詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「ツチノコ」一〇 & 詩

救命びとの心

 

気付いてみると

私の心は社会が所有し

社会が責務を課していたのだ

私の心は社会が監視し

社会がコントロールしていたのだ

肉体は朝から晩まで苛酷な戦いを強いられ

救われたわずかばかりの命で

死ぬほど疲れた心を養わなければならないのだ

ボロボロの心が解放されるときは暗闇の中

傷だらけの肉体が死んだように動きを止め

カチカチの筋肉がだらしなく弛緩し、口が開き

ようやく恐怖に押さえつけられてきた心が

生臭いため息に乗じて空中を漂い始める

嗚呼、敵も味方もいない無窮の空間は

なんと慈愛に満ちていることだろう

死んでしまった魂たちは影が薄く

どれだけ心が優しいことだろう

私は夢の中に憧れを見出し

そんなものは幻に過ぎないとは思いつつも

少しは希望を見出して心をわずかに癒し

起床ラッパで跳ね起き、戦闘モードに再突入する

そしてその日常は社会の円軌道にしっかり嵌め込まれ

私はシジフォスとなって

おそらく精根尽きるまで

同じ作業を繰り返すだけに違いない…

 

 

 

 

戯曲「ツチノコ」一〇

一〇 フェロモン生産工場

 

 (大きな木製の培養樽に、ミイラ、蛇女たち、男たち、巫女たちがへばり付いている)

 

山本 どうだね。これが人間さ。昔風に言えば、阿片窟だ。どんなに意志が強くたってこの種の快感には敵わない。すべての生物は快楽物質に支配されているんだ。君は猛勉強をして、有能な医者になった。しかし、何のための猛勉強だ? ドーパミンをいっぱい出して、満足というご褒美をもらうためか。実験動物とどこが違う。エサをちらつかせりゃ動物だって必死に頑張る。(樽にへばりついた連中に)これもまあ人生さ。幸せいっぱいで死んでいく。彼らはインドの聖者のごとく悟ったのだ。世の中、快感以外はなにもないと。あとのもろもろは、生きるための言い訳にすぎない。君には悲劇に見えるのかね?

坂東 悲劇なんぞ病院に行けばゴロゴロしているさ。(頬っぺたのバンソウ膏を擦りながら)蛇皮を引き剥がしたら、自分の皮まで持ってかれちまった。

山本 上手く剥がせた?

坂東 あんたの二の舞はごめんだからな。

山本 どうだね。この樽の中では、ディーバから採取した極上のコニャックが熟成し、Xデーを待っておる。嗅いでみるかね。

坂東 やめてくれ。

山本 君は一年後に地球を支配する。皮を剥ぐ家畜は五万といるし、世界中の名医が君の部下となる。

坂東 (皮肉っぽく)悪いねえ、甘い汁だけいただいて。

山本 いいんだよ。何事にも私のような役どころは必要なのさ。私は壊し君は建て直す。しかし、君とともに私の名も歴史に残る。

坂東 (片手を差し上げ)ハイル、スネーク!

山本 私は人類を救った英雄だ。そうだ私は、偉大な英雄を生んだ剣山に戻って千年生きよう。きっと私を祭った社ができることだろう。君に社の建立を命ずる。

坂東 ちょうどいい。こいつらを人柱にしましょう。

山本 彼らをからかっちゃいけない。これも立派な人生だよ。君はどうだ。私が君を破滅に導いたと思っているか? しかし、ちっぽけな地位や名声なんざ、これからの人生に比べりゃ屁みたいなもんだ。

坂東 (わらって)自分の神社を夢見るお方が名声をけなすとは……。

山本 バカにするな! いや、確かに落ちぶれたぞ。今の私にはそれしか未来はないか……。ふつうの蛇か蛇神様か。蛇になろうがスズメになろうが、この性格は変わらんさ。夢見るときがいちばん幸せ。たとえちっぽけな夢でもな。(人の姿に戻ったディーバが河童と入ってくるのを見て)ほおら、さらに夢見る乙女がご登場。人間に変身したものの、またすぐに蛇に戻る恐怖と戦いながら、死ぬまで人間を夢見続ける。どうだね。君は病院でそんな患者に遭遇したことはないかね?

坂東 彼女にとって、あんたは悪魔さ。僕にとってもな。生命科学の行き着くところをたっぷり見せてくれた。

 

 (ディーバは培養器にへばり付いた巫女に水差しから水を飲ませようとするが、巫女は顔をそむける)

 

ディーバ 幸せで胸はいっぱい。この樽の中は誘惑というブラックホール。あなたたちの心は何万年前に吸い込まれてしまったの?

女一 (涙を流しながら)幸せだけは残った。辛さも悲しさも消えた。

ディーバ ひからびた砂糖菓子ね。悲しむからこそ人間なのに。

女二 ミイラになって極楽浄土に行くんです。

河童 もう立派な生き仏だぜ。(去っていく山本に)おい蛇親父。なぜ俺たちを避けるんだ。

山本 (去り際に)バケモノが嫌いなだけさ。

ディーバ 差別だわ! ……いいえ、きっと罪の意識ね。

河童 アハハ、あいつに罪悪感かよ。神も道徳もない奴に罪悪感があるか?

ディーバ (去っていく山本を横目に)ならば私たちは、もっと声を張り上げて訴える必要がある。でも私たち、人が思うほど悲しくはないわ。だって悲しみも慣れてしまうから…。

坂東 (ディーバに抱きついて接吻し)今の君は十分美しい。悲しいわけがないさ。しかし、あのかぐわしい香りは?

河童 (わらって)年がら年中発情しているのは人間だけですぜ。(ディーバの声色で)先生は人間に戻った私がお嫌い? 

坂東 いいや……。

ディーバ きっとお父様、ご自分も蛇になって、私の苦しみが少しはお分かりになったはず。

河童 あいつは自分のことしか考えねえよ!

ディーバ 私、娘になるまでは知りませんでした。あるとき、脇の下から臭い匂いを出していることに気付いたの。ひどく生臭くって……。美しい娘が出す臭いではない。下等な生き物の臭い。でも、誰一人嫌な顔はしませんでした。それに私、外のことはまったく知りません。

坂東 箱入り娘?

ディーバ 穴入り娘。

河童 (ディーバの声色で)お后様にお会いになりました?

坂東 (驚いて)お后様?

ディーバ 私のお母さま。

河童 ゼウスがディーバを孕ませた蛇でござんす。

坂東 どこぞのお城にでもお住まいで?

河童 (床を指差し)地下牢でごんす。 ヘンリー八世に閉じ込められたんだってよ。(突然床が開くとディーバの声色で)さあオルフェウス、ついていらして。ネクロポリスにご案内いたしますわ。私の母に、私の許婚を会わせたいの。

 

(つづく)

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎
定価(本体一一○○円+税)
電子書籍も発売中

 

#小説
#詩
#哲学
#ファンタジー
#SF
#文学
#思想
#エッセー
#エレジー
#文芸評論
#戯曲
#ミステリー
#喜劇
#スリラー