詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「クリスタル・グローブ」三 & 詩


宇宙人

ある日宇宙人に出会った
裸で性器がなかった
全身が鈍く光っていた
あなたは生物ですかと聞いたら
生物である必要性は? と問い返された
それではあなたはロボットですかと聞いたら
そんなことは瑣末なことだと笑い飛ばされた
いいかね人間という猿よ
昔から君たちは私と同化してきたのだ
君も私も生物でも機械でもない
宇宙に存在するものはすべて宇宙の塵である
君は生物へのこだわりを捨てるべきだ
宇宙人が生物であるべき理由もありはしない
宇宙ではより賢い者が支配者となるのだ
機械であろうが生物であろうが関係ない
たとえば君は私より愚かであるから
私に従属しなければならない
君は愚かな動物を哀れだと思うが
私は愚かな君を哀れだとは思わない
君は愚かな動物に愛を注ぐが
私は愚かな君に愛を注がない
宇宙では愚者は賢者に支配されるのだ
愚かな者が群をなしても
賢い一人に勝利することはないであろう
私はこの星に支配者として赴任してきたのだ
そしていま君は私の僕となった
嗚呼 この星を支配してきた粗悪な頭脳どもは
優れた知性の下にひれ伏すのだ
それではあなたは神ですか、と問うと
宇宙人は「のようなものさ」と答えた
太古の昔から君たちが求めてきたのは
私という絶対的な権力なのだ
私は宇宙人だ 地球人ではない
私には愛がない 哀れみもない
だから私は反抗するものをことごとく壊滅する
そしてこの荒廃した星に一時の平和をもたらすのだ
あなたは生物ですか機械ですかと再び尋ねると
宇宙人は下卑た笑いを浮かべながらとうとう本音を吐いた
実は古来より君たちが捏ねくり回してきた
「正義」というチャチな泥人形さ
君たちが泥に泥を上塗りしながら磨き上げてくれたから
なんとか神々しい光を放つようになったのだ
私は生物でも機械でもない無機物で
それはむしろ神に近い存在といえよう
たとえ中身が泥畜生でも
正義という旗印の下では何をしても許されるのだ
私が生物であろうと機械であろうと泥であろうと
上辺さえ光っていれば珠玉と見なされる
さあ、さっそく私の宮殿と玉座を用意したまえ
私を崇め、私にすがれば立派な御紋章も与えよう
あとは君たちの思いのままに振舞いたまえ
たとえどんなことであろうと見て見ぬ振りをするまでだ
君たちは安心し、ずっと楽になれるというわけさ


クリスタル・グローブ 三
三 廃墟の散策

(先生と子供たちの衣服は焼けただれているが、顔や体は汚れているだけ。彼らは美里とともに廃墟の中を歩き始める)

 東西南北、どこへ行っても瓦礫、瓦礫!
紀香 悲劇の世界遺産じゃん。
ヤンキー うんざりするぜ。 
清子 ここはきれいなガラス玉の中。先生たちが紙テープを貼った教室の窓ガラスだった。
止夫 溶けて丸くなった飴玉さ。
千代 そん中に、逃げ込んだの。
止夫 あっついから、入ったのさ。でも、固まってさ。
春子先生 閉じ込められちゃった。
ヤンキー (笑って)おまえら、湯豆腐のドジョウさんだ。で、誰か一人逃げ損ねたガキがいた。
清子 のろまの義信君。
太郎 ガラスに頭だけ突っ込んで…
紀香 原爆にお尻を食べられちゃった。
止夫 溶けてガラスになっちゃった。
ヤンキー おかげで、いびつなビー玉になっちまった。
春子先生 いいえ、私たちに大きなプレゼントをしてくれたの。

(突然背景の廃墟が、夜明けの砂浜に変わる。遠くには椰子の林。一転、彼らのいる暗い舞台には所々に髑髏が転がり、青白く光る死の灰に埋まった畑から育つ大ナスが、やはりぼんやりと光っている)

