詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「ツチノコ」九 & 詩

ハンスト・エレジー

 

僕はレストランでステーキを頬張りながら

あの断食芸人のことを思い浮かべているのだ

なぜ死ぬまで断食を続けなければならなかったのだろう

きっとあいつの体は純粋で

異物を体内に取り込みたくはなかったに違いない

おそらくあいつは僕以上に偏屈な男で

外部から栄養を取らなければ死ぬという

この星のシステムを嫌っていたからに違いない

だって明らかに金のために断食をしたわけではない

明らかに意地を張って断食し続けたわけではない

明らかに自慢をしようと思ったわけではない

客にバカされていることは分かっていたのだから…

ならばこの世が嫌になって、死のうとしたのだろうか…

そうだやっぱり、この星のシステムの問題に違いない

あいつはこの星の住人であることを恥じたのだ

断食というルーチンを終えた後の開放感を恥じたのだ

習慣化した断食明けの食欲を忌み嫌ったのだ

そうだあいつは食うという行為自体を恐れたのだ

なんという恥ずべき行為だろう

牙をむいて肉を噛み砕く下卑たしぐさ

食って、消化して、便を垂れるというえげつないしぐさ…

嗚呼グロテスクだ、耐えられないぜ、この世のシステム

あいつは詩人のようにナイーブな男だったのだ

僕は急に気分が悪くなり

便所に駆け込んで牛のように吠えながら

盗んだ金で食らいついた

高価な肉塊を全部吐き出してしまった

 

その明くる日、僕は逮捕され

あげくに不法滞在で入管施設に収監された

嗚呼グロテスクだ、耐えられないぜ、この世のシステム

どこに行っても自由に生きられないなんて…

街中に迷い込んだイノシシ以下じゃないか!

僕はあの断食芸人のように

ハンガーストライキに突入した

仮放免を期待したからだって?

冗談じゃない!

砂漠の夜空に輝く満天の星を見てごらんよ

あそこには、こことは違う世界が広がっているって

子供の頃、イマームから教わったんだ……

僕はあの断食芸人に会いにいくことにしたのさ

 

 

 

 

戯曲「ツチノコ」九

九 手術室

 

 (鍾乳洞全体が褐色のプロポリスで塗り固められた手術室。手術台が二つ置かれ、一台にはディーバが、ほかには皮膚を提供する巫女が寝かされている。ディーバの横には河童が介護人のように佇む。手術台の上に鍾乳石が下がり、そこに照明が取り付けられている。首から下がすっかり蛇になってしまった山本が、這い回りながら助手たちに指示を出している。そこに手術着を着た坂東と梓、椿が入ってくる)

 

坂東 これが最先端の手術室? まるで洞穴だな。

椿 (山本を見てわらい)先生、すっかり蛇になられて、ご立派。

山本 一日にして爬虫類に祖先帰り。

坂東 もう人間には戻れませんな。

山本 蛇になって分かったことだが、爬虫類は人間以上に朗らかな動物だ。野生の図太さっていうのかな。いままで以上に、世界を独り占めしたくなってきた。

坂東 ときにどこです? 地球を抱きしめるおてて。

山本 嗚呼、この蛇腹のような胴体に呑み込まれちまった。マッ、必要なときは君の手を借りるよ。

坂東 いやだね。

椿 坂東先生も蛇におなりになればいいわ。

山本 みんなで神様になればいいのさ。

河童 みんなで河童になりゃいい。

坂東 ご冗談。

山本 蛇だろうが私は神様じゃ。今まで何人が神になろうとした? 始皇帝、シーザー、ネロ、ナポレオン、ヒトラー。そして私がその完結編さ。神にとっては人間もゴキブリも区別がない。増えすぎれば数を減らす。

坂東 もう聞き飽きたよ! どいつもこいつも神様気取り。

山本 神になれば神を畏れることもない。ところで無法地帯では、権利は権力のことだ。飢えたライオンの前で生きる権利を主張したって二秒で食われる。君、闘って自滅するか、ルンルン気分で死んでいくか、どっちがいい?

