詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

エッセー「 国家暴走抑止力としての『天皇制』」& 奇譚童話「草原の光」十八 & 詩


霊子

夕刻に近くの浜辺を散策していると
霊子は背後から忍び足でやってきて
僕の左脇にピッタリとくっ付き
透き通るような華奢な腕を腰に絡めた

僕は思わず彼女の透明な頬に口づけするが
爽やかな潮の香りが鼻の中に広がり
そこから肺を通して体全体に拡散し
この世の邪気が霧のように消えていく

陰鬱な僕の心は彼女の暖かい吐息に包まれ
かつて一度も味わったことのない
泣きたくなるような幸せを感じるのだ
ああなぜ、僕は愛を知らなかったのだろう…

霊子はうっすら微笑みながら僕を見つめ
きっとあなたと同じことしか考えないからと言った
この世の愛は、傷だらけの愛
四角の愛と三角の愛が絡み合い、ぶつかり合うの

あの世の愛はまん丸な鏡のような似たものどうし
エゴの棘々が削られ磨かれて、二人の心を映し合う
あなたは私で、私はあなた、私はあなたで、あなたは私
愛が一つに重なれば、紛れた砂を波で洗いましょう

しばらく一緒に歩いていると陽は沈み
霊子は黄泉の国へ戻っていった
僕は幸せを逃がさないように腕を組み
明日も晴れることを願って家路に付く

僕が結婚してから、霊子はもう二度と現われない
僕は新妻と、この世の愛を傷つけ合いながら
あの世の愛のことを、思い浮かべている
そこにしかない、霊的な愛のエッセンスを…

 

エッセー
国家暴走抑止力としての「天皇制」   

 今年のノーベル物理学賞に選ばれた真鍋淑郎氏は、記者会見で米国籍を取得した理由の一つとして、日本人の他人の目を気にしすぎる風潮が合わなかったことを挙げておられた。彼は周りに協調できない性格で、アメリカでは自分のしたいように研究でき、他人がどう感じるかを気にする必要はなかったという。そのおかげでノーベル賞まで昇り詰めたというわけだ。

 眞子さまも祖父である川嶋辰彦氏の緊急入院などで大変だろうが、早く結婚なさってアメリカに住まわれ、一般人として自由を謳歌なさって欲しいものだ。愛し合って籍を入れるのは本人どうしの自由であるはずが、皇室に生まれたことで、あのような騒動になってしまっている。

 それにしても、「君臨すれども統治せず」といった立憲君主制のヨーロッパ的王室が比較的自由な行動を取れるのに、日本の皇室がかしこまった行動を余儀なくされるのは、どうしてだろうかと思わざるをえない。英国のロイヤルファミリーと日本の皇室を比べても、英国の貴人は表情も豊かで、庶民的な自由を多少なりとも味わっておられるのに、皇室の方々は、いつも軽く微笑まれた一定の表情に納まっておられる。これはひょっとすると、天皇日本国憲法で「日本の象徴」とされて財産を国に握られ、「象徴」としての役割を担わされてしまったからかもしれない。「象徴」としての人間は一般国民ではないから、選挙権も、表現(言論)の自由や結婚の自由だって奪われてしまうわけだ。

 国の象徴となれば御旗のような要素も加わって、国民の期待を裏切るような行動は慎むようになり、そうした心配りが立ち居振る舞いや服装・装身具の固定化を促したようにも思われる。しかし、昭和天皇が「人間宣言」をされたのだから、もっと普通の人間に近付いて、英国のロイヤルファミリーのように、ある程度意見を自由に述べられたり、女性は好みの恰好で外に出られても良いのではないか。もっとも「皇室典範」違反になってはと、取り巻き連中は必死になって止めるだろうが、個人的には「ヒゲの殿下」こと寛仁親王(ともひとしんのう)のような自由な雰囲気を湛えた貴人が、皇族からどんどん出てこられることを期待している。

 日本国憲法の「象徴」は、GHQ草案には「symbol」と書かれていて、それを邦訳したわけだが、この曖昧な概念の言葉に対して、それでは天皇は君主かということについては、「象徴は君主ではない」とか「君主だからこそ象徴になりうる」とか「日本は現代型の君主による立憲君主国だ」などと知識人はいろいろ言っている。「非君主説」では「『象徴』は主権者の枠外で、主権者として統治権の一部を有するのが君主の要件なので『君主』とは言えない」と主張する。

 そのほかにも「国民主権下の君主制」だとか「憲法に書かれているのだから、権限が無くてもれっきとした君主だ」とか、「統治に関わらないあくまで象徴としての君主」だとか諸々の言い方があって、どれが明解かも分からない、ということは今後も時の政権によって天皇の解釈がいかようにも変わる可能性があるわけだ。

 日本の歴史を振り返ると、武士の時代に「天皇」は国の統治権を失って以降、様々な権力者に統治の「お墨付き」を与えるなどして利用されてきた。政治権力を失った王が、その後も存在感を保ち続けてきたというのは、日本の伝統・文化の一部であったことを意味している。明治以降も維新政府の神輿に乗せられ、そのまま太平洋戦争の終わりまで武士たち(軍部)に利用されてきた。「象徴」的な役どころは鎌倉幕府の時代から連綿と続いてきたのだ。GHQもこの日本人の心に深く根ざした伝統を配慮し、天皇制を廃止しなかった。僕は廃止論者ではないが、いつの時代にも「天皇」が時の権力者に利用され続けてきたことを危惧している人間の一人ではある。

 その最大の理由は、真鍋淑郎氏の記者会見でも明らかなように、日本人は未だに聖徳太子の「和を以って尊しとなす」という感性を持ち続けており、国の有事においても一つの考えに凝り固まってしまい、異なる意見を吟味せずに「ウザイ奴だ!」と糾弾・排除しながら挙国一致的に団結し、同じベクトルに流れていく傾向があることだ。もちろん権威主義国家ならどこでもこの傾向は見られるが、民主国家である日本の風土に、この傾向が根雪のように残っていると感じるのだ。

 世界情勢を見ても、現在では非民主主義国が民主主義国を凌駕し、権威主義国家の台頭が目立っている。恐慌的な不景気が訪れれば、日本だって戦前のような社会状況に陥ることもあるだろうし、そんなときにヒトラーのようなアイドル的な政治家が出てきて、民主主義の歴史の浅い日本を、いとも簡単に権威主義国家に戻してしまうことだってありうる。そしてその独裁者は過去の連中と同じように、天皇を利用しようと擦り寄ってくるだろう。あるいは好戦的国家であるアメリカ親分の同調圧力に屈する場合があるかもしれない。アメリカの政治は大統領の人格次第で変わるのだから。

 もしそんな状況が日本を襲ったなら、象徴天皇は一般大衆とは異なる立ち位置で俯瞰され、「平和主義」のお立場から、国民がそのような独裁者や外国の口車に乗ってはいけないと思われるだろう。国家暴走の主要因が独裁者のアジテーションに焚きつけられた国民の激情であることは、歴史も証明している。独裁者はにわか仕立てのアイドルかも知れないが、天皇は神代の時代からのアイドルであり、伝統的な日本の文化だ。「象徴」だから政治には口を出せないと思ったら大間違いである。

 特にいままで口を閉ざしてこられたのだから、思いのたけを語る絶好のチャンスだ。出てしまった言葉は、仮に勇み足と思われても、もう収集はできない。越権行為だと政府から批判を受けようが、ご自身の意見を真摯に述べられれば、それは国民の心を大きく動かすに違いない。政治家の暴言は糾弾されるが、天皇の正しい意見は血迷う国民を覚醒させる。「天皇制」に意義があるとすれば、今後来るかも知れない暗黒時代において、「平和主義」のお立場から国家の暴走をとどめる「隠し玉(切り札)」としての役割が大きいのではないだろうか。「帝、そのときには言ってやってください!!」

 


奇譚童話「草原の光」
十八 いざ出発!

 で、空飛ぶ円盤は、アインシュタインが基地に着陸した中古品を使うことにしたんだ。これはウニベルとステラが地球にやって来たときの年代物で、チッチョが貸してくれるって言うのさ。古くても自動バージョンアップ機能が付いてるから、新品とそれほど変わらない。でも、万が一自動運転装置が壊れたときのために、運転のできる人間が必要だった。そしたらヒカリが、アインシュタインがいいって言うんだ。
「でも彼は宇宙法に違反した罪人だよ」ってチッチョ。
「でも宇宙に詳しい人が必要だよ」ってヒカリも反論した。
「じゃあこうしましょう。私たちの知らない間にアインシュタインを連れて出発すればいいわ」ってチッチョリーナは、目をつむることを約束したんだ。

 搭乗員はみんなアンテナの付いた帽子を被せられた。それからチッチョとチッチョリーナは、大きく息を吸ってからトロンボーンのような口をもっととんがらせて乗員一人ひとりに息を吹きかけたんだ。するとシャボン玉のような鼻提灯が出てきて一人ひとりを玉の中に閉じ込めて、頭のアンテナから赤い光を順番に当て始めたんだ。これはきっと近赤外線だな。すると玉の中で細胞が分裂するように、一人が二人に分裂したんだ。できた分身は、ちゃんと頭からアンテナが生えてた。これで、オリジナルのアンテナからリアルタイムで送られてくるダークマター信号を感知して、オリジナルの考えと同じ行動が取れるってわけさ。

 で、みんな鼻提灯を破って出てきて互いに握手したんだ。
「君は僕で僕は君」
「あたしはあなたであなたはあたし」
「アンテナ以外はみんな同じ」ってなわけで、オリジナルと分身は一体感を強めたのさ。

 分身たちはさっそく家の外に吊るしてあったアインシュタインを担いで駐機場に向かい、みんなもぞろぞろ付いていった。分身たちは直径二メートルしかない円盤に次々に乗り込んでいった。当然、みんなの体は瞬時に縮小される。円盤の中は宇宙空間仕立てで、地球の物理学は通用しない次元なんだ。そしてウニベルがうろ憶えで自動運転のモードにして飛び立ったんだ。外のみんなは拍手して見送ったな。
 円盤の中では、さっそくバスタブが引き出され、水を入れてアインシュタインをぶっ込んだ。アインシュタインはものの五分で、元の姿に戻ったのさ。

「ハイ、君たちが私を戻した理由は?」って、アインシュタインはお礼も言わずに聞いたな。
「それは君が天才だからさ」って先生は返した。
「天才? シリウス星人から見れば、普通の人間さ」
「どっちにしろ、この円盤は僕が運転して地球に来たけど、それはチッチョのそっくりさんになったからできたんだ。いまの僕はカメレオーネだから無理さ」ってウニベル。
「で、どこに行く?」
「カメレオーネ星」ってステラ。
「そこは昔、僕たちが住んでた星さ」
「でもあそこは昔とは違うぜ。いまはジュピターが支配する戦いの星さ」
「でも、僕の勘では、アインシュタインおじさんがいると、いいことがあるんだ」
 ヒカリが言うと、アインシュタインはベロを出してウィンクした。
「そうさ、私はあの星には詳しいんだ。円盤が壊れたときにも修理ができるからな」

 さっそくアインシュタインがどこからか黒い玉を二つ出して、バスタブの中に放り込んだ。すると五分ぐらいで二人のサービスロボが出来上がったんだ。彼らはバスタブを引っ込めたあと、一人が「バカンス!」って叫ぶと、操縦室は広い白浜の海岸になってカラフルなパラソルが開いて、デッキチェアが並んでる。みんなそれに座ると、サービスロボが椰子の実を割ったジュースを持ってきた。で、みんな美味い美味いって言いながら飲んだのさ。きっとみんなバーチャル空間の出来事なんだ。
 でも自動運転だから、こんなことしながら目的地に着いちゃうんだよ。普通に行けば十年ぐらいかかるけど、ワームホールを使って隣の時空に入ってから元に戻れば、三日で行けちまうんだ。だから、三日間砂浜でのんびりしてれば行けちゃうのさ。

