詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「クリスタル・グローブ」(最終)& 詩

戯曲「クリスタル・グローブ」七・八

七 朝の海岸

 

(美里を除く全員が海岸の見える所に集まっている。夜が明け、金色に輝く陽光が全員を浮かび上がらせる。物陰で、天使に脱皮しつつある悪魔が様子を窺っている)

 

理科教師 (怨霊粒子をポケットから取り出し、みんなに見せながら)こいつは、最後の一発だ。投げるか投げないかは美里さんの一言で決まっちまう。きっとそれが民主主義というやつさ。

春子先生 ところで、あのトゲトゲの黒玉を投げるのに賛成した廉さん、理由を説明して。

廉 簡単。こんな所に永久に閉じ込められるのが嫌なだけさ。それより、春子先生はなんで反対するのか、説明してくれよ。

春子先生 それも簡単。人を殺してまで、天国に行きたくないだけです。

紀香 だいたい天国って、どんなところなのさ? 理科先生、科学的に説明してください。

理科教師 そこはエーテルという特殊な空気で満たされている。そいつを胸いっぱい吸うと、誰もが幸せになれる。

ヤンキー (わらって)麻薬じゃん!

理科教師 たわけ者! 砂金を採る情景を想像してごらん。芥のような悪い心が洗われ、良い心だけが篩いに残り、輝き出すんだ。いま君たちが太陽に当たって、金色に輝いているように、な。

春子先生 私はここにいても、いつも良い心を持とうと思っているわ。

廉 でも幸せはやって来ない……。

美里 (突然現われ)きっと、やって来ます。(全員が拍手で迎える)

理科教師 さあ、期待の裁判長がご登場。天国に行けるか行けないかは、彼女の一言で決まっちまう。さて、その答えは?

美里 その前に、昨日来たばかりの新人さんを紹介します。(背後に現れたストーカーを見て)さあ、こっちへ。(ストーカーが彼女の横に立つと)この人、私を殺した犯人です。(理科教師以外の全員が驚く)

校長先生 あんたが、美里さんを……。

子供たち (春子先生にしがみ付き)怖いよう。

ストーカー 僕が美里さんを殺しました。

理科教師 みんな安心したまえ。ガラス玉が溶ければ我々は全員天国に昇り、こいつは地獄に落ちるんだ。

美里 私もそう願いました。彼が憎かったし、こんな狭い玉の中で、ずっと一緒にいると思うと、頭がおかしくなりそうでした。

理科教師 ほおら、彼女の心は決まった!

美里 でも私、もう死んじゃったんです。いくら憎んでも、生き返ることはありません。

理科教師 だからって、こいつを許すわけにはいかんだろ。

美里 私は天国のことを考えました。天国って、恨みだとか怒りだとかはきっとない世界だと思うんです。

校長先生 そんなのがあったら、天国とは言わんな。だいいち、心が落ち着かんじゃろ。

美里 そう、天国にいる人たちの心は、ずっと安らいでいるんです。憎しみなんて、きっと消えてしまいます。でも、後悔の念はどうでしょう。

理科教師 君は、後悔するような罪を犯したのかね?

美里 いいえ。でも、このガラス玉が溶けて彼が地獄に落ちれば、きっと私は天国に行っても心が安らがないと思うんです。

廉 こいつは自業自得じゃん。

理科教師 君を殺した犯人だぞ!

廉 天国に行けなかった後悔のほうが大きいぜ。

校長先生 仲間の期待を裏切ったことを、ずっと後悔し続けるぞ!

春子先生 それは脅しです、校長!

紀香 パワハラじゃん。

美里 彼はここでも、私の追っかけです。私、彼から五メートル離れて、ずっと睨み付けていました。最初は後から後から憎しみが湧き出てきました。けれど暫くすると、憎しみの泉が枯れてしまったんです。そのあと、哀れみの感情が出てきた。(ストーカーを見詰めて)あなたは病気だわ。殺すほど私を好きだなんて、きっと病気。そう考えると、私は単なる交通事故で死んだような気になってきたの。悪いのは彼じゃなくて、彼の病気。そんな彼を地獄に落とすのは、可哀そうじゃないかって……。

理科先生 それは単なる感情論だよ。人質犯に同情しちまう人質みたいなもんだ。

美里 私は彼を許したんです。好きになれないけれど、彼が横にいても、もう心が乱れることはありません。

ライダー女 ……おんなじ心境ね。

ライダー男 (ライダー女に抱き付き)俺を愛してるんだろ? (ライダー女に突き放される)

理科先生 (激しくわらって)一時的な気分だ! 君は怨霊なんだぞ。ここは怨霊たちの巣窟なんだ。ここにいるかぎり、心が安らぐことなんかないんだ。 みんなみんな、恨み辛みでパンパンな連中だ!

