詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「クリスタル・グローブ」四 & 詩

民主化運動

 

食い止めることのできない

大きな感情のうねりよ

正義という名のもとに

洪水となって広がっていく

傍観者たるお前は濁流に掛けられた板橋を

上手く渡っていかなければならない

手すりなどあるものか

頼りになるのは身のこなしと平衡感覚

飲み込まれてしまえば

二度と這い上がれない川底

かといって流されてしまえば

終着は終りなき忘却の海

しかし賢いお前の目には 

うっすらだが対岸が見えている

人生はソフトランディングだ

こいつは時の流れのほんの一瞬の出来事

しかしお前の人生もほんの一瞬ではある

なのにその一時が人生のすべてときている

賢くなれ! 保身せよ! 掻き消えろ!

やがてお前は途中で足を止め

板橋の上で身をかがめるだろう

吹き飛ばされないために…

鉄つぶてに当たらないために…

水かさが増えるとはいえない

このまま水が引いてくれれば

無傷のままリスタートだ

 

保身せよ! うずくまれ! 腰を引け!

つかの間の人生を上手く駆け抜くために

虫けらのように身を潜めろ!

…きっとチャンスは後からやってくる……

 

 

ライダー

 

この世には無数の命があるというのに

そいつを恐れているのは人間だけという

ババを引き抜いちまったのだから

突き詰めて考える必要はあるだろう

軽々しいやつらよ

命は軽くはじける運命なのだ

ならばケツに火のついた鼠花火みたいに

燃え尽きるまで走り続ければいい

社会という閉鎖回路の中で

ヘヤピンカーブをギリギリのスピードで回り

障害物を飛び越えたとたんに

その向こうは 死というゴールだ

なあに、駆け抜ければいいだけのことさ

勝者はいないがゴールは引かれている

トップの気分のままに駆け抜けたやつも

のたうち回り、這うように進むやつも

旗振り役は同じ死神だ

そいつが黒い旗を∞の字に振ると

暗黒の割れ目がたちまち現れて

無限の世界に弾き飛ばされるのだ

やつは笑顔でお前を祝福している

ならば潔く応えなければならないだろう

これからは こいつが唯一の相棒だ

喜びの中でか悲しみの中でかは問わない

こと切れるコースの向こう側は

死を通り越した無の世界だ

光を失った永遠の闇 愛も情熱も欲もありはしない

バランスを失えば 路面にしたたか打ちのめされ

ポッカリと穴が開いて 首から落ちていく

おまけに相棒が 首根っこを引っ張るのだ

誰も助けちゃくれない 奇跡などつくり話

きっとお前が死を恐れるのは

最後は一人だからだ 

友も、家族も、遠いスタンドの見物人

命はちっぽけなオイルタンク頼りときている

巧みなライダーなら

残った油量を予測できるはずだ

だからレースは面白いのだ 

遅かれ早かれ必ず無くなる

派手にスピードを上げようものなら

すぐに使い果たしちまうだろう

燃費ばかりを気にすると

どんどん追い抜かれていくだろう

もちろんヘマは命取りだ

しかし気にすることはない すでに過去だ

命を落としたお前も

すでに過去の話だ

いったいお前はなんのために

ハンドルを汗でぬらしているかは知らないが…

 

 

 

 

 

戯曲「クリスタル・グローブ」四

四 夜の広場

死の灰で埋め尽くされた広場は、一面に放射能の薄く青白い光で満たされている。ヤンキーと紀香、廉、校長先生、春子先生がやって来る)

 

ヤンキー 先のことなんか必要ねえよ。勝ちゃあいいじゃん。獣も草もみんな張り合ってんだもんな。そいつが地球の掟じゃ。(急にシャドウボクシングを始め)どけどけどけ、ここは俺様の縄張りじゃい。なにい、ケンカで決着だ? いいじゃん。手っ取り早く、ドカーンとやっちまおうぜ。先手必勝。うずうずするぜ。生き残ったやつの勝ちだ。(がっくり肩を落として)俺、強かったぜ……。

紀香 じゃあ、なんで死んだん?

