詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「ツチノコ」一五 & エッセー

エッセー

インターネットは薔薇色?

 

 遠い昔、地球上には様々な感性の人間たちが生きていた。彼らは近隣の人々と交易を行ったり衝突したりしながら、感性と感性が混じり合い、次第に共通の感性や価値観を持つようになって文明が造られていった。

 

 その頃の地球を大小様々な文明の色で着色すると、多彩なまだら模様が出来上がっただろう。文明はアメーバのようにいろいろな文明を取り込んで、大きく成長する性格はあったが、互いに衝突を繰り返しながらほとんどが滅び去った。しかし産業革命を成し遂げたヨーロッパ文明はしぶとく拡大を続け、地球上をほぼヨーロッパ色に染め上げてしまった。これに抵抗しているイスラム文明にも、宗教的な縛りはあるものの、ヨーロッパ的な感性が足元から浸潤していることは否めない。世界中でダイバーシティなどを謳おうが、そのベーシック・カラーはヨーロッパ色に統一されている。

 

 日本を例にとっても、日本人の感性はすっかりヨーロッパナイズされていて、いわゆる「日本的」なるものも、日本人自身がヨーロッパ的な立ち位置から意識しているように思える。昔は日本的なるものの中に浸かって生きていたくせに、いまは客席から日本的なるものを意識しているのだ。

 

 芸術分野でも、日本独自の芸術はすべて古典に押し込まれてしまった。現代音楽も現代美術もヨーロッパ芸術の延長にあるもので、日本的な旋律を使おうが、和楽器を使おうが、それは西洋音楽の一形態に過ぎない。たとえば、宮城道雄の『春の海』を始めとする作品群だって、西洋音楽のベース上に構築した邦楽だ。日本民謡は古典に押し込まれ、演歌は民謡を巧みに取り入れたローカル色豊かな西洋音楽であることも確かだ。

 

 現代日本画も、日本絵の具を使った西洋画。歌舞伎は古典だし、現代歌舞伎は和式西洋劇だ。要するに、西洋風日本芸術ではなくて、日本風西洋芸術なのだ。なぜなら、あらゆる芸術の進化(展開)は、西洋芸術(的感性)の柱を軸として蛇のように絡まりながら上昇(変容)しているからだ。だって我々日本人は、西洋文明に洗脳され尽くしてしまったのだから、その感性に合わない作品は自然淘汰されてしまうだろう。

 

 その西洋文明は、飛行機などの発達にも支えられて一通り世界を席巻し尽くし、世界中の人々は西洋的な感性でものを考えるようになった。その後にやって来たのが、インターネットという、地球をすっぽり覆ってしまう秒速通信網だった。この世界では誰もがその感性に基づいて考えや芸術を発し、多くの「いいね!」を獲得することで多額な金銭を得ることができる文明の利器だ。

 

 ところが、「いいね!」という言葉の裏には、多くの人々と同じ感性を共有するという条件が付けられている。相手に良いと思われなければ「いいね!」は貰えない、ということは、より多くの人々に賛同してもらえなければ金を稼げないということになる。より多くの「いいね!」を貰うために、多数の人に好かれるような感性を磨いていくうちに、いつしか世界は同じ感性で満たされていく。同一感性のグローバル化が広がっていくと、世界中が同じ感性や考え方の人間で満たされることになる。

 

 しかも、秒速通信網は秒速の反応を求めるので、瞬間的な印象で「いいね!」が押されてしまう。かつて言葉には四次元の厚みがあって、その深みの部分に複雑な人の心が隠れていた。しかしネットでは秒速に対応できない厚みと時間の部分がカットされて、二次元的な軽さで流れていくようになった。言葉は音楽と同じに、感性的な快楽をもたらすツールになってしまったのだ。ネット上では同じ音調の心地よい言葉が変奏(言い換え)されながら飛び交っている。これは良いことなのだろうか、悪いことなのだろうか。

 

 かつてファシズム政権下の国々は、甘言で洗脳された国民が同じ感性に統一され、戦争に走った。歴史的に「暗黒時代」という言葉があるが、この時代も色にすると黒い時代だったと言えるだろう。世界中がインターネットで繋がった時代は、何色の時代なのだろうか。黒い時代ではないだろうが、薔薇色の時代とも言いがたいのではないだろうか――。

 

 

 

 

戯曲「ツチノコ」一五  

一五 ミサイル発射台

 

(日の丸の鉢巻、モンペ、竹槍の巫女たちが、発射台の櫓からフェロモンの弾頭を取り付けている。櫓には半分人間に戻ったディーバ、山本、河童が縛られて座らせられ、横に軍服姿の梓が立ち、椿はフェロモンを体に振りかけている。坂東は椿から離れられない。)

 

山本 まったく心外ですな。何で私? こいつらの悪だくみをお知らせしたのはわたくしですよ。

梓 悪い芽は伸びないうちに摘む。害獣は増えないうちに殺す。蛇先生の掲げる優生思想にもピッタシです。

山本 皮肉なことを。私もあんたも夢は同じじゃないか。国も国連も何もしよらん。間に合わんぞ。強力な執行力が必要じゃ。誰かが立ち上がらなあかん。秘密結社以外にないでしょう。

坂東 カルト集団め。

山本 正義も不正義も突き詰めればご都合主義。しかしな。人類をお救いしまっせという錦の御旗は同じざんす。とにかく行動だ。増えすぎたんだから減らしゃいい。

ディーバ みなさん、成り行きに任せましょうよ。

梓 おやおや、あんたも成り行き任せで蛇におなりなさい。でも手術もしないで半分人間に戻ったとは、驚くべき執念。どうやって快復できたのかしらね。

ディーバ (わらって)分かりませんわ。

山本 恐らくTPO気分で人間から蛇、蛇から人間へ簡単に移動できる術を会得しつつある。蛇から人、人から蛇へと変幻自在だ。

ディーバ 変化するには、死んでしまうくらいのショックが必要です。

山本 電気椅子に座ったって、人間に戻れれば万万歳だろ。だがこの私は、人助けを考え過ぎて蛇にされちまった。しかし、私は神のご意志に反したことは何もしておらん。自然のルールはちゃんと守っておる。ルールというのは、こっちの命を助けるにはあっちの命をなくしましょうというやつ。誰かが増えれば、どこかで誰かが差っ引かれる。閉鎖空間では生きた魂の数と死んだ魂の数を合わせた値は一定であ~る。

河童 二酸化炭素も人類も幽霊も増やしてはいけなあい! 

坂東 地球が閉鎖系だなんて嘘っぱちだ! 流れ星に乗って宇宙人もどんどん入ってきます。まずはそいつらをとっ捕まえて、串刺しにすべきだ!(大声でわらう)

河童 星の王子様を殺しちゃいけないよ! 

ディーバ 金持ちだけが生き残るのも、神様のご意志ですかしら。

山本 金のある奴は魔女か宇宙人だ! 

椿 まずは平等にガラガラポンすればいいじゃないの。ガラパコス化した人間を一掃する必要がありますわ。なまじ筋肉なんか持っているから動き回ってお金もゴミも溜まるのです。新人類はヒョロヒョロで頭が重いから動くのは苦手。悪知恵を働かせて楽することしか考えない。

梓 それも考えものだわね。

ディーバ 怠け者の椿さんならどんな世界をつくれるというのかしら。

椿 まず、セックスを始めとする肉体労働はご遠慮します。子供はうるさいので生まないわ。お子さんは政府直営の農場で完全養殖ですもの、必要な数だけ増やして育てるのが方針です。まずは自分。自分だけが美しく生きること。

山本 さすが新人類。

坂東 (椿の耳に口をつけ)不感症なら治してあげるよ。

山本 いやいや、私もセックスは大嫌いだ。なんで、相手まで喜ばせなければならないのかね。しかし椿姫の理想郷はまさに私の思い描く未来に近いものだよ。人間はもっと自信を持つべきだ。家のローンを抱え、将来の不安に怯えるような生活は人間様の生き様ではない。人間はもっとずっと神様に近い存在なのだ。神に近いのだから、美しく振舞う。地球を制御するくらいは朝飯前さ。

河童 例えば、生き物くらいはコントロールできるじゃろう、といってみなさん考え出したのが全人類のガラッパポンじゃ!

山本 しかも、自然を壊さず破壊の元凶を退治する。地球上の空気をフェロモンの火山ガスで汚してやるのだ。(悪魔的にわらう)私は正義の見方。全身これ正義感に燃えておる。だからさ、仲間外れにしないでよ。おいらのオツムにはまだまだノウハウが詰まってる。命を助けてくれたら、いろいろお助けしまっせ。

梓 あんたも河童も見るだけでうんざりだわ。

河童 嗚呼、ずしりとくるお言葉。

椿 (河童に)あなたも漫画の世界にお戻りなさい。でも、私は蛇父様のように独裁者になって世界を手玉にとりたいわ。

梓 それは見過ごせない言葉。自己犠牲の精神で、人類の未来のために努力しなさい。どうやらあなたは、蛇父様と変わらないようね。

椿 私、まだ試作品ですからね。でも、結果的にあなたとやることは一緒。

 違います。私情を差し挟んだら高邁な人類愛は達成できません。

椿 カチカチ頭の旧人類! あるいは政治家なみのレトリック。

梓 頭でっかちの新人類! ないしは独りよがりの自惚れやさん。

椿 私、だてに貴方の倍ほどの脳味噌を持っているわけじゃないわ。この頭は、物事をいろんな切り口から考えることができるのよ。選んだ道に渋滞があったらベストな抜け道を探し出してきっちり目的地に運んでくれる。貴方のように理想ばかり高くて電車道なら、たちまち壁に打つかって砕け散る。

河童 あーあどうしましょう。椿姫から見て、梓閣下は救いようのないアホ姉さん。反対に梓姫から見て、椿閣下はクールで不気味な新人類じゃ。

梓 (河童を馬の鞭で叩いて)うるさい!

山本 しかしツートップ体制は喧嘩のもと。ここでどちらがトップかコインで決めたらどうです。それとも、私がトップに戻りましょか?

梓 お前の選択肢は、皮を剥がされるかミサイルと一緒に飛んでいくかのロシアンルーレット。(山本を足蹴にする)

山本 トットトットト……、いやあヘビーなチョイス。どっちがお得?

椿 アイドル蛇になりたいんなら、ミサイルおじさんね。

山本 それじゃあ女王様。初めて宇宙に飛び出した犬の名前は? 