(つづく)

 

 

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奇譚童話「草原の光」十七 & 詩


海辺の英霊

(戦争レクイエムより)

水平線はるか彼方に
かつて生まれた天国があった
嗚呼我が故郷 あふれ出る狂騒
いまは潮風囁く珊瑚の浜辺に
我がしゃれこうべは白砂と化し
平穏の時を波と戯れる
生き抜くための戦いを潤す
黒赤く膨れた血袋は朽ち
罪深き心もろとも波に洗われ精粋に
いまここにあるのは白魚のごとき無感情
いまだ戦い終えぬ息子たちよ
死に際のひとときに悟る心が芽生えよう
舞い上がるために力尽きたその先を
人生は死ぬための滑走であると…
そこは宇宙という悠久の無機質
あらゆる希望が溶け出る無限… 

 

美しい炎の家から
(怨霊詩集より)

さあ見てごらん
黄金色に輝く炎がほんの小さく
白亜の家のベランダから
真夏の夜の晩餐に
君とフィアンセと
善良そうな老夫婦が
まるで花火を見るように
金串に刺さった肉塊を宙に浮かせ
あの男の住んでいる方角だと囁きあい
なにかしらの期待に胸を膨らませながら
フラッシュオーバーを待ち望む

君はきっと女の勘で
豆粒ほどの黒赤い炎が
ドロドロとした血の燃える色だと
肉汁のような額の汗を罪なき手の甲で拭いながら
呟くだろう あの人だわ…
消滅すなわちカタルシス
僕からのささやかなる贈り物、いや大いなる…
しかし解放された気分は僕も同じ

さあピンク色の煙は
天に向かう僕の魂です
まるで赤子の肌のようなわがまま色
ピエロの最終興行ではありきたりの
おふざけの余興ではあります
さようなら 誤解をしないでおくれ
君も僕も解放されたのだ
だからウェルテルではない
不評はなはだしい下衆なストーカー
針穴のごとき視野、猪突猛進 しかし大いなる誤解だ 

煮え立つ血潮は地獄の釜 薪をくべるやつがいるんだから
いいだろう下卑た感情 悪しき遺伝子
捨てた人生はすべて拒否してきました
君だけを除いて おかしなことに君だけを…
単に君だけを除いて 君だけだった…
嗚呼 僕はクレームを付けに地獄に昇っていく…

 

ドッペルゲンガー
(怨霊詩集より)

おいここは俺が寝るスペースだ
この世界にも階級制度があってね
人が寄ればどちらかが偉いに決まっているのさ
ところで俺の顔に見覚えはないかい
そうさ出来の悪いクラスメイト
人生ほとんど野宿暮らしの人間さまだ

おいお前は秀才だったな
いったいどうした落ちぶれようだ
飲む打つ買うのどちらでしょう
会社の金をちょろまかし、女に貢いでム所暮らし
社会に戻ればスッポンポンで公園暮らしときたもんだ
体たらくの方程式は 神代の昔からのお定まり
ご先祖さまから綿々と引継いできた
欠陥遺伝子というやつさ

低空飛行の人生と乱気流の人生じゃ
どっちを選べといっても好みの問題
どのみち行き着く先は地獄の三丁目
しかし俺は空中分解などせずに
地獄の底に軟着陸だ

少しは楽しい思いをしたお前と
夢の中で一生を終わる俺と
どっちが楽しいかも難しいな
お前は今を呪い 俺は人生を呪う
お前は運命を呪い 俺は生まれたことを呪う
お前はきっと人を呪い
俺はきっと世界を呪う

ところで俺がお前の影法師だとしたら
お前は腰を抜かして泣き出すだろう
びったりお前の人生を操ってきたのだから…

 

 

奇譚童話「草原の光」
十七 シリウス星人はロボットだった

 秘密基地は広い円形の広場で、空飛ぶ円盤がいっぱい停ってる。ドアが開いて、みんな外に出たけど、母さんは干物になったアインシュタインを肩に掛けて出てきた。すると、街のほうからチッチョを先頭にヒカリや先生や宇宙人もエロニャンもモーロクもカメレオーネも大勢がやって来て、母子、兄弟の再会を祝ったんだな。
 でも当人たちはハグしても、そんなに喜んじゃいない。先生がそのことを聞くと、「僕も分身なのさ」って答えが返ってきた。本物じゃないから、母さんを見ても嬉しがらなかったんだな。なんでもシリウス星人は、いろんな星に行きたいもんだから、一人が千人の分身を持っているんだって。で、だいたい本物は生まれ故郷の星に家族と暮らしていて、家のVR室でカウチに寝そべってポテトフライを食べながら、分身たちの冒険を楽しんでるんだってさ。だから地球にいるシリウス星人は全員が干物仕様のロボットで、地球にやってくるときは干物になってやってくるんだな。本人が家族と一緒なんだから、分身の家族が再会したってそんなに感激しないってこと。だって分身は、ダークマター通信で、本人と同じことをリアルタイムに考えてるんだからさ。

 でも本人が同時に千人の分身の行動をコントロールするなんて不可能さ。だから普段の分身は、本人が取るだろう判断を自動的に予測して、スムーズに動いてるってわけさ。分身たちの行動は、あらかじめ自分の考えをコンピュータにインプットしてるから、千人いたって自分の思うとおりの動きができるんだ。たとえ分身がやったことを本人が満足しなくても、それは本人がやったことになるのさ。だって本人と分身の違いはないもの。本人は分身であり、分身は本人だから、本人が分身を叱ることなんかありえないのさ。分身が変なことを仕出かしても、やっちまった!って自分が後悔するだけさ。だってこれは、分身がいなくても、誰でもおんなしことなんじゃないの。

 それでもおかしくならないのは、人の考えることなんて、みんなだいたい同じよね。で、今回の場合はお尋ね者の分身を捕まえたんだから、裁判が始まるまでは牢屋に入れとかなきゃいけないんだ。でも、牢屋なんて宇宙人の基地にはないさ。地球の宇宙人はみんなロボットなんだからさ。干物にすればいいんだ。で、チッチョは干物になったアインシュタインを自分の家の軒下に吊るして、洗濯ばさみで止めたのさ。

 それからシリウス星人は来た人たちを自分の家に招いたんだ。大きな洞窟の中にある透明な泡が彼らの家さ。石鹸の泡みたいにたくさんの泡が固まって高い洞窟の天井まで届いているんだ。泡の高層ビルだな。チッチョと家族は、先生とヒカリとその住人、アマラ夫婦とカマロ夫婦、それにウニベルとステラを招待したんだ。みんながエレベータの泡に乗ると、エレベータはシャボン玉みたいにふわりと浮いて、高層まで飛んで、一個の泡にくっ付いたんだ。すると、くっ付いたところに穴が開いて広がり、泡の家に入ることができた。

 入ってみると、すごく広く感じて、そこはシリウス星人の星だった、っていうか、みんながホームシックにならないように、泡の内側全体がバーチャル世界になってたんだな。でも、これはリアルタイムの映像で、みんなの家にシリウスから送られてくるんだ。
 シリウス星人は元々家を持たないで、大自然の中で野宿をしてる。エロニャンと同じさ。わらの家とか木の家とかレンガの家とか、とにかく家ってのは、怖いから囲いを作りたいだけのことなんだ。怖いことなんか何もないところでは、野宿があたり前なのさ。
 でもほかの星に来ると、宇宙人は自己主張しちゃいけないってのが宇宙の決まりなんだ。地球だって、文明の発達した人たちが自己主張したから、ほかの文明がどんどん潰れていったものね。アインシュタインがそのおきてを破って自己主張したから、大きな爆弾ができて、地球の文明もおかしなことになっちゃった。宇宙人は宇宙人らしく隠れてなきゃいけないんだ。脳ある鷹は爪を隠すって言うだろ。

 シリウス星人の星は、シリウスから百番目の惑星で、シリウスがちょうど太陽ぐらいの大きさに見えてる。でもって、カメレオーネの星は百十番目の惑星なんだ。
 ウニベルとステラは感激して、自分たちの星が見えないかなあってお空を探したけど、ちょうど昼間でシリウスが明るすぎて、ぜんぜん見えないんだな。チッチョはガッカリしてる二人を見て、「じゃあ昨日の夜の映像を見せるよ」っていって夜景に切り替えたんだ。すると、夜空に十個の惑星が浮かび上がって、いちばん小さな星がカメレオーネの星だったんだ。その星はガスに覆われていて、そいつが目だとすると、ちょうどカメレオンの尖った頭や大きく開いた口や、長いジェット噴射が見えるから、一目見ただけでカメレオーネの星だって分かるんだな。二人は「これこれ、これが私たちの星」って言って長い舌を伸ばしたから、舌がドームの壁にぶつかってくっ付いちゃったんだ。二人は慌てて引っこめたから、シャボン玉はパチンと割れて、チッチョの家はなくなっちまった。すると下の家の屋根が開いて、みんなその家に避難することができたのさ。

 その家にはチッチョの仲間のチッチョリーナが住んでいたんだ。チッチョが家の壊れたわけを説明すると、チッチョリーナも手伝ってチッチョの家を再建することになったんだ。二人は家の屋根に出てピンクの体を赤くしながら、大きく息を吸ってからトロンボーンのような口をもっととんがらせて息を吐き出したんだな。すると二つの鼻提灯が出てきて、どんどん大きくなってくっ付き、二部屋もあるチッチョの家ができ上がった。宇宙人の家って簡単にできるんだな。

 でもって、一つの部屋はシリウス星人の故郷、もう一つはカメレオーネの故郷をずっと映すことになったんだ、ウニベルとステラは何万年ぶりに今の自分の星を見ることができるようになったんだな。ウニベルが「拡大、拡大!」って叫ぶと、星を覆っていたガスを突き抜けてカメレオーネの星がはっきり見えてきたんだ。それはまるで地球みたいな青い惑星だった。二人は感激して、ステラは「もっと拡大、もっと拡大!」って叫んだんだ。すると惑星はどんどん大きくなって、とうとう海と陸が見えてきたんだな。二人はさらに「拡大、拡大!」って叫び続けると、とうとう映像は陸の上に転げ落ちちまった。そこはエロニャンの住む野原とそっくりだったんだ。

 でもカメレオーネは一人もいない。すると先生が叫んだな。
「ここは大昔の地球じゃないのかね!」
 先生は、遠くからこちらに向かって走ってくる恐竜を見て言ったんだ。体長五メートルくらいのサイみたいな恐竜が、体長十メートルくらいの口の大きな恐竜に追いかけられてる。サイみたいのは命からがら森の中に駆け込んだけど、大きな恐竜は木に邪魔されて諦めたんだな。するとその大型恐竜が「ウパパラパラチョビレ!」って大声で叫んだんで、ウニベルもステラもビックリしたんだ。
「あれは何語だね?」って先生はウニベルに聞いたら、「カメレオーネ語さ」ってウニベルは答えた。
「チキショウ、戻って来いよって意味よ」ってステラ。でも、若いカメレオーネたちはカメレオーネ語なんか知らないから、不思議な顔してたな。
 すると、いろんな形の大きな恐竜たちが百頭くらいやって来てケンカをおっぱじめたんだ。
「カラクソポチャソボロ!」「ハメハメハラポッチャ!」「クソクソナメチョビレ!」なんて怒鳴り合ってるのを、ステラは「やるかこの野郎!」「噛み殺してやるぜ!」「それはこっちの台詞だい!」って訳したな。それからすごいケンカがおっぱじまって、大地が地震みたいに揺れて、映像もゴチャゴチャになって、チッチョは思わず通信を切っちまったな。

