詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

おかしな一家Ⅲ & 詩

おかしな一家Ⅲ

 

 車はスクリーン壁の狭間を通過してしばらく畑の道を走り、それから鬱蒼とした森に入った。林道を五分ばかり走ると開けたところに出て、田んぼには稲が青々と育っている。今度こそは本物であろう門の前で停止し、鉄扉は音もなく開く。そこから屋敷の玄関までは五分ほどかかった。古びた洋館だが、贅を尽くしていることが分かる重厚かつ繊細な造りだ。ホテルなみの玄関に横付けすると、メード服を着た三人の女性とバトラー風の男三人、一族と思しき七人ばかりが出迎えた。

「さあ、家族と従業員のお出迎えだ」と仁。

 不思議な家族である。髪の薄い初老の男性以外はすべて子供なのだ。男性は長い顎鬚を生やし、昔風の白衣を着ていたので、専属の医者のようにも見えた。一○歳前後と思われる男女が前に出てきて、男の子のほうが「一○年ぶりだねえ」といって二人に握手を求めた。光輝は握手を交わしながら、「赤ちゃんのときに会いましたっけ……」とたずねると、少年は「仁の父親ですよ」と答える。光輝は狐につままれたような顔で、「たしか仁君のご両親は交通事故でお亡くなりになったはずですが……」といった。

「たしかにオリジナルは死んで、コピーの私は直接会ったことがないんです」

 少年はそういってニヤリとわらい、今度は手を早苗に差し出す。早苗は恐る恐る手を出して、小さな手をつまんだ。

「つまり僕の両親は僕と同い年。伯父さんが両親の死体から細胞を取り出して初期化し、クローンをつくったというわけさ」と仁は説明して、髪の薄い男性に顔を向けた。伯父はわらいながら頭を下げて挨拶し、「仁、ちゃんと分かるように家族を紹介したまえよ」と注意する。

「つまり、薄々気付いていると思うけれど、僕たちは新しい形態の家族なんだ。いや、新人類の先駆けといってもいいだろう。有性生殖によってではなく、クローンによって家族を永続させる一族。僕たちの辞書に死はない。まるで細菌のように体を分裂させ、分身を生み出していく分裂家族さ」

「すなわち、人間はようやく神々の仲間入りができたというわけです。セックスや出産などというプリミティブな行為から開放され、初期化した細胞と人工子宮という先進の機器を駆使して、まるでゼウスのように体を千切って分身をつくり出すことのできる時代が到来したのです」

 伯父は誇らしげにいった。

「姉さん、前へ出て」と仁がいうと、やはり一○歳ぐらいの女の子が一歩前へ出て、「仁の姉の彩香です」と自己紹介した。

「あなたはたしか、ご両親の後を追うようにお亡くなりになった……」と早苗。

「ええ、あのときは不幸でした。でも立派に再生いたしましたわ」

「それからこちらが僕のお祖父ちゃん、お祖母ちゃんです」

 五歳ぐらいの男女が前へ出て、頭を下げた。

「父と母は五年前に立て続けに亡くなったんで、死体からクローンを再生させたんです」と伯父。つまり、仁の祖父母は仁より五歳も若いことになる。で、最後に残ったのは伯父の横に立っている白衣姿の三歳くらいの男の子で、光輝が「そちらの坊やは?」と聞くと、坊やは賢く「仁の伯父のクローンです。オリジナルはここにいるので、伯父のアバターといったほうがいいかもしれません」と答えた。

「つまり両親や姉、祖父母は死体から再生させたわけだけれど、僕と伯父は生きているうちにクローンをつくったんだ。このほうが、多くの個人データを転写させることができるんだ」と仁。

「とくに私のクローンには私の医療技術を継承させ、この新人類家族を末代まで繁栄させる義務があるんです。もちろん彼だけでなく、私を除く一家全員がクローンで生まれたアバターなのです」と伯父はいってわらう。

「ようするに、伯父さん以外は全員がクローン人間で、伯父さんのクローンは伯父さんのアバターとして代々お医者さんを続けていくんですね」

 早苗は呆れ顔して、ため息まじりにいった。

「ひょっとしてあなた方はいま、『人間とはなにか』という深い哲学的疑問に直面していらっしゃる?」

 伯父はいたずらっぽい目つきでたずねた。

「なんなんでしょうね」と早苗は戸惑い顔で、つぶやくようにいった。

「人間とは単なる生き物ですよ、地球に生息するね。アリやハチと変わることはありません。違うところは、妄想すること。妄想することで火をおこし、神様からしかられた。動物とは違うという傲慢な考えを抱いたり、動物ならすぐに忘れてしまう悲しみを長引かせたりするのも、妄想のなせる業です。しかし生き物の仲間である以上、神の前では平等だし、神から与えられた課題はみな同じだ。その課題というのは、どれだけ永く種を保ち続けられるかです。神は助けちゃくれない。みんなみんなこの星に投げ出されたんだ。お前ら世に出したんだから、あとは自分たちで工夫しろというわけです」と伯父。

