詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(八)& 詩

(八)

 

 エディたちは、同じルートでロボ・パラダイスに戻った。警官たちは疲れた様子でだらしなく、事務所の椅子に腰かける。パーソナルロボの電子回路は、故人の疲労感までも忠実に再現してしまう。

 チカとジミーは手を繋いで廃棄場の管理事務所から出ると、チカは振り返って「付いてくる?」とエディに聞いた。しかしエディはエディ・キッドを置いてきてしまったことが気にかかっていたので、「仲間が待っているんだ。彼は十歳の僕さ。ジミーと同じ歳なので、僕よりも思い出すかもしれない」と、一緒に来てくれることを期待した。

「ジミー、行きなさいな。私はママを喜ばせなければ」

「そうだね。君はそれがいい」とジミー。

 チカはそそくさと、海岸とは反対側の岬に向かって走り始めた。

「あの岬はVRだろ」

 ピッポが聞くと、ジミーは首を横に振った。

「僕たちはね、ずっと前からエディが記憶喪失になったことを知っていたんだ。地球から、いまも元気な幼友達が面会にやってきて、君の行方不明も話題になったりしてね。君のママもこっちに来て、君が消えてしまったことを話してくれた」

「しかし僕は、その人もママも知らない」

 エディは肩を落とした。

「すぐ思い出すさ」

 ピッポはハハハと笑いながらエディの肩を軽く叩き、もと来た道を元気よく歩き始めたので、二人もそれに従った。「そうだ、すばらしい海岸じゃないか」とエディは呟き、思い切り空気を吸った。潮の香りと浜木綿の香りの混ざったような生暖かい人造空気が、鼻のセンサー群を軽くからかって、理由のない感動を引き起こした。幼少期の懐かしい匂いを思い出したわけではない。たぶん海から海岸に這い上がった遠い祖先の感動が一つの遺伝子として代々残り、電子回路が忠実に捕らえてインプットしたのだろう。ならば必ず、忘れてしまったエディの過去もバグ扱いされて、回路のゴミ捨て場にガムのようにこびり付いているに違いない。ロボ・パラダイスという新天地が、そいつを引き出してくれる可能性は十分あった。

「チカ女王様の命令で、パラダイス拡張工事のロボットたちに、僕たちの別荘街の景色をそっくり再現してもらったのさ。チカは廃棄されるまではパラダイスの環境デザインをやっていたんだ。海だって、沖合十キロまではちゃんとした海。もちろん無重力だから、水の代わりに重い液体が入っている。僕たちも重いから、地球の海とまったく変わらない。思う存分泳げるし、ヨットだってスーイスイ。で、これもみんな君がこっちに来たときのことを考えてのことなんだ」

「僕の記憶を取り戻すために? ウソだろ?」

「そう、女王様が熱心なんだ。いや、熱心なのはお兄さんのほうかな……」

「お兄さん?」

「双子さ。君の親友だよ」

「何歳で?」

「僕と同じ十歳」

「何が原因で?」

「それは本人から聞いたほうがいいな。ほら、あそこで男の子と話をしているよ」

 

 エディ・キッドと兄のチコは、店の前のデッキチェアに腰かけて話をしていた。エディはその顔を見てアッと声を出した。男と女という二卵性双生児なのに、チカと瓜二つの面立ちだった。チコがそのまま二十歳に育ったのがチカといった感じだ。

「珍しい準一卵性双生児かもしれないな」とピッポ。チコはジミーを見ると立ち上がって走ってきた。二人はハグをして、しばらくの間離れなかった。

「チカを月面から助け出したんだ。今頃、ママとハグしてるさ」

「まるで奇蹟だね。君たちのことはエディ・キッドから聞いたよ」

 チコはエディに近付いて右手を差し出し、「君は僕とは反対に、百歳まで生きたんだって?」と話しかけた。エディはチコの手を握り、思わず身震いをした。背中に電流が走ったのだ。