春子先生 確かに、私たちは怨霊。でも、恨みを持ったまま天国なんかに行けるはずないわ。本当に天国に行きたいなら、まずはその恨み辛みを無くさなければ。

美里 わたしは出来ると思います。

清子 そしたらここが天国になるの?

紀香 きっとなるよ。天国なんて、空想かも知れないしさ。

ヤンキー 住めば都って言うからよ。

紀香 ここが楽しいって思えばいいんだ。

美里 みんな、わらって! (校長と理科教師、ストーカー以外はわらう)

春子先生 校長。すべてを許せますか?

校長先生 (みんなに背を向け)わしらをこんな目に遭わせた敵を許すんか!

止夫 (海岸を指差し)アッ、お友達。

(島の男の子と女の子が、海岸の銃弾を拾っている)

廉 演習場に忍び込んで、鉄砲の弾を集めているんだ。

春子先生 危ないわ。不発弾があるもの。理科先生。その黒玉で、危険を知らせてあげて!

理科先生 冗談じゃない! (黒玉を握り)こいつは原爆を落とすために必要な最後の一発なんだ。

美里 まだそんなことを言っているんですか! 私は原爆に反対します。(拍手が上がる)

春子先生 校長、理科先生に命令してください。

校長先生 (我に帰り)理科先生。結果は出たんじゃ。我々の意見は通らなかった。しかし、新たな可能性が開けたぞ。この小さなガラス玉を天国にする。少なくとも、恨み辛みをここから追い出すことは出来るかもしれん。

廉 ついでに後悔の念も追い出しちゃえ!

紀香 まずは大掃除ね。恨みも辛みも後悔も、死の灰と一緒に片付けよう!

理科先生 (ため息を吐き)私の負けだ。このクソ玉、……使い道が無くなった。さあ、春子先生。みんなで、願いましょう。あいつらにプレゼントだ。

春子先生 神様、あの二人の子供を守ってください!

全員 神様、あの二人の子供を守ってください!

(理科先生が二人の子に向かって怨霊粒子を投げ付けると、突然雷鳴とともにスコールが襲って、大きな雹が彼らに落ちてくる)

 

八 軍事演習場の海岸

 

(白砂の上にはピンポン球ぐらいの雹が一面に落ち、男の子が気絶している。女の子は野球の球ぐらいの大きなガラス玉を持って男の子の横に座り、顔を覗いている)

 

女の子 (男の子の体を揺すり)ねえ、目を覚まして! 大丈夫? 起きてよ! 

男の子 (コブの出来た額を摩りながら、上半身を起こし)痛いよ、痛いよ。

女の子 こんな所に来て、罰が当たったんだわ。

男の子 もう来ない!

女の子 こんな大きな雹が当たったんよ。

男の子 (ガラス玉を受け取り)ワッ、デカッ! でも冷たくない。ガラス玉じゃん。

女の子 宝石?

男の子 だったらお金持ちだ。でも、ガラスさ。

女の子 きっと宝石よ。

男の子 簡単。あの岩に投げて割れなければ宝石だ。

(立ち上がり、岩に投げると粉々に砕ける)

女の子 なあんだ、ガッカリ……。

男の子 ガッカリ。さあ、帰ろう。

女の子 帰ろ、帰ろ。

 

(二人が帰ろうとすると、背景に綺麗な虹が架かり、その上を精霊たちが小躍りして登っていく姿が映る)

 

男の子 (憑かれたように虹を見詰め)みんなの姿が見えるよ。お空の下をみんなが歩いてる。校長先生、春子先生、理科先生、子供たち、美里さん、ヤンキー、廉さん、紀香さん、ライダー夫婦、ストーカー。先頭にいるのは天使だ。白い羽が草刈鎌みたいに光ってる。みんな仲良く手を繋いで、だんだん小さくなって、太陽の方へ昇っていく……。

