詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「ツチノコ」(最終)& 詩

独り舞台

 

俺はいま、地球というプレハブの舞台に立って

おそらく奈落に落ちるまでの短い間

落ちるまいと必死に何かを演じているんだ

役柄については何も聞かされちゃいない

俺自身、誰かも思いつかない

ただ一つ言えることは

ほかの奴らも滑稽に何か演じているんだが

お互いにさしたる関心もなく

基本的には独り舞台だってことだ

しかしどいつも必死に演じ、絶えず動いている

どいつも名優のように振舞おうとする

当然、一生懸命演じないと誰かに叱責される

しかしそいつが誰かは誰も分かっていない

上司? 社長? そんな奴らはどうでもいい

きっと神かもしれないし悪魔かもしれないし空想かもしれない

とにかく舞台の上にいる間は演じなきゃならないんだ

舞台の端には今にも落ちそうな連中が寝転がっている

脱落者予備軍さ

奴らは疲れていて、自暴自棄になっていて、落ちてもいいと思っている

しかし落ちたところにまた別の舞台があるっていうんだから最悪だ

その舞台はおそらく地獄で、天国じゃないだろう

だってあの世とこの世の仲立ちである坊さんが言うには

一生懸命演じなかった奴らは、必ず地獄に落ちるんだから

いやそいつは俺たちを手なずかせるために 

坊さんが作り上げたイルージョンに違いない

この世の舞台が地獄ならあの世の舞台も地獄

信じることで救われるってな……

ちゃんちゃらおかしい、信じる必要なんかない

だってこの世が独り舞台なら、あの世も独り舞台だ

あの世が無なら、この世も無に違いない

回りの脇役たちは藁人形だと考えればいい

じゃあ演じるってことは?

おそらく単に、何もないところで足掻いているだけの話さ

ほかの連中をあてにするなよ

藁を摑んでも、沈んでいくだけの話さ

だって俺たちの心は、うんざりするくらい重いんだからな

嫌になっちまうぐらい、重いんだよ

そのほとんどが、身に付いた垢なのさ……

 

 

 

 

戯曲「ツチノコ」(最終)

十六 映写室

 

 (椿と坂東が映写室で映像を見ている。横に巫女が二人立っている)

 

椿 (坂東に)地方での臨床実験をお見せしますわ。巫女がマンションの最上階にフェロモンを撒いた。(スクリーンに映し出された最上階のベランダから人がどんどん落ちていく映像を見ながら)このベランダはちょうどこの場所の方向に面しているわ。住人が、こちらに向かって駆け出した。そのとたん、ベランダから落ちてしまった。

坂東 嗚呼あの事件は君たちの仕業か。薬を嗅いだだけでこんなことになるなんて、恐ろしい犯罪だ。

椿 戦争で敵を殺すことも犯罪ですかしら。兵隊さんの義務ですわ。私が政府をつくるのですから、犯罪にはなり得ません。きっとより良い社会をつくれば許される行為。幸せな気分で滅んでいくのがせめてもの救いです。彼らは明るい未来のための人柱。辛い人生を忘れて、イノシシのように走り出す。何かを求めている。不幸から解放されること? いいえ、浄化されたくて走り出す。人類の原罪を償おうとしている。蛇に騙され追放された罪を贖えば、子孫が助かることを遺伝子レベルで知っている。人間の知恵なんか後天的なものよ。理性を捨てて動物に戻るんだ。生き物の存在意義は、種が滅亡しないことにあるんですから。

坂東 支離滅裂な解釈で自分の犯罪を正当化する。だいいち、あんたが人間かどうかも分からない。

椿 遺伝子レベルでは、れっきとしたホモサピエンスですわ。それに誰のために正当化する必要があります? 私が納得すればそれでいいのです。共感や同情は、ソドムの民に向けられるべきものではございません。見なさい、世界中で巡礼の行進が始まる。磁石のように一直線。海にぶち当たれば入水自殺。船を使う知恵もかなぐり捨てて。

坂東 重度の脳症だ!

