詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

おかしな一家 & 詩

おかしな一家Ⅱ

 

 仁は背の高い草を掻き分けながら草原を歩き始めた。草に触れると指が切れそうな痛さを感じるが、すべては仮想現実で、本物の草が生えているわけではない。仁の姿は時たま草に隠れて見えなくなるものの、ゾウが付いていたので見失うことはなかった。途中で、ヌーやシマウマの群れに遭遇したが、これはどうやらバーチャルな世界らしかった。一〇分ほどして仁は歩くことに疲れたみたいで、ゾウの鼻に乗って頭を伝い、背中に馬乗りになった。ゾウの通ったあとは草がなぎ倒され、歩きやすい。二人は仁をうらやみながら、また一○分ほど歩くと小山が現れた。ゾウは直線的に坂を登っていく。仕方なしに二人も、ゾウの尻尾をロープ代わりに掴んで登っていく。頂上に出ると、遠く地平線まで続くサバンナを一望できたが、白大理石で化粧された大きなピラミッドが眼下に現れた。ギザのピラミッドほどもある大きさなのに、それを見下ろすほどの山は五分で登れたのだから、現実離れしたVRな世界に決まっている。それが証拠に、数分下っただけで、ピラミッド内部への入口にたどり着いた。

「君たちは、バーチャルなトリックに弄ばれて疲れたろう。しかしお付きの動物は本物だ。歩くのがいやならそいつらの背中に乗ればいいのさ。どいつもいい乗り物になるんだ」と仁。しかし、二人は天まで届くほどの巨大なピラミッドに圧倒されて声も出ない。加えて二人を襲ったのは、沈うつな気分だった。ピラミッドが意味するものは、墓以外の何ものでもないからだ。

 

 花崗岩の台に寝かされている仁は、二人が最初に出会った虚像の青年だった。胸から下は花々に埋められ、美しい顔は、いまにも目が覚めるのではないかと思えるぐらいに生々しい。これは虚像ではないと、二人は確信した。

「彼はつい最近まで生きていたんだね?」

 光輝は目頭を熱くさせ、顔を両手で覆いながら仁にたずねた。

「そう……、仁は君たちの結婚話を聞いて絶望し、自らの命を絶ったんだ。君と電話で話したのはこの仁だった」

仁は抑揚をわざと抑えるようにして事務的に答えたが、二人は驚きのあまり呆然として、しばらくは声も出せなかった。

「彼は昨日の夜、君に電話をした二時間後に自殺したのさ」

「いったい何で……」

 早苗の声は震えていた。

「君に恋していたからさ」

「一〇年間も会っていない私に?」

「そう、恋愛感情は想像の世界で凝縮され、エッセンスになるんだ。彼が恋していたのは彼のイメージの中にいる君さ。それに……」

「それに?」と早苗。

「仁は二人必要ないんだ。花を除けて彼の手足をよく見てごらん。右手右足を失ったまま、しかも脊髄損傷で車椅子の生活だった。この時代に、手も足も、おまけに脊髄までも再生ができなかったなんて悲劇さ。彼はある種のアレルギー体質で、たとえ自分の組織でも、新しいものを受け付けなかったんだ。まるで家族以外の人間を受け付けなかったようにね。しかし、彼は立派に再生した。僕という形でね。だから悲しむことなんかちっともない。仁は死のうと思って自殺したわけじゃないんだよ。だって彼はちゃんと生きている。君たちの友達の仁は、この僕なんだからね。仁は未来を僕に託して消滅した。こいつは僕の抜け殻さ」

 仁の言葉を聞いても、二人は遺体に近づこうとはしなかった。二人とも頭の中が混乱していて、わけが分からなくなっていたのだ。少しばかりの沈黙が続き、ようやく光輝は仁に提案した。

「僕たちはいま、仮想と現実の入り混じった世界にいるみたいだ。ここに仁の生々しい死体があって、そこに子供の仁が立っている。死体は現実だといっても、巨大なピラミッドは仮想だ。僕には何が現実で、何が仮想か分からない。君の話も分からない。一度、プロジェクションマッピングをダウンさせてから話し合うことにしようじゃないか」

「分かった」といって、仁は指を鳴らした。するとたちまちにして石室は上からガラガラと崩れ落ち、燦々とした太陽が顔を出した。ウソの世界はすべて崩れ去り、三人と六頭が広大な荒畑の真ん中にいることが分かった。ほんの五百坪ほどが黒い金属板で覆われていて、どうやらこの舞台の下に虚像を演出する装置が仕込まれているようだ。巨大な三次元スクリーンとなるフェンスは、千坪ほどの広さで舞台を取り囲んでいたが、墨色からみるみる透明になっていき、遠くに点在する家々が見えるようになり、その向こうには寂れた街もあった。豆粒のような車が遠くの道路を行き交っている、……けれどこれだって仮想現実かも知れず、仁を信じる以外にはなかった。 

