詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「ツチノコ」一四 & 詩

僕の心

 

僕は不思議な夢を見た

僕の心がリークして

小さなデバイスに入り込んでしまった

そこからインターネットに流れ込んで

世界中の人の心と混じり合ってしまった

僕の心は拡散に拡散を重ねて

世界中の人と同じことを考えるようになった

僕の心はもう僕の心ではなくなっていた

僕の心はもう戻っては来なかった

僕の心は人類全体の普遍的な心になってしまった

僕はもう僕ではなかった

世界中の人が僕になった

僕と他人を区別するのは容姿だけになった

僕は自分の考えを主張することができなくなった

僕は世界中の人の考えを考えるようになった

僕は世界中の人と同じに

違う考えの人を野蛮人だと思うようになった

僕にある僕は、もう僕ではなくなっていた…

 

 

 

成人式に送る

(悪疫の中における…)

 

水面は流れ

時はとどまる

徒労に満ちた滑らかさ

時をなくした営みが

人から人へと無限に続く

これは死の世界

宇宙の摂理

力もリズムも均衡の想定内で繰り返すのみ

否、宇宙は膨張し

いずれは収縮する

人々は増殖し

そして消滅する

天空を模倣した森羅万象は

見せかけの営みから希望を膨らませ

あるとき突然反対に切り返し

細い足首に虚無の鎖が絡まりつく

いちどつながれたら解けないのだ

相棒となってしっかり腕を組み、怠惰な墓場への行進が始まる

生きていようが死んだも同然

しかし希望はミトコンドリアの大切な餌食なのだ

今は船首に立って

霞たなびく蜃気楼に憬れるもよし

漕いでいくのは一時の慰め

無為に囚われる前に

振り返らずに逃げ急げ

囚われの王女が望むのは

徒な白日夢

逞しい筋肉は

子供じみた妄想

順風満帆の門出には

相応しからざる呪いの祝辞

風は単なる気圧の差

夢はおおかた

海の藻屑と消え去る運命

 

 

 

戯曲「ツチノコ」一四

一四 皮剥ぎ室

 

 (五匹の蛇の子たちは戸板に貼り付けられ、巫女たちが皮を剥いでいる)

 

蛇の子一 質問。剥がされたあとは、どうなるの?

巫女一 (蛇の子一の皮を剥ぎながら)しばらく檻に入れて観察するの。エサを与えて、満月の日に蛇皮がもう一度生えてくるか、じっくり調べる。

蛇の子二 なあんだ、生体実験か。

巫女二 (蛇の子二の皮を剥ぎながら)資源は大切にね。とことん研究し、とことん絞り取る。

蛇の子三 僕の皮は一度っきりしか取れないよ。サメの歯じゃないんだ。

巫女三 (蛇の子三の皮を剥ぎながら)残念。使い切ったら産業廃棄物。

蛇の子一 僕たち、とってもいい子だよ。

巫女一 黒蛇でも赤蛇でも、カエルを捕らない蛇はいい蛇とは言わないの。会社では窓際。家庭ではごく潰し、社会では、ゴミクズ野郎。

蛇の子二 僕たち、心はとっても優しいよ。

巫女二 優しさなんて、金にならんわ。必死に生きればみんな鬼になる。

蛇の子三 僕たち、必死さ。でも蛇のままだ。

巫女三 結果を出さないとご主人様は認めない。毎朝卵を産んでくれるニワトリさんを見てごらん。

蛇の子三 あああ、たまらねえ。卵の丸呑み!

蛇の子一 でも、風邪にかかったニワトリは生き埋めじゃ。

巫女一 欠陥品は産業廃棄物。かわいそうだけど社会のご命令。

巫女一 ご命令が、哀れな歴史を作っていく。

蛇の子二 じゃあ僕たちも生き埋め? 

巫女二 あんたは、ガス室のほうが効率的。

蛇の子二 生き埋めだったら、埋めるときが殺すとき。一石二鳥や。

巫女二 もったいない。腐ったお肉は蛇ちゃんたちのエサにするわ。

巫女三 とにかく効率です。効率的な飼育。効率的な出産。効率的な発展。効率的な生産。効率的な金儲け。効率的な皆殺し。

蛇の子二 でも僕は頑張る。必死に生き残れ! 僕たちの頑張りが、僕たちの命を救う。

巫女たち (手を叩いて)いいぞ! 看板にして、洞窟の入口に掲げましょう。

蛇の子三 それぞれ得意分野があるんだ。僕は一度しか皮が生えてこない。その代わり、獲物を飲み込む速さは抜群。

巫女一 (剥いだ部分の蛇皮を戸板に鋲で打ちつけながら)資本主義では、お金にならないものは才能とは言わないの。お客様は蛇皮がお望み。そのニーズにお応えできる蛇は、お金持ちよ。

蛇の子二 僕、力仕事なら何でもこなせるよ。

巫女二 (剥いだ部分の蛇皮を戸板に鋲で打ちつけながら)残念ねえ。ここは建設現場じゃないわ。

蛇の子三 それにしても、手間のかかる剥がし方。

巫女三 そおねえ。圧縮空気で一気に剥がします?

蛇の子一 またまたまた。大事な商品に傷をつけていいんですか? 

巫女一 それに、もう少しで剥がし終わるし。

巫女三 (手を挙げて)はい、一番。首の皮一枚残して、全部剥がし終わった。

蛇の子三 すごいすごい。首切り役人もびっくりだ!

巫女二 はあい、あたしも終わり。

巫女一 あたしも、終わった。

巫女三 あたしたち、職業オリンピックに出れるわね。

蛇の子たち イテテテ! (皮を戸板に残して、一気に逃げ出し)

巫女たち (口々に)待ちなさい! 

巫女二 逃がしたわ!

 

(つづく)

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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