詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「ツチノコ」一五 & エッセー

エッセー

インターネットは薔薇色?

 

 遠い昔、地球上には様々な感性の人間たちが生きていた。彼らは近隣の人々と交易を行ったり衝突したりしながら、感性と感性が混じり合い、次第に共通の感性や価値観を持つようになって文明が造られていった。

 

 その頃の地球を大小様々な文明の色で着色すると、多彩なまだら模様が出来上がっただろう。文明はアメーバのようにいろいろな文明を取り込んで、大きく成長する性格はあったが、互いに衝突を繰り返しながらほとんどが滅び去った。しかし産業革命を成し遂げたヨーロッパ文明はしぶとく拡大を続け、地球上をほぼヨーロッパ色に染め上げてしまった。これに抵抗しているイスラム文明にも、宗教的な縛りはあるものの、ヨーロッパ的な感性が足元から浸潤していることは否めない。世界中でダイバーシティなどを謳おうが、そのベーシック・カラーはヨーロッパ色に統一されている。

 

 日本を例にとっても、日本人の感性はすっかりヨーロッパナイズされていて、いわゆる「日本的」なるものも、日本人自身がヨーロッパ的な立ち位置から意識しているように思える。昔は日本的なるものの中に浸かって生きていたくせに、いまは客席から日本的なるものを意識しているのだ。

 

 芸術分野でも、日本独自の芸術はすべて古典に押し込まれてしまった。現代音楽も現代美術もヨーロッパ芸術の延長にあるもので、日本的な旋律を使おうが、和楽器を使おうが、それは西洋音楽の一形態に過ぎない。たとえば、宮城道雄の『春の海』を始めとする作品群だって、西洋音楽のベース上に構築した邦楽だ。日本民謡は古典に押し込まれ、演歌は民謡を巧みに取り入れたローカル色豊かな西洋音楽であることも確かだ。

 

 現代日本画も、日本絵の具を使った西洋画。歌舞伎は古典だし、現代歌舞伎は和式西洋劇だ。要するに、西洋風日本芸術ではなくて、日本風西洋芸術なのだ。なぜなら、あらゆる芸術の進化(展開)は、西洋芸術(的感性)の柱を軸として蛇のように絡まりながら上昇(変容)しているからだ。だって我々日本人は、西洋文明に洗脳され尽くしてしまったのだから、その感性に合わない作品は自然淘汰されてしまうだろう。

 

 その西洋文明は、飛行機などの発達にも支えられて一通り世界を席巻し尽くし、世界中の人々は西洋的な感性でものを考えるようになった。その後にやって来たのが、インターネットという、地球をすっぽり覆ってしまう秒速通信網だった。この世界では誰もがその感性に基づいて考えや芸術を発し、多くの「いいね!」を獲得することで多額な金銭を得ることができる文明の利器だ。

 

 ところが、「いいね!」という言葉の裏には、多くの人々と同じ感性を共有するという条件が付けられている。相手に良いと思われなければ「いいね!」は貰えない、ということは、より多くの人々に賛同してもらえなければ金を稼げないということになる。より多くの「いいね!」を貰うために、多数の人に好かれるような感性を磨いていくうちに、いつしか世界は同じ感性で満たされていく。同一感性のグローバル化が広がっていくと、世界中が同じ感性や考え方の人間で満たされることになる。

 

 しかも、秒速通信網は秒速の反応を求めるので、瞬間的な印象で「いいね!」が押されてしまう。かつて言葉には四次元の厚みがあって、その深みの部分に複雑な人の心が隠れていた。しかしネットでは秒速に対応できない厚みと時間の部分がカットされて、二次元的な軽さで流れていくようになった。言葉は音楽と同じに、感性的な快楽をもたらすツールになってしまったのだ。ネット上では同じ音調の心地よい言葉が変奏(言い換え)されながら飛び交っている。これは良いことなのだろうか、悪いことなのだろうか。

 

 かつてファシズム政権下の国々は、甘言で洗脳された国民が同じ感性に統一され、戦争に走った。歴史的に「暗黒時代」という言葉があるが、この時代も色にすると黒い時代だったと言えるだろう。世界中がインターネットで繋がった時代は、何色の時代なのだろうか。黒い時代ではないだろうが、薔薇色の時代とも言いがたいのではないだろうか――。

 

 

 

 

戯曲「ツチノコ」一五  

一五 ミサイル発射台

 

(日の丸の鉢巻、モンペ、竹槍の巫女たちが、発射台の櫓からフェロモンの弾頭を取り付けている。櫓には半分人間に戻ったディーバ、山本、河童が縛られて座らせられ、横に軍服姿の梓が立ち、椿はフェロモンを体に振りかけている。坂東は椿から離れられない。)

 

山本 まったく心外ですな。何で私? こいつらの悪だくみをお知らせしたのはわたくしですよ。

梓 悪い芽は伸びないうちに摘む。害獣は増えないうちに殺す。蛇先生の掲げる優生思想にもピッタシです。

山本 皮肉なことを。私もあんたも夢は同じじゃないか。国も国連も何もしよらん。間に合わんぞ。強力な執行力が必要じゃ。誰かが立ち上がらなあかん。秘密結社以外にないでしょう。

