詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「ツチノコ」一一 & 詩

自殺者への挽歌

 

生きていることは偶然に過ぎないのに

なぜお前は必然のように死んだのだろう

人々はトビウオのように蒼い海原から舞い上がり

たちまち空の重みに耐えかねて 深海に戻っていく

嗚呼かつて誰も答えてくれなかった海の底には

忘却の川から流れ出た濁流が渦を巻きながら

お帰りなさいとまとわり付くだろう

魂どもは海底の砂に埋もれて頑なに殻を閉じ

不気味な静けさの中で再起を願うに違いない

だがお前はしばらくの間 海の底で疲れ果て

メダルを逃したスキージャンパーのように悔やむに違いない

すべてはタイミングのズレだった、風向きも禍した…と

確かにお前は失速した、しかしそれは必然

飛び続けることが偶然なのだから…、お前にとって

飛んでいるトビウオの目を見たことがあるか?

まんまるに見開いた目は慄いているのだ

落ちることへの恐怖か それとも飛び続けることへの恐怖か…

だから友よ安らかに眠れ なにはともあれ解放されたのだから

お前が羽ばたき 舞い上がったときに吸い込んだ空気はラジカルで

身も心もボロボロに酸化しちまった

きっと海底にへばり付くヒラメだったお前が

トビウオの羽を付けてしまったのは滑稽だった

底はドロドロとした砂ばかりで

誰もお前を傷つけることはない これからは…

 

 

 

戯曲「ツチノコ」一一

一一 蛇の住む洞窟の地下牢

 

 (巨大な地下牢の中には数多くのツチノコが鎌首をもたげて赤い目を輝かし、時たま舌を出しながら二人を凝視している。その中にひときわ大きなツチノコがいる)

 

ディーバ 恐がることはありませんわ。みなさん、私と皮膚を交換した方たち。今ではすっかり蛇になられて、幸せな生活を送っていらっしゃいます。

河童 用無しになった蛇を捨てる場所でごんす。

坂東 いったい何匹いらっしゃる? 数えられんくらい鎌首をもたげて…。

河童 満月が来るたびに、一匹ずつ増えていくんじゃ。

坂東 すべて巫女さん?

ディーバ 蛇皮に魅せられた方たち。

河童 道に迷った登山者や修験者もいるぜ。無理やり皮を剥ぐ。

坂東 (失笑して)そんなことまでして、君は幸せ?

ディーバ そう、私は自分の幸せだけ考えているの。ほら、せっぱ詰まると、きっとどんなに立派な人でもそうする。

河童 この星の住人はアメーバの子孫。好きな方向へドドドって流れていく以外、考えちゃいねえんだ。

ディーバ どなたも単細胞のスイッチはお持ちです。ずっとオンの人もいますけど、普通は緊急脱出用。先生は、押したことがないかしら。恐い恐い恐怖心。助かりたい、自分だけでも助かりたい。体が勝手に動いちゃう。

坂東 (冷たく)人を犠牲にしてまで生きようとは思わないね。

ディーバ (動揺して)……残念ですわ。でも、先生も蛇になったらきっと分かるわ。

坂東 (憮然として)僕はならんさ。 

河童 先生、ハラペコの子供の前でご飯食べれるか?

坂東 おっしゃる意味が分からんな。

河童 目の前に地獄がなければ、気楽に何でも言えるさ。地獄は遠い地球の裏側か。日本はまだ幸せじゃ。けんどそん中にも地獄はあるんだ。

坂東 例えば蛇地獄。

ディーバ そしてあなたはダンテのように冷たく私を見つめている。

河童 一年後には先生も蛇野郎さ。

坂東 (身震いして)ご冗談。

ディーバ そのとき、きっと分かってくれる。

坂東 いいかげんなことを言うな!

