詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

童話「草原の光」三 & 詩



(失恋色々より)

その城壁はマトリョーシカのいちばん外側だ
その周りには敵を溺れさせる水が溢れている
その殻を破ると次の殻が現われる入れ子構造
それはアルマジロの外皮のように光り美しい
敵視された人間の前で、城門は固く閉ざされ
最初の門を突き破っても次の門があらわれる
門の上からは、真っ赤に焼けた石ころが落ち
天守閣で怯える臆病者の姫君を守ってくれる
自分の尊厳と夢を守るために粗野な男を退け
堅牢な城壁を造ってお気に入りをじっと待つ
僕はKのように理屈の分からない情熱を持ち
まるで仕事のような義務感で門をこじ開ける
しかし中に入ると曲がりくねる迷路に戸惑い
いたぶられからかわれ、振り出しに戻される

嗚呼、彼女の夢と希望を守るために城はある
力づくで門を破るか、失望して引き下がるか
僕は堀に落とされ不条理の波間に漂っている
そしていずれ力尽き、水底に沈んでいくのだ

 

 

星の王女
(失恋色々より)

異次元の世界から来た
女に出逢った事がある
僕の彼女にそっくりだ
透明の盾を間に置いて
いつもの薄笑いを浮べ
聞き飽きた冗談を言う
私の体はマイナスの塵
貴方の体はプラスの塵
私に触れると爆発する
二人とも死んじまうわ
それでも貴女が欲しい
爆発したって構わない
願いが叶えば仕合せさ
幸福も不幸も偶然の事
死んだときに幸福なら
人生はそれでいいんだ
すると女の笑いは消え
月が雲に隠れるように
星の王子が頭に過ぎり
夜空を見詰めて呟いた
私は不幸で死ねないわ

 

 

童話「草原の光」
三 エロニャン国の夜明け 

 太陽が昇ると、エロニャンたちは目を覚まして草原を駆け回り始めた。いろんな所に美味しいネコ草が生えてる。きれいな花だって、パクリンすりゃ、ほろ苦くて最高。アマラとカマロは仲間たちと一緒に草や花を食べながら、太陽の光を浴びてエネルギーを蓄えたのさ。いつものお仕事。背中に蔦の葉っぱが出てて、盛んに光合成して、二人にエネルギーを送ってくれるんだ。

「今日は太陽さん、顔を出すのがちょい遅れ」
 アマラが言うと「火山に隠れてたのさ」ってカマロは答え、猫手を火山に向けた。顔ぐらいでっかい手。
「あの山のことは誰も知らない」
「山に登ったエロニャンは戻らなかったんだ」
「おとぎ話」
 プーマが火山の方向を指差して「誰かこっちにやってくるぜ!」と叫んだ。

 太陽を背に、二人の影がだんだん大きくなる。アマラとカマロの首に二匹ずつ巻きついた蛇たちも、鎌首をもたげてよそ者を気にし、体を震わせてシャーシャー警戒音を発した。
「原始人だ!」ってドラネコも叫ぶ。ドラネコは背中からコウモリ羽を生やし、羽には同居のコウモリが三匹ぶら下がっている。三匹は驚いて飛び去った。

 ナオミとケントは、五メートルほど近付いて右手を挙げ、「ハーイ!」。エロニャンたち も右手を挙げて、「ハーイ!」って真似する。ネコに小判のポーズだな。二人はエロニャンたちと同じにパンツ姿だった。
「原始人?」ってアマラが聞くと、ナオミは「文明人」って答える。二人とも廃墟に描かれた原始人の絵にそっくりだ。

 「君たちから見れば、原始人。僕たちから見れば、君たちが原始人」とケント。「僕たちと君たちは十万年くらい前に同じ祖先から枝分かれしたんだ。僕たちが絶滅したと思ってた?」
「昔話じゃね。君たちは外れくじを取っちまった」
 カマロが言うとケントは目を丸くして、ヒューって口笛を鳴らす。
「あたしたちの言い伝えじゃ、あんたたちが絶滅してる。きっとお話のルーツは同じね」ナオミはそう言ってウィンクした。アマラも真似して大きな片目をぎこちなくつぶる。
「きっと筋もね」とプーマ。プーマの横にはペットのピューマが行儀よく座って、時たま横の草を食べてる。
「じゃあ、あたしたち親戚?」ってオニャンコ 。オニャンコの横にはペットのワンコが行儀よく座って前の草を食べてる。ピューマもワンコも、尻尾が主人と繋がってる。エロニャンの住人は、そこらの草が主食なんだ。

