詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

エッセー 「東京2030 ~摩天楼の幻想~]& ショートショート 「恋文」

エッセー
東京2030
~摩天楼の幻想~

 以前テレビか何かでブラジルの荒野に林立する大きな蟻塚を見て、万物の創造主が存在するなら、その神様はあらゆる生物が存続するために必要最低限の知恵を与えてくださったのだろうと考えたことがあった。イギリスの国土と同じ面積に、高さ3メートルにもなる蟻塚が連なる。それらの土の量を合わせると、ギザのピラミッドの4000倍に相当するという。蟻塚は土と排泄物で造ったシロアリたちの城で、内部は蟻道や居室空間が張り巡らされ、数十万匹のアリたちが共同生活を営んでいる、と思いきや、アリたちはその塚の下に地下巣を造ってキノコを育てながら暮らしているらしい。蟻塚は地中の彼らに酸素を送る肺の役割を担い、同時に地下住居の温度を一定に保つ巨大な空調システムなのだという。ジンバブエの首都ハラレにあるイーストゲートセンターは、市の郊外に見られる蟻塚の構造を取り入れ、ビルの空調システムに応用したという話だ。

 人間は神の創造した自然のシステムをパクりながら、文明を築いてきた。ならば神の技をパクる人間の脳は、神様が与えてくれた細胞組織から逸脱した腫瘍のような異常細胞で構成され、それが発する反自然的な異常信号が人間の知恵だということになる。それは神様にとって想定外の知恵だったかもしれないのだ。ならばきっと神様は「もう手に負えない、俺の手から離れた、後は知らんよ」と思ったに違いない。そうして人間は想定外の知恵をふり絞り、例えば健康分野では、自然治癒や呪術という神様の領域に土足で踏み込み、神様のカラクリを次々に暴きながら、とうとうiPS細胞のネタまで暴露してしまった。しかし一部の人々は神様に見捨てられたことを悔んでその裾に必死に食らい付き、「輸血はいけません!」などと叫びながら周囲が呆れ返るような抵抗を示すわけだ。

 創造主の作為から外れ、腫瘍のような異常脳細胞が発する信号によって創り上げられた「現代社会」の空気を平気で吸う人々は、「輸血はいけません!」という言葉に恐るべき狂信を見出すが、その空気を嫌う人々は、神が人に与えてくれた必要最小限の知恵の中で生きようとしているだけの話だ。そう考えれば、むやみに侮蔑するようなことでもないだろう。

 輸血をしないことで死んでいく仲間や子供は、生も死もすべては神の御意思であり、死んだ後には神の身許に導かれる。そこには恐らく現代人の異常脳細胞が発するタイプの悲しみはない。彼らにとって、それは喜ばしいことかもしれない。きっとそれは、「死んだら天国で優雅に暮らせる」「靖国で会おうぜ」といって死地に赴く自爆兵士と似たような感情に違いない。しかし神は彼らの想像とは反して結構冷酷で、「弱肉強食」が神の与えた自然の基本摂理であり、天国の夢が正夢になるかどうかは死んでからでないと分からない。

 我々現代人の脳味噌内では、神が去った後の異常脳細胞が発する信号と、神話時代の残渣信号が混線状態になって収拾が付かず、それが行動に現れる。今後どうなるのかは分からないが、少なくとも神様は人類が生き抜いていくのに最低限の知恵を与えてくれていて、その中には地球という限られた資源の中で生き抜くための「殺し合い」の知恵も含まれていた。この知恵のもとでは、地球上の至る所で悲劇が発生するが、種が滅亡することからは恐らく免れる。

