詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

小説「恐るべき詐欺師たち」二 & 詩

アルカディア

 

人間が嫌いだといいながら

人間の中でしか生きていけない男が

ある日発心して砂漠へ旅立った

何日も何日もラクダの背に乗って

茫漠とした砂の海をさまよいながら

人のいないアルカディアを探し続けた

一週間も旅をすると水筒の水も無くなり

男は猛烈に喉が渇き始めたが

あと二、三日旅をするとその渇きもおさまった

男はラクダの上ですでに死んじまったと考えて

いつものようにラクダに声をかけてみた

ラクダ君 僕はどうやら死んだみたいだ

するといつもは返事すらしなかったラクダが

ヘヘヘと皮肉っぽくわらいながら

旦那はとうとう理想郷を見つけたみたいだねと祝福する

男は嬉しくなってラクダの背中を撫でながら

ああ、僕はやっと本当の孤独を楽しむことができるんだとささやいた

するとラクダは馬のようにブルブルと大袈裟にわらって

孤独なんざ死んだって得られるものじゃないですぜと断言した

現に旦那はあっしのような下衆野郎としゃべっている

生きているうちは人間としかしゃべらなかった旦那が

ラクダふぜいともしゃべらなけりゃ死んでいけねえんですぜ

試しにそこの岩野郎に話しかけてごらんなせえ

男はいわれるままにそばの大岩に話しかけた

こんにちは、お暑いですねえ

すると岩は地鳴りのような声を出して

あたりめえじゃねえか ここは砂漠だぜ

昼は暑く、夜は寒くなきゃいけねえんだ

そうしなけりゃおいらのような大岩は

なかなか砂に変わっていけねえんだぜとのたまった

するとあなたはご自分の体を壊してまで砂になりたいと

あたりめえじゃねえか ここは砂漠だぜ

砂漠の理想は砂になることだろ

理想郷にも理想があるわけですねと男がきくと

岩はガランガランと豪傑わらいをして

あたりめえじゃねえか 理想があるからやる気が出るんだ

崩れることを忘れた岩なんざ 死んだほうがましさとのたまった

ならばこの砂漠でいちばん幸せなのは砂ですねと男が聞くと

砂たちがいっせいに反論の声を上げたので砂塵が舞い上がる

ラクダは長いまつげをしばたかせ

砂どもが流れるのも、理想を求めて舞い上がるからなんですぜと通訳した

男は失望して死のうと思ったが すでに死んでいたのでそれもあきらめた

で ラクダ君 君はいったいどこへ向かって歩いているんだい

ラクダは悲しそうな眼差しを男に向けて悲しそうにわらいながら

あんたの理想郷とは違うラクダの理想郷があってさ…とつぶやいた

 

 

 

 

小説「恐るべき詐欺師たち」二

 

 次の会議までは一カ月。十人のメンバーのほとんどが三人ずつのグループをつくり、一人チエだけが取り残されてしまった。ほかの連中は三人寄れば文殊の知恵というわけだが、チエだけは一人ですべてを計画しなければならなくなったのだ。ところがチエは、企画したり計画を立てるのが苦手で、むしろ人の計画に従って率先的に行動する尖兵タイプだった。そんなチエが企画力を疑われて敬遠されるのは当然で、今までの会議でも積極的に発言してこなかったことがほかの仲間たちに悪い評価を与えてしまったようだ。

 

 高齢者の名簿を覗いても、名前と住所の羅列だけでなんのヒントも見出せなかった。それにチエの周りには金持ちの高齢者なんか一人もいない。北海道の寒村に両親がいて、その村の住人のほとんどが年寄りだがお金とは縁遠い暮らしぶりだ。チエは就職のために東京に出てきたが、わずかなパートの仕事で食うものも切り詰めながらボーイフレンドもおらず、仕事をするかシャマンの会に出るかの単調な日々。もっぱら関心事は超人やら超能力で、シャマンのような超能力をいかに会得できるかと考えるだけでも暇な時間は消化できてしまう。テレビは見ないしパソコンはやらないし週刊誌も読まないしで、世の中の動きにはまったく関心がなく、同世代の若者の世界がどうなっているかも分からないのだから、高齢者の世界なんぞは想像することすらできなかった。

 

けれど人間せっぱ詰まるとなにかしらの取っ掛かりは見つかるものだ。「そうだトシコだ!」と声を上げた。あいつはどうなったのだろうと一年前を思い出した。バイト先で知り合ったトシコとは仲良くなり、いろいろと悩みを打ち明けるまでになったが、トシコは突然バイト先から姿を消して連絡が取れなくなった。トシコは都内で母親と二人で暮らしていたが、母親に聞くと、大喧嘩をして娘は出ていったということだった。性格が合わないらしく、以前から二人の仲はひどく悪かった。トシコのことを思い出したのは悩み事をいろいろと聞かされたからだ。

 