 「ところで君たち、どこに住んでんだい?」とカマロ。
「あの山の穴の中さ」
 ケントは火山を指差した。
「どうして?」
ドラネコは不思議そうにたずねる。
「分からないわ。昔っから」ってナオミ。


 ここは山の洞窟とは違い、どこまでも草っ原が続いてるんだ。火山の方向と反対側の遠くには、薄紫色に染まったなだらかな山々が見える。遠くにシマウマの群が草を食んでいた。所々に生える木の葉っぱをキリンが食べている。ライオン一家は昼寝をしてたけど、いまじゃ彼らも草食動物だ。十万年前の学者が変なことをしちまったんよ。彼は菜食主義者だったんだ。ナオミはお腹が空いたので、地べたに口を付けて大地をかじり、ゴクリと飲み込んだ。

「ウマ! ここは地獄じゃなかった」
ケントもナオミの真似をして大地をかじり、「ウマ! 地獄は洞穴かな」って呟く。ライオンのタテガミを生やしたキングが、野太い声で「地獄から逃げてきたん?」ってたずねた。ナオミは首を振り、「あそこも天国だった……」って呟くように言った。

 馬と白鳥と人間とネコの血が混じったケンタロが、袋いっぱいの果物を持ってきて地べたに置き、自慢の白い羽をバタつかせた。
「さあ、美味しい実を持ってきたぞ」
「やったね!」ってアマラは叫んで袋を逆さにし、二人の前に果物を落とした。
「お腹が膨れるまで食べて」
「ありがと」
ナオミはマンゴーを二つ取って一個をケントに渡した。二人は強い香りに戸惑ったけど、エイヤっとばかりにかじり付く。
「おいしい」
「おいしいね」

 二人とも、その場に倒れて意識を失っちまった。アマラは驚いて、ケントのおでこを触る。カマロも同じようにナオミのおでこを触った。冷たい。
「暖めないと死んじゃうぜ」ってケンタロ。アマラとカマロは添い寝して暖めたんだ。エロニャンの国じゃ普通さ。寒いときは集まって寝るんだ。みんなが彼らを取り囲んで介抱しているうちに、先生と百人のヤングたちがすぐ側まで迫っていたな。突然手を叩いてビバッ、ビバッ!って叫んだんで、エロニャンたちは驚いて、腰を抜かしちまった。

「ハーイ、カップル二丁出来上がり!」と先生。

 ケントは目を覚ますと、いきなりアマラに抱きついて、長い髭の生えた頬にキスする。ナオミもカマロに抱きついてキスした。
先生はまた手を叩き、「これで二組は夫婦だ」と宣言。
「ちょっとちょっと、夫婦って何さ?」
 アマラは目を丸くしてたずねたな。
「モーロクじゃ、やたらキスするの禁じられてんだ。バッチイからな。で、夫婦以外はキスをしちゃいけないんだよ」
「でもここはエロニャンの国だよ。夫婦っていう言葉もないんだ。誰とでもキスはオッケーさ」とカマロ。
「困るわ。モーロクに帰ったら、牢屋に入れられちまうもの」ってナオミが泣き出したんで、カマロも困っちまった。
「ひょっとして、地底人をバカにしているんじゃないだろうね」
 先生はカマロを睨みつけた。
「いや、そんな……。夫婦が分からないだけさ」
「じゃあ夫婦だ、分からなくても夫婦だ。結婚おめでとう!」

 モーロクたちはパチパチ手を叩き、集まってきたエロニャンたちにすかさず襲いかかり、抱きついてキスしちまった。
「驚いた。一瞬にして大勢の夫婦が出来上がったぞ。こりゃ奇蹟だ。まさに奇蹟だ!」
 先生は、やにわに巻き物を転がして広げ、大きな墨壷の蓋を開ける。そこにはあらかじめ大勢のモーロクの名前が書かれ、手形が押されてたな。即製カップルのモーロクが彼氏彼女を誘導して墨壷に大きな手を入れさせ、自分の名前の横にネコ手形を押させていく。たちまち百二組の長い婚姻届が出来上がっちまった。