女の子 (優しく微笑んで) いつも嘘ばっか。

 

(幕)

 

(僕の青春に暗黒粒子を投げ付けたベルイマンに捧げる)

 

 

 

 

地獄鼎談 (戦争レクイエムより)

 

閻魔●ようこそ地獄へ はるばると

意外なことに ここは果てしなく続く芥子畑

現世で踏み潰された悪人どもの魂を

痺れる力で癒そうと 鬼たちが汗を流して花を摘む

大天使ミカエル率いる天国の軍団に対抗すべく

地獄の閻魔軍団に迎え入れようその前に ザックリ割れた心を縫い直すのだ

人間だけに設えたステージなんぞありはしないが地獄は別だ

知恵の実を食べたのは君たちだけだが悪知恵の実もついでにくすねた

おかげで人災対策本部が急きょ設置したのが地獄だ 食えん奴等の毒消し施設さ

しかしそのイメージは君たちのような悪餓鬼が減るようにと

生臭坊主がこさえたウソ八百のつくり話 偽善者どものデマゴギー

おかげでスタッフ一同お客の期待を裏切らないようにとてんてこ舞

君たちの祖先が遅遅と築き上げてきた文明も… 種を明かせば子供騙しだ

ならばこの地獄というやつ 文明が崩れれば一緒に消えてしかるべき

今宵は我を含め罪深き三霊で 宇宙の通奏低音たる虚無の恩寵ついて

芥子酒を肴に自由闊達に語り合おう

君たちは蜃気楼を蹴散らしてやってきた 

その見分け方は一瞬にして消え去るものかどうかだ

ちょうど餓鬼が巣穴に群がる蟻を踏みつけるように 

あとに残るは亡霊どもの夢のあと… 残骸ははかない夢の終焉さ

しかし土の中には挫けぬ蟻どもが好機をうかがう

美しい国 美しい町々 美しい女たち 加えて荒くれ男ども

命も感性もニューロンイカサマであることを見抜いたから

皇帝ネロのように初期化を試みたのだ 一同葉巻をくゆらせ談笑しながら

「やりまっか」とはあまりに軽い終末談義

錬金術師は黄金の代わりに途轍もない爆竹をこさえ上げた

パカリと炸裂させれば現は夢、夢は現と早変わり

遅遅として積み上げた歴史は粉々に砕け

未来とやらは卵のままに過激な音に驚いて

途方もない遠くへ逃げちまった こいつもはかない逃げ水さ

駆け込み寺は二度と戻らぬ宇宙の裏側 天岩戸よりも遠いところだ

残ったのは宇宙の法則という冷厳・苛酷な不滅理論 

嗚呼イカサマでないのは冷え冷えとした方程式だ無機物たちのためにある

山河は燃え町々は燃え女たちは燃え男たちは燃え あらゆる幻は燃え尽きてしまった

そして煙たなびく焼け跡の石段に 吹き飛んじまった未来人の影を見るだろう 

そうさあの爆弾のことさ 君たち嬉々としてこさえ上げたビッグな発明

あれは暗黒宇宙へのとばくちブラックホール

人間どもの夢と現、未来をパクリと吸い込む烈火の大法則

さあ話してくれたまえ 君たちが見た真実、いや、仮付けした真実とやらを

 