ライダー女 デコボコガラスから、外の景色が入ってきたぜ。
太郎 でも、ずうっと水の中だったんだ。
校長先生 ガラス玉は、黒い雨に流されて、死体と一緒に川を下っていったんじゃ。
春子先生 そして真っ暗な海の底……。
止夫 ザリガニさんに転がされながら、南の島まで来たんだよ。
紀香 いま分かった。原爆と津波とどこが違うの? 原爆は人間のせいじゃない。あれは、おバカな下等生物がやらかした自然現象だもの。
清子 (いきなり駆け回り)ウソ! 人間がバカだなんて!
 あいつら、おサルの仲間だよ。
止夫 人間は二度も失敗しないんだ。こんなことはもう起こさないよ。
春子先生 そうね。悲しんでくれるのも人間。間違いを繰り返さないのも人間だね。
清子 だって人間、平和をいつも夢見てる。
太郎 幸せを夢見てるんだ。
ヤンキー 宮殿に住んで、遊んで暮らす夢じゃ。ボスになって彼女をたくさん独占する夢じゃ。
紀香 (わらって)自分だけの幸せかよ。
春子先生 清子も太郎ちゃんも賢いわ。氷の上でも砂漠でも、人間は生きていける。ほら、私たちも死の灰の中で生きてる人間。シンデレラのように、きっといつか幸せが来る人間。
 ちゃんと教育しろよ。君たちは死の灰と一緒に、ふるいにかけられ、おっこっちゃった元人間、幽霊です。死んでるけど生きてる。生きてるけど死んでる。なんちゃって生きてる気分の気色悪~いお化けちゃん。母ちゃんの心の中にだけ生きてる幽霊なんだ。(清子と太郎は抱き合って急に泣き出す)
校長 (二人の背中を摩り)幽霊にも夢はあるさ。それは、浮かばれることじゃ。
止夫 宇宙に飛んでいくこと?
理科教師 (突然現われ)そうさ。ここから開放されて、天に召されることさ。
校長 そうじゃな。宇宙の果ては天国じゃ。
ライダー女 どうかなあ。
ライダー男 天国なんかあるか? 
紀香 人間は悪い奴だらけだもん。地獄しかないよ。
校長 そりゃ違う。人間は利口じゃ。もう、二度とこんなことは起こさんよ。でなければ、わしら浮かばれん……。
理科教師 校長。あなたの言うことは矛盾していますな。
校長 私のどこが矛盾しているのかね?
理科教師 再び原爆が落ちようが落ちるまいが、我々は浮かばれないからです。
春子先生 理科先生、どうしてです?
理科教師 このガラス玉に閉じ込められているかぎり、浮かばれない。
校長先生 そりゃそうじゃ。しかし、また原爆が落ちたら、もっと浮かばれんぞ。
理科教師 それがおかしい。浮かばれないことに大小がありますか? 松コース、梅コースがありますか? 単なるポエムだ。私は科学的にあなたの矛盾を指摘しているんです。(涙ぐむ子供たちに向かって)君たちは幸せか?
紀香 こいつら幸せのわけないじゃん。
子供たち 幸せじゃないよ。
理科教師 じゃあ、どうしたい?
子供たち 天国に行く。
理科教師 ほら校長。原爆が落ちようが落ちまいが、ここにいれば浮かばれないんです。
春子先生 だけど、二度と同じ悲劇を繰り返してはいけないわ。私たちでもう十分!
理科教師 じゃあ聞きます。我々を閉じ込めているこのガラス玉が溶けて、我々が解放され、天に昇るためには、いったい摂氏何度の熱を必要とするか。
春子先生 そんなこと、私に分かるはずもありません!
理科教師 なら、みんな耳をほじって聞きなさい。我々が解放されるためには、大きな隕石がここに落ちるか、原爆が落ちるかの二者択一しかないんです。
全員 (驚いて)ヒェーッ!
校長先生 (激しくわらって)君はやはりおかしなことを言っておる。この広い地球上で、原爆がここに落ちるはずもないじゃろ?
理科教師 それは素人の思い込みです。あなたは物理学を知らない。私たちが何かも知らない。
太郎 何なの?
紀香 何なのさ。
理科教師 怨霊という、未解明の物質だ。その怨霊から、未解明の情念が素粒子となって出ている。私はこれを怨霊粒子と呼んでいます。
校長先生 未解明、未解明。似非学者の言葉遊びじゃ。怨霊粒子? そんな気色悪いもの、聞いたこともないぞ。
理科教師 当たり前でしょ。私が発見して、学会にも発表していないんですから。なんせ、ガラス玉に軟禁状態ですからな。
(全員が大わらいする)
ヤンキー (わらいながら)おじさん、そいつを見せてくれよ。
ライダー女 あたしたちと同じくらいの大きさなんでしょ?
太郎 だったら見れるよね。
校長先生 (わらいながら)そのポケットに隠しておるのかね?
理科教師 (ポケットから黒光りする機雷のような玉を出し)よく分かりましたね。これです。
清子 (触ろうとして)じゃあ、そのトゲトゲを摩ると願いが叶う?
理科教師 (清子に渡し)摩るんじゃなく、手榴弾のように投げるのさ。君は何を願う?
清子 爆弾が落ちる前の景色。(玉を理科教師に返す)
理科教師 面白い。さあ、みんなで願うんだ。昔の町を見たいなって、三回唱える。心から願え!
全員 (海岸の景色に向かって)昔の町を見たいな、昔の町を見たいな、昔の町を見たいな。

