詩人の部屋 響月光

響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「クリスタル・グローブ」二 & エッセー

河童嘆

~命なんざ食うにも食えない代物だ

 

昔あるところに 河童に肝を抜かれそうになった爺さんが住んでいた

河童の話を聞くために 俺はその爺さんのところに行った

爺さんは肝をすっかり抜かれちまったように痩せていた

ここにはもの好きが 河童の話を聞きに何度もやって来るもんだ

わしは駄賃をもらって河童と出遭った淵に案内するさ

そこの崖から深い川を覗き込むと

頭の皿がキラリと光るのを見かけることがあるんよ

河童は水の中で魚と遊んでおるんじゃよ

 

そこは確かに河童の出そうな暗い森

爺さんは崖っぷちに立ってヒョロロと指笛を鳴らした

水の底から白い皿が浮き上がり たちまち崖の岩を登り始めた

河童はいとも簡単に目の前に現われ爺さんに小銭を渡す

いやいや駄賃はもう渡してありますよ

いやいや河童だって人間に逢いたいんだ

だからいつも両方からもらっているんじゃよ

川の底には観光客が落としていった小銭がたくさん沈んでいる

河童は俺の手にも小銭を落としてくれた たったの三円だ

 

三円でも意味なくもらうのはおかしいなあ

これは何のつもりでしょう 友好の証ですか?

これはあんたの肝の値段ですよと爺さんはそっと耳打ちする

よせやいおいらの肝がニワトリよりも安いなんて

そらあちと見くびり過ぎやしませんか

 

すると河童は流暢な日本語で

確かにあんたの肝はニワトリ以下だよ

アルコールで爛れに爛れ 見えないところにガンもあるのさ

年取った男の肝は煮ても焼いても食えねえ代物よ

それでも金を払うのは

いつも親切にしてくれる爺さんに気兼ねをしているからさ

 

しかしこんな安い金では俺の肝はあげられないな

身体はボロでも心は若い 特に女は大好きさ

そりゃあおみそれしましたと言いながら

河童は水かきを返して川に飛び込み

今度は千両箱を重そうに抱えて上がってきた

そうだいこれならおまえさんも満足だろう

おまえさんは千両役者じゃ

おいらにとっては小銭も小判もおんなしさ

どうせ小判と一緒にあんたも川の中

 

なあんだ小判は見せ金か

俺は千両箱を河童から受け取り踝を返してすたこらさっさ

相手は陸に上がった河童だもの

荷物を持っても捕まりゃしない

宿に帰ってこっそり蓋を開けると

小判の代わりに河童のコレクション

胆石、結石、スイカの種、尾てい骨に恥骨、瀬戸物の義眼となんでもあり

嗚呼あいつにとっては大事な宝

かわいそうに明日返しに行ってやろう

きっと感謝感激雨あられ

本物の千両箱が御駄賃だ

 

ところが返すときには千両箱の重いこと

ほうほうの体で河童淵まで担いできたが

出てきた河童はニヤリと笑う

どうして戻ってきなすった

あんたの宝を返しにきたのさ

だが蓋を開けておどろいた

本物の小判がザックザク

おいらは決して嘘付かない

ところがあんたは嘘付きじゃ

お金もおかずもすたこらさっさ

河童のメンツも立ちゃしない

ちょいとおまじないをかけてやったら

お金もおかずも戻ってきやがった

 

騙されたと思ったとたんに水の中

河童に腸を引き抜かれ 説教までされちまった

ほらほらパンクだらけの自転車チューブさ 

そらここはガンだと食いちぎってペッと吐き出す

まったくもって美味くはないとブツブツ言いながら

食道までも食われちまった 

で命とやらはついぞ見かけたことがなかったけれど

やっぱりなかったということが分かりましたね、この件で

 

 

 

精霊劇「クリスタル・グローブ」二

(破壊された理科教室。悪魔と理科教師が話している)

 

理科教師 (悪魔に)あなたがこのガラス玉に出入り自由だというのが、分かりませんな。

悪魔 (割れたビーカーをいじりながら)簡単な理由さ。私の体は、君たちの知らない素粒子で出来ている。私は地球だって通り抜けることが出来るんだ。

理科教師 で、こんな地獄に何の御用で?

悪魔 地獄に悪魔は付き物さ。しかし私は普通の悪魔じゃない。私は昔天使だった。

理科教師 堕天使?

悪魔 そう。私の高慢が神の怒りを買い、天国から追放された。しかし、堕天使は良い行いをすれば、再び天使に戻ることが出来るんだ。

理科教師 ……ということは。

悪魔 君たちを救うことができれば、私も天使に戻れる。君はここを地獄だと言ったが、私の宗教では何と言うか知っているかい?

理科教師 煉獄?

悪魔 そう。君たちは罪を犯していないのに、天国に入ることができない。かといって、地獄に落ちるほどの罪も犯していない、宙ぶらりんな状況だ。

理科教師 どうすれば、天国に行けるんで?

悪魔 煉獄の炎さ。炎によって浄化を受けるんだ。そうすれば、狭き門は開いてくれる

理科教師 馬鹿馬鹿しい。ここではみんな心も体も冷え切っていて、火なんか起こすこともできやしない。それに、すでに燃えつくされていて、火が点いても直ぐに消えちまうさ。

悪魔 (わらって)君たちに何が出来る? この小さなガラス玉の中で。

理科教師 じゃあどうすれば?

悪魔 私がするのさ。しかし、条件がある。君と私の取引だ。

理科教師 取引?

悪魔 そう、取引。君は、君たち全員が願うように仕向けるんだ。その願いを私が叶えてあげて初めて、神は私の良い行いをお認めになる。私は天使に返り咲く。

理科教師 何を願うんです?

悪魔 私たちを、この小さなガラス玉から解放してください、さ。

理科教師 (笑って)言われるまでもないことでしょう。ここの全員が、何百万回、何千万回も繰り返してきた言葉だ。

悪魔 いいや、君たちの願いには心がこもっていなかった。

理科教師 (怒って)どうしてです! 僕たちは心の底から願っている。

悪魔 君は科学者なのに、頭が悪いな。このガラス玉から逃れる方法は一つしかないんだよ。君たちが天国に行くためには、このガラス玉が溶けなければならないんだ。高熱でガラス玉を溶かさなければならないんだ! あのときの炎を思い出してごらん。

理科教師 (泣き崩れ)嗚呼、悪魔め! キサマは天使になんかなれない。

悪魔 (祈る仕草で)神様! 原爆をもう一度落としてください。(教師の耳元で囁くように)今度はきっと誤作動さ。人為的なミスなんだ。君の所為じゃない。君たちはここから祈りを発すればいい。祈りは「この海岸に、再び原爆を」、だ。(慟哭する理科教師の背中に手を当て)さあ、私は君の体に黒いエネルギーを与えよう。

 

(悪魔が消えると、理科教師は跪き、泣き顔でわらい続ける)

 

(つづく)

 

 

 

 

 

響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。

 

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