詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(十)& 詩

ロボ・パラダイス(十)

 

(十)

 

 夕方になって、チカ一家は自分たちの別荘に帰り、エディ・ママの家には二人のエディとピッポが泊まることになった。ピッポには客間があてがわれ、エディの部屋は、地球から運んだエディの持ち物で溢れていた。エディ・ママは生きているうちにこの別荘を建てて、地球の実家や別荘から息子の品を運び入れていた。将来、息子が死んで再会できることを夢見ていたのだ。

「あなたは二十のときに、ここから出て行ってしまったわ。警察にも聞いたけれど、とうとう捜せなかった」

 自分の持ち物と言われても、二人のエディはまったく思い出すことができなかった。たんすの中には、若い頃にエディが着ていた服が、浮き上がった恰好で上方向に積まれていた。その中には子供服もあった。ここは海岸で、しかも無重量状態なので、ほとんどのロボは水着姿で通していた。しかし母親と久しぶりに楽しむ夕食には裸はまずいと考え、二人とも中からマシな背広を選んで着込んだ。エディ・キッドのズボンは半ズボンだ。二人ともサイズはピッタリだが、ネクタイがコブラのように鎌首をもたげて揺れている。一階に降りると、肛門から取り出した薄手のつなぎを着たピッポがカクテルを片手に突っ立っていた。

「悪いな。僕はワーキング・ロボだから、こんな作業着しかない」

「裸よりはマシさ」とエディ。ピッポは味も香りも分からなかったから、食事を楽しむ素振りだけは忘れないように心がけた。

 エディ・ママがピッポの助けでテーブルに着席すると、二人は両側に分かれて着席した。ピッポはエディの横に座った。規格品のパーソナルロボが二人でスープとオードブルを運んできた。すべて食品サンプルだが、口に入れると味も香りも温かさも感じることができた。

「この方たちは、昔っから住み込んでいらっしゃったハナさんとマナさん。憶えている?」

 そう聞かれても保険適応の規格ボディはすべて同じ恰好で、思い出すはずがなかった。二人は海岸に野宿していたとき、散策するエディ・ママに再会して、再び住み込むことになったそうだ。もちろん金で雇われているわけではないから、一日の行動は自由だ。ハナはエディ・キッドの隣に座り、マナはママの対面に座って、一緒に食事を楽しむことになった。

 

 食事が終わったあと、マナがコーヒーとジュース、デザートをワゴンに乗せてきた。エディ・キッドはオレンジ・ジュースの血のような色に何かを思い出しそうな気がして、ストローで味を確かめた。

「そうだこの家の庭には、シチリア産のオレンジの木があったよね」

「ブラーボ、思い出したじゃない」

 マナは手を叩いた。しかし、そこから次々と記憶が蘇ってくることはなかった。エディは、キッドのコップを満たす赤い色を見て、気分が悪くなった。

「チカのあの家は、ほとんど空き家になっていたのよ」とママ。

「それはここ? それとも……」

 エディが聞くと、「もちろん地球」とママは言って、話を続けた。

「あの海でチコとジミーが溺れてから、二人の家族はしばらくここに来ることはなかったわ。でも、家を売却することもしなかった。二人の思い出が詰まった場所だからね。五年以上は来なかったかな……。でもある日、チカ・ママの家に明かりが点いているのに気付いて行ってみると、そこにいたのはあなたとチカちゃんだったわ」

「僕が?」

「そう、あなたもずっとここに来なかったのにね。あなたたちが交際していたなんてぜんぜん知らなかったから、ビックリしちゃって……」

「それはいつ頃?」

「あなたが消えた二年前。チカちゃんが消えた一年前。チカちゃんが消えたとき、あなたも警察にいろいろ調べられたけど、友達のアパートに泊まっていたことが分かって、疑いは晴れたの。でもそのショックで、きっとあなたも私を置いて消えてしまったのね」

「…………」

「僕は記憶喪失になったんだ」とエディ・キッドが言い訳をした。

「きっとね。痴呆症に罹った人みたいに、家が分からなくなってしまったんだわ」

 エディ・ママはエディがその後、どんな人生を歩んだかを聞きたかったが、エディは簡単に話して終わらせてしまった。過去が白紙になった状態で、外国の小さなベンチャー企業に入って一心不乱に働き、彼の開発したシステムがヒット商品になって会社は成長し、彼も社長にまで登りつめた。稼いだばく大な資産はこの計画にほぼ注ぎ込んで、ここにやってきた、というつまらない話だった。彼が知らなかったのはお金の使い道ではなく、アイデンティティの欠けた部分で、そいつを取り戻すために自己分裂までして、わざわざ月にやってきたのだ。

 

 一家団らんのひと時が終わると、それぞれの部屋に戻ることにした。エディとキッドは一緒の部屋なので、少しばかり話し合ってから寝ることに決めた。エディたちは、明日の朝食後に、とりあえずチカの家を訪ねることにした。二人でぶらぶら散策しても、記憶が戻ってくるようには思えなかった。

 パーソナルロボットには睡眠モードがあって、寝る仕草もできたが、ワーキング・ロボのピッポは椅子に座ったまま、一晩中目を覚ましている。丑三つ時に、地球からの命令が来る。それは撮影の支持ではなく、諜報活動の支持なのだ。ピッポの本当の仕事は、チカとジミーの属する造反グループが、いったい何を企んでいるのか探ることだった。

