詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

エッセー「生き物たちの弁証法」& 詩

エッセー

生き物たちの弁証法

 

 多くの人は、「弁証法」といえば哲学の話だと思っているけれど、自分自身が人生の中で頻繁に弁証法らしきものを使って進むべき方向を考え、行動していることは忘れがちだ。身近な例で言えば、いまウクライナの人々はロシアに奪われた土地を全て取り戻そうと奮闘しているが、それを支援する国々は、そんな結果になったらプーチンが核を使うのではないかと恐れており、落としどころを模索している。ロシアが核を使った場合の最悪のシナリオは世界的な核戦争の勃発で、これは支援国だけでなく、ウクライナもロシアも、もちろん世界中が恐れていることに違いない。

 ウクライナ戦争の場合、「領土及び民族のアイデンティティ」、「人命損失の回避」、「核戦争の回避」のどれを重視するかで落としどころも変わってくる。ゼレンスキーは「領土及び民族のアイデンティティ」を重視し、クリミア半島を含めた全土奪還を考えている。プーチンも大ロシア主義という観点で「領土及び民族のアイデンティティ」を重視し、ドンバス地方とクリミア半島は譲れないと考えている。いまのところ、その落としどころはゼレンスキーが渋々ながらある程度をロシアに割譲して双方が妥協し、停戦を実現させることだ。

 弁証法的には、この落としどころ(総合・ジンテーゼ)は多大な犠牲を強いられたウクライナにとっては理不尽な総合作用(アウフヘーベン)だが、精神不安説も囁かれるプーチン個人の意思で核使用が決まるというのなら、人類にとって最悪のシナリオを回避する意味でも、この「総合」はウクライナ、ロシア双方の主張的矛盾の上に位置するベターな解答だということになる。それは戦争の渦中にあるゼレンスキーの弁証法でもなく、人道的コモンセンスの側に立った弁証法でもなく、世界核戦争という人類の現実的危機を回避するための、日米欧その他の国々の実利的な弁証法ということになるだろう。

 弁証法は一つの主張(考え)とそれに反する主張において、互いの主張を部分的に変形・切除して融合し、従来よりも大きな価値を生み出して発展させる方法だから、つまるところお互いに身を削るべき部分はある。だから、分捕った土地を自分の土地だとロシアが主張すれば、ロシア帝国の感性を受け入れてウクライナが諦めなければ、停戦話は進まないことになるわけだ。ロシアはロシアで、多くの兵隊を犠牲にして分捕ったのだから、これもまた諦めるのは難しい。そんな状況の二者が停戦に至れば痛み分けということになり、反対に核の全面戦争に怯えるその他の国々は、彼らの弁証法が勝利したということになる、……ということで現在、中国やEUなど双方の支援国は停戦案を模索しているが、当事者どうしは感情的になかなか停戦に踏み切れないでいる。

 このように、人をマスで捉えれば、弁証法はそれに批判的だったショーペンハウアーキルケゴールなどの個人的、実存主義的な哲学とは異なり、個人から世界人類に至る便利な哲学的手法として、マルクスヘーゲルギリシア哲学が主張するずっと前から、地球上の生物が利用してきた便利なツールだと考えることができる。太陽はあらゆる対流熱がカオスのように渦巻く星だが、地球は、あらゆる生物の生存欲がカオスのように渦巻く星だ。太陽表層では、無数の熱の渦が衝突し、飲み込み、分かれてエネルギーを発散しているし、地球表層では無数の生物が衝突し、飲み込み、分かれてエネルギーを発散している。太陽も地球も、星という一定の秩序の中で大が少を飲み込む現象が起こっていて、その秩序が無くなれば太陽は膨張して地球を飲み込むだろうし、地球のマグマが大量に吹き出せば、生物の多くはカオスに飲み込まれ死滅するだろう。つまり対流熱の渦でも生物の生存欲でも、大きいものや勢いのあるものが、小さいものや勢いのないものを飲み込んできたという法則が存在する。しかし太陽の熱と生物の生存欲との大きな違いは、熱には遺伝子が無くて生物には遺伝子があるということなのだ。この遺伝子は、基本的に二者択一という弱肉強食の生物界で、多様性への進化を担ったツールであり、それは弁証法的な手法で生物の永続的な繁栄を助けていると言えるだろう。

 つまり生物は、生活環境の変化に順応すべく、遺伝子レベルで本能的に弁証法を駆使して進化を遂げてきたわけだ。そのままでいいという定立を固持した仲間は絶滅し、大胆に変異すべしという反定立を主張した仲間も勇み足で絶滅し、両者のメリットを上手い塩梅に統一してそこそこの変異でアウフヘーベンした仲間は、結果としてしっかり生き残り、進化の系統樹を伸ばしていく。生物の進化自体が、弁証法的展開の賜物というわけである。例えば、いまから700万年以上前に地球が寒冷化したときのことだ。それまでジャングルの樹上で平穏に暮らしていた人とチンパンジーの共通祖先たちは、森が縮小したことで果実や木の実などの食糧が不足しはじめた。しかしジャングルの代わりに大草原が広がって、草の穂先やそこに生息する小動物を代替食料にすることも出来るようになる。