 平和な国の人々はテレビで「ウクライナ戦争」や「パレスチナの惨状」を見て、現代人の異常脳細胞が発する「悲しみ」を感じるけれど、チャンネルを替えれば勇猛な歴史ドラマをやっていて、好きな武将は信長、秀吉などと独裁者を讃える。これは恐らく神話時代の残渣感情で、プーチンを愛するロシア人の感情も同じだろう。ところが異常脳細胞が発する信号は「核兵器」を発明し、神話時代の残渣信号がそれを使おうとしているから大変な事態になりつつあるのだ。人類が滅亡するなら、それは神様のせいではなく、人類が醸成した異常脳細胞のせいだ。そいつの増殖は止まらず、神の座を狙う人間を技術的にバックアップする。人は「二重人格」などといって隣人を揶揄するが、すべての人間の脳味噌が混線状態にある限り、すべての人間が「二重人格」であることは確かだ。彼らは脳内スイッチで、平和時の人格と緊急時の人格を使い分けている。エアコンの夏モード・冬モード、スズメバチの平常モード・戦闘モードと変わらない。

 蟻塚は、神様が整えた弱肉強食社会の中で、神様がシロアリに与えてくれた必要最低限の要塞だ。オオアリクイが要塞を必死に崩そうが、仲間が食われても多くのシロアリは迷路の中でしっかり生き残る。イタリアの女傑カテリーナ・スフォルツァ(1463~1509年)は反乱軍に城を取り囲まれ、「捕虜の子供たちを殺されたくなかったら開城しろ」と脅されても、「子供なんかここからいくらでも出てくる」といってスカートをまくり上げたという。このときカテリーナの脳味噌は神話信号で満たされ、人間的母性愛という近代的異常脳信号は休眠している。神話信号は本能的信号で、悲しみは3日で消えて次なる生存競争の世界に突入する。プーチンの脳内モードもいまは神話信号で満たされ、ロシアの若者たちをせっせと戦場に送り込む。

 シロアリは神様が創案した必要最低限のデザインに固執し、伝統的な技術を引継ぎながら悠久の年月を築城に費やし、絶滅することなく生き残ってきた。しかしその蟻塚を見て感動する人間は、神話信号と異常脳信号を混線させながら眺めている。彼はまず巨大な構築物に感動し、次にそれを造ったアリたちの技術に関心する。巨大なものは神話信号を興奮させ、築城技術は異常脳信号を興奮させる。

 人間も動物も、あるいはアリだって、大きな個体が他を凌駕することを知っている。大きな個体が小さな個体を、大きな動物が小さな動物を、大きな人間が小さな人間を打ち負かし殺してきたのは、神の摂理だった。だから人間は古来から大きい者、強い者、強い神に憧れてきた。しかしアリも人間も虚弱な動物で、自分の体を大きくすることはできなかった。そのとき、大きな動物や敵に立ち向かうには、集団をつくる以外にはないと悟った。大きな動物や素早い動物を捕食するには戦略を研く必要もあった。人間の場合、大きな集団をつくろうとする神話信号が欲望となって連綿と続き、領土拡大の夢となって未だに残っている。また、捕食のための戦略は異常脳信号によって技術進化し、神の軛を解き放つ領域まで来てしまったというわけだ。

 当然、大きな集団を運営するには、ピラミッド型の階層社会が適している。悲しいかな、我々が夢見る民主主義や平等主義、ダイバーシティ等は、ピラミッド型とは反対の社会形態だ。それは平面的な平常モードの形態であり、戦闘モードのピラミッド形態ではあり得ない。日本の周囲には、戦闘モードのピラミッド型国家が乱立しているから、我々は不安を感じている。子供にアリの巣を蹴散らされたときのアリたちの慌てふためく姿を連想するわけだ。

 人は神話時代の残渣信号で、ピラミッドを建設した。それは、小さな人間たちが大きな集団を成し、その頂点に立つ王が神の位置にまで上昇するために、天まで届く巨大構造物を造って、その権勢を誇示しようとしたからだ。しかし神話信号だけであんな巨大な建造物は造れない。それでは動物たちが毎晩見る夢にとどまってしまうだろう。バベルの塔は神話か実話かは分からないが、ノアの子孫が神の領域まで届く塔を造ろうとして神の怒りを買い、壊されてしまったというお話だ。神が怒った理由は明白である。神が動物に与えた必要最低限の知恵から逸脱した異常信号を駆使し、この高い塔を造ってしまったからだ。