航空隊員●そうさ真実なんかとっくに消えちまったさ …陽炎のように

隕石の衝突だろうが巨大噴火だろうが 閻魔の高みから見れば

一瞬に消え去るものはどれも蜃気楼さ了解だ

ならば俺の真実は俺の信念…のようなもので通しましょう

それは祖国の信念でもあるのさ仮付けにせよ…俺には十分生きていける

俺の任務は信念を真実に変えるだけ 冷静沈着に…だ

「翼よあれが標的だ」 まさに爆弾を積んだリンドバーグ

初の快挙を目指して飛び立った 拍手喝采

雲の切れ間から見えたものは

故郷とかわらぬ静かな町のイメージだったな

飛行士ならだれでも驚く平和な光景 

嗚呼見るだけで 人間どもの生活の吐息が伝わってくる

だが、騙されてはいけない

蔓延っているのは地球を汚す蛆虫ども

ないしは下等な猿どもというこれも立派な真実さ

少なくとも同類ではない 百歩譲って人間としても、「敵」だ

祖国を蹂躙しようと企む侵略者 

宇宙からきたインベーダーだと仮付けしよう

画鋲で貼り付ければ国が権威付けした真実だ

映画を見ろよ 奴らは地底人にそっくりさ まるで蟻だ

家々の中には地底に通じる穴が張り巡らされている

強力な爆弾が必要だ 奥の奥まで蹴散らすんだ

誰も異議を唱える者はいやしない

在来蟻を脅かす外来蟻は効率的に駆除するのが常識だ

祖国愛護組織から与えられた御墨付きのミッションなのだ

こいつは命がけの戦いだ ばい菌は抗生剤で一掃するのが鉄則さ

もちろんずぼらな脳味噌には想像もできない惨劇とやらを想像したさ…

一応は天秤にかけても見ましたよ 神への礼儀を重んじて

対するは祖国が猿どもに支配され 妻が犯され子が殺される惨劇

カミカゼ野郎に仲間たちがズルズルポロポロ消えていく悲劇さ…

受け入れがたい可能性のほうはずっしり重かったね… 弁証法は失敗だ

未確定のイメージだが確定すれば現実です 女神さんに任すわけにはいかないさ

悲劇の置き所は違っていた 止めたとしても二番手が飛び立つのさ尖兵だもの

決断は右手の中にコロコロ転がっていたのだよ お国の恥をかいてはいけません

さあ空想を現実に変える時間だ 多くの仲間の期待を込めてアルマゲドン

哲学・形而上学なんぞに耽っている暇があるもんか

こっちのカタルシスがあっちのカタルシスを浸食し あっちの炎は踏み消されて鎮火した

俺はボタンを思い切り押した すべてを早く終わらせるために…

間違いはなかったぜ 宇宙の法則だけが真実だ 一発でケリを付けたぜ!

 

高射兵●「翼よあれが地獄の火だ」とは名言だよ

幸か不幸か成し遂げたときの感激は同じものに違いない 悪事でも

けれど爆弾野郎にピューリッツァ賞は上げられない

山の上から遠眼鏡で君の顔を眺めていたのだよ

君は単なる兵隊ロボット 一騎当千のスナイパー 

与えられた任務を実行するだけで頭がいっぱいだ 熟練完璧パーフェクト

勝ちつつあるプロが勢いづくと 撃つことしか考えない

心に余裕ができてさらに気勢を強めるものの傲慢な野獣は一見冷静

しかし君は少しばかり興奮していた ごらんよ閻魔のこの顔を…

他人の命運を握っている自信と快感、興奮に満ち満ちて 

ふてぶてしい勝者の笑みだ 似ているなあ…

過剰な腕力 過剰な権力 過剰な破壊力は君を神の操縦席に座らせた

しかし単なるニューロンの下卑た興奮 頬を火照らしているものは…

ライオンが獲物に襲い掛かるときの下等なメカニズムさ

嗚呼脳内麻薬よ 多くの罪づくりの元凶 あまりに単純な興奮作用…

素直な本能に理性が勝るわけはない あいつは込み入った哲学のように難解すぎる

戦争だもの単純な乗りが正解さ 殺せ、倒せ、潰せ、蹴散らせ! 

五体を貫く基本の背骨 肉体が朽ちるまでしっかり残る大黒柱の心意気

さらに君は極めて簡潔、ティピカルな人間だった その誉は成し遂げること 

しかし無意識であっても 少しばかりの不安からか神がちらつき

数え切れない命の燃え尽きる光景がよぎったのだ「ボタンに触れる指が震えていたぞ!」

同時にそれは痺れるような快感に変化して 武者震いへと変わっていった絶妙に 

人間的な、あまりに人間的な… いったい何に緊張していたのだ

失敗は許されないと思ったのか? 累々たる命を思ったのか?