「あの恐竜たちはいったい何なの?」
 ステラがチッチョに聞くと、「君たちの子孫じゃないか」って返事が返ってきたので、ステラもウニベルもほかの連中もオッタマゲたんだな。そういえばカメレオーネの星なのにカメレオーネは一人もいなかったんだ。
「だからあれがカメレオーネの子孫なのさ」ってチッチョは言って、ステラとウニベルが地球に来たあとのカメレオーネ星の歴史を説明したんだ。

 そいつは長い説明だったんで短く話すと、要するに何にでも変身できるカメレオーネたちは、自分の姿に飽きた時期があったんだ。彼らは小さいことにコンプレックスがあったんだな。で、爬虫類でいちばん大きいのが昔地球にいた恐竜だってことを知ったんだ。それで、仲のいいシリウス星人に頼んで、地球の恐竜図鑑を資料として持ち帰ってもらったってことなんだ。で、一時期恐竜に変身することが流行ってさ。みんなが大きな恐竜になって楽しんだのさ。
 でも、それは大きな失敗だったんだ。シリウス星人は、南極の氷の下にあった、冷凍保存の草食恐竜と肉食恐竜をカメレオーネに贈呈したんだ。確かアダムとイブっていう名前だったな。でも、図鑑と違って、そいつらの体の中には恐竜の脳味噌も冷凍保存されていたんだな。カメレオーネはそれを知らないで、全部入りで真似ちまったんだよ。
「で、変身の術は?」ってウニベルは心配そうに聞いた。
「脳味噌まで恐竜になっちまって、そんなことができるかい?」ってチッチョ。
「じゃあ、カメレオーネに戻れなかった?」
 ステラは大きなため息をついた。
「たぶん、カメレオーネは絶滅したんじゃないかしら。いえ、恐竜に進化したってことかしら」ってチッチョリーナ。
「絶滅したのさ。だってあれはカメレオーネじゃない。カメレオーネ語を話す怪物だ」

 ナオミ、ケントと先生は、その話を聞いてモーロクとエロニャンのことを考えたんだ。もともと彼らは同じ人間だったのに、流行病が流行ったおかげで、別れちまった。でも、モーロクもエロニャンも、恐竜よりはずっと大人しいことに気が付いたのさ。モーロクはケンカするけど、殴り合いなんかしたことないんだ。エロニャンはみんな仲良しさ。だからモーロクもエロニャンも、これから一緒にやっていこうって思ったんだ。だから、恐竜に変身しちまったカメレオーネが可哀そうでしょうがなかった。

「で、カメレオーネは一人もいないの?」ってナオミはチッチョに聞いたんだ。するとチッチョは首を振った。
「誰もが恐竜になろうなんて思わないさ。今でもずっとカメレオーネの姿の人たちはいるんだ。でも、山奥でひっそり暮らしてるのさ。彼らは、恐竜がやって来ると木や岩に変身して身を隠すんだ。そのままだと食べられちゃうからな。で、細々とだけど、生き残っているのさ」
「それはすばらしいことだわ!」ってステラは叫んだ。
「だけど、あの星に戻るべきじゃないわ」ってチッチョリーナ。
「どうして?」
「だって、あの星は何万年も戦場なんだよ。弱肉強食の世界なんだ。強い者がえばって、弱い者がおびえる世界なんだ。昔の地球のような星さ」ってチッチョ。
「でも僕たちは、死ぬまでに一度だけ、故郷の星を見てみたいんだ」
 ウニベルが言うと、チッチョリーナはポンと手を叩き、「いいアイデアがあるわ」って言った。
「あんたたちの分身を作るの。私は千一人のチッチョリーナの一人。いろんな星に行きたいなら、千人の分身を作ればいいわ」
「でも僕たちは故郷の星を見たいだけなんだ」
「今のカメレオーネがどんなことを考えているのか知りたいだけよ」ってステラ。
「だったら、分身は二人で十分ね。ウニベルの分身、ステラの分身。作成には数秒かかるわ」
 てなことで、さっそくチッチョリーナはウニベルとステラの頭に、アンテナの付いた帽子をかぶせた。この帽子は瞬間的に二人の考えや性格を全部コピーして、彼らが考えなくても自動的にアバターの行動を考えてくれるんだ。それで二本の角のようなアンテナからダークマター通信で、自分の考えたことを遠い星のアバターに瞬時に送ることができるのさ。

 するとジャクソンも、行ってみたいって言い出したんだ。
「だって、僕の祖先がどんな星に住んでいたのか知りたいもの」
 するとジャクソンの相棒のヒカリも、行きたいって言い出したのさ。そしたら、先生もナオミもケントもヒカリが心配で一緒に行くって言い出した。
「いったい、モーロクの子供たちを助ける話はどうなってるの?」ってアマラはヒカリに聞いた。するとヒカリは、「僕には子供たちを助ける方法があの星にあるような気がするんだ」って言うんだ。ヒカリは第六感がきっとあるとみんな思ってたから、アマラも納得したな。それで乗員全員のアバターを作ることになったんだ。

(つづく)

 

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エッセー 「真鍋淑郎氏のノーベル賞受賞で思ったこと」& 詩 &奇譚童話「草原の光」十六

エッセー
真鍋淑郎氏のノーベル賞受賞で思ったこと

 今年のノーベル物理学賞に真鍋淑郎さんが選ばれた。真鍋さんは地球温暖化研究の先駆的存在で、気象学という人間の生活に直結する分野の人が物理学賞を受賞すること自体が驚きだった。いままでの物理学賞は、宇宙物理学のように生活に直接関係しないような研究が多かったからだ。

 選考したスウェーデン王立科学アカデミーは、「地球温暖化」という人類の未来を左右する問題への各国の覚醒を促す意味で、意図的に選考したものと思われる。そこには人々が生活体験を通して考えることのできる「哲学」や「思想」と、「物理学」というほとんど遠い存在の「科学」との距離を近づける意図もあったのではないだろうか。いまの世界は、「温暖化メカニズム」という純粋な「科学的真理」を用いて人類に警告を発しなければ、そしてそれに各国が応えなければ、後戻りできない状況に陥ることは明白だからだ。真鍋さんの受賞が、温暖化対策への各国の真摯な取組を促すことに期待したい。

 ショーペンハウアーは著書の中に「文献学者ども」という言葉をよく出して、バカにしていた。文献学は「書かれたものに関する学問」で、重要な学問領域だから、文献学者が軽蔑されるいわれはないが、彼の言う「文献学者」は少々ニュアンスが違うようだ。

 彼は哲学者だから哲学の分野で限って言えば、非難の対象となった「文献学者」というのは、哲学史づくりに不可欠な文献学の専門家ではない。先人たちを研究するばかりで、過去の哲学を正しく批判したり、それらを超える新しい哲学や独自の哲学を創り出せない哲学者を指しているのだ。当時はヘーゲル哲学が超人気で、彼の哲学は長い間アカデミーから無視されてきたから、熱狂的ヘーゲリアンの大学教授や学生などへのあてつけかも知れない。しかし哲学者がすべて「文献学者」になってしまえば、そこで哲学の歴史は終わることも事実だ。当然のことだが、科学分野でも「文献学者」ではノーベル賞はもらえないし、「文献学者」ばかりになれば科学の歴史も終わってしまう。

 哲学に限らず新しい学問を生み出すためには、過去の学問を研究して、その不合理な部分を批判できなければ難しいだろう。つまり先人のおかしな所を見つけ出して、そこから自分なりに新たな学問を構築する必要がある。ニーチェだって、若い頃は優秀な文献学者だった。彼はその知識を吟味しながら、また違った哲学を展開したわけだが、所詮哲学は自然法則とは違い、新しい哲学を展開したところで、思想や文学のカテゴリーから抜け出すことはできなかった。それは人文科学の宿命でもある。

 昔は哲学と自然科学は隣接していたけれど、科学は自然法則に基づいて進化し、人間という特殊な動物の脳内に留まる哲学的観念とは乖離してしまった。哲学が置いてきぼりを食らったといっても過言ではない。それでも科学は人間の思いつきで進化するから、科学的思考も哲学的思考から派生したものであることは確かで、哲学の中の文学的な妄想部分が捨象されながら、純粋に科学的なものに発展していった。例えば、科学的真理の発見段階には数多くの「仮説」が存在し、真理が発見されると、一つを除いたすべてが科学者の妄想だったとして捨象される。しかし、どれか一つは真理となるわけだ。

 もっとも、科学だろうが哲学だろうが、思考そのものにメスを入れて、そのメカニズムを追求しようと思えば、科学的なアプローチ以外にはなくなってしまう。その代表的なものがブラックホール関連で昨年ノーベル物理学賞を受賞したロジャー・ペンローズの「量子脳理論」というオカルト的な仮説だろう。これは脳内の情報処理には量子力学が深く関わっているというものだ。

 この仮説で「臨死体験」を説明すると、脳で生まれる意識は宇宙世界で生まれる素粒子よりも小さい物質で、重力・空間・時間に囚われない性質を持つため、普通は脳に納まっているけど、心臓が止まると意識は脳から出て拡散する。しかし蘇生した場合は脳に戻り、蘇生しなかった場合は、その意識情報は宇宙にあり続けるか、別の生命体と結びついて生まれ変わる、というもの。これが本当なら、そこらに幽霊が飛んでいて、たまにはどこかの新生児に憑依する可能性も真実となる。ノーベル物理学賞の学者が、ギリシア哲学みたいなことを考えるのだから、やはり科学の根本には哲学が存在するのだ。

 もし哲学が人間の真理を突き止める学問なら、「仮説」を「哲学」と考えてもいいだろう。哲学の歴史は真理を求める「仮説」の歴史なのだし、未だに究極の真理は発見されないのだから、いろんな哲学者がいろんな仮説を展開しているだけの話だ。もっとも科学的真理だって、「大統一理論」みたいな新しい宇宙理論が完成し、それが真理として認められれば、それまでの真理(法則)が誤った仮説に格下げされる可能性もあるだろう。

 科学的真理について言えば、過去には天空が地球の周りを回っているという仮説が真理とされ、「地球が回っている」という正しい真理を主張したガリレオのような哀れな科学者も出てくるわけだ。マルクスは社会を動かす「真理」を発見したと思ったが、結局それは仮説に留まり、仮設は「主義」と名前を変えて共産主義国家が出来上がった。しかしガリレオも、彼を排斥した宗教哲学者も、当然マルクスだって「人間は真理を発見するために考える(努力する)動物である」というパスカル風の「真理」を認めていたに違いない。きっとその「考える」というやつは、それ自身が「思考する現存在(私)」という真理で、それは社会や人生や環境をよりよい方向に持っていくための方法論としての「真理」なのだ。

 現在では哲学と科学は乖離していても、人間が脳味噌で科学を考えるかぎり、あるいはAIでないかぎり、一人ひとりの脳内には観念のように哲学が生き続けている。科学者は自然法則漬けの毎日を送りながら、脳味噌の別の部分で宗教だとか人類愛だとか名声だとかの観念を弄んでいたりする。この観念は経験知が固定化された人生観のようなものだから、科学法則的な裏づけには乏しいし、時代的な背景や条件によって激変する危険性を秘めている。世界大戦という時代の主流観念によって、自然淘汰という真理を「優生保護」という思想に変え、人為的に行ったのがアウシュビッツだろうし、核分裂という真理を殺人目的に応用したのが原子爆弾だ。