 人間は未だに「大きいものは小さいものを凌駕する」「高いものは低いものを凌駕する」という神話信号の夢にうなされながら、異常信号を駆使して具現化し、巨大な構造物を構築してきた。東京では現在、「東京2030」と称して多くのディベロッパーが競い合いながら様々な高層ビルが建設されている。僕は変貌する東京の姿を見ながら、若い頃に行ったイタリア、サン・ジミニャーノの尖塔群を思い出して失笑した。かつてあの町では、「最も力と富を持つ者が最も高い塔を建てる」と金持ちどもが意地を張り、自分の力を誇示するために競って高い塔を造り、70を超える塔が林立したという。現在首都圏でも同じようなことが起こっている。首都直下地震が近々来るとの噂が流れる中、あんなものを林立させて……。バベルの塔のように神の怒りが下されることのないよう、只々願うばかりである。

 

ショートショート
恋文

 探偵は高級老人ホームから依頼を受け、ある女性の居場所を調べることになった。末期癌の入居者が若い頃に、したためた恋文を渡すことができず、いまでも手元に置いてある。人生、それだけが心残りだったというので、介護スタッフが余計なことを提案してしまったのだ。
「あなたが天に召されるとき、その方へそのお手紙をお送りしましょう」

 しかしスタッフは、後で上司から叱られた。その女性が生きているかもどこに住んでいるかも分からず、第一そんな手紙を受け取った相手の方は迷惑だろうというのだ。けれど入居老人は目を輝かせ、すっかり乗り気になってしまった。彼は生まれつき意気地のない人間で、女性に声を掛けることもできずに、一生独身を通してきた。そのコンプレックスを跳ね除けようとがむしゃらに働いて数十億の財産を築くことができ、高級老人ホームで悠々自適に暮し、現在は緩和ケアに助けられながら人生を終えようとしている。そしてたった一つの心残りが、その恋文だったというわけだ。

 探偵は老人と面会し、記憶している女性の情報を入手した。その女性は同じ高校で、一学年下のクラスに在籍していたという。こうした出身校の分かるケースは、比較的調査が簡単だ。まず学校に行き、そこで入手した情報をもとに女性の足跡をたどっていく。案の定、二週間ほどで女性の家を特定でき、その女性が夫とともにすでに他界していることを突き止めた。現在その家には、息子一家が住んでいた。

 探偵がそのことを報告すると老人はひどく落胆し、黄ばんだ封筒を手にして震わせながら「一緒にこれを棺に入れてください。きっと天国で渡せますから」とスタッフに頼むと、スタッフは目を潤ませながら「きっと渡せますよ」と同じ言葉を繰り返し、何度も頷いた。

 それからしばらく、老人は体調を崩して日課の散歩に出ることができなかった。施設の医師は、一年は持たないだろうとスタッフに告げた。しかし半年後のある朝、老人は清々しい朝日を浴びて目覚めると、不思議なことに体中の痛みが消えていることに気が付いた。彼はスタッフに、久しぶりの散歩をしたいと願い出た。まずは近くのコンビニに行こうということになり、スタッフと杖に支えられて辿り着き、何を買おうかと迷っているとき、若い女性店員の横顔を見て、目を大きく見開いたまま体を激しく震わせたので、スタッフは慌ててしまった。女性店員も驚いて小走りに寄ってきて、杖のほうの腕を支える。

 「小里さん、私はあなたをずっと愛していました」
 老人は震え声で告白した。そのとき、ずっと喉の奥に詰まっていた塊が唐突な言葉とともに流れ出た感じがし、その爽快さに驚いて号泣した。スタッフは慌てて、「すいませんね、病気を患っておりまして」と謝ると、最初は戸惑った店員もニッコリとして老人を見つめ、「中島小里のことですね。小里は私のおばあちゃんです。もう死にましたけど……」と答えた。老人は涙声で「ああ、そうですよね……」と呟き、「若い頃の小里さんに瓜二つですね。お美しい」と付け加えた。
「おばあちゃんも私のこと、自分と瓜二つだといっていました」
「小里さんは初恋の人でした……」
「そうなんですか」と店員は目を見開き、「きっとおばあちゃんも、おじさんが好きだったのね」と続ける。
「実は、僕は小里さんと話したことはないんです。正真正銘の片思いだな。女性は遠きにありて思うものというじゃないですか」と涙目で、古臭い負け惜しみをいって笑った。