「これで離婚は許されないぞ!」って先生はエロニャンを睨みつける。
「すんません、もう一回聞くけど、夫婦って何? 結婚って何?」とカマロ。
「驚いた。君たちは結婚しないのかね?」
「エロニャンじゃ愛は自由さ。好きどうしがくっ付いて、あとはどうでもいいんだ。生まれた子供は一人で育つもの」
「いいじゃないか。そんなことはどうでもいいんだ。じゃあ聞くけど、結婚した彼女がほかの彼と恋に落ちたとき、君は憎いと思う?」
「憎いって何?」
「奥さんは君のものじゃないの?」
「僕のものって何?」
「なるほど。ここは自分のものが何もない社会だな。まあいい、単なる習慣の違いさ。ただし便宜上、モーロクは戸籍が必要だからそうしてるんだ。戸籍がないと、財産の相続に問題が出る」
「財産って何?」
「いや、いいんだ。君たちは知る必要がない。我々が欲しいのは元気な子供。病気に負けない子孫さ。それが財産だ。彼らの体に流れる血の半分はモーロクの血だ」

 ドラクラが羽を羽ばたかせて、「じゃあ僕の子供はどうなるの?」ってたずねた。両脇には新妻の地底人アデレと、ガールフレンドのチャルダが寄り添ってる。
「君の祖先は十万年前、無責任な医者に遊ばれたんだ。君には人間とネコのほかにコウモリの血が混ざってる。それに植物の遺伝子も入ってるから、夜行性を失った。太陽を浴びると、元気になるんだろ?」
「夜は夜で、飛んで虫を食べてるぜ」とドラクラ。
「すごい。二四時間働けるなんて、君は理想のお父さんになれるぞ。けれど、理想のお父さんについては聞かんでくれ」って先生はカマロに言った。文化の違いがあるからな。
ケンタロも背中の羽をバタバタさせて、「僕だってサラブレッドの血と白鳥の血が混じっているんだぜ」と自慢した。
「それで、ネコのような人間のような馬のような鳥のような顔をしてるのね」とケンタロの新妻のプリンヒルデが笑った。横にはガールフレンドのレダバが苦笑いしてる。
「すばらしい。君たちの子供はさらにモーロクの血が混じったハイブリッド人間だ!」
「じゃあ、あなたの首に巻きついているヘビは?」
ナオミは心配そうにカマロを見詰めたんだ。

「もちろんヘビの血もさ」
カマロは両手で二匹のヘビの首を掴んで引き伸ばすと、その尻尾は両肩から突き出してる。ウロコは陽の光を浴びてピカピカ輝いた。
「彼らは伸ばしてリンゴを採る手さ。僕も恋人のアマラも、人間とネコとヘビと蔦のハイブリッドなんだ」
「驚き!」
ナオミはショックで失神しそうになったけれど、カマロに支えられて、ニヤリと愛想笑いしたな。
「ヘビ嫌いなの?」ってアマラ。
「噛み付かない?」
「大丈夫。だって僕の手だもの」
アマラもヘビを伸ばし、「ほら、腕が四本あるの。ヘビがカエルを食べると、カエルはあたしの胃袋に納まるわ」と言った。
「へえ、カエルも食べるんだ」とナオミは驚いて目を見開いた。するとヘビたちは「冗談さ」って笑い飛ばした。

 ケントは新妻のアマラに寄り添ってヘビの頭にキスし、ナオミに「さあ、僕のようにキスをして。素敵な手に」って誘導した。ナオミは恐る恐る、カマロの右肩のヘビに顔を近づける。するとヘビの方から長い舌を出して、ナオミの唇を舐めた。ナオミは驚いて腰を抜かしちまい、みんなは笑った。

 「カマロは三つの脳味噌で一人前じゃ」とカマロの右肩のヘビが言った。
「あんたも喋れるのね」ってナオミ。 
「おいらは最初の人間を騙した悪いヘビの子孫だ」とカマロの左側のヘビ。
「おいらは、悪い病気を治すことができるヘビの子孫さ」ってカマロの右肩のヘビ。
「驚き! あたしは一度に三人と結婚したんだ」
「六人よ。あたしの尻尾を見てちょうだい」とアマラはブーブー言った。ナオミがアマラの尻尾を見ると、お尻からヘビの長い胴体が出て、カマロのお尻に繋がっている。ナオミは呆れ顔して「カマロとアマラは?」とたずねる。
「一心同体さ」とカマロ。
「ウーン、複雑な人間関係だ……。カマロとアマラは恋人同士で兄妹。しかも、カマロはナオミと結婚し、アマラはケントと結婚した」
先生は考え込んじまったな。結局、この国じゃ、結婚なんて考えるとおかしくなっちまうってことさ。

