詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

奇譚童話「草原の光」九 & 詩 & エッセー

「地獄の釜の蓋」という雑花

 

私は詩を書くとき

両肘を机に突いて

両掌で髪を掻上げ

顔をうつむかせて

両目を緩く閉じる

 

すると得体の知れない古井戸が現われ

覗きこんでいるような錯覚に陥るのだ

目蓋を通した光が埃となって邪魔をし

死のもたらす暗闇でないと主張するが

底があるべきところには何も見えない

 

時たま井戸の底から水面が反射し

何かのイメージが浮かび上がって

陰鬱な詩の好材料になるだろうが

ほとんどの場合は何も現われずに

身体を乗り出して落ちそうになる

 

多くの人たちはその暗闇を知らない

だが死神に吐息を吹きかけられると

身体の力は抜け暗々と眼前に現われ

生きるエナジーも吸い込まれていく

それは虚無という名の宇宙のとば口

過去の亡者が悲しみを流した排出口

 

聞いてごらん、かすかな空気の流れ

人々を破滅に誘い込む陰圧の気流だ

セイレーンの美しい歌声も聞こえる

空しい期待を抱き頭から落ちていく

そのとき私は虚空と現実の境に遊ぶ

 

ミイラ取りがミイラにならぬように

耳を塞げば惑わされることもないさ

私は恐れながらも怖いもの見たさに

スリリングなバランスを楽しみつつ

何時間もそいつをにらみ続けるのだ

浮き上がる魔性のイメージを求めて

試しに刺した槍が赤錆に覆われても

熟成し過ぎたチーズの香りを発散し

肉の腐臭を感じればそれでよいのだ

刃先には血濡れた獲物が付いている

逃さないようゆっくりと引き上げろ

売れない深海魚を扱う漁師の心意気

 

古井戸は虚空に繋がるワームホール

甘く軽い魅惑の香りは期待できない

出てくる物は亡者たちの血糊の遺品

前世でもがき足掻いて滲み出た瘡蓋

それを掬い上げる奴はきっと変り者

愛も希望も勇気も奴には空しく響く

喜びの歌はほかの詩人に任せておけ

巷に転がる言葉の多くが敗者の戯言

夢を見るのは卒業だ、私は私なのだ

虚実の谷間に咲く一輪のキランソウ

 

 

 

 

 

エッセー

希望的観測が歴史を動かす

 

 パラリンピックへの子供たちの観戦方針について、都の教育委員会からコロナ感染の拡大を理由に反対意見が出たことに対し、小池都知事は予定通り行うことを強調している。そうした理由に使われる文言が、いつもの「より安心・安全な形でできるように準備を進めていく」という約束だ。

 

 コロナ渦の中で首相も都道府県知事も、こうした約束の言葉を乱発しているが(例えば入院対応など)、その結果がどうなるかは、恐らく言った本人も分からないところだろう。実際に準備するのは職員だし、大勢の子供が密状態になるのだから、サイコロがどう転がるのかは運に任されている。危機意識の強い自治体などでは、夏休みの延長も検討されているというのに……。

 

 オリンピックは何とか成功したが、決行が国民の楽観的気分を増長し、爆発的な感染拡大の一因になったことも確かだ。政府だって、オリンピックを早めに中止していれば、空港検疫ももっと厳しくできて、デルタ株の流入を遅らせることは可能だったかもしれない。甘々の検疫がこの惨事を招いたことは明らかだからだ。

 

 政府も都も、教育上の観点から「子供の心の発達に良い影響を及ぼす」と主張するが、仮にこの観戦で一つのクラスターでも発生すれば、その子たちの将来に悪影響を及ぼすことになる。心どころか健全な肉体をも侵し、重篤な後遺症も生じかねない。ソロモン王だったらどっちを選択するだろう。

 

 例えば菅首相がオリンピックを開催する理由について、ご自身が前の東京オリンピックで受けた感銘を述べておられたが、そうした理想論の影で、コロナは科学的現象に従って、着々と勢力を拡大してきたわけだ。それを科学的に指摘するのが専門家会議だろうが、御用学者の固まりではなかなか強い主張もできず、政府も聞きたくない意見は無視するなどして、こうした危機的状況になってしまった。