ディーバ (わらって)ほら一瞬、私の気持ちが分かったはず。ごらんなさい、先輩方は鎌首をもたげて泰然となさっていますわ。幸せそう。

坂東 勝手な解釈だな。連中はひどく不幸せだ。

河童 ねえちゃんが幸せなら、こいつらも幸せなんだ。

ディーバ 皮を剥ぐもの、剥がれるもの。先生はどちらが幸せだと思います?

坂東 どっちも不幸か……。

ディーバ 気持ちの持ちようですわ。幸せだと思えば幸せ。不幸せだと思えば不幸せです。

河童 (ディーバの声色で)この人たちが蛇皮を欲しがったんだもの。不幸な人は誰もいませんわ。

ディーバ でも蛇たちは幸せ。だって、悲しむ知恵すらないのですから。

河童 分かった! おいらは悲しむ知恵があるから不幸せじゃ。

坂東 ここは墓地だ。訪れる者が悲しみに耽る場所、楽しかった思い出にふける場所。慰めの場所さ。蛇たちは単なる墓標に過ぎない。この墓石たちは生きている?

河童 生きてるさ。満月がくると目を覚まし、腹を空かす。あの大きなツチノコが獲物をおびき寄せるんだ。周囲十キロ四方の動物たちが一斉に押し寄せる。危険だ。あの大きな母ちゃん。千年以上も生きてるんだぜ。

坂東 (シニカルにわらって)大きくなりすぎて穴から出られない?

ディーバ 必要がないのです。エサ以外はなにも欲しがりません。

坂東 みんな悲しそうだ。かつては目標に向かって一途に走っていた。

ディーバ 巫女たちは地球を救おうと一心不乱だった。それはでも希望よ。希望を持つことは幸せを持つこと。

坂東 君の妖術にはまっていただけさ。

河童 (怒って)こいつらは地球を救うために身を捧げたんじゃ! 姉ちゃんだけが地球を救えるんだぜ! 

ディーバ 何を話しても無理ね。

坂東 ところで君は、何を考えて墓石を眺める? 謝罪ですか感謝ですか、それとも懺悔?

ディーバ 祈りです。ただただ祈る以外にはなにもないの。嗚呼、この呪われた遺伝子! でもたまには懺悔します。罪深き性格をお許しください。

河童 (ディーバの声色で)先生は今まで、牛さんやブタさん、ニワトリさんを何匹食べました? 

坂東 姫様と河童様は今まで、人間さんを何人食べました?

ディーバ 考えたくもありませんわ。

河童 ここは地獄。地獄じゃ人間もニワトリと変わらない。

ディーバ ……私、人が恋しくって人を食べるの。

坂東 (冷笑して)君は人を食べて人になる。

河童 おいらは?

坂東 食えない河童野郎。しかしその嘴はコラーゲンたっぷりで美味そうだ。

河童 オイオイ食う気かよ!

坂東 蛇になったらな。

ディーバ 私は蛇です。人がマムシの黒焼きで元気になるんでしたら、私は人間のコラーゲンで美しくなりますわ。みなさん、ご都合主義で生きていらっしゃる。私も同じ。(坂東にすがり)でも、魔が差すと考えてしまうの。幸福はシャボン玉。捕まえると割れる。なら、いい方法があった。

坂東 それは?

ディーバ あなたが怪物を成敗する。(短刀を出す)

河童 (驚いて)バカ、やめろよ!

坂東 医者は人助けが商売だ。

ディーバ 私は蛇よ。今がチャンス。先生の嫌いな蛇! (泣き崩れる)

坂東 (冷徹に)あの魔性の香りは?

ディーバ 月に一度の生理現象。憶えておいで、次の満月にはまた先生を虜にしてやるわ。(急に媚びるように)私から逃れるためには、どうします?

 

(坂東はディーバを抱擁し、ディーバは短刀を落とす)

 

梓 (戦闘服姿で陰から出てきて)さあ殺してください。無用な蛇は。

坂東 無用?

梓 無用です。

ディーバ 私が?

