詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

小説「恐るべき詐欺師たち」三 & 詩

パンデミック

 

ひびだらけの地獄絵でも眺めるように

悪疫ごときは古の悲劇であったはず

テカったパネルに映し出される死の舞踏は

シズル感を伴うこともなく空回る

わが家の周りはさらに静かで、老いた傍観者たちが潜んでいる

彼らは干魚をかじりながら、時折画面を覗き込むが

子供のときからスペクタクルに慣れ親しんでいて

死神が門戸を叩くまでは、恐怖に駆られることもないだろう

 

しかしひとたび闖入者が家に入り込み

刺々しい唇を突き出して、死の接吻を授ければ

暗黒時代と変わらぬ状況に落とされてしまう

医者に行っても医者は逃げ

懇願しても救いの手はとんと来ず

代わりに死神が手馴れた仕草で、その後を取り仕切る

彼らは町からトリアージされ、国からトリアージされ

運からもトリアージされるのだ

 

一転、若者たちはマグロのように、絶えず動いて過呼吸に陥り

生簀の中ではガス交換ができなくなる

自分でも訳の分からない、その息苦しさ……

だから彼らはカーニバルの仮面の代わりに

色とりどりのマスクで口を覆い、街に出たのだ

まるで蟻のように忙しく、バラバラになってうろついている

目的もなく、ひたすら甘い香りを嗅ぎ回り

それらしきフェロモンの周りには、たちまち同類が集まり三密状態だ

しかし蟻たちは、有事には方向性を一致させ、行列を作る知恵がある

昔々の若者は、出陣のときにビチッと行列を作ったものだ

たとえ行進の先が冥土であろうと、地獄であろうと……

 

暗黒の歴史は人類の性の一部として永遠に回帰する

それは大きな渦のように拡がり、少しは改善を伴うものだが

ほとんど変わらなかったことに誰もが驚かされたのだ

 

そうだ 我々は自然の一部に過ぎず、自然には正の自然と負の自然がある

温かい自然、冷たい自然、豊かな自然、痩せた自然、清らかな自然、汚れた自然…

正負は常にせめぎ合い、人間どもはその狭間に置かれ、短い人生を営む

正の自然の懐で幸せにまどろみ、負の自然の懐で追い立て回される

負の自然は、鋭利な刃物で正の自然に切り込みを入れ

環境や生物、さらには地球の新陳代謝を頑なに進めていく

最後は大河のように滔々と流れ、破壊力では人智を超える 

人間どもは波間に浮かぶ板切れに乗って、為すすべもなくしがみ付くだけだ

 

嗚呼、悪疫よりも孤独を恐れ、路上で酒を食らう若者たちよ

君たちは自然の大河に押し流されても

サーフボードに軽く乗って奇声を上げながら

バラバラと、自分探しの旅を続けていくだろう

たとえ流転の先が冥土であろうと、地獄であろうと……

 

 

 

 

小説「恐るべき詐欺師たち」三

 

 

 企画発表会には大きな会議室があてがわれた。五十センチほど高いステージとその壁にはホワイトボード、必要なら銀幕も降りてくる。参加者が十一人なのに折りたたみ椅子が百席ほど並べられ、いちばん後ろには降臨の座が設えられている。背後の小部屋には映写機器が置かれているから、必要なら映像を使って発表することも可能だ。トリオが三組発表し、チエはトリになっている。

 

 最初は由男の組が演壇に上がり、部屋を暗くするとパソコンを操作しながらホワイトボードにパワーポイントを映した。「世界叙勲者友好学会の設立」というのがテーマである。「それではこれから、我々の企画を発表します」と由男が言って、次のページでは「叙勲者には金持ちが多いが不満も多い」というタイトルが映し出された。「園遊会に招待されない」「社会がその功績を称えない」「若者、子供たちに叙勲の意義が伝わっていない」「時代とともに勲章の価値が落ちている」と箇条書きで列挙されている。由男は棒でホワイトボードを激しく叩きながら声を張り上げ、プレゼン開始。

 

