詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

火星移住(最終)& 詩

火星移住(最終)

 克夫の職場は海抜マイナス二千メートルの最深部に設置された小規模マグマ発電所である。施設が必要とする電力のすべてを賄っているが、働いている人間は克夫と同僚の二人だけで、ほかはすべてロボットだった。二人の任務は極秘扱いで、それだけに給料も高い。その代わり、親兄弟にまで秘密にしなければならなかった。二人とも、その掟を破った場合はどうなるかを理解していた。
 施設の下にマグマ溜まりがあって、噴火の可能性もないわけではなかった。そこで、近くの海底とマグマ溜まりを結ぶバイパスを掘って、マグマ活動が活発になった場合は海に逃がすようにしてある。発電システムの隣に、バイパスの掘削機を下ろすために開けた縦穴があり、バイパスに通じていた。この穴は工事終了後に塞がれるはずだったが、上からの命令でそのまま放置された。もちろんハッチが五重に付けられ、ここからマグマが噴出することはまずない。一年前まで、このハッチが開けられたことはなかった。しかしいまでは開けることが日課になっている。マグマ活動も大人しく、危険性はなかった。
 仕事場に戻ると、克夫はさっそく耐熱服に着替えて縦穴の脇に行った。エアコンが機能しているものの、室温は四〇度近い。直径二メートルほどのパイプで、円い縁が床から一・五メートルほど立ち上がっている。ロボットで事が済む作業だが、施設長の命令で二人の人間が付き合わなければならなかった。克夫が中を覗き込むと、二メートルほど下に、閉じられた第一ハッチの鈍い銀色が認められた。二人はいわば死刑執行人だった。
「今日も三〇〇体。しかしいずれは五〇〇体。受け入れた分、追い出すことになる」
肩越しに相棒がいった。
「楽じゃないね」と克夫はいって、後ろを振り向いた。エレベータの扉が開き、廃棄物を乗せたストレッチャーが三〇台出てきた。縦穴とエレベータの間には広いスペースがあるが、いつも三〇体ずつの火葬だった。 
「この穴が刑場だということは、施設長も就任まで知らなかったとさ」と相棒。
「上の奴らは最初から予定していたんだ。いずれこの施設はパンクするし、対処法は考えておく必要があるとな。数年後には自動化されて、我々もお役御免さ。石にされなければいいが……」
「そりゃ願ったりだ。地球資源は限られている。貧富の差は永遠に解消されない。排除される人間はいつの時代にも存在する。これらは俺たちと同じ、当たりくじ、いや外れくじを引いた人間の化石だ。排除と廃棄は同義語さ。昔は細々と生きていけた。でもいまは違う。最低限生きるための資源も枯渇しつつあるんだからね」と相棒。
「進展のない愚痴はそこで停止! いまはヒトラーの代わりにスパコンが命令する。ではさっそく命令に従い、廃棄作業にかかるか。ロボット諸君、五段チューリップ満開」と克夫が命令を下した。

 ハッチは五つあるが、真ん中の第三ハッチは非常用で通常は開いている。ロボットには自律的に仕事をこなすストレッチャーも含まれていた。ハッチは上の二つが開いて、下の二つは開かなかった。ここを開けてしまうと、地下からの熱風が一気に吹き上がる場合もあり、二人は黒焦げになってしまう。閉じられた第四ハッチと開かれた第二ハッチの間は約一〇メートル。この空隙にピンクの人体が次々と投げ込まれ、第四ハッチにぶつかるが、硬くて欠けることはない。そして、上部の二つのハッチが閉じられたあとに、下部の二つのハッチが開き、火炎地獄に落ちていくことになる。おそらくこの瞬間が臨終だ。ピンキーは永遠に再生されない廃棄物だと信じる必要があった。
 二人は縦穴の両側に並んで直立した。ストレッチャーは横に整列し、同僚が呼ぶと一台一台縦穴の横にやってきた。二人は深々とお辞儀をする。お辞儀が終わると、克夫が厳かに「ご投入」と声を上げる。ストレッチャーの寝台は穴の上まで伸びて垂直になり、胸部を支えていたアームを解除する。人体は足から穴の中にサッと落ちていき、数秒後に穴の底から鈍い音が聞こえた。
 同じことが三〇回繰り返され、ストレッチャーがすべて空になったところで、同僚が「上のハッチを閉め、下のハッチを開けたまえ」と叫ぶ。この一言で、廃棄物はすべてきれいに処理された。あとは自動的に下の二つのハッチが閉じられ、セレモニーは終了だ。これを一〇回繰り返すことになる。
「君の親父さん、ここにぶち込まれなくてよかったぜ」
「いや、いずれはこうなる運命さ」
 二人は、空になった三〇台のストレッチャーが六台ずつ重なってエレベータに乗っていく様を見ながら、同じように口を尖らした。ロボットの振る舞いに逡巡はなく、一糸も乱れなかった。畜殺場のようにすべてが自動化されていた。
〝なんてお行儀がいいんだろう。こいつらは理想的な兵隊だ。人殺しという仕事を黙々とこなす。こいつらの爪の垢でも煎じて飲む必要がありそうだな……〟
 いつものように同僚はトイレに駆け込んで嘔吐する。克夫は白々しく見つめていた。
 

