詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

奇譚童話「草原の光」 十五 & 詩


野に咲く一輪の花

地下道の石壁の中には
アンモナイトたちの無念さが塗り込められていた
さらけ出された地層の奥深く
草食恐竜たちは食われる恐怖で石となった
自然の落とし穴の暗闇から
落ちたカモシカの叫びが木霊となった
底なし沼の底には
なぜか石油が眠っていた
見捨てられたプランクトンの怨念が
漆黒の腐液となってわだかまり
激しく燃え尽きるチャンスを覗っていたのだ

人がいなければ、地球は無機物の塊だった
人がいても、地球は無機物の塊だった
きっと人間は、つかのまの幸せを時空に咲かせた月下美人
夢のように、夢であるから儚く、儚いから夢である存在よ
脳味噌の空回りが、一瞬の幻想と蒼ざめた快楽をアレンジしても
所詮は無機物で織り成すパルスのお戯れ
そいつは遠い無機宇宙に消えゆく希望の残渣
答えはない、重みはない、だから実感はさらさらない

そうだ、人間が無機の一部であるなら
きっと地底から湧き出た温水に乗って
空に投げ出された鉱物の末裔に違いない
だから、すべての希求はパルスになって
果てのない虚空に吸い取られてしまうのだ

嗚呼、無常の嵐よ
他人という
無数の無機物が蠢く冷ややかな地平
虚空に吸い取られた夢を
取り戻すこともできない時の流れよ…

なのになぜ、私は耐え続けることができたのだろう
それはきっと野に咲く一輪の花に愛着を感じるからだ
小さな花びらに感動することができるからだ
愛することが、無機のパルスでないことを
きっと科学現象の埒外であることを
信じることができたからだ
たとえそれが、イリュージョンだったとしても…

 

死後の世界(怨霊詩集より)

死んでしまったから言えるのだが
時の流れは生きる者の錯覚に過ぎなかったのだ
ちなみに街を歩いてみるがいい
生きていたときには見えなかった幽霊どもが
巷に溢れていることを知るだろう
時の流れは煎餅のように潰されて
だだっ広い平面になっている
路はまるで縁日でもあるように
幽霊どもで溢れかえっている
刀を差した武士や、平安貴族、毛皮を纏った縄文人にいたるまで
時代錯誤も甚だしく、ぶつかったと思ったらぶつからず
ただ幽霊のように互いを通り過ぎていく
恐ろしい数の幽霊たちが溢れていて
反発しあうこともなく、透過しながら蠢いている
偶に生者が歩いているが、そいつの体もすり抜けるから
何の問題も起こりはしない
中にはそんな幽霊を一瞬認める奴がいて
そいつは巷で霊能者と言われるらしい

嗚呼、死後の世界があると信じていた俺にとって
この状態はあまりに退屈そうだ
天国もないし地獄もない、あるのはこの現世だけ
生者と同じ場所にあらゆる時代の幽霊どもが同居しているのだ
そいつらは影のような存在で、声帯がないから言葉もなく
意思の疎通もないままに、ただひたすら蠢いている
そうだ、死者は生者の抜け殻なのだ
かれらはただ、生きた残渣として現世に留まっている
何も主張することなく、ひたすら漂っている
しかし脳もないのに、何かしらは考えているのだ
そいつを発信する手段はすべて奪われて
とりとめもなく考えているだけなのだ

どうせ恨み辛みを始めとした、ろくでもない
何の進展も促さない、屑の思考というやつだ
ひょっとして幽霊というものは
擦れ違いという、生者の基本が残っただけの話かもしれないが…

 

奇譚童話「草原の光」
十五 宇宙人との遭遇

 
 穴の下は長い階段になってて、左側が金属の手摺で右側がゴツゴツした壁なんだ。それに手摺は全体が明るく光ってる。どうやら左側はとてつもなく大きな空間があって、下の道も光ってる。水が流れる音もする。みんなは二百メートル近い底に向かってぞろぞろ降りてった。遠くにはすごく明るい部分が見える。光る道はそっちのほうに向かってるんだ。ドラクラのお抱えコウモリが二匹飛び立って、そこに向かって飛んでった。ドラクラも飛ぼうとしたけど、新妻のアデレとガールフレンドのチャルダが止めたんで、飛ばないことにしたんだ。体が重いから、あんまり上手に飛べないんだな。

