詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「ツチノコ」一三 & エッセー

エッセー

GAFAという世界国家

 

(一)

 太平洋の底には、太平洋プレートやフィリピン海プレートと呼ばれる巨大な岩盤があって、日本列島の下に年間七、八センチほどのスピードで沈み込んでいる。日本の土台はこの軋轢に耐えられなくなると、撥ね返って大きな地震を起こす。

 

 こんな危険な土地に高層ビルを建てることは、アリ塚を作るアリと同じく、人間の性(さが)としか僕には思えない。バベルの塔もイタリアの塔の町サン・ジミニャーノも、サウジのジッダ・タワーもそれを証明しているだろう。性といえば、人間の社会も女王アリを頂点とするアリの社会も、デカルトさんが暗におっしゃるツリー状の構造になっていることは間違いない。例えば戦前の日本では、天皇を絶対的な頂点とするツリー状の社会構造が出来上がっていた。天皇が象徴となった現代では、政府がいろんな法律を作って規制しながら、その形態を保持している。

 

 政府の命令で官僚組織が展開し、官僚の命令で大企業が展開し、大企業の命令で下請けの中小企業が展開し、その企業の命令で薄給取りたちが展開して家族を養う。少なくとも地表面における社会はまさにツリー状の構造になっているのだ。

 

 しかし、クリスマスツリーはツリーではない。あれはただのお飾りだ。なぜなら、ツリーには地下茎(リゾーム)が不可欠だからだ。年明けには、根のない木は死んでしまう(いまは根付きツリーも多いが…)。社会構造もまさに同じことが言えるだろう。ドゥルーズ、ガダリさんじゃないけれど、地下茎がなければ社会は機能しない、ということは地上の部分は、地下茎の性格が変わればたちまち崩壊してしまう。ひょっとしたら、AIや情報網の発達で、木が無くなって地衣類だけが生き残る世界が来るかも知れない。例えば、人々が遊びほおけるだけの社会にツリー構造は必要ない。AIやロボットがパーフェクトにみんなやってくれるのだから。きっと、のろまな国や政府だって必要なくなるかもしれない。

 

 ここで僕の言いたいことは、哲学的な意味じゃない。社会の構造を支えているのは、表向きには分からない地下茎のようにグロテスクな部分であるということ。分かりやすい話として人間関係を例に取ると、政権の基盤には、嫉み、敵対、保身等々の地下茎が絡み合っていて、それらがどんな政策にもいろいろと茶々を入れる。

 

「あの人は顔が広い」とか人脈とかいろいろ言うが、人間は人間関係の中で仕事を成功させ、地位を築いていく。人間関係を築けない人や嫌われ者は、たとえ社会に貢献するようなグッド・プロジェクトでも支援が得られず、成功者にはなかなかなれない。実力者は実力者で、イチローのようにずば抜けないと、足を引っ張られるのが関の山だが、それを防いでくれるのも良好な人間関係だ。ノーベル賞の獲得だって、まずは政府官僚や協力企業にゴマを擦って多額の研究費用を得るところから始まる。

 

 しかしこの人間関係は、基本的には個人と個人の関係なので、「winwin関係」や「ナアナア関係」という代物が必ず付き纏っている。金持どうしが集まって金を回せば、巨額の富が湧き出して、貧富の差がさらに加速する。ときには「ナアナア関係」が歴史的な大失敗を招来する。福島第一発電所の防波堤の高さやベント装置の安普請は、すべて原子力官僚と電力業界の「ナアナア関係」に起因していた。GoToキャンペーンの遅閉めだって、首相と自民党幹事長の「ナアナア関係」の成せる業だ。

 

 つまり、地上では明解な論理的・科学的な理屈も、地下茎のような複雑な人間関係が生み出す屁理屈が介入して、物事はすんなりと進まない。成功への真っ直ぐな道も、いろんな人間の損得・忖度が邪魔をして、ジグザグの道になってしまう。政府のコロナ対策が専門家の指摘にもかかわらず、なぜモタモタしているのかというと、予測が不確定な状況で、政府に献金するいろんな利益享受団体の要望を無碍に断れない立場に政府が置かれているからだ。歴史的にも、ナアナア関係が後世に禍根を残す事態は五万とある。

 

