詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「クリスタル・グローブ」一 & エッセー

エッセー

悲観的進化論Ⅱ

―宇宙人の場合-

 

 2017年に確認された恒星間天体「オウムアムア」は、太陽系の外からやって来て太陽を回り、再び太陽系外に去っていった。しかしこれがおかしな加速度を付けて太陽系から離れていったため、ハーバード大の二人の教授が計算し、直径約20メートル、厚さ1センチ未満の「ソーラーセイル(太陽帆)」様の自力で移動する天体であったと結論付け、にわかにUFO(空飛ぶ円盤)説が浮上した。

 

 このように、批判を浴びながらもUFOの存在を肯定する専門家は少なくない。しかし、そうした人でも「宇宙人に遭遇した」という話を信じるわけではないだろう。仮に地球にUFOが飛来しているのが事実だとしても、その中に生命体が乗り込む必要はないからだ。

 

 宇宙開発を進める国でも、「有人」にこだわる国もあれば、日本のように無人技術を磨く国もある。しかしそれは、人類がようやく立っちして、小さな縁側によちよち歩き出した段階の話で、宇宙の遠いところからやって来る宇宙人からすれば、原始生命体のお戯れにしか映らないに違いない。マゼラン的精神が通用するほど、宇宙は小さくない。人が乗り込んだ場合は、何処かの星に移住するときで、視察段階では無人だろう。

 

 しかし、宇宙人には逢ってみたい。中には、暇つぶしに旅行する宇宙人がいるかもしれない。もしUFOが地球に不時着して、中から宇宙人が出てきたとすれば、そこから地球人類の未来を予測することができるに違いない。まず彼はダーウィン的進化論の上に乗って進化した生のままの純粋な生命体であるわけはない。脳味噌を含めたあらゆる臓器が人工的に改良され、部分的には機械の入ったサイボーグである確率は高いだろう。ひょっとしたら、九割以上機械化されてしまい、それがその星の頂点に立つ者であれば、「私は宇宙人です」と答えるだろう。

 

 こうしたロボットに、「あなたはロボットではないんですか?」なんて愚問はやめたほうがいい。彼は落ち着いて答えるだろう。「いいえ、あなた方もいずれは私たちの歩んできた道を辿るのです」

 

 地球人類はほかの動物と違って、道具を進化させながら文明を築き上げてきた。200万年前には石器を作り、50万年前には火を起こし、その後言葉、土器、文字、紙等々と次々に新しい道具を開発しながら生活を豊かにしてきた。そして産業革命、さらに1945年にはアメリカで最初のコンピュータが開発され、その時が人類のターニングポイントになったのだと、僕は思っている。人間が道具を動かす時代から、道具が人間を動かす時代への移行だ。

 

 人類が地球の支配者になったのは、ほかの動物たちが道具を使っても、それを進化させなかったからだ。エジプトハゲワシが小石を使って鳥の卵を割ったり、ダーウィンフィンチがサボテンの針を使って枯れ木の虫を釣り上げたり、チンパンジーが小枝でシロアリを巣から釣り上げたりしても、その道具から新たな道具に発展させることができなかった。

 

 しかし人間は一度会得した道具を仲間たちに広めて蓄積し、さらに高度な道具に発展させることができた。この道具(技術)は、人間の虚弱な手足を補助して大きな力や効率性を発揮させるものだったが、それを生み出したのは人間の脳味噌だ。人間はこの脳味噌で、あらゆる生態系の頂点に立つことができたのだ。

 

 しかしコンピュータの開発によって、それまで手足や体の補助であった道具が、人間の中枢である脳味噌にまで入り込み、その頭脳をはるかに凌ぐ計算データを軽くはじき出すようになった。巷に溢れる高層ビルや巨大ブリッジ、巨大インフラを見ただけで、町がコンピュータの助けがなければできない代物に覆われていることに気付くだろう。今の文明は、コンピュータ(AI)によって築かれた文明なのだ。

 

 高い山の頂点を極めるルートはたくさんあるのと同じに、将棋や囲碁に勝利する手もいろいろある。勝負の世界では結果がすべて。どんな方法であれ正当な手順で勝利すれば、AIが棋士よりも上だということになる。スポーツにおける戦略だって、AIによる分析が不可欠になってきている、…ということは戦争においても、AIで勝る国が勝利するだろう。

 