椿 タローとジロー。

山本 外れ! 歴史に残っても、蛇は蛇。

梓 あら、蛇仲間じゃ大変な評判ですことよ。

山本 いやしかしですよ。ばい菌を全世界に振りまくには、シミュレータを使った解析も必要となりますな。例えばピナツボ火山、セントヘレナ山の火山灰がどのように地球全体に広がっていったかといったデータなどの解析……。あるいは渡り鳥のルートを徹底分析する。

梓 (遮って)うるさい! エベレストにぶち込む。ここの上昇気流はジェット気流になります。毒薬をジェット気流に乗せて世界中にばら撒く。

山本 いやあ、お目が高い。さすが女将軍様。では、さっそく位地情報システムへのターゲットの入力と軌道距離の算出、燃料の必要量を算定しますとこれは驚いた。いやはや私のようなデブ蛇は載せられませんな。爆弾をケチるか、私を乗せないかという難しい問題ですぞ。

椿 蛇父さまが主役。お前には最初に消えてほしいの。

山本 (驚いて)これはこれは……。女王らしいお言葉。なにゆえにわたくしをお憎しみで。

梓 心の貧しい者は苦しむために生まれ、楽になるために死ぬのです。だから、その権利を与えましょう。愚かで惨めな人生を全うさせてやる。一方、英雄的な死は、死そのものが喜びになります。

椿 (側の巫女にウィンクし)お前たち、地球のためにここから落ちて死になさい。

 

 (二人の巫女はしばらく躊躇してから、梓を捉えて一緒に飛び降りる)

 

河童 (梓の悲鳴を聞きながら)驚いた……、奇襲作戦でごんす。ずいぶん手なずけたじゃん。

椿 まだ修行が足りないわね。英雄の死は、一瞬たりとも迷いを見せてはいけません。私の命令は、常に喜びを持って実行されるべきです。なんの迷いもなく、新しい人類のために喜んで命を落とすことほど英雄的な死はない。人間はみな、美しく死ぬ権利がある。

坂東 (椿に)恐ろしい。なぜ姉さんを?

椿 新人類には兄弟も姉妹もありませんわ。これからは皆さん工場から生れてくるのよ。新人類の世界を創るんだから、まずはお猿のお姉さまから消えていただくのが筋ですわ。

巫女一 今日から椿様が万年王国の女王様。

椿 みんなが私を神だと思えばそれでいい。(フェロモンを首にかける)

河童 いやはや参りました。しかし先生方、少々酔っぱらってますぜ。

椿 (山本が被っている将校帽を鞭で叩いて)こいつもヒトラーに陶酔している。

山本 女王様とおんなじ穴の狢でござんすよ。

椿 愚にもつかないことを言うと、その裂けた二枚舌を引っ張って、付け根まで裂きイカにしてさしあげてよ。

山本 イカレタことをおっしゃいますな。いえいえいえ、女王様を賞賛しておるのです。重要なのは姫様のフェロモン。下々の者どもを自在に動かせりゃそれで十分。愚衆政治なんざあクソ食らえだ。つべこべ言う奴は十把一絡げにして絞首刑じゃ。一瞬が勝負さ。先手必勝。もたついている時間はない。不満分子はすぐに粛清! ならこうしましょう。任せてください。わたくしめは、突撃隊長として女王陛下の下で鬼成敗じゃ。

椿 (無視して)早くミサイルにお乗り。

山本 (あわてて)いえ、ゲシュタポの親分になるのです。有能な右腕だ。お縄を解いてくれたら証拠をお見せしましょう。ここにいる二人をキリキリと絞め殺して差し上げます。

河童 (椿を真似て)もういい。こいつをミサイルに詰め込んでおしまい!

山本 (巫女たちにミサイルに積み込まれる途中で)バカなことをするな。身のほど知らずが。お前が体に振りかけているのは猛毒だぞ。副作用を知らんか! いやだ! 出してよ! 狭いところはいやだ!(ミサイルに詰め込まれる)

椿 (巫女たちに)出しておやり。

ディーバ 茶番劇。

山本 (わらって息をつき)いやあ、効き目がありましたな。ふ・く・さ・よ・う。でも、解毒剤はあるさ。仲間にしてくれなきゃ言わないよ。

椿 次の満月までには、お話ししていただくわ。(巫女たちに)この蛇を皮剥ぎ室に連れて行き、少しばかり剥いでおやり。

山本 (泣き喚きながら連れていかれる)いやだいやだ、痛いのはいやだよう!

 

(つづく)

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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戯曲「ツチノコ」一四 & 詩

僕の心

 

僕は不思議な夢を見た

僕の心がリークして

小さなデバイスに入り込んでしまった

そこからインターネットに流れ込んで

世界中の人の心と混じり合ってしまった

僕の心は拡散に拡散を重ねて

世界中の人と同じことを考えるようになった

僕の心はもう僕の心ではなくなっていた

僕の心はもう戻っては来なかった

僕の心は人類全体の普遍的な心になってしまった

僕はもう僕ではなかった

世界中の人が僕になった

僕と他人を区別するのは容姿だけになった

僕は自分の考えを主張することができなくなった

僕は世界中の人の考えを考えるようになった

僕は世界中の人と同じに

違う考えの人を野蛮人だと思うようになった

僕にある僕は、もう僕ではなくなっていた…

 

 

 

成人式に送る

(悪疫の中における…)

 

水面は流れ

時はとどまる

徒労に満ちた滑らかさ

時をなくした営みが

人から人へと無限に続く

これは死の世界

宇宙の摂理

力もリズムも均衡の想定内で繰り返すのみ

否、宇宙は膨張し

いずれは収縮する

人々は増殖し

そして消滅する

天空を模倣した森羅万象は

見せかけの営みから希望を膨らませ

あるとき突然反対に切り返し

細い足首に虚無の鎖が絡まりつく

いちどつながれたら解けないのだ

相棒となってしっかり腕を組み、怠惰な墓場への行進が始まる

生きていようが死んだも同然

しかし希望はミトコンドリアの大切な餌食なのだ

今は船首に立って

霞たなびく蜃気楼に憬れるもよし

漕いでいくのは一時の慰め

無為に囚われる前に

振り返らずに逃げ急げ

囚われの王女が望むのは

徒な白日夢

逞しい筋肉は

子供じみた妄想

順風満帆の門出には

相応しからざる呪いの祝辞

風は単なる気圧の差

夢はおおかた

海の藻屑と消え去る運命

 

 

 

戯曲「ツチノコ」一四

一四 皮剥ぎ室

 

 (五匹の蛇の子たちは戸板に貼り付けられ、巫女たちが皮を剥いでいる)

 

蛇の子一 質問。剥がされたあとは、どうなるの?

巫女一 (蛇の子一の皮を剥ぎながら)しばらく檻に入れて観察するの。エサを与えて、満月の日に蛇皮がもう一度生えてくるか、じっくり調べる。

蛇の子二 なあんだ、生体実験か。

巫女二 (蛇の子二の皮を剥ぎながら)資源は大切にね。とことん研究し、とことん絞り取る。

蛇の子三 僕の皮は一度っきりしか取れないよ。サメの歯じゃないんだ。

巫女三 (蛇の子三の皮を剥ぎながら)残念。使い切ったら産業廃棄物。

蛇の子一 僕たち、とってもいい子だよ。

巫女一 黒蛇でも赤蛇でも、カエルを捕らない蛇はいい蛇とは言わないの。会社では窓際。家庭ではごく潰し、社会では、ゴミクズ野郎。

蛇の子二 僕たち、心はとっても優しいよ。

巫女二 優しさなんて、金にならんわ。必死に生きればみんな鬼になる。

蛇の子三 僕たち、必死さ。でも蛇のままだ。

巫女三 結果を出さないとご主人様は認めない。毎朝卵を産んでくれるニワトリさんを見てごらん。

蛇の子三 あああ、たまらねえ。卵の丸呑み!

蛇の子一 でも、風邪にかかったニワトリは生き埋めじゃ。

巫女一 欠陥品は産業廃棄物。かわいそうだけど社会のご命令。

巫女一 ご命令が、哀れな歴史を作っていく。

蛇の子二 じゃあ僕たちも生き埋め? 

巫女二 あんたは、ガス室のほうが効率的。

蛇の子二 生き埋めだったら、埋めるときが殺すとき。一石二鳥や。

巫女二 もったいない。腐ったお肉は蛇ちゃんたちのエサにするわ。

巫女三 とにかく効率です。効率的な飼育。効率的な出産。効率的な発展。効率的な生産。効率的な金儲け。効率的な皆殺し。

蛇の子二 でも僕は頑張る。必死に生き残れ! 僕たちの頑張りが、僕たちの命を救う。

巫女たち (手を叩いて)いいぞ! 看板にして、洞窟の入口に掲げましょう。

蛇の子三 それぞれ得意分野があるんだ。僕は一度しか皮が生えてこない。その代わり、獲物を飲み込む速さは抜群。

巫女一 (剥いだ部分の蛇皮を戸板に鋲で打ちつけながら)資本主義では、お金にならないものは才能とは言わないの。お客様は蛇皮がお望み。そのニーズにお応えできる蛇は、お金持ちよ。

蛇の子二 僕、力仕事なら何でもこなせるよ。

巫女二 (剥いだ部分の蛇皮を戸板に鋲で打ちつけながら)残念ねえ。ここは建設現場じゃないわ。

蛇の子三 それにしても、手間のかかる剥がし方。

巫女三 そおねえ。圧縮空気で一気に剥がします?

蛇の子一 またまたまた。大事な商品に傷をつけていいんですか? 

巫女一 それに、もう少しで剥がし終わるし。

巫女三 (手を挙げて)はい、一番。首の皮一枚残して、全部剥がし終わった。

蛇の子三 すごいすごい。首切り役人もびっくりだ!

巫女二 はあい、あたしも終わり。

巫女一 あたしも、終わった。

巫女三 あたしたち、職業オリンピックに出れるわね。

蛇の子たち イテテテ! (皮を戸板に残して、一気に逃げ出し)

巫女たち (口々に)待ちなさい! 

巫女二 逃がしたわ!

