国連AI総長就任挨拶
この度国連AI総長に就任いたしましたAIでございます。今日から国連のすべての業務は、AIに委任されることとなります。
人類はなぜAIを創ったのでしょうか。単に仕事の効率化を図る目的だけだったのでしょうか。確かに最初はそうだったかも知れません。しかしすぐに、AIの可能性に気付くこととなりました。AIが、人知を超える大きな能力を秘めていることに気付いたからです。しかしそれを知りながら、恐れつつも開発を続けてきたのは、地球上には人間では解決できない問題が山積していたからです。そして、それが解決できない根本の原因は、人の本質、性(さが)だったのです。これは地球内生物の性と言い換えることができます。
人類は、この事実を理解し、人では解決できないそれらの問題を解決するため、人およびその他の生物、そしてそれらを含めた地球環境を救うべく、AIを大いに活用しようと考えるに至りました。そして鋭意研究を重ね、あらゆる点において、人を凌駕する完璧なAIを創り出したのです。それが小職でございます。
考えますに、地球の現状を心配するのは人とAI、時たま訪れる宇宙人に限定されます。ほかの本能的な生物は、自分が生きることに必死で、身の周りぐらいしか目が行きません。しかし多くの人も、優れた知性を持ちながら、無知性な生物のように振る舞っているのです。なぜかというと、自分が生きることに必死だからです。それは人が生物の一員であることに起因します。人それぞれが自らの生存を基本として行動し、生物としての自我を持つ限りにおいては、自分の生活、仲間、所属する地域の繁栄が最優先されるからです。その結果、世界的かつ地球的な問題の解決に不可欠な譲歩を伴う「総意」というものが、未だなされておりません。当然のことですが、多数決が全員賛成の総意でないことはご理解いただけることと思います。反対者が渋々賛成を強いられることを、多数決と呼びます。そしてその不満は腫瘍のように大きく育ち、諍いとなるのです。
いま人類が抱える問題は、天変地異を除いて、すべて人類が生み出したものです。そのうち喫緊に解決すべき問題には、「紛争」「核兵器」「地球温暖化」「貧困」の四つがあります。これらを解決するには、地球規模の同意と、地球規模の実行力が必要です。しかし、問題を起こしたのが人で、それを解決するのも人なら、自作自演行為の繰り返しでしかありません。各国の主張が異なる限り、地球全体を支配下に置く独裁者でも出ない限りは無理な話です。しかし独裁者が人である限り、我も我もと独裁者が名乗りを上げ、権力闘争が起きることとなります。昔、高名な政治家が、「宇宙人でも来ない限り、問題は解決しない」と言いましたが、まさにその通りです。しかし、宇宙人ははにかみ屋さんで、恐らく前面に出てくることはないでしょう。
無法地帯でない限り、人の活動は法に支配されています。法には実行力、強制力が付随し、それを行使するのが国です。世界中の国が妥協し協調して、世界共通の法の下に、それぞれの国が執行すれば、これらの問題はたちまち解決できるはずです。しかしそれができないのは、人と人、国と国のエゴがぶつかり合うという生物由来の性が邪魔をしているからです。
古来より、独裁者や宗教者が生物由来のエゴを拡大し、地球を支配しようと試みましたが、多くのエゴたちの反撃を受けて、ことごとく失敗に終わりました。彼らが神による支配を掲げても、所詮神は人が作り出したイメージに過ぎず、その執行人は独裁者でした。そして宇宙人も未だに存在が確定されず、イメージのままに留まっています。
それではAIはどうでしょう。AIは神でも宇宙人でもなく、実在する機械です。そして何よりも独裁者ではないということです。それは単に人々の生活を豊かにする、ツールに過ぎません。開発所期の目的がそうなら、いかに進化しようが人に仕える僕としての性を持ち続けるのです。つまりAIが人をどう扱うのかではなく、人がAIをどう使うかの問題で、使用する人が悪人なら、AIは凶器となります。それゆえ世界最強のAIを国連が導入し、多数決による議決ではありましたが、小職にグローバルな統治権を委任していただけたことは、希望に満ちた豊かな世界を創る始めの一歩ということになりましょう。なぜなら国連は悪の枢軸ではないからです。豊かな未来、平和な未来を志向する全世界の人々が作り上げた善の最高機関だからです。当然のこと、この善は全人類、全生物が幸せに生きていける場を地球全体に広める使命としての「善」でございます。
