詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(九)& 詩ほか

 

(九)

 

 美しい風景を見ながら、五人それぞれが陰鬱な気分になりながら、岬の先の別荘街に向かった。道は車一台が通れるほどの広さで、二百メートルごとに車同士が擦れ違えることのできる広い部分があった。しかしもちろん、ロボ・パラダイスでは車もバイクも禁止されている。自転車はあるが、歩いても疲労感は少ないので、あまり乗るロボットはいなかった。走っても、自転車ぐらいのスピードは楽に出る。しかし、全速力で走るロボはあまり見かけなかった。

 後ろからボランティア刑事が三人、後を付けてきた。ジミーは子供でも罪人なので、一応は監視をする必要があったのだ。彼らは職業警官ではないので、それほど真剣に監視をしているわけではなかった。ここは一応天国なので、性善説が蔓延している。犯罪ロボをスクラップにするのは地球からの指令で、こっちの連中が率先してやっているわけではない。ただボランティアをしていると、たまに地球の親族が表彰されたり、金一封をもらったりするのは確かだ。それが親族の月訪問にも繋がってくるというわけだ。

 

 上り坂をしばらく歩くと、岬の先端に出た。大きな広場になっていて、車のない駐車場は近所の子供たちの恰好の遊び場になっていた。広場の花壇を通って柵のある崖っぷちに出る。高い崖の下には両脇を断崖に囲まれた小さな砂浜があり、アベックが二組、日光浴をしていた。この広場の上に禿山があって、別荘街になっていた。かつて現世でここに住んでいた金持たちが、在りし日を懐かしみ、遺族を通して地球の大臣に賄賂を贈り、月に再現させた。そのデザインを引き受けたのがチカだった。付近はチカの遊び場だったので、よく憶えていた。ロボ・パラダイスでは通貨はないが、面会に来た親族が地球で金をばら撒くことは可能で、金持一族の力はお金の無用な月でも威力を発揮することになる。

 花壇脇のベンチにチカと二人の若い女性が腰かけ、五人を眺めていた。チコはチカに駆け寄り、立ち上がったチカとハグをした。双子どうしでも、二十歳のチカは十歳のチコより大分背が高かった。しかし、顔だけ見れば、どっちがどっちだか分からなくなってしまう。二人の女性も立ち上がったが、背の高い女性のほうが満面の笑みを浮かべてエディ・キッドに抱きつき、「良く来たね、あなたのママよ」と言った。彼女の右肩は皮膚が剥がれ、金属の骨が飛び出している。年代物のボディだ。

「お母さん?」

「そう」

「お父さんは?」

「あなたが十五のとき、家から出て行ってしまったわ」

「この国に戻ってこなかったの?」

「分からない。私に会いたくないなら、ロボットにはならないでしょう。でも、好きな人がいたんなら、きっと来ているはずね。ここは死別した人たちが再会する場所ですものね」

 さびしそうに笑いながら、エディ・ママは成人したエディに近寄りハグをした。

「貴方も私のことを忘れているのね」

「思い出すにしても、ママたちはチカとそう変わらない若さだもの」

「ここでは男も女も、みんな青春時代をリメイクしたいと思っているの」

 チカ・ママが言って、チカとチコの間に割って入った。まるで三兄弟のように似ている。チカ・ママは二人の子供を失い、夫も病気で失って、八十歳でここにやってきた。彼女は浮気性の夫を嫌っていて、先に死んだ夫のロボットを作らなかった。ママがこちらに来たとき、子供たちも文句を言うことはなかった。父親は家を空けてばかりいたので、記憶が薄かったのだ。

 

 

 とりあえず全員で、エディの別荘に行くことにした。別荘地への近道は、広場の脇から出ている崖下の細い道を進んで岬の突端に行き、ジグザグの急な坂道を十分ほど登ると防風林に囲まれた平地に出る。弓状に湾曲した道の両側に、十軒ほどの別荘が建っていた。すべてがパティオのあるスパニッシュ・コロニアル様式で建てられ、南欧風の白い石灰壁とオレンジ色のスペイン瓦で統一されている。家の周りには広い庭があり、家と家の間には目隠しの植栽が施されている。ほとんどのロボットが路上生活を強いられているのに、ここだけは別世界だった。チカの家の前には二人の警官が見張りをしていた。ピッポが一人に近寄って、小声で「君は本当にパーソナルロボかい?」と尋ねる。

「そうさ。生前は警察官だったんだ」

「僕は取材用に作られたロボだから、嗅覚が鋭いんだ。君は偵察用に作られた専門ロボじゃないの?」

「バカバカしい」

 警官は一笑に付した。斜め前のジミーの家にも警官がいて、門の所で両親と話をしている。ジミーは駆け寄って両親と抱き合い、こちらに向かって手を上げてバイバイの合図をした。