「どうしたんだい、手が震えているよ」

「ああ、きっと君の手の感触が、忘れていた何かを思い出させたんだ」

「エディ・キッドもさっき同じことを言ったよ。だから答えてやった。君は僕を看取ったからさ、とね」

「僕が君の最後に手を握った……」

「僕も覚えているよ。僕もあのとき、チコと一緒に死んだからね」とジミー。

「つまり、君たちは水難事故で?」

 エディとエディ・キッドは驚いて顔を見合わせた。

「この企画は散々だな」

 ピッポはそう呟いてバンザイしたが、釘を刺すことは忘れなかった。

「しかし、ディレクタからは、すんなり解決しないでくれと言われているんだ。二時間番組だからね。あっちがボツにしようと、こっちは言われたとおりにやる以外ない」

「もちろん、僕たちが死んだいきさつは、エディ自身が思い出すほうがいいさ。僕たちが話しても、それは死んだ僕たちの感覚でしかない。君の思い込みになっちまうかもしれないし、本当に思い出すことにはならないからね」とチコ。

「さあ、僕たちの遊び場に戻るんだ」

 ジミーが先頭になって、五人は芋を洗うような海水浴場を後にした。

 

 

 岬は小高い丘が連なっていて、イミテーションの木々が茂っていた。丘の中腹を刻む道の脇に設けられた展望台に来ると、「ほら、ここから僕たちの遊び場が一望できるんだ」とジミーが叫んだ。断崖の際にコンクリの柵が巡らされ、望遠鏡が一つだけ備え付けられている。クマ蜂ロボが二匹、突然の珍客に興味津々、彼らの周りをクルクルと飛び回った。五人は蜂を追い払うことなく、望遠鏡のところにゆっくりと向かった。エディが望遠鏡に手を掛けたときには、興味を失った蜂どもはどこかへ飛んでいき、あたりは急に静まり返った。

 似非太陽は真上に輝いている。陽の光は海に注ぎ、海面はシルクの滑らかさで銀色に輝いている。穏やかな海風は夏の訪れを感じさせ、その生暖かさは肌センサーを超快適レベルまで高めた。

 柵の向こうは垂直に近い断崖と、その下の波打ち際に広がる奇怪な岩々のジャングル、その先端に打ち寄せる小波は紺色から岩に砕かれて白い泡となり、二色のボーダーがリズムカルに勢力争いを繰り広げている。そして左下には規則正しく立ち上がる白い泡をいつの間にか取り込んでしまう純白の砂浜とその向こうの堤防際の草色、さらにその先には四、五軒の民家のオレンジ色の瓦が微かに飛び出して見える。

 エディは望遠鏡を覗き込んだ。その視界には、遠く霞んでしまって、水平線も分からない海と、海岸から五百メートルほど沖に飛び出したタコ坊主のような奇妙な形の大岩くらいしか入らなかったが、その小島がエディの心を動揺させた。それはポールが時たま見る夢の中の小島にそっくりだったからだ。エディが望遠鏡から目を離すと、エディ・キッドがすかさず替わって覗き込み、「あれはマドレーヌ島?」と聞いた。「おめでとう。君の記憶の一つが戻ってきた!」とチコは叫ぶ。

 エディはこの岩島の不気味な容姿に胸騒ぎを覚えるだけで、名前すら思い出せないことにいささか失望した。ひょっとしたら、紅茶でも飲みながらゆっくりこの島を眺めれば、失われた過去を一気に思い出すのかもしれなかった。

 次に望遠鏡を覗いたのはピッポだった。エディ・キッドが名前を思い出した島をしっかり眼球カメラに収め、その場で地球に送信した。

「記憶を取り戻す最初のきっかけとしては、画になる島だな」

 エディ・キッドは急に気分が悪くなって望遠鏡から目を離し、新鮮な潮風を思い切り吸い込んだ。エディと同じように、すぐに得体の知れない恐怖を感じたのだ。鼻のセンサーが微かな海の香りをキャッチして快適度を上げ、風は発熱した神経回路を空冷した。ロボ・パラダイスは真空に近かったが、風を起こすために少しずつ人工空気を流している。海岸や山岳などのシチュエーションごとに酸素濃度や匂い成分を変えることができるのだ。しかし、ロボットは酸化を嫌うので、地球のような酸素濃度は厳禁だった。

「これから、いろんな遊び場に行って少しずつ思い出していこうよ」とジミー。

 

