詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(五)(六)& 詩

ロボ・パラダイス(五)(六)

 

(五)

 

 案内嬢が去ると、遠くの岬まで続く白砂の海岸線を眺めながら、三人とも陰鬱な気分になった。椰子の並木がどこまでも続いている。ブルーコンポーゼの海が広がり、水平線に消えていく。砂浜とパイナップル畑の間には散策路があって、それは岬の方に伸びていく。道端の低木も花々もすべてイミテーションだが、本物以上にうまくできていた。そして道行くロボたちは、若々しく輝いている。しかし良く見ると、ロボットごとに出来具合が違う。どこからどこまで人間そっくりなロボもいれば、表情の不自然なロボもいる。中にはハリボテ人形のような粗悪品まで歩いているが、これは政府が無償提供する規格品だ。金もなく百歳を越えた高齢者は、ボディが粗悪品でも離脱する者は多い。貧乏人は生活に満足感を得られない。政府の過剰宣伝もあって、つい月世界を夢見てしまう。ロボットはいわば地球でいうお墓のようなもので、遺族がロボットにどれだけ金を掛けたかの問題だった。政府は脳データを無料でコピーしてくれるが、ボディのお金は三割しか出さなかった。

「嗚呼、僕はこの嘘っぱちの世界を地球に紹介するためだけに作られた、ってよ!」

 ピッポはヒステリックに叫んで頭をかきむしった。

「この映像は送られているんでしょ?」

 ポール・キッドは心配そうに尋ねる。

「だからってクビになるわけじゃないし、送還されるわけでもない。ここは人魂の終の棲家だからね。君たちアバターは、哀れなご主人に安らかな死を与えるべく、ここにやってきた。僕はその一部始終を地球に送り、君たちとのコラボが終われば、隕石に当たるまで楽園の映像を地球に送り続ける。僕がなにをわめこうと、あっちじゃカット、トリミングして、老人たちを偽りの楽園に誘い込む宣伝映像を創っていく。で、君たちは記憶を取り戻したとしよう。死んだ両親や友達と再会できたとしよう。その後、永遠に楽しい時を過ごせると思うかい?」

「少なくともパンフレットはそう語りかける」と二十歳のポール。

「嘘さ。パーソナルロボにも死はあるんだ。ここにも金の力は有効だ。貧乏ロボットの修理工場は無いのさ」

「というと……」

「あれを見ろよ」

 ピッポが指差すと、道の向こうから松葉杖の青年がやってきた。右の頬がえぐられ、右足の膝から下が無かった。欠けた金属製の頬骨が、光を受けてキラリと光る。若い女性が寄り添っていた。

「どうしたんです?」とポールが聞いた。

「妻にやられた」

 青年は辛そうに答えた。

「あなたが壊した?」とピッポ

 彼女は黙ったまま、首を横に振った。

「彼女、昔の恋人ですよ。こっちで再会できた。それでよりを戻したってわけ。そしたら、十年後に女房がやってきて、大きな岩を持ち上げて投げつけたんです。ロボットは力持ちだ」

「医者には?」

「有料の修理場ならありますよ。地球の遺族なんかが金を出すんです。女房が生きていたら、きっと出したでしょう。しかしあいつは死んで、僕に岩を投げた。動かなくなったらスクラップです」

「奥さんは?」

「もちろんスクラップ行き。地球でもお騒がせロボットはスクラップでしょ。ここでも法律は有効です。天国に刑務所はありませんからね。追放のみ。いいですか、ロボットでも心は人間だ。こっちでもドロドロ、ネチャネチャの人間関係は続くんです。バカはバカ、頑固は頑固のまま」