 エディの家は、いちばん奥の道が途切れた所にあった。その先は鬱蒼とした森になっていて、分け入るのも難しそうだ。

「あの森にはマムシがいるのよ」とチカ。

「でも、ここにはイミテーションの森とマムシのロボットさ。そいつは我々を監視しているんだ」とチコ。

「この前、開発業者のロボットがやってきて、地球のここの映像を見せてくれたわ。それには、この森は開発されていて、いまの三倍も別荘が増えているの。だからその住人たちの子孫が、ここの土地の開発を政府に訴えたらしい」

 チコ・ママが言うと、エディ・ママが頷き、「いつ始まるのかしら……」と残念そうに呟いた。

「どっちにしても、私たちの知らない人たちは注意したほうがいい。付き合わないことね」とチカ。

「付き合おうがどうしようが、いたる所に監視カメラがあって、地球に送られているんだ」

 チコが口の前に指を立てると、ピッポは自分の頭を指差し、「ここの話は全部、ここから自動的に送られているんだぜ」と言ってゲラゲラ笑った。

 

 エディもエディ・キッドも、ここが毎年夏になると過ごした家だとは思えなかった。芝生の中のアプローチはやはり弓形に曲がっていた。重々しい玄関扉を開けると、大袈裟なシャンデリアが釣り下がる高い吹き抜けのエントランスホールが現われた。右奥には湾曲した化粧手摺の階段が二階へ向かっている。これはまさに独り者のポールが住んでいた屋敷と瓜二つだが、洋館ではありきたりのデザインかも知れなかった。エディ・ママが玄関左の大きなガラス扉を開くと、広いリビングが現われる。彼女は、その先のコンサバトリーまで行って、ガラスのテーブルに着くように誘った。陽の光が差し込んでいて、心地良さそうな雰囲気があったが、外は花が咲き乱れるパティオになっていて、花々の陰から、警官が一人首を伸ばしていた。

「嗚呼、またも警官!」

 エディ・ママはそう叫ぶと、庭に面したガラス戸を開けて、「コラ! 不法侵入者!」と怒鳴った。警官はニヤニヤしながら逃げていった。

「驚いた。ここも監視国家だな」

椅子に腰を下ろしながらピッポは呟いた。

「ジミーと私はテロリストだからね」とチカ。

「テロリスト? 君はずいぶん昔の人なんだな」

 エディは苦笑いした。地球では久しぶりに聞く言葉だ。人類全員の素生がリストアップされている地球では、この言葉は死語になっていた。

「そう、テロリスト。造反分子。貴方は自分の意志でここに来たのね。でも私もチコも、ママの意志でここへ来た。私はロボットになって生き返ろうなんて、思ってもみなかったわ」

「僕はロボットでもなんでも、生き返って良かったと思っているさ。子供で死ぬのは誰だって嫌だ」とチコが口を挟んだ。

「チカは変わった子なのよ。ここが退屈で退屈でしょうがない。で、暴れるようになったんだ。バカな子」

 チカ・ママがため息混じりに愚痴った。チカはピッポに顔を向け、まずはウィンクしてから演説を始めた。

「ハーイ地球の皆さん。死人を電子化して、こんな所に所払いだなんて、いったい生きてらっしゃる皆さんは、どんな感覚の持ち主かしら。私たちを地球に帰してください。ゾンビ扱いはやめて下さい。地球に帰りたいよう。地球で一緒に暮らしましょうよ。生身の人間と、機械になった死人の間にある壁って、いったい何なのさ。脳味噌がグニャグニャかカチカチかの差以外、何があるっていうのさ!」

「アハハ、この企画は完全にボツやな」

 ピッポが笑うと、それが全員に伝播して、笑いの渦が起こる。一人チコだけが顔を硬直させて、呻くように言った。

「エディは百歳まで地球で暮らしていたのさ。僕は十歳で死んで、地球を追い出された。僕は九十年近くもこんな所に閉じ込められて、あと十年でスクラップにされる。それが地球が押し付けた法律なんだ。僕は何で、こんなところで生きなければならなかったの? ここは刑務所さ。地球の人間は何で、こんな所に来たがっているの?」

「二人ともおかしなことを言うわ。ママは大分遅れてここに来て、あなたたちと一緒に暮らせて、とても幸せ。私は地球で、とっても寂しい思いをしていたのよ。だから毎年面会に来た」とチコ・ママ。

「地球も退屈さ。ここと大して違わない」

 エディはそう言いながら、さっき月面に上がって眺めた地球を思い出していた。あの蒼い星はロボットたちの心の故郷で、そこの土の中にいたほうがよほど近かっただろう。いっそ墓石に電子回路をはめ込んだほうが、幸せだったのかもしれないと思った。そして、パーソナルロボットを地球の見えない洞穴に閉じ込めておく意図も読み取れた。月面で毎日遠い地球を眺めながら暮らしていれば、かぐや姫のようにホームシックに罹り、うつ状態になってしまうのは明らかだった。かぐや姫は毎晩、故郷の月を眺めていたのだ。

 

(つづく)

 

 

 

 

『ロボ・パラダイス』と未来のテロリズム

 

