詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

奇譚童話「草原の光」十二 & 詩


夢見るゆえに君在り

謎ばかりの宇宙の中で
不可知の怖さに目を瞑り
運命の流れに翻弄されまいと
確かなものにしがみ付くが
そいつは巨木のように頑丈でいて
しょせんは宇宙に漂う根無し草

詩人と天文学者は大口開けて
宇宙を吸い込むから馬鹿にされる
ポンと軽薄な音を立て、蛙みたいに破裂する
小さく哀れな人間どもは
ひたすら縄張りだけを考えてりゃ上等だ
さあとりあえず分からないことは放擲して
生と快楽、闘争を楽しむがいい
不可知な宇宙で生きるのだから

確かなものは不確かなもので
不確かなものは確かなもの
時の流れが逆行したって
死んだ者が生き返ったって
しょせんは宇宙のなせる技
君たち人間どもの価値観だって
あるときは黄金、征服だった
あるときは信仰、思想
あるときは暴力、名声、権力
いつか愛の場合もあったろう

すべて確かなものなどなにもない
取るに足らないチッポケな欲望ども
やつらは掴み取ったはなから消えていく
星雲も星も自然も命も束の間に溶け、流れ去る
心も体も愛も朽ち、枯れ、消えていく
瞬時に瓦解するか時間をかけてガスになるか
タイプはいろいろあろうけれど
宇宙のお戯れなら悲劇も喜劇だ、お笑い種だ

けれど確かなものはムーブメントの基本、不安定な姿勢
あらゆる生物は飢えているから行動を起こすのだ
欲深い君たちの不埒な現象のことだよ、夢さ
夢見ることは確実に確かな君の真理

脳味噌が腐るまで不埒に妄想している 欲望のなれの果て
ドンキホーテみたいに取りとめもなく夢想して明け暮れる
それが人生のすべてなら滑稽だ、哀れだ、悲劇的だが
滑稽でない哀れでない悲劇的でないものが不確かだから
きっとそれだけが確かな現象なのだ…君にとって
夢は無機質な神経線維の間を飛び交うパルスのリークさ
そんなものが君の人生を進め、文明をつくり出す
壊れたテレビじゃあるまいし…

君、素直に欲望のシグナルを受け入れなさい、人類の発展のために
宇宙の末端に位置する下卑た生物に架せられた法則であるからし
きっと君の場合 目を閉じ耳を塞ぎながら頑なに、いささかふしだらに…


性愛の法則

華奢で小柄な生物学者
あるとき性愛の法則を発見した

普段は自分だけで仔を産んでいたミジンコが
劣悪な顕微鏡下で
より活発な雄を物色し始めた

北の川の上流では
産卵を間近に控えた雌鮭が
小ぶりの競争相手を蹴散らした
大きな雄鮭の精子を浴びながら
歓喜の口パクで、尻から卵を排出した

アフリカのサバンナでは
戦いで亭主を殺された雌ライオンが
死んだ亭主の子供たちを噛み殺している
新たな亭主を横目で見ながら発情した

生物学者は鏡の前に立ってポーズを取り
ひょっとしたら人間の性愛も
自然の法則に準じているかもしれないと
研究目的だと心に言い聞かせ、同僚に愛を告白した
「好きです。結婚してください」

彼女は彼の仮説どおり
真面目な顔付きで目だけ笑いながら
「ごめんなさい」と返した。
その翌年、彼女は地元の名士の息子と結婚した
そいつは彼以上に小柄な男だった

 

 


奇譚童話「草原の光」
十二 魔女スープ

 タコの木の子供が横の大木に頼むと、直ぐに枝分かれの小道ができた。その小道のどん詰まりには広場があって、真ん中には落ち葉で火が焚かれ、上には大鍋が吊るされてたんだ。五人の魔女は魔女スープを作ってる最中で、急にミュルギっていう若い魔女がウニベルのところにやって来て、「あっ、ちょうど良かった。トカゲの足がなかったのよ」って言うんだ。
「ぼくはタコの木だよ」って答えると、リザルダっていうやっぱ若い魔女がやって来た。彼女の肩には服を着たヒキガエルが乗っていて、ウニベルに臭い息を吹きかけたんだ。魔女の一撃を受けたウニベルはたちまちカメレオーネに戻っちまった。最初からバレてて、腰砕けだな。リザルダはそれから先生を見て、「あらランクル先生、お久しぶり」って言うんで、先生は目を丸くして彼女の汚い顔を見詰めた。先生は彼女たちが教え子だったってことを思い出したんだ。勉強をしなくて素行も悪かったんで、先生は学校から追放したんだけど、地下生活も不満たらたらで、自分から地上に飛び出したのさ。離れエロニャンと同じで、離れモーロクもいるんだな。それにしても、先生の名前がランクルだなんて、ナオミとケント以外は知らなかったよ。