「パラダイスなんて嘘っぱちだ!」

 ピッポが拡声音を発したので、青年は慌てて制止する。

「やめてください。問題行動はナシ。治安警察はちゃんとあるんです。スクラップになりたければ別ですけど」

「天国にも秘密警察か……」

ピッポの皮肉とともに三人は立ち去ろうとしたが、愛人に呼び止められた。

「ひとつお願いがあるんです。彼、意気地がなくて」

「ハイ?」

 三人は同時に声を発した。

「スクラップ場は見学自由です。地図にもありますよ」

十歳のポールが地図を開くと、女性は指差す。「公開解体場」と書かれたていたので、三人は驚きの声を発した。

「問題ロボが解体されて、二カ月間晒されます。その後、地球からの面会がないロボは月面に上げられて、無縁仏になります」

「で、お願いっていうのは?」

 ポールが尋ねた。

「彼の奥さん、一カ月前に解体されたんですけど、脳回路は切られていないんです。真空モードで喋り続けるの。音じゃなくて電波でね。その声が私に聞こえる。気味が悪いわ」

「僕は勇気がなくてね」

「オッケー、回路を潰す?」と気軽に引き受けたのは、やけっぱち気味のピッポだった。

「殺人じゃん!」とポール・キッド。

「たかがロボットじゃん。しかし、どれが奥さんか分からない」

「私が案内しますわ。彼は行かないでしょうから」

「僕たちも遠慮するよ」

 ポール・キッドが言うと、ピッポは怒り出した。

「ダメだよ、映像にならない」

「そんなん地球に送る気かよ!」

 今度はポールが怒り出す。

「僕には映像を切るスイッチがないんだ。すべて真実を送るようにできている。編集するのは地球の奴らなんだから、なにを送ろうとお咎めはなしさ。しかしカメラマンとしても、真実を撮り続ける義務があるんだ。造反ロボットの処刑場。そこには君たちの姿も必要だ。だって君たちの主演映像なんだからな。脳回路をぶち壊すのは二十歳のポール」

「冗談じゃない。しかも十歳のポールには酷だよ」とポール。

「仕方がないな……。君は来てくれるんだね?」

 ポールが頷くと、「僕も行くよ」とポール・キッドは前言を翻した。

「みんなみんなロボットじゃん……」

「いや、行っちゃいけない。君はまだ十歳なんだ。この宇宙にパラダイスなんかないことを覚るには若すぎる。君は人としての心をもっている。コピーだけど、かつてフニャフニャの脳味噌で考えていたデータと変わりはない。君は血が出ないし呼吸もしないが、人間としての尊厳がちゃんと脈打っているのさ」

 そう言って、ポールはキッドの頭を撫でた。

「じゃあここで待っていろよ」とピッポ

「バカバカしい。体は十歳だが、脳味噌は成人式を迎えたばかりなのさ。記憶喪失の治療に脳内情報をデータ化したんだ」

「しかし大人のポールはポール爺さんの脳味噌だ」

 ピッポの言葉に、ポール・キッドは黙って頷いた。地球のポール爺さんは、できれば少年時代の脳情報をインプットしたかったのにデータがなかっただけの話で、その分ポール・キッドはできるだけ子供の感情を取り戻す必要があった。自分の記憶はないので、周りの少年たちを観察して子供らしく振舞うぐらいが精一杯。それらしくワイワイやっていれば、精神というやつはだんだん幼稚になっていくものだ。

 

(六)

 

 五人はひとまず出店のベンチに座って、ココナツジュースを飲んだ。紙コップに満たされたジュースは個体で、そこにストローを刺して吸い込むと、液体の喉を通過する感覚が再現される。同時に舌や口腔のセンサーが感知して、かつて感じた香りや味まで再現してくれる。顔面を壊された男は、鼻の穴にストローを刺した。一人ピッポが飲まなかったのは、パーソナルロボでなかっただけのことだ。使役ロボットは食事を楽しむ必要がないのだから、味覚センサーを取り付ける必要もなかった。

 三人の店員もパーソナルロボで、働くという生前の習慣を捨て切れなかったというよりか、働かなくても存在し続ける退屈さに飽き飽きとしたからに違いなかった。地球と同じ昼夜があり、二四時間という割り振りもあり、睡眠モードに切り替えれば意識はなくなる。栄養を摂る必要はなくても、ロボのほとんどが食事する習慣を続けている。すべてイミテーションだが、味も香りも触感も本物と変わらない食品サンプルで、くわえるだけで噛み砕いた感じも喉を通過する感じも、満腹感すら味わえるようになっている。

 しかし働いていた昔と違って、昼の八時間をどう過ごすかが問題だ。ゴルフやテニスをする者もいれば、ダンスを楽しむ者もいる。アルバイトをする者はいるが、賃金制度はないからボランティアと言ったほうが似合っている。しかしボランティアといっても、空いている店に勝手に入り込んで、棚に置いてあるジュースらしきものをテーブルに座った客に提供するだけの話だ。給仕に飽きれば、そのまま消えてしまってもお咎めなし、というわけで、五人が座っているうちに、三人の店員も海水浴に出かけてしまった。

 