「で、伯父さんはさらに考えたんだ。神様だってしょせんは人間の妄想じゃん。自分たちの妄想が暴走しないように、神様という蓋をつくっただけの話さ。でも神様なんて、一九世紀の終わりに死んじゃったんだよ。偉い人がそういっているんだ。いまは誰でも神様の代わりができる時代になったんだよ。それで伯父さんは、だったら自分が神様になろうじゃないかって決心したんだ。神様だったらなんでもしていいんだ。世界を変えることもオッケーさ。方法は問われない。感情も感傷もナンセンス。有性生殖でも無性生殖でも、分裂でもクローンでもいい。そんなのは単なる方法論だ。要は、課題をどう解決するか。人類を滅亡させない。家族の幸せを永続させる。どんなにグロテスクな方法でもいい。だいたいグロなんて感覚も、それが当たり前になればグロとは思わないしさ」と仁が付け足す。

「きっと我々の生き様はグロテスクに見えるでしょうが、現に我々は幸せなんだ。バケモノでも幸せならいいんじゃない。どうです、死んだ両親も弟一家もこうして生き返った。離別の悲しみから永遠に解放されたんだ。わが一族は永久に不滅です。これはまさに科学革命だ。愛する者を失うことがないんですからね。こんな私たちってグロテスク?」

「いえ、まあ……」と光輝はあいまいな返答しかできない。伯父と仁の力説に対して、あんたらバケモノだよとはいえなかった。

 

「さあ、こんな暑いところにいないで、冷房の効いた家の中へどうぞ」と仁の母親がいうと、おかしな家族は両側に別れて大きなドアが開かれ、赤い絨毯が家の中へ続いている。二人は一週間前の結婚式とはまったく違った戸惑いを感じながらバージンロード風の緩やかな階段を上がって、広いエントランスへ入った。エントランスにはライオンやトラをはじめとするいろんな野獣が寝転がっていた。白大理石の床に敷かれた絨毯はエンタシスの柱廊に囲まれた円形のアトリウムまで続いていて、中央に置かれた大きな丸テーブルで途切れた。昼食の時間である。テーブルの上にはすでにフルコースの食器が整えられ、「こちらへどうぞ」と二人の執事が席に案内した。しかし新婚の二人は並んだ席に着くことができなかった。丸テーブルの対面に座らされてしまい、その間を家族たちが次々に着席していく。 

光輝の両側には仁の父親と伯父が、早苗の両側には仁と仁の姉が座った。まずはシャンパンが抜かれて次々に注がれていく。仁が立ち上がり、「光輝君と早苗ちゃんの結婚、おめでとう!」と音頭を取って乾杯が行われ、子ども会のような宴会が始まった。もちろんシャンパンはノンアルコールだ。酒飲みの光輝は少々不満だったが、すぐにワインが出てきたので機嫌を直した。ワインの味と香りはいうまでもなく、次々に出てくる料理も高級レストラン並みの味で、美的な盛り付けはフォークを入れるのがもったいないような気を起こさせる。

「しかし、有性生殖で子孫をつくらないといっても、外部から血が混じらなくて不都合はないんでしょうかね」

光輝はステーキを味わいながら伯父さんに聞いた。

「子孫という言葉は間違っていますね。私たちは子孫をつくりません。その意味は、永久に死なないということなんですよ。仁は百年後も仁なんです。十代目であろうと仁なんです。だってアバターなんだ。親子じゃない。歌舞伎役者の襲名とは違います」

「僕が心配しているのは、仁君が代を重ねるごとに劣化するのではないかということです」と光輝。

「もちろん、多くの胚の中から、もっとも優秀だと思われるものを厳選して育てるので、そこは大丈夫です。しかしある意味では、我々のやっていることは自然の摂理に反することですから、天地創造の神々は罰を与えようと思われるかも知れません。いままで種々雑多な血が交じり合って人類は発展してきたんですからね。我々も神様を怒らせる気はさらさらない。神様のアイデアをバカにはしませんよ。たまには有性生殖を行うことを考慮に入れています」