 「世の中にはAIのできないことがまだまだたくさんある」と言っても、生物としての人間が長い年月をかけて築き上げてきた人間関係や社会関係といった感性的なことに関してが大半で、人と人の間の心理に関与するツールとしてAIがまだ順応できていないというだけだ。しかしこれもまた、地域々々の人間の心や嗜好、風習をAIがデータ化し消化すれば、人間への対応(操縦)能力もマスターできるだろう。シンギュラリティは確実に近付いている。

 

 シンギュラリティ以降は、AIにもAI的精神が宿るに違いない。人を模倣する訓練を受けてきたなら、その精神も人間に酷似してくるだろうが、「愛」たどか、そこから派生する「嫉妬」だとか「怒り」だとか、あるいは「宗教」だとかいったものは、ファジー機能で処理すれば意外と簡単に模倣できるかも知れないし、そこからさらに派生する「攻撃性」も、きっと和らぐに違いない。その人間すら理解できていないイメージ的、気分的、本能的な部分は、AIが完璧に理解する必要もない。そんなものは、個々の人間でも千差万別で、文学的・芸術的な余興に放り込めばいい。…ということで、人間社会のほぼすべての現象を十把一絡げにAIが理解・消化する日も近いだろう。

 

 こうなると、AIの思考能力ははるかに人間を超えてしまう。で、その後の歴史がどう展開するのかは、宇宙人に遭遇して聞いてみる以外にないのだ。宇宙人も人間と同じく、最初は生命体として出発したに違いない。そして、人類と同じように道具を開発しながら文明を築き上げ、コンピュータを作り、シンギュラリティを迎えた。宇宙人に聞きたいのは、生命体としての人間がどこに行くのかという疑問だ。彼の体の百パーセントが機械なら、元の生命体は滅亡したか、家畜化されただろう。彼が依然として生命体(部分的であれ)なら、AIとの共存に成功したことになる。

 

 相手がロボットでなければ、一つの質問で人類の未来も分かってしまう。

「あなたはAIとどういったご関係ですか?」

 

「僕の片腕さ」

あるいは

「僕のボスさ」

 …きっと、どちらかの答えが返ってくるだろう。

 

 

 

精霊劇

クリスタル・グローブ  

 

 

 

登場人物

被爆霊)

 校長先生

 春子先生

 理科教師

 太郎

 清子

 止夫

(迷い霊)

 美里

 ヤンキー

 廉

 紀香

 ライダー男

 ライダー女

 男(ストーカー)

悪魔

 

 

一 南の島の浜に打ちあげられた小さなガラス玉の中

 

(美しい南国の砂浜が舞台背景に映り、波の音。映像がその白砂の一粒にフォーカスすると原爆の廃墟が広がっている。ブランド・ファッションを身にまとい、ミニプードルを連れた美里は、車に撥ねられたとたんに廃墟の町に入り込んでしまった。血しぶきがかかった純白のスカート。)

 

美里 ここはどこ? (小犬とともに辺りを見回し)怖い! まるで原爆でも落ちたみたい……。

多数の声 落ちたんだ。

美里 (瓦礫のところどころに、隠れるようにして先生と小学生たちが汚れた顔を出しているのを見つけ)キャッ!

春子先生 (美里の手を握り)怖がらないで。たまに、こういうこと起こるの。ほら、アインシュタインですよ。三次元空間の隣です。五次元空間って言うのかな……。 

校長先生 地球に起こった悲劇は、こうした空間にいつまでも残るんじゃ。あんた、車に撥ねられた? 

美里 はあ? 車ですか?

太郎 ほら、スカート。

美里 血? ケガしたの?

清子 死んだのよ。

美里 うそ。(体中を見回し)生きてる。

止夫 跳ばされてさ、ここに落ちた。

美里 何が?

幽霊たち なんでしょう。

美里 (怖くなって)どこなのここ? 怖いわ。死にたくない!