秒読み段階に入ると 緊張はさらに強まり 顔面が蒼白になるのを見た

しかし次の瞬間 多量のアドレナリンが一気に放出されて脳味噌を炙り

凍った頬が鮮やかなピンク色に変わるのを目撃した

少しばかり 少しばかり 少しばかりと 君は早漏気味の興奮を押さえて

あらゆる感情 イメージ 観念が 四方八方から引っ張り合い 

うまい具合に円い照準と重なった瞬間

「今だ!」

思い切りボタンを押したとき 体中のテンションが解き放たれ 

お前はカウチに横たわるブタのようにダボダボと腹の脂肪を震わしたのだ、意外と小心

嗚呼成功だ 立派に任務を果たした おめでとう 祖国の英雄よ 敵国の悪魔よ

紋切り型の人間よ! 敵ながらあっぱれ

冷酷なまでに冷静な、プロフェッショナルの殺し屋よ!

 

閻魔●まあそう皮肉ることもない

そうさ君は冷静沈着に任務を果たし終えたのだ

この雄々しい精神は優等生の戦士魂となって代々受け継がれていくだろう

しかし今は少しばかり後悔しているといった顔付きだ 君は歴史の変革者

アポロ一一号とはまったく違う歴史の方向は自爆

君から始まったぶっとい人類の歴史だよ たがの外れた破滅の歴史

お猿の時代から積み上げてきた文明さんはビックラこいて

飛び跳ねてちまった宇宙の彼方に…君たちの未来とスクラム組んで

繰り返そう 一瞬にして吹き飛ぶものはことごとく蜃気楼だ

あいつは所詮猿が積み上げたバベルの塔 神の創造物ではないのだよ

気が付いたかねその正体を 紙のように燃え尽きてしまう薄っぺらな可燃物

カサカサと幾層にもぶつかり合い スカスカの穴が開いているから燃えやすい

だが孤独に生きている 君たちを尻目に勝手に成長するが寿命はある 

その屍は燃え尽きるか化石になるかだが 殺すのは巣食っている君たち寄生虫 

いやつくったのは君たちか… 

進化・革新と叫びながらめくらめっぽう吐き出す得体の知れぬ凝固材で

嗚呼…積木崩しのようなもの

さあポンプかマッチかはっきりしろ 燃え上がる炎を消すのは爆風さ

失火の火元は修羅のごとくの怒れる蛆虫ども それに比べりゃ閻魔なんざ若輩者さ

すばらしい過激さ 怒りの焔は地獄の釜より強烈だ 

憎悪は心の臓から血液に乗り 枝葉末節にいたるまで燃えたぎる

怨念が築き憎悪が壊す悪魔のデススパイラル

ならば思い切って業火で地球を初期化して ゴキブリさんからやり直すもいいだろう 

次なる爆弾まで億万年は生きのびられる計算だ ちゃちい破壊は姑息な治療

悪性腫瘍はことごとく摘出しないと再発しますと医者も言う

いったい何発炸裂させればチャラですか 答えておくれよ爆弾職人 

このままではどんどん重くなるばかりさ地球も地獄も …いたるところがカサブタだらけ

世の中あと三倍広ければ 皆さんもっと美的に生きていけたのに残念だ…この木賃遊星

君たちの星は、なんて貧乏な星なのだ

 

航空隊員●閻魔さんもお人が悪い 数多くのマーキング動物と

ちっぽけなビー玉しかくれなかったのは

創造主たるあんたの親分のドケチ根性さ

きっと消し去るべき数の命を決めたのなら

一度に消しても小出しに消しても 消えていく数に違いはあるまい

おいらはサポーターだよ神様の

一気にやるかもったいぶるかの問題は朝三暮四のようなもの

閻魔さんが率先して爆弾を落す必要もあるまいて

地球上の生き物は勝手に増え勝手に滅びるのが鉄則だ

文明なんざ放っておけばいずれ滅びいずれ蔓延る

時間が経てば丸く収まるものだ 茶々を入れるな放っておけ!