「君たちはすっかり地上生活に慣れちまったみたいだね」って先生。
「森の中は地底と野原の中間地点なんだ。日陰者のあたしたちには太陽は眩しいから、ここがいちばんいいわ」ってミュルギ。
「あたしたちにとって、地下生活は耐えられなかった。でも太陽サンサンも好きじゃない。で、森の中で暮らすことにしたの」ってリザルダ。
「何で魔女になったの、ミュルギ」ってナオミは聞いた。
「あら、お久しぶり」
「ナオミじゃないの」ってリザルダ。
 二人ともナオミとは同級生だったんだ。
「私たち、昔っから魔女だったわ。魔女はひねくれ者がなるの。みんなの考えと合わないのさ」ってリザルダが言ったので、ナオミは苦笑いした。二人ともクラスの中で嘘ばかり言うので、みんなからひんしゅくを買ってたんだ。結局、みんなをからかってたんだな。
「私たち、モーロクとは反りが合わなかったの。で、地上に出ることにしたのよ。でも、エロニャンとも反りが合わない。エロニャンは仲良しクラブだし。離れモーロクのほとんどが、あたしと同じ性格でさ。みんな森で孤独に生きてる」
 ミュルギが言った。
「森の土は栄養満点で、最高だし」ってリザルダ。ナオミが土をすくって口に入れると、朽ちた葉っぱの味がして、とても美味しかった。モーロクの三ツ星レストランでも、こんな高級な土は出てこないんだ。先生もケントも口に入れて、「うっめえ」って叫んだ。

「こんな美味しい土があるのに、なんでスープを作るの?」
 ナオミが聞くと、ほかの三人もやって来て、一人が「魔女だからよ」って答えた。シビュラは三十代で、デリラは四十代、ヴォワヤンは六十代の魔女だ。
「魔女スープなしで、占いはできないよ」ってヴォワヤン。
「魔女スープは目を潰すお酒のようなものよ」ってデリラ。
「魔女スープを飲まないと、予言もできなくなるわ」ってシビュラ。
「でも、材料が足りない」
 リザルダが言うと、「それはトカゲの足よ」ってミュルギが付け足す。
「僕はトカゲじゃないよ」ってウニベル。
「いいえ、あなたはトカゲよ」ってリザルダは決め付けた。ハンナとスネックはヒカリの穴の中で息を潜める。ハンナもトカゲの一種だったし、確か魔女スープには先が二つに分かれた蛇舌も材料になっていた。

「それでは、我々が断ったら君たちはどうするつもりだい?」
「私たちは裁判官じゃないもの。強制力はないわ」ってミュルギ。
「でも、代用品はあるわ」ってリザルダ。
「堪忍してくれよ。それはおいらのことさ」ってヒキガエルが泣き声で言った。
「おいらはこんな派手な服を着せられてさ、最後には体をバラバラに引きちぎられてスープにされちまうんだ」
「君たちはそんな残酷なことをするのか?」
 先生は怒って言った。
「でも、魔女は昔からスープを作っていたのよ」ってリザルダ。
「それに、このスープはどんな病気も治すことができるんだ」ってミュルギ。
「それ、ほんと?」ってウニベルは叫んだ。
「もちろん。トカゲの足があればね」
 デリラが言って、ウニベルをじっと見つめた。
「そのスープを半分くれるんだったら、喜んで足を提供するよ」
 ウニベルは言って、片足をデリラの前に差し出した。デリラはオッケーって言って、隠し持ってた大きな髪切りバサミを出して切ろうとしたとたん、先生が「ちょっと待ちなさい」って止めたんだ。

「ウニベル、君は足を切って、どうやって歩くつもりかい?」
「足は再生するから大丈夫だよ」
「でも君は年寄りだから、歩けるまで一年はかかるぜ」
 するとそれを聞いていたジャクソンがタコ木からカメレオーネに戻り、「僕は若いから、僕のをやるよ」って言ったんだ。
ウニベルは「子供の君はそんなことしちゃいけない」って返した。
 すると今度はヒカリの穴に隠れていたハンナが顔を出して、「グッドアイデアが浮かんだわ!」って叫んだ。
「ジャクソン、あなたスネックのそっくりさんに変身してごらんよ」

 スネックは穴からシュルシュル出てきて、「そいつはいいアイデアだ」って言うんだ。二匹はジャクソンが若くて、ちゃんとはそっくりさんにならないことを見透かしてたんだな。それでスネックは鎌首をもたげてポーズを取った。ジャクソンは瞬間的にスネックに変身したけど、二本の足が出てたんだ。デリラはその左足をハサミでちょん切って、大がまに放り込んだのさ。
 でも、ジャクソンが元のカメレオーネに戻ると、それは蛇足じゃなくて、大切なジャクソンの足だったんだ。ジャクソンは百パーセントヘビになり切れなかっただけの話さ。最初は痛い痛いって言ってたけど、直ぐに新しい足が生えてきたのにはビックリだ。若いってすごいことなんだな。カメレオーネは不死身なんだ。


 出来上がった魔女スープを半分もらうことになったけど、魔女の持ってる壷は小さくて、十個になっちまった。もちろん先生と若い二人、それにヒカリだけじゃ運べない。それでジャクソンとウニベル、ステラがシビュラ、デリラ、ヴォワヤンのそっくりさんに変身した。本当は筋肉マンに変身したかったんだけど、目の前にお手本がないとダメなんだ。それでも残る三つはどうしようかと先生は悩んだけど、ミュルギとリザルダが運んでくれることになったのさ。最後の一つはヒキガエルが命を助けてくれたお礼に運ぶって言うんだ。先生が「小さいから無理だろ」って言うと、ヒキガエルはミュルギの前に仁王立ちしたんだ。するとミュルギは魔法の杖をヒキガエルの頭に置いて、ツィン・ツァラ・プーっておまじないを唱えると、がまバスになっちまった。それで十壷のスープと一緒に、みんなはヒキガエルの背中に乗り、ミュルギが頭に乗って地下の国の入口目指して出発したのさ。森の木たちは、後ろに下がってがまバスが通れる道を作ってくれたんだ。

(つづく)