坂東 どっちもいやだね。

山本 ならば君は、私の後継ぎ以外にない。郷に入っては郷に従えさ。しかし、手術着姿とはどうした風の吹き回し?

坂東 郷に入っては郷に従えだ。

山本 当ててやろう。君はディーバと深い仲になった。

坂東 あのバケモノと?

ディーバ 聞こえていてよ。

坂東 患者は眠っていなさい。

河童 手術室に入ると、医者はとたんに威張り始めるぜ。

坂東 臆病風を吹き飛ばしたいのさ。内心は不安でたまらない。

山本 なぜ君は、生きている人間の皮を剥ぐのかね?

坂東 剥がしてくれって本人が言うんだ。

山本 その通り。麻薬で頭がおかしくなっていても、本人の意思だから尊重しましょう。人間の行動はすべて本人の意志によるもので、他人のせいではない。

椿 (わらって)山本先生も、すっかり蛇の目線で人をからかうようになったわ。

山本 生真面目な奴を見ると無性にからかいたくなるんだ。

坂東 それにしても、最悪の手術室だな。塹壕で手術するようなものだ。

梓 壁も天井もプロポリスの漆喰です。落ちてくる水滴は滅菌済み。耐性菌もカビもウイルスもゼロ。先生の病院よりも安全です。

坂東 (手術用具を手にとって)ヒャア、レトロ! 高周波メスもありゃしない。

山本 腕だよ腕。道具なんざ刺身の妻だ。包丁一本で皮を剥がし、縫い針一本で縫い上げる。フランケンシュタインだって簡単にできちゃうさ。

ディーバ やっつけ仕事はしないでね。

坂東 麻酔は?

山本 ネコに小判、蛇に麻酔、とくらあ。

河童 アルコールならいただくわ。

山本 ウワバミめ!

巫女一 盛り上がっているようですが、早く皮ください。

山本 脇の下はダメ。珍品だからな。

巫女一 そこが一番美味しいのに。

山本 わしがいただき! 

巫女一 だったら、ほかの部分はみいんな私。

椿 ハンドバッグにすれば二十万円。巫女殿に移植すればゼロ。

巫女一 ひどいわ。私は貴重な生贄ですよ。

河童 (ディーバの声色で)待って。カチンときたわ。私はあなたの皮。あなたは私の皮。そしてお父様は私のフェロモン。三方良しの物々交換じゃろ。

巫女一 ディーバに命を捧げることが私のすべてなのです。

河童 やだストーカー! キモイーッついでにおいらに肝を食わせろや。

山本 (皮肉にわらって)悪人どもが一堂に会したなかでもディーバがいちばん悪だ。巫女を過激な蛇皮フェチにしちまった。お前は麻薬工場。巫女たちは麻薬中毒。そして私は、世界の麻薬売りときて三方悪しじゃ。

河童 (ディーバが泣いているのを見て)姉ちゃんどうしたの。姉ちゃんは心の清らかな蛇ですよ。坂東先生にお任せすれば、きっと綺麗になりますって。

梓 (いらいらして)さあさあ始めてください。

山本 手順を説明しよう。坂東君はディーバ担当。河童も手伝え。梓君と椿君は巫女様の皮を身ぐるみ剥いでおくれ。まずは、二人が巫女の皮をごっそりとな。大きめがいい。それを見届けてから、坂東君はディーバの蛇皮を剥がして交換じゃ。君は巫女の皮をディーバに縫い付け椿君はそれを手伝え。梓君は蛇皮を巫女に縫い付ける。皮が足りなかったら、どんどん巫女から剥がすんだ。何かトラブルが発生したら、ボタンを押すと、赤ランプがついてラインは停止する。

板東 ジャストインタイム!