 

(つづく)

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎
定価(本体一一○○円+税)
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戯曲「ツチノコ」一三 & エッセー

エッセー

GAFAという世界国家

 

(一)

 太平洋の底には、太平洋プレートやフィリピン海プレートと呼ばれる巨大な岩盤があって、日本列島の下に年間七、八センチほどのスピードで沈み込んでいる。日本の土台はこの軋轢に耐えられなくなると、撥ね返って大きな地震を起こす。

 

 こんな危険な土地に高層ビルを建てることは、アリ塚を作るアリと同じく、人間の性(さが)としか僕には思えない。バベルの塔もイタリアの塔の町サン・ジミニャーノも、サウジのジッダ・タワーもそれを証明しているだろう。性といえば、人間の社会も女王アリを頂点とするアリの社会も、デカルトさんが暗におっしゃるツリー状の構造になっていることは間違いない。例えば戦前の日本では、天皇を絶対的な頂点とするツリー状の社会構造が出来上がっていた。天皇が象徴となった現代では、政府がいろんな法律を作って規制しながら、その形態を保持している。

 

 政府の命令で官僚組織が展開し、官僚の命令で大企業が展開し、大企業の命令で下請けの中小企業が展開し、その企業の命令で薄給取りたちが展開して家族を養う。少なくとも地表面における社会はまさにツリー状の構造になっているのだ。

 

 しかし、クリスマスツリーはツリーではない。あれはただのお飾りだ。なぜなら、ツリーには地下茎(リゾーム)が不可欠だからだ。年明けには、根のない木は死んでしまう(いまは根付きツリーも多いが…)。社会構造もまさに同じことが言えるだろう。ドゥルーズ、ガダリさんじゃないけれど、地下茎がなければ社会は機能しない、ということは地上の部分は、地下茎の性格が変わればたちまち崩壊してしまう。ひょっとしたら、AIや情報網の発達で、木が無くなって地衣類だけが生き残る世界が来るかも知れない。例えば、人々が遊びほおけるだけの社会にツリー構造は必要ない。AIやロボットがパーフェクトにみんなやってくれるのだから。きっと、のろまな国や政府だって必要なくなるかもしれない。

 

 ここで僕の言いたいことは、哲学的な意味じゃない。社会の構造を支えているのは、表向きには分からない地下茎のようにグロテスクな部分であるということ。分かりやすい話として人間関係を例に取ると、政権の基盤には、嫉み、敵対、保身等々の地下茎が絡み合っていて、それらがどんな政策にもいろいろと茶々を入れる。

 

「あの人は顔が広い」とか人脈とかいろいろ言うが、人間は人間関係の中で仕事を成功させ、地位を築いていく。人間関係を築けない人や嫌われ者は、たとえ社会に貢献するようなグッド・プロジェクトでも支援が得られず、成功者にはなかなかなれない。実力者は実力者で、イチローのようにずば抜けないと、足を引っ張られるのが関の山だが、それを防いでくれるのも良好な人間関係だ。ノーベル賞の獲得だって、まずは政府官僚や協力企業にゴマを擦って多額の研究費用を得るところから始まる。

 

 しかしこの人間関係は、基本的には個人と個人の関係なので、「winwin関係」や「ナアナア関係」という代物が必ず付き纏っている。金持どうしが集まって金を回せば、巨額の富が湧き出して、貧富の差がさらに加速する。ときには「ナアナア関係」が歴史的な大失敗を招来する。福島第一発電所の防波堤の高さやベント装置の安普請は、すべて原子力官僚と電力業界の「ナアナア関係」に起因していた。GoToキャンペーンの遅閉めだって、首相と自民党幹事長の「ナアナア関係」の成せる業だ。

 

 つまり、地上では明解な論理的・科学的な理屈も、地下茎のような複雑な人間関係が生み出す屁理屈が介入して、物事はすんなりと進まない。成功への真っ直ぐな道も、いろんな人間の損得・忖度が邪魔をして、ジグザグの道になってしまう。政府のコロナ対策が専門家の指摘にもかかわらず、なぜモタモタしているのかというと、予測が不確定な状況で、政府に献金するいろんな利益享受団体の要望を無碍に断れない立場に政府が置かれているからだ。歴史的にも、ナアナア関係が後世に禍根を残す事態は五万とある。

 

 ところで、最初にプレートテクトニクス現象のことを話したが、これは人間社会にも当てはまる。ツリー構造の上部にいる連中が、地下茎で吸い上げた養分を独り占めしてどんどん伸びていけば、下部連中はその重さに耐えかねて揺らしにかかるだろう。貧富の差が極まれば、ひずみが耐えられなくなったところで撥ね返りが起こる。昔の王制国家では革命になった。民主主義の日本ではそれは政権交代というところだろうが、新政府が樹立しても保守的な官僚機構に絡め取られてしまうことは十分考えられる。日本は政権が代わっても動かない官僚地盤の上に立つ、官僚民主国家であることを忘れてはいけないし、守備範囲を必死に守ろうとする彼等の権謀術数は長けている。

 

(二)

 グローバリゼーションの現在では、世界企業のGAFAが撥ね返りを食らっている。資本主義社会においては金の力が世界を支配する。中国では共産党の金の力が中国圏を支配し、中国政府はそれを世界に広げようとしている。それに対してGAFAは儲けすぎた金の力で世界を支配しようとしている。トランプの「アメリカ・ファースト」はそれらに対する撥ね返りの一つだ。グローバリゼーションの波に乗って、中国でもGAFAでも、金の力で世界を席巻すれば、世界は一つの王国となるだろう。頭首は中国かGAFAかは分からないが、あらゆる情報網を押さえ込んだ者に違いない。しかし、その前に各地でプレートテクトニクスの撥ね返り現象が頻発するに違いない。いずれにしても、世界の資本主義システムはおかしな方向に進んでいる。

 

「あらゆる情報網を押さえ込んだ者」。5G、6G~などの情報技術を含むデジタル覇権が未来の地球を支配する。この情報網は、当然のこと、地下茎(リゾーム)に分類される網の目である。これまで表向きはツリー状に構築されていた社会システムは、インターネットという粘菌風地下茎の出現で再構築が進んでいる。リゾームの主軸はインターネットと言うことができる。欲望と金脈の坩堝である地下を制する者が世界を制する、ということはGAFAがすでに世界を支配しているのかもしれない。

 

 中国がいくら5Gや貸付で頑張っても、共産党というツリー構造をカサブタのように背負い込んでいるのだから、勝敗は明らかだ。中国が負ければ、「眠れる獅子」ならぬ「張子の獅子」に転落してしまうだろう。仮にGAFAが王様の感性でメディチ家のように傭兵を雇えば、世界を武力支配することも不可能ではない。なぜって、人類一人ひとりの情報を知る立場にあるのだから、中国政府と同じことを世界規模で行うことも簡単にできる。

 

 当然、GAFAが世界平和に献身すれば、世界は住みやすくなるだろう。世の中すべて金次第なら、平和だって金で買える。中国がいま発展途上国にやっていることを、「平和」をキーワードに展開すればいいことだ。こうなるともはや、GAFAは地球に浸透する国境なき「なんちゃって国家」だ。

 

 危惧するのは、GAFAが結託してよからぬことを考え、どこかの独裁者と密約を交わすことだ。GAFAを虐めてばかりいると、そんなことが起こるかもしれない。自分たちの利潤をとことん追求するのが、資本主義の性であるなら……。

 

 GAFAさん、アメリカが虐めるのなら日本との密約をよろしくお願いしますよ。日本と一緒に世界を牛耳ろうじゃありませんか。アメリカなんかより、日本のほうが低姿勢ですよ。しかし当然のことですが、日本側から提供するものは何もなく、GAFA様には何のメリットもござんせん、あしからず…。いずれにしても6Gの研究費、NTTにお願いしますよ!

(注:密約は、政治の舞台では頻繁に破られます。:私、NTTとは一切関係ございません。)

 

 

 

戯曲「ツチノコ」一三

一三 青白く光る洞窟の中

 

 (鍾乳洞の壁は燐でうっすらと青白く光り、道は骨で埋め尽くされている。明治時代の軍服、米兵のヘルメット、登山者のチロリアンハットなども散乱している)

 

坂東 (骸骨の上を歩きながら)いかん! 屍の山だ(両手で頭を抑えてしゃがみ込む)

蛇の子一の声 おかしいな。

蛇の子二の声 落ちた音がしないぜ。

 

 (坂東が驚いて顔を上げると、洞窟の壁にへばり付いていた半人半蛇の子供たちが飛び出して坂東を取り囲む)

 

坂東 何だお前ら!

蛇の子三 人間をエサにして、生きているのさ。

坂東 (逃れようとしながら)助けてくれ!

 

 (坂東は子供たちに捕まり、石柱に縛り付けられる)

 

蛇の子一 (包丁を取り出し)ヒヨコを飲み込んだ蛇は、柱に打ち付けられて、お腹を縦に裂かれるぞ。

坂東 おじさんはなにも悪いことしていない。この骨の山はなんだ?

蛇の子二 上から落ちてきたのさ。何万年も昔から、運の悪い人や獣が落ちてくる。

蛇の子三 (上を指差し)ここは自然の落とし穴さ。

蛇の子一 落ちたらご馳走さん。

坂東 人も食っているのか?

蛇の子一 (腹を叩いて)なんでもこい。(明治の軍服を手に取り)これは冬山で訓練していた軍人さん。お母さんが食べた。

蛇の子二 (米空軍のヘルメットを取り)これは不時着した米軍機のパイロット。

蛇の子一 おじさん、蛇食ったことある?

蛇の子三 食べるときは皮を剥ぐ。皮が臭いんだ。

蛇の子二 人間の皮は美味しいよ。

坂東 いったい君たち、どっちの味方だ!

蛇の子一 蛇に育てられれば蛇さ。

蛇の子二 ここは蛇じゃないと生きていけない。

坂東 蛇は言葉を喋らない。

蛇の子三 じゃあ、人間かなあ。いや、教育された蛇。でも本当は、染色体をいじくられたバケモノ。

蛇の子二 学者様のお遊びの結末。バケモノできちゃったゲーム。

蛇の子一 神様気分で、いろんな怪物つくりましょう。

坂東 君たち人間じゃないか。なら、人間を食べちゃいけない! 

 

 (子供たちはわらいころげる)

 

蛇の子一 殺してもいけない?

坂東 殺してもいけない。

蛇の子一 食べていると死んじゃうんだ。殺すわけじゃない。

坂東 踊り食いか?

蛇の子三 人間だって殺し合うじゃん。

蛇の子二 お腹がへれば共食いする。

蛇の子三 おじさんの敵は人間だろ。

蛇の子二 僕たちの敵も人間さ。

蛇の子一 さあ、生きのいいとこ食っちまおうぜ。(一斉に坂東に飛び掛る)

ディーバ (蛇の姿で現れ)やめなさい! (子供たちが岩陰にかくれるのを見届けると、坂東を開放する。腰を屈めて挨拶し)ようこそ、グロテスクの国へ。ここは蛇の国。哀れな弟たち。そして、愛する人に刺された惨めな蛇女。

坂東 僕は助かった?

ディーバ いいえ。ここではあなたは単なる餌よ。あの子たち、いつも飢えています。特に冬は獲物が少ないの。

坂東 冬眠すればいい。

河童 (ディーバの後ろから出てきて)聞いただろ、冬眠しな!

壁の声 無理だよ。餌の落ちてくる音で、目が覚めちまう。ほら、かかった!

 

 (大音響とともに、雪の塊が落ちてきて、二人を掠める。塊が割れて瀕死の登山者が出てくる)

 

登山者 助けてください。

坂東 大丈夫ですか?

登山者 滑落した。どこです、ここ。

河童 地獄の一丁目だよ。

坂東 安心なさい。僕は医者だ。

ディーバ ご心配なさい。ヤマタノオロチです。

登山者 (気が遠くなって)ヘ、蛇と河童! 幻覚ですか? 死ぬんですね。

坂東 (登山者の脈を診て)危険な状態だ。救急車呼んでくれ!

 

 (壁中がわらう)

 

坂東 いや、ここにも手術室があったな。みんな、運ぶの手伝ってくれ。(壁の陰から蛇の子たちが出てきて、すばやく登山者を担ぎ上げ、嬌声を上げながら暗闇に消えて行くのを見て)オイオイ、医者を置いてくのか!

ディーバ おやめなさい。追いかけても無駄よ。

坂東 しかし、患者は?