梓 あなたの存在が無意味。むしろ害毒。

ディーバ どういう意味よ!

梓 あなたは産業廃棄物。旧式の生産設備。クサイ公害物質。人心を惑わすバケモノ!

ディーバ (放心して)バケモノ……。

梓 そう、無用のバケモノ。

坂東 フェロモンはまだまだ足りないだろ?

梓 いくらでもつくれます。椿がフェロモンの化学構造を解明し、その合成に成功しました。蛇皮の原料さえあれば、大量生産も可能です。

坂東 しかし、ディーバのフェロモンは人間だけしか引き寄せない。

梓 それは、人のフェロモンが交じり合うからだということも分かった。動物は人の臭いが嫌いなの。香水の中に、人間の脇の悪臭を一滴たらす。たちまち、悪魔の香水の出来上がり。もうディーバは必要なし。

ディーバ なぜ!

梓 人のフェロモンなんて、誰からでも取れますから。

河童 ねえちゃんのは特別に臭いぞ!

梓 その理由も解明いたしました。(梓が放射線測定器を取り出すと、音が鳴りあたりが暗くなってディーバと母ツチノコが青白く光り出す)

坂東 放射能だ! 危険レベルだぞ。

梓 ごらんなさい。蛇のお母様とディーバは母子です。地中のラジウムを体内に溜め込む特殊な能力。ほかの蛇たちはラドンの量が少なかっただけだわ。ラドンには触媒作用があった。放射線を照射すればどんどん強力なフェロモンを生産いたします。

河童 蛇皮を剥がして、放射線でぐつぐつと煮込むってわけだ。まるで魔女のスープだし。

梓 大量生産できます。ただし、人のフェロモンは人から取るのが経済的。人間を捕まえて潰し、フェロモンを抽出する。

坂東 (わらって)効率的だ。アウシュビッツだ。原爆なみだ!

梓 (わらって)原料は、あふれかえった旧人類。

坂東 なるほど。髪の毛から毛布、脂肪から石鹸、生皮からはフェロモンをつくれ! すいません、残った贅肉はいかがいたしましょう?

河童 蛇と河童のエサにしましょう。

梓 いいアイデアね。 

ディーバ 悪魔たち!

椿 (岩の陰から火器を持った数人の巫女たちと出てきて)せめて小悪魔くらいにしてほしいわ。古臭いフェロモンのお話はこれで終わり。新人類への入れ替え事業がいよいよスタートです。お伽噺のお姫様とそのお父上、出来損ないの河童はもう要りません。害獣どもは駆除します。

ディーバ (巫女たちに)貴方たち。私のお友達? それとも椿の仲間?

巫女たち 貴方は女神ではありません。私たちを誑かしていた妖怪です。

ディーバ (ショックを受けて放心し)それで?

梓 それで?

河童 次の手術のことよ。

梓 蛇におなりなさい。もう手術はナシです。

巫女一 皮膚を提供するもの好きはもういません。

ディーバ そして私の皮は?

巫女たち 蒲焼にして食べましょう(わらう)。

河童 で、おいらは?

椿 あなたはカッパ巻。

坂東 で、僕もお払い箱か……。

梓 とんでもございません。人間をミンチにしてホルモンを抽出する汚れ仕事がありますわ。

坂東 君たちがやればいいだろう。

梓 下賎な仕事はいたしません。私、指導者ですもの。

椿 最高指導者は新人類の私です。

山本 (蝶ネクタイを付け、のたうちながら登場)指導者は私だ。

椿 おやおや前将軍様。神の代理人には相応しくないお方。

山本 ちくしょう。これから私をどうする!

椿 捕獲します。(巫女たちが山本に網を被せる)

山本 (あがきながら)捕まえてどうするんだ。

梓 ハンドバッグにしましょうね。

山本 君たちを造ったのは私だぞ!

