞれの緊急事態に最善の対応策を取るようにプログラミングされていた。うろつく首なしボディにも目もくれず、残された首たちにレーザーを当て続け、「心たち」をすべて溶かし尽くしてしまった。彼らは下積みの連中だった。

 

 

 三人の乗った車は旧式だが、金属製の針金で編み上げられた八本のタイヤの中には特殊なスプリングが放射状に多数仕込まれている。普段は地面の衝撃を吸収しながら走るが、時速百キロの逃げ足モードに入るとピョンピョン跳ね上がるようになり、凸凹の月面をバッタのように跳んでいく。乗り心地はロデオ状態でも、三人はロボットなので不快感はまったくなかった。まずは誘導電波を出し続けたまま月の裏側を目指し、安全な場所に逃げたら六千人近い逃亡者を待つことにした。

 首の繋がった逃亡者たちは陽光を受けて元気になり、目立たないようにバラバラになって誘導電波の方向にひたすら走り続けた。武器を持たないので、見つかったら一方的にレーザー銃を照射される。遅ればせながら百台の装甲車が投入され、逃亡者たちを探し回った。逃亡者たちは電波で連絡を取り合い、装甲車の位置を確かめ合ったが、体内の通信装置が廉価品のため、五キロ以内の仲間としか連絡は取れない。それで彼らは鉄分の多い土地の方向に逃げるように指示し合った。廉価品のボディは安価な鉄を多く使っているため見た目より重く、おまけに装甲車の探査レーダーに察知されやすかった。それで鉄の多い地質の地域に逃げれば、探査されにくくなる。月には酸素が無いため鉄が錆びることはないが、軽量化には程遠く、飛ぶように逃げるわけにはいかない。装甲車に見つかったら、まず殺されるだろう。

 ところが、装甲車は必死になって逃亡者を追うわけでもなかった。台数も増やすことなく、ランダムに光線を照射して、四、五人を破壊したにとどまった。しばらくはうろついていたが、逃亡者が逃げ去ってしまうとどこかに消えた。月面は常に地球から見られている。あまり派手な行動に出ると、天文愛好家たちに察知されて、流言となって世界中に広まる。「月ではなにかが起こっている」などと噂話になれば、ロボ・パラダイス計画にも支障を来たすことになる。

 逃亡者たちは追っ手から逃れることができた。しかし、彼らはお互いに一定の距離を保ちながら、月の裏側に向かって走り続けた。約十五日間続く昼間のうちはエネルギッシュに活動することができた。同程度続く夜になると廉価品のバッテリーでは走り続けることはできなくなる。だから昼のうちに月の裏側まで自転の方向である東に向かってひたすら走れば、昼間を追いかけて走ることになって、エネルギー切れになることもない。月の自転速度は時速約一七キロなので、マラソン選手なみの走りを続ければ、夜にはならないうちに目的地に辿り着くことができるのだ。

 

 三人は月の表と裏の境にあるクレーターの外輪山に登って、電波を送り続けた。すると大勢の逃亡者たちが集まってきた。三人は車に乗り込んで月の裏側に入った。裏側では急峻な山岳地帯が続くため、溶岩洞窟を延長する形で車が一台通れるほどのトンネルが掘られ、秘密基地まで続いていた。トンネルは五キロごとに広くなっていて、車どうしが擦れ違えるようになっている。彼らは洞窟の入口に車を止めて、逃亡者たちを待った。

 第一陣が到着するまでには、地球時間で三十時間もかかった。

「ようこそ、月の裏側に。この中に、ヨカナーンの同志はいますか?」とジミーは尋ねた。

「俺だ。北の同志、フランドルだ」と名乗りを上げて、男が前に歩み出た。地球連邦政府から迫害を受けていた少数民族のテロリストどうしが手を結んで抵抗し続けてきたが、風前の灯状態。フランドルとヨカナーンは民族も地域も異なるものの、民族主義を掲げる同志として仲間意識を強めていた。

「これから同志の皆さんを私たちの秘密基地にお連れしますが、それには条件があります。我々はあなた方を解放しましたが、ここから先はともに戦う者以外は入ることはできません。ともに戦うのが嫌でしたら、この地獄のような景色の中に消えてください。それでも檻の中にいるよりはずっと増しなはずです」