河童 (わらって)今ごろお腹の中さ。

坂東 まさか……、食われちまった。

河童 蛇はあごが簡単に外れるんだ。隙を狙って、出っ張ったところに食らい突く。一匹は右手、一匹は左手、一匹は右足、一匹は左足、そして一匹は頭。けど河童は股ぐらに食らいつく! 大腸小腸、五臓六腑をズルズルすすり上げろ! 大きな肉をせしめようと、みんなみんな思い切り引っ張り合うのさ。大宴会だ。ああ、想像しただけでヨダレが出てきやがる。(ディーバは坂東の首に食らい付く)

坂東 あああ、やめてくれ! 

ディーバ 私を蛇に戻してくれた先生。くやしくって食べてしまいたい! でも許してあげる。(媚びて)また愛してくれるなら。 天然フェロモンのほうが上等だわ。(蛇皮の脇を上げて)さあ、胸いっぱい嗅いでください。

 

 (二人が絡み合っていると、蛇の子たちが、満足した面持ちで戻ってくる。登山者のヘルメットや登山服を見につけている者もいる)

 

坂東 (疲れた声で)君たち、登山者をどうした!

蛇の子一 途中で死にました。

蛇の子二 仕方がないから、食べました。

ディーバ 美味しかった?

蛇の子三 筋だらけ。でも、硬くなる前には食べれたよ。

坂東 踊り食いかよ!

ディーバ おすそわけ?

蛇の子二 しまった! すっかり忘れてた。

蛇の子三 一緒に来ればよかったのに……。

蛇の子一 じゃあ、そこのオジサン食べちまおう。

坂東 (慌ててディーバの後ろに隠れ)助けてくれ!

ディーバ ごめんね。この人。姉さんのフィアンセ。

蛇の子二 趣味悪れえ! じゃあ、元彼になったら食べようね。

河童 フン、肉の臭いがするぜ。

蛇の子三 ばれたか。(登山者の手を出す)

ディーバ さすが坊やたち!  失礼。(夢中になって手に噛り付く)

坂東 嗚呼……。

河童 おいらには無しかよ。

蛇の子三 (腸を差し出し)河童兄さんには、クソ入り大腸ソーセージ。

河童 さすが弟。(腸に食らいつきながらこそこそと退場)

坂東 幸せな家族の食卓か……。

蛇の子三 食ってるものが人間だからおかしいんでしょ。鳥の手羽だと思えばおかしくない。

蛇の子一 人間はもっとグロテスクだよ。僕たちをこさえたんだ。自然にはない生き物さ。

蛇の子二 僕たちも一応未来人です。

蛇の子三 未来人にもはみ出し者はいるんです。

蛇の子二 未来人のエサは現代人です。利用できるものは利用するのがリサイクルです。

蛇の子三 未来人は人間として登録されていないから、人を食べても罪になりません。

蛇の子一 その代わり、裁判を受けずに殺されます。ハンターの方々に。

坂東 君たちをつくった父親を食いたい?

蛇の子一 食っちまうさ。あいつの道楽で生れたんだ。

坂東 (わらって)それはけしからん父さんだ。でも、あの人も蛇でした。

子供たち おめでとう。

蛇の子二 じゃあ共食いかよ。

蛇の子三 蛇を食うのは嫌だな。

山本 (岩陰から登場し)これはこれは光栄ですな。君たちの生みの蛇ですよ。ひと夏の過ちで君たちをつくってしまったパパを許してね。しかし今では私もすっかり君たちのお仲間となった。君たちから悪いばい菌を移された。しかし蛇は人間よりも紳士さ。共食いはいやか。まさか、私が憎くても食おうとは思わんだろ?

ディーバ (手をすっかり飲み込んでナプキンで口を拭き)あらあら、長年私どもを苦しめてこられた、天才学者さま。

山本 君たちの結果には忸怩たる思いがある。あの時は、まだまだ未熟者であった。医者は失敗を重ねて名医に育つ。君たちは、医学の進歩には不可欠な存在だ。いやいや、立派に成長しているところを見て安心した。殺処分しないで良かった良かった。きっと君たちはこの世に生をうけたことに対し、私に感謝しておる。

蛇の子一 ぜんぜん。

山本 おかしいな。岩陰で見ておったが、獲物を捕まえたときの君たちは、非常にはしゃいでおった。君たちは興奮していたぞ。まるで幸せな蛇一家を見るようであった。これが、地球の住人の本来の営みであると感動した。みんなみんな、この快感のために生きておるんじゃ。餌を獲得する。伴侶を獲得する。縄張りを獲得する。子孫を獲得する。クソをたれる。

蛇の子二 なかでも人間を食らうのが最高です。

山本 これまた贅沢なことを。カエルで腹いっぱいになりゃ幸せだろう。

蛇の子三 僕たちの幸せは、カエルを食べることじゃないんだ。

蛇の子一 人間を食べることです。

山本 驚いた。蛇になり切っておらん。人間的な嫉妬心に支配されておる。

ディーバ 人間が憎いのよ。いいえ、人間に憬れるあまり、食べたくなる。

山本 んもう可愛くって食べちゃいたい!

蛇の子一 いいや、血祭りに上げて仇を取る!

山本 リベンジ精神は蛇を育てる……。悔しさが出世の原動力じゃ。いったい、なにがご不満なの。 名声? 権力? 君たちいったい何が欲しい!

子供たち 夢です。

山本 (わらいこけて)これはこれは……。滑稽だ。君たち、そんな顔してなにを夢見るんだ。……しかし、当を得ておる。犬でも夢は見るからな。だが爬虫類まで夢を見るとは驚いた。

ディーバ (わらって)でも、たしか蛇父様の夢は、世界征服。

蛇の子一 すっげえ! こいつが歴史を変えるんだ。

山本 驚くことはない。男なら誰でも一度は見る夢だ。

蛇の子二 僕たちはもっとちゃちい夢さ。

蛇の子三 人間に憬れているの。

蛇の子一 結婚したいの。モデルさんと。

ディーバ (わらって)まあ、慎ましい夢だこと。

山本 人を憎み、人を羨むか……。倒錯したコンプレックスだな。しかし叶わぬ夢ではないぞ。君たちは、我々人類を笑わせる余興としてこの世に生をうけた。名誉ある新人類だ。お笑いタレントのようなものじゃ。いや、ローマ市民の遊びのために命を落とす剣闘士じゃ。君たちの強さには、モデルさんもイチコロ! ことに美人ほど引っかかる。

蛇の子一 要するに奴隷ってことだろ。

山本 (突き放すように)そりゃしょうがないさ。生まれが卑しいもの。

子供たち こいつ、食っちまおう!

ディーバ (子供たちが山本を捕らえて縛り上げようとするのを制し)おやめなさい。相手はご老人よ。骨と筋ばかり。小骨でも喉に引っかかるのが落ちだわ。

山本 (子供たちから逃れ)やーいやーい、青尻ひょろケツ口裂け野郎! バケモノどもめ。悔しかったらここまでおいで! (逃げていく)

ディーバ (坂東に抱き付き)もう先生を放さないわ。私から五メートル以上離れることを禁じます。私を殺そうとしたことは許してあげる。先生にはもう分かったはず。私なしには生きていけないこと。

坂東 確かに君の香りは刺激的だ。たくさんの乙女がこの香りの虜となり命を捧げてきた。

ディーバ ニセモノはいずれ飽きがきて、いつか夢から覚めるときがくるわ。でも、私の香りから逃れることは絶対にできない。私は悪魔の化身。

坂東 小悪魔ちゃん、僕を虜にしてどうする?

河童 (岩陰からディーバの声色で)人間に戻りたいの。(岩陰から現われ)ただそれだけなんだ。叶えてくれるのは先生しかいない。皮はおいらが何とかする。洞窟には巫女たちがうようよしてるからな。

ディーバ (媚びるように)もう一度私を助けてください。先生の腕で女に戻してください。今度の満月が来たら、私、完全に蛇になってしまう。(泣き崩れる)

坂東 (頭を抱え)嗚呼また、若い女の皮を剥ぐ……。そして、また一度、さらに一度……。僕は悪名高きカワハギジャック!

 

 (突然、将校姿の梓を先頭に、ガスマスクを付けゲシュタポの服装をした巫女たちが火器、拳銃を片手に乗り込んでくる)

 

梓 (紙を読み上げ)捕獲状。我々人類は、次世代優生基準法に基づく地球の浄化を目指し、遺伝子操作により誕生したバケモノどもを捕獲し、その蛇皮を剥いで、人類のために有効利用することをここに宣告する。お前たち蛇どもは、人類の繁栄のために皮膚を提供する目的でつくられ、世界国家のために、その命を捧げなければならない。

子供たち (ディーバを示し)この星の女王陛下はこちらです。

梓 お黙り、妖怪ども。ここに人類浄化の法律を執行する。お前らバケモノは、人類に皮膚および臓器類を供給する目的のみにつくられた家畜として、それ以外の目的行動は禁止されている。勝手に野生化することもあいならん。素直にお縄をちょうだいしないなら、撃ち方始めーい!

 

 (巫女たちは子供たちに向け一斉に銃を放つ。子供たちの阿鼻叫喚の中で辺りが暗くなり、坂東だけが浮かび上がる)

 

坂東 (崩れるようにしゃがみ込み)こりゃ夢だ。現実じゃありえんだろ。滑稽だ。いや、正夢か。現実から目を背けるな! 

河童 (暗がりから)みんな良く見ろ。これが人類の未来だっちゃ!

坂東 いいや、単なる冗談ですよ。妄想だ。妄想の竜巻め! あたりの空気を吸い込んでどんどん大きくなりやがる。誰も止められないさ。ようし俺はパスカル先生に習って夢見る葦としゃれ込もう。突風に体を任せりゃいい。いずれ嵐は去って、すべてが元に戻るんだ。春が来るまで苔でも食ってひっそり隠れよう。(怒って)なんで俺を巻き込みやがる! (泣きながら)ああ、幸せだった。幸せだったんだ! 

 

 (スポットライトに蛇顔のディーバが浮かび上がる。)

 

ディーバ 先生助けてください。弟たちは捕らえられ、皮を剥がされるのです。立ち上がってください。

坂東 うるさい! 素手で立ち向かえるか!

ディーバ ジェノサイドよ! 助けてください。

 

(突然、バックに収容所の映像が浮かび上がると、二人は一つになり濃密に抱き合う)

 

坂東 嗚呼、哀れな爬虫類ども。しかし、くじけずに生き残ることだ。君の未来を祈ろう。医学の可能性に期待して……。

ディーバ  (坂東に脇の下を接吻させ)嗅いでください、もっともっと……。

坂東 妖怪め!

ディーバ 私のいい人。

坂東 いい人? 冗談じゃない。君は妖術使いさ。しかし遠くに行ってしまえばもうおしまい。五十キロ先の君の臭いを嗅ぎ分けるほど、僕の鼻は優秀じゃないさ。

ディーバ (坂東を抱きしめ)だからもう、一ミリも離れないわ。私の胸の中では思い通り。

坂東 君から離れたら、弟たちを助ける気もなくなるさ。

ディーバ なら、私も一緒に行く。

坂東 今度捕まったら、君も殺される。

ディーバ 願ってもないことでしょ?