 ここで共通祖先たちの前に弁証法の定立と判定立が現れる。このまま減少する森に留まり餌の取り合いを続けるか、森を捨てて居場所をサバンナに変え、草原の猿になるか……。そして意固地に森にこだわった連中は飢えで多くの仲間を失いながらも、その生き残りはチンパンジーとなり、再び温暖化が始まり森が増えるまでは苦渋を強いられた。そしてその苛酷な環境は彼らの凶暴な性格を育んだ。一方で、大胆にも四足歩行のままサバンナに飛び出した連中は背の高い草に視界を遮られ、俊足の猛獣に食われていった。しかし一部の祖先は懸命にも弁証法を駆使し、縮小する森と拡大する草原の狭間に暮らすことを選択(アウフヘーベン)した。これが人類の祖先だ。彼らは時には森で果実をかじり、時には草原で草をかじった。森の中では枝にぶら下がり、器用な手を持つ猿の特性を失うことはなかった。草原では敵を見つけるために立ち上がり、次第に二足歩行(走行)が出来るようになった。そして森がさらに縮小しても、長い訓練の中で様々な能力を獲得し、森を捨てても生き抜けるように進化していったのだ。

 二足走行はスピードは出ないが、敵の襲撃を咄嗟にかわす機敏性は培われた。背骨は直立して重い頭を乗せることができ、脳味噌の増量も可能で賢しくなった。手は移動作業から解放されてますます器用になり、賢い脳を駆使して色々な道具を作り始めた。その道具を使って大きな動物を捕らえ、豊かな栄養を蓄えるようになり、脳味噌はさらに巨大化していった。これらは人類の祖先が本能的に弁証法を駆使して、螺旋階段を登るように進化していったことを証明している。こうして人間は無意識的に弁証法を駆使しながら、動物界の頂点に登り詰めると、今度は意識的に生存欲を奢侈欲にアウフヘーベンさせる。つまり、より贅沢な生活を求めて縄張り争いを繰り返しながら、個人的な満足を「総合」まで高め、生存競争で培われた凶暴性に磨きをかけていく。それをいま我々は、核をちらつかせる「戦争」という形態で目にしているわけだ。

 しかし弁証法が元々種の保存のために創造主が生み出したものであるなら、それは人間という種が永続するために使われるべき冷徹な手法ということになる。核戦争にしろ地球温暖化にしろ、それらは種の滅亡という大きな危険を孕んでいる問題だ。神にとってそれらは地球上の単なる天変地異にしか過ぎず、種の保存という名目の下では、付随する数々の悲劇は捨象すべき問題に違いない。そして我々は自らが意識的に弁証法を操るほどに進化した動物で、神は「お手並み拝見」とばかりに冷やかに傍観している。ウクライナ戦争でも地球温暖化問題でも、そこに蠢く悲劇的な感情や打算的な感情をどのように処理しながら、人類永続のためのアウフヘーベンを勝ち得るかが、いま我々に問われているのだと思う。

 

 

 


宇宙びとの部屋探し
(戦争レクイエムより)

笑っちまうぜ
ちっぽけな星に閉じ込められてさ
自由だ自由だって叫びやがって
奴らは殴り合いながら
ちっぽけな縄張りを争いやがって
掠め取った奴は狂喜して
取られた奴は泣き叫ぶ

笑っちまうぜ
奴らは下等生物のくせしやがって
みんなみんな王様気分でさ
相手の自由を分捕るのが自由だと
ちっぽけな頭で思い込みやがって
隣どうしで殴り合いながら
王様の王様を決めようってんで
赤黒い反吐をかけ合ってやがる 

笑っちまうぜ
ちっぽけな星に住んでるくせに
でっかい星に生まれた気分になってよ
ケチな心の中にはでっかな夢があってさ
そいつが自分の物にならないからってよ
乱杭歯をギシギシいわせやがって
涙を小便みたいに流してさ
悔しがってやがる ガキさ
ガキだね 赤ん坊だ どいつもこいつも赤ん坊さ

笑っちまうぜ
奴らはみんな王様なんだから
心の卑しい王様野郎だ
どんな馬鹿げた野郎も
どんなうぬぼれた野郎も
どんなへこたれた野郎も
みんなみんな王様気分なんだ

笑っちまうぜ
奴らはみんなみんな蛭野郎だぜ
自分が王様になれないと感じりゃ
なんか王様になれそうな奴を探してさ
そいつの腰めがけて巾着みたいにベタっと
甘ったるいチョコケーキみたいによ
「私を上に持ち上げて」ってなこと言って
へばり付きやがってさ 
虎の威を借る狐みたいに吠えやがる
ウラーッ!

笑っちまうぜ
へばり付かれた奴は図に乗って
それこそ王様気分になっちまってよ
俺ってスーパーマン? なあんちゃってさ
どでかい爆竹をブンブン振り回すってわけさ
一度振り回したら止まらんぜよ
こんなちっぽけな星で、危ないよう
火祭りじゃないんだからさ 要するに
バカほど怖いものはないってこった
いやバカだからバカな夢を見るってことかな

なんてこった!
笑っちまうぜ
ちっぽけな星に住んでんのを忘れちまってよ
とうとうやっちゃった
取り返しの付かないことをさ
どでかい花火が目一杯炸裂して 
みんなみんな吹っ飛んじまったんだ

笑っちまうぜ
バカだからカーッときたんだな
奴らちっぽけな脳味噌の中でさ
ちっぽけな星の全部が
自分の物だと思ってたんだな
誰の物でもないのにさ
みんながみんなそう思ってたのさ
そいつはどでかい勘違いだぜ 
宇宙はいったい誰の物なんだよ!
誰の物でもないんだよう…

泣いちまったぜ
笑いこけて涙が止まらないんだ
奴らは自分の脳味噌すら扱えない
下等生物だってことなのさ
そいつを知らないまま
消えちまった 哀れだね
知ってほしかったなあ…
おいらの目から見れば
奴らは 身の程知らずの
間借り人なんだからさ
次の店子に替わるだけなのによ

さあそろそろ仲間を呼んで
降り立つことにしようかなあ…

 

 

 

 

 

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