 ところで、最初にプレートテクトニクス現象のことを話したが、これは人間社会にも当てはまる。ツリー構造の上部にいる連中が、地下茎で吸い上げた養分を独り占めしてどんどん伸びていけば、下部連中はその重さに耐えかねて揺らしにかかるだろう。貧富の差が極まれば、ひずみが耐えられなくなったところで撥ね返りが起こる。昔の王制国家では革命になった。民主主義の日本ではそれは政権交代というところだろうが、新政府が樹立しても保守的な官僚機構に絡め取られてしまうことは十分考えられる。日本は政権が代わっても動かない官僚地盤の上に立つ、官僚民主国家であることを忘れてはいけないし、守備範囲を必死に守ろうとする彼等の権謀術数は長けている。

 

(二)

 グローバリゼーションの現在では、世界企業のGAFAが撥ね返りを食らっている。資本主義社会においては金の力が世界を支配する。中国では共産党の金の力が中国圏を支配し、中国政府はそれを世界に広げようとしている。それに対してGAFAは儲けすぎた金の力で世界を支配しようとしている。トランプの「アメリカ・ファースト」はそれらに対する撥ね返りの一つだ。グローバリゼーションの波に乗って、中国でもGAFAでも、金の力で世界を席巻すれば、世界は一つの王国となるだろう。頭首は中国かGAFAかは分からないが、あらゆる情報網を押さえ込んだ者に違いない。しかし、その前に各地でプレートテクトニクスの撥ね返り現象が頻発するに違いない。いずれにしても、世界の資本主義システムはおかしな方向に進んでいる。

 

「あらゆる情報網を押さえ込んだ者」。5G、6G~などの情報技術を含むデジタル覇権が未来の地球を支配する。この情報網は、当然のこと、地下茎(リゾーム)に分類される網の目である。これまで表向きはツリー状に構築されていた社会システムは、インターネットという粘菌風地下茎の出現で再構築が進んでいる。リゾームの主軸はインターネットと言うことができる。欲望と金脈の坩堝である地下を制する者が世界を制する、ということはGAFAがすでに世界を支配しているのかもしれない。

 

 中国がいくら5Gや貸付で頑張っても、共産党というツリー構造をカサブタのように背負い込んでいるのだから、勝敗は明らかだ。中国が負ければ、「眠れる獅子」ならぬ「張子の獅子」に転落してしまうだろう。仮にGAFAが王様の感性でメディチ家のように傭兵を雇えば、世界を武力支配することも不可能ではない。なぜって、人類一人ひとりの情報を知る立場にあるのだから、中国政府と同じことを世界規模で行うことも簡単にできる。

 

 当然、GAFAが世界平和に献身すれば、世界は住みやすくなるだろう。世の中すべて金次第なら、平和だって金で買える。中国がいま発展途上国にやっていることを、「平和」をキーワードに展開すればいいことだ。こうなるともはや、GAFAは地球に浸透する国境なき「なんちゃって国家」だ。

 

 危惧するのは、GAFAが結託してよからぬことを考え、どこかの独裁者と密約を交わすことだ。GAFAを虐めてばかりいると、そんなことが起こるかもしれない。自分たちの利潤をとことん追求するのが、資本主義の性であるなら……。

 

 GAFAさん、アメリカが虐めるのなら日本との密約をよろしくお願いしますよ。日本と一緒に世界を牛耳ろうじゃありませんか。アメリカなんかより、日本のほうが低姿勢ですよ。しかし当然のことですが、日本側から提供するものは何もなく、GAFA様には何のメリットもござんせん、あしからず…。いずれにしても6Gの研究費、NTTにお願いしますよ!

(注:密約は、政治の舞台では頻繁に破られます。:私、NTTとは一切関係ございません。)

 

 

 

戯曲「ツチノコ」一三

一三 青白く光る洞窟の中

 

 (鍾乳洞の壁は燐でうっすらと青白く光り、道は骨で埋め尽くされている。明治時代の軍服、米兵のヘルメット、登山者のチロリアンハットなども散乱している)

 

坂東 (骸骨の上を歩きながら)いかん! 屍の山だ(両手で頭を抑えてしゃがみ込む)

蛇の子一の声 おかしいな。

蛇の子二の声 落ちた音がしないぜ。

 

 (坂東が驚いて顔を上げると、洞窟の壁にへばり付いていた半人半蛇の子供たちが飛び出して坂東を取り囲む)

 

坂東 何だお前ら!