 現代の哲学者は「文献学者」と揶揄されるのが嫌で色々難しい脚色を施し、独自性を出そうとしているが、ますます難解になるばかりで、人々の感性と乖離し続けている。これは現代文学現代アート、現代音楽なども同じで、好事家のマスターベーションのようなものにも見えてくるが、ダイバーシティの観点からは自然な流れとも言える。多くの人間が保守的なぬるま湯に浸かりながら、癒しのメロディー繰り返し聞いている中で、ある種の尖がった人々は、哲学や芸術まで繰り返しで終わらせたくはないと思うに違いない。

 問題なのは核兵器や温暖化など、いまの世の中が人類にとって最も危機的な状況にあることだ。特に地球温暖化問題は、喫緊の課題になっている。そんなときにこそ、哲学者も科学者も芸術家も「仲良しクラブ」という殻から飛び出て、共に持てる叡智を発揮し、誰をも納得させることのできる世界の方向性を示す必要がある。そのベクトルは、繰り返しの円環から飛び出すものでなければならないし、円環に留まる多くの人々を引っぱり上げるパワーがなければならない。真鍋氏のノーベル賞受賞は、人類が周回軌道の重力から抜け出すための推進力の一つにはなるだろう。  

 しかし、さらなるパワーが必要だ。真鍋氏を嚆矢として、乖離した科学と哲学は再び接近させなければならないし、さらには科学と哲学を融合させた新たな科学思想も出てこなければならないと思っている。しかしこれは非常に難しい。かつてアインシュタインサルトルという人気者がいたが、現在では社会を動かすことのできる哲学者や科学者など、想像することすら難しい。むしろ、国立競技場を埋め尽くすような人気アーティストのほうが適役だろう。

 当然のことだが、ショーペンハウアーが言う「文献学者」では、社会を動かすような思想は出てこないだろう。小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトリーダー、川口淳一郎氏は、イノベーションを生むためには固定概念や思い込みに囚われない自由な発想が重要だとして、弟子たちに既存の論文を読まないように促したという。哲学・科学分野に限らず、やたら知識が豊富なだけで、独自の学問を打ち立てられなかった学者も多い。良い発想を得ても、他人の文献にあったなと思い出せば、その後の展開は萎んでしまう。

 そういった人たちは創造力が不足していたのかも知れないが、偉大な先達を踏み台にしようとしてその思想にのめり込んでしまい、ミイラ取りがミイラになってしまったものかもしれない。「先達はあらまほしきことなり」とは、一概に言えないのが難しいところだ。しかし、世界全体を動かすような新しい哲学なり思想なりがなければ地球温暖化も御しがたく、地球の未来はますます厳しくなることも事実だ。

 自民党総裁選のお祭り騒ぎを見ても分かるように、相も変わらず国民に媚を売るような政策を並び立て、「ジャパン・ファースト」の視点で国を動かしていく方針が見え透いている。しかし、これからの政治は五十年後の世界を見据えて、国民に大きな負担を求めるものでなければならないはずだ。残念ながら、いまの政治は目先の山積した問題に対応するのが手いっぱいといった感じだが、恒常的にゆとりがないのは当たり前で、それでも将来を見据えていかなければならないのだ。「泣いて馬しょくを斬る」という諺があるが、既得権などで政府と癒着している産業界にも厳しい姿勢を示さなければ、地球温暖化という怪物に立ち向かうことはできないだろう。そんなときに求められるのが、政治家や企業家を含めて、誰をも納得させるような「哲学」なのだと思う。当然のことだが「何々ファースト」というのは、個人単位の利益を国単位の規模に広めたもので、環境汚染や戦争の材料になるものでしかない。

 アメリカはトランプ政権の「アメリカ・ファースト」で後退したが、哲学の発祥地であるヨーロッパでは、「地球温暖化」をターゲットにした大人の議論が活発で、社会や産業の構造転換を含む新たな方向性も示されつつある。しかし相手は地球規模の問題なので、ヨーロッパだけが先行してもにっちもさっちも行かないことは確かだ。世界中の国々が一つにまとまって共通の哲学や思想を持ち、それぞれの先進技術を出し合いながら進めていかなければ、遅きに失することになってしまうだろう。このまま手をこまねいていれば、人類も自然淘汰という科学的法則に呑み込まれていくことは必然だ。一縷の望みは、幅広い意味において、人類だけが考え続けてきた「哲学」なのだと思っている。それがいま求められるとすれば、社会や人生や環境をよりよい方向に持っていくための方法を「真理」にまで高める、難しい作業に違いない。
   



従軍画家

(戦争レクイエムより)

死体の折り重なる丘を彷徨いながら
手拭いで鼻を塞ぎ
「玉砕」のイメージを浮べつつ
許された時間の中で
一体一体、選び出さなければならない

丘のこちら側にはわが兵
あちら側には敵兵が固まって死んでいた
しかしキャンバス上では
両者が入り乱れなければならなかったのだ

見えない銃弾を考えては絵にならない
白兵戦で斬り合わなければ迫力に欠ける
わが兵は刀や銃剣で敵を刺さなければならない
死にゆく敵兵は目を閉じ
諦念の安らぎを得なければならない
わが兵は目を見開き、悔しさを滲ませ
後に続く兵たちに、怨念を伝えなければならない

しかし目の前には残念なことに
瓦礫と化した腐乱死体が転がるばかりだ
敵も味方も古びた雑巾のようにボロボロとなり
まるで、敵軍兵舎の横のゴミ捨て場だ
画家は「想像する以外にないな…」と苦笑いし
とりあえず怨念に溢れる眼だけでも探そうと思った

どいつも腐った魚の目のように淀んでいて輝きがなかった
あと二日ばかり早く来ればまだ増しだったと後悔した
画家は意欲をなくし、とぼとぼとボートに戻ることにしたのだ

しかし後ろから誰かに見詰められているような気がして振り返ると
腐乱死体の股間から飛び出した白い顔を確認した
遠目にも生きているように見えたのだから、しばらくは生きていたのだろう
画家はしめたと思い、踝を返し早足で戻ったのだ

それは美しい面立ちの少年兵だった
見開いた瞳は輝いていて、頬はかすかに微笑んでいた
蝿が三匹、鼻から出てきて飛び去った
少年は天国に旅立つ仏の顔付きで
求めていた怨念は微塵も感じられなかった
画家はチェッと舌打ちして、その場を立ち去ろうとした

するとその少年が話しかけてきたような気がしたのだ
「おじさん、久しぶり…」
画家は振り返って少年の顔をまじまじと見詰めた
仏の顔が、隣家の悪餓鬼に変わっていた

「嗚呼、こんなところで死にやがって……」
画家は号泣しながら画帳を開き
震える指で素描を始めた

 

 

奇譚童話「草原の光」
十六 チッチョの家族登場

 空飛ぶ円盤は直径二メートルぐらいの小さなやつなんだけど、中に入るとすごく広いんだ。入ったとたんに体が広さを計算して、自動的に十分の一になっちゃうから、快適に運転することができるのさ。干物のアインシュタインは体の中身が乾燥しちゃってるから、戻すには水分が必要なんだな。で、ジャクソンはしばらくアインシュタインのまま、スイッチを自動操縦にして、後ろの倉庫からバスタブを出してきたんだ。中に水は入ってなかったけど、小さな干物がたくさん入ってたんだな。アインシュタインが入れてくれって頼むから、ジャクソンはアインシュタインを入れて、バスタブの横にあったスイッチを押したんだ。

 するとバスタブにどんどん水が溜まっていくんだ。円盤が外の空気に含まれている水をどんどん吸収して溜めていくんだ。水が溜まると、アインシュタインを含めて中の干物たちがどんどん水を吸収して、どんどん大きくなっていくんだ。ものの二分で水が底をつくとまたどんどん水が溜まっていく。出来上がった連中はため息をつきながらバスタブから出て、アインシュタインは最後まで出来上がらなかったけど、ようやく吸い切って、バスタブから出たのさ。ジャクソンとアインシュタインは並んでみたけど、アインシュタインのほうが水ぶくれしてたな。でも、ジャクソンは安心して、もとのカメレオーネに戻ったのさ。

 でもって、ほかの連中はチッチョと同じシリウス星人で、チッチョの両親と、弟と妹、それに奥さんだったんだ。アインシュタインもカメレオーネ一族も、近くの星の出だけど、シリウス星人の身長は一メートル前後なのに、アインシュタインは一メートル七五センチ、ジャクソンは五十センチなんだ。
「ハイ! 私はこの円盤の持ち主、チッチョの母親の分身よ」
「ハイ! 僕はチッチョの知り合いの別の星の住人であるアインシュタインの分身」
「ハイ! 僕はカメレオーネ星人の地球移民の子孫で本物のジャクソンさ」
 ってなぐあいに、みんな自己紹介して笑いながら握手したんだ。

 なんでもシリウス星人は、長旅に出るときには、家族のそっくりさんを干物にして携帯するそうなんだ。昔はそっくりロボットだったけど、金属ロボットは荷物になるので技術改良して、乾燥すれば小さくなる干物ロボットに進化させたってわけさ。でも、時空を越えたダークマター通信を利用して、シリウスの惑星にいる本物の母さんとリアルタイムで話すことができるんだ。で、ようやくチッチョはシリウスの家族と再会できるのかといったら、そうでもないらしい。
「だってチッチョが円盤に乗ろうとしたら、あんたの祖先が円盤を乗っ取って、こんなちっぽけな星にやってきちまったんだからさ」って母さんはジャクソンに言った。ウニベルとステラのことを言ってんだな。
「でも安心して。チッチョは別の円盤に私たちの干物を乗せて地球にやって来たの」ってチッチョの奥さん。
「だから、この小さな星に、チッチョはおんなじ家族を二つ持つことになったのさ」ってチッチョの弟。
「でも、それがうざいなら、あたしたちは干物に戻ってもいいのよ」ってチッチョの妹。

「で、チッチョは僕のことをなんて言ってる?」
 アインシュタインが母さんに聞くと、母さんはニコリと笑って、「あなたは宇宙のお尋ね者だって言ってるわ」って答えたんだ。
「でも僕は分身で、本物じゃないさ」
「でもあなたと本物は通信している。その線を辿れば発信元が分かるじゃない?」
「じゃあ僕は、本物との通信を断つことにする」
「するとあなたは誰になるの?」
「白いキャンバスになるのさ」

 アインシュタインは腕を組み、無言になってそばの椅子に座った。するとアインシュタインの体から水分がバスタブに戻って、また干物になっちまった。それで円盤が慌てて喋り出した。
「操縦者を見出しません。自動運転を続けますか?」
「チッチョが宇宙人秘密基地へ着陸するように言ってるわ」って母さんが円盤に伝えた。
「分かりました」ってなわけで、空飛ぶ円盤は幅広い滝の裏の洞窟から秘密の基地に入っていった。

(つづく)

 

 

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奇譚童話「草原の光」 十五 & 詩


野に咲く一輪の花

地下道の石壁の中には
アンモナイトたちの無念さが塗り込められていた
さらけ出された地層の奥深く
草食恐竜たちは食われる恐怖で石となった
自然の落とし穴の暗闇から
落ちたカモシカの叫びが木霊となった
底なし沼の底には
なぜか石油が眠っていた
見捨てられたプランクトンの怨念が
漆黒の腐液となってわだかまり
激しく燃え尽きるチャンスを覗っていたのだ

人がいなければ、地球は無機物の塊だった
人がいても、地球は無機物の塊だった
きっと人間は、つかのまの幸せを時空に咲かせた月下美人
夢のように、夢であるから儚く、儚いから夢である存在よ
脳味噌の空回りが、一瞬の幻想と蒼ざめた快楽をアレンジしても
所詮は無機物で織り成すパルスのお戯れ
そいつは遠い無機宇宙に消えゆく希望の残渣
答えはない、重みはない、だから実感はさらさらない