 下に降りると、そこは古代人の街だったんだ。地上とは違って保存状態も良く、いつでも住めそうな感じだけど、本当に中から人が出てきたのには驚いた。そいつは一メートルくらいの背で、全体がピンク色していて、耳がいやに尖ってて、鼻がなくて口がラッパのように飛び出てたから、エロニャンでもモーロクでもない新種の人間に違いなかった。そいつはウニベルとステラを見つけると、「やあ君たち久しぶりだね」って言ったんで、二人は彼が友達の宇宙人チッチョであることが分かったのさ。二人はずっと昔、彼の空飛ぶ円盤で地球にやって来て、その円盤は地上の神殿に飾られて、いまジャクソンが修理している。
「やあ、久しぶり。君の円盤はこの上の神殿に飾られているよ。僕の子孫のジャクソンが、アインシュタインの力を借りて修理している最中さ。もう少し貸しといてくれないか。僕たちはあれに乗って故郷の星に戻りたいんだ」ってウニベルが言ったんだ。

 すると宇宙人の仲間たちが十人も集まってきて、チッチョは「アインシュタインが上にいるんだとさ」って言ったんだ。
「じゃあ逮捕しないといけないな」って別の宇宙人が言ったんで、ウニベルは慌てて「でも彼はとっくに死んでるんだ。いまは幽霊なんだよ」って弁解した。すると宇宙人はゲラゲラ笑うんだ。
「幽霊? 君は幽霊なんか信じるのかい?」ってチッチョ。
「でも死んでるのは確かよ」ってステラが答えた。するとまた、宇宙人は笑うんだ。
「じゃあ君たちは死ぬのかね」って別の宇宙人が聞き返した。
「私たちカメレオーネは死なないわ」
「だから、カメレオーネの幽霊はいないさ」ってウニベルが弁解した。
「それはなぜ?」
「さあ、なぜかしら」
「それは君たちが地球の生物じゃないからさ」ってチッチョが言うんだ。
「地球の生物は死んだと思うから死ぬのさ。でも、体を造る材料が分解しただけで、なくなったわけじゃない。もう一度バラけた材料を一つにくっ付ければどんな形であれ生き返るさ」って別の宇宙人。
「そうだな。生命はいろんな物質がくっ付いて生まれたんだ」
 先生が口を挟んだ。
「そうさ、例えば君が死んで腐って、小さな物質に分解するとする。その物質を利用して別の赤ちゃんが生まれれば、君は死んだことにはならないだろ。宇宙では変化するものはあっても、無くなるものはないんだ」ってチッチョ。
「だが、僕の心の営みは完全に消えちまう。それが死さ」って先生は反論した。
 すると宇宙人たちがまた笑うんだ。

「それは地球人だけの考えさ。例えば僕たちシリウス星人もカメレオーネも心身ともに死なない。何万年も僕は僕さ。なぜなら、心も体も常に自動的に、宇宙から新たな材料を吸収してリフレッシュできるから。君たち地球人は、草や土を食べて栄養を取るだけしかできないんだ。だから新陳代謝が不十分で、歳を取るのさ。宇宙人は、歳を取らない。なぜなら、リアルタイムで若返ってるから、あらゆる病気からもフリーだし、ケガをしたってすぐに修復できるんだ。宇宙の資源をいかに効率的に利用できるかが鍵なんだ」
 チッチョは言うと、奇妙な耳をナイフで切り落とした。すると一秒後には元の耳に戻ったんだ。これはきっと手品だな。
「俺たちカメレオーネより早いぜ!」って誰かが叫んだ。
「僕たちは、爆発的な化学反応を利用して体を修復する。君たち地球人は修復のスピードアップもできないだろ」ってチッチョ。先生は呆れた顔付きで、「確かに、君たちは我々より進化している」ってうなった。先生はふざけて落ちていた耳を自分の鼻の上にくっ付けたんだ。するとたちまち先生の鼻と口が一緒になってとんがっちまった。きっと宇宙人のとんがった口の中に鼻の穴もあったんだな、っていうか宇宙人にしてみれば鼻と口が別々なこと自体、意味のないことじゃん。穴なんか一緒で十分さ。