椿 地球を救えるのは市民一人一人の自己犠牲のみ。人類が犯し続けてきた罪を償うのは当然です。

巫女一 みなさん英雄気分で死んでいく。

椿 人類を滅亡から救う雄雄しい自己犠牲者たち。

坂東 (激しくわらって)薬で脳味噌がイカレタだけさ!

巫女一 英雄です。

坂東 死んじまったらおしめえよ。

巫女二 お分かりにならないのですか。地球全体が崖っぷちなのですよ。あと百年で、人類は奈落の底へまっしぐら。その身代わりとなって、英雄たちは落ちていくのです。女王様万歳!(自分の台詞に酔ったようにピストルを出し、自殺する)

椿 見なさい。英雄は喜んで死を迎える。旧人類にとっては、喜びの中で人生をまっとうすることが幸せなのです。

坂東 (頭を抱えて椅子から立ち上がり、急に床に手を付いて震えながら這い回り)イカレテます。

椿 あと数時間で、史上最強の麻薬を組み込んだウイルスが、エベレストに向けて解き放たれる。でも、一つだけ不安があるわ。なぜあなたは、欲望を萎らせて罪悪感に浸っているの? 

坂東 確かに不思議ですな。あんたのフェロモンを嗅いでも興奮しなくなった。ひどく気分が落ち込んでいる。欝状態ですな。しかし、山本先生も、フェロモンの誘惑からは逃れていた。それにあんた自身、抗体があったようだな。それとも、フェロモンというのはシャンパンのようにどんどん気が抜けるものですかな。

椿 (巫女に)蛇男をここに。

 

 (巫女たちが半分皮を剥がされた山本を連れてくる)

 

山本 イテテテテ! まったくひどい。ここは法治国家の領土内だぞ!

椿 (わらって)先生はゲシュタポの親分じゃなかったの。はむかう者は拷問の上縛り首。これ以上の方法はない。

山本 剥がされて分かったことですが、蛇の皮でもないよりはマシだ。がしかし、この痛さはちょいと心地がいい。なにか、ギリシア神話の英雄にでもなったっていうか。どうでもいい野郎は、こんなことされないというか、なんか神様が手を差し伸べて、救われるんだっていうか……。殉教の快感っていうか……。

坂東 ギリシアというよりは、ラ・マンチャ地方にお似合いですな。きっとお迎えがきているんですよ。痛い段階を通り過ぎ、最後は安らかにお行きになる。

山本 しかし、意識ははっきりしておるぞ。例えば、何ゆえ、こんなひどい目に遭わなければならないかと考えている。

坂東 結論は?

山本 みんなが私を人間として認めてくれない。

坂東 アイデンティティの喪失ですかな?

椿 歴史の変換期にはよくあることですわ。みなさん、ご自分に起こる悲劇は信じたくないものですわ。蛇先生は、これから旧人類に降りかかる悲劇の最初の体験者です。何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ! (優しく)急に社会の価値観が変わったせいですわ。貴方って、価値のない旧人類である上に、邪悪な蛇であるからです。二重苦ですねえ。これからの世の中は、価値がなければ生きていけないの。お気の毒です、山本先生。痛かったでしょう。

山本 いえいえこれしきのこと、なんともございません。

椿 どうしてフェロモンにいかれない人がいるのかを聞き出す前に、下ごしらえをして差し上げました。さあ山本先生、正直にお答えください。なにか、ワクチンでもお飲みですか?

山本 ハッハッハ! たとえ私めがワクチンを開発したとしても、姫様に飲ませようなんて、さらさら。

椿 お前の助手であった私が飲むのは当然でしょう。

山本 おりこうさんの助手ならね。

椿 (巫女に)そこの皮のささくれを思い切り引っ張っておやり!