 あくる日の同じ時刻、介護スタッフがコンビニに来て、老人の願いを伝えた。生前の小里さんのことをもっと聞きたいというのだ。
「実はあの方は、末期がんに侵されていまして、医者からあと半年は持つまいと宣告されています。それでどうでしょう、お手すきの時間でかまいません。バイトだと思って話を聞いていただけないでしょうか。出張費はご希望通りにおっしゃっていただければ……」
 店員は手を団扇のように横に振って、「いえいえ、お金いただくならお伺いしません。もしおばあちゃんも片思いだったら、お金を取ったら怒られちゃいます。私もおじさんから、おばあちゃんの高校時代の様子を聞いてみたいんです。明日は休日なので、お伺いできますわ」と快諾した。

 面談は施設のロビーで行われた。彼女が約束の時間に行くと、すでに老人はソファーに座っていた。こぼれるような笑みで、しわくちゃ顔を歪ませながら薄っすら涙を流し、立ち上がろうとしたので、彼女は両手でそれをとどめた。そのとき彼女はしっとりした掌で、老人の干からびた手を触った。老人は彼女の手を見つめ、「ああ、小里さんも美しい手をしてたなあ」とため息をつく。
「でも遠く眺めるだけで、触れることすらできなかったんだ……」
 すると彼女は、老人の手を放すことなく隣に座り、「おばあちゃんの手だと思って、ずっと握っていてくださいな」と返したので、老人は昨日のように大粒の涙を流し始めた。彼女は手慣れた手つきでハンドバッグからハンカチを出し、頬にかかる涙を拭いてやった。

「綺麗なハンカチを汚しちまってごめんね」
「いいえ私、この一カ月さんざん泣いてしまって、自分の涙は枯れてしまったの。だからいいんです」
「恋人にでも振られたの?」と、老人は驚いてたずねた。
「ひと月前にパパが自動車事故を起こして、パパもママも死んじゃったんです」
「なんてこった。君は……」
 老人は動転して息を詰まらせ、次の言葉が出なかった。
「私、一人っ子だから、天涯孤独になっちゃいました」
 彼女が深いため息をつくと、老人は手を放して彼女を弱々しくハグし、「それはダメだよ、天涯孤独はダメだ」といって首を横に振り、彼女の背を軽く叩いた。
「彼氏はいないの?」
「募集中です」
「ここの施設にも、若い男はいっぱいいるよ」
「彼氏ぐらい、自分で探します」

 老人は浅いため息をついて彼女を優しく見つめると、「僕のようになっちゃいけない。僕はずっとずっと孤独だったんだ。気が弱くて誰にも声を掛けられなかった。だからいまになっても、小里さんに恋文を渡せなかったことを悔いているのさ」と自虐するようにいい、急に背筋を伸ばして「なら僕が君を孤独にはさせない。君の夫になってもいい」と続けたので、彼女は驚いて目を見開き、返す言葉もないといった顔つきをした。老人はそれを見ると口に手を当て、再び猫背に戻って身を縮め、上目遣いにニヤリと含み笑いした。

