詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「クリスタル・グローブ」五 & 詩

ミラノの老女(戦争レクイエムより)

 

町外れの石畳の上

カチカチに凍った椅子に腰掛ける老女は

近くのバールで用を済ませる以外は

三六五日二四時間椅子から動こうとしない

グロテスクにだって、それなりに理屈はあるというものさ

戦死した三人の息子が

老女の手と足にぶら下がり

必死になって地獄に落ちまいとしていると…

息子たちは英雄です 合わせて百人の敵兵を殺しました

なのに地獄の釜が息子たちの下で口を開いているんです

ごらんなさい この石畳の下深くに

古代ローマ時代に造られた地獄の釜があるのです

何世代もの兵隊たちが次々と グツグツと煮えたぎる釜の中で溶かされ

スープになっておりますわ 鬼たちが美味しそうに啜っている姿がほら見える…

けれど息子たちは英雄です 鬼の餌にするわけにはいきません

あたしだって暖かい部屋で温かいスープをいただきたいわ

でもここを離れると息子たちは落ちてしまいます

見殺しにするわけにはいきません 失いたくはないんです

お若い方 お願いです あたしは永くはありません

代わりに座っていただけませんか… 

その逞しい手を 息子たちに差し伸べてください

ほんのちょっとでいいんです あなたの命が尽きるまで…

だってあたしは息子ともども地獄に落ちるわけにはいきませんもの

 

 

 

 

 

 

戯曲「クリスタル・グローブ」

五 海辺の朝

 

(朝になり、海岸では米軍の上陸訓練が始まる。理科先生が登場すると、全員が拍手で迎える)

 

ヤンキー そら、希望の星がご登場だ。

廉 イヨッ! 霊界のアインシュタイン

ライダー女 大先生、早く天国に引き上げて。

理科教師 (にこやかに微笑みながら)任せなさい。私の言うとおりにすれば、必ず天国に行けます。

校長先生 で、どうすれば良いのじゃ?

理科教師 祈るんです。相手は運命だ。全員で祈るしかない。心の底から祈る。必死に祈る。一糸乱れぬ祈りとともに、私がこの念力粒子を投げ付けます。

校長先生 どこに向かって?

理科教師 この島のミサイル基地に向かってです。

校長先生 何だね、そのなんとか基地ってのは?

理科教師 飛行場のようなもんです。

春子先生 どんなことを祈るんです?

理科教師 おまじないです。南無阿弥陀仏のようなやつ。

清子 教えて、教えて。

太郎 どんなおまじない?

理科教師 簡単さ。君たち復唱しなさい。原爆を、もう一度落としてください。

子供たち 原爆を、もう一度落としてください。

春子先生 原爆を、もう一度?(震えて)な、なんですか、そのおまじない!

校長先生 君、何を考えとるのかね!

子供たち (春子先生にすがり)怖いよう!

ヤンキー (わらって)オッサン、冗談だろ?

ライダー女 (怒って)本気なら、大バカ野郎だ!

理科教師 (怒って)大ばかだと! 私を侮辱するのは止めたまえ。感情的な反論はナシだ! 我々も、その怒りも、地球も、宇宙も、天国だって、物理現象で動いている。(辺りを見回し)この住家も物理現象。じゃあガラス玉を溶かすには、もう一度同じ温度の熱を加えるしかない。それが物理法則というものだ。ほかに方法はない!

紀香 (海岸を指差し)でもさ、ここに原爆落としたら、海岸の人たちも死んじゃうよ。

理科教師 いいじゃないか、それで我々が助かるなら。この一帯は敵軍基地だ。民間人なんていやしない。それに季節外れで、島に海水客は誰もいない。被害は最小限。そりゃ何人かは死ぬだろう。しかし、みんな天国に行ける。連中だって、天国のほうがずっと幸せになれる。結果良ければすべて良し!

美里 待って! 私たちがみんなで祈ると、ミサイルがここに飛んできて、原爆が破裂するのね。海岸の人たちが死ねば、私たち全員、殺人者になるってことですか?

理科教師 (わらって)新入りさん。君は何も分かっていない。私が死んだのは戦争中で、誰もが殺人者だったんだ。それに私も君も、いまは人間じゃないんだよ。考える葦にもなれない。じゃあ何か? 呪縛霊というチャチな埃さ。埃が人を殺しても、殺人とは言わないんだ。

美里 でも、私はいま考えている。考える埃だわ。埃になった私でも、心はきれいに生きている。

理科教師 (怒って)じゃあ君は、永久にこんなところに閉じ込められて満足か?新入りのくせに、大きな口を叩くな!

美香 ……。(言葉を失い、小犬を抱いてうろたえる)

ヤンキー 先生よ、そりゃ言い過ぎだぜ。

理科教師 ごめん、謝る。しかしここは、我々をこんな目に遭わせた敵の基地です。日本が奪い取られた島だ。気兼ねなんかするこたあない。奴らが原爆を落としたなら、倍返しだ。しかもその原爆は、奴らの誤作動で爆発する。自業自得さ。

ヤンキー (わらって)あんた、まだアメリカさんと戦争してんのかよ。

廉 戦争なんか、俺の生まれるずっと前さ。

理科教師 君たちは時代を逆戻りしたのさ。(辺りの廃墟を指差し)見ろよ! ここは戦争中じゃないか。

校長先生 (体を震わせ)そうじゃ。戦争は終わっておらん。ここは戦場じゃ!

理科教師 倍返しだ!

校長先生 報復せにゃならんぞ!