トシコは母子家庭で育った。母親が勤め先の妻子ある経営者と不倫関係に陥って子を宿し、シングルマザー覚悟で生んだ子供だった。ところがトシコに言わせると欲しくて生んだわけではない。相手の一人息子が難病を患っていて、成人するまで生きることは難しいと聞かされ、欲をふくらませて勝手に生んだのだとトシコは言い切った。母親は相手に認知を迫ったが叶わず、示談金をもらって引き下がったのだというが、その額についてはトシコにも話さなかった。「そうだトシコの父親は社長さんだ」ともう一度叫んで、机の引き出しから一年前の手帳を出した。手帳の住所録にはトシコの家の住所と電話番号が記されている。さっそく電話をしようと思ったがためらった。電話では詳しい話は聞けないだろう。いきなり押しかけたほうが多くの情報が得られるに違いないと考え直し、直接訪問することにした。

 

 

トシコの家は東京の郊外にあった。緑の多い住宅街で、百坪近い土地に新しくはないが大きな門構えの和風建築が建っている。トシコが生まれたころに示談金で土地を買い、家も建てたのだそうだ。トシコが失跡する半年前には、母親が愛人と一緒に住み始めたというから、今でもその男と母親が一緒に住んでいる可能性は大きかった。チエはインターフォンを押すと、女の声が対応したのでひとまずは胸をなで下ろした。

「ハイ、どなたですか?」

「トシコさんの友達ですが、トシコさんいらっしゃいますか?」

「トシコは半年前に死にましたが……」

「エッ、本当ですか?」

 チエは驚いて素っ頓狂な声を出した。

「お骨はまだこちらにございますので、よかったらお線香を上げてやってください」

 

 出迎えた母親は六十くらいのはずだが、ひどくやつれていて七十近くに見えた。その顔はトシコに似ていて、トシコが歳を取ったらこんな顔つきになるだろうと想像することができた。子供の頃からいつも不満を感じながら成長してきたような捻くれた表情。その後も境遇は変わらず矯正されずにそのまま老いてしまったような顔付きだ。しかし死んでしまったのだから、もうそんな風に朽ちていくことはないのだ。母親はチエを座敷の居間に通し、そこには大きな仏壇があって骨壷が置かれている。チエは仏壇の前の座布団に座り、線香を上げて合掌した。

 

「いずれお墓を造らなければなりませんわね」と言って母親は寂しそうに笑いながら、目を潤ませた。

「でも、いったいなんで死んだんですか?」

「御宿海岸の定置網に引っかかったそうです、骨だけになって……。一緒にハンドバッグが見つかってうちの子だと分かったの。警察は自殺だと言って、なんの捜査もしてくれなかった……」

「それでご主人は?」

「ご主人?」と母親は怪訝そうにチエを見つめた。

「いえその、トシコと最後に会ったとき、おば様の彼のことを聞いたものですから」

「ああ、あの男。私のお金をくすねてどこかへ行ってしまいましたわ。その一週間後にトシコがこんな姿で戻ってきました。トシコはあいつを嫌っていたから、安心して出てきたんだわ」

「かわいそうに……。ようやく休むことができたのね」

「どうでしょう。あの子は思春期になってから私を嫌うようになった。性格的に合わなくて、仲良くはなれなかったようね」

「トシコはお父様のことをよく話されていました」

 

チエは少しばかりためらいがちに、思い切って母親の忘却の水溜りに石を投げ込むと、水紋が風紋に変わって線香の煙を幽かに乱したものだから、ハッとして母親はチエを見つめた。

「お父様?」

「なんでもお父様は大企業の社長様だとか……」

「そんなことまで話して……。大企業っていうのはどうかしらね」

「私にはなんでも話してくれましたわ。親友だったんです。一度でもいいから父親に会いたいとも言っていました」

「それは止めていましたよ。この家だって養育費だって、父親のおかげなんだから。きっぱり縁を切るということでね」

「実は、一度会っていらっしゃいます」と、昨日組み立てた作戦どおりのウソをついた。

「本当?」と母親は目を丸くして驚く。

「でも、ほんの三十分お話ししただけということです。父親になにも要求しなかったし、父親はなにも約束しなかったそうです」

「当たり前だわ」と言って、母親はホッとため息をついた。

「でも、トシコからたのまれたことがあるんです。トシコと連絡が取れなくなって一カ月くらい経ったある日、突然電話がきまして、もし私が死んだりしたら父親にそのことを伝えてくれという内容でした。一方的に話して、どこにいるのかも言わないですぐに切れてしまいました。電話番号を調べたら鴨川の公衆電話でしたから、ひょっとしたらその足で御宿に行ったのかも知れません」とここはアドリブでウソをひねり出した。

 

「きっとそうだわ。警察の検死でも、そんなくらいに死んでいるらしい」

「ならば電話はトシコの遺言ということになりますよね。でも、彼女は肝心なことを言い忘れた。彼女のお父さんが誰であるか私は知らないんです。親友の私にも隠していましたから」