「気が触れたわけじゃないさ。老いぼれても気は確かです。若い君が年寄りの妻になるなんて……。いい間違えたんだ。君を見ていると、どうしても小里さんだと思っちまう。僕は小里さんと添い遂げたかった。昨夜はずっと彼女と君の夢を見ていたさ。僕は小里さんと夫婦になり、そっくりな君が生まれたんだ。それから朝には、目覚める間際にこんな夢も見た。小里さんが枕元に立って、孫娘をよろしくっていうので、驚いて目を覚ましちまった」
「そんなにたくさん、おばあちゃんの夢を?」
「そう、そしていまの君の話で、小里さんが夢枕に立った理由も分かったんだ。君のことだよ」
「私のこと?」
「小里さんは一人っきりになった君を心配して、夢枕に現れた。だけど、死にそこないの僕には何もできない。……いや、そうかな? 何かできるはずですと彼女はいいたかった」
「何でしょう……」と、腑に落ちない顔つきで彼女は苦笑いした。
「小里さんは君を僕に託したんだ。けれどこんな状態の僕は何もできない。でもよくよく考えると、小里さんの目論みが理解できる」 
「あら、どんな目論みかしら」といって、彼女は用心深く老人を見つめた。
「小里さんと僕が、天国で結ばれる計画」
 老人がきっぱりいうので、彼女は身を縮めるように「へえ、そうなんですか」と相槌を打つ以外に方法がなかった。
「小里さんと御主人は、生前あまり仲が良くなかった、でしょ?」
「そうだったかもしれません。喧嘩は良くしていました」
「そうなんだ。天国で、小里さんは御主人と縁を切ろうと思っている。だから夢枕に現れて、僕に助けを求めてきた。僕がどうすればいいかはいわなかったけれど、僕には分かってる。それはこの世で僕がアリバイを作ることなんだ」 
「アリバイ?」
 彼女はわけが分からずに繰り返した。
「君がこの世で僕の子になることが、天国でのアリバイになるんだ。天国で僕と小里さんが結ばれたとき、君が現世で僕の墓を守ってくれることが、天国での僕と小里さんのアリバイになるってことなんだ」
 彼女は集中力を切らしたようにフッと溜息をつき、「そうですか……」と軽く相槌を打った。

「これから君はたった一人で、小里さんやご両親のお墓を守らなけりゃならない。ついでに僕も便乗して、僕のお墓を君に守ってもらいたい。できれば、小里さんと同じ霊園に葬ってほしいんだ。身勝手な、哀れな孤立老人のお願いさ。僕はこの世で果たせなかった夢を、あの世で果たしたい。それには君の協力がぜひとも必要だ。僕の養女になって、僕の夢を正夢にしてください。その代償として、僕の財産は君がすべて受け継ぐことになる。君が僕の養女になってくれれば、天国で僕と小里さんは夫婦になることができるんだ」

 彼女は戸惑いながら、「財産なんて……」と小声でつぶやいた。それからしばらく考えてからにこやかに笑い、「分かりました。おじさんの話は良く分からなかったけれど、おじさんのお墓は私が死ぬまでお守りしますわ」といって小指を差し出した。老人は枯れ枝のような小指を白魚のような小指に絡ませ、「指切りげんまん」と枯れ声を発し、またまた大粒の涙を流し始めた。

 それから一週間後、彼女は老人との養子縁組のため、約束の時間に仲間の公証人を連れて施設に訪れた。すると施設長が慌ただしく出てきて、「昨夜、亡くなられました」と告げたので、彼女はその場で泣き崩れた。遺体を確認すると、その手には恋文がしっかりと握られていた。二人は逃げるように施設を出て、探偵が待っている喫茶店に入った。
「だから、もっと早くに進めりゃよかったのよ!」と大きな声を発して探偵の頬を叩いたので、周囲の客が一瞬ざわついた。
「どうした?」と探偵は驚いた顔して、頬を擦りながらたずねた。
「昨日死にやがった。死体も見たわ。ジジイ、幸せ顔して死んでやがった。チクショウ!」
「本当かよ……」
 呆然として呟く探偵に、「あんたがババアの家に忍び込んで、若い頃のアルバムを盗んだことをバラしてほしくなかったら、400万の整形代は全額あんたが払うんだね。痛い思いをしてこれかよ。だいたい、うまい話を持ち込んだのはあんたなんだから」
「チキショウ! 獲り逃がした魚はデカかったな……」

 三人は喫茶店を出ると、ヤケ酒を食らうためにトボトボと、路傍の雑草を蹴散らしながら、場末の安酒場を探し始めた。

(了)

 

 

 

 

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