「我々は金持ちの叙勲者百人にアンケートを出し、このような結果を得ました。要するに、勲章をもらっても地位が上がるわけでもなく社会的にちやほやされるわけでもなく、家の神棚で埃をかぶっているだけ。勲一等以上の者だって皇室園遊会に招待されるとは限らない。みんなが目にするのは葬式のときだけだ。叙勲者になって五年も十年も経てば、家族ぐらいしか知ってる者はいなくなる。国の発展にうんとこ貢献してきたのにです。それはなぜか?」

 

 次のページには「爵位廃止の功罪」というタイトルが踊る。

「敗戦によって明治憲法が廃止されて新憲法となり、華族制度が全廃されたことで爵位の授与も叙位もなくなって、『勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴わない』となったからです。特権も優遇もありません。単なるメダルと賞状だけ。これじゃお菓子のオマケと一緒じゃないか!」

 

 由男がページを変えると「しかし海外は違う」と書いてある。

「しかし、海外には爵位を与えるところもあるし、特権を得られるところもある。ならばここで、叙勲制度のグローバルスタンダード化を世界規模で構築しようというのが『世界叙勲者友好学会』創設のコンセプトです。つまり、勲章のISO化を進める圧力団体だ。日本での目的は、憲法改正に伴うもろもろの特権の復活。最低でも報奨金は勝ち取ろう」

 

「しかし、その活動はまったくの詐欺であった」と会場から声が上がり、爆笑。由男はわらいをこらえ、「なにをおっしゃいます。学会の設立意図は極めてまじめです。しかし、運営団体は私ども、正直ここは確かにグレーです。でも、あくまでスタンスは合法。たまには危険領域に侵入し、しこたま儲けてすぐに合法ゾーンに戻る違法操業です。どこからか仕入れた皇室グッズを法外な値段で売りつけたって、喜んで買うやつがいれば合法でしょ」と言って、次のページを出す。そこには「世界中の叙勲者が集い、互いの功績を称え合う」と書かれている。

 

「さて、ここからが違法領域に一歩踏み出します。十月九日を『世界叙勲日』と制定し、毎年世界中の叙勲者が一堂に会するのです。第一回目はタヒチ島を検討中です。叙勲者の多くは現役引退した七十歳以上のお年寄りです。ならば豪華クルーズ船をチャーターして、この部分でも儲けましょう。日数は二週間。高い会費なのに安いホテルを買い切りましょう」

 

「しかし、世界中から叙勲者をどうやって集めるのかい?」と質問が飛ぶ。

「残念ながら、最初は日本人だけです。きっと五回くらいやったら外国人も増えてくるでしょう。しかし、それを悟られないために、外国人は俳優たちに演じてもらいます。なあにバレはしません。念のため外人たちにも映画のロケだとでも言っておきましょう」と言って、由男は画面を変える。「レジョン・ド・ポレポレ勲章の授与(仮名)」と書かれている。

 

「同時にですね、世界標準の勲章を制定します。この勲章はそれぞれの国に貢献した、すなわち世界の発展に貢献した叙勲者に与えられます。毎回その場で五十名の方に勲章を授与します。これは開催地によって名称が異なってきます。例えばタヒチではレジョン・ド・ポレポレ勲章ですが、開催地がフランスの場合はレジョン・ド・ヌーブ勲章となります」

「レジョン・ド・ヌール勲章でしょう」との声がかかる。

「そんな、恐れ多いことを。しかし、この勲章はもっとすごくなる。一国の勲章ではない世界的な勲章です。いずれはノーベル賞なみの権威を獲得すべき勲章なんです」

「イグ・ノーベル勲章だ」と声が上がり、会場は爆笑に包まれた。

 