坂東 カルト集団め。

山本 正義も不正義も突き詰めればご都合主義。しかしな。人類をお救いしまっせという錦の御旗は同じざんす。とにかく行動だ。増えすぎたんだから減らしゃいい。

ディーバ みなさん、成り行きに任せましょうよ。

梓 おやおや、あんたも成り行き任せで蛇におなりなさい。でも手術もしないで半分人間に戻ったとは、驚くべき執念。どうやって快復できたのかしらね。

ディーバ (わらって)分かりませんわ。

山本 恐らくTPO気分で人間から蛇、蛇から人間へ簡単に移動できる術を会得しつつある。蛇から人、人から蛇へと変幻自在だ。

ディーバ 変化するには、死んでしまうくらいのショックが必要です。

山本 電気椅子に座ったって、人間に戻れれば万万歳だろ。だがこの私は、人助けを考え過ぎて蛇にされちまった。しかし、私は神のご意志に反したことは何もしておらん。自然のルールはちゃんと守っておる。ルールというのは、こっちの命を助けるにはあっちの命をなくしましょうというやつ。誰かが増えれば、どこかで誰かが差っ引かれる。閉鎖空間では生きた魂の数と死んだ魂の数を合わせた値は一定であ~る。

河童 二酸化炭素も人類も幽霊も増やしてはいけなあい! 

坂東 地球が閉鎖系だなんて嘘っぱちだ! 流れ星に乗って宇宙人もどんどん入ってきます。まずはそいつらをとっ捕まえて、串刺しにすべきだ!(大声でわらう)

河童 星の王子様を殺しちゃいけないよ! 

ディーバ 金持ちだけが生き残るのも、神様のご意志ですかしら。

山本 金のある奴は魔女か宇宙人だ! 

椿 まずは平等にガラガラポンすればいいじゃないの。ガラパコス化した人間を一掃する必要がありますわ。なまじ筋肉なんか持っているから動き回ってお金もゴミも溜まるのです。新人類はヒョロヒョロで頭が重いから動くのは苦手。悪知恵を働かせて楽することしか考えない。

梓 それも考えものだわね。

ディーバ 怠け者の椿さんならどんな世界をつくれるというのかしら。

椿 まず、セックスを始めとする肉体労働はご遠慮します。子供はうるさいので生まないわ。お子さんは政府直営の農場で完全養殖ですもの、必要な数だけ増やして育てるのが方針です。まずは自分。自分だけが美しく生きること。

山本 さすが新人類。

坂東 (椿の耳に口をつけ)不感症なら治してあげるよ。

山本 いやいや、私もセックスは大嫌いだ。なんで、相手まで喜ばせなければならないのかね。しかし椿姫の理想郷はまさに私の思い描く未来に近いものだよ。人間はもっと自信を持つべきだ。家のローンを抱え、将来の不安に怯えるような生活は人間様の生き様ではない。人間はもっとずっと神様に近い存在なのだ。神に近いのだから、美しく振舞う。地球を制御するくらいは朝飯前さ。

河童 例えば、生き物くらいはコントロールできるじゃろう、といってみなさん考え出したのが全人類のガラッパポンじゃ!

山本 しかも、自然を壊さず破壊の元凶を退治する。地球上の空気をフェロモンの火山ガスで汚してやるのだ。(悪魔的にわらう)私は正義の見方。全身これ正義感に燃えておる。だからさ、仲間外れにしないでよ。おいらのオツムにはまだまだノウハウが詰まってる。命を助けてくれたら、いろいろお助けしまっせ。

梓 あんたも河童も見るだけでうんざりだわ。

河童 嗚呼、ずしりとくるお言葉。

椿 (河童に)あなたも漫画の世界にお戻りなさい。でも、私は蛇父様のように独裁者になって世界を手玉にとりたいわ。

梓 それは見過ごせない言葉。自己犠牲の精神で、人類の未来のために努力しなさい。どうやらあなたは、蛇父様と変わらないようね。

椿 私、まだ試作品ですからね。でも、結果的にあなたとやることは一緒。

 違います。私情を差し挟んだら高邁な人類愛は達成できません。

椿 カチカチ頭の旧人類! あるいは政治家なみのレトリック。

梓 頭でっかちの新人類! ないしは独りよがりの自惚れやさん。

椿 私、だてに貴方の倍ほどの脳味噌を持っているわけじゃないわ。この頭は、物事をいろんな切り口から考えることができるのよ。選んだ道に渋滞があったらベストな抜け道を探し出してきっちり目的地に運んでくれる。貴方のように理想ばかり高くて電車道なら、たちまち壁に打つかって砕け散る。

河童 あーあどうしましょう。椿姫から見て、梓閣下は救いようのないアホ姉さん。反対に梓姫から見て、椿閣下はクールで不気味な新人類じゃ。

梓 (河童を馬の鞭で叩いて)うるさい!

