詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

エッセー & 詩

エッセー

社会アナーキーと医療アナーキー(カブールと東京)

 

 アフガニスタンでは民主政権がタリバンとの戦いに敗れ、首都カブールは混乱状態に陥っている。一方で日本は新型コロナウイルスとの戦いに敗れつつあり、首都東京では医療崩壊が進んでいる。前者は人間どうしの戦いで、後者は人と悪疫との戦いという違いはあるけれど、いままで機能していた体制が崩れた点では同じことだと言えるだろう。

 

 文明という言葉は大袈裟かもしれないが、これは一つの文化や社会の秩序が消えたか消えつつある状態を示し、その時点から新たな体制が出来上がるまでの期間は混乱が続くということを意味している。前者はいままでの社会体制の崩壊が招いた混乱であり、後者はいままでの医療体制の崩壊が招いた混乱だけれど、人命が危機に瀕している点では変わるところはない。死んだ者にとっては、戦死者と病死者の違いなど何の意味もないからだ。

 

 社会秩序の崩壊、ないし社会的混乱状態というのは、アフリカのサバンナを思い浮かべれば説明が付く。そこは運と力が支配し、いつ捕食者から襲われるかもしれない弱肉強食の世界、自分の命は自分で守らなければいけないサバイバルな世界だ。これは自然の秩序とも言えるので混乱状態ではないが、その場合は、カブールも東京も自然の秩序に近付いたと表現したほうが良いかもしれない。カブールでは、多くの人々が乗せてくれる飛行機を求めて群がり、東京では多くの救急車が患者を乗せたまま、受け入れ先の病院を求めて走り回るが、助かる助からないかは運命の女神に委ねられている。サバンナで幅を利かせるのも、この運だ。

 

 しかしサバンナで生き残るためには、運以外にも必要な要素がある。それは筋力や走力といった力だ。若くて足の速い草食動物は、ライオンに食われることはないだろう。ライオンが狙うのは、足の遅い子供か高齢の動物だ。弱肉強食の世界では、食われる者の中でも食われやすい者から食われていくのである。強い者が生き残るのが自然の秩序で、それは強いオスがメスを独り占めし、強い遺伝子を残していくのとも関連している。これは自然の女神が決めた自然のルールだ。

 

 カブールも東京もサバンナに近付いたなら、同じ状況が起きているに違いない。カブールについて言えば、報道された写真を見ると、我先に米軍輸送機に乗り込んだ避難民は男たちばかりで、女性や子供の姿はほとんどなかった。逃避行には体力がものを言うので、腕力が強く足の速い連中が逃げおおせたのだろう。タリバン政権の下で秩序が回復されるまでは、そんな状態が続くに違いない。しかし非民主的政権だろうが何だろうが、秩序さえ回復すれば新たな社会が機能し始め、今度は逃げそこなった男たちの受難が始まる。

 一方東京の場合は、無名の市民よりは社会的名士や政治家、有名人のほうが入院しやすいと噂されている。この真偽は分からないが、それが事実だとすれば社会的に力のある人間が得をすることになり、これもきっとサバンナの法則だろう。自然社会を基に文明は発展してきたのだから、当たり前といえば当たり前の話だ。

 

 しかし東京はカブールよりもサバンナに近いと僕は思っている。カブールでは若者たちが反体制狩の獲物にされているが、東京では老人たちが病魔の獲物にされつつあるからだ。

 サバンナでは、老いた肉食獣は獲物が獲れなくなって衰弱死し、老いた草食獣は捕食者に食い殺されるのが相場だ。東京の場合も、一つのベッドに何人もの患者が集まる事態なので、すでに救急車などのトリアージ(命の選別)は始まっていて、高齢者が捨象される事態も散見されるようになってきた。もちろん高齢者のワクチン接種率は高いので去年のイタリアのような苛酷な選別状況にはならないだろうが、従来ワクチンの効かない株がデルタ株を駆逐すれば、どんなことになるかは分からない。

 