「といいますと?」

「たとえば、仁の両親は肉体年齢として一○歳ですから、これから思春期を迎えるわけです。で、当然のこと夫婦なんですから、お互いの血統も異なります。自然発生的に生殖行動を起こすかもしれませんが不都合はない。間違って子供ができてしまえば、一家で育てましょう。動物的な行為ですが、これはゼウスのような神様だって楽しまれた遊びです。我々一族では、あくまで本人の意思を尊重しています。仁に好きな相手が見つかれば、外部から嫁を取ることだって大歓迎です」

「それを聞いて安心しました。有性生殖を拒否なさっているわけじゃないんだ。ただ仁君は死なない。あなたたち家族に死別の悲しみがないということですね」

「そうです、その一点だけだ。でも、それだけで十分。私たちは、永遠に幸せな家族なのです。これって、いままで宗教がやってきたことでしょうが、現実が変わらなければ詐欺ですよね。信じれば救われるってわけだが、それは単なる気の持ちようで逃避にすぎない。自己欺瞞だ。人間、生まれてから悲しみや苦悩が次々に襲ってきて、それらと戦いながら、最後には気力、体力も衰えて死んでいく。これが現状です。この惨めな現状を変えることができないから、皆さん信心などという逃避行動に走るわけです。麻薬と変わりませんよ、宗教は。しかし私はこの重い現実を変えました。悲劇の根本が変わるのです。愛する者は死なない。もう、トロイの女たちが嘆くことはないのです。仁の魂は次々と生まれる新しい仁に乗り移っていくのです。時空の波に乗って、永遠に人生のサーフィンを楽しむ。最初に死はありえないと決めてしまえば、そこからは死の概念も存在しません。それが新しい家族です」

「なるほど――」

 伯父さんが一族の悲劇を得意の科学で必死に乗り越えようとしたことが、光輝にはよく分かった。しかし宗教が自己欺瞞なら、クローンをオリジナルと同一視することも、それに勝る自己欺瞞ではないだろうか……、ということはこの家族も一種のカルト集団なのだろうと光輝は思った。

 

 光輝の反対側では、仁と早苗が思い出話に花を咲かせていた。

「一〇年前、僕たち家族を襲った事故の一週間前のことを憶えているかい?」

「教室でのこと?」

「そう、僕がクラスの級長に選ばれたときのことさ」

「ええ、憶えているわ」

「みんなが選んでくれたのは嬉しかったけれど、本当は級長なんかしたくなかったのさ。そういうタイプじゃないし、照れ屋でもあった。なのに君は僕の肩に手を置いて、良かったね、良かったねってしつこく僕の体を揺すってさ……」

「うるさいな! って私を怒鳴りつけた。驚いちゃったわ」

「僕は見かけによらず短気なんだ。で、君はそれ以来僕に近付こうとしなくなった。僕を見る目つきもひどく怯えていた。ああ、いまでも忘れない、君のあの目つき」といって仁は苦わらいした。

「きっと私もショックだったのね」

「僕はすぐに謝ろうと思ったんだ。しかし謝る機会を逸したのさ。ぐずぐずしているうちにあんな事故に遭っちまったからね。で、いま謝りたいんだ。繊細な女の子の心を傷付けてしまった。僕は永遠の命を授かったから、この悔いは永遠に続く。なら、こんな機会に謝らない手はない」

「あなたって私よりも繊細な人ね。私はほとんど忘れていた……」といって、早苗は愛想わらいをした。

「君は僕が好きだったんだろ?」

「うーん、たぶんね」

「でも、あの年齢の女の子は早熟だけれど、男の子はあまり異性に興味がないんだ。寄ってこられると、うざいと思ったりする。君も相当うざかったよ」といって仁はわらい、「ごめんね、怒鳴ってしまって――」と続けた。

「ぜんぜん気にしていないわ。昔のことだもの」

「君の軽い受け答えには少し不満だが、嬉しいよ。これで長年の蟠りは解消した。で、これからの話に移ろう。いまはようやく僕も精神的に成熟した。だから君の希望に応えることができると思う。僕も君が好きだ。僕は君を愛している」

 藪から棒に少年から愛を告白されて、〝なにいってんだ、こいつ〟と早苗は思わず噴き出しそうになったがグッと抑え、「私、つい最近あなたの親友と結婚したばかりですわ」とすまし顔でいった。

「そんなことは分かっているさ。でも、僕は君が好きなんだ。愛を告白せずにはいれないのさ。だからといって、いますぐ光輝と別れて僕と一緒になろうなんていわないさ。なにか別の方法を考えるしかない。君にはいいアイデアがあるかい?」