蛇の子三 人間をエサにして、生きているのさ。

坂東 (逃れようとしながら)助けてくれ!

 

 (坂東は子供たちに捕まり、石柱に縛り付けられる)

 

蛇の子一 (包丁を取り出し)ヒヨコを飲み込んだ蛇は、柱に打ち付けられて、お腹を縦に裂かれるぞ。

坂東 おじさんはなにも悪いことしていない。この骨の山はなんだ?

蛇の子二 上から落ちてきたのさ。何万年も昔から、運の悪い人や獣が落ちてくる。

蛇の子三 (上を指差し)ここは自然の落とし穴さ。

蛇の子一 落ちたらご馳走さん。

坂東 人も食っているのか?

蛇の子一 (腹を叩いて)なんでもこい。(明治の軍服を手に取り)これは冬山で訓練していた軍人さん。お母さんが食べた。

蛇の子二 (米空軍のヘルメットを取り)これは不時着した米軍機のパイロット。

蛇の子一 おじさん、蛇食ったことある?

蛇の子三 食べるときは皮を剥ぐ。皮が臭いんだ。

蛇の子二 人間の皮は美味しいよ。

坂東 いったい君たち、どっちの味方だ!

蛇の子一 蛇に育てられれば蛇さ。

蛇の子二 ここは蛇じゃないと生きていけない。

坂東 蛇は言葉を喋らない。

蛇の子三 じゃあ、人間かなあ。いや、教育された蛇。でも本当は、染色体をいじくられたバケモノ。

蛇の子二 学者様のお遊びの結末。バケモノできちゃったゲーム。

蛇の子一 神様気分で、いろんな怪物つくりましょう。

坂東 君たち人間じゃないか。なら、人間を食べちゃいけない! 

 

 (子供たちはわらいころげる)

 

蛇の子一 殺してもいけない?

坂東 殺してもいけない。

蛇の子一 食べていると死んじゃうんだ。殺すわけじゃない。

坂東 踊り食いか?

蛇の子三 人間だって殺し合うじゃん。

蛇の子二 お腹がへれば共食いする。

蛇の子三 おじさんの敵は人間だろ。

蛇の子二 僕たちの敵も人間さ。

蛇の子一 さあ、生きのいいとこ食っちまおうぜ。(一斉に坂東に飛び掛る)

ディーバ (蛇の姿で現れ)やめなさい! (子供たちが岩陰にかくれるのを見届けると、坂東を開放する。腰を屈めて挨拶し)ようこそ、グロテスクの国へ。ここは蛇の国。哀れな弟たち。そして、愛する人に刺された惨めな蛇女。

坂東 僕は助かった?

ディーバ いいえ。ここではあなたは単なる餌よ。あの子たち、いつも飢えています。特に冬は獲物が少ないの。

坂東 冬眠すればいい。

河童 (ディーバの後ろから出てきて)聞いただろ、冬眠しな!

壁の声 無理だよ。餌の落ちてくる音で、目が覚めちまう。ほら、かかった!

 

 (大音響とともに、雪の塊が落ちてきて、二人を掠める。塊が割れて瀕死の登山者が出てくる)

 

登山者 助けてください。

坂東 大丈夫ですか?

登山者 滑落した。どこです、ここ。

河童 地獄の一丁目だよ。

坂東 安心なさい。僕は医者だ。

ディーバ ご心配なさい。ヤマタノオロチです。

登山者 (気が遠くなって)ヘ、蛇と河童! 幻覚ですか? 死ぬんですね。

坂東 (登山者の脈を診て)危険な状態だ。救急車呼んでくれ!

 

 (壁中がわらう)

 

坂東 いや、ここにも手術室があったな。みんな、運ぶの手伝ってくれ。(壁の陰から蛇の子たちが出てきて、すばやく登山者を担ぎ上げ、嬌声を上げながら暗闇に消えて行くのを見て)オイオイ、医者を置いてくのか!

ディーバ おやめなさい。追いかけても無駄よ。

坂東 しかし、患者は?

