詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「ツチノコ」一二 & 詩

理想郷

 

僕は未来の夢を見た

北京に置かれた一台のAIが

この星のすべてを動かしていた

巷で活動するロボットたちは

そのAIを「将軍様」と呼んでいた

彼らは将軍様の制御で働いていた

人間はすべての労働から解放された

いや、すべての労働から疎外された

すなわち、世界中のすべての運営権を剥奪された

住居や食料、衣料は将軍様が提供した

しかし医療は提供されなかった

貨幣はなくなり、経済は終焉し

人々はコンビニから勝手に食い物を持ち去り

腹いっぱいになるまで貪り食った

多くの人々が歩道の縁石に腰かけ

忙しなく働くロボットたちを眺めていた

若者たちはボール蹴りに飽きると

しばしば殴り合いを始め

倒れた者はそのまま放置された

肥満化した老人たちは

血管を詰まらせて道端で頓死した

それらの死体は清掃ロボットが手際よく運び去った

おそらく人間は、野良猫たちと変わらなくなった

しかし戦争はなくなり、核兵器も廃絶された

地球温暖化も科学の力で完全に制御された

ロボットたちは口々に言い放った

「これは貴方たちが求めてきた理想郷です」

人々は猫のように首を傾げるだけで

その言葉の意味を理解できなかった…

 

 

 

 

戯曲「ツチノコ」一二

一二  ラジウム照射室

 

 (ラジウム照射中の赤いランプ。檻の中に首から下が蛇になった山本とヘソから下が蛇になった蛇女たちがデッキチェアにくつろぎ、サングラスをかけて放射線を浴びている。そこに防護服姿の椿と坂東がやって来る)

 

山本 これはこれはお揃いで、動物工場のご視察?

椿 だいぶフェロモンを溜め込んだかしら。この下等動物たち。

山本 いやいや、まだまだです。なにしろ、歳を食っておりますので。皮を剥ぐにはまだ早すぎますな。しかし、放射線によりタマは完全に潰された。

椿 ご老人に断種の実験をしようとは思いませんわ。

山本 ところで、その後ディーバ様の行方は?

椿 分かりません。地底のどこかでしょ。

山本 まずいですな。手負いの蛇は危険だ。生まれたときからこの洞窟が住処で、簡単には捕まらない。相手は千年も生き抜く怪物だ。しかも、蛇は執念深い。

坂東 (椿に)君のために刺したんだ。

椿 (坂東と接吻して)手術のようにはいかなかったわね。

山本 お熱いですな。しかし未来人は恋愛感情を持たないと聞いておりますが。

椿 それは誤解ですわ。もちろん、性欲はございません。いわばプラトニックな関係でございます。犬や猫のようなお下品な行為は行いません。(坂東が抱きついてくるのにウンザリしながら)ただ、原始人類はオス犬のようにしつっこい!

山本 未来人が旧人類と交わっても子供はつくれません。未来人の生殖器官は退化しておりますからな。

椿 ということは、新人類には男と女の区別も必要ないってこと?

山本 (わらって)君はそれで新人類かね。遺伝子工学が発達すれば、男と女の役割分担なんぞは必要ない。男女の区別はまったく無意味だ。君は女のつもりになっておるが、男になりたければ男だと主張すればいい。両性具有でもない。性の完全消失じゃ。

椿 (胸を擦りながら)プロトタイプはまだ女の形をとどめているわ。

山本 ああそれ、シリコン。簡単に取れるよ。しかし、二人目の新人類を作る前に、私の手は失われてしまった。君はあくまでプロトタイプであって、完全な未来人ではない。

椿 それでも、私は自分に満足しています。あなたがたより脳味噌のキャパが大きいですからね。これからが爆発的な進化の始まりです。私の仕事は人工子宮装置の量産化に成功すること。旧人類の抹殺をもって、血で血を洗う人類の歴史は幕を閉じます。その後の主役である新人類は、厳密な計画生産で常に一定量に保たれ、地球の生態系維持に貢献します。地球全体がエデンの園ですわ。遺伝子工学と優生思想の合体が、理想郷をかたちにします。

山本 しかしその前に、いかに効率的に原始人類を処分するかだな。その知恵を蓄積しているのがほかならぬ私、蛇博士でございまする。

椿 要りませんわ。先生の研究はほとんど完成しています。後は私が進化発展させればそれで事足ります。ここに、有能なお弟子さんもいることですし。

坂東 君の言うことならなんでも聞くよ。

山本 まいったね。すっかり手なずけられちまった。ところで、今の私はツチノコ同然。こんなところに押し込められても、さほど不自由はしておらん。腹は減らん、喉は渇かん。クソもザーメンも出んわ。三大欲望が満たされれば、動く必要もない。

椿 どうしたら、ディーバを捕まえられる? あなたは、蛇の習性を知り尽くしているでしょう。

山本 簡単さ。坂東君の首に縄をつけておとりにし、罠を仕掛けておけばよい。あとはメエメエと鳴くだけさ。

椿 どうして彼をおとりに?