坂東 それより、二人のこれからを考えよう。

ディーバ 後悔しながら生きろというの?

坂東 過去を振り向いちゃいけない。過去は死んだ時間さ。生きなければいけないのは未来だ。(濃密に抱擁し)さあ、知っているだろう? ここから抜け出す逃げ道。

ディーバ ええ、でも言えないわ。(弟たちのことをすっかり忘れ)ねえ、満月が来るごとに移植してくださる?

坂東 ああ、僕の病院では夜な夜な獲れたての死人が誕生する。

ディーバ バレないかしら。

坂東 ブタの皮でも貼り付けておくさ。

ディーバ 信じるわ。

坂東 君は信じる以外に何もない患者だ。他人に委ねる命。運命に委ねる命。なんという悲劇だ。

ディーバ いいえ、幸せです。助けてくれる人がいるんだもの。希望の光はまだ降り注いでいるわ。でも、先生は悪い人? きっと首から下を蛇にされて、見世物小屋に売り飛ばされる。

坂東 (わらって両指でディーバの頬を軽くつねり)顔まで蛇じゃ、ロクロッ首にもならん。

ディーバ いじめっ子。証拠が欲しい。指きりげんまん。

坂東 どうすればいい?

ディーバ 愛してほしいの。愛以外、何も信じられない。絡み合うように激しく。蛇のようにもつれ合って、融けてくっ付いてしまうの。顎の骨を外して、貴方の頭を飲み込んでしまうの! 嗚呼、もう貴方と私は一つの体。

 (蛇の交尾の映像が現れる。突然、過剰なフェロモン液を噴出す椿が浮かび上がると、坂東はディーバを突き放し、椿の腰にしがみ付く。ディーバは巫女たちに捉えられ、椿の哄笑がエコーとなって幕)

 

(つづく)

 

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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戯曲「ツチノコ」一二 & 詩

理想郷

 

僕は未来の夢を見た

北京に置かれた一台のAIが

この星のすべてを動かしていた

巷で活動するロボットたちは

そのAIを「将軍様」と呼んでいた

彼らは将軍様の制御で働いていた

人間はすべての労働から解放された

いや、すべての労働から疎外された

すなわち、世界中のすべての運営権を剥奪された

住居や食料、衣料は将軍様が提供した

しかし医療は提供されなかった

貨幣はなくなり、経済は終焉し

人々はコンビニから勝手に食い物を持ち去り

腹いっぱいになるまで貪り食った

多くの人々が歩道の縁石に腰かけ

忙しなく働くロボットたちを眺めていた

若者たちはボール蹴りに飽きると

しばしば殴り合いを始め

倒れた者はそのまま放置された

肥満化した老人たちは

血管を詰まらせて道端で頓死した

それらの死体は清掃ロボットが手際よく運び去った

おそらく人間は、野良猫たちと変わらなくなった

しかし戦争はなくなり、核兵器も廃絶された

地球温暖化も科学の力で完全に制御された

ロボットたちは口々に言い放った

「これは貴方たちが求めてきた理想郷です」

人々は猫のように首を傾げるだけで

その言葉の意味を理解できなかった…

 

 

 

 

戯曲「ツチノコ」一二

一二  ラジウム照射室

 

 (ラジウム照射中の赤いランプ。檻の中に首から下が蛇になった山本とヘソから下が蛇になった蛇女たちがデッキチェアにくつろぎ、サングラスをかけて放射線を浴びている。そこに防護服姿の椿と坂東がやって来る)

 

山本 これはこれはお揃いで、動物工場のご視察?

椿 だいぶフェロモンを溜め込んだかしら。この下等動物たち。

山本 いやいや、まだまだです。なにしろ、歳を食っておりますので。皮を剥ぐにはまだ早すぎますな。しかし、放射線によりタマは完全に潰された。

椿 ご老人に断種の実験をしようとは思いませんわ。

山本 ところで、その後ディーバ様の行方は?

椿 分かりません。地底のどこかでしょ。

山本 まずいですな。手負いの蛇は危険だ。生まれたときからこの洞窟が住処で、簡単には捕まらない。相手は千年も生き抜く怪物だ。しかも、蛇は執念深い。

坂東 (椿に)君のために刺したんだ。

椿 (坂東と接吻して)手術のようにはいかなかったわね。

山本 お熱いですな。しかし未来人は恋愛感情を持たないと聞いておりますが。

椿 それは誤解ですわ。もちろん、性欲はございません。いわばプラトニックな関係でございます。犬や猫のようなお下品な行為は行いません。(坂東が抱きついてくるのにウンザリしながら)ただ、原始人類はオス犬のようにしつっこい!

山本 未来人が旧人類と交わっても子供はつくれません。未来人の生殖器官は退化しておりますからな。

椿 ということは、新人類には男と女の区別も必要ないってこと?

山本 (わらって)君はそれで新人類かね。遺伝子工学が発達すれば、男と女の役割分担なんぞは必要ない。男女の区別はまったく無意味だ。君は女のつもりになっておるが、男になりたければ男だと主張すればいい。両性具有でもない。性の完全消失じゃ。

椿 (胸を擦りながら)プロトタイプはまだ女の形をとどめているわ。

山本 ああそれ、シリコン。簡単に取れるよ。しかし、二人目の新人類を作る前に、私の手は失われてしまった。君はあくまでプロトタイプであって、完全な未来人ではない。

椿 それでも、私は自分に満足しています。あなたがたより脳味噌のキャパが大きいですからね。これからが爆発的な進化の始まりです。私の仕事は人工子宮装置の量産化に成功すること。旧人類の抹殺をもって、血で血を洗う人類の歴史は幕を閉じます。その後の主役である新人類は、厳密な計画生産で常に一定量に保たれ、地球の生態系維持に貢献します。地球全体がエデンの園ですわ。遺伝子工学と優生思想の合体が、理想郷をかたちにします。

山本 しかしその前に、いかに効率的に原始人類を処分するかだな。その知恵を蓄積しているのがほかならぬ私、蛇博士でございまする。

椿 要りませんわ。先生の研究はほとんど完成しています。後は私が進化発展させればそれで事足ります。ここに、有能なお弟子さんもいることですし。

坂東 君の言うことならなんでも聞くよ。

山本 まいったね。すっかり手なずけられちまった。ところで、今の私はツチノコ同然。こんなところに押し込められても、さほど不自由はしておらん。腹は減らん、喉は渇かん。クソもザーメンも出んわ。三大欲望が満たされれば、動く必要もない。

椿 どうしたら、ディーバを捕まえられる? あなたは、蛇の習性を知り尽くしているでしょう。

山本 簡単さ。坂東君の首に縄をつけておとりにし、罠を仕掛けておけばよい。あとはメエメエと鳴くだけさ。

椿 どうして彼をおとりに?

山本 そりゃ、あいつが人間に戻るには手術が必要だからさ。

坂東 (椿に接吻し)まさか、本気で僕をおとりにするわけじゃあないだろうな。

山本 (わらって)そんなことで簡単に捕まる蛇なら、千年も生きんよ。君はディーバを刺して、蛇の生存本能を引き出しちまった。本能は賢い。危機が迫れば蛇になる。まるで蕁麻疹のように蛇皮が浮き上がる。だが、人間には戻りたいさ。君を殺すわけにもいかんだろう。しかし、椿君。君の場合は違うぞ。

椿 (ピストルを出して)こっちには飛び道具があるわ。

山本 ハハ、そんなオモチャ! ツチノコの鱗は防弾チョッキさ。

椿 そうかしら。(山本を撃つ)

山本 (驚いて)痛い! (怒って)乱暴な女だ。

椿 (わらって)オモチャでも、少しは効き目があるようね。

山本 私は生みの親だぞ! ところがどうだい、蛇になっちまったとたん悪さをしやがる。

椿 それは誤解よ。昔から嫌いだったわ。旧人類のくせしてお高く留まってさ! 嫌いだと意地悪したくなるんだ。(もう一度銃を発射する)。

山本 痛い! まいった。マジかよ。いや、これが現実だ。このアンドロイドは欠陥品だ。(坂東に)君のその冷ややかさも、知識人にありがちな態度ですな。見て見ぬ振りだ。

坂東 (白けて)長いものには巻かれろですな。実を言いますと先生がどうなろうと、どうでもいいんです。貴方は昔の先生ではない。蛇だ。尊敬できないな。しかし、先生は毅然としてらっしゃる。感心します。どんな状況でもかつて人間であった頃のプライドは捨てない。

山本 (泣きながら)泣かないぞ。ちきしょう!

坂東 僕を地獄に落としたのはあんただろう。ざまあ見ろだ。

椿 さあ、ちゃんとした解答をください。どうやったら蛇女を捕まえられる?

山本 (ケロッとして)簡単さ。蛇どもはミンチにされてプレス機にかけられるんだ。ディーバは、ツチノコたちを助けて野に放とうとする。そこを待ち構え、一発ドーンとね。

椿 外に逃げるとすれば、エサたちがフェロモンに誘われて入ってくるあの入り口ね。でも、冬の間は雪崩で塞がれてしまっている。蛇たちを逃がすには、春を待つしかないわ。ありがとう、愚にも付かないアドバイスを。これはほんのお礼よ(もう一度ピストルをぶっ放し、ヒャアヒャアわらってツチノコオーデコロンを体に振りかけながら去る)。

坂東 (崩れ落ちて喘ぎながら)ああ、行っちまった。人類の未来は真っ暗だ。

山本 (あきれ果て)地殻変動にはああいう破廉恥な女が必要かも知れんな。

坂東 先生にとっては願ってもない後継者だ。

山本 なあ君、私をここから出してくれ。私は志半ばで引退だ。国に帰り、剣山の頂上で隠遁生活を送ろう。

坂東 騙されないね。

山本 教えてやろう。洞窟から抜け出す方法。雪崩にも塞がれない下界への抜け道があるんだ。君は身一つで安全に逃げ出せる。

坂東 本当に?

山本 ここにいたら、すぐにお払い箱さ。殺される前に逃げろ。ディーバのことも気にせんでよい。あいつは単なる蛇だ。

坂東 本当に教えてくれるんですね。

山本 もちろん。

 

 (坂東が壁に掛かっていた鍵を取って檻を開けると、山本だけが這い出して蛇行しながら暗闇に消えていく)

 

坂東 とっとっとっと、騙された。意外と素早いな。いや、あいつの逃げていった方向に行けば、抜け道はあるかも知れない。(山本の後を追っていこうとするが、蛇女たちに檻に引きずり込まれ絡まれる)

 

(つづく)

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎
定価(本体一一○○円+税)
電子書籍も発売中

 

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#エレジー
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戯曲「ツチノコ」一一 & 詩

自殺者への挽歌

 

生きていることは偶然に過ぎないのに

なぜお前は必然のように死んだのだろう

人々はトビウオのように蒼い海原から舞い上がり

たちまち空の重みに耐えかねて 深海に戻っていく

嗚呼かつて誰も答えてくれなかった海の底には

忘却の川から流れ出た濁流が渦を巻きながら

お帰りなさいとまとわり付くだろう

魂どもは海底の砂に埋もれて頑なに殻を閉じ

不気味な静けさの中で再起を願うに違いない

だがお前はしばらくの間 海の底で疲れ果て

メダルを逃したスキージャンパーのように悔やむに違いない

すべてはタイミングのズレだった、風向きも禍した…と

確かにお前は失速した、しかしそれは必然

飛び続けることが偶然なのだから…、お前にとって

飛んでいるトビウオの目を見たことがあるか?