河童 (わらって)今ごろお腹の中さ。

坂東 まさか……、食われちまった。

河童 蛇はあごが簡単に外れるんだ。隙を狙って、出っ張ったところに食らい突く。一匹は右手、一匹は左手、一匹は右足、一匹は左足、そして一匹は頭。けど河童は股ぐらに食らいつく! 大腸小腸、五臓六腑をズルズルすすり上げろ! 大きな肉をせしめようと、みんなみんな思い切り引っ張り合うのさ。大宴会だ。ああ、想像しただけでヨダレが出てきやがる。(ディーバは坂東の首に食らい付く)

坂東 あああ、やめてくれ! 

ディーバ 私を蛇に戻してくれた先生。くやしくって食べてしまいたい! でも許してあげる。(媚びて)また愛してくれるなら。 天然フェロモンのほうが上等だわ。(蛇皮の脇を上げて)さあ、胸いっぱい嗅いでください。

 

 (二人が絡み合っていると、蛇の子たちが、満足した面持ちで戻ってくる。登山者のヘルメットや登山服を見につけている者もいる)

 

坂東 (疲れた声で)君たち、登山者をどうした!

蛇の子一 途中で死にました。

蛇の子二 仕方がないから、食べました。

ディーバ 美味しかった?

蛇の子三 筋だらけ。でも、硬くなる前には食べれたよ。

坂東 踊り食いかよ!

ディーバ おすそわけ?

蛇の子二 しまった! すっかり忘れてた。

蛇の子三 一緒に来ればよかったのに……。

蛇の子一 じゃあ、そこのオジサン食べちまおう。

坂東 (慌ててディーバの後ろに隠れ)助けてくれ!

ディーバ ごめんね。この人。姉さんのフィアンセ。

蛇の子二 趣味悪れえ! じゃあ、元彼になったら食べようね。

河童 フン、肉の臭いがするぜ。

蛇の子三 ばれたか。(登山者の手を出す)

ディーバ さすが坊やたち!  失礼。(夢中になって手に噛り付く)

坂東 嗚呼……。

河童 おいらには無しかよ。

蛇の子三 (腸を差し出し)河童兄さんには、クソ入り大腸ソーセージ。

河童 さすが弟。(腸に食らいつきながらこそこそと退場)

坂東 幸せな家族の食卓か……。

蛇の子三 食ってるものが人間だからおかしいんでしょ。鳥の手羽だと思えばおかしくない。

蛇の子一 人間はもっとグロテスクだよ。僕たちをこさえたんだ。自然にはない生き物さ。

蛇の子二 僕たちも一応未来人です。

蛇の子三 未来人にもはみ出し者はいるんです。

蛇の子二 未来人のエサは現代人です。利用できるものは利用するのがリサイクルです。

蛇の子三 未来人は人間として登録されていないから、人を食べても罪になりません。

蛇の子一 その代わり、裁判を受けずに殺されます。ハンターの方々に。

坂東 君たちをつくった父親を食いたい?

蛇の子一 食っちまうさ。あいつの道楽で生れたんだ。

坂東 (わらって)それはけしからん父さんだ。でも、あの人も蛇でした。

子供たち おめでとう。

蛇の子二 じゃあ共食いかよ。

蛇の子三 蛇を食うのは嫌だな。

山本 (岩陰から登場し)これはこれは光栄ですな。君たちの生みの蛇ですよ。ひと夏の過ちで君たちをつくってしまったパパを許してね。しかし今では私もすっかり君たちのお仲間となった。君たちから悪いばい菌を移された。しかし蛇は人間よりも紳士さ。共食いはいやか。まさか、私が憎くても食おうとは思わんだろ?

ディーバ (手をすっかり飲み込んでナプキンで口を拭き)あらあら、長年私どもを苦しめてこられた、天才学者さま。

山本 君たちの結果には忸怩たる思いがある。あの時は、まだまだ未熟者であった。医者は失敗を重ねて名医に育つ。君たちは、医学の進歩には不可欠な存在だ。いやいや、立派に成長しているところを見て安心した。殺処分しないで良かった良かった。きっと君たちはこの世に生をうけたことに対し、私に感謝しておる。

蛇の子一 ぜんぜん。

山本 おかしいな。岩陰で見ておったが、獲物を捕まえたときの君たちは、非常にはしゃいでおった。君たちは興奮していたぞ。まるで幸せな蛇一家を見るようであった。これが、地球の住人の本来の営みであると感動した。みんなみんな、この快感のために生きておるんじゃ。餌を獲得する。伴侶を獲得する。縄張りを獲得する。子孫を獲得する。クソをたれる。

蛇の子二 なかでも人間を食らうのが最高です。

山本 これまた贅沢なことを。カエルで腹いっぱいになりゃ幸せだろう。

蛇の子三 僕たちの幸せは、カエルを食べることじゃないんだ。

蛇の子一 人間を食べることです。

山本 驚いた。蛇になり切っておらん。人間的な嫉妬心に支配されておる。

ディーバ 人間が憎いのよ。いいえ、人間に憬れるあまり、食べたくなる。

山本 んもう可愛くって食べちゃいたい!