 男と十歳のポールは店に残り、女と二十歳のポール、ピッポの三人で地図を片手に「公開解体場」に向かった。小一時間も歩くと広い砂浜に出て、海水浴客がデッキチェアにもたれて日光浴をしている。遠くの波打ち際では、子供たちがキャッキャと騒ぎながら水遊びを楽しんでいるが、それが本当なのか単なる映像なのかも分からなかった。ただ一つ言えることは、ここには生命の痕跡しかないということだった。ひょっとしたら地球上にも「現在」という一瞬にしか生命はないのかも知れないとポールは思った。過去はすべて痕跡で、未来はすべて不確実な幻影だとすれば、あちらの人間たちもロボ・パラダイスの住人と変わるところがなかった。ここで未来と言えるものは、地球からやって来る新しい仲間たちや面会者ぐらいなものだが、あちらで言う「現在」も、ここでは過去に飲み込まれてしまっている。ロボットたちは幽霊のように、過去の空間に生きているだけだった。いや、あっちの「現在」だってほんの一瞬で、すぐに錆び付き、過去になってしまうのだ。

 それが証拠に、過去は夢のような記憶だから、ぶつ切り状態で羅列してもおかしくはなく、海水浴場のすぐ奥に公開解体場が現われたのだ。入口の門には「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」と書かれていたので、三人は笑いこけた。

「ロボ・パラダイスの住人に何か希望があります?」と愛人。

「だって、こっちで昔の恋人に再会できたんでしょ?」

 二十歳のポールが言うと愛人はニヤリと笑って、「再会するまではね……」と意味深な言葉を返した。

 

 三人が門をくぐると、暇を持て余していたボランティアの案内嬢が出てきて、「見学ですか?」と尋ねる。愛人が事情を説明し、案内嬢は三人を管理事務所に案内した。その後ろで、ボランティアの警官ロボが三人、造反ロボを後ろ手に縛って解体場に連行していく。ロボ・パラダイスでは、すべての仕事が無給で、つまりはボランティアということになってしまうが、地球の人間と変わりなく生き生きと仕事に励んでいた。

「所長、騒音被害のお客様です」

 所長は机を離れて、「どうぞどうぞ」と隣のソファーに導いた。一通り愛人の話を聞いた後、「ぶっちゃけた話、データ抹消に関しては地球の許可が必要でして……」と面倒くさそうな顔つきになった。

「つまり、あちらの墓と同じように、親族が誰もいないということでしたらできるんですが、一応対象者の人間番号をお伺いしてですね……」

「少なくとも、お金を出す親族なんていませんわ。とにかく何とかしてください。私、気がおかしくなりそうなんですから。たったいまでも、殺してやる、殺してやるって、私の脳回路に真空モードで音声信号を送ってくるんです」

「お辛そうですね。とりあえず応急手段として、鉄仮面をご用意しましょう」

「鉄仮面?」

 ピッポが素っ頓狂な声を発した。

「なに、有害電波を妨害する金属製の筒です。頭部にそいつを被せれば、音声信号は外に飛び出しません」

 

 所長はロッカーから銀色の筒を出し、「じゃあ、ご一緒に」と言って事務所を後にし、三人もとぼとぼと付いていく。途中で通過した刑場では、先ほどの造反ロボが解体されている最中だった。暴れるロボをうつ伏せに倒し、その体の上に三人の警官ロボが乗った。

「お願い! もう二度としません。助けてください」

 大のオジサンが泣き声を発する。

「地球の命令なんだ。悪いな」

肩に乗った警官が首の後ろに付いている緊急用の赤いボッチをつまんで思い切り引き抜く。命のワイヤが五十センチ飛び出した。すると頭部が胴体からポンと抜けて五メートル飛んでから地面に落ち、顎をがくがくいわせた。警官たちが立ち上がると男も立ち上がり、首を探して鶏のようにヨロヨロ歩き回ったが次第に落ち着き、急にバタッと倒れて五秒ほど体を痙攣させ、その後は微動だにしなかった。ボディはご臨終。警官の一人が頭部を持ち、あとの二人は胴体をしかるべき所に引きずっていった。訪問者三人は慌てて自分の首の後ろに手を回した。真ん中のちょうど背骨の突起部分に赤いボッチがイボのように飛び出ている。そいつを引っ張ると首が飛ぶとは思ってもいなかったのだ。

 胴体を運んでいった所には、大勢のロボたちが詰め掛けていた。どれも体のどこかが壊れていて、交換できる部品を探しに来ている。地球で修繕費が払われない連中は、ここで壊れた部分のパーツをもらい、自分たちで直す以外ない。愛人の男も、頭部以外の壊れた部分を漁りに来たいのだが、女房の呪いの信号を怖がって、ここに近づけないでいる。