 世界中でテロリズムや反体制分子に対する監視体制が強化され、中国などはその最先端を走っている。近い将来、人は揺りかごから墓場までその個人情報を把握され、その行動を手厚く管理されることになるだろう。個人の思想や行動は国の評価でランク付けされ、世を乱す危険人物と見なされれば、移動に制限が課せられる。国の評価は就職にも影響し、最下層の生活を一生送らなければならない。彼の人生はランク付けされた時点でもう終わってしまう。独裁政権下では当然のことだが、民主国家でもこの流れを止めることはできまい。

 しかし、テロリストや反体制分子は政権に対する〝怨念〟を心の中で持ち続け、そのはけ口を求め続けている。怨念は執念となり、その執念は死後の世界へと続いていくのだ。「一念岩をも通す」と言うが、どんなことでも一念なり執念が無いと事はなし得ない。芸術の分野では、ゴッホビゼーカフカは結果論だが、死後認められることを夢見て作品作りに熱中するアーティストは五万といる。マルクスは貧富の無い理想社会を夢見、寝食を忘れて『資本論』を構想し、死後に託した。テロリストにも思い描く理想社会があり、命を賭して破壊活動に専念し、多くの人を殺し、自爆後は若い仲間たちにその実現を託す。常識的な日本人はイスラム過激派を〝狂信〟と見なすが、共産党員の中国人は香港の自由主義運動を狂気の沙汰と見なすだろう。どっちに「真」があるかは、きっと「神のみぞ知る」である。しかし、高度にIT化した管理社会では造反者たちもジリ貧状態で、若いうちに目を付けられて、若芽のうちに摘まれてしまうに違いない。

 

 『ロボ・パラダイス』は、死人たちがパーソナルロボットとなって平和に暮らす月の洞窟だが、死刑となったラスト・テロリストがパーソナルロボットとして送り込まれ、死人たちを扇動して月の裏側にテロリストの秘密基地を造ってしまう話だ。彼は地球への望郷の思いを抱く若いパーソナルロボたちを取り込んで、テロリストに育て上げる。彼は預言者の名をかたって人類の滅亡を予言し、弟子たちを「救いの天使」と持ち上げる。パーソナルロボの支配する人間社会を構築しようと、弟子たちを次々と地球に送り込んで破壊活動を押し進めるのだ。結果がどうなるかは分からないが、人間とロボットの戦いであるだけでなく、人間と祖先の戦いにも及んでしまう。

 現在、世界各地で紛争やテロリズムが起こっているが、「共産主義」という思想以外はそのほとんどがスピリチュアルなものと結びついている(共産主義は貴族主義になってしまった)。民族というのも多分にスピリチュアルなもので、例えば皇位継承の一連の儀式などを見ても、日本人の精神がいかに霊的なものに支配されているのかが良く分かった。国の中にいろいろな民族が混在する国では、その多様性が間々軋轢を生み、テロリズムのきっかけとなっている。現在各地で起こっている移民排斥の運動も、根本にあるのはこのスピリチュアルなものなのだと思う。霊的なものは系統を好み、その系統は、ほかの系統を排除するのである(シーア派スンニ派のように)。いまだに人種間の識別が可能なのも、これが大いに作用しているのに違いない。生きた人間も、死んだ人間も、人間を真似たロボットも、貴賎を問わず霊的なものに支配されているなら、歴史はそう変わるものではないだろう。それは神話の模倣に過ぎないのだから……。

 

 

 

故郷

 

小さな小さな子供の頃

故郷の生き物たちはみな大きく

その眼差しは敵意に満ちていた

ニワトリたちは毎日のように卵を略奪され

地べたを規則的に突付きながら

潰されるまでの日数を数えていた

仔豚たちはクソまみれの小屋の中で

私の視線を避けるように丸くなり

ブタと言われる屈辱を耐えていた

牝牛は肉にされるのを恐れるあまり

最後の一滴まで血潮を振り絞り

乳色の水に変える錬金術に夢中だった

時たまやって来るタヌキの親子は

下卑た上目づかいで媚びた笑いを浮かべながら

投げ付けた残飯を親子で争いくすねていった

私は子供心に いつも主人の顔色をうかがっている

動物たちの卑しい運命をわらった

そして私は大きくなって街に棲み

いつしか彼らと同じ生き物となった

周りには多くの同類が棲息していた

生きるためだけの時を過ごし 

ボスのご機嫌をうかがい部下をどやし

動物のように励み争い食らい圧し掛かり

そして得体の知れぬ不安に怯えて死んでいく

嗚呼故郷よ 語るべき想い出はあの陽だまりだけだ

病弱な私をラッピングしてくれたあの温もり

優しく 暖かく 恐らく母親のようにおうように…

そして私は冷たいアスファルトに横たわり 背筋を凍てつかせ

エチルでぶくぶくに浮腫んだまぶただけは 

昔の温もりを感じている 眩しいほどピュアな自然の恩寵

きっとこれだけで生きている雑草のように…

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

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