「分かりましたわ。昔のことしか知りませんが、会社は大きくなっているし、きっとあの豪邸もあるかもしれません。ただ、お約束してね。娘が死んだことを伝えるだけで、ほかのことはなにもおっしゃらないでね。あの人に迷惑がかかるといけませんから……」と言って、母親はメモ用紙を取りに立った。

 

 いまだにトシコの父親を愛しているのだろうか、とチエは思った。母親のいじけた顔は、愛を告白できずにいつまでも悩み続ける気弱な男の顔つきにも似ている。チエは母親から父親に関するメモをもらった。トシコが死んだことはまったく知らなかったから、その後の話はすべて即製のつくり話だ。よくも上手いウソがペラペラ出てくるものだと自分でも感心し、計画どおりに父親の情報をせしめることができたと胸をなで下ろした。自分の隠れた才能を発見してほくそえみ、ひょっとするとシャマンの念力の後押しがあったかも知れないと思った。

 

背後にはいつもシャマンの存在を感じ、たとえ失敗しても取り返しがつかなくなることはない。最悪の結果は死であるとシャマンは言う。しかしそれはトシコのような蒙昧の死を意味し、チエには当てはまらない。人類を救うという高邁な目標に捧げる死は、たとえ達成できなくても意義ある人生を歩んだ結果の死とも言える。兵隊は達成を見ずして命を落とすのが普通で、続く仲間に勝利を託するのである。チエは去る前にもう一度お骨に向かって手を合わせ、ほろほろと涙した。トシコは性格的にも気の合う親友だった。ふと、骨壷の横にヘアブラシや歯ブラシなどが置かれていることに気付いた。

「トシコが使っていたものですか?」とチエは母親にたずねた。

「ええ、部屋には洋服もありますけど、なにか形見に持っていきます?」

「これをいただけますか」と言ってチエはヘアブラシと歯ブラシを取り上げた。ブラシにはトシコの赤い毛がたくさん付いていて、歯ブラシには口の粘膜組織が付いている。必要になることもあるだろうと思った。

「そんなものでよければ、どうぞ」と言って、母親は苦笑した。

 

 

 メモに書かれてあった会社名を調べると、準大手の製菓会社で数年前に外資に乗っ取られていた。そのときにトシコの父は社長職を辞し、相談役にすらなっていない。完全に追い出されたというわけだ。チエは、徳田の会社が乗っ取られたときの状況をさらに詳しく調べた。徳田以下、旧経営陣はすべて放り出された。このとき徳田は所持していた大量株をすべて売って、会社との関わりを断っている。莫大な売却益は大手銀行や海外の金融機関に貯蓄されているに違いない。

 

田園調布の豪邸の門にはいまだに徳田という表札が掲げられていた。家屋敷だけでも相当の資産があるに違いなかった。家族構成を知る必要があったが、チエにはそのやり方が分からない。役所に行って聞いてみるにしても、個人情報が厳しく管理される昨今だから、そう易々とは手に入れられないと思ったし、そういう策略をめぐらすことが苦手ということで、どうしても安易な行動を取ってしまう。

 

彼女なりに捻り出したアイデアは、屋敷近くの歩道を往来する人の数を調べる計数員に扮して、一日中門を見張ること。屋敷には裏門もあるから最低二日はかかるだろう。仲間がいれば手分けをして一日で済むのだが、チエは一人ですべてをやらなければならなかった。しかしこんな仕事は以前アルバイトでやったことがあるので要領は分かっていたし、カウンターを貸し出すレンタル店も見つけることができた。こうと決めたらチエの行動は早かった。明くる日にはマスクとサングラスで顔を隠し、正門の見える歩道上に折りたたみ椅子を広げて日がな一日座り込んだ。

 

 

夏の炎天下で二日間も調査をした結果は意外なものだった。まず、大きな正門を出入りする人間は一人もいなかったこと。裏門の調査では、朝の七時に五十代のお手伝い風の女がやってきて屋敷に入り、九時に犬の散歩に出てきて二十分後には戻ってくる。午後三時に再び女が買い物に出かけ、一時間後に戻ってきた。午後五時に老人が柴犬と一緒に出てきて四十分後には戻ってきた。背が高く、ひどく痩せた白髪の老人で額から頭頂まで禿げ上がり、足取りもさほどしっかりとはしていない。犬を連れた四十分の散歩はかなりきつそうだった。その後、夜六時には食料品配達の軽トラックが来て女が応対し、七時過ぎに女は帰っていった。

 

念のため、もう一日裏門の見える場所に座って観察すると、軽トラック以外はまったく同じパターンである。トシコの父親は夕方犬の散歩をする。通いのお手伝いがいる。それ以外は人の出入りがないうらぶれた屋敷だ。チエがいちばん気にしていたのは妻と病弱な息子の存在だが、少なくとも三日間の調査ではその気配を感ずることはなかった。すると想像というものは自分の都合のいいほうに展開するものだから、きっと妻も息子もとっくに死んでしまったに違いないと思い込み、苦手のシナリオもすらすらと思い描くことができるようになった。

 

(つづく)

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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