詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

奇譚童話「草原の光」十一 & エッセー & 詩

エッセー

「民主主義」という幻想

 

 アフガニスタンの混乱によって、民主主義を世界に広めようとするアメリカの理想はもろくも崩れ去ってしまった。かつての日本が、神道(現人神)を柱にした独裁政権であったように、アフガニスタンには結局民主主義は広がらず、厳格なイスラム教を柱とした非民主的国家にハードランディングするのだろう。

 

 『分身主義』思想を展開する徳永真亜基氏は、「実体」と「幻想」という明確な言葉を使っておられる(「実体」は「人間が意識しなくても存在しているこの宇宙の何でもかんでも」で、「幻想」は「人間の脳内の記憶や言葉と外部からの刺激(情報)との相互作用によって作り出される全ての現象」)。つまり、人間の考えることは全て「幻想」の領域にあることになる。しかし考えることで指から生まれた道具は、宇宙に存在する「実体」となるのだろう。要するに「幻想」という現象はあくまで人の脳内における出来事だ。

 

 当然のことだが、人間以外のあらゆる生物は幻想を抱くほど知能は発達していないので(類人猿は分からないが…)、ほぼ「実体」つまり科学的現象の中で生きている。当然、人間も生物だから基本的には「実体」の中にある。人間も含めたあらゆる生物は、地球という環境の中に放り出された存在で、本能に基づいて生き抜くために生存競争を繰り返している。しかし人間だけはプラス「幻想」の存在で、より確実に生き抜くために幻想(妄想)を膨らまし、人間由来の様々な実体を生み出してきたわけだ。人間の生活を便利にする家電などの「実体」はいいが、人類最大の脅威である核兵器は愚かな「幻想」が生んだ不愉快な「実体」というわけだ。また民主主義制度というのは、日本人には不可欠な、優れた「実体」の一つだ。

 

 しかし民主主義を始め、「何々主義」というものは、脳内にあるかぎりは「幻想」なのだ。アメリカが世界に広めようとした「民主主義」も、所詮は民主主義者の頭の中にある「幻想」で、それをアフガンで「実体」化(制度化)しようとして、失敗したわけだ。一方タリバンは、彼らが頭の中で考える「イスラム原理主義」という「幻想」をこれから実体化するために制度改革を行っていくのだろう。当然のこと、フランス革命よりも歴史の古いイスラムの教えは男女平等ではないから、厳格に進めれば男女不平等社会になるだろうが、今の世の中はグローバルな「幻想」も「実体」も一応男女平等なのだから、世界の民主主義国から反発を食らい、国際社会の一員にはなり得ないだろう。

 

 結局、社会(国家)という「実体」を運営するための源となる「主義・思想」が人々の脳内に留まる「幻想」である限り、それはあくまで個々の人間の考えることで、人々(国民)が生きるための統一した法則にはなり得ないことを意味している。地球上の人々の脳内には、原理主義も、独裁主義も、共産主義も、民主主義も「幻想」としてあり、国や地域は力の関係や人間関係の中で様々な実体の国家・地域を形成しているわけだ。しかし国内にはいろんな主義・主張を持つ人々が混在し、グローバル化した国どうしでもいろんな主義・主張があって干渉し合うから、内戦も国際テロも戦争も、地球上から一掃することは難しい。現にアフガンでは早々に内戦が始まっている。

 

 「民主主義」はすばらしい思想だが、それはあくまで思想で、思想は「幻想」の範疇だ。一方で、「イスラム原理主義」がすばらしいかは僕には分からないが、欧米に存在するキリスト教原理主義と同等の歴史ある思想であることは確かで、それも「幻想」の範疇だ。我々民主主義者は「幻想」の中で「イスラム原理主義」に鳥肌を立てるが、きっとアフガンのイスラム原理主義者は「幻想」の中で「民主主義」に鳥肌を立てるのだろう。

 

 アフガンではアメリカの「民主主義幻想」が実体化する前にタリバンの「原理主義幻想」と戦って、駆逐されてしまった。これからタリバンの「幻想」が、どのような「実体」になるのか、世界は注目することになる。しかし内戦が全土に拡大すれば、長年続いてきた「混乱」だけがアメリカ抜きの「実体」として延長していくだけだ。これほどの悲劇はないし、その舞台は仮想空間ではなく、実体なのだ。どんな政治形態であれ、銃声の聞こえない社会が訪れることを切に願っている。

 

 

 

 

戦争讃歌

(戦争レクイエムより)

 

壁に貼り付くゴキブリを殺したとき

家の内壁は白が多いのに

なんで目立ちたがるんだろうと嗤っちまった

偶々居間に紛れ込んで殺られちまっただけで

普段は暗所で暮らしていて

ダークボディが生きやすいんだろう

きっと居場所が居間になれば

白いゴキブリも現われるぜ

白い黒いなんて、大した問題じゃないのさ

 

しかし奴らには最初のアダム・ゴキから

三億年も捨て切れなかった本質があるんだ

進化論なんかは愚かな学者の嘘っぱちで

あらゆる生物は神野郎が創ったものだ

奴にとって生き物は単なる兵隊さんのオモチャさ

意図的に、意地悪く見物してやがる

コロシアムの天上貴賓席に座り、酒を食らってよ

 