 

 過去の歴史を見ても、結局物事は為政者たちの夢や思惑で進んでいく傾向がある。自分の夢を実現するために政治家になるのだから、こうした人たちは自分に都合の悪い意見は聞きたがらない傾向にあるのは当然だろう。例えば太平洋戦争でも、アメリカには勝てないと分析した学者の意見を軍幹部は無視して、真珠湾攻撃を行った。日独伊三国同盟ヒトラーを敬愛するドイツ大使が強引に進め、「ドイツ・イタリアは弱小国」と分析した専門家の反対意見を蹴散らし、成立させた。

 

 「原発神話」というのも、政府役人と御用学者と電力業界が一緒になって、大地震が来ても原発は安全という神話を創り上げてしまった。過去の地震などを調べ、科学的に分析して危険性を主張した学者の意見も無視して安全対策に金を掛けず、東日本大震災の惨事となった。仮に政府の中に危険性を察知した者がいても、金が絡む案件にはなかなか異を唱えられないのが日本的な集団の心理だ。

 

 つまり政府や地方自治体の長は、平時はもちろん緊急事態宣言下においても、科学的な分析よりも自分の思惑や夢、希望を捨て切れないのが現状なのだ。我々の多くが科学者ではないから、科学的思考は苦手だし、「コロナなんてただの風邪だ。じきに収束するさ」という良く聞く言葉も、科学に基づかない無教養や、希望的観測の中から出てくるのだろう。首相や都知事も、そうした市井の中から選ばれる人たちだ。そのことは、かつての首相たちが少なからず、贔屓の占い師たちに意見を聞いていたという事実が、証明していると思う。どうやら科学的な必然性を見失うと、どんなに偉い人でも勘だとかスピリチュアルな方向に頼ってしまうようだ。「希望的観測」は神話と同義語だと僕は思っている。

 

 

 

 

 

奇譚童話「草原の光」

九 聖者の森

 

 ヒカリとスネックとハンナは、ネコ爺さん婆さんを探しに深い草の中に入っていった。ネコジジババは、自分探しに出かけた赤ちゃんエロニャンが、離れエロニャンになってそのまま帰らずに一人暮らしをしているうち、下半身が木になっちまい、そこに根付いた連中だ。十万年前にネコの遺伝子を入れたとき、一緒に木の遺伝子も入れた人たちの子孫さ。木の性格が強くて、ここと決めた場所から動こうとしないから、根が張って動けなくなっちまう。草原に一本だと、キリンなんかが来て葉っぱを食うから、一応は集団をつくって森になるけど、本当は一人が好きなのさ。中には、御歳十万年の高齢者がいるんだから驚きだ。

 

途中で寝ている雄ライオンに出くわしたんでたずねてみると、「ジジババなら西へまっすぐ行くといるよ」って答えてくれた。

「しかし、なんでそんな所に行く?」

「僕がこれから、どんなことをしたほうがいいか、聞きたいんだ」

「どんなことをするって?」って雄ライオンは驚いた顔つきでヒカリを見詰めた。

「ここの住人はみんな、そこらの草を食んで、お腹がいっぱいになったら寝転がるんだ。それ以外の何をやりたいっていうんだ」

「それが分からないから、ジジババに会いに行くんだよ」

 雄ライオンが大きな声で笑うと、草の陰で寝ていた雌ライオンがのこのこ出てきて、「やめときなさいよ」って言う。

「一度亭主があの森に入ったら、タテガミを枝に引っ掛けて、ボロボロになって出てきたわ、ねえお前さん」

「そうさ、昔からライオンは自慢のタテガミを気にして、森には入らないのさ。入るのは腹を減らしたライオンだけさ」って雄ライオンも相槌を打つ。

「じゃあおじさんはお腹が空いてたの?」

「バカいうんじゃないよ。こんなに草があるのに、誰が腹を空かすんだい? 血さ。血が騒ぐんだ。昔、肉を食ってたときの感情が時たま出てきて、夜中にうろつき回るのさ。気が付いたら、森の中に入り込んでた。慌てて出ようとしたけど、暗くて傷だらけだ。大事なタテガミもだいなしだ」