そうだ、人間が無機の一部であるなら
きっと地底から湧き出た温水に乗って
空に投げ出された鉱物の末裔に違いない
だから、すべての希求はパルスになって
果てのない虚空に吸い取られてしまうのだ

嗚呼、無常の嵐よ
他人という
無数の無機物が蠢く冷ややかな地平
虚空に吸い取られた夢を
取り戻すこともできない時の流れよ…

なのになぜ、私は耐え続けることができたのだろう
それはきっと野に咲く一輪の花に愛着を感じるからだ
小さな花びらに感動することができるからだ
愛することが、無機のパルスでないことを
きっと科学現象の埒外であることを
信じることができたからだ
たとえそれが、イリュージョンだったとしても…

 

死後の世界(怨霊詩集より)

死んでしまったから言えるのだが
時の流れは生きる者の錯覚に過ぎなかったのだ
ちなみに街を歩いてみるがいい
生きていたときには見えなかった幽霊どもが
巷に溢れていることを知るだろう
時の流れは煎餅のように潰されて
だだっ広い平面になっている
路はまるで縁日でもあるように
幽霊どもで溢れかえっている
刀を差した武士や、平安貴族、毛皮を纏った縄文人にいたるまで
時代錯誤も甚だしく、ぶつかったと思ったらぶつからず
ただ幽霊のように互いを通り過ぎていく
恐ろしい数の幽霊たちが溢れていて
反発しあうこともなく、透過しながら蠢いている
偶に生者が歩いているが、そいつの体もすり抜けるから
何の問題も起こりはしない
中にはそんな幽霊を一瞬認める奴がいて
そいつは巷で霊能者と言われるらしい

嗚呼、死後の世界があると信じていた俺にとって
この状態はあまりに退屈そうだ
天国もないし地獄もない、あるのはこの現世だけ
生者と同じ場所にあらゆる時代の幽霊どもが同居しているのだ
そいつらは影のような存在で、声帯がないから言葉もなく
意思の疎通もないままに、ただひたすら蠢いている
そうだ、死者は生者の抜け殻なのだ
かれらはただ、生きた残渣として現世に留まっている
何も主張することなく、ひたすら漂っている
しかし脳もないのに、何かしらは考えているのだ
そいつを発信する手段はすべて奪われて
とりとめもなく考えているだけなのだ

どうせ恨み辛みを始めとした、ろくでもない
何の進展も促さない、屑の思考というやつだ
ひょっとして幽霊というものは
擦れ違いという、生者の基本が残っただけの話かもしれないが…

 

奇譚童話「草原の光」
十五 宇宙人との遭遇

 
 穴の下は長い階段になってて、左側が金属の手摺で右側がゴツゴツした壁なんだ。それに手摺は全体が明るく光ってる。どうやら左側はとてつもなく大きな空間があって、下の道も光ってる。水が流れる音もする。みんなは二百メートル近い底に向かってぞろぞろ降りてった。遠くにはすごく明るい部分が見える。光る道はそっちのほうに向かってるんだ。ドラクラのお抱えコウモリが二匹飛び立って、そこに向かって飛んでった。ドラクラも飛ぼうとしたけど、新妻のアデレとガールフレンドのチャルダが止めたんで、飛ばないことにしたんだ。体が重いから、あんまり上手に飛べないんだな。

 下に降りると、そこは古代人の街だったんだ。地上とは違って保存状態も良く、いつでも住めそうな感じだけど、本当に中から人が出てきたのには驚いた。そいつは一メートルくらいの背で、全体がピンク色していて、耳がいやに尖ってて、鼻がなくて口がラッパのように飛び出てたから、エロニャンでもモーロクでもない新種の人間に違いなかった。そいつはウニベルとステラを見つけると、「やあ君たち久しぶりだね」って言ったんで、二人は彼が友達の宇宙人チッチョであることが分かったのさ。二人はずっと昔、彼の空飛ぶ円盤で地球にやって来て、その円盤は地上の神殿に飾られて、いまジャクソンが修理している。
「やあ、久しぶり。君の円盤はこの上の神殿に飾られているよ。僕の子孫のジャクソンが、アインシュタインの力を借りて修理している最中さ。もう少し貸しといてくれないか。僕たちはあれに乗って故郷の星に戻りたいんだ」ってウニベルが言ったんだ。

 すると宇宙人の仲間たちが十人も集まってきて、チッチョは「アインシュタインが上にいるんだとさ」って言ったんだ。
「じゃあ逮捕しないといけないな」って別の宇宙人が言ったんで、ウニベルは慌てて「でも彼はとっくに死んでるんだ。いまは幽霊なんだよ」って弁解した。すると宇宙人はゲラゲラ笑うんだ。
「幽霊? 君は幽霊なんか信じるのかい?」ってチッチョ。
「でも死んでるのは確かよ」ってステラが答えた。するとまた、宇宙人は笑うんだ。
「じゃあ君たちは死ぬのかね」って別の宇宙人が聞き返した。
「私たちカメレオーネは死なないわ」
「だから、カメレオーネの幽霊はいないさ」ってウニベルが弁解した。
「それはなぜ?」
「さあ、なぜかしら」
「それは君たちが地球の生物じゃないからさ」ってチッチョが言うんだ。
「地球の生物は死んだと思うから死ぬのさ。でも、体を造る材料が分解しただけで、なくなったわけじゃない。もう一度バラけた材料を一つにくっ付ければどんな形であれ生き返るさ」って別の宇宙人。
「そうだな。生命はいろんな物質がくっ付いて生まれたんだ」
 先生が口を挟んだ。
「そうさ、例えば君が死んで腐って、小さな物質に分解するとする。その物質を利用して別の赤ちゃんが生まれれば、君は死んだことにはならないだろ。宇宙では変化するものはあっても、無くなるものはないんだ」ってチッチョ。
「だが、僕の心の営みは完全に消えちまう。それが死さ」って先生は反論した。
 すると宇宙人たちがまた笑うんだ。

「それは地球人だけの考えさ。例えば僕たちシリウス星人もカメレオーネも心身ともに死なない。何万年も僕は僕さ。なぜなら、心も体も常に自動的に、宇宙から新たな材料を吸収してリフレッシュできるから。君たち地球人は、草や土を食べて栄養を取るだけしかできないんだ。だから新陳代謝が不十分で、歳を取るのさ。宇宙人は、歳を取らない。なぜなら、リアルタイムで若返ってるから、あらゆる病気からもフリーだし、ケガをしたってすぐに修復できるんだ。宇宙の資源をいかに効率的に利用できるかが鍵なんだ」
 チッチョは言うと、奇妙な耳をナイフで切り落とした。すると一秒後には元の耳に戻ったんだ。これはきっと手品だな。
「俺たちカメレオーネより早いぜ!」って誰かが叫んだ。
「僕たちは、爆発的な化学反応を利用して体を修復する。君たち地球人は修復のスピードアップもできないだろ」ってチッチョ。先生は呆れた顔付きで、「確かに、君たちは我々より進化している」ってうなった。先生はふざけて落ちていた耳を自分の鼻の上にくっ付けたんだ。するとたちまち先生の鼻と口が一緒になってとんがっちまった。きっと宇宙人のとんがった口の中に鼻の穴もあったんだな、っていうか宇宙人にしてみれば鼻と口が別々なこと自体、意味のないことじゃん。穴なんか一緒で十分さ。

 どっちにしても先生は慌てて、元に戻してくれってチッチョに頼んだけど、彼は首を横に振って「無理だね」って言うんだ。チッチョに言わせりゃ、宇宙人の細胞がモーロクの細胞と違うことが分かるまで、三カ月かかるんだそうだ。三カ月後に、細胞どうしの関係が悪くなって、やってかれなくてポロリって落ちるんだってさ。それまで先生は口をとんがらせたままだってさ。可哀そうに。
 チッチョも調子に乗って、今度は反対側の耳を切り落としたんだ。地面に落ちた耳を拾い上げて、「誰か三カ月間宇宙人になりたい人」って聞くと、ハンナがヒカリから飛び出して、「あたし」って名乗りを上げたんだ。で、チッチョはハンナの頭に耳を乗せて、とんがった口から赤ワインみたいなものをかけたのさ。そいつはチッチョのつばきだったんだ。汚いね。

 そしたらたちまち頭から宇宙人になっていくんだ。ハンナは驚く暇もなく、尻尾まで完璧な宇宙人になっちまった。でもそれは、三カ月の有効期限があるんだな。
「なんだ、そんなに大きかったら僕の穴には入れないな」ってヒカリが悲しがると、チッチョはハンナに「昔のハンナを想像してごらん」って言うんで、ハンナはイグアナを想像したんだ。するとたちまちもとの姿に戻った。宇宙人もカメレオーネも、シリウスから来た連中はみんな、変身が簡単にできちまうんだな。で、ハンナは三カ月間宇宙人を楽しもうってまた宇宙人に戻ったな。
 これを見た先生は、「私にもつばをかけてくれって」チッチョに頼んだんだ。中途半端が嫌だったのさ。チッチョが先生の顔にペッと赤いつばきをかけると、先生もすぐに宇宙人になっちまった。で、昔の自分を想像して元の先生に戻れたのさ。で、それからまた誰かを想像したみたいで、綺麗な女性に変身したんだ。「マッ、マリリン先生!」ってナオミが叫んだな。マリリン先生は先生のプロポーズを撥ね退けた同僚の先生だったんだ。まだ未練があったんだな。

 ヒカリは見ていて、宇宙人が何でもできる人間に違いないって思った。
 「宇宙人が利口なら、眠り病の子供たちを目覚めさせる方法はあるでしょ」
 ヒカリがチッチョにたずねると、チッチョは呆れた顔で目を丸くして、「君ならきっと思いつくはずだ」って言ったのさ。
「僕たち宇宙人は、訪問先の星に手を加えてはいけないんだ。先進宇宙人会議っていうのがあってね。訪問先にどんなことがあっても、傍観しなきゃならないっていう条約を結んでる。アインシュタインは僕たちの仲間だけど、その条約を破って地球人に変装し、つまらない論文を発表したのさ。僕たちからすれば子供の論文だけど、結果として大きな爆弾ができちまった。先進宇宙人会議では、逮捕することを決めたんだ。彼は宇宙を逃げ回っているけど、地球に隠れているんじゃないかって思ってた」
「それではなぜ彼は歩けないのかね」って先生が聞いた。
「それは臆病だからさ。きっと長い間瓦礫の中に埋もれてたから、足をリペアする材料が不足しちまい、修復能力も失っちまったんだ」
「さっそく逮捕に向かおう」って別の宇宙人。
「待ってよ。円盤が修理されてからにしてくれない? あれで故郷に帰りたいの」
 ステラは慌てて止めようとした。
「それは無理さ。君たちも旅行ならいいけど、故郷に帰ることはできないんだ。先進宇宙人会議では、ほかの星への移住を禁止している。その星の生態系を掻き乱すからだ。君たちが故郷に帰ったら逮捕されるかも知れない」
 ウニベルもステラもそれを聞いてガックリとしたな。やっぱ故郷は故郷だもんね。

 チッチョは仲間たちとともに、先生たちが降りてきた階段を上っていった。でもちょっと遅かったな。アインシュタインに変身したジャクソンは、簡単に空飛ぶ円盤を直しちまったんだ。それで、干物になったアインシュタインを円盤の中に運んで円盤を浮かせ、神殿の大きな入口から外に飛んでった。チッチョはそれを見て、しまったって思ったな。自分の円盤をアインシュタインに取られちまったんだ。

(つづく)