山本 イテテテテ! 女王様がお知りになりたい真実は、私よりも蛇娘から直接お聞きください。

椿 蛇女が、その秘密を知っていると?

山本 もちろん。

椿 お前が答えなさい。(巫女に)もっと引っ張っておやり。

山本 イテテテテテ! うすうす気がついていらっしゃるくせに。このおいらがなんで蛇になったのか……。

椿 (巫女に)もっと大胆に引っ張っておやり。

山本 イテテテテテテテ! 元来、このフェロモンは餌をおびき寄せるためのもので、蛇同士には効き目がありません。つまり、フェロモンの効かない連中は、外側は人間でも、体の中はすでに蛇だってなわけ。蛇皮を移植しなけりゃ蛇にならないなんて、いったい誰が決めたんだい?

 

 (巫女たちは驚きの声を上げ、椿と坂東はショックで倒れ込む)

 

椿 ディーバをここに。(手を縛られたディーバと河童が巫女たちに引きつられて来る)。なぜお前が私を襲ったのか、いま分かったわ。私は抵抗したけれど、お前の胴体に締め付けられ、辱めを受けた……。

ディーバ 抵抗だなんて……。蛇になった私を、皆さんやさしく受け入れてくれたはず。

巫女二 この宮殿では、決してディーバに逆らってはいけないことになっておりました……。ディーバに噛み付かれなかった巫女はおりません。

山本 したたかな蛇さ。興奮すると所かまわず襲いかかり噛み付く癖がある。蛇の遺伝子はプリオンのように噛まれた者に移っていくのさ。みんなに移せば、恐くない! 

坂東 知ってて僕に噛み付いたのか!

ディーバ とんでもございません。先生を噛んだら私、人間に戻る道はすっかり断たれてしまいます。噛みたい毒牙を一生懸命引っ込めておりましたわ。

坂東 (首の噛み跡を見せ)じゃあどうして、ここに噛み付いたんだ!

ディーバ (のたうち回りながら蛇に変身する)ごめんよ。俺、蛇だよ。ドロドロした怨念、情欲。止まらない。抑えられねえんだよ! 復讐心? いや、本能だぜ。お前も、お前も、そしてあんたも、巫女たちも。みんなみんな、蛇になりやがれ! (失神して倒れ込む)

山本 さてみなさま、こんな具合でして、どうかどうかお許しを。蛇の父さんからも深くお詫び申し下げます。なに蛇のしたことです。噛み癖ですよ噛み癖。たまたま悪い病気を持ってたんだ。交通事故ですな。しかしこいつは素直に主張しているだけのこと。気兼ねなんかするこたあない。どいつもこいつもみんな蛇に変えちまえってなわけで皆さん、邪悪なばい菌が粘膜に食らいついて忍び込み、骨髄の中に隠れて晴れの日をじっと待っております。そう。きっと来る。満月の夜だ! ウオーッ、ウオウオーッ! オオカミの遠吠えを合図に、一斉に細胞たちが目覚めやがる!

椿 (息も絶え絶えに)いつ? 

山本 さあね。きっと次の満月の夜。いや、その次かな。治療法? ありゃしない。狂犬病なみさ。一度穢れてしまった体は、元にはもどらないのよ。まさに人生そのもの。やり直しなんか利くもんか! (自分の体を強調し、嗚咽しながら)見なさい。この勇ましいヤマタノオロチ。騙され、たぶらかされ、弄ばされた結果がこれです。(優しく舌で蛇皮を舐め)もうすぐですよ。きっと来ますよ。後悔先に立たず! これが人生! 甘ったれるんじゃない! あああ、なんでなの。(快活に)いやあ、みなさん。もっとご自愛なすって。もっと想像力を豊かにしましょう。墓の中なんて、蛇くらいしか喜ばんよ。タバコは吸わない。酒はほどほどに。いかがわしい蛇とは交わらない! 