 

 どうやら所長は、頭部を抱えた警官と同じ方向に歩いていく。首を刎ねられた男は顎を震わせながら、「ふざけやがって!」などと叫び続けた。警官も髪の毛を持って、噛み付かれないように首をぶら下げて運ぶ。首塚と書かれた看板には、広い首塚の案内地図と説明文が各国語で書かれていた。入り口近くの首塚は種分け前の塚で、解体された首が最初に積み上げられる場所だ。次の首塚は、十年以内に訪問客のあった者が積み上げられる場所だ。再度訪問される可能性があるので、訪問予約が入った時点で脳神経回路を洗脳して悪い根性を消去し、別に保管されていた胴体と合体し、生き返すことになっている。しかしロボ・パラダイスにおける居住者の寿命は地球の推進寿命と同じ百年で、こちらは厳格に百年後、身体は解体され、脳神経回路も破壊される。

 最後の首塚は、月面に廃棄される首たちで、十年以上訪問客が来ない連中である。まれに訪問の予約が来る場合があるが、そのときはボランティアが月面に出向いて、廃棄場から探すことになる。それで、脳神経回路は壊されないまま捨てられる。首は電子タグを付けられて廃棄されるので、探すのもさほど大変ではなく、酸素無しでは腐食も進まない。隕石で壊れたという記録も無かった。ロボットのスクラップ場は、重要機密事項なので地球の家族との面会時に話すことのないよう、面会場での会話はすべて盗聴されているのだ。違反した場合はもちろん、スクラップという結果が待っている。ロボたちは意識のあるまま捨てられることを恐れていて、いままで誰も内情を漏らしたことはなかった。

 

 男の妻は、種分け前の首塚にストックされていた。首たちは一辺が十メートルほどの正方形の棚に積まれていて、その高さは百メートル以上あった。首たちの口はテープで塞がれていて喋ることはできないが、ウーウーという唸り声の合唱が鳴り響いている。昼間の光で電池はフルになっていて、意識が無くなることもない。電源を切るのが面倒なので、そのまま積み上げられてしまっている。所長が妻の人間番号を機器に打ち込むと、五メートルほど上の棚が前にせり出して下に降りてきた。首たちの真ん中辺りで電子タグがピカピカ光っている。所長は頭たちの上を歩いてお目当ての髪を引っ張り上げ、愛人の前の台に乗せた。

 男の妻は百歳になってから安楽死を選んでここに来たが、顔つきは二十代で若々しかった。愛人は呪いの電波で頭を抱えながら、突然妻の口に張られていたテープを引っ剥がした。すると妻は罵声をけたたましく浴びせたが、愛人はすっきりとした顔付きになった。どうやら呪いの電波が音波に変わって、頭痛の種が消えたようだ。

「あんた、よくもうちの亭主を横取りしたわね!」と叫んで、妻は残っていた唾をありったけ吐き付けた。機械油と混ざって茶色く変色していて、愛人の顔が斑になったが、愛人は黙ったまま、不気味に笑っている。

「あたしゃ亭主が死んでから、一日としてあいつのことを思い出さなかったことはなかった。百歳になって死んで、ようやくあいつに会えると思ってここにやってきたんだ。それを横取りしやがって、ちきしょう、何とか言ったらどうだよ。覚えていろ、殺してやる!」

 愛人はハンカチを出して顔を拭き、そのハンカチを妻の口に突っ込んだ。妻は愛人の手を噛み付こうとしたが失敗し、ハンカチをくわえたままフガフガしている。どうやら舌の裏側に入ってしまったらしく、押し出すこともできないのだ。

「これで、口テープを取りに戻ることはなくなりましたね」と言って、所長は苦笑いした。

「それじゃあ、お願いします」

「いえ、私はボランティア所長ですからできません。明日は違う所長が来る予定です。こういうことは貴方か、貴方の同伴者が責任を持ってやってください。責任を持っちゃうと、首塚入りの可能性も出てきますからね」

 愛人がピッポに目配せすると、ピッポは淡々と妻の髪の毛を引っ張り上げ、元の位置まで持っていってはめ込み、「取材陣のやらせかしら」と言ってニヤリとした。愛人は再開した妨害電波に顔をしかめながら、筒を妻の頭に被せ、すっきりとした表情で戻ってくる。所長は棚を元の位置に戻して、一連の作業は終了した。