「さあ」といって、早苗は仁の顔をまじまじと見つめた。仁はあのころの仁と瓜二つの美少年だった。あの頃、早苗は夢にまで見るぐらいに仁に憬れていた。仁は、早苗にとって初恋の人だったにちがいない。しかしだからといって、大人になった早苗が子供のままの仁を恋愛の対象として考えるわけはなかった。

「あなたはたしかに仁君だけれど、私の思い出の中の仁君にしかすぎないわ。きっと大人になったあなただったら、もう一度恋してしまうかもね」

「それなら君はすでに大人の僕と会っているよね。あの死体は一○年後の僕の姿なんだ。一〇年待ってくれれば、僕は生きた姿で君の前に立つことができるよ」

「なら、一〇年後に現れてくださいな。光輝と私の夫婦関係がどうなっているかも分からないから、請うご期待」といって、早苗はわらった。

「バカだね君も。一〇年後には僕の恋の炎も燃え尽きてしまっているさ」

「ならどうしましょう」

「いますぐ君は離婚して、僕とここに住めばいい。一〇年後に僕が肉体的に成熟したら結婚しよう。この家にいるかぎり、僕たちは永遠の夫婦になれるんだ」

「あら、さっきは光輝と別れろとはいわないって……」

「でも、本音は別れてほしいんだ」

「困ったお坊ちゃま……」

「僕は子供じゃないよ!」

 仁が大きな声を出したので、周りの連中がフォークを止めて二人に注目した。早苗の隣で二人の会話を聞いていた姉が、「仁ちゃんお静かに」とたしなめ、「私、いいアイデアを思い付いたわ」といって介入してきた。

 

(つづく)

 

 

 

詩とは

 

気付いたときには

すでに両手を縛られ

さび付いた鉤で吊るされ

ぶら下がったまま

途方もない時間

肉切り包丁と小刀で

ズタズタと切り裂かれ

滴り落ちる血液が

乾いて塩の結晶となる

洞窟の枯れ枝に花咲くそれが恋だとすれば

調理場の傷だらけの皮に花咲くそれは詩だ

そうだ詩は ある種のバリアだ

空気に触れて漂白し

ザックリ開いた傷口を覆い

限りない白さで世俗の汚れを追い払い

腐敗菌を跳ね返す

しかしどこか体の内部から

じくじくと腐り続ける音がする

なぜかは知らない宇宙の摂理に従って…

 

 

自殺した友へ

 

海の向こうに何があるか分からない時代

見届けようとして死んだ男が何人もいた

冥王星の向こうに何があるか分からない時代

見届けようとして死んだ男はまだ誰もいない

しかしどの時代にも死後の世界は謎だらけ

見届けようとして死んだ男は死屍累々

それは冒険か あるいは逃亡

どちらでも良い ただ居場所を変えたかっただけ

納まりきれない身と心をしっくりさせたいだけだ

苦汁も絶望も あるいは希望も

つまらない人生から噴き出た黴のようなもの

掃おうと思わなければいつまでもへばり付いている

そうだよみんな 汚れたまま平気で生きているのにさ

逝ってしまった 悲しいことだ

 

 

壇ノ浦にて

 

この地で無常を感じたことがある

数え切れない愚か者が

海に向かって砂浜を行進している

一定の速度で 憑かれたように 一言も発せず

耳には旋風の音と砂を蹴散らす音

ヒューヒューヒューとはメフィストの口笛

ザッザッザッとは時を刻む時限装置

無数の視線が西方に注がれ

矢じりとなって互いの目を射抜き合う

嗚呼メザシのように引っ張られる 宇宙レベルの虚無へ

抵抗しがたい暗黒の力 複雑に絡み合いながらも

グイグイ引かれていく 一斉に

知力も努力も愛情も 蟹ごときの一抹の泡

操る手先が待っている 三途の海の船頭さん

さあ皆様 もうすぐ壇ノ浦です

若殿様、エラ呼吸の昔に戻りませう

水の中で暮らしていた無知蒙昧の時代でごんす

勝者も敗者も、とりわけ高貴なお方だって

悪魔にとっては虫けら同然、同じ穴の狢

笑いながら船頭は重石の綱をグイと引っ張った

さらば栄光の日々よ、将来性よ、未来の悦楽よ

金襴緞子は魚に食われてさざれ石となり

躓きの巌となりぬ悪魔のルーチンワーク

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

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