 ドラクラのコウモリたちも戻ってきて、勝手なことを喋り始めたけど、「僕たちだってドラクラの体の一部さ」って言葉がナオミに聞こえた。三匹のコウモリはドラクラの羽から尻尾みたいなもんで垂れ下がったな。
「この尻尾は、ドラクラからメシを貰うときやこっちがメシをあげるときに便利なんだ」
「エサを取るときは外せるんだぜ」
「ワンタッチで脱着可能さ」
 三匹のコウモリは尻尾をドラクラから引き抜いて、今度は虫を探しに飛んでっちまった。ドラクラが巣なんだ。

 ケンタロの背中から白鳥の首がニョキッと出て、「ハーイ、私はオテットよ」ってガーガー自己紹介したので、新妻のプリンヒルデが腰を抜かしちまった。オテットは背中から這い出して、飛んでっちまった。ケンタロの背中には、カンガルーの袋みたいなのがある。よくよく見ると、プーマのペットのピューマも、ニャンコのペットのワンコも尻尾で繋がってる。
「きっと十万年前に、蔦の遺伝子を組み込んだんで、尻尾がこんな風になっちまったんだぜ」とプーマ。

 向こうから猿と人間と猫のハイブリッドの集団が十人やって来たけど、全員が長い尻尾で繋がってたから、結局は一人かも知れないな。猫猿人間の背中は瓢箪の葉っぱで覆われていたんで、そいつの遺伝子が原因だった。ちょうど九番目と十番目を繋ぐ尻尾の真ん中から十一番目が生まれたばかりで、赤ちゃんが尻尾にぶら下がってる。
「おいおい、君たちはいったい何人になるまで成長し続けるんだい?」とカマロ 。
シメットたちはひょうきんな顔して、猿酒を入れた十個の大きな瓢箪を背中から下ろし「酒だ、酒だい! 酒なら猿酒だい!」ってキャッキャ騒いだな。

 先生は常識の限界を超えてその場に倒れ込んじまった。エロニャンたちが覗き込む中、先生はグロテスクな顔を見詰めながら心の中で迷ったな。
〝このまま撤退するべきか……。いろんな遺伝子が混じってるぞ。蔦植物、粘菌、動物、爬虫類。いや、モーロクの血を絶やしちゃいけない。血さえあれば、きっと遠い未来に純正なモーロクが復活できる。それに、このまま引き返したら笑い者にされちまう……〟
シメットが猿酒を口から先生の口に注ぐと、先生は「汚ねえ!」って思いながらも覚悟を決めてニヤリと笑い、元気よく立ち上がって叫んだな
「さあ怪物諸君、今日は復活祭だ!」
 きっと先生は、モーロクの将来よりも、自分の地位を選んだのさ。


 エロニャンたちは尻尾と尻尾を繋いで輪になってダンスを踊り始めたな。エロニャンたちの尻尾はヘビやぶっとい蔓でできてて、仲間のヘソなんかに差し込めば、みんなで栄養を分け合うことができるんよ。エロニャンだったら、誰とでも繋がる。繋がったときは、大きな一人になるし、尻尾を外しても、また簡単に繋げることができる。状況次第で、一つになったり、大勢になったりもする。そうやって、十万年もの間、食べ物がなくて飢えたときも、太ったエロニャンは痩せたエロニャンを助け、みんなで栄養を分け合って、一人の腹空きさんも出さずにやってきたんだ。

 太鼓を叩き、奇声をはり上げ、歌を歌いながらヘビや蔓が体に絡まないように激しく踊り、絡まっても尻尾が自分で仲間から抜いて修正し、大勢が一つになって踊り続けるんだ。尻尾を伸ばして縄跳びしながら踊る連中もいるんだ。
 モーロクたちも、最初は輪の中で圧倒されてたけど、だんだん体が動き始め、ノリノリになって尻尾の上に腰掛け、エロニャンの肩に手を掛けたな。エロニャンたちは大きな人の輪っかをクルクルまわして、モーロクたちはメリーゴーランドみたいにキャアキャア楽しんだ。ここは道具がなくても生きていける世界なんだ。普段はバラバラでも、集まりゃ一つの大きな一人になっちまう。誰も賢ぶったことを言わずにケンカもしないから、どんどん集まりゃ、どんどん大きくなって、しまいにゃどでかい一人のかたまりになっちまうのさ。

(つづく)

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