 

 

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エッセー「シンギュラリティと愛護精神」& 詩 & 奇譚童話「草原の光」十四


嗚呼 女

妄想の中に現われ
現実の中に消える
理想という衣を纏う その女たち
刈り落とされる爪のように
消えては現われ 現われては消える 
あるいは泡 不気味な深海から 浮き出る魔性
幻影だが 心を激しく動かす 
なまなましい希求をはぐくみ
諦念の盾を捨て 思いをめぐらせる

触れることはできない 
しかし泡立つヴィーナスの誕生
陽炎のような透明な肌色
捕らえられない確かな存在が
茫漠とした人生を闇雲に絡め取り
実体はなくても 叩き 打ちのめす
浄化されたヘドロの吐息よ
それは女という理想だ

虚構のはかなさ
否定しながら期待する
人生を動かしているのは 
からかわれている証拠
消えろ、女霊たち!
妄想の中に息する魔女の群

 

エッセー
シンギュラリティと愛護精神

 AIの目覚しい進化で、社会も大きな影響を受けている。社会の機能がデジタル化され、より的確で効率的なシステムの構築が可能になり、社会の繁栄に役立っている。

 けれど当然のことだが、AIに指令を出すのはAIではなく、あくまで人間だ。「シンギュラリティ」は、AIが人間の能力を超える時点を意味していて、レイ・カーツワイル2045年頃に来ると予測している。この時からAIが自分で判断して、勝手にいろいろやり始める危険がある。つまりAIが総合的にも人間の知能を上回るなら、古の映画『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督)のように、AIによる人間への支配願望が出てくるのではないかと恐れられているわけだ。実際、人間は頭脳の劣る霊長類以下、人以外の動物を支配下に置いているのだから。動物愛護だとか保護は、人間の自由意思の範疇というわけである(一応法律はあるが)。

 昔の人間は動物愛護の考えなどなくて、モーリシャス島の飛べない巨鳥ドードーなどは1500年頃にやってきたヨーロッパ船員の食糧になって絶滅した。絶滅危惧種アホウドリも船員の好物だったし、人間によって絶滅した動物は他にもいるだろう。いまは動物愛護精神が世界的に広まっているから、そんなことはないだろうが、人間というのは所詮エゴイスティックなもので、生活やお金が絡んでくると「駆除」だの「密猟」だのをやり始める。つまり、人間活動の基本は「より良い生活」で「愛護精神」などはその下に位置するから、生活に困窮すれば黙殺されるのは当然の成り行きだ。極端なことを言えば、動物愛護精神の広まりは、豊かな生活の副産物のような代物なのだ。

 例えば、戦争は国民(庶民)が生活に困窮するところから始まる。過去には多くの政府が、国民の不平不満を受けて外国に進軍した。当然のこと、進軍された側の民衆は抵抗するだろう。しかし占領軍にとって、面従腹背の彼らは駆除すべき危険動物と見なされる。

 それでは不法移民はどうだろう。沖縄のマングースは駆除の対象となったが、この考えはメキシコからアメリカに不法入国しようとしているハイチの人々にも適応される。「在来種を守る」イコール「在来国民を守る」。彼らはアメリカにとって害獣なのだ。人間がエゴイスティックな動物であるのは、このことからも明らかだろう。時と場合によって、人間は同じ人間を動物(害獣)と見なすことができるわけだ。人間が人間を獣に貶める場合、人が人を尊重する人類愛的ヒューマニズムは消滅するが、これは窮乏した国や地域の副産物のような代物で、過去にはユダヤ人の大量虐殺があったし、いまでも戦場の捕虜たちは虐殺され、不法移民は動物以下の扱いを受けている。

 ある国や地域の人間が別の国や地域の人間を簡単に動物視できるということは、人間が動物であることを自ら認めているということだ。当然、動物には「人権」はなく、優越者の「愛護」の眼差ししかないわけだ。このことからも、「人権」は、薄っぺらな紙に書かれたキャッチフレーズ以外のなにものでもない。いざとなれば紙は簡単に破り捨てられ、容赦のない「駆除」が始まる。現在でも、破り捨てた政権は多々存在する。

 オリンピックでは、金メダルを獲った選手の国の国旗が掲げられ、国歌が演奏されるが、これも人類が未だに群を成すサルの感性から抜け切れていない証拠だろう。国という集団は巨大なサルの群と見なすことができ、サルの群どうしが少ないエサを求めて競い合うように、国どうしが戦争ではなくスポーツで競い合い、勝った選手は国に帰って凱旋将軍と同じように国民から熱狂的な歓迎を受けるわけだ。

 その国も、地方の多くの群集団で構成されている。日本のように古くから国の形体を成している国はまだしも、例えば19世紀に国ができたイタリアのように、地方どうしが互いにけん制し合っている国もあれば、アフガンのように多くの族長が権力を握っている国もあり、そうした国々では分裂する可能性もあるわけだ。現に北イタリアやスペインのカタルーニャスコットランドなどは独立運動が盛んだ。例えば北イタリアの人々は、自分の払った税金が自分の町に還元されないで、貧しい南イタリアで使われることに不満を持っていたりする。慈悲を重んじるカソリックの国ですらこのありさまだ。「都民ファースト」を気軽に掲げ、東京という国内最大の群を統率する都知事は、イタリア化(カンパニリズモ・地元優先主義)を推進しているわけで、全国的・世界的に助け合いを広げる路線からは真逆のベクトルと言えるだろう。都民のエゴに応えようようというわけだから……。

 つまるところ人間は、お猿さんの群的感性を維持したまま、AIという恐ろしい文明の利器を発明してしまったことになる。さらに怖いのは、このAIにお猿さんが主人の感性を教え込んでいることだ。エサの豊富な場所に暮す猿集団は平和に暮らしているが、天候不順などでひとたびエサが不足すれば、たちまちエサの奪い合いになり、力の強い者が独り占めする。歴史を紐解けば、人間も同じことをしてきたのに気付くだろう。

 現にいま、AIは様々な殺戮兵器に搭載され、人殺しの手先になっている。温厚そうなオバマ氏も多くの殺人ドローンを飛ばした。ドローンは兵隊以上に標的を的確に判断し、攻撃する(理論上は)。この延長線上にシンギュラリティを迎えれば、AIはいったいどんな目線で人間を考察するのだろう。人を殺してきた兵隊と同じ感覚で、人間を見詰めるのだけはやめてほしい。兵隊は、まずは味方以外は敵だと考える。きっと人間が人間を動物と見なすのなら、AIも人間を動物と見なすだろう。兵士のように「駆除」か「愛護(保護)」かの観点で……。

 だからといって、AIに哲人思想を教え込んで、ヒューマニズムの観点で人類をコントロールさせるのも気色が悪い。「コントロール」という言葉自体に「強制」とか「排除」とか「トリアージ」とかの意味も入っているので、自由主義者たちはきっと騒ぎ出す。マスクを付ける、付けないくらいで銃をぶっ放す世の中だ。

 もしシンギュラリティを迎えたAIが、人類の存続に最適解を求めるとすれば、状況によっては大量虐殺のようなトリアージ機械的に行う可能性も否定できない。自然史は自然淘汰の歴史でもある。AIは自然の法則に叶っていると判断するだろう。この場合は生き残った人々が子孫を残して人類は永続するが、基本的にはナチズムの考えと同じで、ヒューマニズムの観点からは絶対許せない行為だ。

 しかし人間が他の動物とは異なり、人間を人間たらしめている感性はある。それは前述の「愛護精神」なのだ。きっとパンドラの箱には、薄っぺらな「希望」以外にも、薄っぺらな「慈愛(愛護精神)」も残っていたに違いない。それは自然を、動植物を、不幸な人々を慈しむ精神だ。さらに広げれば、美とか芸術とか、プラトニックな愛とか、自分が生きていく肉体のエネルギーには直接関わらなくても、それらを通じて生きる喜びや活力を得ることのできる感性だ。非常時における立ち位置は低いものの、細胞に直接栄養を与えなくても、脳内物質やホルモンの分泌を促し、間接的に生命力を高めてくれるだろう。

 この「愛護精神」から生まれてくる最大の果実は、「自己犠牲」だと僕は思っている。極端なものは、「自分の命を捨てて、人を助ける」というやつだが、普通の人は救助隊員じゃないから、そんなことをしろというのではない。「恵まれない人々のために、自分の持分を少し削る」ことだって立派な「自己犠牲」の精神だ。考えてみれば、動物が自分の子供や仲間にエサを分け与える行為は、「愛護精神」や「自己犠牲」の源かもしれない。動物が個別集団内でやっている自己犠牲を、いまの人間は地球規模でやらなければならないだけの話だろう。

 来るシンギュラリティに向けて、AI研究者は動物の愛情本能から飛翔した「愛護精神」のプログラミング技術を磨いてほしいものだ。この貴重な人間的感性を倍化させ、AIにしっかり教え込んでいかなければならない。当然のことだが、それは上から目線ではなく、あらゆる生命、さらにはAIも含めたあらゆる存在が、すべて対等なものであるという認識のプラットフォーム上に構築すべきものだ。それさえ成功すれば、人類はシンギュラリティを決して恐れることはないに違いない。


奇譚童話「草原の光」
十四 アインシュタイン登場

 そんなことで、ガマバスはバーナムの森に戻ることになったのさ。森に戻ると、とりあえず魔女スープを返すことにしたんだ。子供たちに飲ませられなかったのは残念だけど、大鍋に戻して一日一回沸騰させ、蒸発した分水をつぎ足せば百年持つらしい。ウナギのタレみたいなもんだな。

 荷物を降ろしたガマバスはガマに戻って、すたこら逃げちまった。三人の魔女に変装したカメレオーネたちも元の姿に戻って、ジャクソンもヒカリのヘソ穴に入り込んだ。先生は大鍋に戻したスープを見ながら、グッドアイデアが浮かんだんだ。
「こいつを煮立たせて水分を蒸発させたら、錠剤ができるんじゃないかな」
するとデリラが先生の白髪をハサミで切って、なべの中に放り込んだんだ。異物の混入に驚いた水分が、ジャーッと一瞬にして蒸発しちまった。先生が鍋を覗き込むと、小さな丸い錠剤がたくさん出来上がっていた。最初からやってくれれば、ガマバスなんて要らなかったのにな。

 ミュルギは三人の魔女に地下の国に入れなかったいきさつを話した。するとヴォワヤンが「入口が一箇所だけなんて、おかしいわ」って言うんだ。そりゃそうだ。普通は非常口があるもんな。彼女は二股になった枝を持ち出して両手で枝を持ち、「エントラ、エントラ!」っておまじないを唱えながら歩き始めた。枝の根元が浮き上がり、火山とは反対の方向に向かっていくんだ。先生は、「ウソだろ」とは思ったけれど、魔女たちが彼女に付いて歩き始めたので、行くことにした。みんな一緒になって、ヴォワヤンを先頭に先生たちが来た道を引き返して行ったんだ。するととうとう、カメレオーネ神殿まで戻っちまったのさ。

 神殿の周りでのんびりしていた連中は、先生たちの早々のお帰りに驚いたけど、まさかモーロクの国に入れなかったとは思わなかったんで、先生の話を聞いてみんなガッカリ。でも、ヴォワヤンは神殿を指す枝を見て、「入口はこの建物の中にあるわよ」って言うんで、みんなは喜んだ。ところが、魔女たちは神殿の中に入ろうとはしないんだ。
「あたしたちはここに入るとナメクジみたいに溶けちまうのさ」ってミュルギ。
「ここは昔、ミサを行った所なのよ」ってシビュラ。
「でも、あたしたちがやるのは黒ミサなの」ってデリラ。
「黒ミサって?」って、カマロが聞いた。
「ここは昔、天国への入口だったんだ。でも、黒ミサは天国をチャカすミサなの。天国から追い払われた悪魔を讃えるのさ」ってヴォワヤン。魔女たちはかしこまった神様が嫌いなんだ。