図々しくもしゃしゃり出るのは権力主義者の特徴さ

そうさ単なるイメージの問題であると俺は思う

ここにいる君だって 仲間の首をはねたのだ

あいつは高射砲で射抜かれて 落下傘で落ちてきた

君はあいつをとっ捕まえて釜茹でにして食べちまった

目の前の人間を平気で食うほうが 俺には残酷に思えて仕方ない

俺はシミュレータ感覚で殺戮ボタンを押したのだ…思考停止さ

見えざる敵は見えざる蟻んこ

バケモノ雲しか見えなかったさ 入道雲の親分だ

君が浴びたのは生暖かいドクドクトした血潮だ生身の人間…

そうだ君はニワトリさんのようにちょん切ったのだよ冷酷に

大量も小出しも関係ないぜよ罪つくり 基本は同じさ家畜扱い

みなさん資源を絶やさぬよう 殺戮制限を設けましょう

いや人間は貴重な動物とは言えないな レッドデータではあるけれど…

しょせん生物理論が間違いなのだ 

ならば閻魔様のおっしゃるように

性欲、食欲、闘争欲という個体維持の本能に加え

人さまだけには「怨慾」という新語を加えておくれ…

仲間たちの怨念をかき集めてこさえた爆弾だもの…

成功すれば怨の字さ

 

高射兵●嗚呼あの炸裂音 腹に響くぜ君たちの怨念、ずっしりと…

たわけたことを言うものだ だがも一つ足りないワードは「妄想」さ

リーダーの妄想、科学者の妄想、兵隊の妄想は異常かつ尋常に膨らむ

大将、あまたの敵を効率よく排除できるシステムを思いつきました!

閣下、劣等民族を効率よく去勢する方法を考えました!

俺が敵を食ったなどとは言いがかり 地底人じゃあるまいし…

俺は刀で敵の首をスパッとちょん切り

土の中に丁寧に埋めてやったさ 伝家のマニエール

釜茹でにしてやりたいところだったが五右衛門さんに失礼だ

ところで君の作品 巨大雲の下を紹介しよう

俺があそこで見たものが地獄でないなら

ここはいったい地獄でしょうかと疑いたくなるほどさ

小さな残酷大きな残酷 小宇宙大宇宙 一人殺した万人殺した

どちらも罪には違いはないが 俺は序の口、君は横綱

とても相手になりはしない 社会も悪もヒエラルヒーは必要さ

世の中に与える影響を考えておくれよ

君はわざわざ遠方から 地獄の小包を届けてくれた

俺が山から下りたときには 無数の血肉が吹き飛んだもぬけの殻

きっとお前が空の上から見た雲の下には

地獄の釜が煮えたぎっていたにちがいない しかし一瞬にして尽きてしまったよ

心の臓、両の目玉まで灰と化し 燃えるものなど何もない 

君には物足りないちっぽけな町さ 遠慮するなよオツに澄まして…

嗚呼俺は見たのだ 嬉々として高度を上げ飛び去る悪魔の翼

俺はやみくもに高射砲をぶっ放し 撃ち落とそうと試みた

悪魔を殺すためではない 君の親指の効き目を確認してほしかった

小さな神経の発火が地球の発火を招く歴史の始まりだ

そうだ遠くから眺めるものではないのだよ 余興の花火では済まされない

惨劇は深くじっくり味わうものなのだ やられちまったと後々まで尾を引く味わいさ

しかし君が地上に降りて見るものは すでに化石さ一秒後のビッグバン

悪魔が平らげた皿のようだがそれでも満足 俺と同じ景色を見せられるのだから…

肩を組んで地平の廃墟を眺めれば 共感する部分もあったろう 

君の罪についてもじっくり語り合えただろう 俺の罪と同様に

君のオツムも少しは放射能でビリビリ傷付く必要があったろう…

俺の脳味噌だって家族を取られてズタズタビロビロなんだから

 