「そんな奴はだれもいないさ。地球、いや祖国に帰るためには戦う以外ないんだ」とフランドル。

「そうですよね。そのベースキャンプが我々の秘密基地です。この洞窟のずっと先にあります。洞窟内には電気が通っていますから、太陽なしでもバッテリー切れになることはありません。私たちは車で先に行きますので、誘導電波はここに置いておきます。全員漏れのないようお願いします。保母さんのように頭数を数えてください。月面で迷子になるのは最悪ですからね」

 三人は車に乗って先に行き、フランドルは発信機を持って洞窟の入口に立って続々とやって来る仲間たちを誘導した。

 

 

 秘密基地は直径二キロほどの小クレーターに建設されていた。クレーターを囲む壁(リム)は平均五百メートルほどあったが、その半分ほどの高さにカモフラージュ用の天膜が張られていて、人工衛星などから底の状況を見つけられないようにしていた。このシートは太陽電池の役割も果たしていた。クレーター底の土地はほとんど平らで、全体を見渡しても隠さなければならないような建造物はなかった。現在進行中の工事はリムの掘削ぐらい。地下にふんだんにある氷の掘削とその貯蔵庫の建設がメインだった。ジミーはリムの下部に掘られた居住区の前に車を置くと、チカの分身であるチカⅡが出てきて、ジミーに抱きついた。四人は居住区に入って、ヨカナーンの執務室に行き、銀の盆の上に置かれたヨカナーンに、フランドルとその仲間の解放に成功した旨を伝えた。

 

 マミーはヨカナーンの盆を抱え、四人とほかの部下たちを従えてトンネルの入口まで行進した。しばらくするとトンネルから大勢の逃亡者が出てきて、こちら側は拍手をもって出迎えた。フランドルが出てくるまでは二時間ほどかかったが、首だけのヨカナーンを見て、フランドルはあ然とした顔つきをした。

「どうした同志、そんな哀れな恰好で……」

 ヨカナーンはその無遠慮な言葉で、廉価品のボディと過去の英雄の顔付きをした男がフランドルであることに気が付いた。フランドルはヨカナーンの両頬にキスをして、脱獄できたことへの感謝を伝えた。

 

(つづく)

 

 

 

山火事

 

焼け野原には

ほんの少し前まで

多くの植物が繁茂し

虫たちが集い

鳥たちが愛を語らい

怠けた動物たちが戯れていた

嗚呼、自然という名のすばらしき幸福……

楽園から追われた悪魔が居心地悪さを感じて

長い爪の先に少しばかり火を灯し

香油を振りまくユーカリの枝を軽く抓んだのだ

嗚呼、自然という名の悲しき不幸……

 

悪魔は自分の正当性を主張するため

考えまいとする連中にいつも喚起を促すのだ

天国と地獄の間には何もないことを…

幸せと不幸はコインの表裏であることを…

それはオセロゲームのように一瞬で決まるんです

そしてこの焦土は負けの始まりに過ぎないのです

すべて勝ち負けなのです、戦いなのです、……と

 

もちろん善と悪の戦いではない

天国と地獄の戦いでもない

文明と野蛮の戦いでもさらさらない

こんなものは弱き人間の妄想に過ぎない

それは、偶然と必然の戦いなのだ

いやいや、神と悪魔の気質の違いさ!

神は常に偶然の側に立ち

悪魔は常に必然の側に立つ

神はおう揚に哀れみを与え

気まぐれに奇蹟を起こす

悪魔は執念深く、無名学者のように眠らず

神の恩寵を蹴散らそうと計算高く

火付け役、黒子役に徹するだろう

その破壊力は楽園へのルサンチマン

あとは神様の気分次第

風向きに任せ、成り行きに任せるのだ…

 

愚か者たちよ、奇蹟という偶然を信じ、ひたすら祈るが良い

俺の仕事はもう終わった

悪魔は冷ややかに笑いながら、ただ観戦するのみだ

両手の親指を下に向けて

ふいごのように風を送ることも忘れず……

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

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