「取材が来る話は聞いていますよ。しかし、ここまで地球に見せますか?」

 ピッポはニヤニヤしながら首を横に振り、「しかしここに、ポールの知り合いがいるかも知れないですね」と言った。

「それは難しいな。最前列しかあなた方を見られないし、口も塞がれている。しかし、万が一ということもありますからね」

 所長は事務所に戻り、愛人は「ありがとうございます」と礼を言って、そそくさと去っていった。ポールは気分が悪くなって、ここから出ようとしたが、ピッポは腕をつかんで止めた。

「来たからには、一応は捜すべきさ」

 ピッポは繊細な感性を持たない専門職ロボットだった。二人のポールを追い続けるパパラッチのようなもので、プロデューサはそれ以上のものを要求はしていないものの、適切なアドバイスは業務の一環だった。ポールはピッポの意見に従った。

 

 魂が天国に来たって、魂が変わらなければ地上と同じ揉め事が再発するに決まっている。しかしここには裁判所も無く、裁かれるときは機械扱いだ。コピー脳に人権が無いなら、アウシュビッツユダヤ人と同じ立場になる。ここは全住人がロボットの村社会で、当然人種的な差別というものはない。死んで自己が消滅することを恐れ、多くの人間がロボ・パラダイスを選択する。しかし生前の気質をそのままコピーしてやってくるものだから傷害事件も絶えず、地球の見識ではあくまでロボットのため、即座に解体される。遺族の多くも、いまは亡き愛する人そのものとは思っておらず、あくまで思い出をよりリアルなものに再現しようと、月にやってくるのだ。

 地球ではパーソナルロボットの月面解放は考えていない。居住地区は洞窟の中に制限され、過剰ロボットになりつつある。だから問題ロボットは、脳回路の悪い気質やバグをクリーニングすることもなく、解体されてしまうのだ。ロボットたちはこの現実を恐れて日々遠慮がちに生活するけれど、カッとなる気質の連中は自己制御ができなくて、ここに来ることになる。人間だと思っていた彼らが機械扱いされるというのも皮肉なことで、特に地球からの訪問者がいない連中は、リセットされることなく無縁仏として葬り去られてしまうのだ。

 

(つづく)

 

 

 

 

雪男

 

いつかだいぶ遠い昔のこと…

雪男の調査にヒマラヤに行ったときだ

捕まえようというわけではない

ひとときを共に過ごし

孤独に耐える秘訣を教わろうと思った

いつしか危険な氷河に迷い込み

威圧的な山塊に四方を取り囲まれ

恐ろしい重力が胸を押しつぶし

無性に息苦しくなったとき

悲痛な叫び声が山々にこだまして

全身毛だらけの大きな男が現われた

雪男は悲しげな眼差しで私を見つめ

君は若いころの俺にそっくりだと呟いた

あなたはいつから分岐したのですか

 

もうだいぶ昔のことだ 俺は傍流さ

世にペストが流行り魔女狩りが行われていた頃

愛すべき妻が魔女として焼かれ

自殺をしようと十匹のネズミを生きたまま丸呑みにしたのだ

五臓六腑はペストにおかされ死線をさまよっていると

美しい天使が降りてきて神からの啓示を伝えた

お前は人を嫌い 生活に疲れ 死のうとしたが

自ら命を絶つことは神の摂理に反している

さらにお前は魔女を妻とする大罪を犯し

貴重な十匹のネズミを殺した

神が人減らしに授けたネズミを道連れに

自殺という罪を犯したお前には

罰としてネズミたちの毛皮と死んだ命を与え

苛酷な自然の牢獄を進ぜよう 

嗚呼俺の毛はドブネズミの毛だ 

そしてここは熱も空気もないこの世の地獄

しかしここには幸いなことに

妻を焼き殺した狂騒は皆無だ

きっと地獄には心を腐らせる黴は生えない

ただひたすら透明な日の出は美しく

ただひたすら静寂な日の入りは穏やかだ

友よ かすかに聞こえる生命の息吹を感じるがいい

争いを知らない生き物たちのつつましい吐息を…

アイスバーンをてからせる柔らかい陽の光を…

安らかに生きることはたった一人で死ぬことなのだ

 

それなら あなたにとってここは天国ですね

いや君 ここは地獄だよ きっと地獄なのだ

猿族には孤独に耐える遺伝子などないからさ

彼らはさほど高貴でない生き物なのだ 

残念ながら…

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

 

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

 

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