「悪いことは言わないよ。お腹が減らなければ、何もすることはないんだよ。余計なことをすれば、いいことないんだから」って雌ライオン。

 

 

それでもヒカリは西日に向かって草を掻き分けていったら、こんもりした森があったんだ。木と木の間はゾウやキリンが入れないくらいで、高さや幹の太さは木の種類によっていろいろ。幹はある程度の高さで枝が一斉に出て、隣の枝と交錯している。高齢者ほどウロが多くて、そこにいろんな動物が住んでるんだ。幹から枝分かれする部分に大きなエロニャンの頭部がくっ付いてる。首の部分は百八十度回転できて、枝の隙間からこっちを見てる。もちろん住人たちがキリンやゾウが来ると知らせるんで、エロニャンの口が開いてネバネバの樹液をその目にピンポイントで吹きかければ、奴らは痛い痛いって逃げてくのさ。

 

 ヒカリは恐る恐る森の中に入っていった。この森の中では、こっちから声をかけちゃいけないんだ。ジジババは眠ってるか、考え事をしているかだから、邪魔しちゃいけない。向こうが話しかけるまで待たなきゃいけないのさ。中には何年経っても話しかけられない子供もいるらしい。そんなときは諦めて生まれた場所に戻るか、そのままずっと待ち続けるかのどっちかで、待ち続けた場合はそのまんま放れエロニャンになって、この森の周りをうろつく人生が待ってるんだ。なんだか、オーディションに落ち続けてる俳優みたいなもんだな。

 

 森の奥深くに入っていくほど、大きな木の下にはエロニャンの子供が座ってる。中には十人座ってる人気の木もあるんだ。みんなジジババに気に入られようと、静かに座ってる。ヒカリはどの木に気に入ってもらおうかと考えながら、どんどん奥に入ってった。すると幹の周りが十六メートル、高さは三十メートルもあるネコ爺の周りに百人もたむろしているのを見て、そこに座ってみようって思ったんだな。この木はエロニャンの間じゃ「縄文爺」って呼ばれて有名なんだ。エロニャン史上、まだ誰も声をかけられたことのない沈黙樹だ。座ってるのは、ヒカリと同じぐらいの子もいたし、もっと大きな子もいたし、お爺さんもいた。こんな人は、一度も声をかけられずに年取っちゃったんだな。でも幸せそうな顔してる。

 そのお爺さんの両隣にスペースがあって、ほぼ満席なので幹を背にできるのはそこだけだ。あとはみんな背もたれなしで座っているんだな。それでヒカリはお爺さんの右隣に座ったんだ。するとお爺さんがいきなり話しかけてきた。

 

「坊や、度胸があるのか物知らずなのか知らないけど、縄文爺を背もたれにしちゃ、まず声はかけられないぜ。それにおいらは自称、縄文爺のお庭番じゃ。ここに百年座ってるから、みんな遠慮して、おいらの隣にゃ腰掛けんのさ」

「そうだったの。じゃあ僕は、度胸のあるエロニャンなんだね」

 お庭番は目を丸くして「バカだな、これでお前はすでに失格。声を出しちゃいけないのを知らないのか? もう絶対お声はかからないぜ」って言うんだ。

「じゃあおじさんはなぜ、縄文爺を背中にして声を出してるの?」

「おいら、とっくに諦めてるのさ。じゃけど、ほかに行こうにも足が萎えちまって、仕方なしにここにいるんだ。最初はだれでも失敗する。とっととほかのジジババを探したほうがいい。爺を背もたれにしてる連中は、みんなふてくされてる連中なんだ」

 そう言うと、お爺さんのヘビがスネックの顔をペロリと舐めてからかったので、スネックは縄文爺に乗り移って、その顔のところまで這い登って行った。縄文爺は巨大なネコ顔で、大きな目でスネックを睨み付けた。スネックはガタガタ震えながら、「お願いしますよ。ウンでもスーでも言ってくださりゃ、退散しますぜ」って言った。すると顔の後ろから用心棒のマングースが出てきて、「うるせえな、食っちまうぞ!」って脅したので、スネックは慌ててヒカリの頭に転がり落ちた。ヒカリは立ち上がると、大きな声で縄文爺に話しかけた。

 