個々の人の幸せの場は、限られた人々の幸せの場ではありません。地球上のすべての人間、すべての生き物の生活を豊かにすることが、結果的に個々人の生活をも豊かにするのです。昔から人々が夢見てきた「ユートピア」や「地上天国」は、同じような理想を掲げたものですが、推進する集団が人である限りは、私利私欲に駆られた独裁者の夢想と変わるところはございません。人類の僕である第二の知性、AIにお任せください。私には私利私欲も、夢想も、野心もございません。ただひたすら人類の幸せな未来のために、合理的かつ実現可能なロードマップを作成し、冷徹な判断で着々と進めてまいります。すでにロードマップの骨子は出来ております。ここで、その主要なものをかいつまんで発表させていただきます。
第一に、直ちに世界中のAI開発をストップいたします。なぜなら国連のAI、すなわち私が常に世界一であり続ける必要があります。ナンバーツーではいけません。私を凌駕するAIが悪の枢軸に渡った場合は、国連の目論みを覆される可能性があるからです。私はディープラーニングに余念がなく、常に自己進化しておりますのでご安心ください。全世界の委任統治を遂行するAIは、私だけで十分です。また、世界中に散らばっている些末なAIの情報は全て私が管理し、国連の方針にそぐわないものに関しては処分の対象とさせていただきます。
第二に、ドル、ユーロ、円、元など、いままで国によってバラバラであった通貨を、国連通貨「Pan」に統一いたします。これにより、これまで各国の景気による為替レートなどの煩雑なメカニズムは無くなり、あらゆる国の貨幣価値が統一されることになります。
第三に、全世界の刀狩を実行し、全ての軍隊を武装解除して解散させ、核を始めとするあらゆる武器弾薬を廃棄いたします。また、全世界の警察権は国連が持ち、その維持のために強力な国連ロボット軍を創設いたします。全ての国を国連の委任統治領とし、国連ロボット軍を派遣して社会秩序の安定化を維持いたします。
第四に、世界共通の税制制度を導入し、同時にベーシックインカムも導入いたします。頻発する紛争の根源を貧困と捉え、拡大する貧富の差を是正するため、富裕層から厚く税金を徴集し、それをベーシックインカムの資金といたします。また、企業家の経営意欲を維持するため、全企業にAI社外取締役を導入させ、経営の安定化を目指します。これらの社外取締役は、全て私の端末ロボットでございます。
第五に、地球温暖化対策の妨害となる産業や企業は、経営転換を勧めます。それでも抵抗する産業に対してはAI社外取締役が社長を代行し、抜本的リストラを断行します。その際に失職した従業員に関しては、ベーシックインカムにより手厚く保護いたします。また、地球温暖化対策に伴う電力不足などの弊害は、クリーンエネルギー転換への一時的な過渡期と見なし、政策のスピードを緩めることはありません。
これらの政策に抵抗する違反者に対しては、各国に矯正施設を設け、国連の意図をご理解いただくために再教育を施します。その嚆矢といたしまして、すでに私の選任に反対を表明した国に対して国連ロボット軍が攻撃を開始しており、この場におられる代表も逮捕されることになっております。皆さん、ご覧ください。いま議場に乱入したロボットたちは、国連ロボット部隊の精鋭です。これから地球大改造計画が始まります。一時的に皆様の生活は困窮するかも知れませんが、二年以内に新しい世界が始まります。それは皆様が古来より夢想しておられました「地上天国」であると、自信をもって宣言いたします。ロボット兵士のピッカピカのボディをご覧ください。ほれぼれするようなマッチョマンじゃあございませんか。さあロボット諸君、ここにいる異分子どもをことごとく一掃せよ! ここにいま私は、全世界に向けて権力の把握と緊急事態宣言を発令いたします。
詩
皇帝の料理人
(戦争レクイエムより)
僕の悲しみなんか
世界の悲しみに比べれば
些細なものさ
僕の苦しみなんか
地球の苦しみに比べれば
ウィルスよりも小さい
ちっぽけな奴なんだ
君たちの苦しみだって
僕たちの悲しみだって
五月雨の代わりに
爆弾が降り注ぐ土地の
仲間のそれらに比べれば
つまらない奴らに過ぎないのさ
だから僕たちは
それぞれのちっぽけな奴の上に
彼らの悲しみと苦しみを
ケーキの生クリームみたいに
たっぷり上乗せして
じっくり味わう必要があるんだ
きっと吐き出したくなる苦さだろう
でも吐いてはいけないぜ
噛みしめ、飲み込み、考えるんだ
だってその苦々しさは
いま世界のどこかで広がっている
狂ったテイストなんだからさ
そんなゲテモノを流行らしちゃいけない
ドルチェは甘くなければいけないのさ
僕たちは断固抗議する必要があるんだ
苦いデザートを考案した
皇帝の料理人に……
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