 チコは海風に顔を向け、頬をなでるように流れていく湿り気のある軽やかな暖気に目を細めた。クルクルとカールした短い髪が、バーナムの森のように落ち着きなく動き、それを見つめていたエディは、次第にメドゥーサの蛇に変わってきたことに驚いて、思わず目を閉じた。赤ん坊のように愛らしい少年の顔がみるみる蒼ざめて、絵にあるメドゥーサの顔付きになり、体も震え始めた。エディ・キッドはそれを見て、チコ以上に体をガタガタさせた。チコの様子は明らかに見覚えがあった。

「覚えている? この海で僕とジミーは溺れちゃったんだ」

「ダメじゃん。自分で思い出すように仕向けないと」とジミーが慌てて釘を刺す。

「ごめん、時たまフラッシュ・バックしちゃうんだ」

「いいさいいさ、言っちまったことは編集でカット、あるいは後に出す。でも治療としては、ショッキングなヤツは出すタイミングが必要なんだ。失敗すると、記憶はかえって硬い殻の中に閉じこもって、二度と首を出すことはない。サザエの蓋みたいなもんさ」とピッポ

「でも僕は十歳だよ。大人じゃないんだ。言いたいことは口に出ちゃうのさ」

 ピッポは苦笑いしながら、「君はずっとロボットしていて、ディープ・ラーニングしていないんだね」と皮肉を言った。

 

 (つづく)

 

 

 

さらば怨念、ようこそ怨念

 

友だちが肺がんで死んだとき

人間いつか死ぬものさと無感動に呟いたものだ

見舞いに行った病院では

断末魔の荒々しい息が室内の空気を撹乱し

彼の妻は無感情に世話をしていた

一瞬 あいつは死んだ魚のような目を私に向け すぐに焦点を拡散させた

明日の旅立ちを 無実で絞首台へ送られるように

絶望により濁りきった瞳で その運命を呪っている

私は見舞い人としての立場を失った 

眼前の友は、すでに遠くの存在だ

右肺から漏れ出た腐敗ガスと

左肺から掃き出た炭酸ガス

疲弊した気管で渦を巻き

切れ掛かった筋肉を最後の務めとばかりに

これでもかこれでもかとまき散らす 

嗚呼ここはガス室だ 新鮮な空気が必要だ

私は懸命に泳いで向こう岸にたどり着き

対岸の火事を見るように 濡れた心を乾いた風で乾かしはじめた

耐えがたい光景は 遠くに在りて思うものさ、漠然とだ…

 

そうだこの風は 湿気った気分をたちまち乾かす優れもの

地球上に吹きまくる無情の風よ

神が人を殺し 人が神を殺し 人が人を殺してきた悠久の時

無数の怨念は自然のドライヤて吹き飛ばされ

根雪とならずにたちまち消える

嗚呼なぜ泣けないのだろう いや泣いているのさ

風がその涙を一瞬のうちに蹴飛ばすだけ

湿った根雪と淀んだ空気は若芽の成長を阻害する

クリーンな地球を維持するためにも

カラカラの風は大きな大きな財産だ

怨念はデブリとなって宇宙に拡散し

新たな怨念が草の雫となって生まれ出る

さらば古き怨念 ようこそ新しき怨念

綿々とした繰り返しは宇宙のバイオリズム

地球で許されないことも 宇宙では許されるのさ

非情の宇宙は怨念のフラクタルで構成されている

 

 

 

人間と幽霊の解剖学

 

人間を知るには基本に戻ることだ

まずは余分なものを殺ぎ落とせばいい

君は何を求めているか

カリスマか 金か 恋愛か 子供か 家庭

あるいは人格 貢献 いい人 グルメ なんでもありだ

ここに取り出したるシルクハット

全てを投げ入れ 割り箸でかき回す

虚飾を殺ぎ落とす遠心分離機さ

さあてなにが出てくるか サルだ

驚いた 君はサルと変わりゃしない

メスザル バナナ 安定供給 たったこれだけ

再び驚いた 君の人生サルなみだ 

嗚呼なんという人生 何のために君は生きているのだ

著名な学者も政治家も、アスリートも役者も教組様も

たったこれだけか?

 

しからばこの世に未練で往生できぬ幽霊に問う

お前らよっぽど了見のせまいやつらだな

とっととあの世に行っちまえ!

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

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