「それにポレポレはスワヒリ語ですよ。ノアノアにしたら」と別の声。

「これは仮称ですって。ここには王様の名前が入るんです。パラパラでもいい!」と由男はいささか腹を立てる。

「どっちにしろ毎回名前を変えるのは良くないなあ」と別の声。

「いえだから、ちょっとした事情がありましてね。毎年開催場所を変えるのも意味があってのことなんです。勲章を授与する人は、日本では天皇陛下や総理大臣などなど。偉い人が授与しなけりゃ恰好がつかないんです。しかし、こんなイカサマくさい勲章を偉い人が授与しますか? しないでしょう。で、我々は没落王族に目を付けたわけです。世界中にはかつて王族で、今はただの人という連中がうようよしています。しかし彼らは歴史に残る王様のれっきとした子孫だ。時が時ならルイ十四世みたいな生活ができた貴公子が、破れ城の維持に汲々としていらっしゃるが、その高貴な血筋はいささかも穢れていないブランド品なわけです。ならば世界的な勲章の授け役という名誉と少しばかりの謝礼を彼らに与えれば、勲章の威厳もアップするし受賞者も納得するでしょう。で、世界各地から協力的な王様の子孫を五人選び、その五人の国を開催地として回っていく。毎年回っていくから五年に一回は同じところに戻る。勲章の名も当地の王に敬意を払って五通りあるわけです。つまりレジョン・ド・ポレポレ勲章は五年に一度のもので、タヒチの王様の子孫がポレポレさんならそうゆう名前を付けようということなんです」

 

「それで、タヒチの王様の了解は取ったの?」と女の声が上がる。

「いえだから、これはあくまで企画段階ですって。トンガでもニューカレドニアでもどこでもいいんだ。王様の子孫を探すのは企画が通ってからなんです。みなさんだって、どんな企画か知らないけれど、そこまで詰めた企画じゃないと思いますよ」と由男が切り返すと、さすがに会場はシーンとなった。

 

 由男は次の画面を出すと「叙勲者同士のいがみ合い」と書かれている。

「さてみなさん。勲章には勲八等から勲一等、大勲位文化勲章などなど二十八階級あるのをご存知でしょうか。また、褒章は六種類あります。叙勲者同士が集ると、あんたは八等、おいらは三等、あんたは序の口、おいらは大関じゃ、などと叙勲者仲間の中でもヒエラルキーができ上がってしまいます。みなさんプライドの強い人たちばかりですから、上位の者に対するひがみはものすごいものがあります。しかし、こうした人たちをまとめて団体旅行しなければならないのですから、このレジョン・ド・ポレポレ勲章には会員内の軋轢を解消する役割も担わされます。すなわち、受賞者五十人のうち少なくとも三十人以上は下位の者に授与しましょう。その上、毎年脱会もせずに参加し続けた方には必ず授与されるように取り計らいます。本当は一度に三百人くらい授与したいんですが、勲章の価値を維持するには五十人くらいが限度だと思います。この勲章は、レジョン・ド・ヌール勲章のようにあらゆる分野の叙勲者に授与されます。ナポレオンによって制定されたレジョン・ド・ヌール勲章は、年齢、階級、宗教を問わず、芸人だろうが役人だろうが功労のあった者には誰にでも与えられたのです。メダルの中央にはナポレオンの横顔が彫られていた。だからレジョン・ド・ポレポレ勲章にも、授与する王様の横顔を掘りましょう。こんな勲章をもらって日本に凱旋したら大変です。あの爺さんがタヒチの国から勲章もらったとよ、んにゃあスタツの国はスっちょるがタスツの国とは初耳じゃ、などと大騒ぎになるのは確実です。まあ分かりやすく言えば、金を払って外国の名も知れない大学の博士号を取るようなもんで、知らない者には大したものに見えちまうんですな」と言って、由男はプレゼンを終えた。

 

 

 二番手は太郎のグループ。太郎は薬剤師の免許を持っているから、「敬老温泉療法研究会の設立」というなにやら医学的なテーマである。学会だとか研究会だとか、木賃宿の大玄関みたいな修飾語のオンパレードだ。太郎もパワーポイントを使いながら発表を開始した。

 

「さて、高齢者の寿命をいかに伸ばすかが敬老温泉療法研究会の設立目的です。もちろん長寿研究のスペシャリストを顧問に招いた権威ある研究会という触れ込みです。姥捨山法案を主張された過激な由男君としては大いに不満でしょうが、この研究会の究極の目的は高齢者からいかに金をくすねるかなのですから、ご安心ください」と太郎が言うと、会場からわらい声が聞こえる。

 