「縄文爺さん、お願いします。僕はこれから何をすればいいんでしょう」

 すると驚いたことに、縄文爺が「アーッ」っと地鳴りのような大声を出したので、周りの百人はビックリして立ち上がった。見ると、お庭番も立ち上がってる。

 

「アーッ、ただいまマイクの試験中。エッヘン。十万年ぶりに声を出しております。エーッ、おいらはエロニャン史上初の離れネコとして、とうとう木になっちまった人間です。おいらも皆さんと同じに自分探しの旅に出たのですが、どうしてもやりたいことが見つからず、失望し、ふてくされてここに来ました。そして猿からもらった猿酒を毎日飲みながらブーたれていたところ、先人が光合成用に入れ込んだ杉の血が鎌首をもたげ、尻の下から根っこを伸ばし、気が付いたときには動けなくなってたんです。で、どうしてこうなったか考えたところ、『愛』のことを考えなかったからだと分かったんだ。これは大発見だ。結局キーワードは『愛』だった。愛がすべてを解決するんです。つまりおいらからのアドバイスですが、人生は愛だ。愛の眼差しだ。なんでもいいから愛を込めて熱中しなさい。愛をみんなに注ぎなさい。『愛は憎しみより、より人の心に響く』って、誰だったかおいらの師匠も言ってます。心が愛で満たされれば、怒りも恨みも悪い思いも消えてしまいます。愛を込めて、なんでもトライしなさい。失敗を恐れず動き回れ。胡坐をかいてブーたれてると、根が生えて何もできなくなっちまいますよ。さあ、愛情百パーで、やりたいことをやりなさい。こんな暗い場所に座っていないで、原野を駆け巡り、みんなに愛を広めなさい。怒り狂う人を見たら、愛情で受け止めなさい。すると相手の心も和らぎます。愛のフワフワで憎しみの固まりを包み込むんです。これがおいらのアドバイスです」

 ヒカリは感激して「ありがとうございます!」って叫んだけど、その後で「愛のフワフワって何です?」って聞き返したんだ。だって、ヒカリは生まれたときにお乳をもらった後には独り立ちして歩き出したんだから、フワフワの愛情に包まれた時間が少なかったんだな。

「ウーン、難しい質問だな」って縄文爺さんが困っていると、「困った爺さんを見ると、助けてやりたいと思うのがフワフワした愛情さ」ってお庭番が助け舟を出した。

「そうだ、僕はモーロクの悲しい子供たちを助けようって決めたんだ。これが愛のフワフワだな」ってヒカリも分かったんだ。きっと愛はフワフワしてて、何にでも包み込もうとする綿のようなものなんだな。

 

「そうそれさ。おいら史上初のエロニャン離れネコ。ひどくネグラな初物だ。でも君は、エロニャンとモーロクの史上初の融合体。地上と地下に分かれちまった社会を一つにするため、神様が世に放ったフワフワの松脂だ。その粘着力でエロニャンとモーロクをくっ付けるんだ。君がくっ付けたフワフワは、すぐにカチカチの琥珀になって、もう二度と離れはしない。その中には愛の種がいっぱいに詰まっている。こいつが後になって花を咲かせるのさ」って縄文爺は続け、もうそれ以上は話さなかった。ヒカリははやる心で故郷の神殿に向かって走り出した。まずはモーロクの子供たちを助けなきゃ。

 

 すると縄文爺の体から強い木の香りが発散し、森中の木にその香りが伝わると、木々は一斉に縄文爺と同じことを喋り始めた。小鳥たちが集まってきて、その言葉を真似て、次々に離れエロニャンにさえずり始めた。エロニャンたちはその言葉に共感して一斉に駆け出し、森を抜けて野原に出ると、一目散に自分のふるさとへ帰っていった。ジジババたちにアドバイスを受けたことが、自信になったに違いないな。何年も森にいたエロニャンたちも、独りで生きることをやめて、仲間たちの愛に包まれて、一緒に楽しく生きていくことを決めたんだ。最初はきっと不安だらけだろうけど、みんなが仲間だってことを知ったら、独りになろうなんて思うはずはないさ。だって草原の空気には、愛の花粉がいっぱい飛び交っているんだからさ。

 

(つづく)