閻魔●いけないもう時間がない

近頃体験ツアーも増え出して 地獄は順番待ちの盛況だ

暇を明かせた連中が ゲテモノツアーにやって来る

しかし失礼ながら 安易に地獄の名前を持ち出さんでくれ

地獄はうちらの登録商標 いくら悲惨な光景だって

あまたのものは地獄と認めないようにしているのだ

なぜなら 地獄は決して化石にはならない人間様のいる限り… 

下々の似非地獄の上澄み液が阿鼻叫喚で そいつをすくい取り

新鮮なまま詰め込み続けるのが我が地獄釜さ 延々と…

君たちのメモリアルはだいぶ風化し冷え冷えだ 食えたものではない

いやこれらの残骸は 釜の炉壁に使えそう

地獄の釜が冷えたときは 人間どもが途絶えたときでもあるのです

地獄はここしかないのだよ 閻魔がいるのはここだけさ

地獄の一丁目一番地 ここから釜の中に落とされる ごらんひっそり佇む芥子畑の落し蓋

とばくちは狭いが釜の中は無尽空間 地獄は無数の魂が火を噴くところなのだ

君たちが見た光景は地獄であるわけがない 本家地獄に過去はないのだよ

現世地獄は 身勝手な理想を築く前の ほんのささやかな地均しさ

思い出したかい 君は平和を夢見ていた そして君も平和を夢見ていたのだよ

お互い平和を夢見ながら平和と平和がぶつかり合った

平和というのは小さい球の上で こすれ合って血を出すカサブタ

平和と我欲は兄弟で平和と怨念は裏表

人間どもは平和を奪い合い、勝ち取るのだ。

やったことはすぐに忘れ 受けたことは根に持つものさ

こいつはミジンコ由来の学習本能

平和の下にはドロドロとした怨念が燻り続ける

マグマも膿もはちきれるときが再び火を噴くときだ だがここは地獄の本家本元

この際水掛け論はチャラにして 生前の恨みは水に流し

お互い握手をしたらどうだろう 地獄は敵同士が等しく苦しむ場所なのだから…

 

航空隊員●閻魔様も良くできたお方だ

和解というのはお互いの怨念を解消することではないのだよ

心の深いところ忍耐の箱に閉じ込めて

二度と出てこないようにかんぬきを掛ければいい いや一時的に…

食欲性欲と同じものが怨念であるなら 無くなるときは死ぬときだ

さあ規模の差はどうであれ 残されし者の悲しみはみな同じ

勝者も敗者も関係ないが勝者は忘れ敗者は根に持つ

だから魂を抜かれた今だからこそ 握手ができるというものさ

 

高射兵●分かりました 地獄の釜の前で誓い合おう兄弟よ

水掛け論も興ざめなこと らちの明かない言い訳合戦など

閻魔様のお白州で通用するものでもないだろう

俺たちはもう許し合う不遇の身

きっと俺が山の上から見たものも

君が空の上から見たものも そこで途切れた文明の化石…

あれは月の世界のように 音もなく死んでおりました

やがて新しい地帯類がうっすら覆い隠してくれるでしょう

しかし閻魔が見て見ぬ振りをしながら ほくそえんでいることも合点だ

すっかり忘れろ 仲直りだ… 怨恨は忘れる以外に方法なし

やはり地獄は人間だけに設えたステージでした 

閻魔も悪魔も人間も ルーツを辿ればエデンからの追放組

しかしあれらが地獄でないなら 地獄の釜に焚きくべる燃料にちがいない

文明の化石が増え続けるかぎり 地獄の釜を消すこともないのですからな

否 地獄の釜を維持するために 閻魔はカタストロフィーを求め続ける巧みな仕掛人

 

閻魔●正解だ、名答だよ 

わしの仕事場も鬼たちも人の魂で食っているもの

かさぶたは地獄の釜の貴重な固形燃料 蛆虫どもは鬼を養うタンパク源のベストミックス

我が地獄を存続させるには惨劇と罪人の安定供給が不可欠なのだよ

さあ、君たちの運命はこれで決まった おめでとう

鬼たちよ芥子畑の落し蓋を開けよ この二匹の罪びとを釜の中に投げ込んでやれ

二人とも現世の毒気で麻痺して シズル感を求めているのだ 

爆弾雲の下で起きている灼熱地獄の再現じゃ… 

釜の中では平和も怨念も妄想もみな熔けてアマルガム あるのは苛烈な苦しみだけさ…

平和も怨みも憎悪もヒラメキもみんなみんな燃えちまって消えちまうのさ 

 

どこへだって? これはまたあどけない子供のような質問

高い高い虚無の煙突から宇宙に向けてに決まっている 

苦しみだけをリサイクルするシステムなのだ 地獄も地球も

世の中が幸福で汚染されぬよう… 我々は日々努力しているのだ

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎
定価(本体一一○○円+税)
電子書籍も発売中

 

#小説
#詩
#哲学
#ファンタジー
#SF
#文学
#思想
#エッセー
#随筆
#文芸評論
#戯曲
#ミステリー
#演劇
#スリラー