揺かごの若芽から墓場の蛆虫まで

結局、神野郎が生き物に与えたものは

「闘争本能」っていう名の電池なんだ

そいつをオモチャの中心に嵌め込んで

そいつの無くなるまで変わることなく

戦わせようっていうわけなんだな

 

進化論が進化と名付けたのは

そいつを取り巻く襞々部分で

環境や状況で臨機応変するけれど

単なるバージョンアップで

本質は何も変わっちゃいない

戦いに明け暮れ、血を流し

対応できれば生き延び

対応できなければ死ぬまでの話さ

どいつもこいつも剣闘士さ…

 

嗚呼、人間という罪深き剣闘士ども

俺たちは発生から二十万年もの間

闘争本能を柱に据えて上辺の進化を遂げてきた

文明という襞々部分は変わっても

下卑た本性は変わらないぜ

あらゆる詩人も、学者も、夢想家も

怒れる俺たちの牙には叶わない

理想論なんかじゃ腹は張らないものな

夢なんか持つ奴はとっとと消えちまいな

現実を見ろよ!

さあ武器を持ち、立ち上がって蹴散らすんだ

血という血が川に流れ、海に注ぎ

蒸発して天空を赤く染めるまで

徹底的に殺し合ったって

どこかでしぶとく生き残る奴はいるって話さ

そいつはラッキーな奴なんだ…

俺はきっとラッキーボーイさ

 

 

 

 

 

奇譚童話「草原の光」

十一

 

 先遣隊は、だだっ広い草原を火山に向かって一直線に進んでいった。ライオンやシマウマ、ゾウやカバなんかが、足を止めて彼らを心配そうに眺め、「あっちには行かないほうがいいよ」って忠告してくれた。彼らもエロニャンと同じに、火山は危険だと思っているらしい。でも、先生も若い二人も、あっちからやってきたんだ。

 

 ほぼ半日歩くと火山の麓にある森林地帯に出くわした。けれど、先生たちも若い二人も来たときにはこんな森はなかったはずだ。

「おかしいな。僕たちは来たとおりの方向に戻ったけど、森なんかなかったぜ」って先生。

「道を間違えたのかしら」ってナオミは言っても、元々道なんてあるわけじゃなかった。

すると、「ごめんごめん」って大きな声がして、森が左右に分かれ、幅五メートルほどの道ができた。一直線の道で、遠くに火山が見える。

 

「どうぞお通りください。俺たちはバーナムの森さ」って木の一本が言った。

「君たちはいったいどうやって動くんだい?」

 先生は驚いてたずねた。

「十万年前のモーロクが、木の遺伝子にタコの遺伝子を混ぜ合わせたって話だぜ」

 みんなが下を見ると、木の根っこが蛸足になってる。幹には墨のような黒い樹脂がベタベタ付いてる。

「遠い昔から、あたしたちの夢は、歩くことだったのよ」って別の木が言った。

「それを叶えてくれた科学者がいたんだ」ってほかの木。

「俺たちは、太陽の方向に従って、火山を中心に時計の針のように少しずつ移動するんだ」ってまた別の木。

「日の光を胸いっぱいに浴びるから、子供たちもたくさんできて、大きな森になっちゃったのよ」ってまたまた別の木。

「火山の周りを選んだ理由は?」

 ケントが聞いた。

「火山を中心にすれば、みんながまとまって動けるんだ。火山がないと動く方向が分からなくなって、みんなバラバラになっちまうのさ」

「それに、ここら辺は皮や葉っぱを食う連中も来ないからね」

「じゃあ、この森にはタコの木のほかは、誰も住んでいないんだ」

 先生が言うと、森全体がガラガラ笑った。

「森には魔女が付きものさ」

「でも、魔女には会わないほうがいいわ」

「魔女スープにはヘビの舌とトカゲの足が入ってるからな」

 それを聞いて、スネックとハンナはヒカリの穴に隠れ、ジャクソンたち三匹のカメレオーネは子供のタコ木に変身した。 

 

「すごいじゃないか。おいらの子供にそっくりだ」

 するとその木の実生の子達が大勢出てきたので、どれがカメレオーネか分からなくなっちまった。

「僕たちも、この人たちに付いていくんだ」って一本の幼木。

「ああ、社会勉強に行ってきな」

「飽きたら森に戻ってきなよ」

 

 タコ木の子供たちは勝手に決めちゃったんで、先生も断れなかったな。親を怒らせたら、道が無くなっちゃうものね。それで一行に十本の幼木が加わったんだ。一行は遠くに見える火山を目指してまっすぐな道を進んだ。すると幼木たちがカメレオーネの物まねが下手だと言いはじめたんだ。

 カメレオーネたちはプライドを傷付けられて腹を立て、先生に聞いた。

「私にはまったく見分けが付かないな」

「私にも分からないわ」ってナオミ。

「でも魔女だったら簡単に見分けられるよ」

 幼木はからかうように言う。

「じゃあ、その魔女に会って確かめてみよう」

 ウニベルは細い幹を反って胸を張って提案した。自分の芸に誇りを持っているんだ。

「でも君は、魔女が怖くて木になったんでしょ?」って先生。

「でも、バレない自信があるから言ってるんだ」

「魔女に会ってる時間はないわ」ってナオミ。

「でも、カメレオーネ一族のプライドがかかっている」

 先生も仕方なしに、魔女に会うことを同意したんだ。なんたって、眠り病の子供たちの頭の中に入れるのは、カメレオーネしかいないんだから。

 

(つづく)