ヤンキー (シャドウボクシングをしながら)殺る気なら勝った。一瞬ひるんじまった。

紀香 どっちがよかった? 死ぬのと、殺すの……。

ヤンキー 生き残るために戦うのさ。

校長先生 なんでひるんだんじゃ?

ヤンキー 相手のことを考えたんだ。ほんの一瞬……。

校長先生 死ぬ自分を考えたのか?

ヤンキー (わらって)俺がかよ。

校長先生 自分が死ぬことを考えて、相手に同情しちまった。

紀香 バカか?

ヤンキー (シャドウボクシングを止め)大バカ野郎!

春子先生 あなた、ただのバカじゃなかった。そのとき、何かが見えた。

廉 そいつは幻さ。優しさ? 哀れみ? いや、弱さだ。

紀香 臆病風!

ヤンキー (怒って)俺が臆病者か!

廉 白けたのさ。空中を天使が通過したんだ。ニヤニヤしながらさ。バカどもめ!

校長先生 どちらも突っ走れば、弱いほうは粉々じゃ。(体を震わせ)原爆じゃ、原爆じゃ!

春子先生 私たちのように……。

清子 あたしたちの戦争? 

止夫 大人たちの戦争だよ。

紀香 やんちゃな負け戦。

 

(後から美里たちの集団がやって来る)

 

美里 そして私は?

清子 おねえちゃんは車に撥ねられた。

美里 私を撥ねた人は?

ライダー男 いまも元気な他人様だ。

ライダー女 加害者はしっかり生きている!

美里 許せない! (犬を抱いて)私、犬死?

廉 (話に加わり、わらって)そう、俺たちみんな、犬死。浮かばれない呪縛霊さ。

ライダー男 スピードオーバーで飛んできたこの俺様は?

ライダー女 自業自得じゃろ。

ライダー男 俺は俺を殺した加害者で被害者の一人芝居。

ライダー女 だからあんたは、いつまでも悔やみ続けろ。だって、あんたの半分が、あんたの半分の被害者だ。でも、あたしはあんたの後ろに乗ってた、丸々あんたの被害者だ。

ライダー男 お前と俺は一心同体。お前は被害者である俺の一部さ。

ライダー女 お笑い種だ! あたしはあんたの持ち物か。あたしは、殺した野郎を恨んでるよ。

ライダー男 驚いた。一緒に死んだ仲だろ。

ライダー女 どうだい、このうぬぼれ振り。(ヘルメットを足元に叩きつけ)無関心野郎! (ライダー男の頬を叩き)自分のことばっか! この自己中男、どうしたらいい?

ヤンキー お気の毒。みんな自分が一番じゃい。

廉 加害者死亡につき審議打ち切り!

春子先生 (子供に向かって)戦争はみんなが加害者で被害者。でも平和は、被害者の心に浸ってつくるのよ。

ライダー男 (ライダー女のヘルメットを拾っていとおしく摩り)分かんねえよ、お前の心。お前の苦しみがさっぱり分からねえ。俺はお前がいなけりゃやってけないんだ。

ライダー女 あたしのお袋、死んだあんたの顔に唾吐いたぜ。このドジ野郎!(ライダー男の胸を拳固で何度も叩くが、そのうちライダー男の胸の中で泣き崩れ、男は彼女の額にキスをする)

美里 (両手で顔を覆い)そうだ、きっとお母さんも泣いてる……。

太郎 死の灰遊びを止め)僕のお母さんは?

清子 いまも泣いてる。

止夫 (わらって灰を太郎にかけ)とっくに死んでるさ。

太郎 じゃあ、天国に行けば逢えるんだ。

清子 ほんと? 春子先生、お母さんに逢えるの?

春子先生 きっとね。明日の理科先生に期待しましょう。

 

(つづく)

 

 

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