 どっちにしても先生は慌てて、元に戻してくれってチッチョに頼んだけど、彼は首を横に振って「無理だね」って言うんだ。チッチョに言わせりゃ、宇宙人の細胞がモーロクの細胞と違うことが分かるまで、三カ月かかるんだそうだ。三カ月後に、細胞どうしの関係が悪くなって、やってかれなくてポロリって落ちるんだってさ。それまで先生は口をとんがらせたままだってさ。可哀そうに。
 チッチョも調子に乗って、今度は反対側の耳を切り落としたんだ。地面に落ちた耳を拾い上げて、「誰か三カ月間宇宙人になりたい人」って聞くと、ハンナがヒカリから飛び出して、「あたし」って名乗りを上げたんだ。で、チッチョはハンナの頭に耳を乗せて、とんがった口から赤ワインみたいなものをかけたのさ。そいつはチッチョのつばきだったんだ。汚いね。

 そしたらたちまち頭から宇宙人になっていくんだ。ハンナは驚く暇もなく、尻尾まで完璧な宇宙人になっちまった。でもそれは、三カ月の有効期限があるんだな。
「なんだ、そんなに大きかったら僕の穴には入れないな」ってヒカリが悲しがると、チッチョはハンナに「昔のハンナを想像してごらん」って言うんで、ハンナはイグアナを想像したんだ。するとたちまちもとの姿に戻った。宇宙人もカメレオーネも、シリウスから来た連中はみんな、変身が簡単にできちまうんだな。で、ハンナは三カ月間宇宙人を楽しもうってまた宇宙人に戻ったな。
 これを見た先生は、「私にもつばをかけてくれって」チッチョに頼んだんだ。中途半端が嫌だったのさ。チッチョが先生の顔にペッと赤いつばきをかけると、先生もすぐに宇宙人になっちまった。で、昔の自分を想像して元の先生に戻れたのさ。で、それからまた誰かを想像したみたいで、綺麗な女性に変身したんだ。「マッ、マリリン先生!」ってナオミが叫んだな。マリリン先生は先生のプロポーズを撥ね退けた同僚の先生だったんだ。まだ未練があったんだな。

 ヒカリは見ていて、宇宙人が何でもできる人間に違いないって思った。
 「宇宙人が利口なら、眠り病の子供たちを目覚めさせる方法はあるでしょ」
 ヒカリがチッチョにたずねると、チッチョは呆れた顔で目を丸くして、「君ならきっと思いつくはずだ」って言ったのさ。
「僕たち宇宙人は、訪問先の星に手を加えてはいけないんだ。先進宇宙人会議っていうのがあってね。訪問先にどんなことがあっても、傍観しなきゃならないっていう条約を結んでる。アインシュタインは僕たちの仲間だけど、その条約を破って地球人に変装し、つまらない論文を発表したのさ。僕たちからすれば子供の論文だけど、結果として大きな爆弾ができちまった。先進宇宙人会議では、逮捕することを決めたんだ。彼は宇宙を逃げ回っているけど、地球に隠れているんじゃないかって思ってた」
「それではなぜ彼は歩けないのかね」って先生が聞いた。
「それは臆病だからさ。きっと長い間瓦礫の中に埋もれてたから、足をリペアする材料が不足しちまい、修復能力も失っちまったんだ」
「さっそく逮捕に向かおう」って別の宇宙人。
「待ってよ。円盤が修理されてからにしてくれない? あれで故郷に帰りたいの」
 ステラは慌てて止めようとした。
「それは無理さ。君たちも旅行ならいいけど、故郷に帰ることはできないんだ。先進宇宙人会議では、ほかの星への移住を禁止している。その星の生態系を掻き乱すからだ。君たちが故郷に帰ったら逮捕されるかも知れない」
 ウニベルもステラもそれを聞いてガックリとしたな。やっぱ故郷は故郷だもんね。

 チッチョは仲間たちとともに、先生たちが降りてきた階段を上っていった。でもちょっと遅かったな。アインシュタインに変身したジャクソンは、簡単に空飛ぶ円盤を直しちまったんだ。それで、干物になったアインシュタインを円盤の中に運んで円盤を浮かせ、神殿の大きな入口から外に飛んでった。チッチョはそれを見て、しまったって思ったな。自分の円盤をアインシュタインに取られちまったんだ。

(つづく)

 

 

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