椿 そうでした。私たちのお父様でしたね。(わらって)でも、いまは蛇。 

山本 あああ尊敬が一日にして軽蔑か。しかし、私には人間としての尊厳があるのだ。蛇だと思っても、決して口に出しちゃいけません。蛇の心はガラスのように傷付きやすい。

椿 おおや意外ですね。プライドなんかお捨てなさい。楽になれるわよ。ほら、土下座してごらん。はいチンチン。(大きな鏡を持ち出してきて)お前はヘビよ! 

山本 (網越しに鏡の前で品をつくって)ホーオ! なかなかいいね。犬の鼻みたいに湿っておるわ。水も滴る伊達巻男。分からんねえ。なぜ、私を毛嫌いするの?

椿 分かってちょうだい。貴方は醜い蛇なのよ!

山本 キッ、キサマ、俺の研究成果をすべてかっさらっていくのか!

梓 蛇に小判でしょ。

山本 分かった、分かった。ならば、剣山に私の神社を建立したまえ! 君たちは、私のおかげで世界を征服できる。私なくして君たちはなかった。

板東 (うんざりと)また神社かよ! そんなに名誉が欲しい?

山本 (体を捩じらせ)欲しい欲しい欲しい欲しい! 勲章が欲しい! 園遊会にも出るぞ! もみじを見る会にも出るぞ!

梓 んまあ、図々しい。

ディーバ 女神は一人で十分よ。梓と椿、どちらかお一人になさい。

 二頭立てで地球を救済します。これからは椿が人間工場。椿の生殖細胞から、次々と新人類が生れます。

椿 (鼻の穴に指を突っ込み)私の鼻毛を三本抜いて息を吹きかければ、新人類が三匹飛び出します。

梓 坂東先生。あなたを地球環境大臣に任命いたしましょう。まずは増えすぎた旧人類を処分し少しばかりを蛇に変え、新人類生産工場を建設して次々に新人類を製造する。高速増殖炉を中心とした新人類サイクルシステムの構築です。

坂東 まるでガキのごっこ遊びですな。

巫女一 私は財務大臣です。

巫女二 私は外務大臣よ!

梓 すぐに功績を上げてください。

巫女三 まずは予行演習です。

山本 世は破滅じゃ!

河童 川太郎もガラッパチも運がよければ総理大臣!

椿 実行力があれば誰でもオッケーよ。

山本 ならば証拠を見せてもらおうじゃないか。お前たちの力を見せろ!

椿 合点、承知の介!

 

(椿がフェロモン入りの消火器を取り出し吹きつけると、突然背景がサイケデリックな光で満たされ、全員が獣のようにクルクル踊り出す。椿と坂東、ディーバがライトに浮かび上がると、坂東は肩を寄せ合っていたディーバを突き放し、操り人形のように踊りながら椿に抱きつこうとする)

 

椿 (坂東を突き放しわらいながら)しつっこい! 

坂東 (椿にすがり付き)お前なしには生きられない。

椿 あんたには蛇女がお似合いよ。

坂東 捨てないでくれ!

ディーバ (坂東にしがみ付き)騙されないで!

坂東 (ディーバを足蹴にし)うるせえ! 

河童 (暗闇から)殿方はみんなこうしたものでござりまする。

ディーバ 捨てないで!

坂東 (椿に)なんでも聞く。

椿 奴隷にしてあげる。

河童 愛なんて、つかの間の錯覚でござりまする。

ディーバ 目を覚まして!

梓 (暗闇から短刀を差し出し)ディーバをお殺し!

ディーバ 騙されてる!

椿 邪魔な女だよ! 

ディーバ 騙されないで! 

坂東 うるせえっ!

 

 (坂東が短刀でディーバを刺すと光景は元に戻り、ディーバはのたうち回りながら蛇女に変身する)

 

ディーバ よくも刺したな! 覚えていやがれ! 

(ディーバと河童は闇に消え、椿と坂東は抱き合う)

 

(つづく)

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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