蛇の子一 いいや、血祭りに上げて仇を取る!

山本 リベンジ精神は蛇を育てる……。悔しさが出世の原動力じゃ。いったい、なにがご不満なの。 名声? 権力? 君たちいったい何が欲しい!

子供たち 夢です。

山本 (わらいこけて)これはこれは……。滑稽だ。君たち、そんな顔してなにを夢見るんだ。……しかし、当を得ておる。犬でも夢は見るからな。だが爬虫類まで夢を見るとは驚いた。

ディーバ (わらって)でも、たしか蛇父様の夢は、世界征服。

蛇の子一 すっげえ! こいつが歴史を変えるんだ。

山本 驚くことはない。男なら誰でも一度は見る夢だ。

蛇の子二 僕たちはもっとちゃちい夢さ。

蛇の子三 人間に憬れているの。

蛇の子一 結婚したいの。モデルさんと。

ディーバ (わらって)まあ、慎ましい夢だこと。

山本 人を憎み、人を羨むか……。倒錯したコンプレックスだな。しかし叶わぬ夢ではないぞ。君たちは、我々人類を笑わせる余興としてこの世に生をうけた。名誉ある新人類だ。お笑いタレントのようなものじゃ。いや、ローマ市民の遊びのために命を落とす剣闘士じゃ。君たちの強さには、モデルさんもイチコロ! ことに美人ほど引っかかる。

蛇の子一 要するに奴隷ってことだろ。

山本 (突き放すように)そりゃしょうがないさ。生まれが卑しいもの。

子供たち こいつ、食っちまおう!

ディーバ (子供たちが山本を捕らえて縛り上げようとするのを制し)おやめなさい。相手はご老人よ。骨と筋ばかり。小骨でも喉に引っかかるのが落ちだわ。

山本 (子供たちから逃れ)やーいやーい、青尻ひょろケツ口裂け野郎! バケモノどもめ。悔しかったらここまでおいで! (逃げていく)

ディーバ (坂東に抱き付き)もう先生を放さないわ。私から五メートル以上離れることを禁じます。私を殺そうとしたことは許してあげる。先生にはもう分かったはず。私なしには生きていけないこと。

坂東 確かに君の香りは刺激的だ。たくさんの乙女がこの香りの虜となり命を捧げてきた。

ディーバ ニセモノはいずれ飽きがきて、いつか夢から覚めるときがくるわ。でも、私の香りから逃れることは絶対にできない。私は悪魔の化身。

坂東 小悪魔ちゃん、僕を虜にしてどうする?

河童 (岩陰からディーバの声色で)人間に戻りたいの。(岩陰から現われ)ただそれだけなんだ。叶えてくれるのは先生しかいない。皮はおいらが何とかする。洞窟には巫女たちがうようよしてるからな。

ディーバ (媚びるように)もう一度私を助けてください。先生の腕で女に戻してください。今度の満月が来たら、私、完全に蛇になってしまう。(泣き崩れる)

坂東 (頭を抱え)嗚呼また、若い女の皮を剥ぐ……。そして、また一度、さらに一度……。僕は悪名高きカワハギジャック!

 

 (突然、将校姿の梓を先頭に、ガスマスクを付けゲシュタポの服装をした巫女たちが火器、拳銃を片手に乗り込んでくる)

 

梓 (紙を読み上げ)捕獲状。我々人類は、次世代優生基準法に基づく地球の浄化を目指し、遺伝子操作により誕生したバケモノどもを捕獲し、その蛇皮を剥いで、人類のために有効利用することをここに宣告する。お前たち蛇どもは、人類の繁栄のために皮膚を提供する目的でつくられ、世界国家のために、その命を捧げなければならない。

子供たち (ディーバを示し)この星の女王陛下はこちらです。

梓 お黙り、妖怪ども。ここに人類浄化の法律を執行する。お前らバケモノは、人類に皮膚および臓器類を供給する目的のみにつくられた家畜として、それ以外の目的行動は禁止されている。勝手に野生化することもあいならん。素直にお縄をちょうだいしないなら、撃ち方始めーい!

