詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「クリスタル・グローブ」七 & 詩

戯曲「クリスタル・グローブ」七

七 放射能広場

(薄青白く光る広場。時たま放射線霧箱のように飛び交う。美里は水の無い崩れた噴水池の縁に腰掛けて、小犬を撫ぜながら考え込んでいる。背後からストーカーが近寄り、暫く様子を窺う。後ろの物陰には、理科教師が隠れている)

 

ストーカー 美里さん。

美里 (後ろを振り返り)どなたですか?

ストーカー 僕です。

美里 (美里は立ち上がって男の顔を確認し、仰天して後ずさりする)私を追い掛け回していた男! なんで、こんな所に……。

ストーカー 君が交通事故で死んだことを知って、後追い自殺したんです。

美里 (驚いて)どうしてそんなことを……。

ストーカー 君のいない人生は考えられなかったんだ。

美里 バカだわ。女の子なんて、いっぱいいるのに。

ストーカー 君ほど素敵な女性は、どこにもいないさ。

美里 でも、私はあなたを好きになれないわ。気色が悪いもの。きっと、これからも好きになれない。

ストーカー いいんだ。何と言われようが、構わないさ。僕にとって、君は王女様だから。君の側にいるだけでも幸せなんだ。

美里 私はあなたが側にいると、鳥肌が立つの。消えてください!

ストーカー 消えようにも、この小さなガラス玉の中じゃ難しいな。

美里 (噴水の縁に座って顔を両手で塞ぎ)じゃあ、十メートル離れてください!

私の視界に入らないようにしてください。

ストーカー (美里から距離を置き)僕はこれから、君のことをどんなに好きか、告白したいと思う。

美里 (両手で耳を塞ぎ)やめて!

ストーカー (声を荒らげ)君に僕の告白を止める権利は無い。これって、僕の独り言だもの。

美里 じゃあ、私が去る以外ないわね。

理科教師 (美里が去ろうとするのを見て、物陰から姿を現し)待ちなさい。

美里 (驚いて)理科先生……。

理科教師 行ってはいけない。ここで決着を付けるんだ。美里さん、車で君を撥ねた奴が誰だか知っているかね?

美里 分かりません。

理科教師 おい君、白状しろよ。美里さんを殺したのはお前だろ!

美里 (唖然として)あなたなの! 私を殺したのは……。

ストーカー (気色ばんで)どこにそんな証拠があるんですか?

理科教師 (大声で)証人の方、こちらへ!

悪魔 (宅配の制服を着て登場し)はい、魂の配達人です。こちらのお客様の魂を、ガラスのお家に配達いたしました。美里様をお届けしたのも私です。最初は美里様、次はご自身の魂。すべてこちらのお客様からのご依頼です。(さっと退く)

理科教師 分かったかね? 

美里 (ストーカーに駆け寄り、胸を叩こうとするが、彼に腕を摑まれ)人殺し! 命を返して! (ストーカーが額にキスをしたので驚いて離れ、額を手で拭って泣き出す)

ストーカー 確かに君を殺した。でも、時間は永久にある。僕は一生かけて、君に償いたいと思う。

理科教師 (わらって)無理だね。明日、我々のいるガラス玉は溶けて無くなるんだ。君を除いて全員が天国に出発する。君はどこに行くと思う?

美里 (泣きながら)地獄だわ。

理科教師 そう、地獄だ。人殺しが天国に行けるはずない。

ストーカー (常軌を逸して美里に抱き付き)嘘だ! 僕は美里ちゃんと絶対離れないぞ。一緒に天国に行くんだ!

美里 (抵抗し)やめて!

理科教師 (ストーカーを後ろから引き離そうとし)やめるんだ!

ストーカー (自ら美里から離れ、青白い地べたにうずくまって慟哭し)嗚呼、こんなに愛しているのに、なんで分かってくれないんだ。

理科教師 (うなだれる美里の手を引いて)さあ、君はこんな地獄にいちゃいけないよ。明日、我々は天国に向かって飛び立つんだ。こんな野郎を永遠の夫にしちゃいけない。

 

(理科教師と美里は去り、ストーカーだけが慟哭したまま取り残される)

 

(つづく)

 

 

三途の川

 

物心がつくずっと前から

恐らく犬や猫がライオンのように大きく

浜辺に打ち寄せる波が巨大な高波に見え

色彩がダブルトーンで暗い影のように曖昧な時分から

確かな理想であるべきと脳裏に刻印された心象風景

幾万年もの永きにわたり 祖先が夢を育んできた希望の地

死ぬまで幸せの意味の分からぬ人間にとって

想像もつかない幸せに満ちていると人は言うけれど

誰もが夢の中で思い浮かべるに過ぎない彼の地「冥土」よ

いま私は、新大陸を発見したコロンブスのように胸をときめかせ

三途の大河に阻まれた楽園を遠眼鏡で覗き込み

百花繚乱たる無限の花園に驚き気後れし一抹の不安を覚えながらも

さらにもう一度苦しく忸怩たる思いの人生を振り返り噛み締め

ただただ逃れたい思いで再度入水を決意したのである…三途の川よ 

嗚呼なぜ私は深みを泳いでいかねばならないのか…

そうだお前もレーテーと同じように身も心も洗われて

あらゆることどもを忘れ去らせてくれるなら

善人御用達の架け橋などは進んでお断りするだろう

ならば清き人々は過去を洗い流すこともなく かの地で仲間と昔話に興じるなかで

私一人はとぼけ顔して「記憶にございません」と白を切り続けるに違いない

嗚呼善人ども… この世でもあの世でも楽しく暮らす果報者に幸あれ

さあ私は決意した まだ見ぬ幸せを求め、いざ三途の川に飛び込もう

絶対溺れずに渡り切るぞ!

ところが背後にただならぬ気配 鉄の臭いだ

バアンと大袈裟な炸裂音 銃弾が心の臓を貫通した

国境警備隊の野郎 川で溺れることもままならぬ社会に生きていたとは…

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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