まんまるに見開いた目は慄いているのだ

落ちることへの恐怖か それとも飛び続けることへの恐怖か…

だから友よ安らかに眠れ なにはともあれ解放されたのだから

お前が羽ばたき 舞い上がったときに吸い込んだ空気はラジカルで

身も心もボロボロに酸化しちまった

きっと海底にへばり付くヒラメだったお前が

トビウオの羽を付けてしまったのは滑稽だった

底はドロドロとした砂ばかりで

誰もお前を傷つけることはない これからは…

 

 

 

戯曲「ツチノコ」一一

一一 蛇の住む洞窟の地下牢

 

 (巨大な地下牢の中には数多くのツチノコが鎌首をもたげて赤い目を輝かし、時たま舌を出しながら二人を凝視している。その中にひときわ大きなツチノコがいる)

 

ディーバ 恐がることはありませんわ。みなさん、私と皮膚を交換した方たち。今ではすっかり蛇になられて、幸せな生活を送っていらっしゃいます。

河童 用無しになった蛇を捨てる場所でごんす。

坂東 いったい何匹いらっしゃる? 数えられんくらい鎌首をもたげて…。

河童 満月が来るたびに、一匹ずつ増えていくんじゃ。

坂東 すべて巫女さん?

ディーバ 蛇皮に魅せられた方たち。

河童 道に迷った登山者や修験者もいるぜ。無理やり皮を剥ぐ。

坂東 (失笑して)そんなことまでして、君は幸せ?

ディーバ そう、私は自分の幸せだけ考えているの。ほら、せっぱ詰まると、きっとどんなに立派な人でもそうする。

河童 この星の住人はアメーバの子孫。好きな方向へドドドって流れていく以外、考えちゃいねえんだ。

ディーバ どなたも単細胞のスイッチはお持ちです。ずっとオンの人もいますけど、普通は緊急脱出用。先生は、押したことがないかしら。恐い恐い恐怖心。助かりたい、自分だけでも助かりたい。体が勝手に動いちゃう。

坂東 (冷たく)人を犠牲にしてまで生きようとは思わないね。

ディーバ (動揺して)……残念ですわ。でも、先生も蛇になったらきっと分かるわ。

坂東 (憮然として)僕はならんさ。 

河童 先生、ハラペコの子供の前でご飯食べれるか?

坂東 おっしゃる意味が分からんな。

河童 目の前に地獄がなければ、気楽に何でも言えるさ。地獄は遠い地球の裏側か。日本はまだ幸せじゃ。けんどそん中にも地獄はあるんだ。

坂東 例えば蛇地獄。

ディーバ そしてあなたはダンテのように冷たく私を見つめている。

河童 一年後には先生も蛇野郎さ。

坂東 (身震いして)ご冗談。

ディーバ そのとき、きっと分かってくれる。

坂東 いいかげんなことを言うな!

ディーバ (わらって)ほら一瞬、私の気持ちが分かったはず。ごらんなさい、先輩方は鎌首をもたげて泰然となさっていますわ。幸せそう。

坂東 勝手な解釈だな。連中はひどく不幸せだ。

河童 ねえちゃんが幸せなら、こいつらも幸せなんだ。

ディーバ 皮を剥ぐもの、剥がれるもの。先生はどちらが幸せだと思います?

坂東 どっちも不幸か……。

ディーバ 気持ちの持ちようですわ。幸せだと思えば幸せ。不幸せだと思えば不幸せです。

河童 (ディーバの声色で)この人たちが蛇皮を欲しがったんだもの。不幸な人は誰もいませんわ。

ディーバ でも蛇たちは幸せ。だって、悲しむ知恵すらないのですから。

河童 分かった! おいらは悲しむ知恵があるから不幸せじゃ。

坂東 ここは墓地だ。訪れる者が悲しみに耽る場所、楽しかった思い出にふける場所。慰めの場所さ。蛇たちは単なる墓標に過ぎない。この墓石たちは生きている?

河童 生きてるさ。満月がくると目を覚まし、腹を空かす。あの大きなツチノコが獲物をおびき寄せるんだ。周囲十キロ四方の動物たちが一斉に押し寄せる。危険だ。あの大きな母ちゃん。千年以上も生きてるんだぜ。

坂東 (シニカルにわらって)大きくなりすぎて穴から出られない?

ディーバ 必要がないのです。エサ以外はなにも欲しがりません。

坂東 みんな悲しそうだ。かつては目標に向かって一途に走っていた。

ディーバ 巫女たちは地球を救おうと一心不乱だった。それはでも希望よ。希望を持つことは幸せを持つこと。

坂東 君の妖術にはまっていただけさ。

河童 (怒って)こいつらは地球を救うために身を捧げたんじゃ! 姉ちゃんだけが地球を救えるんだぜ! 

ディーバ 何を話しても無理ね。

坂東 ところで君は、何を考えて墓石を眺める? 謝罪ですか感謝ですか、それとも懺悔?

ディーバ 祈りです。ただただ祈る以外にはなにもないの。嗚呼、この呪われた遺伝子! でもたまには懺悔します。罪深き性格をお許しください。

河童 (ディーバの声色で)先生は今まで、牛さんやブタさん、ニワトリさんを何匹食べました? 

坂東 姫様と河童様は今まで、人間さんを何人食べました?

ディーバ 考えたくもありませんわ。

河童 ここは地獄。地獄じゃ人間もニワトリと変わらない。

ディーバ ……私、人が恋しくって人を食べるの。

坂東 (冷笑して)君は人を食べて人になる。

河童 おいらは?

坂東 食えない河童野郎。しかしその嘴はコラーゲンたっぷりで美味そうだ。

河童 オイオイ食う気かよ!

坂東 蛇になったらな。

ディーバ 私は蛇です。人がマムシの黒焼きで元気になるんでしたら、私は人間のコラーゲンで美しくなりますわ。みなさん、ご都合主義で生きていらっしゃる。私も同じ。(坂東にすがり)でも、魔が差すと考えてしまうの。幸福はシャボン玉。捕まえると割れる。なら、いい方法があった。

坂東 それは?

ディーバ あなたが怪物を成敗する。(短刀を出す)

河童 (驚いて)バカ、やめろよ!

坂東 医者は人助けが商売だ。

ディーバ 私は蛇よ。今がチャンス。先生の嫌いな蛇! (泣き崩れる)

坂東 (冷徹に)あの魔性の香りは?

ディーバ 月に一度の生理現象。憶えておいで、次の満月にはまた先生を虜にしてやるわ。(急に媚びるように)私から逃れるためには、どうします?

 

(坂東はディーバを抱擁し、ディーバは短刀を落とす)

 

梓 (戦闘服姿で陰から出てきて)さあ殺してください。無用な蛇は。

坂東 無用?

梓 無用です。

ディーバ 私が?

梓 あなたの存在が無意味。むしろ害毒。

ディーバ どういう意味よ!

梓 あなたは産業廃棄物。旧式の生産設備。クサイ公害物質。人心を惑わすバケモノ!

ディーバ (放心して)バケモノ……。

梓 そう、無用のバケモノ。

坂東 フェロモンはまだまだ足りないだろ?

梓 いくらでもつくれます。椿がフェロモンの化学構造を解明し、その合成に成功しました。蛇皮の原料さえあれば、大量生産も可能です。

坂東 しかし、ディーバのフェロモンは人間だけしか引き寄せない。

梓 それは、人のフェロモンが交じり合うからだということも分かった。動物は人の臭いが嫌いなの。香水の中に、人間の脇の悪臭を一滴たらす。たちまち、悪魔の香水の出来上がり。もうディーバは必要なし。

ディーバ なぜ!

梓 人のフェロモンなんて、誰からでも取れますから。

河童 ねえちゃんのは特別に臭いぞ!

梓 その理由も解明いたしました。(梓が放射線測定器を取り出すと、音が鳴りあたりが暗くなってディーバと母ツチノコが青白く光り出す)

坂東 放射能だ! 危険レベルだぞ。

梓 ごらんなさい。蛇のお母様とディーバは母子です。地中のラジウムを体内に溜め込む特殊な能力。ほかの蛇たちはラドンの量が少なかっただけだわ。ラドンには触媒作用があった。放射線を照射すればどんどん強力なフェロモンを生産いたします。

河童 蛇皮を剥がして、放射線でぐつぐつと煮込むってわけだ。まるで魔女のスープだし。

梓 大量生産できます。ただし、人のフェロモンは人から取るのが経済的。人間を捕まえて潰し、フェロモンを抽出する。

坂東 (わらって)効率的だ。アウシュビッツだ。原爆なみだ!

梓 (わらって)原料は、あふれかえった旧人類。

坂東 なるほど。髪の毛から毛布、脂肪から石鹸、生皮からはフェロモンをつくれ! すいません、残った贅肉はいかがいたしましょう?

河童 蛇と河童のエサにしましょう。

梓 いいアイデアね。 

ディーバ 悪魔たち!

椿 (岩の陰から火器を持った数人の巫女たちと出てきて)せめて小悪魔くらいにしてほしいわ。古臭いフェロモンのお話はこれで終わり。新人類への入れ替え事業がいよいよスタートです。お伽噺のお姫様とそのお父上、出来損ないの河童はもう要りません。害獣どもは駆除します。

ディーバ (巫女たちに)貴方たち。私のお友達? それとも椿の仲間?

巫女たち 貴方は女神ではありません。私たちを誑かしていた妖怪です。

ディーバ (ショックを受けて放心し)それで?

梓 それで?

河童 次の手術のことよ。

梓 蛇におなりなさい。もう手術はナシです。

巫女一 皮膚を提供するもの好きはもういません。

ディーバ そして私の皮は?

巫女たち 蒲焼にして食べましょう(わらう)。

河童 で、おいらは?

椿 あなたはカッパ巻。

坂東 で、僕もお払い箱か……。

梓 とんでもございません。人間をミンチにしてホルモンを抽出する汚れ仕事がありますわ。

坂東 君たちがやればいいだろう。

梓 下賎な仕事はいたしません。私、指導者ですもの。

椿 最高指導者は新人類の私です。

山本 (蝶ネクタイを付け、のたうちながら登場)指導者は私だ。

椿 おやおや前将軍様。神の代理人には相応しくないお方。

山本 ちくしょう。これから私をどうする!

椿 捕獲します。(巫女たちが山本に網を被せる)

山本 (あがきながら)捕まえてどうするんだ。

梓 ハンドバッグにしましょうね。

山本 君たちを造ったのは私だぞ!