「僕たちは休耕地の中にいるんだ。しかしここは、僕にとっては夏の宮殿なのさ。夏になるとこの平土間に立って、仮想現実の中でじっくりと休養し、英気を養うようにしている」

 しかし、そばに横たわっていたはずの死体が消えていた。光輝は元祖仁の遺体すら虚像だったと思い、怒りがこみ上げてきた。

「仁君の遺体はどうしたんだ。あれもウソじゃないか!」

「いやいや、しっかりとそこにあるさ。舞台の映像をダブらせて消してあるんだ。仁が昨日死んだことは秘密だからね。誰が見るとも限らないから、カモフラージュは必要だ。もちろん役所にも届けない。だって、仁は僕なんだからね」といって、仁はカニのように二メートルほど横に歩き、手招きした。光輝が仁の横に行くと、ストレッチャーに寝かされて首から下をシーツに覆われた元祖仁の遺体が確認できた。

「さあ、余興はこれで終わりだ。あの遠くに見える森が、本物の僕の家です」と仁は北を指差す。

 

 舞台横の農道にはリムジンが控えていていた。仁がそっちに歩き始めたので、早苗は慌てて「仏様は置き去り?」と声を上げた。仁は無言のまま指をパチンと鳴らす。すると今度は巨大な前方後円墳が目の前に出現し、リムジンが飲み込まれてしまった。

「偉大なアダムは、王様の墓に葬るのがふさわしい」

「でも蛆が湧くぜ」と光輝がいうと、仁は振り返ってニヤリとわらい、「彼の死体は存在しない。歴史からも消えるのさ。君たちも忘れてほしい。仁は死んじゃいない。仁はこの僕なんだからね」と答える。光輝はいささかうんざりして、「遊びはやめろよ!」と語気を強めたので古墳はもちろん、遺体すらもパッと消えてしまった。

「やっぱ子供だ……」

華奢な早苗の両肩に、ヨーロッパからの長旅の疲れがドッとのしかかってきた。

 

(つづく)

 

 

 

クワドループル

 

羊の見た夢

 

野山は至る所が食べ物だった

僕は疲れることなく食べ続け

はばかることなく糞をたれた

働かなくとも飢えたりしない

ひたすら口を動かしていれば

いつまでも生きていけるのだ

食うために生きるという矛盾

飢えることへの恐怖を蹴散し

奪い合いから解放された幸せ

僕は鎧を捨てて丸裸になった

誰にも頼らず心は解き放たれ

自己実現の可能性が広がった

僕は心配なしに生きていける

どんなに硬い雑草も消化する

夜は食べ物を寝床に寝転がる

そしてきっと正夢を見るのさ

狼になって羊を飲み込む夢だ

 

 

yatura

 

雑踏という奴等は薄気味が悪い

知るすべもない無数の体が蠢く

ヘドロでのたうつミミズの如き

得体の知れない感性をはらませ

触れあうことなくふらふら進む

黴菌どもからこいつら人間まで

自己満足を求めて動き回るだけ

生きている証拠はただそれのみ

大したものじゃないただの欲望

動き回る理由づけのための目的

生を受けて生じる生への義務は

操り人形のように動き続ける事

死んでいる証拠は糸のない人形

それぞれが私でない他人の心だ

それぞれが私と対峙した他人だ

それぞれが無から生じた人形だ

それぞれが虚無を忘れた道化だ

 

 

sakuretu野郎

 

貧乏人の小倅どもが爆発する

底辺のくそ虫どもが爆発する

自由でも金がなくて爆発する

毎日暇を持て余して爆発する

どうにもならないと爆発する

誰にも相手にされず爆発する

人生設計ができずに爆発する

天国に行けるからと爆発する

蛸部屋から出ようと爆発する

炸裂する自爆する…爆発する

平和というのもおこがましい

地球という悪運に牙を剥いて

 

 

人間とは

 

規則的に息を吸い

規則的に息を吐く

規則的に脈を打ち

規則的に糞を出す

規則的に腹が空き

規則的に喉が渇く

規則的に女を抱き

規則的に嘔吐する

規則的に時を回し

規則的に老化する

規則的に嘆息して

規則的に絶望する

人生は只それだけ

君達の自己満足は

子供の自己満足だ

 

いやAI的自己満足さ

どうせ最後の間際には

不規則的に呼吸が喘ぎ

虚無の世界が到来する

君達の多くが驚き嘆き

自己満足なぞ放り投げ

規則的に天国を夢見る

標準装備の希望遺伝子

老鳥の死際の羽ばたき

全電源停止への誘導灯

汝、生きとし生ける者

絶望の中で死ぬなかれ

来世はきっと好転する

往生際の悪いやつらだ

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

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