椿 (泣きながら泣いている巫女たちに)皮を全部剥がしておやり。

山本 (巫女に皮を剥がされてもその下から新たな蛇皮が出てくるのを見て)おやまあ、脱皮した。まるでラッキョウだ。生き抜くことにかけては、人間よりずっと進化しておる。ところで、ひとつ質問。みなさん、これは死にいたる病、いや蛇にいたる病です。画期的ですぞ。で、お聞きします。どっちがいいですか? 死ぬか蛇になるか!

坂東 蛇になってまで生きたいか!

山本 いいじゃない。人間だって、ちょっと前までは猿だった。蛇だっておんなし生き物ですぞ。ナメクジよりはマシだ。

坂東 ナメクジのほうがマシだ!

山本 (椿に)将軍様。あなたはどうですか。

椿 死んだほうがマシよ!

山本 (落胆して)ショックです。そんなに醜い? 単に面の皮が厚くて、サイケな模様になってるってだけで……。確かに、悪趣味なグリーンに金赤の水玉模様。それにいま流行のスネークウォーキング。私ってグロテスク?

巫女二 (泣きながら)一年に一回ならいいわ。

山本と坂東 カーニバル! (二人で楽しそうにわらう)

山本 ひどい差別。動物扱いだ。しかし諍いが起きないよう、人間と蛇は住み分けが重要ですな。例えば、蛇族の居住区。

椿 (うんざりして)森にお帰り。

山本 人類を救おうなんて、もうどうでもよくなったでしょ。なるようになりゃいい。旧人類は絶滅した。いいだろう。それに変わる新人類は蛇さ。どいつもこいつも、我輩の責任であります。

坂東 旧人類撲滅作戦は中止ですな。蛇になるよりはレトロ人間のほうがずっとマシだ。

河童 おんなじじゃ。これからはこのおっさんのようなイカレタ科学者がどんどん出てくるんじゃ。

山本 科学はまさに両刃の剣ですな。いやはや、自分にその切っ先が刺さるとはビックリだ。いえいえ、人間は進化するスタイルを得たってわけ。おバカな人間もとうとうスネークスルー。おリコウものの蛇に大変身。猿族からオサラバだ。地球温暖化に対抗するには、サボテンの遺伝子も必要だな。

坂東 そりゃ妙案だ。しかし、刺だらけで抱き合うこともままならない。

山本 いいじゃない。カマキリをごらんなさい。死ぬ気になってセックスすれば、地球が蛇で満杯になるこたあない。しかも、蛇は知恵の神様ですからな。みんなから嫌われ続けていると賢くなるもんです。鍛えられるんだな。それに何回皮を剥がされたって、皮はまた出てくる。何回ぶち込まれても、悪さをする盗人と同じ。で、わが娘の性癖も永遠に続く。しかも、けっこうちゃっかり者。みんなに病気を移してご満悦だ。さらに、この娘には密やかな夢があるんだ。さあ、皆さんの前で言ってごらん。

ディーバ (はにかみながら)恥かしいわ。

山本 恥ずかしがる顔か?

ディーバ (顔を赤らめ)意地悪なお父様。

山本 なら、わたくしめが代わりに発表いたしましょう。

河童 (嬉しそうに)人間のおべべを着て、街に出てみたいの。

山本 (女の声色で)そして、いろんな人たちを蛇にしたいの。

ディーバ お友達をつくりたいだけよ。

山本 しかし、お友達をつくるには、蛇は隠さなければいけませんな。ところが、田舎娘であることを隠すようなわけにはいかない。つい尻尾が出ちまう。

河童 見つかったら腹を割かれて蒲焼よ!

山本 お嬢さん。民族の誇りはどこへ行った。我々はむしろ、蛇族であることに誇りを持たなければならない。(椿に)どうです、女王様。蛇族としての誇りをお持ちですか?

椿 舌を引っこ抜くよ!

