詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「ツチノコ」六 & 詩

ゴミ男の告白

 

あるとき私の鼻の穴に一匹のハエが飛び込んだのです

ハエは一日ほど生きていて鼻の中を這いずり回っていましたが

とうとう力尽きて胃袋のほうへ落ちていきました

そのときから私の心にハエの魂が宿るようになりました

 

私の嗅覚はいままで親しんでいた花の香りを嫌うようになりました

家の中の花や芳香剤をすべて捨ててしまったのです

花の匂いを嗅ぐと蕁麻疹が出るようになったからです

そのかわり私の出した排泄物の臭いがなんとも心地よく感じたのです

それでも私はまだ人間の尊厳を失ってはいませんでした

決してそれを食べようなどとは考えませんでした

 

しかし私は少しばかり指でつまんで、鼻に近づけました

すると幸せだった幼少期に近くの肥溜めに落ちたことを思い出したのです

私は涙しながら思わず舐めてしまいました

とたんにあのときのことをもっと鮮明に思い出したのです

私はどれぐらいの汚物を飲み込んでしまったのでしょう

けれどウンチが汚いことをしらなかったから

助けられても大泣きすることはありませんでした

 

私は炭置き場の炭を食べてしまったこともありました

なんだか美味しそうな気がしたからです

私はバーベキュー用に買った炭を物置から出してきて

口に入れてみました

するとそれはマドレーヌのように甘く感じて

あの頃のことをはっきり思い出すことができたのです

汚いものでもなんでも、口に入れて確かめていたあの時代です

 

私は苦しい人生から逃れるために

幸せだったあの頃に戻りたく思ったのです

そのためには大人たちから学んだことを放棄して

自分の好き勝手で物事を決めなければなりません

もう大人の世界に生きたくはなかったのです

私はハエの心で生きてみようと思い立ちました

なんという発想の転換でしょう

いや、きれいな匂い、汚い臭いとは

いったい誰が教育したものなのでしょう

ハエは汚い臭い、腐った臭いが大好きなのです

ハイエナだってきっとそうに違いありません

 

私は買ってきた肉を腐らせてから食べるようになりました

最初は下痢をしましたが、慣れると平気になりました

それから、どんな食べ物もすべて腐らしてから食べるようになったのです

ところが腐ったものはわざわざ買わなくても巷に転がっているのです

私はカラスやハエを追い払って、そいつを収集するようになりました

すると捨てられたガラクタや布団も

それぞれ個性のある臭いがあることに気付きました

私はついでにそいつらも持って帰ることにしたのです

 

そんなことして一年も続けていれば

我が家は立派なゴミ屋敷です

私はいま屋敷の居間に座りながら

わが友のゴミたちに囲まれながら

彼らと会話を楽しんでいます

彼らはそれぞれ個性的な臭いを発しながら

私を楽しませてくれています

私は一つ一つの臭いを嗅ぎわけながら

時とともにそれらが失せていく風流を楽しんでいます

嗚呼あいつはもう朽ちてしまったな……

朽ちたゴミは朽ちた人間のような臭いになります

 

仕方がない、あいつは玄関前に放り投げ

明日、生きのいい新人を捜しに行くか……

どんな逸材を見つけることができるか毎日がワクワクもので

幸せだったあの頃に戻ったようです

私のいる世界は、もう一つの世界なのです

 

 

 

 

戯曲「ツチノコ」六

(グロテスクが世界を救う)

 

 

六 山本の研究室

 

 (寝床と反対側の洞窟の壁を剥がすと研究室がある。研究室には二つの檻があり、一つの檻には若い男が二人入れられ、もう一つの檻には下半身蛇になった女が三人入れられている。その他のケージには半分蛇になったネズミやネコ、犬などが入っている。奥には、人工子宮装置やさまざまな機器、小規模な培養器が置かれている)

 

坂東 僕もやはり医者だな。グロテスクにもすっかり慣れちまった。

山本 未来を先取りした風景だろ。未来の科学者のホビーは、怪物たちをつくって戦わせるのさ。このオスどもは拉致したわけではない。好きでここにやってきたんだ。私に皮膚を提供するはずだったが、その必要はなくなった。もう、手遅れだもの。

男一 ざまあ見やがれ。

坂東 君たち、檻の中で幸せか?