椿 そうでした。私たちのお父様でしたね。(わらって)でも、いまは蛇。 

山本 あああ尊敬が一日にして軽蔑か。しかし、私には人間としての尊厳があるのだ。蛇だと思っても、決して口に出しちゃいけません。蛇の心はガラスのように傷付きやすい。

椿 おおや意外ですね。プライドなんかお捨てなさい。楽になれるわよ。ほら、土下座してごらん。はいチンチン。(大きな鏡を持ち出してきて)お前はヘビよ! 

山本 (網越しに鏡の前で品をつくって)ホーオ! なかなかいいね。犬の鼻みたいに湿っておるわ。水も滴る伊達巻男。分からんねえ。なぜ、私を毛嫌いするの?

椿 分かってちょうだい。貴方は醜い蛇なのよ!

山本 キッ、キサマ、俺の研究成果をすべてかっさらっていくのか!

梓 蛇に小判でしょ。

山本 分かった、分かった。ならば、剣山に私の神社を建立したまえ! 君たちは、私のおかげで世界を征服できる。私なくして君たちはなかった。

板東 (うんざりと)また神社かよ! そんなに名誉が欲しい?

山本 (体を捩じらせ)欲しい欲しい欲しい欲しい! 勲章が欲しい! 園遊会にも出るぞ! もみじを見る会にも出るぞ!

梓 んまあ、図々しい。

ディーバ 女神は一人で十分よ。梓と椿、どちらかお一人になさい。

 二頭立てで地球を救済します。これからは椿が人間工場。椿の生殖細胞から、次々と新人類が生れます。

椿 (鼻の穴に指を突っ込み)私の鼻毛を三本抜いて息を吹きかければ、新人類が三匹飛び出します。

梓 坂東先生。あなたを地球環境大臣に任命いたしましょう。まずは増えすぎた旧人類を処分し少しばかりを蛇に変え、新人類生産工場を建設して次々に新人類を製造する。高速増殖炉を中心とした新人類サイクルシステムの構築です。

坂東 まるでガキのごっこ遊びですな。

巫女一 私は財務大臣です。

巫女二 私は外務大臣よ!

梓 すぐに功績を上げてください。

巫女三 まずは予行演習です。

山本 世は破滅じゃ!

河童 川太郎もガラッパチも運がよければ総理大臣!

椿 実行力があれば誰でもオッケーよ。

山本 ならば証拠を見せてもらおうじゃないか。お前たちの力を見せろ!

椿 合点、承知の介!

 

(椿がフェロモン入りの消火器を取り出し吹きつけると、突然背景がサイケデリックな光で満たされ、全員が獣のようにクルクル踊り出す。椿と坂東、ディーバがライトに浮かび上がると、坂東は肩を寄せ合っていたディーバを突き放し、操り人形のように踊りながら椿に抱きつこうとする)

 

椿 (坂東を突き放しわらいながら)しつっこい! 

坂東 (椿にすがり付き)お前なしには生きられない。

椿 あんたには蛇女がお似合いよ。

坂東 捨てないでくれ!

ディーバ (坂東にしがみ付き)騙されないで!

坂東 (ディーバを足蹴にし)うるせえ! 

河童 (暗闇から)殿方はみんなこうしたものでござりまする。

ディーバ 捨てないで!

坂東 (椿に)なんでも聞く。

椿 奴隷にしてあげる。

河童 愛なんて、つかの間の錯覚でござりまする。

ディーバ 目を覚まして!

梓 (暗闇から短刀を差し出し)ディーバをお殺し!

ディーバ 騙されてる!

椿 邪魔な女だよ! 

ディーバ 騙されないで! 

坂東 うるせえっ!

 

 (坂東が短刀でディーバを刺すと光景は元に戻り、ディーバはのたうち回りながら蛇女に変身する)

 

ディーバ よくも刺したな! 覚えていやがれ! 

(ディーバと河童は闇に消え、椿と坂東は抱き合う)

 

(つづく)

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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戯曲「ツチノコ」一〇 & 詩

救命びとの心

 

気付いてみると

私の心は社会が所有し

社会が責務を課していたのだ

私の心は社会が監視し

社会がコントロールしていたのだ

肉体は朝から晩まで苛酷な戦いを強いられ

救われたわずかばかりの命で

死ぬほど疲れた心を養わなければならないのだ

ボロボロの心が解放されるときは暗闇の中

傷だらけの肉体が死んだように動きを止め

カチカチの筋肉がだらしなく弛緩し、口が開き

ようやく恐怖に押さえつけられてきた心が

生臭いため息に乗じて空中を漂い始める

嗚呼、敵も味方もいない無窮の空間は

なんと慈愛に満ちていることだろう

死んでしまった魂たちは影が薄く

どれだけ心が優しいことだろう

私は夢の中に憧れを見出し

そんなものは幻に過ぎないとは思いつつも

少しは希望を見出して心をわずかに癒し

起床ラッパで跳ね起き、戦闘モードに再突入する

そしてその日常は社会の円軌道にしっかり嵌め込まれ

私はシジフォスとなって

おそらく精根尽きるまで

同じ作業を繰り返すだけに違いない…

 

 

 

 

戯曲「ツチノコ」一〇

一〇 フェロモン生産工場

 

 (大きな木製の培養樽に、ミイラ、蛇女たち、男たち、巫女たちがへばり付いている)

 

山本 どうだね。これが人間さ。昔風に言えば、阿片窟だ。どんなに意志が強くたってこの種の快感には敵わない。すべての生物は快楽物質に支配されているんだ。君は猛勉強をして、有能な医者になった。しかし、何のための猛勉強だ? ドーパミンをいっぱい出して、満足というご褒美をもらうためか。実験動物とどこが違う。エサをちらつかせりゃ動物だって必死に頑張る。(樽にへばりついた連中に)これもまあ人生さ。幸せいっぱいで死んでいく。彼らはインドの聖者のごとく悟ったのだ。世の中、快感以外はなにもないと。あとのもろもろは、生きるための言い訳にすぎない。君には悲劇に見えるのかね?

坂東 悲劇なんぞ病院に行けばゴロゴロしているさ。(頬っぺたのバンソウ膏を擦りながら)蛇皮を引き剥がしたら、自分の皮まで持ってかれちまった。

山本 上手く剥がせた?

坂東 あんたの二の舞はごめんだからな。

山本 どうだね。この樽の中では、ディーバから採取した極上のコニャックが熟成し、Xデーを待っておる。嗅いでみるかね。

坂東 やめてくれ。

山本 君は一年後に地球を支配する。皮を剥ぐ家畜は五万といるし、世界中の名医が君の部下となる。

坂東 (皮肉っぽく)悪いねえ、甘い汁だけいただいて。

山本 いいんだよ。何事にも私のような役どころは必要なのさ。私は壊し君は建て直す。しかし、君とともに私の名も歴史に残る。

坂東 (片手を差し上げ)ハイル、スネーク!

山本 私は人類を救った英雄だ。そうだ私は、偉大な英雄を生んだ剣山に戻って千年生きよう。きっと私を祭った社ができることだろう。君に社の建立を命ずる。

坂東 ちょうどいい。こいつらを人柱にしましょう。

山本 彼らをからかっちゃいけない。これも立派な人生だよ。君はどうだ。私が君を破滅に導いたと思っているか? しかし、ちっぽけな地位や名声なんざ、これからの人生に比べりゃ屁みたいなもんだ。

坂東 (わらって)自分の神社を夢見るお方が名声をけなすとは……。

山本 バカにするな! いや、確かに落ちぶれたぞ。今の私にはそれしか未来はないか……。ふつうの蛇か蛇神様か。蛇になろうがスズメになろうが、この性格は変わらんさ。夢見るときがいちばん幸せ。たとえちっぽけな夢でもな。(人の姿に戻ったディーバが河童と入ってくるのを見て)ほおら、さらに夢見る乙女がご登場。人間に変身したものの、またすぐに蛇に戻る恐怖と戦いながら、死ぬまで人間を夢見続ける。どうだね。君は病院でそんな患者に遭遇したことはないかね?

坂東 彼女にとって、あんたは悪魔さ。僕にとってもな。生命科学の行き着くところをたっぷり見せてくれた。

 

 (ディーバは培養器にへばり付いた巫女に水差しから水を飲ませようとするが、巫女は顔をそむける)

 

ディーバ 幸せで胸はいっぱい。この樽の中は誘惑というブラックホール。あなたたちの心は何万年前に吸い込まれてしまったの?

女一 (涙を流しながら)幸せだけは残った。辛さも悲しさも消えた。

ディーバ ひからびた砂糖菓子ね。悲しむからこそ人間なのに。

女二 ミイラになって極楽浄土に行くんです。

河童 もう立派な生き仏だぜ。(去っていく山本に)おい蛇親父。なぜ俺たちを避けるんだ。

山本 (去り際に)バケモノが嫌いなだけさ。

ディーバ 差別だわ! ……いいえ、きっと罪の意識ね。

河童 アハハ、あいつに罪悪感かよ。神も道徳もない奴に罪悪感があるか?

ディーバ (去っていく山本を横目に)ならば私たちは、もっと声を張り上げて訴える必要がある。でも私たち、人が思うほど悲しくはないわ。だって悲しみも慣れてしまうから…。

坂東 (ディーバに抱きついて接吻し)今の君は十分美しい。悲しいわけがないさ。しかし、あのかぐわしい香りは?

河童 (わらって)年がら年中発情しているのは人間だけですぜ。(ディーバの声色で)先生は人間に戻った私がお嫌い? 

坂東 いいや……。

ディーバ きっとお父様、ご自分も蛇になって、私の苦しみが少しはお分かりになったはず。

河童 あいつは自分のことしか考えねえよ!

ディーバ 私、娘になるまでは知りませんでした。あるとき、脇の下から臭い匂いを出していることに気付いたの。ひどく生臭くって……。美しい娘が出す臭いではない。下等な生き物の臭い。でも、誰一人嫌な顔はしませんでした。それに私、外のことはまったく知りません。

坂東 箱入り娘?

ディーバ 穴入り娘。

河童 (ディーバの声色で)お后様にお会いになりました?

坂東 (驚いて)お后様?

ディーバ 私のお母さま。

河童 ゼウスがディーバを孕ませた蛇でござんす。

坂東 どこぞのお城にでもお住まいで?