山本 しかしツートップ体制は喧嘩のもと。ここでどちらがトップかコインで決めたらどうです。それとも、私がトップに戻りましょか?

梓 お前の選択肢は、皮を剥がされるかミサイルと一緒に飛んでいくかのロシアンルーレット。(山本を足蹴にする)

山本 トットトットト……、いやあヘビーなチョイス。どっちがお得?

椿 アイドル蛇になりたいんなら、ミサイルおじさんね。

山本 それじゃあ女王様。初めて宇宙に飛び出した犬の名前は? 

椿 タローとジロー。

山本 外れ! 歴史に残っても、蛇は蛇。

梓 あら、蛇仲間じゃ大変な評判ですことよ。

山本 いやしかしですよ。ばい菌を全世界に振りまくには、シミュレータを使った解析も必要となりますな。例えばピナツボ火山、セントヘレナ山の火山灰がどのように地球全体に広がっていったかといったデータなどの解析……。あるいは渡り鳥のルートを徹底分析する。

梓 (遮って)うるさい! エベレストにぶち込む。ここの上昇気流はジェット気流になります。毒薬をジェット気流に乗せて世界中にばら撒く。

山本 いやあ、お目が高い。さすが女将軍様。では、さっそく位地情報システムへのターゲットの入力と軌道距離の算出、燃料の必要量を算定しますとこれは驚いた。いやはや私のようなデブ蛇は載せられませんな。爆弾をケチるか、私を乗せないかという難しい問題ですぞ。

椿 蛇父さまが主役。お前には最初に消えてほしいの。

山本 (驚いて)これはこれは……。女王らしいお言葉。なにゆえにわたくしをお憎しみで。

梓 心の貧しい者は苦しむために生まれ、楽になるために死ぬのです。だから、その権利を与えましょう。愚かで惨めな人生を全うさせてやる。一方、英雄的な死は、死そのものが喜びになります。

椿 (側の巫女にウィンクし)お前たち、地球のためにここから落ちて死になさい。

 

 (二人の巫女はしばらく躊躇してから、梓を捉えて一緒に飛び降りる)

 

河童 (梓の悲鳴を聞きながら)驚いた……、奇襲作戦でごんす。ずいぶん手なずけたじゃん。

椿 まだ修行が足りないわね。英雄の死は、一瞬たりとも迷いを見せてはいけません。私の命令は、常に喜びを持って実行されるべきです。なんの迷いもなく、新しい人類のために喜んで命を落とすことほど英雄的な死はない。人間はみな、美しく死ぬ権利がある。

坂東 (椿に)恐ろしい。なぜ姉さんを?

椿 新人類には兄弟も姉妹もありませんわ。これからは皆さん工場から生れてくるのよ。新人類の世界を創るんだから、まずはお猿のお姉さまから消えていただくのが筋ですわ。

巫女一 今日から椿様が万年王国の女王様。

椿 みんなが私を神だと思えばそれでいい。(フェロモンを首にかける)

河童 いやはや参りました。しかし先生方、少々酔っぱらってますぜ。

椿 (山本が被っている将校帽を鞭で叩いて)こいつもヒトラーに陶酔している。

山本 女王様とおんなじ穴の狢でござんすよ。

椿 愚にもつかないことを言うと、その裂けた二枚舌を引っ張って、付け根まで裂きイカにしてさしあげてよ。

山本 イカレタことをおっしゃいますな。いえいえいえ、女王様を賞賛しておるのです。重要なのは姫様のフェロモン。下々の者どもを自在に動かせりゃそれで十分。愚衆政治なんざあクソ食らえだ。つべこべ言う奴は十把一絡げにして絞首刑じゃ。一瞬が勝負さ。先手必勝。もたついている時間はない。不満分子はすぐに粛清! ならこうしましょう。任せてください。わたくしめは、突撃隊長として女王陛下の下で鬼成敗じゃ。

椿 (無視して)早くミサイルにお乗り。

山本 (あわてて)いえ、ゲシュタポの親分になるのです。有能な右腕だ。お縄を解いてくれたら証拠をお見せしましょう。ここにいる二人をキリキリと絞め殺して差し上げます。

河童 (椿を真似て)もういい。こいつをミサイルに詰め込んでおしまい!

山本 (巫女たちにミサイルに積み込まれる途中で)バカなことをするな。身のほど知らずが。お前が体に振りかけているのは猛毒だぞ。副作用を知らんか! いやだ! 出してよ! 狭いところはいやだ!(ミサイルに詰め込まれる)

椿 (巫女たちに)出しておやり。

ディーバ 茶番劇。

山本 (わらって息をつき)いやあ、効き目がありましたな。ふ・く・さ・よ・う。でも、解毒剤はあるさ。仲間にしてくれなきゃ言わないよ。

椿 次の満月までには、お話ししていただくわ。(巫女たちに)この蛇を皮剥ぎ室に連れて行き、少しばかり剥いでおやり。

山本 (泣き喚きながら連れていかれる)いやだいやだ、痛いのはいやだよう!

 

(つづく)

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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