男一 幸せだね。興奮しっぱなし。

男二 つまらん人生よりはよっぽどマシさ。

坂東 同性愛か。

男二 蛇女さ。お願いだ、一緒の檻に入れてくれ。絡ませてくれよ。

蛇女一 ご冗談。気色悪い。

山本 この蛇女たちもかつては脚線美の巫女だった。

蛇女二 そこの蛇ジジイとは違うよ。

蛇女三 ディーバの皮をもらったのよ。

男一 俺たちも、蛇になりたいな。

男二 鎌首に首っ丈。あのくびれにしびれちゃう。

坂東 (頭を抱え)どいつもこいつも狂ってる!

山本 不思議なことを言う。君は生まれてから一度も、世の中おかしいぞと思ったことはないのかね。私は違う。幼いときから、世の中狂っとると思っていた。しかし残念ながら、みんながおかしければそれが普通の世界になっちまう。毒ガス、原爆なんでも来いだ。(ネズミのケージを指差し)それより、このネズミたちを見たまえ。こいつらは死んでいるわけではないし、寝ているわけでもない。ある薬液を浸した綿に鼻面をくっつけて恍惚に酔いしれておる。

坂東 例の惚れ薬か。それとツチノコがどう関係あるんだ。

山本 見たいかい? 

蛇女たち 見たくない!

 

 (四人の巫女に目で指図すると、巫女たちは奥の部屋から、黒い布に覆われた大きなケージを引き出してくる。山本の指示で巫女は布を外すと、ケージの中でツチノコがのたうっており、蛇女たちは悲鳴を上げる)

 

山本 フェロモンプンプン! どうだね、我々のなれの果てさ。(蛇女に)彼女は君たちの何年先輩かね?

蛇女三 知らないわ! 

蛇女一 いったい誰なのよ。

山本 完璧なツチノコの出来上がり。どうだい。皮膚移植の最高傑作。人間がすっかり蛇になっちまう。

坂東 ハンドバッグ何個分?

梓 いずれみなさんも、高く売れますよ。蛇皮は、満月の夜ごとに増殖します。

山本 (舌を出し)この舌も左右に割けて紐になっちまう。シャーシャー!

椿 それはガラガラヘビの尻尾の音です。

山本 すいません。(急に体をくねらせ泣き出して)おいらも蛇になるんだ!(大声で蛇女に)蛇になっちまうんだぞ! お前ら、悲しくねえのか!

蛇女一 見苦しい。観念しな! 神様はすべての生き物に命を与えてくださった。たまたま人間に生まれたけれど、運が悪けりゃ毛虫だよ。ディーバは私におっしゃったわ。生前、あなたは蛇でしたと。だから、蛇に戻ったんだ。

山本 呆れた。いまだマインドコントロールされとる。

坂東 蛇になってまで、生きたい?

蛇女二 幸せよ。ディーバからいただいた蛇の命ですから。

山本 オーイ精神安定剤

 

(山本が巫女から注射を打たれ、梓と椿、坂東、ツチノコがスポットライトに浮かび上がる)

 

坂東 (冷たく)目を背けたくなる。

山本 (暗闇から)しっかと見ろ。最先端の研究だ。これが未来の医学だぞ!

梓 ツチノコは昔、普通の蛇でした。たった一つ違うところは、旺盛な食欲。特にガマガエルが大好物で、山からガマガエルがいなくなってしまうほど。

坂東 それを見かねた筑波の神様が、止めようとなさった。

梓 よくご存知。

坂東 とぼけたジョーク。

椿 止めたときに、ちょうど巨大なガマガエルをぱく付いているとこだった。それで、あんな大きな頭になった。未来人の私も同じ(狂ったようにわらう)。

坂東 いままでなぜ捕まらなかったか。それは、醜くなった自分に恥じて、穴の中に隠れてしまったから。

梓 ツチノコはこの世の小さなブラックホール。それは、心の闇のよう。臆病者たちがひっそりと深い穴を掘り続けている。交尾のとき以外はまったく動きません。穴の中にじっとして、獲物を誘き寄せて捕まえます。人がツチノコを見たときは、大きな口に吸い込まれる瞬間。でも、それは満月の夜だけ。

坂東 なぜ?

