詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(一)& 詩

ロボ・パラダイス(一)

 

(一)

 

 ポールは久しぶりに彼の脳情報を管理している病院を訪れた。主治医はすでに他界していて、対応したのは孫ほどの歳の差がある若い医師だった。

「お話は大体分かっています。ポールさんはおいくつですか?」

「ちょうど百歳になりまして、離脱を決意したわけです」

「健康な方の離脱解禁は百歳ですので、待ちに待ったというわけですか……」

「そのとおりです」

「しかし、人間の平均寿命はいまや百五十を超えている。五十年を無駄にする可能性もあるわけでして……」

「もう身体はボロボロですし、臓器を取り替えるのも面倒です」

 ポールは皺顔を皺々にして、恥ずかしそうに微笑んだ。

「分かりました。役所に離脱届けを出さなくてはいけません。それにはまず、離脱契約書にサインを願います」

 ポールは書類にサインした後で、医師に尋ねた。

「こういうケースはよくありますか?」

「多くはありません。元来ロボ・パラダイスは、家族の方が故人をロボットとして生き返らせて、一年に一、二回逢いに行く所なのです。生きた方が逝かれる場合は『離脱』と称し、区別されます。以前は安楽死が多かったが、医学の進歩で減少している。安楽死は不治の病に罹った人が望むものですし、先に逝った妻に逢いたいからというわけでもありません。あなたは健康ですし、独身だ……」

 医師は、老人にしては逞しい胸を見て独り言のように呟いた。

「私は自殺志願者ではありませんよ。自殺志願者が行こうとは考えないでしょう?」

「そんなこともありません。楽しかった青春時代を取り戻したい人もおられます」

「私もそれかなあ」と言ってポールは声を立てて笑い、一転まじめな顔つきになって首を振った。

「しかし大分ずれている。二十歳以前の記憶がないのです。両親も、なぜか子供の頃の私の話をしたがらなかった。記憶を取り戻せないまま、死にたくはないのですよ」

 医師は驚いた顔をして、「残念ですが……」と消え入るような声で呟いたので、ポールは「何が、ですか?」と聞き返した。

「いや、ポールさんの脳情報は二一歳以降のものしか保管しておりません。記憶喪失の治療のために取ったのが最初です。それ以降は五年ごとに取っています」

「それは重々分かっています。脳情報に消えてしまった記憶が残っているとは考えてもおりません。とにかくロボ・パラダイスに行きたいのです。そこで、大昔の知り合いを探したいのです。記憶を蘇らせてくれる昔の知り合いたちに会いたいのです」

 医師は深く頷いて立ち上がり、ポールに手を差し伸べた

「分かりました。お手伝いしましょう。身体は一台でよろしいでしょうか? 法律が変わって、来年からは一人一ロボ政策が始まります。パラダイスが手狭になってきているんです」

「じゃあ二台お願いします。二十歳のボディと十歳のボディ。いまの脳情報と二一歳の脳情報。二十歳の体に百歳の脳、十歳の体に二一歳の脳。遺伝子情報はそちらにあるし、身体作りに必要なビジュアルデータや音声はこっちにありますから、メールでお送りします。子供時代のビジュアル情報などは、両親が捨ててしまったらしいのです」

 そう言って、ポールは悲しそうに笑った。

「いずれにしても、いまの脳情報は近日中に取らせていただきます。ボディが出来た時点でデータ入魂し、同時に安楽死を行うことになります。それまでに気が変わった場合は、ボディの製作状況で、解約金の値段も変わってきます。一応前払いで二台分、二億円を頂戴いたします」

「分かりました。明日入金いたします」

 

 立ち去ろうとしたポールの背中に医師は声を浴びせた。

「健康体のあなたが、本当に死を望んでおられるのですか。僕は国際的な政府方針に反対なんだ。記憶を取り戻せても、それはあくまでロボットのあなただ」

「いいんですよ、ロボットの私でも昔を思い出せたなら……」

「ひとつご提案があります。興味がおありでないなら、聞き流してください。法律に触れることです。私はあなたの死亡診断書を作成しますが、あなたは私の病院に匿われるのです。つまり二台のアバターがあなたの記憶を取り戻し、あなたは贋のパスポートでロボ・パラダイスを訪問して、その結果を彼らから直接聞くのです。あなたは納得し、別人として社会復帰し、寿命を迎えるまで幸せな余生を送る」

「そりゃ願ったり叶ったりだ。しかし、先生は法を犯すことになる」

「ばれれば当然、医師免許は剥奪です」

「例えば、彼らの状況を逐一見ることはできないのですか?」

「危険ですが、それも可能です。放送局に売り込んで、取材という形にすればいい。コネがあるんです。個人的な撮影は禁止ですが、政府公認の取材はオッケーです。あなたはすでにこの世にいない。あなたのロボットに送信機を仕込み、故人の記憶を取り戻すドキュメントを作らせるのです。映像はすべて提案者の私にも送られ、放送局はそいつを二時間番組に仕立て上げる。あなたは病室に閉じこもって、編集前の映像を思う存分見ることができます」

「しかし先生は、なぜご自分の身を危険にしてまで?」

「病院の経営には、何かとお金がかかりまして……」

医師は顔を赤くして、呟くように言った。

「亡くなられた田島先生の息子さんですか……」

 息子の田島は父親からポールが資産家であることを聞いていて、こんな提案をしたのだった。独り身のポールは遺言書に、百億円の寄付を記載することにした。

 

(つづく)

 

 

 

カルメン・シータ

あるいはストーカーの独りよがり

 

香水の耐えがたい臭いも

突き刺さる毒々しい言葉も

小馬鹿にしたような眼差しも

闘牛場の爆竹音と一緒に

どこか他の宇宙に飛んじまった

マタドールよ、尻軽女が残したものは

紙吹雪のような血しぶきと

香水よりは増しな血の香りだ

あいつのことを知らないうちに

知らないどこかに行っちまった

まるで捕り逃がした魚のように

もう二度と帰ってこないのだ

きっとキサマが辛いと思うのは

恋はすぐに飛び去ることを

一時忘れたからに違いない

そのまま有頂天に終わって

少しばかりは泣いたのだろう…

檻の中で俺も泣いたが

魔性の檻から解かれた嬉し涙だ

 

後ろの屋根付き席が

あいつのロイヤルシートだった

多くの男が声を掛けたに違いない

俺に花を投げたのはあいつのほうから

なぜ俺が選ばれたのかも

分からずじまいに終わっちまった

きっと気まぐれだろうと

予測を立てていたにも関わらず…

そしてキサマは最後に花を投げられたのだ

弄ぶように、俺を振ったように気安く…

次々にゲットするのは自惚れ女の特権

ゲーム感覚で男の心を潰し回る

キサマは花形で、派手な生活が癒してくれる

しがない俺は檻の中で鬱々と

キサマが牛の角に刺されることを願いつつ

あいつとの思い出に浸りながら

故郷の方角に手を合わせるのだ

嗚呼、可愛そうな母さん、可愛そうな許婚…

しかし今でも俺の心のほとんどが

あいつのことでいっぱいさ

あいつは人魂になって正気に返り

俺の心に入り込んでようやく落ち着いた

あいつは色気たっぷりに

死ぬまで一緒にいると約束してくれたんだ

 

 

 

 

 

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