「人の寿命はほとんど遺伝子で決まっているが、働き過ぎなどのストレスがあれば活性酸素が心臓や脳をはじめとする内臓にダメージを与え、どんどん寿命も縮まっていきます。しかし、人を老化させる最大の原因は、細胞内でエネルギーを生産するミトコンドリアの減少にあります。で、このミトコンドリアは歳とともにどんどん減少していきますが、過食がそれに拍車をかけます。それを食い止めるには、断食をしてミトコンドリアにストレスを与えます。すると、ミトコンドリアは焦って仲間を増やそうとがんばります」

 

「それと研究会はどんな関係があるんですか?」と声が上がる。

「ほとんどございません。しかし、一連の詐欺行為にはこういった最新の学問もコマセとなります。当研究会は日本中の温泉を研究して、ご老人の細胞の活性化に寄与する温泉を厳選し、五日間の短期療養を行います。また、多種多彩な健康グッズの販売も行います。その仕組みはこのようになっています」と言って、映像を変えた。

 

「まず、お年寄りのいるご家庭にこのようなDMを送りつけます。本当は一人暮らしのお年寄りがベストですが、参加者が少ない場合は、そこは柔軟に対応します。ターゲットは六十五歳以上。ごらん下さい、こう書かれています。その要旨を述べますと……」と言って太郎は画面に棒を当てる。

「当研究所では、新しく開発した高齢者温泉療法の治療試験を現在進行しております。これは特殊な温泉治療によって高齢者の細胞を若返らせ、寿命を引き伸ばすものです。その治験にぜひご協力ください、てなぐあいです」

 

 画面が変わると、参加特典が箇条書きされている。

○ 治験は有名温泉地で実施。(観光バスによる送迎)

  • 五日間の参加で、参加費は二万円ポッキリ。(朝昼晩食事つき一日四千円)
  • 当研究所の最新療法で肉体年齢が十歳以上若返る。(安全で楽しい温泉療法です)
  • 一日三回入浴するだけで、後は自由行動。(ホテル周辺の散策ができます)

「参加料が高すぎません?」と会場から声が上がる。

 

「治験という言葉がイメージ悪いな。楽しい旅行が格安の値段でできる。ただし少しばかり協力してください、くらいにしたほうがいいよ」と別の意見。

「そこらへんはPRの部分でこれから検討いたします。いまは騙しのコンセプトをお聞かせする段階ですので……。それでは時間もないので治験の内容を説明します。宿屋に到着したら、まず最初に血液を採ります。治験はイカサマですが、いかにも治験してるようなポーズ。しかし、血液はちゃんと調べます。覚醒剤とアルコールの耐性を調べるんです。ポイントはお風呂から出たあと、緑色の液体を飲んでいただくこと。これはミトコンドリアを活性化させる薬という振れ込みですが、ドブ川に繁茂する植物プランクトンの培養液です。治験者は一日三回風呂に入り、出てすぐにこのドブ臭い薬を飲みます」と言って、ビーカーに入ったサンプルを会場に回した。嗅いだ人間たちは一様にしかめ面をしたが、シャマンだけは平然として口に含んだのには全員あ然。シャマンは決して変な顔を人に見せず、「効くーッ」とのたまった。

 

「就寝前には血圧を測り少量の血液を採取します。三日間これを繰り返し、四日目の夕食前には最後の風呂に入って薬を飲みます。しかしこのとき同時にお注射します。覚醒剤ですが栄養剤とでも言っときましょう。あらかじめ一人ひとりの覚醒剤の耐性を調べましたから、各々程よい分量に調整してあります。これが済んだら夕食です。このときには酒も解禁となります。アルコールの強さも調べてありますから、ほろ酔い加減に調整できます。で、宴会が始まるわけです。ここで、一人ひとりの成績を発表します。ミトコンドリアの増加量や若返り度数などを発表します。皆さん目を見張るほどの若返りを実現。もちろんイカサマです。しかし、連中は覚醒剤を打ってるから興奮状態。この活力はかつての若々しさを取り戻したからだと錯覚するわけです。これは一時的な錯覚ですが、それで十分。そしてアルコールは気を大きくする働きがあります。次に商品担当の吉原さんにバトンタッチします」と言って太郎は下がり、先輩格の吉原が棒を握った。

 