山本 あんた蛇ですよ、蛇。それが証拠に、いまこの場で、蛇にしてさしあげましょう。

坂東 満月でもないのに。

山本 意外と頭が固いねえ。君も新説をはなから否定する医者の一人だな。病は気からと言うでしょう。満月の振りをして、細胞どもを騙しゃいい。(丸鏡を出して、椿にあてがい)ほら、鏡の中のあなたを見つめてごらん。鏡は満月だ。もう、鏡の中のお前から目を離すことができない。蛇ににらまれた蛇は蛇の目石になるんだ。石になろうと想像しなさい。鏡の中の蛇の目は、すでに真っ赤なルビーだ。目の周りから鱗が現れ、将棋倒しとなって増えていくぞ!(椿と巫女たちの顔が蛇に変わり、悲鳴を上げながら走り去る)

河童 (腹の底からわらいながら)おいおい河童になる奴はいねえのか!

山本 (わらって)お前は川に帰りなさい。ここは蛇穴の中。穴の中は、退屈かつ退廃的だ。

坂東 あんたの妄想も、退屈から生まれた。

山本 いいねえ。退屈は発明の母か。想像したまえ、不遇時代のヒトラーの夢を。退屈な人生は耐えがたい。富も名誉も退屈だ。唯一、神様だけが面白い。

坂東 反吐が出る!

山本 おや、学長の座を夢見ていた坂東様のお言葉とも思えませんな。皆さん大なり小なり妄想をお持ちです。妄想は歴史を動かす梃子のようなものさ。だが、私はもっと進化しておる。孤独です。孤独なテロリストは、違う目線で世の中を動かす。もっと大胆に。

河童 お前の真っ赤な目で世界を見れば、地平線まで血の海だぜ!

山本 いいかね。地球は薄皮饅頭さ。かろうじて秩序は保っているが、中身はドロドロ。ならば、その上で暮らす俺たちも根無し草同然。根元がしっかりしなけりゃ、落ち着くわけはないでしょう。びくびくしながら神様にお祈りを捧げ、なんとか生き残ってきたってわけだ。そこで、私のような頼りがいのある暴君の登場を誰もが待ち望む。わたくし、一瞬にしてストレスのない広~い土地を、生き残った方々に差し上げましょう。

坂東 立派なマニフェストですな。

河童 ハッハッハッ。市民生活なんぞ霞のようなものじゃ。河童の鼻息でひと吹きさ。

山本 しかし残念ながら、河童や蛇には市民の権利なんぞありません。この世界、天国もあれば地獄もある。次の満月には坂東君もすっかり洞穴の住人。そのときになって、分かるんです。決して元へは戻れない。世間からは名医として尊敬され、たまには三ツ星レストランで夕食を取り、月に一度は秘密の愛人とのセックス。男なら誰でも羨むその生活は、蛇になったとたん、遠い遠い過去の思い出だ。しかし、それはのっけから蜃気楼であった、と君はようやく理解する。あああ、楽しみだぜ。(蝶ネクタイを伸ばして体を捩じらせ)君のスネークウォーク。

坂東 しかしそもそもあんたが蒸発したのは、病院の権力闘争に負けたからでしょ。

山本 (興ざめて)なんだ、藪から蛇に下らんことを。私は君のようなちゃっちい男か? 

坂東 ちゃっちい蛇野郎さ。

山本 黙れ! お前、医者のくせに人間を知らん。どんなに偉大な人物でも、そいつのエネルギー源は猿のケツに等しい。なぜなら、社会も所詮猿の集団だからな。私のちゃちさなんぞ君に指摘される筋合いのものではない。要は、人生を全うしたいのさ。とでかいことをしてな。私は猿の英雄として死を迎える。