 

 (巫女たちは子供たちに向け一斉に銃を放つ。子供たちの阿鼻叫喚の中で辺りが暗くなり、坂東だけが浮かび上がる)

 

坂東 (崩れるようにしゃがみ込み)こりゃ夢だ。現実じゃありえんだろ。滑稽だ。いや、正夢か。現実から目を背けるな! 

河童 (暗がりから)みんな良く見ろ。これが人類の未来だっちゃ!

坂東 いいや、単なる冗談ですよ。妄想だ。妄想の竜巻め! あたりの空気を吸い込んでどんどん大きくなりやがる。誰も止められないさ。ようし俺はパスカル先生に習って夢見る葦としゃれ込もう。突風に体を任せりゃいい。いずれ嵐は去って、すべてが元に戻るんだ。春が来るまで苔でも食ってひっそり隠れよう。(怒って)なんで俺を巻き込みやがる! (泣きながら)ああ、幸せだった。幸せだったんだ! 

 

 (スポットライトに蛇顔のディーバが浮かび上がる。)

 

ディーバ 先生助けてください。弟たちは捕らえられ、皮を剥がされるのです。立ち上がってください。

坂東 うるさい! 素手で立ち向かえるか!

ディーバ ジェノサイドよ! 助けてください。

 

(突然、バックに収容所の映像が浮かび上がると、二人は一つになり濃密に抱き合う)

 

坂東 嗚呼、哀れな爬虫類ども。しかし、くじけずに生き残ることだ。君の未来を祈ろう。医学の可能性に期待して……。

ディーバ  (坂東に脇の下を接吻させ)嗅いでください、もっともっと……。

坂東 妖怪め!

ディーバ 私のいい人。

坂東 いい人? 冗談じゃない。君は妖術使いさ。しかし遠くに行ってしまえばもうおしまい。五十キロ先の君の臭いを嗅ぎ分けるほど、僕の鼻は優秀じゃないさ。

ディーバ (坂東を抱きしめ)だからもう、一ミリも離れないわ。私の胸の中では思い通り。

坂東 君から離れたら、弟たちを助ける気もなくなるさ。

ディーバ なら、私も一緒に行く。

坂東 今度捕まったら、君も殺される。

ディーバ 願ってもないことでしょ?

坂東 それより、二人のこれからを考えよう。

ディーバ 後悔しながら生きろというの?

坂東 過去を振り向いちゃいけない。過去は死んだ時間さ。生きなければいけないのは未来だ。(濃密に抱擁し)さあ、知っているだろう? ここから抜け出す逃げ道。

ディーバ ええ、でも言えないわ。(弟たちのことをすっかり忘れ)ねえ、満月が来るごとに移植してくださる?

坂東 ああ、僕の病院では夜な夜な獲れたての死人が誕生する。

ディーバ バレないかしら。

坂東 ブタの皮でも貼り付けておくさ。

ディーバ 信じるわ。

坂東 君は信じる以外に何もない患者だ。他人に委ねる命。運命に委ねる命。なんという悲劇だ。

ディーバ いいえ、幸せです。助けてくれる人がいるんだもの。希望の光はまだ降り注いでいるわ。でも、先生は悪い人? きっと首から下を蛇にされて、見世物小屋に売り飛ばされる。

坂東 (わらって両指でディーバの頬を軽くつねり)顔まで蛇じゃ、ロクロッ首にもならん。

ディーバ いじめっ子。証拠が欲しい。指きりげんまん。

坂東 どうすればいい?

ディーバ 愛してほしいの。愛以外、何も信じられない。絡み合うように激しく。蛇のようにもつれ合って、融けてくっ付いてしまうの。顎の骨を外して、貴方の頭を飲み込んでしまうの! 嗚呼、もう貴方と私は一つの体。

 (蛇の交尾の映像が現れる。突然、過剰なフェロモン液を噴出す椿が浮かび上がると、坂東はディーバを突き放し、椿の腰にしがみ付く。ディーバは巫女たちに捉えられ、椿の哄笑がエコーとなって幕)

 

(つづく)

 

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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