「ここで私が家電の営業で培った口説きのテクニックを披露する番です。メインはこの緑のイカサマドリンクを売りつけます。最低一年間の定期購入です。みなさん年金生活者だから、一年続けて六十万、月々五万が限度でしょう。しかし偽薬効果というのがあるので、二、三年続ける可能性は大いにあります。若返りにいちばんの薬は気持ちの持ちようなんですから。で、その場で契約を取りましょう。ついでにさまざまな健康グッズを売りつけます。たとえば無圧布団とか入歯洗浄器とか温風暖房機とか、そういったたぐいを何でも並べます。もちろん、高価な指輪だって磁石が入っていれば健康グッズです。私の口車プラス覚醒剤、アルコールの相乗効果でどんどん売りさばきます。もちろんクーリングオフなどちゃんと法律に則って行いますので、勲章詐欺よりはよっぽど真っ当な商売です」と吉原が言うと、勲章三人組からブーイングがわき起こり、険悪な雰囲気のなかでプレゼンは終了した。

 

 三番目に登場したのがユキ、トメ、メリの女性トリオ。タイトルは「三人の主人を一度に持つと」という風変わりなものだ。グループリーダーのユキが発表する。

「前の二つのグループは基本的には詐欺だと思いますが、肉弾三人娘の計画は殺人です」とユキが言い切ったところで、会場にどよめきが起こった。

 

「私たちは東京在住の大金持ちで独身の男性、高齢者を数人リストアップしました。同時に、この人たちは同じような性格を持っています。大の女好きで何度も離婚を重ね、ジジイになって周りから愛想を尽かされてとうとう独り身になってしまった。でもスズメ百まで踊りを忘れずという古の諺どおり、相変わらず歓楽街へ出かけてはお金を使っています。けれど、もうそろそろ年貢の納め時。ちゃんと奥さんをもらって手厚い介護をされながら、幸せいっぱいで往生するお歳だと心の中では考えていらっしゃいます。でも、長い長い女性遍歴を経ておりますから、女性を見る目は確かなものがあると思いきや、女はみんなこうしたものとの諦念もあり、結局好みのタイプの女にどうしても流れる。そこで、過去の女性を徹底的に調べた結果、意外なことにこの種の男はみなドン・ファンタイプだと判明しました」

 

「そのドン・ファンタイプとは?」と会場から質問。

「女だったら選り好みをしないタイプです。美人だろうが不美人だろうが、背が高かろうが低かろうが、性格がきつかろうが優しかろうが、高貴な女だろうが下賎な女だろうが、子供だろうが婆さんだろうが、夏は痩せた女、冬は太った女、とにかく女だったら何でもいい。メスゴリラにだって発情する爺さんたちなのです」

「じゃあ、三人とも合格だ」と声が飛んで会場は爆笑。

 

「でも、トメもメリも嫌だと言います。そういう爺さんはタイプじゃないし、二人とも女としての魅力に自信がない。きっと失敗するだろう。だから裏方に徹したいと言うのです。もちろん、女としての魅力は大事です。美人に越したことはありません。男はみんな美人に弱いんです。一目ぼれされたほうが事はスムーズに進みます」

 

「その美しい女とは?」と会場から質問が上がる。

「私です」とユキが言うと爆笑の渦。ユキはチェッと舌を打ちながらも気を取り直し、「私は準看護師の資格を持っていますので、さらに都合がいいんです。けれど、若い女が金目当てで老人と結婚する話はありふれています。ターゲットが一人じゃ役不足ですわ。だから私は同時に三人の老人と結婚いたします。重婚罪で縛り首」と続けた。

 

「せっかく三人いるのにもったいない。だって三人の男と結婚して連中が死んだとき、相続のときに重婚がバレるでしょう」と声が上がる。

「もちろん私もトメもメリも結婚するんです。でも、三人の男は全員、私と結婚したと思っているんです。つまり私はトメでもメリでもあるんです。トリックですわ。書類上は完璧です。爺さんたちの家に三人とも出入りして、混乱させます。トメの亭主の家では私がトメで、トメはユキです。メリの亭主の家では私がメリでメリはユキです。私の亭主の家ではユキがユキです。私は平安時代の貴族のように亭主の家を巡回します。職業はCAでフライトがあるとお泊りという設定。空けてる家にはCA仲間のトメとユキが手分けして留まり、お世話します。これならご亭主も文句は言わないでしょう。でも、スケベジジイですから親友に手をつけるかもしれません。トメとユキには我慢してもらいましょう。なぜなら、そのほうが都合いいからです。歓楽街に通ってほかの女に手をつけるよりはよっぽどマシですし、男は罪悪感を持つと優しくなるからです。亭主が死んでくれるまでは、なるべく亭主に逆らわないようにします」

