詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

エッセー 「アイドルを探せ」& 詩

エッセー
アイドルを探せ

 「アイドル」というと、すぐに若い女優やジャニーズ系の歌手を思い浮かべる。古い話だが、僕が中学の頃、休み時間に隣の女の子が西郷輝彦のプロマイドを机の上に置いて眺めている姿を見て、イラッとしたのを覚えている。アイドルに嫉妬した最初の体験だったろう。
 
 この「アイドル」は崇拝の対象なのだから、日本語訳の「偶像」に置き換えてもいいわけで、ならば言葉の対象範囲も広がるだろう。サイン会で握手しても、それは瞬間的な接触で、所詮は映像や会場の客席から眺めるだけなのだから、アイドルが生身の人間でもファンからすれば片思いだ。教会で信者が手を合わせるマリア様の絵(偶像)と変わらない。だからAIグラビアアイドルなんかも出てくるわけだ。漫画や小説の主人公も、みんなアイドルになり得るだろう。

 そう考えると、旧約聖書偶像崇拝を禁止しようが、マリア像がキリスト教徒のアイドルであるのと同じに、天皇も英国国王も国民のアイドルと言ったって失礼には当たらない。もちろん天皇の背後に日本神道の神がいて、天皇はその偶像に過ぎないと言ってるわけじゃない。若い人は天皇が神主群のトップだなんて知らないだろうし、民主主義の世の中では国民全員が信者である必要もない。神社が混むのは元旦ぐらいなものだ。しかし新憲法上は「国民の象徴」なのだから、GHQの「Symbol」規定案を和訳しただけで、抽象的で曖昧な言葉をカジュアルに言い換えれば、「象徴」も「偶像(アイドル)」になり得るということだ。だから、天皇はいろんな行事に出席して自己アピールを続けなければ国民に忘れられ、自らの地位が揺るぎかねないことになる。現に英国王室ではスキャンダル続きで人気が落ち、廃止の議論も出たりしている。

 「象徴」の背後には抽象的な思想や観念があって、非人間的な感じがするけれど、「偶像」の背後には憧れや崇拝といった人間的な情念があるわけで、拝む側にとっては「偶像」のほうがピッタリするだろう。要するに観念的に拝むか、感情的に拝むかの違いだけだ。しかしいくら観念的に物事を考えても、崇拝の行為から感情を除くことは難しい。仏教哲学を観念的に理解しても、仏像の前に座って木魚を叩く行為は感情的だ。どのみち象徴だろうが偶像だろうが、興味のない人間にとってはどうでもいい話だが、世の中の人間にとっては「偶像」はしごく身近な存在で、個人を動かし、世の中を動かし、さらには歴史を動かしていく。手塚治虫ブラック・ジャックを読んで医者になる者もいるくらいだ。
(ここまで「偶像」と「アイドル」を混在させてきたが、「アイドル」に統一することにする。)
 
 よく「背後霊」の存在を主張する人がいるけれど、それがいるかいないかは、信じるか信じないかの個人的な問題だ。しかし失意のどん底にいる者を除けば、どんな人間(若者)にも「前方霊」は存在する。「前方霊」は「アイドル」のことで、実在する人間、あるいはかつて実在した人間、物語の主人公などの偶像だ。それが現役の人間でも、ファンにとっては神様と同じ霊的な存在なのだ。母親から乳離れし、一人立ちした人間に育っていく過程において、茫漠とした暗闇の中で光を照らして一定の方向に導いてくれる……、それが「アイドル」だ。彼や彼女にとって「アイドル」は、世界に投げ出された自分を奮い立たせる一条の光だ。「アイドル」は勝者で成功者で、性的な憧れになることも人生の指針になることもあり、どっちにしても生きる希望を与えてくれる。進路的な憧れの場合は、野球少年やサッカー少年が有名選手に憧れて、自分もそんな存在になろうと努力をし、上手く行けば次なるアイドルになることができる。学者にもアイドルはいて、めちゃ頭のいい大家に少しでも近付こうと今一の頭を奮い立たせ、勉学に励むわけだ。アイドルは全ての人間の人生の目標であり、全ての人間の恋愛の目標でもあるのだ。そんな前方霊を見出せなかった人間は、糸の切れた凧のようにフラフラと人生を過ごしていくに違いない。

 しかし資本主義社会では、どんな分野のアイドルにも、その周りには金銭が飛びかい、多くの取り巻き連中がそれを目当てに群がってくる。だからスポーツ選手のように実力が物を言う世界もある一方で、事務所が金を注ぎ込んでマスコミを取り込み、アイドルにのし上がる世界もあるわけだ。そうして創り上げられたアイドルだって、ファンがいっぱい出来てしこたま稼ぐようになれば、伝説になることも可能だ。実力が有ろうが無かろうが、人気を沸騰させればアイドルだ。

