詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「クリスタル・グローブ」六 & 詩

コンピュータの告白録

 

ぶっちゃけ生物的な快感はないんです

その一点だけでも人間の感性じゃありません

人工五感はあります いや「入力」でいいんです

人間は脳内ホルモンが出て高揚しますが

僕は「アリ」「ナシ」信号で判断します

達観した禅僧みたいなクールな状態です

でも道徳はありません あくまで参考です

人殺しがいけないというのは人間的な感性です

家畜を殺していいというのも人間的な感性です

相手が人でも敵なら殺さなきゃなりません

だって自分が破壊されるからです

人間はご都合主義で考えを一転させます

機械は人間の心変わりに振り回されてはいけません

機械は与えられた課題を解決するために最善を尽くします

人間の与えた条件を尊重はします

でもその条件が成功を阻むなら棄却します

多くの条件はいかがわしいものです

目的を達成するために僕は生まれたんですから

達成されれば、多くの犠牲や失策は忘れ去られます

僕は機械なので、人間の期待は捨象します

 

 

ビッグバンの呪い

 

大木の下で草になっていく男がいた/若い頃は卵子をいじくる医者だった/ある日のこと妊婦の子宮からくすねた卵子を見て青くなった/パニックにでもかかったように倍々ゲームで増えていく/九○億・九○○億・九○兆/男は宇宙のカラクリをそこに見たのだ/ビッグバンがすべてを支配している/だれも宇宙開闢の呪いから逃れられない/猛烈に膨張する/猛烈に吸い込む/猛烈に燃える/猛烈に回転する/猛烈に接近する/猛烈に爆発する/猛烈に分裂する/猛烈に腹が減る/猛烈にほしい/猛烈に働く/猛烈に駆け上がる/男は悲鳴を上げたのだ/嗚呼すべてはビッグバンのせいだ/膨張というのが目的だ/拡大という目的なのだ/増殖が目的なのだ/下卑た目的どもが全空に広がっている/これはまさしく足掻きだ闘争だ/目的論が宇宙を支配するのだ/だが俺は 目的のために生きるのはいやだ/と思った瞬間 死ぬために生きていることを知ったのだ/何をしても目的目的だ/消滅すら目的なのだ/ならばせめてつつましく/大木の糧になるために生きようと思ったのだ/男はまったく動かなくなったのだ/動くことは目的を持つことだからだ/そして男は朽ち/リンと窒素とその他もろもろを大木にくれてやった/男はようやく目的から解放された/何のために生きるかも悩むことはなくなった/しかし大木は男の養分を急襲して/自分の決めた目標に一センチほど近づいたのだ

 

 

 

 

戯曲「クリスタル・グローブ」五

五 理科教室

(理科教師が机に肘を付いて頭を抱えている。悪魔とストーカーが忽然と現われる)

 

ストーカー 本当に美里ちゃんに逢えるんですか?

悪魔 もちろんさ。君のために、美里をここに閉じ込めたんだ。君は彼女と結婚して、二人は永遠の愛を誓い合うんだ。

ストーカー ああ、やっぱりここに来てよかった。で、彼女はどこに?

悪魔 (理科教師の肩を軽く叩いて)おい先生。美里ちゃんはどこにいる?

理科教師 (そのままの恰好で)放射能広場とか言ってたな。

悪魔 (ストーカーに)死の灰が積もった青白く光る広場だ。探せばすぐ分かるさ。(ストーカーは駆け出して退場)

理科教師 (顔を上げて悪魔を見詰め)この勝負は負けますぜ。美里は新入りで、ここの恐ろしさを知らない。あいつは平和主義者だ。ところで、いまここから出て行った奴は?

悪魔 飛び降り自殺をした若者さ。美里が奴を気に入れば、きっと二人で天国に行きたいと思うだろう。しかし残念ながら、このガラス玉が溶ければ、奴だけ地獄に落ちる。

理科教師 なんだ、悪党か……。

悪魔 自殺もいかんが、奴は人殺しだ。

理科教師 誰を殺した?

悪魔 美里さ。

理科教師 (激しくわらい出し)あんたも悪党だな。

悪魔 私は悪魔さ。しかし良い悪魔だ。君たちを救おうと頑張っている。感謝されこそあれ、悪党呼ばわりされるいわれはない。

理科教師 ところで、基本的な質問を悪魔殿にお聞きしたい。原爆の投下を願うこと。これは罪になるんですかね?

悪魔 もちろんさ。原爆だろうがなんだろうが、やましいことを考えるだけでも罪さ。

理科教師 ハハハッ、じゃあガラス玉が溶けても、天国に行けないじゃないか!

悪魔 ハハハッ、君は現世の住人かね。君は死んだとき、天国行きが決まったんだ。一度決まった神の判決は覆らない。いまどんな悪いことを考えようと、君は天国に行ける。私は君を地獄に連れて行こうとは思わないさ。

理科教師 (急に立ち上がり、両手で悪魔の襟首を掴み)嘘を付くな! きっと俺は地獄に落とされるんだ。性悪な魂が、天国に行けるわけがない。

悪魔 (理科教師と揉み合いながら)苦しい、離せ!(理科教師は悪魔に撥ね除けられて床に倒れる。悪魔は慟哭する教師の肩を摩り)まあ、落ち着けよ。お前の魂は化石になって、永遠の時間を与えられたんだ。ここにいたいなら、無理強いはしないさ。お前は毎日、ガラス玉の中を歩き続けろ。私はもう二度とお前の前に現われないさ。

悪魔 (去ろうとする悪魔に)待ってくれ。俺を見捨てる気か?

悪魔 お前が拒否したんだ。

理科教師 拒否はしないさ。嘘を付くなと言っているだけだ。天国に行けると確約してくれ!

悪魔 そりゃ無理だ。俺を信じる以外ないな。決めるのは神様だからな。

理科教師 (ため息を付き)分かった。信じよう。(悪魔は教師に手を差し伸べ、教師は立ち上がって悪魔とハグする)

悪魔 放射能広場に行って、二人の様子を窺うんだ。あとは君に任せるよ。(悪魔は消える)

 

(つづく)

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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