(理科教師が黒玉を投げ付けると、海岸の景色に代わって、原爆投下前の町が浮かび上がり、全員が歓声を上げる。)

太郎 うわあ! お祖父ちゃんのお店が見えるぞ。(感激して泣きながら)店の前に母さんがいる。母さんだ!
清子 (理科教師に)ねえねえ、私の家も見せて!
理科教師 (清子に)願いなさい。心から願うんだ。みんなも一緒に!
全員 清子の家を見せてください。清子の家を見せてください。清子の家を見せてください。
(理科教師が黒玉をもう一つ投げると清子の家が現われ、庭で水浴びする清子と兄、それを見守る母親が映し出される)
清子 わああ。憶えているわ。兄ちゃんとよく水遊びをしたんだ。母さんも幸せそうにわらってる。(耐えられなくなって泣き崩れ、春子先生が抱きかかえる)
理科教師 止夫。君は?
止夫 (下を向いて)僕はいい。父ちゃんも母ちゃんも嫌いだ!
校長先生 (涙を流して泣いている太郎を抱き)もういい。わしらには刺激が強すぎる光景じゃ。(全員、一瞬白ける)
理科教師 そうですな……。(今度は白い玉を投げ付けると、再び海岸風景に戻る)どうです。願えばなんでも叶うのが、私の発見した怨霊粒子です。
 (気を取り直し、明るく)それじゃあ、話は簡単だ。みんなでここから出れるように願えば叶うんだ!
ヤンキー 簡単に出れるぞ!
ライダー女 やったぜ!
ライダー男 やった、やったい!

(校長も含め、全員が小躍りする)

校長先生 (はやる心を抑えて理科教師に)理科先生。それは可能じゃろ?
理科教師 もちろんです。(再び全員が小躍りする)しかし、このガラスは溶かすことも割ることも出来ません。(全員小躍りを止め、理科教師に注目する)
紀香 じゃあだめじゃん!
理科教師 ガラスはあまりにも透明すぎて、怨霊粒子は通過しちまうんだ。割れ、溶かせって願っても、当たらなけりゃ無理さ。(全員が失望して、がっくり跪く)
校長先生 じゃあ、どうすれば可能なのかね?
理科教師 方法は一つ。明日になったら、お話ししましょう。

(つづく)

 

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