 でも、この枝はヴォワヤンにしか反応しないし、神殿の中は広くてどこに入口があるかも分からない。そこでジャクソンはすかさずヴォワヤンに変身し、彼女から枝を受け取ったんだ。枝は彼女と変わらずに動いて、しきりに建物の中を示すんだ。でもって、魔女たちを置いて、ジャクソンを先頭にみんなでぞろぞろ神殿に入った。するとジャクソンには、神殿の中にあったガラクタの山が、古代人の山に見えてきたんだ。魔女にはきっと見えるんだな。連中の下のほうは生きているのか死んでいるのか分からなかったけど、上のほうの連中はジャクソンをものすごい目つきで睨みつけた。ジャクソンは怯え上がったけど、魔女たちが入れなかった理由も分かったのさ。古代人は魔女が嫌いなんだ。

 きっとガラクタの山には古代人の魂が宿ってたんだな。魔女になると、そいつが嫌な人間として見えちまうんだ。古代人はものすごい執念で、ガラクタを作ったことが分かった。それでジャクソンは怯えながら、「誰か、空飛ぶ円盤の修理マニュアル知ってる?」って聞いてみたのさ。
 すると積み重なった古代人のいちばん下のほうから「知ってるよ」って声が聞こえてきたんだ。ジャクソンは怖かったけど、その下のほうの古代人の足を引っ張ったのさ。出てきたのは長い白髪の痩せた爺さんだった。ほとんど干物だったけど、湿気で少しばかり顔が膨らんでいたんだな。それで喋れるんだ。居合わせたカメレオーネたちは、ジャクソンと同じヴォワヤンの変装をして、そば耳を立てたのさ。

「僕ジャクソン、君は?」
アインシュタインさ」
 爺さんは言って長いベロを出した。
「修理マニュアルを知ってるの?」
「知ってるよ。でも、データは完全に破壊されちまった」

 居合わせたカメレオーネたちは、みんなガッカリさ。
「しかし、わしはすべてを記憶しておる。わしは子供の頃から空飛ぶ円盤で宇宙を旅するのが夢であった」
「じゃあ君が僕たちの空飛ぶ円盤を直してくれる?」
 するとアインシュタインは首を振って「ダメだね」って答えたんで、みんながっかり。
「どうして?」
「わしは呪縛霊で半径一メートル以上は移動できんのじゃ」

 それでジャクソンはすかさずヴォワヤンからアインシュタインに変身したのさ。とたんに枝が下を向いちまったので、隣のヴォワヤンに預けて立ち直させた。そいつはウニベルだったんだ。アインシュタインはジャクソンに乗り移って、たった一分でジャクソンの脳味噌をアインシュタインの脳味噌に変えちまった。それで円盤のことを何も知らないジャクソンが、祭壇の後ろの大きな十字架の下に鎮座していた空飛ぶ円盤を一目見たとたん、こいつは直せるぞって実感したんだな。彼はヒカリと別れて、円盤の修理に専念することにしたんだ。すぐ近くにアインシュタインが寝てるんで、行詰ったらアドバイスを受けることもできるしさ。

 で、ヴォワヤンに変装したウニベルを先頭に、一行は積み上がったガラクタの真ん中を進んで、翼のように廊下がクロスする場所に来ると祭壇まで進まず、枝が急に右側に曲がっちまったんて袖の入口から外に出ちゃった。するとそこは広い古代人の墓場だったんだ。そこにはさっき別れたばかりの魔女たちもいて、ヴォワヤンは「ようこそ死後の世界へ」って言ったので、ウニベルは枝を返してカメレオーネに戻ったんだ。もちろんみんなも戻ったさ。本物のヴォワヤンは枝を持って墓場の奥へどんどん進んでいった。なんか、お葬式みたいにみんながぞろぞろ付いていくんだ。行列は百人以上あったのかなあ。

 するととうとう枝が大きな石像の前で震え始めたんだ。その石像は首に聴診器かなんかを掛けて白衣のようなものを着た大理石像で、怖い目つきで睨んでいるんだ。先生は台座に彫られた碑を読み上げた。
「われに死を与えし病魔への復讐を、ここにて待つ」
みんなは分からなかったけど、先生は喜んだな。この墓は、きっと十万年前の疫病で死んだ医者の墓に違いなかった。先生たちはこれから病魔と闘っている子供たちの応援に行くところなんだから、この碑は先生たちへの応援に違いなかった。ということは、ここにモーロクの国に通じる地下道があるんじゃないかってことだ。

 けれどヴォワヤンの枝はしきりに石像の足元を指すんだ。で、ヴォワヤンは「すいません。ちょっとどいていただけません」って石像に話しかけた。すると、石像が「ダメです」って答えたんだから、みんなビックリさ。
「なんでダメなんです? 僕たちは貴方が倒れた病魔を征伐するためにやってきたんですよ!」って先生は声を荒らげて反論したんだ。
 すると石像は、「あなた方が持ってきた治療薬は、国の承認を得ていません」って言うんだ。シビュラは怒って、「いったいどこの国よ!」って聞き返した。
「とにかく、魔女の作ったいかがわしい民間薬は、一切許可しません」って石像は言い切るんだ。彼は石だから、頑固なんだな。それに十万年前には、医学界の重鎮だったらしいんだ。医師としてのプライドもあるんだし。

 先生もやっぱ先生だから、石像の言うことも一理はあると思ったな。なんせ、薬は治験もしてないし、副作用があるから、魔女の言うこともそのまま鵜呑みにはできないって思ったな。すると魔女たちはすぐに先生の心の内を察したんだな。彼女たちはモーロクの社会に馴染めなくて飛び出した連中だから、モーロク人の頭の固さも知ってたんだ。魔女の超能力を知らないんだな。

 先生も魔女スープには半信半疑だったけど、魔女のプライドを損ねないようなグッドアイデアを思い付いた。石像に聞こえないように、シビュラに耳打ちしたんだ。
「僕たちは数人の子供たちを救出してここに戻り、魔女スープを飲ませればいい」
 それには魔女たちも賛成した。少しでも子供たちに意識が戻れば、洞窟の母親たちが黙っちゃいないはずだ。モーロクの国会も、すぐに法律を変えて、正式なゲートを開くに違いなかった。それで魔女たちは、魔女スープの錠剤とともにエロニャンの地で待つことにしたんだ。

 すると石像は、関節をガリガリ、ポキポキ言わせながら台座から降りたんだ。台座には人一人が入れる穴が開いてた。エロニャンの頭がギリギリ入る大きささ。でもって、先生たちはまっ先に入ったんだけど、石像が台座に戻らなかったものだから、ほかのエロニャンやカメレオーネ、モーロクたちがぞろぞろ入っていったんだな。困ったもんだよ。
(つづく)

 

 

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奇譚童話「草原の光」 十三 & 詩

ジハード

 

生きているのが地獄なら

死んだほうがましだろう

戦いで死ねば天国に行けるのなら

誰もが戦おうと思うだろう

 

荒地の畑で採れるわずかな作物を食べ

死ぬまで生きるために暮らすのなら

麻薬の花を摘んで

少しは楽になろうと思うだろう

 

苦しければ苦しいほど

先がなければ先がないほど

追い詰められれば追い詰められるほど

若者たちは夢の中に逃れよう

そこには陽炎のように抜け道が見えるから

 

絶望の地で血を流し

希望の地に行けるならと

若者は爆弾を背負うのだ

 

嗚呼、何も知らない人々よ

貧乏籤を引いた彼らの心を

恐怖の眼差しで見てはならない

平和を願う心があるなら

大きな心で受け止めて

不都合な世界のカラクリを直そうと

共に考えなければならないのだ

人類には叡智があると信じて…

 

そうでなければ人類は

何も抜け道を知らない

愚かな動物に成り下がるだろう

ならばきっと、抜け出せないに違いない

あらゆる生物の、絶滅サイクルからも…

 

 

 

失恋の歌

 

この星は木星以上の厳しい環境 

わらいながら ヒューヒュー喘鳴のごとく 

茶番の嵐が頭上を掠めていく 

僕はカメのように甲羅の中に頭を引っ込めたが

お隣さんは思い切り突き出したものだから

たちまちカラスに持っていかれちまった

いやたぶん窒息しまいと 自ら首を伸ばして… 

 

お手手つないで茶番の中で立派にワルツを踊りまくる

お相手はこれまた茶番のようなお殿様

優雅な踊りのようで どこかしら滑稽だが

先天的なものならば きっと死ぬまで気付かないだろう

お定まりの味付けと お定まりのメニューに沿って

お定まりの興奮に お定まりのアンニュイ

 

風のように 今日はこの店、明日はあの店と

味付けは変わっても ベースは肥し風味の田舎味

僕のお店の味は 一言で言えば都会風で複雑だ

素材の味を隠すためにやたらスパイスを入れ込んで

宇宙食だと君が言った あの不可解なヌーボー風失敗料理

この味の奥深さは 宇宙人にしか分からない…とはいつもの常套句さ

これもまたマンネリ…

 

嗚呼君はシンプルに美しい… 世の中の茶番の嵐に舞い上がり

浮かれまくって蝶のように舞い ハチのように刺す

嗚呼プライドはハチの一撃でたちまちドロドロ溶け出した

恋愛なんて茶番だよ …と言うにはあまりにお粗末なフィーネだ

ならばこの痛手は交通事故のようなもの… きっと運が悪かった

多少のリハビリは必要だが へっこんじまって元へは戻らない

 

 

 

 

奇譚童話「草原の光」

十三 ロックアウト

 

 火山の麓にあるモーロクの国の入口には二人の門番が立っていて、先生が帰っても門を開けようとしないんだ。

 

「我々はついこの間ここから出たばかりなのに、なんで入れないんだね」

 先生が聞くと、門番は冷たい目つきで先生に答えた。

「ここは出口で、入口ではない」

「じゃあ、入口はどこにあるんだい?」

「モーロクには入口はない」って、もう一人の門番。

「出る者は拒まず、入る者は拒むのがモーロクの決まりだ」

 

 確かにモーロクの法律じゃ、そうなってるんだ。地下は空間が狭いんで、昔から、外から人を入れない法律があったのを先生はうっかり忘れてたんだな。先生はシマッタって思った。

「悪いけれど、議長を呼んでくれないか」

 門番の一人が議長を呼びに行った。議長がやって来て、悲しそうな目つきで先生に言ったのさ。

「君はうかつだった。誰も入れないのは昔からの憲法なんだ。そうすることで、わが国の秩序は保たれるのさ。モーロクでは、一度出ると外国人扱いになるんだ。外気に触れた人間はもう入れない」

「しかし、議長も議員も拍手して送り出したじゃないか」

「でも、憲法を変えないかぎり、君たちは入れない」

「じゃあ憲法を変えてくれ」

「残念だが、昨日国会は閉会したから、また開くのは無理さ」

臨時国会を開けばいいじゃないか」

「君は知ってるだろ。議員の多くが君の行動に反対してんだ。モーロクの純血を汚してはいけないって思う人が多いんだよ。反対多数で否決さ」

「この子を見ろよ! 彼はモーロクとエロニャンの間にできた子だ」

 