子供たち 原爆を、もう一度落としてください!

春子先生 (子供たちに)おやめなさい! 校長も冷静になってください。戦後生まれの皆さん、何か言ってください。

ライダー男 (白けて)恐ろしいギャップ。

ライダー女 戦争なんか、どうでもいいさ。

廉 要するに、ここから出れるか出れないかの問題だろ?

理科教師 そういうこと。

美里 いいえ、人を殺すか殺さないかの問題よ!

紀香 う、もう、多数決の問題じゃん。

廉 (わらって)議会制民主主義の問題かよ。

ヤンキー 爆弾落とすか落とさないかの問題じゃろ。

理科教師 紀香君だけマシなことを言った。君たちが納得するのは、議会制民主主義だ。その意見を取り上げよう。(破壊された教室の黒板に、白墨で字を書き始める)民主主義イコール多数決だ。一人でも多い方が勝ち。まずは私、参考人に呼ばれた専門家のご意見。ここから抜け出すには、原爆がここに落ちなければならない。なぜなら、ほかの方法が無いからだ。次に、ここに原爆が落ちれば、人が何人か死ぬことになる。しかし、死んだ人たちは天国に行ける。そして、我々も解放されて、一緒に天国に行きましょう。天国は現世よりもすばらしい所だ。…ということは、我々は彼らに功徳を施したことになる。これは敵国語で何と言うのかね?

紀香 ウィンウィンゲーム。

理科教師 そう、それだ! 誰も損をしない。敵も味方も、みんな幸せになれるんだ。

春子先生 うそっぱち! 残された家族はどうなるの?

理科教師 じゃあこうしよう。我々も、新たに死んだ人も、天国に行ける。しかし、現世に取り残された人たちは、死んだ家族のことを思って悲しむだろう。だけど、彼らだって、結局は天国で、家族と再会できるんだ。タイムラグがあるだけじゃないですか。魂は永遠なり。魂の時間で考えれば、そんなタイムラグ、一瞬のことさ。

校長先生 さすが理科先生じゃ。極めて論理的な意見じゃ。我々魂は地球時間から離脱し、宇宙時間に支配されておる。

理科教師 物理的に言えば、ガラス玉自体は外の現世に属しております。しかし、ガラス玉の中は異次元だ。外から見れば、時がほとんど止まっている。しかも、外に属する玉の外皮は、次の大波で砂に埋もれちまい、念力も効かなくなっちまう。

ヤンキー よせやい、埋もれちまったら、真っ暗闇じゃんか!

止夫 怖いよ!

清子 お化け出るよ!

太郎 (清子を指差し)ワッ、お化け! (清子は太郎を追いかける)

理科教師 じゃあさっそく多数決だ。天国に行きたい人、挙手願います。

(全員が手を挙げる)

理科教師 決まり! 春子先生、指揮をお願いします。全員で「原爆を、もう一度落としてください」を唱える。

子供たち 原爆を、もう一度落としてください。

春子先生 待って! 誘導尋問。みんな天国に行きたいから、手を挙げたのよ。じゃあ、ここに原爆を落としたい人、手を挙げてください。(誰も手を挙げない)ほおらね。

廉 原爆を落として天国に行きたい人、手を挙げてください。

(校長、理科教師、三人の子供、廉が手を挙げるが、春子先生が手を挙げないのを見て、三人の子供は手を下げる)

春子先生 (わらって)たった三人ね。

理科教師 原爆を落としてまで天国に行きたくない人、手を挙げてください。

(春子先生、三人の子供、紀香、ライダー女が手を挙げる)

ほかの人たちは棄権かね?

ヤンキー 決めるの、早かねえ?

ライダー男 考える時間もないじゃん。

理科教師 急いでいるんだ。明日嵐が来れば、ガラス玉が海に沈んで、念力は効かなくなる!

春子先生 でも、私たちの勝ち。

理科教師 バカな、子供に参政権があるか! 三対三だ。

校長先生 よし、私が決める。このガラス玉は学校の所有物じゃ。私は大家のようなもんじゃ。大家は原爆投下を決めたぞ。

春子先生 校長、それは拡大解釈ですわ。

ライダー女 パワハラじゃん。

校長先生 女の出る幕じゃない! 

紀香 セクハラじゃん!

理科教師 手を挙げない奴らは卑怯者だ。明日、嵐が来るんだぞ!

ライダー男 じゃあ、俺は連合いと同じノーに手を挙げるさ。

ヤンキー じゃあ俺は、大家さんの店子として、イエスといきましょう。難しいことは苦手なんだ。

理科教師 四対四。ウーン、新入りさんの結果次第か……。

春子先生 美里さん。あなたはなぜ手を挙げなかったの?

美里 新入りで、遠慮したんです。まだ何も分かっていないから……。

春子先生 遠慮なんかすることないわ。自分の考えでしっかり手を挙げてください。

理科教師 まあ待ちなさい。来たとたん、いきなりじゃ可愛そうだ。彼女の考えで我々の未来は決まるんだからな。明日の朝まで、時間を与えよう。明日陽が出たらここに集まり、太陽を拝みながら、新入りさんの判決を伺いましょう。結果次第では、永遠の暗闇。時間の概念も吹っ飛んじまう。

春子先生 美里さん。あなたは朝まで放射能広場にいてください。ほかの人は美里さんに近づいてはダメ。そそのかさないでね。

全員 また明日。

理科教師 太陽が出ることを祈って……。

(美里を残して全員が消える。舞台は暗転し、当惑した美里にライトが当たる)

 

(つづく)

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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