 明くる日も、地獄の釜の蓋を開ける時間がやってきた。
「今日はトータル六〇〇体だ」
「すべて身寄りのない連中かね?」
 克夫が聞くと、「家族持ちが一体含まれています」とロボットが答えた。
「独り者は打ち止め?」と同僚。
「いいえ、再生ショーに引き出され、再加工に失敗した者です」
「よく失敗するな」
 エレベータから降りてきた六○体を横一列に並ばせると、一体だけ臍から上が鮮やかなピンクで、下が黒く変色しているものがあった。上半身はうまく再石化したが、下半身は壊死してしまったらしく、強烈な腐臭がした。両手も上腕から壊死していた。
「クッサ、こいつから処分しよう」
克夫はふと耳たぶに付けられた国民番号を調べ、顔面蒼白になった。
「なんてこった、ママだ!」
「ママは禁句です」とロボット。
「僕はこの腐った下半身から生まれたのさ」
克夫は自虐的にわらいながら、顔を歪めた。
「今日は母親殺し?」
 同僚は薄わらいを浮かべて、蒼白な顔を覗き込むように見つめた。
「人類の感覚では、母親殺しは罪だな」
「きっとロボット君がいい知恵を考えてくれるさ」といって同僚は隣のロボットの肩を軽く叩き、「どうだね、こいつのこだわりは分かるかね?」と聞いた。
古代ギリシア以来の悪しき風習の類で、動物的な感情です。しかし愛情は絶対的なものではありません。いがみ合って愛情が壊れる場合は間々あります。飢餓状態では家族内で奪い合いも起こります。王様になれるなら、親でも兄でも殺します」
「つまり、腹ペコ親子は喧嘩をおっぱじめる。ライオン以上、ゾウ以下。どうだい君、君の地位が危なくなるのなら、そんなこだわりは蹴散らすべきじゃないのかね?」
「親は殺せんよ」
克夫はキッパリ断った。
「だからロボットさ。人間は降格に繋がるが、ロボットの過失は昇格だ。バージョンアップされるからね」
「スクラップもあるでよ」とロボットはいってわらった。
「いやいやポンコツロボの融通のなさに抜け道があるのさ。ロボットは異常事態を上に報告しなければならない。しかし、異常事態としなければその義務はない。そうだろ?」
 同僚はロボットにたずねた。
「そうです。たとえば、ここに運ばれてきた対象はすべて燃やさなければなりません。ですが、規定には体のすべてを燃やせという文言はありません」とロボット。
「さすがだ。すぐに抜け道を示してくれる。我々は六○体すべてを廃棄する義務はあるが、下半身だけ投入すれば、それは一体としてカウントしていい」
「なるほど、生きた部分は残して腐った部分だけ捨てればいい。少なくともピンク部分は再生できるからね。レアなケースで手違いが起こった」
 克夫は目を輝かせた。
「ロボット諸君、一刀両断だ」
「腐れ部分は水圧で千切れます」
 一台のロボットが腕から水を噴射して、数秒で胴体を切り離し、ついでに腐った両腕も肩から切り落とした。
「家に持ち帰って飾るがいいや。窓際に置くなよ」
「持ち出し禁止事項に上半身の文言はありません」とロボット。
「たとえバレても、このポンコツの所為にして終わりさ」
「一〇年間バージョンアップされていません」
「こんなときはポンコツが役に立つ」
「あなた方も出世コースを外れています」とロボットが返す。
「ロボット以下さ」と克夫。
 ロボットを含めて全員がわらい、ルーチンワークを開始した。最初に明日香の腐肉がマグマに投げ込まれた。それから次々とピンキーたちが投入され、三〇体すべてが投入されるまでに一〇分もかからなかった。ストレッチャーたちは去り、一台のヒューマノイドが明日香の上半身を机の上に置いた。ピンク色の宝石でできた彫刻のようだ。痩せて乳は垂れているが、喜びに満ちた顔つきで固まっていた。
「メチャ明るいぜ」
 克夫は大きな袋をロッカーから持ち出してきた。ピンキーは硬くて、ちょっとやそっとの衝撃で割れることはない。突然、エレベータから小姓ロボットが一台出てきて、「施設長がお呼びです」と二人に告げた。
「ストレッチャー諸君。後は君たちに任せた」と同僚。二人は施設長室に向かった。
「チクショウ! これから俺と親父は、母ちゃんの胸像を眺めながら酒をカッ食らうってわけかよ……」
 その親父も、来年には石にされてしまう。克夫の目からドッと涙があふれ出た。

                                    (了) 

                                    

                                          


希望の餌

なにか無性に欲しくなるときがある
光ってもいないし、形も見えないが
ずっと遠くからシグナルを送り続けてくるのだ
もの心付くときから、息絶えるときまで
なにかも分からず、得体も知れず
生き続けていればきっと手に入れることができるのだと
愚かしくも騙されて、馬車馬のように働かされ
へとへとに疲れて横になるとき
宇宙の彼方から、また僕をからかっている
もうすぐ僕は死ぬだろう
しかしその前に、きっと手に入れることができるさ
そんなもの、欲しくなんかない
しかしたまに、しゃにむに欲しくなる
まるで間欠泉のように、死床の脈のように…
きっとそれは、悪魔の仕掛けた巧妙な罠

殺戮の海から陸に上がった両生類由来の
冷え温かい血に流れる希望の遺伝子よ
のたうち進む精子に力を与えるお前は
人参をぶら下げられた馬と等しい
いったいなにを求めてそんなに走るんだ
夢のなかでしか食うことのできない
「永久の満足」という絵に描いた餅か?
そいつは煮ても焼いても食えない代物だ
この小さな星に悪魔が与えた毒饅頭さ…

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

 

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