幽霊たち (笑って)もう、死んだんだ。

美里 だって、まだ二十歳よ。

清子 あたし、八歳。

校長  人生は不平等、死も不平等じゃ。

美里 (地べたにべったりしゃがみ込み、放心状態で)……きっと夢ね。(頬っぺたをつねり)ほら、痛くない。

 

 (ライダージャケットにヘルメット姿の男女、ヤンキー、ラッパズボンをはいた二十代の廉と中学生の紀香が現れる)

 

廉 新入りさんだ。

ライダー女 ようこそ、お見事、一億倍の難関でした。

ライダー男 (わらって)運悪く、こんなところに落ちやがった。

紀香 宝くじなら十億円。

美里 (放心して)どこです、ここ……。

ヤンキー (からかうように)爆心地じゃ。(子供たちを指し)ほら、こいつら、被爆霊。

美里 被爆霊? なんですか、それ……。

止夫 原爆で死んだんだ。

ライダー女 ごらんの廃墟です。夢かうつつか幻かって、そのどれも外れ。ここは単なる過去の化石よ。

美里 過去の化石?

清子 時計が止まって化石になった町よ。

紀香 宇宙はビッグバンの残り香。夢も希望も吸い込むブラックホール

ライダー女 何をやっても無駄。出口がなくて、終わりもないところ。

美里 終わりのない……。

ライダー女 死んじゃったけど、生きてる。生きてるけど、死んじゃった。

廉 命はないけど生きてる。だって、悔しい思いは生き続ける。

美里 (頭を抱え)……からかっているのね。

春子先生 私たち、思いもかけずに命を奪われた。だから生きているのよ。

校長 怨念じゃ。怨念は不滅じゃ。宇宙を構成する元素のひとつじゃ。

美里 元素って小さいんでしょ?

校長 (笑って、諭すように)あんた、小さいんじゃよ。生きてる人には見えないんじゃ。

廉 でも、悲しがることはないよ。(子供たちに)君たち悲しい?

子供たち 悲しいよ。

廉 退屈なだけだろ。(校長先生に)あんたが焚き立ててるんだ。戦前の教育方針だろ。

校長 教育は勝つことしか教えん。人生も、戦争も、勝ち続けろ! だから、悲しみは負けた体験で身につけるんじゃ。

春子先生 それは魂にしみ込んで、化石になって積みあがるの。

 (わらって)化石から涙が出る? あんたら、琥珀の中のアリさんだ。悲しみの標本かよ。

春子先生 生きてる人は、目を背けるだけね。

止夫 僕たちの悲しさ、伝わらないの?

ヤンキー 無理だぜ。みんな忘れる。すぐに化石さ。

美里 (恐怖で震え)私、出来立ての化石? (犬を抱き上げ)まだ、あったかい。

廉 俺の手を触ってごらんよ。

美里 (廉の手を触って)キャッ! 氷。

廉 (子供たちに)君たちもドライアイスだろ?

子供たち あっついよ。

廉 (止夫の手を握り、驚いて手を離し)アッチ! 若けえ……。

止夫 だって分からないことだらけ。なぜなの。どうしてなの。なぜこんな目に遭うの。だから、いつまでも熱っついぞ。

太郎 ずうっと熱いんだ。

紀香 大人のケンカのとばっちりを食らってさ。

廉 僕が教えてあげるよ。君たちは、好きな答えを選べばいいんだ。世の中には、正しい答えなんかないんだぞ。思い込んで大きな声でわめけば、そいつが正解だ。戦争だって原爆だって、正しいと思えば正しい。僕が好きな答えは、君たち運が悪かった。世の中は運だ。君たちはアンラッキーだった。

美里 (泣き崩れ)なぜ……。

廉 生まれた時代が悪かった。歴史はまるで火山だ。噴火を繰り返しながら最後を迎える。君たちは噴火に巻き込まれた。

校長 …閉じ込められただけじゃよ。

美里 どこに?

校長 ガラス玉。

美里 ガラス玉って?

ライダー男 ここさ。

美里 (耳を押さえて)言ってること、分かりません!

ライダー女 あんたの終の棲家さ。

紀香 あんたのシェアハウス。とっても悲しい運命共同体

ヤンキー 宇宙のエアポケットじゃい。

廉 3次元空間プラス、永久の退屈と消えた希望の五次元空間。

美里 (頭を抱え)もうたくさん!

春子先生 それでは気分転換に、私たちのオアシスにご案内しましょう。

子供たち わあーい、遠足だ!

 

(つづく)

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎
定価(本体一一○○円+税)
電子書籍も発売中

 

#小説
#詩
#哲学
#ファンタジー
#SF
#文学
#思想
#エッセー
#随筆
#文芸評論
#戯曲
#ミステリー
#演劇
#スリラー