 

「で、殺人の話は?」と会場から質問が飛ぶ。この計画のミソは、結婚したらなるべく早くに片を付けて遺産を相続することにあるのだから。

「それはシャマンにお願いします。シャマンは魔女の研究もなさっていますから、古来の毒薬に精通していらっしゃいます。一つ一つは無毒でも、合わせれば猛毒になるような調合も知ってらっしゃいますわ。家庭の常備薬でも、混ぜれば猛毒になり得ます。要するに警察にもバレず、心筋梗塞や脳溢血を誘発するような毒が欲しいんです。これで、私たちの基本計画の発表を終わらせていただきます。この計画がオッケーになれば、さっそく具体的な計画に進ませていただきます」と言って、ユキは発表を終えた。

 

 

 いよいよチエの番が来た。チエはパソコン操作が苦手でパワーポイントもできないので、ボードにテーマを書いて、あとは言葉で説明する以外にないだろうと決めていた。ボードに大きく「なりすまし殺人」と書いた。

「私はあぶれちゃってチームはつくれませんでした。だから、背の届くようなところで計画をつくりました。でも、最終的にはユキチームと同じように、シャマンの毒の力におすがりします。ユキは結婚を狙っていますが、私は認知を狙っています。ご老人の子供になりすますんです。その子供は死んでいますがご老人は知りません。二十年前に愛人に生ませた子供で、そのときお金を払って愛人と縁を切っています。でも、子供は成人したのを機に、父親に会いに行くのです」と言って、おどおどしながら計画の概要を説明した。不思議なことに誰も突っ込もうとしない。企画が完璧なはずはないのだが、除け者にした後ろめたさがあって、大人しくしているのだとチエは勘ぐった。

 

 四組のプレゼンが終わると、シャマンの総評があった。

「みなさんいろいろと知恵を絞って、いろんな案をひねり出していただきました。ご苦労様です。中にはできるのかな、とか儲かるかしらというのもございましたが、大事なのは行動だと神もおっしゃっております。いかに突飛な計画でも、試行錯誤を進めるうちに自ずと道は拓けます。特に女性チームは殺人という領域にまで踏み込んだ計画になっています。麻薬も毒も、材料は何でも提供いたしましょう。しかし、神にお伺いをたてなければいけません。人の死は人が決めるものではなく、神が決めるものだからです。死刑は国が決めますが、これは許されないことなのです。神が人を造り、人は神の所有物だからです。人を造ったのが神なら、人を壊すのも神。私たちの殺人は、神の意志による殺人です。したがって、私たちが罪となるのは神が死んだとき。しかし、神が死ぬことはありません」と言って、シャマンは微笑んだ。

 

続けてシャマンは神の降臨の準備を告げたので、全員が手を繋いで精神を統一させる。

「これからお伺いを立てますが、その前に一言申し上げます。世の中が不景気になると、取りやすいところからお金を取ろうという詐欺が横行します。多くの詐欺師、盗っ人が高齢者に目を付けています。実の子供までもが親の資産を狙っています。法律に触れなくても道徳的には許されない行為です。けれど、神のご遺志を実行する私たちは異なります。『造反有理』という言葉が大昔にありました。体制への反逆には理由があるという毛沢東の言葉です。一見、社会に反する行為は許されない行為ですが、社会がガラガラポンすれば許されます。私たちには理想の社会をつくるという理由があります。ならば、『殺人有理』という言葉もありえるのです。神はゼウスのように荒々しいのです。神は目的のために血を流すことを厭いません。神の血は冷え切っています。ごらんなさい、神は降臨いたしました」と言って、シャマンはホワイトボードを指差した。会場からオーッという驚愕の声が上がる。チエが書いた「なりすまし殺人」の文字が一瞬にして消え、新しい文字が浮かび上がる。「突き進め!」と書かれていた。

 

(つづく)