河童 (床を指差し)地下牢でごんす。 ヘンリー八世に閉じ込められたんだってよ。(突然床が開くとディーバの声色で)さあオルフェウス、ついていらして。ネクロポリスにご案内いたしますわ。私の母に、私の許婚を会わせたいの。

 

(つづく)

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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戯曲「ツチノコ」九 & 詩

ハンスト・エレジー

 

僕はレストランでステーキを頬張りながら

あの断食芸人のことを思い浮かべているのだ

なぜ死ぬまで断食を続けなければならなかったのだろう

きっとあいつの体は純粋で

異物を体内に取り込みたくはなかったに違いない

おそらくあいつは僕以上に偏屈な男で

外部から栄養を取らなければ死ぬという

この星のシステムを嫌っていたからに違いない

だって明らかに金のために断食をしたわけではない

明らかに意地を張って断食し続けたわけではない

明らかに自慢をしようと思ったわけではない

客にバカされていることは分かっていたのだから…

ならばこの世が嫌になって、死のうとしたのだろうか…

そうだやっぱり、この星のシステムの問題に違いない

あいつはこの星の住人であることを恥じたのだ

断食というルーチンを終えた後の開放感を恥じたのだ

習慣化した断食明けの食欲を忌み嫌ったのだ

そうだあいつは食うという行為自体を恐れたのだ

なんという恥ずべき行為だろう

牙をむいて肉を噛み砕く下卑たしぐさ

食って、消化して、便を垂れるというえげつないしぐさ…

嗚呼グロテスクだ、耐えられないぜ、この世のシステム

あいつは詩人のようにナイーブな男だったのだ

僕は急に気分が悪くなり

便所に駆け込んで牛のように吠えながら

盗んだ金で食らいついた

高価な肉塊を全部吐き出してしまった

 

その明くる日、僕は逮捕され

あげくに不法滞在で入管施設に収監された

嗚呼グロテスクだ、耐えられないぜ、この世のシステム

どこに行っても自由に生きられないなんて…

街中に迷い込んだイノシシ以下じゃないか!

僕はあの断食芸人のように

ハンガーストライキに突入した

仮放免を期待したからだって?

冗談じゃない!

砂漠の夜空に輝く満天の星を見てごらんよ

あそこには、こことは違う世界が広がっているって

子供の頃、イマームから教わったんだ……

僕はあの断食芸人に会いにいくことにしたのさ

 

 

 

 

戯曲「ツチノコ」九

九 手術室

 

 (鍾乳洞全体が褐色のプロポリスで塗り固められた手術室。手術台が二つ置かれ、一台にはディーバが、ほかには皮膚を提供する巫女が寝かされている。ディーバの横には河童が介護人のように佇む。手術台の上に鍾乳石が下がり、そこに照明が取り付けられている。首から下がすっかり蛇になってしまった山本が、這い回りながら助手たちに指示を出している。そこに手術着を着た坂東と梓、椿が入ってくる)

 

坂東 これが最先端の手術室? まるで洞穴だな。

椿 (山本を見てわらい)先生、すっかり蛇になられて、ご立派。

山本 一日にして爬虫類に祖先帰り。

坂東 もう人間には戻れませんな。

山本 蛇になって分かったことだが、爬虫類は人間以上に朗らかな動物だ。野生の図太さっていうのかな。いままで以上に、世界を独り占めしたくなってきた。

坂東 ときにどこです? 地球を抱きしめるおてて。

山本 嗚呼、この蛇腹のような胴体に呑み込まれちまった。マッ、必要なときは君の手を借りるよ。

坂東 いやだね。

椿 坂東先生も蛇におなりになればいいわ。

山本 みんなで神様になればいいのさ。

河童 みんなで河童になりゃいい。

坂東 ご冗談。

山本 蛇だろうが私は神様じゃ。今まで何人が神になろうとした? 始皇帝、シーザー、ネロ、ナポレオン、ヒトラー。そして私がその完結編さ。神にとっては人間もゴキブリも区別がない。増えすぎれば数を減らす。

坂東 もう聞き飽きたよ! どいつもこいつも神様気取り。

山本 神になれば神を畏れることもない。ところで無法地帯では、権利は権力のことだ。飢えたライオンの前で生きる権利を主張したって二秒で食われる。君、闘って自滅するか、ルンルン気分で死んでいくか、どっちがいい?

坂東 どっちもいやだね。

山本 ならば君は、私の後継ぎ以外にない。郷に入っては郷に従えさ。しかし、手術着姿とはどうした風の吹き回し?

坂東 郷に入っては郷に従えだ。

山本 当ててやろう。君はディーバと深い仲になった。

坂東 あのバケモノと?

ディーバ 聞こえていてよ。

坂東 患者は眠っていなさい。

河童 手術室に入ると、医者はとたんに威張り始めるぜ。

坂東 臆病風を吹き飛ばしたいのさ。内心は不安でたまらない。

山本 なぜ君は、生きている人間の皮を剥ぐのかね?

坂東 剥がしてくれって本人が言うんだ。

山本 その通り。麻薬で頭がおかしくなっていても、本人の意思だから尊重しましょう。人間の行動はすべて本人の意志によるもので、他人のせいではない。

椿 (わらって)山本先生も、すっかり蛇の目線で人をからかうようになったわ。

山本 生真面目な奴を見ると無性にからかいたくなるんだ。

坂東 それにしても、最悪の手術室だな。塹壕で手術するようなものだ。

梓 壁も天井もプロポリスの漆喰です。落ちてくる水滴は滅菌済み。耐性菌もカビもウイルスもゼロ。先生の病院よりも安全です。

坂東 (手術用具を手にとって)ヒャア、レトロ! 高周波メスもありゃしない。

山本 腕だよ腕。道具なんざ刺身の妻だ。包丁一本で皮を剥がし、縫い針一本で縫い上げる。フランケンシュタインだって簡単にできちゃうさ。

ディーバ やっつけ仕事はしないでね。

坂東 麻酔は?

山本 ネコに小判、蛇に麻酔、とくらあ。

河童 アルコールならいただくわ。

山本 ウワバミめ!

巫女一 盛り上がっているようですが、早く皮ください。

山本 脇の下はダメ。珍品だからな。

巫女一 そこが一番美味しいのに。

山本 わしがいただき! 

巫女一 だったら、ほかの部分はみいんな私。

椿 ハンドバッグにすれば二十万円。巫女殿に移植すればゼロ。

巫女一 ひどいわ。私は貴重な生贄ですよ。

河童 (ディーバの声色で)待って。カチンときたわ。私はあなたの皮。あなたは私の皮。そしてお父様は私のフェロモン。三方良しの物々交換じゃろ。

巫女一 ディーバに命を捧げることが私のすべてなのです。

河童 やだストーカー! キモイーッついでにおいらに肝を食わせろや。

山本 (皮肉にわらって)悪人どもが一堂に会したなかでもディーバがいちばん悪だ。巫女を過激な蛇皮フェチにしちまった。お前は麻薬工場。巫女たちは麻薬中毒。そして私は、世界の麻薬売りときて三方悪しじゃ。

河童 (ディーバが泣いているのを見て)姉ちゃんどうしたの。姉ちゃんは心の清らかな蛇ですよ。坂東先生にお任せすれば、きっと綺麗になりますって。

梓 (いらいらして)さあさあ始めてください。

山本 手順を説明しよう。坂東君はディーバ担当。河童も手伝え。梓君と椿君は巫女様の皮を身ぐるみ剥いでおくれ。まずは、二人が巫女の皮をごっそりとな。大きめがいい。それを見届けてから、坂東君はディーバの蛇皮を剥がして交換じゃ。君は巫女の皮をディーバに縫い付け椿君はそれを手伝え。梓君は蛇皮を巫女に縫い付ける。皮が足りなかったら、どんどん巫女から剥がすんだ。何かトラブルが発生したら、ボタンを押すと、赤ランプがついてラインは停止する。

板東 ジャストインタイム!

山本 徹底的に無駄を省け!

梓 労働者はマシンです!

山本 無駄口を叩く暇があったら改善提案しろ! ところで、脇の下の蛇皮は、私へのプレゼント。お忘れなく。

梓 硬い蛇皮を縫うのって疲れます。

山本 縫わなくてもくっつくさ。ドナーは死んでもいいよ。(巫女に)ねえ君、同意書にサインしたよね。

巫女一 殺す気?

河童 ディーバは死にたくないの。どっちの命が尊いかしら?

山本 世の中、価値のある方が優先だ。一兵卒は将軍の盾となれ! (坂東と梓、椿たちが手術に取り掛かるのを見ながら)ドナーの皮膚はごっそりとな。刀は大胆に切り込む。命を剥ぎ取るようにがばっと切れ。ディーバの蛇皮は、一ミリたりとも残すな。掻き出すようにな。大胆かつスピーディ。これが手術の鉄則じゃ。

椿 殺す勇気で切り刻みます。殺しちゃったら謝ります。

河童 しーんじゃった、死んじゃった。謝る以外なすすべなし。

山本 うるさい!

坂東 質問。すっかり取っちまったら、次の蛇皮は供給できませんよ。

山本 (わらって)へぼ医者め。蛇皮はサメの歯のごとく後から後から湧き出てくるんじゃ。人肌を縫い付けるときは丁寧に。女神様のご機嫌を損なうなよ。完璧にな。(梓と椿が巫女から皮膚を剥がすのを見て)うまいぞ。丁寧に扱え。さあ、坂東君の腕の見せ所だ。

河童 (坂東が蛇皮を剥がしているのを見て)悪党! 身ぐるみ持っていきやがれ!

ディーバ (坂東が蛇皮を取り除くと上半身を起こして、剥がされた上半身をさらけ出し)あら、どうしたっていうんだろ。身ぐるみ剥がされると、不安だわ。スースーする。(河童が蛇皮を肩にかついで、梓に渡すと)まあ、闘牛士のようにご立派だこと。頼もしいカッパさん。(椿から巫女の皮を受け取り、肩にかけた河童を見て)それに比べて、人肌はまるでブタの皮。きっと蛇には、私の気持ちが分からないわね。

山本 患者は寝ていろ。坂東君、ここからが腕の見せどころだ。ところで、私の宝物は? (河童が膿盆に乗せた二つの真円の皮を山本のところに持っていくと)ああ、すばらしい。君はピカソのようにメスを扱う。完璧な丸だ。これは、人類をスリムにするおろし金さ。この皮二つで、一億の人間が滅びるのだ。ひとたびこれを嗅いだら、地獄へまっ逆さま。(鎌首をもたげてディーバの縫合手術を見物しながら)上手いな。やはり私の弟子だ。そうだ、上手いぞ。手馴れたもんだ。

梓 (蛇皮が蛇行して逃げて行くのを捕り逃し)先生! 蛇皮に逃げられました。

山本 放っておけ。

巫女一 私の一張羅、返してよ!

山本 一カ月お待ちください。

巫女一 (皮膚のないまま手術台から降りて、駆け出し)待ちやがれ!

坂東 手術完了。

山本 でかした。完璧。(膿盆を覗き込み)あれ、ここにあった僕のご褒美は?

坂東 知りません。

山本 (あわてて)逃げたぞ! 

河童 嗚呼哀れ蛇の尻尾はケツを求めて遍歴の旅に出たのでございまする。

ディーバ (自分の脇を見て)私のところに戻っていないわよ。

山本 (坂東に)君。どこかムズムズしないかい?

坂東 汗で頬っぺたムズムズ。

山本 マスクを取って、そうっと覗いてみてごらん♪

坂東 (両頬に蛇皮がくっ付いているのに気付き)ワアアアーッ! (駆け去る)

 

(つづく)

 

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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