山本 徹底的に無駄を省け!

梓 労働者はマシンです!

山本 無駄口を叩く暇があったら改善提案しろ! ところで、脇の下の蛇皮は、私へのプレゼント。お忘れなく。

梓 硬い蛇皮を縫うのって疲れます。

山本 縫わなくてもくっつくさ。ドナーは死んでもいいよ。(巫女に)ねえ君、同意書にサインしたよね。

巫女一 殺す気?

河童 ディーバは死にたくないの。どっちの命が尊いかしら?

山本 世の中、価値のある方が優先だ。一兵卒は将軍の盾となれ! (坂東と梓、椿たちが手術に取り掛かるのを見ながら)ドナーの皮膚はごっそりとな。刀は大胆に切り込む。命を剥ぎ取るようにがばっと切れ。ディーバの蛇皮は、一ミリたりとも残すな。掻き出すようにな。大胆かつスピーディ。これが手術の鉄則じゃ。

椿 殺す勇気で切り刻みます。殺しちゃったら謝ります。

河童 しーんじゃった、死んじゃった。謝る以外なすすべなし。

山本 うるさい!

坂東 質問。すっかり取っちまったら、次の蛇皮は供給できませんよ。

山本 (わらって)へぼ医者め。蛇皮はサメの歯のごとく後から後から湧き出てくるんじゃ。人肌を縫い付けるときは丁寧に。女神様のご機嫌を損なうなよ。完璧にな。(梓と椿が巫女から皮膚を剥がすのを見て)うまいぞ。丁寧に扱え。さあ、坂東君の腕の見せ所だ。

河童 (坂東が蛇皮を剥がしているのを見て)悪党! 身ぐるみ持っていきやがれ!

ディーバ (坂東が蛇皮を取り除くと上半身を起こして、剥がされた上半身をさらけ出し)あら、どうしたっていうんだろ。身ぐるみ剥がされると、不安だわ。スースーする。(河童が蛇皮を肩にかついで、梓に渡すと)まあ、闘牛士のようにご立派だこと。頼もしいカッパさん。(椿から巫女の皮を受け取り、肩にかけた河童を見て)それに比べて、人肌はまるでブタの皮。きっと蛇には、私の気持ちが分からないわね。

山本 患者は寝ていろ。坂東君、ここからが腕の見せどころだ。ところで、私の宝物は? (河童が膿盆に乗せた二つの真円の皮を山本のところに持っていくと)ああ、すばらしい。君はピカソのようにメスを扱う。完璧な丸だ。これは、人類をスリムにするおろし金さ。この皮二つで、一億の人間が滅びるのだ。ひとたびこれを嗅いだら、地獄へまっ逆さま。(鎌首をもたげてディーバの縫合手術を見物しながら)上手いな。やはり私の弟子だ。そうだ、上手いぞ。手馴れたもんだ。

梓 (蛇皮が蛇行して逃げて行くのを捕り逃し)先生! 蛇皮に逃げられました。

山本 放っておけ。

巫女一 私の一張羅、返してよ!

山本 一カ月お待ちください。

巫女一 (皮膚のないまま手術台から降りて、駆け出し)待ちやがれ!

坂東 手術完了。

山本 でかした。完璧。(膿盆を覗き込み)あれ、ここにあった僕のご褒美は?

坂東 知りません。

山本 (あわてて)逃げたぞ! 

河童 嗚呼哀れ蛇の尻尾はケツを求めて遍歴の旅に出たのでございまする。

ディーバ (自分の脇を見て)私のところに戻っていないわよ。

山本 (坂東に)君。どこかムズムズしないかい?

坂東 汗で頬っぺたムズムズ。

山本 マスクを取って、そうっと覗いてみてごらん♪

坂東 (両頬に蛇皮がくっ付いているのに気付き)ワアアアーッ! (駆け去る)

 

(つづく)

 

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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