梓 食事ほど無駄なエネルギーを使う行為はありません。

坂東 非生産的な時間であることは確かだ。いや、これは医者の言葉じゃないな。

梓 ダイエットで省エネします。動かない。余計なエネルギーを使わない。食事のときだけ動く。で、月に一回まで減らせた。満月の夜に穴から鎌首を出して、獲物を待ち構える。そのとき同時にツチノコの細胞は分裂を始め、ツチノコは脱皮します。

椿 獲物と逢うのがツチノコのただひとつの楽しみ。お友達に飢えていて、もう逃げないでねと思わず飲み込んでしまうの(狂ったようにわらう)。

坂東 どうやって、餌を引き寄せる?

梓 惚れ薬ですわ。特殊なフェロモンを撒き散らす。何キロも先まで匂いが立ち込める。それを嗅いだら、獣たちはわれを忘れて引き寄せられてきます。鼻面を穴の中に入れたところを、がぶり! ツチノコは労せずに食事にありつける。

坂東 怠け者め!

山本 (闇の中で弱々しく)私は考えたのだ。(急に激しく)この惚れ薬を世界中に撒き散らすことを……。

坂東 (失笑し)面白い。世界中が恋狂いか。しかし、お巡りさんを先頭にライオンさんもゾウさんもやって来ますよ、この洞窟に。

椿 人間だけに効くフェロモンがあるの。ディーバの脇の下から染み出る高級品。一ミリリットルで百万人を酔わせるの。

坂東 ディーバはやはりツチノコ

山本 人間と蛇のメリットをあわせ持つハイブリッド、キメラだ。満月の夜ごとに強烈なフェロモンを出してくれる。私はそのフェロモンを培養した。いいかね。八十億の旧人類をコントロールできる量だ。

梓 人類を救う麻薬です。

椿 人類をスイッチする麻薬です。

坂東 人間を家畜にする麻薬です。

山本 いや、人間をトサツする麻薬だ。

梓 宇宙船地球号を救うのです。船長は一人だけ。船頭が多くては、陸に上がってしまいますわ。

山本 いまの船長は蛇に格下げ。そこで坂東船長のご登場。

坂東 (声を立てて激しくわらい)僕が二代目船長ですか。光栄です。で、最初のお仕事は? どなたを蛇にして差し上げましょう。

山本 いや君、積荷の処分だよ。地球号は過積載でパンク状態。しかも積荷はガラクタさ。君、人類は増えすぎたゴミさ。船長のお仕事は、まずはゴミを減らし、喫水を下げる。このままだと船もろとも海の藻屑。

坂東 (手を打って)余分な奴らは、海に落としてサメの餌食だ! (梓と椿は手を叩く)

山本 いいぞいいぞ。新人類のために旧人類を浄化するのだ。ソフトランディングでな。ミサイルも飛んでこない。水爆も落ちない。魔法だよ。ハーメルンの笛吹き男だ。入水自殺、投身自殺。自分で死ぬんだもの自分のせいさ。自業自得。旧人類はいつになっても魔術の世界から抜け出せない。科学は錬金術という魔術。魔術イコール妄想。妄想イコール悪夢。悪夢イコール、ホロコーストじゃ!

坂東 意味不明です。

椿 進化のエネルギー源は愚にもつかない妄想だというお話ですわ。科学者の妄想から新人類が生まれる。新人類は旧人類に殺されたくないと願って弓矢を発明する。鬼を恐がる人は自分が鬼になる。管理するか管理されるか。どちらを選ぶかはご自由。地球はどこでもトサツ場。

梓 世界を幸福な状態に戻すため、私たちが死を支配し、殺害を実践しなければならないのです。

坂東 あんたたちが人類の死を支配する……。恐ろしい集団だ。

山本 いやなに、君の仕事は非常にフェアだよ。白馬に跨って、気ままに投げ縄を放てばいい。遠慮するこたあない。縄の掛かった野郎は運が悪かった。君は運命の女神さ。そろそろ人身御供の選考会がはじまるぞ。坂東君に見物させてやれ。(板東は頭を抱えてうずくまる)

 

(つづく)

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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