 いまのところは早い者勝ちで入院しているように見えるが、病院内では人工呼吸器のトリアージが始まっているという。こうした先進機器は、半導体不足などから生産が滞っているのが現状だ。医療従事者へのトリアージについてのアンケートでは、救命できる可能性が高い人や若い人の優先順位は高く、「年齢を問わず先着順」という選択は低くなっている。これも、社会がサバンナ状態にあることを示しているだろうし、病院内では秒を争う緊急事態の中で、その場の選別は医療従事者に任されているのだ。

 

 いずれにしても、誰が助かるか誰が死んでいくかが個人の生命力や運で決まる状況が現実の日本で起こっていて、それはアフガニスタンの状況となんら変わらないと言いたいわけだ。日本は戦争状態だ。多くの日本人にはそれが理解されていない。日本の医療体制は崩壊した。それはアフガニスタンの社会体制が崩壊したことと同じ意味を持つ。多くの人が銃弾の代わりにウイルスを浴びて死んでいく悲惨な状況だ。政府が打つ手を示さないなら、それは無政府状態ということだ。ワクチンが行き渡るまで手をこまねいていれば、政府自体が大きなトリアージを行っていることを意味しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

あの遊星

(暗黒宇宙より)

 

あの遊星を覆う大気は無価値だった

原因は星の多くを占める液体の無意味さだ

あの遊星を構成する物体は不気味だった だから生き物は

不気味な物体の殻の中に無意味な液体を溜め込み

無価値な大気を吸って燃えていた

どいつもが体を燃やしていて そのくせ

いずれ燃え尽きることを知らないでいた 知りたくなかった

いや、知らない風を装っていたのかも知れない…

生命体を構成する三要素は無価値と無意味と不気味であると学者がいう

だからそれらの生き物は無価値で無意味で不気味な存在に違いない、その証拠はある

三つの要素が効率的に燃焼すると価値のある排気ガスが生まれたからだ

無価値で無意味で不気味な要素が虚無の触媒で価値ある生成物を生み出す、魔法だ…

そのガスは太陽の熱を取り込んで冷たい遊星をどんどん暖かくしてくれる

なのに生き物たちは自分たちが吐き出すガスを恐れた しかし止めたくても止められない

窒息しちまうぞ…、息をしなきゃ死んじまうのだ哀れで無価値な群生よ

あの遊星では排出されたもの、追い出されたものは有害とされるらしい

それがあの星の常識、吸収への欲望、上昇への欲望、そして到達することへの欲望

利用し尽くされたカスは押し出され、吐き出され、闇の中へと流れていく

しかしそれは半減期すらない蓄積物、ヘドロとなってきっと逆襲するだろう

…もうすぐだ

 

ところで私は遠い星からあの遊星を眺めているのに違いない

すると あの星はこの星と正反対の星であることが判明した

あの星が左に回転する場合、この星は右に回転する

あの星が上に昇る場合、この星は下に沈む

あの星が努力を好む場合 この星は怠惰を好む

あの星が正義であるという場合、この星は偽善であるという 

その現象を私なりに解釈すると 一つの結末が導き出される

確かにあの星はどんどん暖かくなっており 

この星はどんどん冷たくなっているからというワンパターン

住む星が冷えれば冷えるほど生命体の外皮は鎧のごとく分厚くなり

その心は重く冷たく静かに深く奈落へと落ちてゆく

あげくの終末は硬い殻の中に閉じこもり 孤独に静かに静かに死んでいく

住む星が熱くなればなるほど

奴らは軽く浮かれて弾けるようになっていく

だからあの星の生き物は活発に動きまわり暴れまわり跳ね回り

くっつきあいもつれあい 踊りながら浮かれながら

体のあとからあとから頭が付いていくが追いつかないほどに

あげくの終末は固まって煮えたぎり爆発して粉々さ

どちらの生命体も、結局死んじまうことには変わりはないけれど

何の文句も言わずに生きていやがる

文句も言えないくらいの感覚で生きていやがるのさ

 

 

 

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