ディーバ ならば、特等席がございます。お父様。早くお乗りにならないとすっかり蛇になってしまいますわ。

山本 そうだ、ようやく決心がついたよ。私は爆弾を体に巻きつけて勇ましく死んでいく。英雄になるんだ。どうだ、まいったか。いままで私を虐めてきた奴らに意趣返しだ。さあ、ミサイルに乗り込むぞ。エベレストの上空に来たら、自爆しましょう。私の蛇皮は粉々に砕け散り、たなびくジェット気流に流されて、キラキラ輝きながら世界の果てへと飛んでいく。やがて、天使のようにしなやかに、黒猫のようにヒラリと地上に舞い降りると、公園の土の中に密かに忍び込み、ヒルのごとくカップルがやってくるのを根気よく待ち続ける。執念深く、持続的に、繰り返し、平々凡々と、日常のありきたりのシーンのように、私の怨念はじわじわと大陸に浸潤していくのだ。土に埋もれた一片の蛇皮から、やがて世界を凍りつかせるウイルスが、バクテリアどもを蹴散らしながら、土ぼこりといっしょに舞い上がり、坊ちゃん嬢ちゃんのお口に吸い込まれて、いかれた頭にして差し上げましょう。人間はどんなにか弱い動物であるか、証明いたしましょう。世の中、まともなオツムじゃ生きてけない。親御さんもいかれたオツムをお望みじゃ。某国立大学をお出になってお役人になったが途中で追い出され、退職金もらって天下り、ってその梯子で稼いだお金がたったウン十億かよ、ってチャチイ話で白け切ったところでいざシュッパーツ!

 

 (山本は勇ましくミサイルに乗り込み、ディーバがスイッチを入れると大音響、閃光とともにミサイルは崩れ去る。衝撃で、フェロモンが撒き散らされ、粉々に砕け散った山本の蛇皮が辺りに散乱してのたうち回る。ディーバと坂東はすっかり蛇となり、幻想の中で熱く抱擁する) 

 

ディーバ 今は亡き父は自分を犠牲にして、世界を救われたのです。

坂東 ご立派なお父様でした。一握りの人々だけの幸せが許せなかった。

ディーバ 父のもくろみは成功しました。人間たちはみな蛇になり、私たちには人間になる夢だけが残されました。

坂東 化石が見る夢のようにはかない。あなたは今までに、何回死にました?

ディーバ ずっとずっと化石のままよ。生きている気はしなかった。

坂東 いいや、あなたは人間に変わると、その瞳は輝いていた。あなたにもハレの日はあった。

ディーバ 蛇が人間を飲み込む恐怖に怯えるハレの日々。

坂東 恐れはあなたが人間である証拠だ。しかしなぜ、楽になろうとしなかったのですか?

ディーバ 生きていたのは夢の中。夢と現実は厚いガラスで仕切られて……。

坂東 いいや……。あなたは蛇のように賢く、野太く生きてきた。本能的に、生きる目的を知っていた。

ディーバ 生きる目的?

坂東 あらゆる生物の目的は、続けることしかないのです。続けるために生きるのです。続けるために食べる。続けるために戦う。続けるために交わる。続けるために生きる。

ディーバ 何を続けるのですか?

坂東 存在です。単なる……。

ディーバ いいえ、父は破滅するために生きたのです。

坂東 お父様は誰かの心に存在し続けるために生きようとしたんです。人間としてね。だから、人間でなくなったとき、絶望した。絶望は死と同じ言葉だ。しかし、死は絶望から救ってくれる。

ディーバ 私は絶望していても生きている。

坂東 君には希望がある。僕という……。

ディーバ ならば、あなたと二人で野太く生きていく。

坂東 驚いたな。君はまるで蛇のように逞しい。

ディーバ いいえ、私たちは人間として生き抜くのよ、逞しく。

坂東 さあ、街へ出よう。冬ごもりは終わった。人間たちの世界に出るんだ。雑踏に紛れて人の皮を剥ぎながら、蛇であることを隠して、野太く生きていくのだ。

 

(突然洞窟は都会の映像に変わり、二匹の蛇は手を取り合って走り去る)

 

(おわり)

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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