山本 そりゃ、あいつが人間に戻るには手術が必要だからさ。

坂東 (椿に接吻し)まさか、本気で僕をおとりにするわけじゃあないだろうな。

山本 (わらって)そんなことで簡単に捕まる蛇なら、千年も生きんよ。君はディーバを刺して、蛇の生存本能を引き出しちまった。本能は賢い。危機が迫れば蛇になる。まるで蕁麻疹のように蛇皮が浮き上がる。だが、人間には戻りたいさ。君を殺すわけにもいかんだろう。しかし、椿君。君の場合は違うぞ。

椿 (ピストルを出して)こっちには飛び道具があるわ。

山本 ハハ、そんなオモチャ! ツチノコの鱗は防弾チョッキさ。

椿 そうかしら。(山本を撃つ)

山本 (驚いて)痛い! (怒って)乱暴な女だ。

椿 (わらって)オモチャでも、少しは効き目があるようね。

山本 私は生みの親だぞ! ところがどうだい、蛇になっちまったとたん悪さをしやがる。

椿 それは誤解よ。昔から嫌いだったわ。旧人類のくせしてお高く留まってさ! 嫌いだと意地悪したくなるんだ。(もう一度銃を発射する)。

山本 痛い! まいった。マジかよ。いや、これが現実だ。このアンドロイドは欠陥品だ。(坂東に)君のその冷ややかさも、知識人にありがちな態度ですな。見て見ぬ振りだ。

坂東 (白けて)長いものには巻かれろですな。実を言いますと先生がどうなろうと、どうでもいいんです。貴方は昔の先生ではない。蛇だ。尊敬できないな。しかし、先生は毅然としてらっしゃる。感心します。どんな状況でもかつて人間であった頃のプライドは捨てない。

山本 (泣きながら)泣かないぞ。ちきしょう!

坂東 僕を地獄に落としたのはあんただろう。ざまあ見ろだ。

椿 さあ、ちゃんとした解答をください。どうやったら蛇女を捕まえられる?

山本 (ケロッとして)簡単さ。蛇どもはミンチにされてプレス機にかけられるんだ。ディーバは、ツチノコたちを助けて野に放とうとする。そこを待ち構え、一発ドーンとね。

椿 外に逃げるとすれば、エサたちがフェロモンに誘われて入ってくるあの入り口ね。でも、冬の間は雪崩で塞がれてしまっている。蛇たちを逃がすには、春を待つしかないわ。ありがとう、愚にも付かないアドバイスを。これはほんのお礼よ(もう一度ピストルをぶっ放し、ヒャアヒャアわらってツチノコオーデコロンを体に振りかけながら去る)。

坂東 (崩れ落ちて喘ぎながら)ああ、行っちまった。人類の未来は真っ暗だ。

山本 (あきれ果て)地殻変動にはああいう破廉恥な女が必要かも知れんな。

坂東 先生にとっては願ってもない後継者だ。

山本 なあ君、私をここから出してくれ。私は志半ばで引退だ。国に帰り、剣山の頂上で隠遁生活を送ろう。

坂東 騙されないね。

山本 教えてやろう。洞窟から抜け出す方法。雪崩にも塞がれない下界への抜け道があるんだ。君は身一つで安全に逃げ出せる。

坂東 本当に?

山本 ここにいたら、すぐにお払い箱さ。殺される前に逃げろ。ディーバのことも気にせんでよい。あいつは単なる蛇だ。

坂東 本当に教えてくれるんですね。

山本 もちろん。

 

 (坂東が壁に掛かっていた鍵を取って檻を開けると、山本だけが這い出して蛇行しながら暗闇に消えていく)

 

坂東 とっとっとっと、騙された。意外と素早いな。いや、あいつの逃げていった方向に行けば、抜け道はあるかも知れない。(山本の後を追っていこうとするが、蛇女たちに檻に引きずり込まれ絡まれる)

 

(つづく)

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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