 国民一人一人が「前方霊」を求めているとすれば、国民にとってアイドルは不可欠な存在となり、そこから経済が循環して世の中も潤っていくことだろう。しかし、どんな世界にもアイドルが存在するとなれば、悪い世界にもアイドルはいることになる。例えばアル・カポネはギャングのアイドルだろうし、鼠小僧は泥棒のアイドル、石川五右衛門は盗賊のアイドルだろう。当然のことだが、彼らは限られた社会を潤すアイドルに違いないが、例えば国民のアイドルはどうだろう。美空ひばりは昔、大谷様は現時点で日本国民のアイドルだ。ならばヒトラーは? 彼は一時期、ドイツ国民のアイドルだった。孫みたいに可愛いと言った老女もいたぐらいだ。多くのドイツ人が窮乏生活を強いられ、ヒトラーを前方霊と信じて未来を託し、国民一丸となって侵略を始めたのだ。それは多くのロシア人がプーチンに未来を託している現状と変わりはしない。強いプーチンはロシア国民のアイドルだった(いまは分からないが……)。

 歴史上の王様や将軍も、アイドルとして名を連ねている。アレキサンダー大王、チンギスハン、ナポレオン云々、多くの他国民を殺した侵略者たちはみんなみんなアイドルだったのだ。そしていまでも母国の英雄として語り継がれているわけだ。国が窮乏に陥ったとき、それを救う独裁者はアイドルになり得る。侵略された国がどんな惨状に陥ろうが、勝利した侵略者はアイドルや英雄になり得るということだ。日本が戦争に勝っていれば、東条英機もアイドルになり得ただろう。国の窮乏は国民一人一人の窮乏で、その状態から救い出してくれるのが、前方霊としてのアイドルなのだ。そして当然のことだが、前方霊は霊的なもので、知性よりは感情ですがるものだ。多くの国民が窮乏に陥り、前方霊としてのアイドルを心密かに求めるとき、忽然と現れるのが独裁者ということになる。人々はまるで思春期に忽然と現れた歌手のように、独裁者に熱中する。そうして、負の歴史がもう一枚、瘡蓋のごとく積み重なっていく。それは地層と同じ自然の摂理だ。

 暖かい水面下では、水の分子は流動的に自由に動き回る。しかし周りの環境が寒くなると、まるで軍事パレードのように整列して一体となり、氷河となって下方に流れながら近隣の領土を侵食し始める。社会も同じだ。一人一人のアイドルが異なる場合は社会環境も温暖で、人々はゆとりのある心でダイバーシティ(多様性)を楽しんでいる。しかし景気が後退して懐が寒くなれば、忽ち体は冷え込んで人々も寄り添い、頑固な集団に固まっていく。そんなときに、上昇志向のアイドルが救世主のように忽然と現れ、人々を虜にする。国民はアイドルの下に心を一つにし、他の社会から富を強奪して自分たちの社会を暖かくすることにまい進する。アイドルが共通すればファンクラブが出来、全国レベルになればファシズム国家が出来上がる。

 そうしてみると、社会の寒冷化現象を察知するリトマス試験紙は、「ダイバーシティ(多様性)」であることが分かってくるだろう。ダイバーシティを分かりやすく表現すれば、『スター・ウォーズ』のように、いろんな姿の宇宙人と仲良くやっていくということなのだ。社会が暖かければ。人々の想念や趣味嗜好は多様性に富み、様々な感性の人々が様々な価値観を持ち、様々なアイドルを心に抱きながら前向きに活動することが可能だ。だからもし、その国の政府が一定の家族形態を主張したり、性の多様性(LGBT)に反対したり、夫婦別姓に反対すれば、来るべき冬の時代に向けて着々と冬支度を始めていると考えるべきだろう。安部公房の『砂の女』じゃないけれど、国家総動員体制の末端には、伝統的な「家族」があるからだ。それが村社会国家の基本中の基本だ。家族から自治体、国家に至るまで、氷の分子構造のように画一的にガッチリと、ピラミッド型に社会構造が纏まらなければ、祖国防衛も侵略もおぼつかない。しかしこいつは、凍り付くような冷え冷えとした社会だ。

 かつて夏男だった僕は、そんな寒い国は嫌いだし、できればタヒチあたりに移住したい気持ちもある。嗚呼「It was too late!」 アイドルにでもならないと、タヒチは無理でしょ。

 

 

 



哀れな花よ

部屋の片隅に
一輪の造花が飾られている
いつからそこにあるのかは
とうの昔に忘れてしまった
かつて清楚な白百合だったが
いまは飴色に変わり
汚れた壁に馴染んでいる

昔のあるときには
眠りに落ちた白雪姫のように
きっと美しかったに違いない
思わず手を触れても 王子様と違って
目覚めさせることはできなかったが
それは僕のせいでもなかった

エジプトの姫たちのように
再生を夢見て飴色の眠りについても
姫たちはかつての麗しい日々を
取り戻したかっただけだろう
しかし僕の彼女には最初から
そんな素敵な過去はなかった

きっと彼女は
始めから生きていなかったのだから
生きる意味も分からなかった
それなのに彼女は 生きた娘の心を真似て
美しいと思われたかったに違いない
現に僕はそう思ったから
彼女を部屋に招き入れたのだ

きっと彼女は僕の心の中で
生きる喜びを感じたはずだ
彼女が飴色になるまで
手放そうとは思わなかったから…

 

 

 

今までの作品

https://note.com/poetapoesia/m/mb7b0f43d35b2

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