 地球連邦警察は昨年チカの過去を徹底的に調べていた。チカに関わった人間も調べていて、失跡したエディのことも把握していた。秘密警察は、監視カメラ資料館に保管されている世界中の映像資料から、アメリカの実家を出奔したときのエディを発見した。するとその顔と体型から、エディの長旅の様子を映した町々の映像が、量子コンピュータによって瞬時に抽出され、最終的な落ち着き先も判明した。彼はサン・フランシスコの港から貨物船に乗り、横浜港で下船し、東京の小さなアパートに落ち着いたのだ。近所の病院で記憶喪失の診断を受け、名前をポールと決めて日本州住民としての身分証明書を獲得し、就職もした。今年になってポールが百歳を迎え、放送局がこの企画の認可申請を行ったときに、政府御用達のワーキング・ロボを使用する条件で認可が下りたというわけだ。

 地球からの命令信号は暗号で送られてきた、といって活動の進展はこれからなので、「継続」の一言だった。緊急事態以外は、こちらから信号を送ることは禁止されていた。常時送り続けている映像信号に混ぜ込むこともできたが、ノイズとして第三者に抽出される危険があった。

 

 チカの家でも久しぶりに一家団らんの時を過ごしたが、チカ・ママはもうチカの行動を咎めようとはしなかった。エディの一連の企画が終われば、チカは再び月面に廃棄される。それだったら、チカの思うように行動させて、月の裏側にでも逃げてくれれば、いつか連絡を取り合うこともできるだろう。ママが一番心配しているのは、チコがチカのグループに関わることだったが、チコは関わらないと約束してくれたし、チカも誘わないと確約した。しかし、チカ・ママは二人の後に死んだので、いずれは一人ぼっちになってしまう。チコが廃棄されるのは百回忌を迎える十年後だ。

 夕食後、チコの部屋にチカがやってきて、「頼んだものは?」と尋ねた。チコは半ズボンの両側のポケットから眼球を四つ取り出した。

「ほら、首塚からくすねてきたんだ。カメラマンの分は必要ない?」

「彼は気をつけたほうがいいわ。ワーキング・ロボは主人に忠実だし、彼を送り込んだのは地球政府だからね」

「明日、二人のエディの目をこれにして、秘密の場所に誘い込むんだね?」

「でも、あなたは来ちゃだめ。私と同じ目に遭いたくないならね。あなたが死んだ理由が分かるまで、あなたは死んではいけないわ」

「分かった。僕は大人しくしているさ」

「きっとよ。ママを二回悲しませちゃダメ」

 チカは寂しそうに微笑んで、チコの額にキスをした。

 

(つづく)

 

 

 

キツネ

 

若い頃の話だ

上野動物園の裏の金網越しに

犬のように首輪を嵌められ、鎖で棒杭に繋がれ

カサカサの毛が抜けガリガリに痩せた老ギツネを見かけたのだ

 

カッターでスパッと切った細目をつり上げ

斜めに構えて横目でニヤリと笑う

幾度かやられた軽蔑の表情

キツネにまでバカにされるいわれはなかったので

なんでそんな目付きで見つめると凄んでやった

 

金網越しで安心しきっているキツネは

これは生まれつきの顔だと言わんばかりに

ふつうはそんな風にはとらないぜと薄笑い

お前が下卑た野郎だから俺の顔が気に食わないのさ

 

そうか、ふつうの人間はお前を醜く貧相な顔だと哀れむだけか…

キツネにまでバカにされたと思うのは俺が卑しすぎるからか…

 

するとキツネは少しばかり自虐的に

哀れみなんてとんでもない 軽蔑さ

ふつうの人間は俺と同じ顔付きになるのさと呟いた

つまりお前は俺と同類の下卑た野郎だから

せめて俺よりは上でありたいと願っているから腹が立つ

しかし俺のが上だね 薄笑いを浮かべた方が上なんだ

人間界も動物界も 先に薄笑いを浮かべた方が上なんだよ

 

さらにキツネはますます自虐的に

しかし本当のことを言えば 

俺のこの顔は生まれつきなのさと繰り返した

殴りたくなるような顔つきに生まれちまった

おかげで何度こん棒で叩かれたか分かりゃしない

殴られても殴られても薄笑いを浮かべてやがる

しかし生まれつきの顔を変えるわけにはいかないんだ

それはお前が生まれつき下卑た野郎であるのと同じことさ

なにをやってもこの顔はこの顔なのさ……と

 

 

 

鷲になった男

 

ああ僕は ようやく君たちを素直に眺めることができるだろう

果てしのない草原の輝きに照らされて

いつしか滅びてしまった君たちが

薄っぺらな足のばねを巧みに使いながら跳びはね

仲間たちと戯れるしあわせな姿を

 

そうだ僕は遠い遠いいにしえの潅木に舞い降り

すぐにまた舞い上がっては鋭い眼光で

君たちの美しい姿を認めて急降下するのだ

失われてしまった大切な心を取り戻すために…

 

ああ僕は 君たちの艶やかな和毛に鋭い爪を立てて

わくわくとしながらあばらの間に深く食い込ませるのだ

君たちの青春の血潮が軽やかな旋風とともに

優しく僕の瞳に吹きかかるだろう 

 

ああ僕に春をもたらすかぐわしい血の香りよ…

僕は君たちを鷲掴みして晴れ晴れと飛び立つのだ 

大袈裟な音を立てながら 仲間との離別の声を掻き消して雄々しく…

さあ君たちはすべて僕のものだ すばらしい獲物たち

麗しい芸術よ 夢にまで見た幻よ もうすべて僕のものだ

 

…嗚呼まぶたを閉じるたびにかさつく夢どもの焼け焦げ

さようなら とっくに滅びていった青春の渇望たち…

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

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