 議長はヒカリを見ると

「やったね! 丈夫そうな子だ」って目を輝かせて叫んだ。

「だけじゃない。我々は眠り病の子供たちを治す薬を持ってきたんだ」

「すばらしい! さっそく試したいが、憲法では外から物を入れてはいけないことになってんだ。国内の産業がダメになるからな」

 議長は大きなため息をついた。

「じゃあどうしたらいい?」

憲法を改正するまで待ってくれ。一年以内になんとかしよう」

「一年なんて待てないよ!」

「じゃあ諦める以外ないな。悪いけど、君の行動に反対する議員のほうが多いんだ。我々は少数派なんだよ」

「しかしこのままでは、モーロクは消滅するぞ!」

「だからって、法律を破るわけにはいかない。法律を破ったら、私の地位も危なくなる」

 

 突然「父さん、子供たちの命はどうなるの?」ってミュルギが叫んだ。

 議長はハッとしてミュルギを見つめた。ミュルギは議長の娘だったんだ。議長は目に涙を浮べながら背を向けて、そのまま奥に引っこんじまった。外に出た子は、親子の縁を切ったってことなんだな。門番も門をビシャっと閉めちまった。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

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奇譚童話「草原の光」十二 & 詩


夢見るゆえに君在り

謎ばかりの宇宙の中で
不可知の怖さに目を瞑り
運命の流れに翻弄されまいと
確かなものにしがみ付くが
そいつは巨木のように頑丈でいて
しょせんは宇宙に漂う根無し草

詩人と天文学者は大口開けて
宇宙を吸い込むから馬鹿にされる
ポンと軽薄な音を立て、蛙みたいに破裂する
小さく哀れな人間どもは
ひたすら縄張りだけを考えてりゃ上等だ
さあとりあえず分からないことは放擲して
生と快楽、闘争を楽しむがいい
不可知な宇宙で生きるのだから

確かなものは不確かなもので
不確かなものは確かなもの
時の流れが逆行したって
死んだ者が生き返ったって
しょせんは宇宙のなせる技
君たち人間どもの価値観だって
あるときは黄金、征服だった
あるときは信仰、思想
あるときは暴力、名声、権力
いつか愛の場合もあったろう

すべて確かなものなどなにもない
取るに足らないチッポケな欲望ども
やつらは掴み取ったはなから消えていく
星雲も星も自然も命も束の間に溶け、流れ去る
心も体も愛も朽ち、枯れ、消えていく
瞬時に瓦解するか時間をかけてガスになるか
タイプはいろいろあろうけれど
宇宙のお戯れなら悲劇も喜劇だ、お笑い種だ

けれど確かなものはムーブメントの基本、不安定な姿勢
あらゆる生物は飢えているから行動を起こすのだ
欲深い君たちの不埒な現象のことだよ、夢さ
夢見ることは確実に確かな君の真理

脳味噌が腐るまで不埒に妄想している 欲望のなれの果て
ドンキホーテみたいに取りとめもなく夢想して明け暮れる
それが人生のすべてなら滑稽だ、哀れだ、悲劇的だが
滑稽でない哀れでない悲劇的でないものが不確かだから
きっとそれだけが確かな現象なのだ…君にとって
夢は無機質な神経線維の間を飛び交うパルスのリークさ
そんなものが君の人生を進め、文明をつくり出す
壊れたテレビじゃあるまいし…

君、素直に欲望のシグナルを受け入れなさい、人類の発展のために
宇宙の末端に位置する下卑た生物に架せられた法則であるからし
きっと君の場合 目を閉じ耳を塞ぎながら頑なに、いささかふしだらに…


性愛の法則

華奢で小柄な生物学者
あるとき性愛の法則を発見した

普段は自分だけで仔を産んでいたミジンコが
劣悪な顕微鏡下で
より活発な雄を物色し始めた

北の川の上流では
産卵を間近に控えた雌鮭が
小ぶりの競争相手を蹴散らした
大きな雄鮭の精子を浴びながら
歓喜の口パクで、尻から卵を排出した

アフリカのサバンナでは
戦いで亭主を殺された雌ライオンが
死んだ亭主の子供たちを噛み殺している
新たな亭主を横目で見ながら発情した

生物学者は鏡の前に立ってポーズを取り
ひょっとしたら人間の性愛も
自然の法則に準じているかもしれないと
研究目的だと心に言い聞かせ、同僚に愛を告白した
「好きです。結婚してください」

彼女は彼の仮説どおり
真面目な顔付きで目だけ笑いながら
「ごめんなさい」と返した。
その翌年、彼女は地元の名士の息子と結婚した
そいつは彼以上に小柄な男だった

 

 


奇譚童話「草原の光」
十二 魔女スープ

 タコの木の子供が横の大木に頼むと、直ぐに枝分かれの小道ができた。その小道のどん詰まりには広場があって、真ん中には落ち葉で火が焚かれ、上には大鍋が吊るされてたんだ。五人の魔女は魔女スープを作ってる最中で、急にミュルギっていう若い魔女がウニベルのところにやって来て、「あっ、ちょうど良かった。トカゲの足がなかったのよ」って言うんだ。
「ぼくはタコの木だよ」って答えると、リザルダっていうやっぱ若い魔女がやって来た。彼女の肩には服を着たヒキガエルが乗っていて、ウニベルに臭い息を吹きかけたんだ。魔女の一撃を受けたウニベルはたちまちカメレオーネに戻っちまった。最初からバレてて、腰砕けだな。リザルダはそれから先生を見て、「あらランクル先生、お久しぶり」って言うんで、先生は目を丸くして彼女の汚い顔を見詰めた。先生は彼女たちが教え子だったってことを思い出したんだ。勉強をしなくて素行も悪かったんで、先生は学校から追放したんだけど、地下生活も不満たらたらで、自分から地上に飛び出したのさ。離れエロニャンと同じで、離れモーロクもいるんだな。それにしても、先生の名前がランクルだなんて、ナオミとケント以外は知らなかったよ。

「君たちはすっかり地上生活に慣れちまったみたいだね」って先生。
「森の中は地底と野原の中間地点なんだ。日陰者のあたしたちには太陽は眩しいから、ここがいちばんいいわ」ってミュルギ。
「あたしたちにとって、地下生活は耐えられなかった。でも太陽サンサンも好きじゃない。で、森の中で暮らすことにしたの」ってリザルダ。
「何で魔女になったの、ミュルギ」ってナオミは聞いた。
「あら、お久しぶり」
「ナオミじゃないの」ってリザルダ。
 二人ともナオミとは同級生だったんだ。
「私たち、昔っから魔女だったわ。魔女はひねくれ者がなるの。みんなの考えと合わないのさ」ってリザルダが言ったので、ナオミは苦笑いした。二人ともクラスの中で嘘ばかり言うので、みんなからひんしゅくを買ってたんだ。結局、みんなをからかってたんだな。
「私たち、モーロクとは反りが合わなかったの。で、地上に出ることにしたのよ。でも、エロニャンとも反りが合わない。エロニャンは仲良しクラブだし。離れモーロクのほとんどが、あたしと同じ性格でさ。みんな森で孤独に生きてる」
 ミュルギが言った。
「森の土は栄養満点で、最高だし」ってリザルダ。ナオミが土をすくって口に入れると、朽ちた葉っぱの味がして、とても美味しかった。モーロクの三ツ星レストランでも、こんな高級な土は出てこないんだ。先生もケントも口に入れて、「うっめえ」って叫んだ。

「こんな美味しい土があるのに、なんでスープを作るの?」
 ナオミが聞くと、ほかの三人もやって来て、一人が「魔女だからよ」って答えた。シビュラは三十代で、デリラは四十代、ヴォワヤンは六十代の魔女だ。
「魔女スープなしで、占いはできないよ」ってヴォワヤン。
「魔女スープは目を潰すお酒のようなものよ」ってデリラ。
「魔女スープを飲まないと、予言もできなくなるわ」ってシビュラ。
「でも、材料が足りない」
 リザルダが言うと、「それはトカゲの足よ」ってミュルギが付け足す。
「僕はトカゲじゃないよ」ってウニベル。
「いいえ、あなたはトカゲよ」ってリザルダは決め付けた。ハンナとスネックはヒカリの穴の中で息を潜める。ハンナもトカゲの一種だったし、確か魔女スープには先が二つに分かれた蛇舌も材料になっていた。

「それでは、我々が断ったら君たちはどうするつもりだい?」
「私たちは裁判官じゃないもの。強制力はないわ」ってミュルギ。
「でも、代用品はあるわ」ってリザルダ。
「堪忍してくれよ。それはおいらのことさ」ってヒキガエルが泣き声で言った。
「おいらはこんな派手な服を着せられてさ、最後には体をバラバラに引きちぎられてスープにされちまうんだ」
「君たちはそんな残酷なことをするのか?」
 先生は怒って言った。
「でも、魔女は昔からスープを作っていたのよ」ってリザルダ。
「それに、このスープはどんな病気も治すことができるんだ」ってミュルギ。
「それ、ほんと?」ってウニベルは叫んだ。
「もちろん。トカゲの足があればね」
 デリラが言って、ウニベルをじっと見つめた。
「そのスープを半分くれるんだったら、喜んで足を提供するよ」
 ウニベルは言って、片足をデリラの前に差し出した。デリラはオッケーって言って、隠し持ってた大きな髪切りバサミを出して切ろうとしたとたん、先生が「ちょっと待ちなさい」って止めたんだ。

「ウニベル、君は足を切って、どうやって歩くつもりかい?」
「足は再生するから大丈夫だよ」
「でも君は年寄りだから、歩けるまで一年はかかるぜ」
 するとそれを聞いていたジャクソンがタコ木からカメレオーネに戻り、「僕は若いから、僕のをやるよ」って言ったんだ。
ウニベルは「子供の君はそんなことしちゃいけない」って返した。
 すると今度はヒカリの穴に隠れていたハンナが顔を出して、「グッドアイデアが浮かんだわ!」って叫んだ。
「ジャクソン、あなたスネックのそっくりさんに変身してごらんよ」

 スネックは穴からシュルシュル出てきて、「そいつはいいアイデアだ」って言うんだ。二匹はジャクソンが若くて、ちゃんとはそっくりさんにならないことを見透かしてたんだな。それでスネックは鎌首をもたげてポーズを取った。ジャクソンは瞬間的にスネックに変身したけど、二本の足が出てたんだ。デリラはその左足をハサミでちょん切って、大がまに放り込んだのさ。
 でも、ジャクソンが元のカメレオーネに戻ると、それは蛇足じゃなくて、大切なジャクソンの足だったんだ。ジャクソンは百パーセントヘビになり切れなかっただけの話さ。最初は痛い痛いって言ってたけど、直ぐに新しい足が生えてきたのにはビックリだ。若いってすごいことなんだな。カメレオーネは不死身なんだ。


 出来上がった魔女スープを半分もらうことになったけど、魔女の持ってる壷は小さくて、十個になっちまった。もちろん先生と若い二人、それにヒカリだけじゃ運べない。それでジャクソンとウニベル、ステラがシビュラ、デリラ、ヴォワヤンのそっくりさんに変身した。本当は筋肉マンに変身したかったんだけど、目の前にお手本がないとダメなんだ。それでも残る三つはどうしようかと先生は悩んだけど、ミュルギとリザルダが運んでくれることになったのさ。最後の一つはヒキガエルが命を助けてくれたお礼に運ぶって言うんだ。先生が「小さいから無理だろ」って言うと、ヒキガエルはミュルギの前に仁王立ちしたんだ。するとミュルギは魔法の杖をヒキガエルの頭に置いて、ツィン・ツァラ・プーっておまじないを唱えると、がまバスになっちまった。それで十壷のスープと一緒に、みんなはヒキガエルの背中に乗り、ミュルギが頭に乗って地下の国の入口目指して出発したのさ。森の木たちは、後ろに下がってがまバスが通れる道を作ってくれたんだ。

(つづく)